中央暦1643年6月2日
皇太子グラ・カバル、レイフォル州ムスペル空港へ到着。
同日、陸路でバルクルス基地へ出発。
・・・ ・・・ ・・・
日本 東京
名実共に世界最大の都市となった東京は、単なる一国の首都の枠を超え、第三文明圏の中心地としての地位を確立している。
新世界初の恒久的な国際組織である世界連盟の本部が設置され、各国の代表が出入りし、今後の世界情勢を睨んだ動きがこの町から始まるのである。
中でも、現在進行形で押し進められている動きは、転移以来空前と言える規模であった。
世界連盟設立直後以来初となる、総会が開催されるのである。
「ふぅ・・・」
江東区沿岸の45階建てプレスセンタービル。
世界連盟本部が設置されたその場所へ、日本政府が用意した黒塗りのリムジンが到着し、エルフの男が降りる。
彼は、クワ・トイネ公国首相 カナタ である。
「相変わらず物凄い都市ですな。」
傍らには、外務卿の リンスイ がいる。
そのままロビーに入ると、既に何人かが到着しており、談笑していた。
「おや、カナタ首相にリンスイ殿ではありませんか。」
声を上げたのは、ロデニウス大陸南方の島国、ナハナート王国の王族 エスコルデオ である。
「ああ、エスコルデオ殿ではありませんか。貴方が代表になられたのですね?」
「ええ、以前から陛下に何度も懇願しておりましたが、漸く願いが叶えられました。」
「それは宜しかったですな。」
「カナタ殿」
次いで、アルタラス王国のリルセイドが声を掛ける。
「お久しぶりですね、リルセイド殿。」
「前にお会いしたのは、食料輸入の交渉の時でしたね。貴国の多大な支援のお陰で、再独立直後の苦しい状況下でも、民を飢えさせずに済みました。」
「我が国も、貴国から産出される魔石のお陰で、以前より豊かになっています。お互いの強みを生かし、お互いに発展する。とても良い事です。」
「日本国のお陰で、以前にも増して良いサイクルが出来上がっておりますな。実に喜ばしい事です。」
背後から、マオ王国外務卿の マンウィン が口を開く。
「全くです。ですが、今後の展開次第ではそれも崩壊してしまうかも知れません。」
全員の表情が一気に暗くなる。
「なぁに、それを防ぐ為にこうして集まっているのです。我々に出来る事は多くありませぬが、パーパルディアに好きにされていた時とは違います。」
フェン王国シハンの側近である モトム が、努めて明るく言う。
「・・・その通りですね。いつまでも、日本国だけに頼りきりではいけません。力ではどうしても敵いませんが、我々には我々に出来る事があります。」
「はい、今の発展と繁栄を築いているのは、日本だけではありません。」
「左様。互いを支え合い、互いに発展し合っているのが、今の第三文明圏ですぞ。」
『御来場の皆様へお知らせします 間も無く、世界連盟総会開催となります 会場にお着きでない方は、お急ぎ下さい』
気合を入れ直していると、場内アナウンスが流れる。
「おっと、もうそんな時間ですか。」
「日本にいると、時間の流れが速くていけませんな。」
「さぁ、急ぎましょう」
暫く後、
地上40階に設置されている議場へ、次々と各国の代表が入場する。
席は扇状に配置されており、机には各国のネームプレートが置かれている。
隣り合った者同士は軽く挨拶すると、緊張の面持ちで正面を見据えた。
議場の最奥には議長席があり、まだ誰も座っていない。
尚、場内には報道関係者は誰もおらず、壁に複数設置されているカメラを通し、政府広報によって各テレビ局へ映像がリアルタイムで流されている他、SNS上でもライブ配信が行われている。
全員が着席して少しすると、議長席の手前に設置されている講壇へ職員が立った。
『只今より、世界連盟総会を開催致します まずは、議長から挨拶をお願いします』
そう言うと奥の扉が開き、議長が入場した。
そのまま議長席に座り、口を開く。
『皆様、本総会に御出席頂き、誠に有り難う御座います 一人の欠席も無く、本総会を開催出来ます事、心よりお喜び申し上げます 本総会により、世界連盟設立の意義である大東洋憲章に基づく平和と発展を得られる事を切に願い、挨拶とさせて頂きます それでは、早速議題に入りたいと思います』
