司波家の末弟   作:五人囃子の太鼓

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規約を読んだんですがタグ設定していれば差別を助長するものとか特定個人を攻撃するものじゃない限り過激な表現は使っても大丈夫みたいだったので一安心。

…大丈夫か?




産声 後編

僕が落ち着いた頃に風間大尉が部下を引き連れてやってきた。今は兄さんが話をしている。穂波さんも目を覚まして、深雪と横並びに椅子に座っている。唯一あいつだけは気絶したままだったが、眠っているだけとのことだった。

 

「ところで…まさか「これ」が金城一等兵たちなのか?」

 

 そう言って風間大尉は血まみれの肉塊を見た。…その話か。

 

「僕がやりました」

 

 誰かが何か言う前に自分の所業を告白した。風間大尉は目を見開いてこちらを見た。たぶん兄さんがやったと思っていたのだろう。僕も自分がこんなことができるなんて知らなかったから無理もない。

 

「そうか…当然だが罪に問われることはない。正当防衛であるし、原因はこちらの失態だ。改めて申し訳なかった」

 

「…同じ失敗をしないでくれれば、それで構いません」

 

「もちろんだ」

 

 風間大尉は深く頷いた。

 そこへ兄さんがまた口を開いた。

 

「風間大尉、最後にアーマースーツと歩兵装備一式を貸してください。貸す、といっても消耗品はお返しできませんが」

 

「兄さん…」

 

 呟いた僕を一瞥してから兄さんは風間大尉に向き直った。風間大尉は重々しく問うた。

 

「…何故だ?」

 

「奴らは深雪に手をかけ、倫也にも害をなそうとしましたその報いを受けさせなければなりません」

 

 兄さんの心の底に燻っていた怒りの炎が燃え上がるのが見えた。こんな兄さんは今まで見たことがなくて、少し圧倒された。

 そうしている間にも兄さんと風間大尉の間で話は進み、兄さんは出撃することになった。僕たちはといえば最も安全だという防空指令室に案内されることで話がついた。

 

「…兄さん、僕も行くよ」

 

「ダメだ」

 

 即答だった。

 

「どうして?今の僕なら───」

 

 戦える、そう続けようとして、それは遮られた。

 

「強がらなくていい」

 

 兄さんは僕の頭に手をのせた。

 

「無理をするな。お前はよく頑張った」

 

「…」

 

 今まで、精神構造干渉魔法を使って人を発狂させたり、脳死させたりすることはあった。だから殺したこと自体がこたえた訳じゃない。

 僕は、自分がまともな方だと思っていた。けれど実際は怒りで我を忘れれば簡単に人を手にかけられる、そんな人間だった。それが怖かった。兄さんにはお見通しだったようだ。

 

「あの、お兄様」

 

 僕と入れ替わるようにして今度は深雪が兄さんに話しかけた。いつのまにか、呼び方が変わっている。

 

「敵の軍隊と戦うなんて、危ないことはしないでください。お兄様がそんな危険を冒す必要は無いと思います」

 

 無意識なのか深雪は兄さんの上着を掴んでいた。兄さんは曖昧に笑って答えた。

 

「確かに、必要は無い。これは、俺がそうしたいから戦いに行くんだ。お前を傷つけられて、倫也を苦しめられた報復に。俺自身の感情のために。…そうしなければ、俺の気が済まないから」

 

 そこで一度言葉を切って、兄さんは僕と深雪に笑いかけた。

 

「俺にとって、本当に大切だと思えるのは、深雪、倫也、お前たちだけだから」

 

「…『大切だと思える』?」

 

 不自然な言葉が気になって目で問いただす。深雪も同じことを感じたらしく、二人して兄さんを見た。兄さんは「しまった」というような顔をした。

 

 不意に一つの、恐ろしい可能性が頭をよぎる。

 

「兄さん、まさか…」

 

 声が震えた。

 まさか、そんなことは、いくらなんでも…。それらは否定というよりはほとんど願望に近かった。

 

「とにかく、大丈夫」

 

 兄さんはまた僕の頭に手をのせた。深雪の頭の方にも腕が伸びている。そのまま笑みのひっこんだ顔で真っ直ぐに僕たちを見つめて、言った。

 

「俺を本当の意味で傷つけられるものなど存在しない」

 

