衛宮士郎関係の短編   作:笠屋 

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3ヒロインの誰とも恋仲にならなかった世界線です


結婚について話す士郎と藤ねえ

 

 

「士郎はさ、結婚とか考えないの?」

 

 数年ぶりの実家への帰省。

 相変わらず大喰らいな同居人に夕飯を振る舞った後、居間でまったりとテレビを見ていると、ふと思い出したように藤ねえが口を開いた。

 

「そういう、藤ねえはどうなんだよ」

「こらー、質問に質問で返さないの。先生の質問にはちゃんと答えなさい」

 

 もう卒業して、5年は経つというのに、藤ねえの中で自分はいつまでも生徒なのだろう。

 身長も伸び、声は低くなったし、体つきだってずいぶん変わった。町で知り合いと偶々出会したって、自分だと気付かれない事もたまにある。

 そんな中で、変わらず昔のように接してくれることは、素直にありがたいと思う。ここに帰れば、原点に立ち帰れるような、そんな気がするのだ。

 

「特に考えてないかな。まだ、大卒1年目の年だって考えたら、そんなに珍しいことでもないだろ?」

「それは、そうなんだけどねー。小さい頃から見てるお姉ちゃんとしては、士郎がちゃんと結婚できるか心配なのよ」

「そりゃどういう意味だよ……」

「そのまんまの意味。士郎はね、ちょっと人より正義感が強いから、自分の事なんて二の次三の次にしちゃうタイプじゃない? だから女の子を泣かせてないかなって」

「…………」

 

 藤ねえの言葉は、正直かなり痛いところを突いていた。聖杯戦争が終わり、遠坂と一緒に倫敦へ渡り、今はフリーで傭兵の真似事をしている。

 その過程で、それなりに親交を深めた女性が何人かいた。けど、その誰とも、恋仲にはなれなかった。原因はもちろん自分にある。

 彼女達と仲良くなるにつれて、自分が傷つくたびに、彼女達は自分のことのように、心を痛めてくれた。中には止めようとしてくれた人もいた。それでも、そんな彼女らを見ても、俺は自分を大切にできなかった。

 その結果愛想を尽かされて、どの人とも結局長続きはしなかった。自分を大切にできない人間は、周りを大切にできないということだろうか

 

「私は、士郎って結婚に向いてると思うんだけどなあ」

「……そうか?」

「だって、士郎って誰かのために一生懸命になれる子じゃない。困っている人がいれば助けようとするし、泣いている子供がいたら放っておけないでしょう? そんな子が結婚したら、きっと家族のことを大切にして温かい家庭を築くんじゃないかなって思うなー」

「……」

「それにね、士郎は家事万能だし、料理は美味しいから、家に帰って来たらおいしいご飯が待っていてくれるわけでしょ? 仕事も学校も大変だけど、家に帰ればこんな父親がいるんだもん。こんな幸せなことはないわよ!」

 

 ビシッと指を立てて、力説する藤ねえ。

 なんというか、面と向かって言われると照れ臭いものがある。

 

「父親か……」

 

 正直あまりピンとこない。身近なところでは切嗣だが、かなり特殊なタイプだと思う。尊敬はしているし感謝もしているが、あまり父親というイメージは無い。

 だが、この世界には様々な家族の形がある以上、父親なんて千差万別が当たり前で、どんな父親がいてもおかしくはない。優しい父親も厳しい父親も、場合によってはマイナスに働く事もあれば、プラスに働くこともあるのだろう。

 結局のところ大事なのは、家族をどれだけ大切に思ってくれているのかなのではないかと思う。

 その点で言うのなら、俺は────

 

「だからね、士郎は早く結婚して、お姉ちゃんを安心させてほしいなって──」

「──ごめん、藤ねえ。やっぱり、俺は誰かと結婚する気にはなれないし、多分そういうのはできないと思う」

「え?」

 

