司波家の末弟   作:五人囃子の太鼓

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投稿どりゃ。


仮面

 

 

『倫也、起きてる?』

 

「…」

 

『…お母様が危篤なの。お医者さまも、今夜が峠だろうって』

 

「…」

 

『だから何、と思うかも知れないけれど、それだけ。ただ、伝えた方がいいと思って』

 

「…」

 

『それじゃあ、また来るわね』

 

「…」

 

 

 

 

 別に、いまさらあいつの死を悲しむ気持ちがあった訳じゃない。

 

 あいつの死に様が気になった。

 

 それ以上でも以下でもない、ただそれだけの理由だった。

 

 

 実に二年と数ヶ月ぶりに僕は外に出た。

 

 

 

 

 

 

 スイッチが入ったように、突然意識が覚醒した。

 

 体を起こすと部屋全体が目に入る。

 ベッド以外にはスピーカーのようなものと監視カメラしか無い、真っ白で無機質な部屋だった。やたらと広くて清潔感がある。

 

 次に自分が何をしていたのかを思い出そうとして───

 

 脳内に穂波さんのかすかに微笑んだ顔が、フラッシュバックした。

 

「ッ!」

 

 吐き気が込み上げてきて、思わずベッドの上で四つん這いになってえずく。薄い黄色の液体がシーツを汚したが吐き気は一向におさまらない。

 そんな時、機械を通した声が部屋に響いた。

 

『おはよう、倫也さん。気分はどうかしら?』

 

 機械越しでも叔母上の声だとすぐに分かった。

 

『その様子だと何があったのか説明する必要は無さそうね。この数日間、あなたはずっと眠っていたのよ』

 

「…そうですか」

 

 やっとのことでその一言を返した。それ以外、言葉が出なかった。

 

『とりあえず、先に食事をとりなさいな。話はそれからにしましょう』

 

 音声が途切れると同時にこの部屋の出入り口から使用人が一人、入ってきた。手に持ったトレイには湯気のたったスープや柔らかそうなパンなど、比較的食べやすそうな献立が並んでいる。

 さらに別の使用人がわざわざテーブルと椅子を持ってきて、食事の用意を整えてくれた。それが終わると使用人たちは一礼して部屋を出ていった。

 

 もう叔母上の声は聞こえない。さっき言った通り、まずは食事をとれということなのだろう。…さっきまでの様子を見ていたなら、食欲が皆無なのは分かっているだろうに。他にどうしようもなかったので一旦椅子に座ることにした。

 

 

 僕が、穂波さんを殺した。

 

 そこにどんな理由があろうと、それだけが事実だ。

 

 

「もう、いいかな…」

 

 僕はフォークを手に取った。

 

 

 

 

 

「───!──ゃ!」

 

 誰かの大声が頭にがんがん鳴り響く。

 何度も何度も、執拗に耳元で叫ばれて、深い眠りから引き上げられていく。

 

 まず兄さんと深雪が目に入った。

 兄さんは珍しく焦っていて、深雪は泣きそうな表情だった。その奥には亜夜子と文弥が怯えたようにこちらを覗いている。

 目が合うと兄さんはほっとした様子で深く息をついた。

 

「倫也!」

 

 深雪は涙混じりに飛びついてきた。

 …なんだか既視感のある状況だ。首を回して辺りを確認すると近くにフォークが落ちている。

 

 そうか、僕はあのフォークを首に突き刺したんだった。

 喉を触るともう傷は無くなっていた。

 

「…どうして、こんなことをしたんだ?」

 

 僕を助けてくれたであろう兄さんが聞いてきた。

 

「…言わなきゃ分からないの?」

 

 深雪が退いてくれないのでそのまま体を起こしながらそう返すと兄さんは苦虫を噛み潰したような顔になる。すると今度は深雪が僕の肩を掴んで揺さぶった。

 

「桜井さんのことは倫也のせいではないでしょう⁉︎あれは…事故、だったのよ…」

 

 最後には弱々しく、深雪は顔を背けた。

 

「僕は穂波さんを家族同然に思ってた」

 

 母親…あるいは歳の離れた姉、そんなふうに考えていた。あいつや父さんよりも、ずっと家族だと思える存在だった。僕が独りだった時、苦しかった時、寄り添ってくれるのはいつも穂波さんだった。

 けれど───

 

「今の僕は、何か些細な事故が起きただけで、家族を殺してしまうかもしれないんだよ」

 

 僕はもう、『司波倫也』ではなくなってしまった。穂波さんをこの手にかけるなんて、それはもう司波倫也(ぼく)ではない。だからせめて最後に、僕は間違った自分を殺すのだ。