そう言うと、畏まっていた議長の顔が険しくなる。
議題は、対グラ・バルカス戦への対応である。
まずは、日本代表が立ち上がる。
『既に、我が国はムー国へ戦力の派遣を行っており、今後予想されるグラ・バルカス帝国軍のムー侵略に備えている状況にあります 詳細につきましては既に皆様も把握されていると思われますので、この場での説明は省略させて頂きます』
日本政府は、事前に大使館を通して各国へムーへの戦力派遣について根回しを行っており、了承を得ている。
『グラ・バルカス帝国は、既に全世界征服の意思を明確にしており、第三文明圏をも敵として行動しております 従いまして、今後の平和と発展の為にも、今この時に軍事力を以て対抗する必要があります』
日本代表が着席すると、今度はムー代表が立ち上がる。
『我が国も、日本国の意見に賛同します グラ・バルカス帝国は、平和と発展を願う我々とは相反する思想を掲げており、座していては罪の無い子供や女性を含む多くの人々を犠牲にしてしまうでしょう その様な悲劇を避け、今後も平和と発展を享受するには、大変遺憾ですが戦うしか道はありません』
次いで、レリス連邦代表が立ち上がる。
『他国を武力によって蹂躙する事を是とし、支配下に置く 我が国とゼジラーベ連邦は、その果てに何があるかを良く存じています このままグラ・バルカス帝国の跳梁を許しては、かつてと同じ光景が第三文明圏全体で再現されるでしょう 国民の幸福と平和に責を負う身として・・・いえ、かつて理不尽に苦しめられた一個人として、断固戦うべきと主張します』
その後も次々と賛意が示される中、その流れを断ち切る者が現れた。
『リーム王国の フェルダス と申します 我が国は、戦乱の拡大を深く憂慮しております』
空気を読まない主張に、訝しげな視線が向けられる。
『現在の第三文明圏の繁栄ぶりは実に素晴らしく、今後も守って行くべきとの意見は我が国も同じくしておりますが、平和を願うのであれば安易に武力に訴えるのではなく、敵であろうとも会談の場を持ち、あくまでも平和裏に事態の解決を目指すべきではないでしょうか?』
(お前等がそんな事を言うのかよ)
フェルダスの主張は正論であり、それだけに口を挟めなかったが、かつての火事場泥棒的行為を知っている他の代表は、白けた表情をしていた。
微妙な空気の中、再び日本代表が立ち上がる。
『平和裏に事態の解決が出来るのであればそれが最善です ですが、残念ながら今回は不可能と言わざるを得ません 既に、2度に渡り会談の場を持ちましたが、いずれも交渉は決裂しております そして、事態は切迫しております であれば、戦うか降伏かの二択しか道は残されておりません』
『失礼ですが、その会談は本当に平和裏に行われたのでしょうか?かつてのパーパルディア皇国の様に、軍事力を盾にした恫喝をされてはおりませんか?もしそうなら、敵を最初から征服するつもりで無茶な要求を行い、戦争を誘発する行為となりましょう 大東洋憲章に反する蛮行と言えますな』
突然の批判に、場が騒然となる。
『何を根拠にその様な主張をされるのでしょうか?我が国は恫喝などしておりません あくまでも平和裏に事態の解決を図るべく、会談の場を持ちました 今の主張に根拠が無ければ、それは我が国の名誉を著しく毀損する悪質な行為です 即刻、撤回を求めます』
『・・・我が国はあくまで、貴国がどの様に交渉したか確認をしたかっただけです ですが、誤解を招く発言だったと認識しております 大変失礼しました』
フェルダスは頭を下げる。
(あまりにも安易だ。こんな真似をしても、誰も従わないぞ。)
日本代表は、フェルダスはこの場の主導権を握る為に、敢えて失礼な発言をしたと分析した。
(よし、強く出てくれたな。これで、この場が日本に支配されている事が印象付けられただろう。平和だの協調だの奇麗事を並べた所で、奴等も世界を支配したいだけの欲張りに過ぎん。奴等が語気を強めれば強める程、馬脚を現す。周辺国は徐々に離反するだろう。)
フェルダスはほくそ笑むが、周囲は白けた視線を向けたままであった。
(馬鹿な奴だ・・・また日本から制裁を喰らいたいのか?)
