衛宮士郎関係の短編   作:笠屋 

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Fate√後の設定です


その痛みに誰も気づかなくても

 

 あれから、眠り続けて、どれだけの時間が経っただろうか。長い孤独が、時間の感覚を麻痺させる。永遠とも思われる眠りだが、寂しさは無い。

 

 "ブリテンの危機にアーサー王は復活する"

 

 その伝承を信じる者が、1人でもいる限り、私の王としての責務は終わらない。時代が変わり、人が変わり、時が過ぎても、王になると誓ったあの日から覚悟していた約束なのだから。いつか、アーサー王の名が人々の間から忘れ去られ、歴史からアーサー王の名が忘れ去られる、その日まで。私は誇りを持って王として在り続けよう。たとえ、それが独りきりの永遠の眠りだとしても。それが、私が自らに課した私の生き方なのだから。

 

『────』

 

 月日の流れも分からない暗闇を揺蕩う中、ふと誰かの声が聞こえた気がした。耳を澄ませば聞こえるであろう声が、酷く遠く感じる。それ程までに深い眠りに就いていたのだと実感する。

 この声は──彼だろうか? もう気の遠くなる程長い時間、彼の声を聞いていないけれど、確かに彼だと確信した。そして、彼の声を聞くことができただけで、心がじんわりと暖かくなる。

 

「…………」

 

 時折、彼の夢を見る。

 今はもう遠い、彼の孤独な道行を。

 体格や、顔つきは、最後の記憶より随分と男らしく、逞しくなっていた。その足取りは力強くて、迷いは一切無い。どこまでも真っ直ぐに、ただひたすら前だけを見据えて進んでいた。その姿は、最初に出会った時と同じままで、それが少しだけ嬉しかった。

 

「──シロウ」

 

 その名前を、確かめるように口にする。たった三文字が、どうしようもなく愛おしい。叶う事なら、彼に会いたい。その逞しい背中に抱き着きたい。隣を歩いて、同じものを眺めたい。だけど、それは叶わない願いだ。自分は既に死者なのだから。

 シロウは、今も昔も自分が信じるものを目指して、歩き続けているのだろう。道行は険しく、旅路の果てに待つものは見えない。それでも彼は挫けず、進むことを辞めない。歩き続けるその背中が、それを物語っていた。

 だけど──

 

『……気味が悪い、何を企んでいる』

『口だけの偽善者が、どの面で正義の味方を気取ってるんだか」

『人殺しの作った料理など、誰が食べるものか……』

 

 ──否定、拒絶。

 シロウが積み重ねてきたことが、人々に理解されることは少なかった。彼の歩んできた道は、決して少なくない血で濡れていて、それはきっとこれからも変わらない。

 シロウの理想は綺麗だけれど、その理想は人の手に余るもので、それはきっと本人も承知している。それでも、シロウはその理想を追い続ける。綺麗事を現実にする為に、全身全霊で理不尽な現実と向き合い続ける。

 傷付き、血反吐を吐いて、幾度となく地獄を見ようとも、その足を止める事はない。その姿は、余人には到底理解し難く、また、受け入れられるものでもない。

 必然的に、シロウはずっと独りで、これからも、独りで。その理想を誰とも分かち合えない。その根幹にある直向きな願いなど、きっと誰も知ることはない。

 それが、とても哀しかった。

 

「──彼の、傍に居てあげたい」

 

 独り言は暗闇に溶けていく。その願いは、決して叶わないことは知っている。既に人生を終えているのだ。生者に干渉などできよう筈もない。

 それでも、願わずにはいられなかった。シロウの歩む道程を傍で支える事はできないけれど、せめて夢の中だけでも構わないから、隣に寄り添いたいと願った。彼が孤独を感じる時に傍らに居てあげたかったし、彼が挫けそうな時に手を差し伸べてあげたかったし、彼の悲しみを受け止めることができたらと思った。

 

『……辛くないの?』

 

 そんなある日、数日後か数カ月後か、或いは数年後だろうか。骨と皮だけと見紛うほどに痩せ細った少年が、シロウに問い掛ける。

 問い掛けられたシロウは、答えに迷っているようだった。何か言葉を紡ごうとしているけれど、適切な言葉が見付からないらしい。無言で俯く彼の姿は、在りし日の少年の姿と重なって見えた。

 

『そうだな……』

 

 長い長い沈黙の後、シロウは静かに口を開く。言葉を選ぶように慎重に、そして一言一言を嚙み締めるようにゆっくりと想いを告げる。

 

『辛いなって思うこともたまにあるよ。でも、この道を行くと決めたのは自分だから。後悔だけはしていないよ』

 

 そう言って微笑むシロウの姿は、何処までも穏やかで、そして嬉しそうだった。

 