 

「もう、出ていってくれ」

 

 絶句する四人に、そう声をかける。

 

「…僕はもう、無理だよ」

 

 

 

 

 

 それから二年と少し、ずっとこの部屋で過ごしてきた。

 

 自殺を図る度に兄さんに命を拾われて、今ではもうそんな隙が無くなっている。完全な管理生活だ。でも、それでいいと思っていた。

 

 深雪はよく兄さんを連れてさっきみたいに話しかけてくる。こっちは何も答えないのに、飽きもせず毎日毎日…。

 亜夜子と文弥も本家に来ると毎回ここに通っているらしかった。二人にはトラウマを植え付けてしまったかと少し申し訳なく思っていたけど、それほど深刻ではなさそうで、それだけは安心した。

 

 ずっとここで過ごしてはきたけれど、別に外出が禁止されている訳ではない。なんなら部屋の鍵は内側からいつでも開けられる。監視カメラを一瞥してから、僕は部屋を出た。

 まずはエレベーターに向かう。この部屋は四葉の抱える実験施設の地下にあるのだ。

 

 ストレスのせいなのか何なのか、僕の髪は色が抜けて真っ白になっている。散髪もしていないので背中にかかるくらいまで無造作に伸びていた。

 

 なるべく人に会わないようにして進んでいくと思ったより時間はかからず部屋の前についた。中にはまだ平日の夕方だというのに、分家の面々まで集まっているのが視えた。

 

 ノックをせずに部屋に入ると中に居たやつらがぎょっとした。やつらの考えていることはなんとなく察せたが、それは杞憂だった。

 

 もう、あいつを殺したいという気持ちは枯れ果てていた。

 

 それよりも大切なものを、自分のせいで失って。そうしたらどうでもよくなってしまった。

 

 

 あいつは、ベッドで横になっていた。

 

 寝たきりになっているのか心拍や脳波を測る機械がベッドの横に設置されている。

 

 あいつの顔が見える位置に移動して、壁に体を預けた。今は親族一同が順に声をかけているらしい。手を握って、涙ながらに別れの言葉を口にしていた。

 無論僕にそんな殊勝なことをするつもりはない。「その時」まで、おとなしく待っている腹づもりだった。

 

 

 

 少しして、今度は深雪と兄さんが枕元に歩み寄った。

 

 意外なことに、兄さんも一緒だったことに誰も文句は言わなかった。なんだかんだでこの家の人間にも息子に母親を近くで看取らせてやるくらいの情はあったということか。いや本来それが当たり前なのだけれど。

 

 深雪は言葉がうまく出てこない様子で、あいつはそれを静かに待っていた。

 

 

 

 ピーッ、ピーッ、ピーッ。

 

 電子音が部屋中に聞こえた。

 

 計器を見れば心拍数が著しく落ちていくのが見えた。一同が口々に「深夜さん!」とかなんとか言って一斉にベッドの近くに詰めかける。

 

 …これで終わりか。

 どこまでも冷め切った、世界に絶望したかのような心。それは今際でも変わらなかった。正直言って興醒めだ。

 

 そう考えてベッドに背を向けた。

 

 

 

 

「…?」

 

 『天使の眼』に何かおかしなものが見えた。

 言葉にするなら、皮がはがれた、と言うべきか。

 

 振り返って、あいつを直接見る。

 

 あいつは誰かを見つめていた。

 その視線の先の人物を見て、悲しむような、謝るような、そんな心持ちをしている。

 

 心臓が早鐘を打ち始めた。

 人が多くて、あいつが誰を見ているのか分からない。外から探るのがもどかしくてベッドの周りの人垣をかき分ける。

 

 そして、見えた。

 

 あいつの視線の先に居たのは───

 

 

 

「え…?」

 

 自分の眼を疑った。

 思わずあいつの顔を振り返る。

 

 その時にはもう、あいつは視線をずらして、僕の方を見ていた。あいつの心はさっきとは打って変わって相応に弱りきっていた。

 

 

 これまでにないほど『眼』に力を集中させる。

 心の表面だけじゃない、霊子一つひとつを深く読み取って、心の奥底を───

 

 

 

 次の瞬間、頭が割れるような痛みを感じて、意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

「お父様!真夜が見つかったというのは真ですか⁉︎」

 

 親戚一同が集まる部屋で、()はお父様に詰め寄った。

 

「本当だ」

 

 私が安心したのも束の間、お父様は重々しく口を開いた。

 

「真夜は今、心を閉ざしている。目を開けたまま誰の声にも反応しない。自分の意思ではなにもしようとせず、傷の手当てもされるがままだ」

 