(いつまで文明国面してる気なんだか・・・)
(賛同する価値も無い。反対したいなら貴様だけで勝手にすればいい。)
当の本人は気付かずにいる中、日本代表が再び立ち上がる。
『可能であれば、平和裏に事態の解決が出来る事が最善です ですが、相手にその様な意思は無く、加えて時間も残されていません その根拠となる情報をこの場で開示したいと思います 大変ショッキングな情報となります 昨年の10月3日、沖縄本島より南東400㎞地点での事です 付近を哨戒していた我が軍のフリゲート艦が、グラ・バルカス帝国の潜水艦から攻撃を受けました』
「何だと!?」
「グ帝の艦がそんな所に!?」
「馬鹿な・・・どうやって!?」
予想以上に敵が近くに迫っている事が判り、恐怖に包まれる。
『幸い、撃沈に成功しましたが、既にこの第三文明圏にまで攻撃の手が及んでいるのです 現在はまだ被害は出ておりませんが、第二文明圏が制圧されれば状況は急激に変わります 余力の出来た敵は、より多くの戦力を此方へ向けて来るでしょう その時、防ぎ切れる保証はありません その様な事態を防ぐ為にも、動くべき時は今しかありません』
日本代表の主張に、少し乱れていた場の空気が一気に掌握された。
(馬鹿な・・・グ帝とはそれ程の力を持つのか!全世界を敵に回しながら、この東の果てまで手を伸ばせるとは、恐るべき国力だ・・・日本が逆の立場だとしたら、同じ事が出来るのだろうか?)
フェルダスも恐怖に包まれる中、バンクスにこの情報を報告すべきだと結論した。
その後、投票によってグラ・バルカス帝国への武力制裁決議が行われ、全会一致で採択された。
そして、各国はEOTOの指揮下で包括的な防衛戦略が計画され、複数国合同の軍事演習が各地で頻繁に繰り返される事となり、着々と連携を強固にして行く。
また、この様子は積極的に宣伝され、抑止力の一翼を担う事となった。
・・・ ・・・ ・・・
神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス
皇帝の呼び掛け以降、この町は世界連合の中心地となっている。
バルチスタ沖へ出撃した世界連合艦隊も一旦この場所へ集結しており、後続となる輸送艦隊も次々と寄港している。
町中には、世界中から集結した軍関係者が興味深そうに歩き回っており、彼等を標的にした露店が所狭しと並んでいる。
「ハハ、ようやっと俺達の番が回って来たな。」
軽装の民族衣装を着込んだ二人組が、気楽そうに桟橋近くの道を歩きながら雑談している。
「おう、此処に着くまでに長く苦しい航海を乗り越え、再編とミリシアル軍の指導で訓練漬けの毎日。世界最先端の国に折角来れたってのに、何にも見れてなかったからなぁ。」
現在、カルトアルパスに駐留している各国軍は陸軍である。
海戦と異なり、占領が必要な陸戦では、各地に維持戦力を置かなければならない。
日本の戦時条約の言及により、占領地でのモラルブレイクを危惧したミリシアル帝国は、各国軍を確実に統制下に置くべく直々に訓練を施しているのである。
「にしても、一気に5日も非番が続くなんて、随分気前がいいな。」
「真面目にやって来た報いって訳だ。国で非番ったって、王都でもなきゃ見る所も無いしな。」
「まぁ、娼館に行くぐらいしかやる事無いからな。その点、ミリシアルはルーンポリスから遠く離れたこの場所でさえ見所満点だ!」
「あー、いつになったら活躍出来んだよぉ!」
突如として響き渡る怒鳴り声に、その場の全員が足を止める。
声の出所は、道端にある酒場であった。
「ハァ、またかよ・・・所詮、個人プレーしか出来ない無法者だな。」
「俺達を見習って、もう少し真面目に出来ないもんかね?」
少し胸を張り、自身が軍人である誇りを強調しながらその場を後にする。
「ッたく、何の為に地元の儲け話を蹴ってまでミリシアルに来たと思ってんだよ!」
酒場には、武装した小集団が複数おり、かなり酔っていた。
「いくら催促しても、準備中の一点張り・・・俺達は冒険者の中でも凄腕で知られるロイヤルガーディアンだぞ!」
この世界には、個人レベルで荒事をこなす冒険者と呼ばれる職種が存在する。
ミリシアル8世の呼び掛けにより、正規軍以外に応じた者の大半は、この冒険者である。
各国に設置されている冒険者ギルドに所属し、数人でパーティーを組んで活動する。
名の知れた腕利きになると、貴族から高額依頼が舞い込んだり、正規軍に交じって遊撃戦力として最前線に立つ事もある。
そんな彼等は、ある日突然ギルドに貼り出された依頼に飛び上がった。