『本当に?』

『あぁ』

『……噓だ』

『本当だよ』

 

 少年はしつこく問い掛けるが、シロウは微笑みながら即答する。先生が生徒に言い聞かせるように、諭すように、丁寧に、ゆっくりと言葉を発する。

 

『……僕は、イヤだ。お兄ちゃんはみんなの為に戦ってくれたのに。なんで、自分のことを悪く言う人の為にそこまで頑張れるのさ』

 

 少年は力なく項垂れる。その声音は暗く沈み、心の底から彼のことを心配していることが分かる。

 シロウは、困ったように頬を掻く。そして、少し考え込むように腕を組むと、ややあってから少年の頭を優しく撫でる。

 

『憧れている人がいるんだ』

『憧れている人?』

『ああ、すごく綺麗でカッコ良くて、心も身体も強い人だった。数え切れないくらい迷惑をかけて、何度も何度も助けられた。……本当に大好きだったな』

 

 懐かしむように、彼は目を細める。

 大事な宝物を自慢する子供のように、シロウは誇らしそうに語り続けた。じんわりと胸に暖かいものが込み上げる。

 

『その人は、それがどれだけ絶望的な願いなのか分かっていたんだ。それでもその道を選んで歩き続けて、最後までその願いを貫き通した。どれだけ、ボロボロになっても、足を止めず自分の人生を終えたんだ』

『…………』

『俺はその人に憧れて、その人みたいになりたかった。だから、俺も進み続けたいと思っている。どれだけ時間が掛かっても、俺は俺の夢を諦めない。その人みたいにはなれないかもしれないけど、俺らしいやり方で、少しでもその人に近付きたいから』

 

 シロウは穏やかな笑顔で宣言する。その笑顔はどこまでも晴れやかで、迷いなど一切無いように見えた。辛いことや苦しいことなど、取るに足らないと言いたげに。

 

『──だけど、それじゃあ、いつまで経っても、お兄ちゃんは救われないじゃないか! そんな憧れ、呪いと変わらない!」

 

 ドクンと、止まって久しい筈の心臓が大きく跳ね上がる。呪い、その一言が胸に深く突き刺さった。

 

『……本当は辛いのに、憧れてるから我慢するなんて間違ってるよ。傷ついてるなら、まずは休まなきゃ。傷付いてまで前に進む必要なんてない』

 

 少年の瞳から大粒の涙が溢れる。その涙は留まることを知らず、次々と流れ落ちる。シロウが、少年の方へ近づくと、少年は踵を返して走り出した。

 その場にはポツンと、シロウだけが残された。

 

『──呪い、か』

 

 ポツリと呟いた言葉の真意は分からない。

 それでも、シロウはきっと、少年が自分を案じる気持ちは理解していたと思う。

 そして──

 

「────」

 

 視界が暗転する。夢から覚めるのだと理解した。再び、目の前を暗闇が覆い尽くす。次にシロウの夢を見る時は、いつになるだろうか。

 

「……随分と、重いものを背負わせてしまいましたね」

 

 シロウが聞いたら、大慌てで否定するだろう。

 でも、彼が今苦しんでいるのに、足を止められないのは、ずっと独りでも、自分の信じた道を進み続けるのは、私の生き方に影響を受けたからかもしれない。

 それは、傲慢な考えだし、シロウには他人の影響なんてモノともしないほど、自分なりの確固たる信念があるのは知っている。

 だけど、私の生き方を尊重し、見送った彼はきっと、自分自身に妥協を許さない。どんな目に遭っても折れることができない。最後まで愚直に歩き続けた私に対しての憧れを、自身の在り方に刻み付けてしまったのだから。

 

「……彼らも、こんな気持ちだったのでしょうか」

 

 私は、周りの人間に恵まれた人生だった。癖は強いが良い師と兄に恵まれ、頼れる部下や戦友に恵まれ、愛しい領民に恵まれた。そんな優しい彼らだからこそ、私が士郎に抱いている感情と似たような想いを抱く人間は何人かいたのかもしれない。

 ブリテンの救済、それが絶望的な願いだということは分かっていた。それを手にしたら最後、君は人間ではなくなるよと、忠告を受けた。最後には破滅する自らの姿を見た。

 それでも、垣間見た未来で多くの人が笑っていた。ならば、この願いは間違いでは無いと思った。

 だから、叶わぬ願いだと知って、それでも足掻き続けているシロウの気持ちは、誰よりも理解できる。それでも、見守る側になったら、やっぱり辛いし苦しい。たまには、足を止めて休んで良いんだと言ってあげたい。