「深夜、お前の魔法で真夜の『経験の記憶』を『意味記憶』に作り変えるのだ」

 

「しかしお父様、私にはそこまで細かい操作はできません。真夜が拐われていた期間の記憶だけを作り変えることは、私には無理です」

 

 そう答えてもお父様は全く動揺を見せず、仰られた。

 

「ならば真夜の『経験』を全て『知識』に変えてしまうのだ」

 

「そんな⁉︎」

 

 たまらず非難の意を込めてお父様を睨んだものの、お父様は少しも動じなかった。

 

「私自身、真夜の思い出を奪うことに罪悪感と無念を感じている。だがこのままでは真夜の心は決定的に壊れてしまう」

 

 それは…

 

「真夜は明日、この屋敷に到着する。戻ってきた真夜を見て、深夜、お前が決めろ」

 

「…」

 

 黙って一礼し、部屋を出る。

 

 それから、たくさん悩んだ。

 

 でもどれほど考えても私にとって選択肢は一つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「そう…」

 

 私が真夜に行った手術、その説明を終えた私に、非難の言葉は浴びせられなかった。恐る恐る顔を上げると真夜は反対側の壁を向いていた。

 

「私の今までは単なるデータになっちゃったのね」

 

 その言葉が、私の心を抉った。

 

 目を閉じて、耳を塞ぎたかった。

 けれどそれはできなくて───

 

「私は昨日までの自分を姉さんに殺されたのね」

 

 私の中で、何かが壊れた。

 

 

 

 

 

 

 私に子供ができた。

 

 政略結婚をして、私自身、今さら誰かに愛情を注ぐことは不可能だと夫に申し訳なささえ覚えていたさなかの妊娠発覚に我が家は大きく湧いた。

 

 あの真夜でさえ、私を祝福してくれた。

 

 全てがうまくいっているように感じた。

 

 皆は私のお腹の子に「力」を求めた。

 四葉家をあらゆる魔の手から守れるほどの「力」を。

 

 あの事件が未だに強く頭に刻まれている我が家では、それも仕方がないことだと思う。

 

 本音を言えば、私はどちらでもよかった。

 

 生まれてくる我が子が強くとも、そうでなくとも、私はこの子を愛したいと思っていた。だから、皆がそんなことを口にする度に、私は愛想笑いを返したのだった。

 

 

 

 

 

 生まれてきた達也 (我が子)を、親戚たちは殺そうと言い始めた。

 

 あろうことか、「強すぎる」という理由で。

 

 英作伯父様のとりなしでなんとか殺されることはなかったけれど、私と彼らは決定的に何かを違えてしまったのだと理解するには充分なできごとだった。

 

 

 

 新しい魔法を開発した。

 

 使用者自身のある特定の感情の器を小さくすることでその感情を溢れやすくする魔法だ。流石に自分自身に手術をすることはできなかったので外付けになってしまったけれど、充分だろう。

 

 この魔法を開発した理由は最近話せるようになりだした次男、倫也にあった。最近分かったのだが、どうやら倫也は霊子情報次元が視えるらしい。それはすなわち人の心を見通せるということで…。

 近頃の私は我が家の達也に対する扱いですさんでいた。母として、そんな姿は見せられないと考えた結果、心を御す魔法をつくったという訳だった。

 これがうまくいったらしく倫也に「今日は楽しそう」と言われた。この魔法は重宝することになりそうだ。『ペルソナ』と名付けたけれど、少し安直だっただろうか?

 

 

 

 人造魔法師計画。

 精神の、情動を司る改造することで人工の演算領域をつくるというプロジェクト。その被検体に選ばれたのは達也だった。そして、私はそれを受け入れた。

 

 あの子の魔法、『再成』は発動過程で対象の情報体を読み取る必要がある。

 

 それはつまり、仮にその魔法を人体に使った場合、使用者は対象を『再成』する間中「『再成』を必要とするほどの激痛」にさらされるということだ。常人がそんな状況に置かれれば発狂、対象の負傷の程度によってはショック死もありえる。あの子の立場を考えればそういうことを強制される可能性は決して低いとは言えなかった。

 

 …やめよう。

 どんな言葉を並べ立てたところで、言い訳にしかならない。

 

 私は息子からほとんどの感情を奪い去った。

 

 それだけが結果で、事実なのだ。

 

 

『母さん?』

 

 扉の向こうから、声がした。

 倫也の声だ。それに答えようと口を開いて───思いとどまった。そして私の代わりに扉に近づいていく穂波に声をかけた。

 

「…穂波、倫也の相手を頼めるかしら。私は…少し寝るわ」

 