ミリシアル帝国が、全世界の戦士に援軍要請をしており、応じれば特別便を出して出迎えるとの話であった。
最強のミリシアル帝国の求めに応じ、莫大な富を得て世界へ名を馳せる。
そんなアメリカンドリームを見てやって来たは良いものの、カルトアルパスへ着いて以来ひたすら待機が続いている。
軍人と異なり、荒くれ者が多く、厳しい規律も存在しない彼等は、戦いに出れない鬱憤を酒を飲んで晴らす毎日を送っているのである。
「ハァーーーー・・・・ホント、いつになったら活躍出来るんだよ・・・」
「そうだな。こんだけ大騒ぎしてる癖に、臆病な連中だぜ。」
騒ぎ疲れた彼等は、机に突っ伏して愚痴を零す。
バルチスタ沖大海戦以降、駒を進められない状況に現場の士気は下がり続けていた。
4月1日
ミリシアル帝国で最も発展した都市であるルーンポリス。
市民達は、グラ・バルカス帝国の暴挙に驚きつつも、世界最強の自国の力を信じ、いつも通りの日常を送っている。
しかし、政府中枢はそうもいかなかった。
バルチスタ沖大海戦の敗北の影響は非常に大きく、今後の作戦は停滞したまま目途が立っていない。
それから2ヶ月近くが経ち、流石に落ち着きつつあるものの、このタイミングで新たな爆弾が投下された。
アルビオン城
外務省と情報局から入った新たな情報は、直ちにミリシアル8世の耳にまで届き、各大臣クラスが招集された。
「・・・皆、集まったな。」
皇帝の言葉に、緊張は最高潮に達する。
今度は誰に雷が落ちるのか、戦々恐々であった。
「既に聞き及んでいるだろうが、使節団の報告により、日本国の実相が判った。」
皇帝の言葉に、苦々しい表情をする者が何人も現れる。
リアージュを筆頭とする使節団の報告は、かつての先遣使節団が提出した報告すら上回る力を日本が有している事を示唆していた。
満を持して送られた使節団までもがこうした報告を上げた以上、最早疑う余地は無いが、それでも信じ難いのが正直な心境であった。
「陛下、魔帝以外にこの様な勢力が存在するなど、本当に有り得るのでしょうか?」
そう問われ、皇帝は少し身震いする。
「信じ難い気持ちは解るが、これ以上事実から目を逸らす訳にはいかん。目を逸らし続けた結果が、今の惨状なのだからな。」
世界の頂点に立っていた筈のミリシアル帝国は、今や完全に新参の科学文明国の後塵を拝している。
直接敗北したグラ・バルカス帝国は言うに及ばず、日本もミリシアル帝国の穴を埋める様に存在感を増しつつある。
かつては全世界に万遍無く及ぼしていた影響力は、第一文明圏にほぼ限定される程に後退しているのである。
「まず聞きたいのはだ、グ帝がこのまま第二文明圏を制圧したと仮定した場合に生じる情勢の変化だ。」
「それでは、私から御説明致します。」
シュミールパオが立ち上がる。
「グ帝がムーを制圧した後に予想される事態で御座いますが、第二文明圏最強であるムーが敵わないとなれば、未だ制圧されていないムー大陸各国は、一気にグ帝の傘下に降る事となるでしょう。」
「うむ、それは確実だろうな。」
誰もが容易に予想出来る展望に、皇帝も頷く。
「これにより、グ帝は第二文明圏を征服しつつも、戦力の消耗を避けられる事となります。十分な戦力を保持したまま、海を障壁として中央世界と第三文明圏に対する事となりましょう。」
(本当にそんな事になれば、どうにもならなくなるぞ!)
軍関係者は、苦渋の表情を滲ませる。
「我が国は海上戦力が半壊しており、この動きを止める術が御座いません。その隙に、敵は第二文明圏に於ける地位を確固たるものとし、十分な防衛態勢を整えると思われます。その場合、今以上に手出しが出来なくなってしまいます。」
今となっては、この様な悲観的な展望に異議を唱える者はいない。
「だが、手出し出来ないからと言って、その様な状況を認める訳にもいかん。我が国は対グ帝で音頭を取り、世界連合まで結成したのだ。奴等の実効支配を放置などしてみろ、事実上の敗北を喫した事になり、世界もそう認識するだろう。」
皇帝が最も恐れているのは、グラ・バルカス帝国の現状を追認した形で決着した場合の、自国の立ち位置の変化である。
覇権主義が横行するこの世界では、軍事力による現状変更でのし上がるのが舐められない為に最も効果的な方法であるが、それは逆を言えば軍事力による敗北が最も大きな地位下落を引き起こす。
元の地位が高ければ高い程、落差はより大きくなる。
それを防ぐ為にも、決して敗北を認めてはならないのである。
(我が帝国が周辺国に舐められる事態になれば、臣民にも無用な犠牲を強いかねん。何としても、それだけは防がねばならん!)
