関係ないですがロードエルメロイ二世の冒険の7巻最高でした……!
ネタバレになるので内容は何も言えませんが、士郎好きは絶対に満足できる内容になっています。
冒険シリーズからでも話は分かると思いますが、6巻からでも一応大丈夫とのことなので、ぜひこの機会にご一読いただければと思います。
kindle版(電子書籍)
https://www.amazon.co.jp/%25E3%2583%25AD%25E3%2583%25BC%25E3%2583%2589%25E3%2583%25BB%25E3%2582%25A8%25E3%2583%25AB%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25AD%25E3%2582%25A4II%25E4%25B8%2596%25E3%2581%25AE%25E5%2586%2592%25E9%2599%25BA-%25E5%2585%25A87%25E5%25B7%25BB/dp/B0977MNSGB
書籍版
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CPDYBRSV
教室の窓から降り注ぐ夕陽が、教室を赤く染める。
校庭からは、運動部のかけ声や吹奏楽の音が聞こえてきた。
2月に入ったが、未だに肌寒い日々が続いており、それも相まって放課後の教室はどこか寂寥感を感じさせる。それでも、この独特な雰囲気が好きであった。いつもは、人で溢れる教室を今この時間だけは独り占めしている、という優越感を得られるからだろうか。
それとも、目の前で落ち着きのない様子で視線を彷徨わせる彼と一緒に居るからだろうか。後者であったなら、自分は相当色ボケた頭をしているという自覚が持てるのだが。
「遠坂、誕生日おめでとう」
目の前の彼──衛宮士郎が、気恥ずかしいのか、いつものように頬を小さく掻き、はにかみながらの祝福。いつもは、無自覚に不意打ちをかましてくる癖に、こういう時は照れるなんて反則だ。
こっちまで釣られて照れ臭くなってしまうが、これは士郎を揶揄う絶好の機会だと、照れを押し隠して余裕の表情を作ってみる。
「ありがと。けど、安心したわ。誕生日近いのに、なにも言ってくれないから、士郎ったら、私の誕生日忘れたのかなって思っちゃった」
「それは、その、サプライズの方が嬉しいって、朝のニュースで特集してたから」
「そう。じゃあ、このプレゼントの中身は、朝のニュースを参考にしたのかしら?」
「参考にはしたけど、選んだのは俺だ。気に入ってくれると嬉しいんだが……」
おずおずと、悪い点の答案を親に見せるように、慎重な手付きで包装された小箱を差し出してくる。
士郎らしからぬ、小洒落た包装紙で包まれたそれを両手で受け取る。
「開けても良い?」
「もちろん」
包み紙を破らないように丁寧に剥がし、箱を開けると、そこには赤い刺繍の施されたハンカチが収められていた。手触りが良く、隅に小さく"Happy Birthday to you"の文字まで刺繍されている。
「いつも世話になってるし、何か役に立つ物をって思ったんだけど……ハンカチなら、いくつあっても困らないだろ?だから……」
「……士郎、ハンカチのプレゼントの意味って知ってる?」
「え?意味なんてあるのか?」
「ええ。ハンカチは、別れの挨拶に使われる事が多いのよ。『縁を切りたい』『距離をおきたい』ってね」
「え……?」
すると、士郎は一瞬にして顔面を蒼白にして狼狽え始めた。そんな様子を見て、吹き出しそうになるのを我慢して、追い討ちをかける。
「……士郎、ずっと別れたかったのね。我慢させて悪かったわ。思えば、私我儘ばかり言ってたものね」
「ち、違う!遠坂、俺そんな意味で渡したんじゃ……!?」
「明日からは、解放してあげるから安心して。短い間だったけど楽しかったわ」