 ややあって、「かしこまりました」と答えた彼女はなるべく部屋の中を見られないようにしながら部屋を出て行った。本当に、できた従者だ。

 一人になると急に視界が揺れる。まぶたを下ろすと目尻から頬を通って雫が滴り落ちた。

 

 …私はもう、母親であることを放棄した人間だ。

 

 それなのに、こんな───

 

 どれだけ自分に言い聞かせても、涙は止まらなかった。

 

 

 

 

 穂波が、死んだ。

 倫也に殺されるのは私だったはずなのに。

 

 倫也はあれ以来引きこもって達也や深雪とも顔を合わせていないらしかった。

 

 たぶん穂波は私が倫也と話をするべきだと考えていたのだと思う。もちろんそれだけが理由ではなかっただろうけれど、それはできない。私が子供たちに何も明かさずにいたのは私のわがままだ。なのに穂波という犠牲を出してしまったから、むしろもう引き下がれなくなってしまった。

 思えば彼女には世話になりすぎた。最後まで付き合わせたことは、本当に申し訳なく思っている。

 

 …私もそろそろ限界が近いらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、見つかった。

 

 

 

 

 

 

─────────

 

 

『我が子ながら末恐ろしいわね。人の記憶を、こうも簡単に…』

 

 

『………』

 

 

『…ダメね』

 

 

『あなたに言いたいことは色々あるのだけれど、そのどれをも、私には口に出す資格がない』

 

 

『いえ、その前に「ごめんなさい」、ね』

 

 

『謝って許してもらえるとは思っていないけど、私にできることはそれくらいだもの』

 

 

『…』

 

 

『…結局、あなたにこんな「呪い」を遺すことになってしまった』

 

 

『どこで間違えたのかしら…』

 

 

『それも、あなたになら分かるのかもしれないわね』

 

 

『…ああそうそう、達也と深雪にはここで見たことは黙っていてちょうだい。特に深雪は、知らなくていいことよ』

 

 

『それから、これを。きっと、使うことになるでしょうから』

 

 

『…』

 

 

『…そろそろお迎えみたい』

 

 

『………』

 

 

『…倫也』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───いってらっしゃい』

 

 

 

 

 

 

 

「─────……ぁ」

 

 いつから、そうしていただろうか。

 

 ベッドの上で、僕はただただ天井を見つめていた。

 

 

 

 外に出ると雪が深く積もっていた。月の光を吸い込んで、暗い中でも真っ白に見える。純白の雪と山の闇夜が見事に地平線で二分されていて、もし死後の世界というものが実在したのならこんな風景なのかなと、そんなことを思った。

 

 足が少し冷たい。

 景色を見る限りこんな格好だと全身凍えるような寒さのはずなのに、不思議とそれだけしか感じなかった。

 

 

 …あいつは、何か決定的な間違いを犯したのだろうか。

 僕には分からなかった。僕が気づいていないだけで、今のこの状況を回避する方法はあったのかもしれない。

 

 けど、もし僕があいつと同じ立場なら、僕は同じ選択をとっていたんだと思う。これはあいつに感情移入したとかじゃなく、純粋にそう感じたのだ。だからたぶん、それが僕にとっての答えなのだろう。

 

 

 僕はあいつのことを何も知らなかった。

 

 あいつが隠していたから、なんて言い訳にもならない。『天使の眼』を通して人を視て、世の中は欺瞞ばかりだ、なんて知ったふうなことを考えて。

 嫌いな奴を、理解しようともしなかった。

 それで騙されているんだから、本当に救えない。

 

 散々疎ましく思っておきながら、結局僕はこの眼に依存していたのだ。

 

 

 そうやって穂波さんを殺して、あいつが死んで。

 

 失ってから気づいても、遅いだけなのに。

 

 

 

 …あいつは、僕が生きることを望んでいたらしかった。わざわざこんなものを渡してまで。

 

 …分かったよ。

 

 こんなことが償いになるとは思えないけれど、それが最後に望んだことなら。

 

 

 サイオン光が舞って、夜を照らす。

 

 この魔法、『ペルソナ』で感情を固定する。そうすれば暴走のリスクは格段に抑えられる。

 

 

 

 ───僕、行くよ。

 

 

 ───母さん(お前)の想いも背負って、行けるところまで行くから。

 

 

 ───だから、よければ見ていてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…行ってきます」

 

 光が一際強く輝いて、そして散っていった。

 

 

 こうして、僕は『司波倫也』の仮面を被った。

 

 





似たもの親子。

これで追憶編はおしまいです。
入学編開始まで少し時間かかるかも。

詳しい解説は後から投稿する設定集をどうぞ。

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