「我々は何があろうと、このまま奴等と和平などしてはならんのだ。」
軍関係者は、顔色を悪くする。
「仰る通りでは御座いますが、遺憾ながら打つ手が御座いません。」
アグラが遠慮がちに発言する。
それを聞き、皇帝は若干呆れ顔になる。
「何か意見のある者はおらんか?立場は問わん。」
しかし、口を開く者は誰もいない。
「フゥ・・・自身の仕事の範疇だけで考えるな。何の為に連合を組んでおるのだ?ムーや日本と積極的に協力関係を築く、魔法文明国同士で連携して生産効率を上げる、そうした未来志向の提案が何故出来ないのだ?」
気まずい沈黙が流れる。
連合を組んだとは言え、あくまでも対外的なポーズに過ぎないと言うのが大多数の認識である。
グラ・バルカス帝国の実力は既に身に染みて知っており、周辺国がいくら背伸びしても数合わせにもならない。
例外はムーだが、それも使い物になるだけで、主役は自分達との認識があった。
日本については警戒しているのもあるが、新参者故の忌避感があったのも否定出来ない。
「我等が悠長に議論している間にも、日本は着実に歩を進めているのだぞ。」
全員の焦燥感が増す。
バルチスタ沖大海戦によって世界連合は第二文明圏への足掛かりを失ったが、一方の日本はその隙にムーへ援軍を派遣しており、近々起こるであろうムー侵攻へ唯一対応可能となっている。
「しかしながら皇帝陛下、既に御報告申し上げました通り、グラ・バルカス帝国は非常に強力且つ勇猛な大国で御座います。」
迂闊な発言一つ出来ない空気など何処吹く風で口を開いたのは、空中戦艦パル・キマイラ2号機の艦長を務める メテオス である。
「戦力を消耗した上に本土防衛を疎かにしては、このルーンポリスとて危険かと存じます。如何な日本軍とて遠隔地では戦力は限られます。一方で敵の戦力は非常に多く、ムーを攻めている隙に中央世界へ別動隊を派遣されれば、対応など出来ますまい。」
「ふむ・・・」
皇帝は、真剣な表情でメテオスの進言を反芻する。
バルチスタ沖大海戦の後、彼は「グラ・バルカス帝国を大国と認識すべきであり、文明圏内外などと言う分類は時代遅れだ」との報告書を上げた。
これが皇帝の目に留まり、並みいる大臣以上に現状認識に優れていると評価された。
「そうだな。であるならば、パル・キマイラを常時稼働状態で本土防衛に投入する事も視野に入れねばなるまい。」
「ッ!」
たかがいち艦長が皇帝と渡り合っている様子に、多くの大臣が驚愕の表情を向ける。
「私に指揮をお任せ頂ければ、万全の防衛をお約束致します。パル・キマイラの運用法につきましてはいくつかの案が御座いますので、追って報告書を提出致します。」
そう言い、座ったまま一礼する。
その態度に鋭い視線が集中するが、本人は全く気にする様子が無い。
「ところでアグラ、一つ聞きたい事がある。」
メテオスに向いた意識を戻す様に皇帝が言う。
「何で御座いましょう?」
「仮に、我が軍が戦艦を含むグ帝艦隊15隻程度を相手にする場合、どの程度の戦力が必要だ?」
アグラは不可解な質問に戸惑いつつ、少し考えてから口を開く。
「此度の戦訓により、航空戦力の有無が戦況に大きな影響を及ぼす事が判明致しました。しかしながら、その辺りの正確な戦力値の算出が出来ておりませんので、洋上戦力のみでぶつかり合うとの仮定を致しますが、戦艦2~3隻を含む20隻程度の艦隊を編成すれば確実かと。」
「では、日本軍が同規模の艦隊に挑むとしたらどうなる?」
場がざわつく。
「そ、それは・・・使節団が得た情報の精査が済んでおらず、現状では確かな事は申せません。」
「今は確実な予測など求めておらん。お前の所見を聞きたい。」
自分に雷が落ちると確信したアグラは、顔色を悪くしたまま口を開く。
「・・・恐らく、日本艦隊は情報に御座いました誘導魔光弾を使用すると考えられます。射程は艦砲を圧倒的に上回るとの事で御座いますので、先制攻撃は容易でしょう。」
「では、戦況は一方的になるのか?」
