衛宮士郎関係の短編   作:笠屋 

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こういう未来もあるのかなと思いながら書きました。
死ネタなので苦手な方はご注意を


処刑前の士郎に凛ちゃんが会いに行く話

 「久しぶりだな、遠坂」

 

 久しぶりに会ったその男は、容貌こそ髪の色も肌の色も大きく変わっていたが、昔と変わらぬ口調でそう言った。学校ですれ違った時のように、倫敦ですれ違った時のように、ごく自然に、ごく当たり前に。

 ──寂れた鉄格子の中で、四肢を重厚な拘束具で拘束されながら

 

「……久しぶりね、衛宮君。あなたは変わりないようね」

 

 なぜか無性に腹が立った為、皮肉たっぷりに言い返す。だが、この鈍い男に皮肉など通用しない。いつものように、口元を少し緩めるだけだった。

 

「最後に、遠坂に会えてよかった」

「────っ」

 

 男の言葉に、心臓の鼓動が跳ね上がる。脳で処理しきれない感情が、言葉となり溢れそうになるところを必死に抑える。

 そんなわたしを見てか、彼は懐かしいものを見るように目を細める。

 

「……逃げないのね」

「当然だ。逃げれば、争いが長引いて周囲に被害が出る。オレが死んで、争いが終結するなら安い」

「衛宮君らしいわね。それで、衛宮君が死んだら、桜と藤村先生は悲しむわけだけど、それはいいのかしら?」

 

 それを言うと、男は痛いところを突かれたのか、目線を逸らし頬を掻く。

 

「……その、もし良かったら桜と藤ねえに──」

「──伝言ならお断りよ。自分で会って伝えなさい。衛宮君はまだ生きているんだから」

 

 男の言葉を遮り、冷たく突き放す。この男とは決別した。そんな奴の願いなど聞いてやる義理は無い。私はそこまで善人ではない。

 男は、ある程度予想していたのか、小さく「だよな」と呟いただけで、それ以上何も言わなかった。

 

「ここへは何しに来たんだ」

「ちょうど近くに用事があったの。ついでに、周りのことを顧みない大馬鹿の末路でも見届けようかなと思ってね」

「……警備はどうしたんだ」

「眠ってもらってる。思ってたより警備がザルで驚いたわ」

 

 死刑囚の独房にしては、あまりに警備が少なかった。おそらくは、警備に割く人員が無いのだろう。争いが終結したばかりで、やることが山ほどある。こんなことに、構っている暇はないのだ。

 それに、と男の身体を覗き見る。ボロボロであった。全身に巻かれた包帯には、ところどころ血が滲んでいる。乾いたものから、まだ新しいものまで様々だった。

 どういう経緯かはある程度把握している。いつものように、顔を突っ込んで、死ぬ思いで争いを鎮めたかと思えば、仲間に裏切られて、争いの張本人だと吊し上げられた。

 

「────っ」

 

 奥歯を噛み締め、怒りを抑え込む。

 本当に、この男は救いようがない。頑張って頑張って、凡人の癖に死に物狂いで足掻き続けて、誰かのために走り続けた。

 その結果がこれだ。人助けそのものを報酬とする人間など、ただの一度も理解されるはずがない。最後は、不要になった機械を捨てるように、だれの得にもならないからと廃棄される。それが、この男の末路。

 あぁ、気に入らない。本当に気に入らない。コイツにも、その周りにも、そんな機械的な生き方をしてる癖に、他人の幸福を自分の幸せとして喜ぶことができる人間的な暖かさをもってるところも気に入らない。

 ──だと言うのに、この男のことを嫌いになれない自分が更に腹立たしい。

 

「──遠坂」

 

 男が口を開く。視線を向けると、そこには滅多に見せない笑顔でこちらを見る衛宮士郎がいた。

 

「オレを助けてくれて、ありがとう。遠坂が居なかったら今のオレは居ない。だから、本当にありがとう。……ずっと、言えていなかった」

「────っ!!」

 