 その言葉はどちらかと言えば深雪に向けられたものだったのだろう。けれど兄さんは深雪だけでなく僕の頭も少しばかり乱暴に撫でて、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 お兄様が行ってしまわれてから少しして、お母様が目を覚まされた。私と倫也と桜井さんを見回して、開口一番こう仰られた。

 

「達也は、どうしたのかしら?」

 

「戦いに」

 

 倫也が短くそう答えた。

 

「兄さんは、本当に大切だと思えるのは僕たち二人だけだと、そう言った」

 

 お母様にそれ以上何か言わせることなく、倫也はお母様に語りかけた。普段、倫也からはお母様に話しかけることはないのに…よほどお兄様の言ったことが気になっているようだった。それは私も同じだったので、特に口を挟まずにいた。

 

「…そう、あの子が」

 

 お母様の表情はぴくりとも動かなかった。それが大したことではないかのように、何の感慨もなく、淡々と事実を受け止めていらっしゃるご様子だった。

 

「単刀直入に聞く。…兄さんに魔法を使ったんじゃないだろうな」

 

 倫也の言ったことを理解するのに、少し時間がかかった。てっきりこれからお母様に説明していただけるものと思っていたことそうだけれど、一番の理由は発言の内容があまりに突飛なものだったから。

 

 お母様の魔法、それは倫也と同じ精神構造干渉魔法だ。それをお兄様に使ったということは、それはつまり───

 

「…ええ、そうよ。私が、あの子から感情を奪った」

 

「───」

 

 感情を、奪った?

 

 お母様が、お兄様から?

 

「その話は後にしましょうか…お待たせしました。避難の案内をしてください」

 

 言葉を失っている私たちを尻目に、お母様は待機していた兵隊さんに声をかけた。

 

 

 

 防空指令室に着いてからまもなく、お母様は話し始めた。

 

「達也は魔法師としては、欠陥品として生まれました」

 

「達也は生まれつき二つの魔法しか使えません。情報体を分解することと、情報体を再構成すること。魔法師の本領たる情報体を改変することはできないのですよ」

 

「魔法とは情報体を改変し、事象を改変する技術。情報体をバラバラに分解することも、元の形に直すことも、本来の意味の魔法とは言えないわ」

 

「でも私たち四葉は十師族に名を連ねる魔法師で、魔法の使えないあの子は四葉の人間としては生きられない」

 

「だから、私はあの子にとある手術を施すことにしました」

 

「…手術、ですか?」

 

 お母様の口から次々と紡がれる事実を聞きながら、半ば独り言のようにして尋ねた。お母様の言う「手術」は内科的、ないしは外科的な意味ではないのだろう。

 その予想はすぐに的中した。

 

「人造魔法師計画。私の魔法によって、魔法師ではない人間の意識領域に人工の演算領域を植えつけて魔法師の力を与えるプロジェクト。その副産物として、あの子は強い感情…衝動を失いました。…ひとつの例外を除いて」

 

 ここに来て、ようやく私は「魔法」というものに恐怖を覚えた。

 

 人の心をこんな風に、残酷に変えてしまう「魔法」に。

 

「その感情が何であるかは、私が言う必要はないでしょう」

 

 お母様は最後にそう締めくくって話を終えた。

 

 誰も、何も言わない。

 

 

 突如、部屋中に鈍い音が響き渡った。

 

 何が起こったのかわからず、唖然とする私の目の前を横切って倫也は壁の方に歩いていく。つられてそちらを見れば、そこにはさっきまで椅子にお座りになっていたはずのお母様が壁に張り付いていた。まるで、見えない何かに壁に押し付けられているかのように。

 

「倫也…?」

 

 返事はない。

 お母様の正面で立ち止まった倫也はお母様に腕を伸ばした。その手には何も───CADも握られておらず、手のひらがお母様にかざされていた。

 

 私は瞬間的に察知した。

 

 倫也はお母様を殺す気だ。

 

「倫也、やめて!」

 

「どうして?」

 

 低い声色で、倫也は私に背中を向けたまま尋ねた。

 

「聞いただろう?こいつは…『こいつら』は兄さんの人生を狂わせた。兄さんが本当の意味での魔法師とは言えないだとか、魔法師でなければ生きられないだとか、そんなくだらないこじつけを理由にして、だ。生かしてはおけない」

 

 返す言葉がなかった。

 

 私も少なからず似たようなことを考えていたから。

 

 でも…

 

「…それでも、やめて」

 