「遠距離攻撃は、距離が伸びれば伸びる程、精度が低下致します。また、索敵に於いても同様の事が申せます。公開されている射程から考えますに、この索敵が非常に重要となりましょう。従いまして、誘導兵器と言えども射程距離一杯では精度は大きく下がると推測されます。これにより、敵艦隊の射程圏外で殲滅出来るとは考えにくいと予想致します。また、誘導魔光弾の火力も不明で御座います。単純な口径は、明らかに戦艦級の主砲を下回っております。我が方にとって未知の技術により、見掛け以上の火力を有している可能性も御座いますが、敵戦艦の装甲を貫通出来ない可能性も考慮する必要が御座います。」
「ふむ・・・」
皇帝は、現状で把握している情報の中では、かなり的を得た分析であると考える。
「結論としましては、敵戦艦の射程内まで入り込まれる可能性が大きいと考えられますが、そこまでの距離であれば誘導魔光弾の精度は相当高いとも推測され、被害を受けつつも勝利すると予想致します。」
「よく分かった」
皇帝は頷くと、紙束を取り出す。
「日本からの書簡だ。まだムーと日本は公表していないが、オタハイト沖とマイカル沖で、日本艦隊がグ帝艦隊と交戦したそうだ。」
内容は、日本からムーへ派遣された戦力の第一陣である国防海軍第一艦隊が、イシュタムと名乗るグラ・バルカス艦隊と交戦し、殲滅した。
オタハイト沖へ8隻、マイカル沖へ16隻の艦隊が接近し、日本艦隊は戦力を二分してそれぞれ交戦した。
「そんな・・・そんなあっさりあのグ帝艦隊を・・・しかし、それ程の戦果を挙げながら未だに発表など何も・・・」
「どう言うつもりか知らんが、功を誇る気は無いらしい。それはともかく、詳細を見ろ。」
書簡の内容を読む様に促す。
読み進めると、目を見開く。
「そんな馬鹿な!両方とも、僅か6隻でグ帝艦隊を殲滅した!?」
人目も憚らず、大声を上げる。
「な・・・しかも、日本艦隊の損害は皆無!?」
「あのグ帝艦隊相手に、損害無しで勝利だと?」
「そんな事が出来るのか?」
「ある訳無いだろう。いくら日本が我が国を上回る技術で発展しているとしても、グ帝も強力な相手だ。しかも、数で圧倒されているのだからな。」
アグラの言葉に、他の出席者は周囲と小声で話し合う。
「陛下、これは信用出来る情報なのでしょうか?」
「どう思う?」
皇帝は、情報を直接受け取ったフィアームを見る。
「私の知見から申し上げますと、可能性はあるかと思われます。」
かなり曖昧な返答に、苛立ちが募る。
「しかし、私は軍事に関しましてはそれほど明るくなく、断言は致しかねます。」
「ふーむ・・・」
悩ましげな声を上げると、アグラへ向き直る。
「アグラよ」
「はい」
「日本はこの情報と共に、我が国へムー大陸への戦力の派遣を要請しておるのだ。」
そう言いつつ、もう一枚の書簡を取り出す。
「我が国に戦力を・・・で、御座いますか?」
訝しげな表情をする。
「うむ。この書簡によると、日本軍はムー大陸からグ帝軍を駆逐する算段があるから、我が国から艦隊を派遣して欲しいとの事だ。」
どう返答して良いか逡巡するが、すぐに口を開く。
「・・・現在、我が軍は大きな被害を受けており、とても戦力を派遣出来る状態には御座いません。従いましてメテオスの進言通り、当面は防衛に徹するのが妥当と愚考致します。」
「お前の言う事は尤もだ。余も、正面きって敵と相対せよとの話であれば断っておる。だが日本が言うには、敵戦力の撃滅は独自に行うから、その後の警戒と海上封鎖をやって貰いたいとの事だ。」
(日本はそこまで自信があるのか?しかし・・・)
アグラは、万一の場合に多くの部下が生贄となる事を危惧し、受けるべきか悩む。
「お前の言いたい事は解る。だが、我が帝国が世間的な新参者に手伝って欲しいと言われて放置する訳にもいくまい。これ以上、我々が他国の後塵を拝せば、いずれ来る魔帝との決戦を乗り越える事など出来まい。」
「仰る事は理解出来ますが・・・」
面子と精神論の為だけに、これ程のリスクを犯すのか?