「なっ……」
絶句する士郎を見て、少しやり過ぎてしまったかなと反省する。士郎の反応が面白くてつい弄ってしまうのだが、今のは少し意地が悪かったかもしれない。
冗談だと告げようとしたその時、士郎はこちらに手を伸ばし、そのまま私の両肩に手を乗せ、目をしっかり合わせてきた。
「遠坂、頼むから話を聞いてくれ。俺、贈り物に意味があるのとか、本当に知らなくて、ただ、遠坂に喜んで欲しくて……。その、ごめん」
士郎の真っ直ぐな瞳に見つめられて、心臓が少しだけ跳ねる。
士郎と付き合って、接する時間が増えて色々なところを知って、士郎という人間がどういう人間なのかわかってきたつもりだけど、どこまでも真っ直ぐに気持ちを伝えてくるところには、いつまで経っても慣れないなと感じる。
その事実が妙に悔しくて、動揺を悟られないように心を一旦落ち着けて、士郎に微笑み返す。
「な、なんで笑うんだよ……」
「士郎のそんな顔が見れたんだもの。それだけで十分プレゼントを貰った気分だなって」
「なんだよ、それ。……ってもしかして」
「ええ、もちろん冗談よ。士郎が、『縁を切りたい』とか『距離をおきたい』なんて意味を込めて私に渡すわけないでしょ? 士郎は、そんなに必死になるくらい私のことが大好きなんだから」
ふふんと、鼻を鳴らして士郎を煽る。
今度は、顔を真っ赤にして狼狽するのかな、なんて思っていたら、士郎は急に真面目な顔になり、私を真剣に見つめてきた。
「当たり前だろ。俺は遠坂とずっと一緒にいたいんだから」
「んなっ……!?」
まさか真面目に返されると思わず、狼狽えてしまう。心臓は早鐘を打ち、顔だけでなく身体全体が熱くなるのを感じる。
ああもう、本当にこういうところだ。いつもは、やられてばかりの癖して、たまに不意打ちで、それ以上のカウンターを仕掛けてくるのだからたちが悪い。
そんな、こちらの気持ちなど露知らず、士郎は安心したとばかりに大きく息を吐き、小さく「良かった」と呟いていた。そんな様子を眺めて、私って本当に愛されてるんだなと、あらためて実感した。
「……」
「遠坂、どうかしたか?」
「ううん。ただ、今の冗談はちょっと意地が悪かったなって。ごめんね、士郎」
「驚きはしたけど、別に気にしてない。それに、今日は遠坂の誕生日なんだから」
こともなげに、そう言う士郎を見て、少しの罪悪感を覚えながらも、気持ちを切り替えて士郎に向き直り、目一杯の笑顔を向ける。
「プレゼント、ありがとう。士郎が私のこと考えて選んでくれたんでしょ? それがすっごく嬉しい。大切にさせてもらうわ」
手の中に収まっているハンカチを小さく撫でる。手触りが良く、学生の経済力で買えるのだからそこまで高価なものではないのだろうけど、それでも私のために時間をかけて選んでくれたのがわかる。その事実が何よりも嬉しかった。
「気に入ってもらえたなら良かった」
なんて、士郎は少しだけ頰を赤くしながら、小さく笑みを浮かべる。たまにしか見せないその笑顔。私の1番好きな士郎の表情。たまにしか見せないその笑顔を見る度に、もっと引き出してみたいと思うのだ。
「そしたら、今度は私の番ね。楽しみにしててね。士郎の誕生日は、とびっきりのをプレゼントするから」
「え……?」
すると、士郎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まった。まるで、"想定外のことを言われて驚きました"と言わんばかりの顔だ。
「え、じゃないわよ。まさか、自分はあげて、私には何もさせないつもり? それとも、私からの贈り物なんていらないってわけ?」
「そうじゃない。嫌じゃないが……その」
らしくなく、躊躇いがちに何かを言い淀んでいる士郎。視線は落ち、先程とは打って変わってこちらとは目も合わせない。表情からは、笑みが消えていく。
沈黙が教室を支配する。士郎は、口を開きかけては、逡巡し、また閉じてを繰り返す。