 限界だった。懐から宝石を取り出す。

 こんなチンケな檻など消し飛ばせる。ついでに、この馬鹿に全てを押し付けた奴らもまとめて吹き飛ばしてやる。

 

「出るわよ、士郎。アンタをこんなところで死なせない」

「遠坂……」

 

 士郎は、宥めるような視線をこちらに向ける。もしかして、本気でやらないだろうと思っているのだろうか。分からせるためにも、今すぐやってやろうかと思った矢先──

 

「──ゴボッ」

 

 士郎の口から、赤黒い塊が零れ落ちた。士郎はなおも、咳き込み続ける。その度に、血の混じった吐瀉物が、冷たい石畳の上へと吐き出された。

 

「……士郎。あなた、その身体」

 

 こちらの視線を受けて、士郎は隠し事がバレた子供のように、視線を逸らす。

 

「……数年前、ちょっと無理してな。もう、あんまり長くないらしい。それこそ、明日にでも死ぬかもしれない」

 

 目の前の男は、自嘲する様に乾いた笑みを浮かべる。

 冷や水を浴びせられた気分だった。頭に上った血が一気に冷めていく。つまり、この男は、そんなボロボロの身体で、他人の為にずっと戦い続けてきたらしい。

 誰にも打ち明けず、誰ともその理想を分かち合えず。たった1人で。

 

「どうせ死ぬなら、この命を意味のあることに使いたい。だから、気持ちはありがたいけど、オレはここで死ぬよ」

「…………」

 

 何も言うことはできなかった。自分の感情を言語化できない。怒ってるし、悲しんでもいる。だけど、その感情の矛先が、いろいろな方角に分かれており、どこに向かっているのか分からない。

 

「……本当に、バカね」

 

 誰に向けての言葉なのか自分でもよくわからなかった。だけど、もう、この言葉しか出てこなかった。

 

「……悪い」

 

 士郎はバツが悪そうに頬を掻く。

 分かっていた筈だ。この男を1人にしたらこうなると。だから、この結末も全部想定の範囲内で、なるべくしてなったと受け入れるしかない。

 それが嫌なら、1人にするべきでなかった。全部自分で蒔いた種だ。

 

「……ねぇ、衛宮君。最後に一つだけ聞かせてくれる?」

「なんだ? 答えられることならなんでも答えるぞ」

「……衛宮君は、後悔してる?」

 

 自分でも何でこんなことを聞いたのかは分からない。ただ、聞かずにはいられなかった。

 

「あぁ、してる」

 

 即答だった。

 胸の奥に、鈍痛が広がるのを感じる。

 

「あの時、もっと守る力があれば、気づくのが早かったら、取り零さず済んだモノがあった。そんな後悔の連続だった。仕方ない、次こそはで、簡単には割り切れない」

 

 男は遠い目をしていた。まるで、ここにはいない誰かを見つめているみたいに。

 

「それでも、継ぎ接ぎだらけで、間違い続けたけど、あの時誓った理想を胸に、最後まで走り続けられたことは────満足してる」

 

 そう言って、士郎は一仕事を終えたのだと、力なく微笑んだ。

 その笑顔の下にどれだけの葛藤があったのか、それは推し量ることはできない。できるわけがない。

 取り出した宝石をしまう。

 

「……藤村先生と、桜に何か伝えることはある?」

 

 私の言葉に、少し呆気に取られていたが、「ありがとう」と小声で言うと、顎に手を当てて考え込む。

 

「そうだな……。桜には、桜は頑張り過ぎだから、偶には息抜きをして、自分のことを一番に考えて生きて欲しいって伝えてくれないか?」

「……分かった。他には?」

「藤ねえには、もう若くないんだから、昔みたいに無理しないで、大人しくしてろって言っといてくれ。あと、がん検診とかちゃんと受けさせてやってくれ。藤ねえ絶対行かないだろうからな」

「……了解したわ。他には?」

「……2人に、心配かけてごめんと、ありがとうって伝えておいてくれ。……ぐらいかな」

 