 呆けたように、ぽかんとした顔で見つめてくる藤ねえ。少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 

「俺は特定の誰かを大切に出来る自信がない」

 

 自信がないというよりは、資格が無いと言うべきか。俺の生き方は、家族だけを大切にすることはできない。場合によっては、家族と顔も名前も知らない誰かを同列に扱うような生き方だ。

 父親なら、何があったって、家族の味方で、家族を優先するべきだ。故に、結婚をするのなら、俺は生き方を変える必要がある。そうなった時に、理想と現実の狭間で俺は迷うと思った。

 こんな簡単な問いに、即答できない奴が果たして良い父親になれるのか。少なくとも、俺は良い父親になれないと思った。結婚は、自発的に選択するものだ。選択する権利が俺にある以上、積極的に選ぼうとは到底思えなかった。

 

「だから、悪いけど結婚は諦めてくれ。そもそも、相手がいないんだしさ」

 

 藤ねえは、腕を組み、むぅと眉を寄せて考え込む。やがて、考えがまとまったのか、こちらに視線を向けた。

 

「士郎ってさ、ちょっとズレてると思う」

「……ズレてるって、どこかだよ?」

「さっきから、大切にできるかとか、頭でっかちなことばかり言ってるけどさ、結婚って結局は自分を幸せにする為にするものじゃないの?」

「……」

「なのに、士郎は相手本位にばっかり考えてる。それじゃあダメよ。まずは自分がどうしたいのか、それをしっかり考えるところから始めないと」

 

 藤ねえの言いたい事は分かる。確かに、俺の思考は自分よりも他人を優先して考えている。

 

「……だからって、自分の幸せの為に、相手のことを蔑ろにしてたら意味が無いだろ」

 

 俺の言葉に、藤ねえは見せびらかすように、大きなため息をつく。

 

「……あのね、士郎。それを言うならね、もし士郎の恋人が、士郎を幸せにする為に、自分を蔑ろにしてたらどう思う?」

「それは……嫌だな。俺より自分のことを優先してほしい」

「でしょう? 好きな人が自分の為に苦しんでいたら、それだけで苦しいの。だからね、周りを幸せにしようとするなら、まず自分の幸せを第一に考える必要があるの。それが出来ないのなら、誰かと結婚しても不幸にしちゃうだけだから」

「だったら、なおさら俺は……」

 

 結婚するべきではない、そう言いかけたところで、ぴしゃりと遮られる。

 

「難しいことは一旦抜きで、単純に考えてみなさい。好きな人に好きだと思ってもらえて、毎日を一緒に過ごしていく。そういうことに、興味があるかないか」

 

 頭の中で想像する。自分の帰りを待っている人がいる生活。自分が作った料理を、美味しいと言って食べてくれる人がいる生活。寝る時に、おやすみと言える相手がいる生活。朝起きたら、最愛の人が隣で寝ている生活。

 そんな日々は、決して悪くないものだと思った。それどころか、これ以上無いほどの良いものだと思えた。

 

「…………」

 

 けれど、想像すると同時にどこからともなく罪悪感が生まれた。

 そんな幸福は、自分が享受していいものでは無いと、心の奥底で囁く声が聞こえる。そんなものは夢物語だと、そんな未来は有り得ないと、誰かが耳元でささやくのだ。

 

「士郎、難しく考えすぎ」

「あいたっ」

 

 そんな気持ちが表情に出ていたのか、藤ねえがデコピンをかましてきた。

 

「まあ、そういう面倒臭いところが士郎の良いところでもあるんだけどね」

「……なんだよ、それ」

「そのままの意味よ。でもね、今すぐ答えを出さなくて良いけど、いつかは自分の幸せについて真剣に考えてみてね」

 

 自分の幸せ、それが何なのかは自分でも分からない。今まで一度も考えてこなかったからだ。

 それでも、屈託のない笑みでこちらを見る藤ねえを見たら、少しだけ、本当に少しだけ、何かが分かった気がした。

 返事はせず、ただ黙って首肯する。すると、藤ねえは満足げに顔を綻ばせた。

 