「だから、どうして?」

 

 倫也は再度私に問いかけた。

 

 

 …確かに、お母様は間違っている。

 実の息子の精神を改造して感情を失わせた挙句、使用人扱い。倫也が激怒するのも無理はないし、私自身お母様を非難する気持ちがある。

 

 それでも、お母様は私のただ一人の母親で、倫也は私のただ一人の弟だから。

 

(あなた)がお母様を手にかけるなんて、私には耐えられない…!」

 

「っ…!」

 

 倫也の肩が震えた。

 

 

 数分にも及ぶ長い葛藤の時間があって、倫也はゆっくり手を下した。それと同時にお母様が壁からずり落ちて、桜井さんが駆け寄っていく。

 

 私は倫也に声をかけようとして───けれどそれはできなかった。

 

 倫也の目があまりにも暗かったから。

 

 だから私は黙って部屋を出ていく倫也をただ眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 深雪を悲しませてはいけない。

 その一心で取り戻したなけなしの理性はとっくに蒸発していた。

 

「───」

 

 飽和した怒りに心を塗りつぶされた一種のトランス状態。

一度そうなってしまえばあとは心のままに動くだけ。

 

 元来た道を戻っていく。

 

 を自らの手で殺すために。

 

 理性のあるうちに防空指令室からかなりの距離を取っていたがそんなことは問題にはならない。戻っていって殺す、それだけだった。

 

 ふと足を止める。

 

 その眼に映っていたのは、兄に仇なす害虫共。

 

「───」

 

 天井を一瞥する。

 次の瞬間基地の分厚い天井に大きな穴が空いていた。その穴から自分の体を浮遊させて外に出た。

 

 

 

「───死ね」

 

 無慈悲な天使(執行者)が産声を上げた。

 

 

 

 

 兵士たちは走っていた。

 戦列に加わった達也の活躍で大亜連合上陸部隊を降伏させた直後、敵の艦隊が迫っているとの報告を受け、撤退を余儀なくされたからだった。

 

 そんな中で、誰もが目を奪われた。

 

 基地から飛び出した、目も眩むような光に。

 

 「それ」は一直線に天を駆って瞬く間に冲へと消えていく。

 

「倫也…」

 

 迎撃のために戦場に残っていた達也はいつまでも光の消えていった方角を見つめていた。

 

 

 

 

 

 大亜連合の艦隊、巡洋艦二隻と駆逐艦四隻の計六隻は高速で飛来する物体に気がついていた。だが同時に全員が首を傾げていた。

 

 対象の速度が、遅すぎるのだ。

 少なくともミサイルや戦闘機ではない。しかし真っ直ぐに自分たちの方へ向かってくることから敵の攻撃である可能性は高かった。

 

 得体の知れない攻撃に、ミサイルを放つ。

 

 しかしミサイルは途中で叩き落とされた。何度撃っても、全て対象に届くことなく、見当違いの方向に着水した。

 

 クルーに焦りが見え始めた頃、進行方向に眩い光が出現した。レーダーを見るに飛来物の正体は謎の発光体のようだった。

 

 ミサイルは相変わらず発光体を避けるように曲がって一行に当たらない。

 

 発光体が眼前に迫り、連絡艇による避難が決行されたその時、発光体が空中で静止した。甲板にいる兵士たちは訳が分からず発光体に目を凝らす。

 

 「人影が見える」と誰かが言った。

 よくよく見れば、確かに光の中心に人のような形が見えた。だが今度は別の意味で兵士たちは頭を傾げた。

 現代において飛行魔法は実用化されていない、魔法学における難問の一つだ。あれが人なら日本は飛行魔法を実用に足るものとして運用していると考えられた。だがもしそうだとすればたった一人でやってくることなどあり得ない。しっかりと編隊を組んで仕掛けてくるはずだ。

 

 そもそも、あれは人なのか?