 自分のことを棚上げにして、他人を慮るのは傲慢だ。だけど、それでも願わずにはいられない。彼が、自分を大切にしてくれますように。彼のことを理解してくれる誰かが、彼の傍にいてくれますように。そして、ほんの少しでも、彼の生き方が報われてほしい。辛い道でも、歯を食いしばって歩き続けた彼の人生が、報われてほしい、と。

 

 だけど──

 

『────っ』

 

 夢に出てくるシロウは、いつだって傷だらけで、ボロボロで、今にも倒れてしまいそうだった。

 彼は多くのモノを救おうとして、その願いを果たす為に独りでは背負いきれない量の苦難を背負う。それでも、何度も傷付いても歯を食いしばって立ち上がり続ける。選択肢にハナから入っていないかのように、立ち止まることを受け入れなかった。

 

 もう、休んでほしい。

 そんな言葉が口をついて出そうになる。好きな人が、傷付いているのを見たくない。好きな人が、苦しんでいるのに何もできない。好きな人が、傷付くと分かっている道へ進もうとしているのを見ていることしかできない。

 ただただ、歯痒くて悔しい。私が彼に遺せたものは、余りにも少ない。そう思わずにはいられなかった。遺せたものは、憧れという名の呪いだけ。私では彼の道行きを照らせなかった。今は、こうして彼が苦しんでいる姿を見ることしかできない。

 

 それでも──

 

『──今日も、星は綺麗だ』

 

 シロウが、そう呟いた。

 あの日と同じままの瞳で、真っ直ぐに夜空を見上げている。泥に塗れた身体も、血と傷に塗れた顔も、その全てが星明かりに照らされて、儚く輝いている。

 その姿に、思わず息を呑む。思考すら置き去りにして、その姿に見惚れてしまった。それは、美しかった。ボロボロで今にも倒れてしまいそうなのに、ただ星を見上げるその姿が尊く思えた。

 

「ああ、そうか」

 

 そして、私は理解する。彼の姿がこんなにも美しいのは、きっと、進む方角がどこまでも真っ直ぐだからだ。

 その道行きは血と痛みで彩られているけれど、決して踏み外すことはない。その足跡は何よりも真っ直ぐな道標となって、星の輝きへと続いている。

 その姿は歪だ。だけど、歪なまでに真っ直ぐに進むその姿に、どうしようもなく心を奪われてしまう。それは、彼が自らの旅路に誇りを持っているからだろう。痩せ我慢だとしても、彼は一度も下を向かない。どれだけ辛くても、彼は胸を張って、前へ前へと歩き続ける。それこそが彼の強さなのだ。そんなこと、聖杯戦争の時から分かっていた筈なのに。

 望む結末に手が届かなくても、届かないと分かっていても、その歩みを止めることはない。届かなくても、美しいと感じたものを胸に抱えたまま歩み続けるその過程にこそ、シロウは価値を見出しているのだから。

 だから、シロウはあの時聖杯を拒絶できた。最後までその責務を果たさんとする私を見送ってくれたのだ。

 

『憧れている人がいるんだ』

 

 シロウの言葉を思い出す。

 多分、その憧れは、呪いと表裏一体だ。痛みと決して切り離すことはできない。だけど、痛みを抱えていても、その先に目指す場所があるのなら、それは呪いであると同時に前へと進む推進力にもなる。

 傷つくシロウの姿を見ていることしかできないのは、辛くて辛くて仕方がないけれど、シロウは私の生き方を尊重して見送ってくれたのだ。

 だから、私も彼を見送りたい。最後まで、その生き様を尊重したい。きっと、それでいいのだろう。私の在り方が正しかったのかどうかは分からないけど、シロウと同じように少なくともそう在ろうとしたことに後悔はないのだから。

 

『……いつか、きっと』

 

 シロウは、小さくそう呟き、足を動かす。足取りは重たく、身体はフラフラだけど、それでも彼は真っ直ぐに前だけを見つめていた。

 

『あの日に別れた星の輝きに、辿り着いてみせる』

 

 最後にそう続けて、シロウは夜闇へと消えていった。

 

「……ええ。私はずっと、待っています」

 

 彼の姿が見えなくなった後、私も彼の背中へ向けて呟く。

 きっと、シロウはこの後も傷つき続ける。それでも止まることない。どれだけ血を流しても、シロウは自分の生き方を変えられない。

 だけど、そんな歪な生き方をどうしようもなく愛おしく思った。だから、せめてこの(こえ)を届けたい。あなたは一人では無いのだと。その痛みに誰も気づかなくても、私がここであなたの強さを知っているのだと、胸を張って言いたい。

 そして、また再会できた時は、きっと笑顔で迎えよう。

 

「おやすみなさい、シロウ」

 

 願わくば、その旅路に祝福を。この夢が彼に安らぎを与えんことを。そう祈りながら、私は再び暗闇へと意識を溶かした。

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