アグラは余計に躊躇を見せる。
「よいか、これは単に敵を追い詰めるだけの話ではない。我が国の見栄の問題だけの話でもない。日本軍の正確な強さを測ると共に、グ帝を撃退した後の行動を監視する為でもあるのだ。現在の日本は、第三文明圏を支配している立場にあるが、そこから更に手を伸ばす可能性もあるのだぞ。現在は、グ帝が世界と敵対しているからこそ、日本の行動も抑え込まれていると言っても過言ではないのだ。」
その場の全員が驚く。
グラ・バルカス帝国を単なる敵としか見做していなかった彼等に対し、皇帝は日本の抑えとして機能していると見ているのである。
「日本が世界連合に参加し、世界と共同歩調を取っているのは何の為だ?グ帝がいなければ、彼等はその様な事をする必要も無いどころか、世界連合自体存在しなかったのだぞ。」
日本とグラ・バルカス帝国の台頭は、世界の行く末を憂慮していた筈の皇帝でさえ、それまでの認識が甘い事を自覚させられていた。
世界を守護する、世界を導くと言いつつ、自国以外は頭数にすら入れておらず、世界との共同歩調など発想すら無かった。
「日本は元々ムーの様な融和政策を採っているが、ただの融和政策であれば一文明圏の盟主にはなっておらん。これまでの常識では測れん相手だと言う事を忘れるな。」
覇権を狙って戦うか、融和を選んで平和を取るか?
これまでの世界の常識では二つに一つであったが、日本はそのどちらにも属さない未知の相手であり、一向に理解が進んでいない。
「その上、こうも言って来ておる。ムー大陸から敵を駆逐するのは此方で独自に行うから、その後の秩序維持は世界の導き手たるミリシアルに任せたいとな。」
全員の表情が若干歪む。
失態続きの自分達に対し、わざわざ世界の導き手などと文言を加えるなど、煽りか侮辱の類としか思えなかった。
「我が国が他国の神輿に乗せられるなど、恥以外の何物でもない。しかし、此処で何もしなければ、それこそ我が国の国益を損ね、臣民に犠牲が生じかねん。」
驕りと怠慢の為に国益を損ね続けて来た彼等に、これ以上の反論は出来なかった。
「無論、此度の作戦の為に優秀な人材を失う訳にはいかん。故に、旧式戦艦を主体とした地方隊を編成せよ。もし失敗して隊が全滅しても良い様に、日頃から素行に問題のある者を集めておけばよい。人事上のゴミが消えて一石二鳥だ。」
「なるほど、確かにそれは好都合ですな。」
「ああ、旗艦には信用の置ける者を配属するのだぞ?日本の動向と戦力の正確な分析が出来なければ派遣する意味が無い。それに、他国との折衝もあるだろうから、我が国の恥とならぬ者を選出するのだ。」
「畏まりました」
皇帝の方針により、ミリシアル帝国は日本の要請を受諾し、戦力の派遣準備を始めた。
・・・ ・・・ ・・・
6月2日
グラ・バルカス帝国陸軍の最前線基地であるバルクルス基地。
此処には、帝国陸軍南部方面軍第8軍団第4機甲師団が待機している。
帝国陸軍の中でも数少ない機甲師団の内、最精鋭で知られる第4師団には、新鋭戦車である<ハウンド>が200輌配備されており、基地内に整然と並んでいる。
尚、ハウンドにはⅠ型とⅡ型があり、57㎜砲搭載型がⅠ型、47㎜砲搭載型がⅡ型である。
砲塔の上には戦車長が直立しており、正面を凝視している。
視線の先には、1台の装甲車があった。
その装甲車には、明らかに階級が高そうな2人の軍人が座っている。
一人は第4師団長 ボーグ 少将 、もう一人は第8軍団長 ガオグゲル 中将 である。
2人が立ち上がると、戦車長達が一斉に敬礼する。
「ボーグ君、帝国軍は強い。」
敬礼を返しながら、ガオグゲルが口を開く。
「ハッ、その通りであります。」
ボーグも、敬礼しながら応じる。
「中でも君ら、第4師団は飛び抜けて強い。だからこそ、ムー侵攻の先陣を任されたのだ。君らの双肩に懸かっている期待と責任は大きいぞ?」
「御安心下さい。我が第4師団は必ずや作戦を成功させ、中将閣下、並びに皇帝陛下の御期待に応えて見せます!」