士郎が、何を考えているのかは分からない。それでも、何かに苦しめられてるのだということは分かる。溺れている人が必死に何かに縋りつくように、士郎は言葉を紡ごうとしていた。
士郎が悩む時は決まって他人の事を考えてのことだ。それは今回のプレゼント選びのことであったり、夕飯のメニューだったり、どんなに小さいことでも他人の為に思い悩む。
だから、今回で言えば、私のことか、それとももっと別の誰かを考えてのことなのだろう。
自分のことには無頓着な癖に、なんて小言を言いたくもなるが、それが悪いことだとは思わない。
士郎は、他人の為に頑張る人間だから。誰かが喜ぶ時にしか、自分の事の様に喜べない人だから。
そんな、不器用で優しい彼がどうしようもなく好きで愛おしいと感じてしまう。
だから──そんな彼を隣で支え、一緒に悩みたいと思えるのだ。
「遠坂……」
私は士郎の左手に自分の手を重ねた。
暖かくて、男子らしくゴツゴツとした手。この手が、いつも誰かの為に戦い、傷ついているのを知っている。
「焦らなくて良いわ。ゆっくりで良いから、あなたの気持ちを聞かせて」
「俺の、気持ち」
「ええ。士郎が何かに悩んでるなら寄り添いたいの。だって、私達恋人でしょう?」
士郎は、私の瞳をじっと見つめる。私も士郎の瞳を見つめる。お互いの瞳にはお互いの姿が映っているのだろう。士郎の瞳の奥は、様々な感情が入り混じり、揺れていた。
どれだけ、そうしていただろうか。長い沈黙の後に、士郎は覚悟を決めたかのように小さく息を吸い込み、そして吐き出した。
「遠坂が、好きな人が、俺の誕生日を祝ってくれるのは、すごく嬉しい。きっと、俺のこれまでの人生の中でも本当に幸せなことなんだって胸を張って言える」
「……うん」
「……だけど、時折幸せな自分が許せなくなる時があるんだ」
そこまで言い、士郎は辛そうに唇を噛む。まるで、血が出る程に強く。重ねられたその手は少し震えていた。
「お前は、そんな幸福な場所で何をやってるんだって、幸福を感じるたびに、自分の首を絞めたくなった。俺が、幸福でいるなんておかしいって、幸福を感じるなんて許される筈が無いって。……そう思えてならないんだ」
懺悔をするように、士郎はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。心に押し込めていた乾いた傷口が開かれ、じくじくと血が滲み出すかの様に、一言を発するごとに、士郎の表情は苦悶に歪んでいく。
「俺はまだ、何も成し遂げられていない。あの時、置き去りにしてきた人達に報いれるものなんて、俺はまだ何も得ていない」
「……」
「遠坂の気持ちはすごく嬉しい。だけど、俺に誕生日を祝われる資格なんて無いんだと思う。だから、ごめん」
そう言うと、士郎は重ねていた手を離した。すぐ近くに感じられた温もりが離れていくのを寂しく思う反面、士郎の過去と、今の苦しみを思うと胸が張り裂けそうだった。
おそらく、彼は何も変わっていないのだ。彼の心は、未だにあの火災の中にいる。家族を失い、誰1人として助けることすら出来なかったあの日から、ずっと彼は苦しんでいるのだ。
自分を責め続け、誰かを助ける為に生き続けている衛宮士郎という人間は、自分の誕生日すら祝ってもらう資格など無いのだと思っている。
自分の誕生日にさえ罪の意識を感じなくてはならない程の想い。その痛みは、私には分からない。きっと想像もできないような壮絶なものなのだろう。
だが、だとしても──
「馬鹿ね。誕生日なんて祝う側の都合なんだから。祝われる資格なんて必要ないわよ」
できるだけ軽い口調で、士郎に笑いかける。士郎の都合なんて知らないと、士郎の抱えているものなんて取るに足らないものなのだと、そんな風に思って貰えるように。
言葉が震えていないか心配だったが、士郎は驚いたような表情をしただけだった。その顔が年齢以上にあどけなく感じて、こんな状況だというのに愛しさが募る。