「よろしい! んじゃ、そろそろ帰るね。あんまり遅くなると、帰るのが面倒になるし」

 

 藤ねえは俺の反応に笑みを浮かべると、立ち上がって、大きく伸びをした。

 気を遣わせてしまったと、申し訳なく思いながら、玄関まで見送りに出る。

 

「今日はありがと。久しぶりに、士郎のご飯食べられて嬉しかったわ。……明日には出るんでしょう?」

「ああ、明日の朝には発つ予定だ」

「そっか、残念だけど仕方ないわね。また帰ってきた時は、ちゃんと教えてね」

「分かった。帰る時は、ちゃんと連絡入れるようにする」

「うん、約束。それじゃあ、お休み士郎」

「お休み、藤ねえ」

 

 藤ねえは踵を返して、扉に手をかけたところで、ふと何かを思い出したかのよう振り返った。

 

「ねえ、士郎」

「ん?」

「士郎はさ、さっき特定の誰かを大切にできる自信が無いって言ったじゃない」

「そうだけど……それがどうかしたか?」

「じゃあさ、私は大切にしてないのかな?」

「え──」

 

 予想外の質問に言葉を失う。

 藤ねえは、俺の家族同然の人で、冬木に帰ったら当たり前のように居てくれる人で、言葉にするのもこそばゆいが、かけがいのない人だと思う。

 けど──

 

「ごめん、考えたこと無かった」

 

 正直に答えると、藤ねえは悪戯っぽく微笑んだ。

 

「そうだろうと思った。私もね、きっと士郎と同じ。士郎のことを弟のように思ってるけど、大切にしたいとかあんまり考えてなかったかな」

「……」

「だからね、士郎とさっき話しててハッとしたの。私って、士郎のことを大切にできてたかな?」

 

 その瞳の奥はわずかに揺れていた。まるで迷子の子供のような不安そうな顔で、藤ねえは俺を見つめる。

 

「藤ねえは俺を大切にしてくれたよ」

 

 だから、俺は藤ねえの問いに何の躊躇もなく、そう答えた。迷う余地など一切無かった。

 藤ねえは、常に俺のことを気遣ってくれて、その明るさと温かさで励ましてくれた。恥ずかしくて、本人の前では口が裂けても言えないが、藤ねえは俺にとっての太陽だった。

 

「……そっか」

 

 少しだけ驚いた顔をした後、照れくさそうに笑う藤ねえ。

 その反応に釣られて、こっちまで恥ずかしくなってくる。

 

「あーもう、柄にも無い話しちゃったなあ! ほら、明日早いんでしょ? 早く寝なさい!」

 

 誤魔化すように、背中を押してくる藤ねえ。それに苦笑しつつ、玄関から押し出される。

 

「はいはい、分かってるよ。最近寒いんだから暖かくして寝ろよ」

「そっちこそ、腹出して寝ないようにね。ちゃんと、毛布かけて寝なさいよ」

「余計なお世話だ。んじゃ、今度こそお休み」

「はい、お休みなさい」

 

 藤ねえは手を振って、帰って行った。

 ピシャリと、扉が閉められる。暫く、ぼんやりと扉を眺めていたが、扉の前の影が動かない。忘れ物でもしたのかと、扉を開けようとしたところで、扉の向こうから声をかけられた。

 

「あのね、士郎」

「……なんだよ?」

「士郎も、私を大切にしてくれたよ。だから、自信を持ってね。士郎は身近な人間を大切にできる優しい子なんだから」

 

 それだけ言うと、足音が遠ざかっていく。俺はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

 胸の中に温かいものが満ちている。それは決して嫌なものでは無くて、どこか心地よいものだった。

 

「……ありがとう、藤ねえ」

 

 誰もいない廊下で、一人呟く。

 1人で住むには広過ぎる屋敷で、俺の声だけが、静かに響いた。

 

 

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