「うむ、君らなら私も安心して任せられる。それにしても、外務省の余計な口出しのせいで随分と作戦の開始が遅れてしまったな・・・本当に腹立たしい事だ。」
「同感でありますが、彼等も仕事でそうせざるを得なかったのでしょう。」
ボーグも外務省からの警告には苛立っていたが、これまでに散々嫌味を撒き散らしており、流石にもう許してやろうと考えていた。
「まぁ、それもそうだな。ところで、その余計な口出しの原因である日本だが、奴等の実力は未知数だ。勝てると思うか?」
「私の方でも詳しい情報は入っておりませんが、恐るるに足りません。」
「ほう、それは何故だ?」
「日本は、かつてパーパルディアと交戦し、大勝利しております。しかしながら、征服などはしておりません。それどころか、パーパルディアよりも貧弱なその他周辺国すらも征服する動きを見せない軟弱さを見せ付けております。これは、日本が他国を征服出来るだけの戦力を持たない事を意味します。」
「そこまでの戦力は無いとしてもだ、それでイコール弱いとはならないのではないか?」
「本当に軟弱でないなら、多少の無理を押してでも周辺国を少しずつ制圧する動きを見せる筈です。また、独自戦力が不足しているのでしたら、制圧した先の原住民を徴兵し、頭数を増やす方法もあります。にも関わらず、何一つやろうとしません。それだけの能力すらも無い、軟弱な軍であると考えられます。」
「ふむ、確かにそうだな・・・」
広大な領土を持ち、強大な軍事力を整備し、積極的に使いこなす。
それが、グラ・バルカス帝国の強国の定義である。
「更に、我が第4師団は単なる精鋭ではなく、先進的な機甲師団であります。機甲戦力を中心とした新時代の戦力が相手では、日本もムーも蹂躙される以外の選択肢はありません。」
「頼もしい事だな。」
ガオグゲルは、満足げに頷く。
「時にボーグ君、部下にストレスは溜まっておらんかね?」
「は・・・」
ボーグは少し表情を曇らせる。
「祖国の為と士気を保っておりますが、やはり海を隔てた異国の地では望郷の念に駆られる者も多く、精神的に追い詰められている者が散見されます。ですが御安心下さい。我が師団は屈強であり」
「ボーグ君」
ガオグゲルはボーグの言葉を遮り、肩へ手を置く。
「少し肩の力を抜き給え。君が力み過ぎては、兵も窮屈だろう。」
「お気遣い感謝します。ですが御心配無く。我が師団は」
「ボーグ君」
再び言葉を遮る。
「少しは視野を広げた方が良いぞ。今回の作戦で、多くのムー人が我が軍門に降るだろう。そこでだ、君達が敵国人をどう扱おうと、咎める者は誰もいない。」
「は?」
意味が解らず、ボーグは固まる。
「この世界には戦時国際法など存在しない。つまり、その辺の人間を捕えて何をしても罪に問われる事も無いのだよ。」
ガオグゲルの意図を理解し、内心呆れつつもゲスい笑顔を作る。
「ははぁ、なるほどなるほど・・・異世界様様ですなぁ。」
「戦果を期待しとるよ、ボーグ君。」
下卑た笑みを浮かべつつ、ガオグゲルはその場を後にした。
残されたボーグは力無く笑うと、すぐに表情を引き締める。
「諸君、間も無く作戦が発令される!待ちに待った我等の力を示す機会だ!存分に暴れるぞ!」
「「「「「オオオオオオオォーーーーーー!!!」」」」」
部隊の指揮は最高潮に達し、雄叫びが響き渡る。
ガオン・・・ブルルルルルル・・・
それを合図に、彼等の搭乗する戦車から煙が噴き出し、エンジンが唸りを上げた。
作戦指令室へ入ったガオグゲルは、参謀団から敬礼で迎えられ、自身の席へ座る。
「閣下、既に全部隊が準備完了しております。」
「後は、閣下の御命令を待つのみです。」
部下の言葉を聞き、ガオグゲルは獰猛な笑みを浮かべる。
「私の命令で多くの人生が決し、帝国の栄光に更なる輝きが灯る。堪らんな、この瞬間は・・・」
少しの間目を閉じ、高揚する気分を味わう。
そして目を開くと共に、命令を下した。
「さぁ、殺戮の宴を始めよう・・・全隊ヘ下令、作戦名トルネードを発令せよ!」
ムー侵攻作戦、正式名称<トルネード作戦>が始まった。
プレスセンタービルは架空の建物です。