「私は士郎が好き。これまで生きていてくれて、私に出会ってくれてありがとうって感謝を伝えたい。だから、士郎の誕生日を祝いたいの。あなたの都合なんて知らないわ」
「……」
「士郎が自分をどう思っていようが、私にとって士郎は、たった1人のかけがえのない大切な人。あなたの誕生日は、私にとってそんな大切な人の大切な日なの」
再び、士郎の手に自分の手を重ね、そして指を絡ませて強く握る。今度は逃さないように、力強く。
「士郎が、自分の幸せを許せないなら、その分私のことを幸せにして頂戴。士郎が喜んでくれることが、私の幸せなんだから」
言いながらも、ちょっと臭かったかな、なんて苦笑する。それでも、誤魔化すことなく、自分の気持ちを伝えることができた。
士郎が周りの人が喜んでくれることが嬉しいように、私も士郎が喜んでくれたら嬉しいのだ。士郎がどれだけ自分を好きになれなくても、私が士郎をどれだけ好きなのかを知って欲しかった。
傲慢な考えだけれど、その積み重ねがいつか、士郎が自分を好きになれることに繋がると信じている。
「だから、祝われる資格が無いなんて言わないで。あなたに出会えて、私は本当に幸せなの」
「遠坂……」
「ねえ、士郎は私に祝われるのは迷惑?」
卑怯な言い方だと自分でも思う。こう言えば士郎が断れないことを知っていて聞いているのだから。だけど、それで士郎の心が少しでも楽になるのなら、卑怯でもなんでも良かった。
士郎は、私の言葉に少しだけ逡巡し、そして迷うような素振りを見せたが、最後には照れたように頰をかき、小さく笑みを浮かべる。
「遠坂に祝ってもらえるなら……嬉しい」
「……良かった」
私は再び士郎の手を両手で包み込み、士郎を見つめる。今度は自然と笑みがこぼれた。
やっぱり士郎の笑った顔が好きだ。その笑顔で、自分も笑顔になれるのだから。いつか、他人の幸せでしか笑えないこの男が、自分のことでも笑えるようになれたら良いと心から願う。
「それで、今日はどんな料理を振る舞ってくれるの?」
「え……?」
「今日の晩ご飯よ。士郎のことだから、私のために沢山ご馳走を作ってくれたのでしょう?」
ニッと、歯を覗かせて士郎に笑いかける。
士郎を幸せにするのは自分なのだ。だから、今は自分が幸せでいよう。誰よりも笑顔でいよう。士郎が、それが普遍的で、当たり前のものであると受け入れられるように。いつでも、幸せであり続けよう。
「ああ、もちろん。とびっきりのを用意してるから楽しみにしててくれ」
「お腹空かせて正解ね。そろそろ、帰りましょ」
「そうだな」
士郎と手を離し、教室の扉へと足を進める。士郎の温もりが離れる瞬間は少し寂しかったけれど、我慢する。そう遠くないうちにまた繋いでくれるだろうから。
歩きながら、士郎からもらったハンカチを大事に折り畳み、制服のポケットへと入れる。このハンカチを見るたびに今日のことを思い出せるのかなと思い、頬が少しだけ綻んだ。
『────凛、私を頼む』
脳裏に、かつての相棒の声がリフレインする。ハンカチの色が、アイツと同じ赤だからだろうか。
あの時、何と答えたのか。それは今でも、一言一句覚えてる。どちらもまだ途上だけれど、それでも途中で投げ出すことはないだろうなと確信が持てる。
「……遠坂」
後ろから、士郎の声が聞こえる。振り返れば、少し遅れて付いてきていた士郎がすぐ側にいた。
「どうしたの? 早く帰らないと遅くなっちゃうわよ」
「遠坂」
「だからなに……」
何故か真剣な眼差しの士郎に見つめられ、少しだけ緊張してしまう。頰を赤くして狼狽える私を前に、士郎は息を吐くと優しく微笑んだ。
「……さっきは、ありがとう。俺も遠坂と出会えて本当に嬉しい。生まれてきてくれて、本当にありがとう」
「……どういたしまして」
ああ、好きだなあ──なんて思いながら私は微笑み返したのだった。