 

 異様な雰囲気が漂い始めた時、甲板に影が差した。つい先程まで、空は雲一つない快晴だったはずなのに。

 空を見上げて、兵士たちは絶句した。

 

 戦艦が、宙を浮いている。

 

 何度目を擦っても、何度頬をつねっても、その光景は変わらず彼らの前にあった。

 

 そのうち、浮いた戦艦はメキメキと破砕音をたて始めた。まるで見えない力に押しつぶされているようだった。やがて一際大きな音とともに、戦艦がひしゃげた。爆発が起きて、船体が炎に包まれる。

 

 そして、何の前触れもなく、戦艦だった物体は落下した。

 

 それも別の戦艦の上に。

 当然両艦とも轟沈する。

 

 兵士たちが魂消ているうちにまた影が差した。

 今度はこの艦の真上に、友軍の戦艦が浮いている。

 

 そこからは、阿鼻叫喚だ。

 死にたくないと騒ぎ立てる者も居れば未だ放心状態の者、頭がおかしくなったふりをして現実逃避する者もいた。

 

 そんな折、突然一人が膝をつき、胸の前で両の手を組んで祈りだした。自分の所行を懺悔し、「どうか許してください」と、空に浮かぶ人影に許しを請うた。その姿は少しずつ伝播していく。多くの兵士が悔い、祈り、目をつぶった。

 

 そんな彼らに、無情にも鉄槌は下された。

 

 かろうじて連絡艇で脱出した者たちも余波で海に呑まれた。

 

 

 幾人かの兵士はなんとか大きめの破片にしがみついて、空を見上げていた。艦隊は既に壊滅し、兵士もほとんどが海の底に沈んだ。

 まだ生き残っていた彼らは懇願した。「助けてほしい」、「もう二度とこんなことはしない」と。

 

 そんな彼らに、天から四本の光の柱が降り注いだ。

 

 あまりに神々しいそれを、誰もがそれを神の救いの手だと思った。自分たちは赦されたのだと、信じて疑わなかった。

 

 

 

 そして、海が爆ぜた。

 

 

 

 あとには瓦礫と兵士たちの骸が浮かんでいるばかり。

 

 「───」

 

 天使は彼らの求めた救いに「死」をもって応じた。

 

 

 

 

 基地へと戻る道すがら、少しだけ理性を取り戻した。

 

 ずっと、意識はあった。自分が何をしたのかも鮮明に覚えている。今はただ、帰りたかった。

 

 

 桟橋に降りた途端、膝をついた。足に…それどころか体中力が入らない。たまらずその場に横になった。サイオンをほとんど使い切ったのか全身だるい。

 

「倫也…!」

 

 運良く近くに居たらしい兄さんが数分もせずにやってきて助け起こしてくれた。

 

「兄さん、僕…」

 

「…すまない」

 

「え」

 

 想像もしていなかった一言に思考が停止する。

 

「お前を休ませてやりたかったのに、逆に辛い思いをさせてしまった。本当にすまない」

 

 それを聞いて思わず声を荒げた。

 

「それは兄さんのせいじゃない!」

 

 全部、あいつが悪いんだ。あいつが…!

 

 ふつふつと怒りが燃え始める。

 「あいつを殺したい」という想いが溢れてくる。ただ今の僕にそれはできないことも分かっている。サイオン切れで魔法を使えず、体も満足に動かない今の状態では不可能だ。

 

 

 そう考えて体の力を抜いた時。

 

 兄さんの肩越しにあいつが見えて、一秒前の思考は弾け飛んだ。

 

 

 こいつを、殺す。

 

 ただそれだけを考えて、指先に力を込める。それまで周囲を舞うだけだった光が一気に収束していき、一発の弾丸となった。

 

 ───終わらせる。

 

「し、ね…!」

 

 光の弾丸を、撃ち込んだ。

 

 そして───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…穂波さん?」

 

 穂波さんが、倒れている。

 あいつは尻もちをついてはいたがまだ、生きている。あいつ自身、何が起きたのか分かっていない様子だった。

 

「穂波さん!」

 

 兄さんの腕の中から飛び出して、駆け寄った。うつ伏せの体を仰向けにして、その顔を覗き込む。穂波さんの瞳の奥にはまだ淡い光が灯っていて、意識があるようだった。

 

 ぼんやりと細められた目に僕の姿が映る。

 

「ごめ、なさ…」

 

 つう、とのばした手を僕の頬を伝わせて、うわごとのようにそう呟いた。

 

「あ、りが、とぅ…」

 

 穂波さんは最期に微笑んだように見えた。

 

 

 

 腕が、力なく地面に落ちて。

 

 穂波さんから『光』が消えた。

 

 

 僕が、消した。

 

 

 

「───────────────!」

 

 

 目の前が真っ暗になった。

 





あと一話で追憶編終了。長かった…

それが終わったら一旦設定を書いてからいよいよ入学編です。
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