 そこまで言って、心残りが一つ消えたのか。士郎は壁にもたれかかって、一つ息を吐いた。

 良い気なものだ。私には、アンタの訃報を知らせるという、嫌な役目を押し付けておいて。

 

 

「……私も、そろそろ行くわ。さようなら、衛宮君」

「ああ、さようならだ。遠坂も、達者でな」

 

 士郎と視線が合う。相変わらず、綺麗な瞳だった。汚いものを見続けた癖に、いつまで経っても、子供のように綺麗で、澄んでいる。

 

「じゃあな」

「えぇ」

 

 踵を返す。出口へと続く通路を歩き出す。

 

「なぁ、遠坂」

 

 士郎の声が聞こえた気がしたが、振り返らない。

 

「───幸せになれよ」

 

 返事はしなかった。

 目頭が熱くなっているのは気のせいだと言い聞かせる。

 コツコツと、乾いた足音だけが薄暗い地下牢に響いていた。

 

 

◇◆◇

 

 数日後、衛宮士郎の処刑が執り行われたと、懇意にしている情報屋から連絡があった。これといった妨害もなく、滞りなく執行されたらしい。

 悲しくないと言っては嘘になるが、涙は一滴たりとも出てこなかった。というより、そんな余裕もなかった。

 

 固有結界に特化した魔術回路。魔術的な価値のある衛宮士郎の遺体を欲しがる連中は山ほどいたようで、髪の毛1本まで研究の材料にしようと、死刑執行後にこぞってやって来た。

 

「……本当に、不愉快な連中ね」

 

 床で伸びてる男を足で小突く。

 根源へ到達する為なら、倫理観などかなぐり捨てる。自分もそんな魔術師の一員だと思うと、反吐が出る。

 自己嫌悪もほどほどに、人が頑張ってる傍らで、呑気に寝転がっている男を見る。

 

「……数日ぶりね、士郎」

 

 今度は返事はなかった。生気の抜けた肌に、青白い顔。舌は飛び出て、眼球が飛び出していた。首についた痕が痛々しい。

 酷い死体だった。桜と藤村先生にはとてもじゃないが見せられない。エンバーミングも施していないので、このまま放っておけば腐敗して、見る影もない姿になるだろう。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、顔に触れる。

 冷たかった。首の痕は変色して、指でなぞると、深い溝ができていた。

 しばらく、何をするでもなく眺めていると、首に何やらチェーンのようなものが巻き付いているのが目に入った。

 

「ネックレス?……違う、ペンダント?」

 

 チェーンを掴み、引っ張る。

 その先にあるものを見て────目から熱い液体が込み上げて来た。

 

「……何、でよ……っ」

 

 ペンダントは見覚えのあるものだった。

 深紅の宝石が埋め込まれたペンダント。この世に2つとない、父の形見。

 ──そして、あの夜。士郎を助ける為に使った、見覚えのあるペンダントだった。

 

「……っ、どうして……、なんで……どうしてこんなもの……ッ!」

 

 瞳からとめどなく溢れてくる感情を抑えきれない。割り切ったはずだった。自分の意思で、決別したのだ。だから、この末路は私とアイツの自業自得だと、だから悲しむ権利など無いと。

 だけど、アイツは、あのバカは、生涯このペンダントを持ち続けた。私との縁を、最後まで持ち続けてくれた。その事実が、その事実に気づけなかったことが、たまらなく悔しかった。

 

「……うぅ、あぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!!!!」

 

 私は泣いた。声を上げて、子供のように泣き叫んだ。1度堰を切ってしまえば、もう止まらなかった。

 薄暗く、埃臭い部屋の中で、いつまでも、いつまでも。私の涙が枯れ果てるまで、ずっと。

 

 私は後悔をしない。そういう風に生きている。例えそれが、どれほど辛い道であったとしても、立ち止まることだけはしないと決めた。 それが、私が私である証なのだから。

 だから、今回の件だって後悔なんてしない。思うことは一つだけ。誰かの為に生き続けたあの大馬鹿が、せめて、その死後くらいは安らかに眠ってほしいと──

 

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