TSロリ天使と薄幸ショタ勇者の崖っぷち青春戦記【第一部完結】   作:◆KKE

11 / 60
011 勇者(4)

 

 やや黄色に滲んだ草原を眼下に、ひたすら遠い地平線を目指す。

 背後へ振り返ると、テイガンドの外壁がミニチュアのように小さくなっていた。

 

 空を飛んでいるところを誰かに見られているかもしれない。

 

 

 ――別に見られても構わない。

 

 

 僕たちはこれから人間の天敵と戦いに行く。後ろめたさは微塵もないのだから。

 

 不思議と高所の恐怖感はあまり感じなかった。あの闇のドラゴンと対峙したという極限的な体験があるからだろうか。それとも、これから決死の覚悟で戦いに臨もうとしているからだろうか。

 

 風が強い。ローブがバタバタと激しく音を立てる。

 

 

「《光の結界》」

 

 

 ふと思い付いて結界の魔法を使う。

 上手くいった。体内の魔力を代償にして瑠璃色の球体が形成される。結界が体を包んだ瞬間に風が遮断され、音のうねりが遠くなる。飛行機の中のように静かだ。

 

 前を飛ぶエディ君にも結界を張り巡らせる。あの時のように。結界の起点にできるのは、この世で僕とエディ君の二つだけ。そして2人が接近すれば大きな一つの結界に合わせることもできる。

 

 

〈ありがとうございます〉

 

 

 優しい言葉が頭の中に届く。

 

 

〈これは…〉

〈仙術の念話という、遠く離れた人に心の声や映像を届ける魔法です〉

 

〈念話…。エディ様は何でもできるんですね〉

〈何でもという訳ではありません。ずっと基礎的な魔法ばかり訓練していたので、こういうのは得意なんです〉

 

 

 少し驚いたが、エディ君ならと納得した。勇者になるまでずっと、色々なことを一生懸命に修行していたに違いないから。

 

 

〈それに、何でもできるのはきっとアキラ様の方です。もう、アキラ様は念話を使えていますから〉

〈えっ?〉

 

〈くす。そうでないと、こうしてお互いに会話をすることはできません〉

〈そういえば〉

 

〈ひょっとしたらアキラ様ならと思って、思い切ってボクの方からパスを繋げました。その瞬間に新しい念話の感覚に目覚めたのだと思います。魔法の世界ではそういうことはよくあるそうです〉

〈それじゃあ、エディ様のお陰ですね。ありがとうございます〉

 

〈えっと、はい。どうしたしまして…。失礼なことをしてすみません…〉

〈エディ様なら大歓迎ですよ〉

 

 

 とても可愛らしい笑みが聞こえて癒される。

 

 

〈……〉

〈……〉

 

 

 思念の通話が繋がっていても、言葉は少ない。でも、全然気まずい感じではない。

 不可思議な繋がりを感じながら空を飛ぶ。

 沈黙が流れていく。

 深い緑の森と新緑の草原。どこまでも遠く、高い大空。眩い天球。

 

 

〈この世界は本当に綺麗ですね〉

〈はい、本当に…〉

 

 

 陳腐な言葉しか思いつかない。この光景が現実のものだなんて、にわかには信じられないくらいだ。

 でもだからこそ、こんなにも美しい自然の光景を見ていると、嫌でも考えてしまう。

 世界の美しさとは無関係の、人の過酷な運命を。 

 

 

 ――この世界は、大地の多くが陰魔に汚染されています。何千年も昔から、ずっと。

 

 

 つい先程のことだ。戦いに臨むため再び森の外を目指していた時、気持ちを落ち着かせたエディ君は訥々と語って教えてくれた。まるで、それが自らに課せられた役割だと言わんばかりに。

 無知な天使に過酷な現実を教えなければならないという責任は、きっと想像以上に重いものだろう。

 

 

 ――世界は広大ですが、レヴァリアという人類の生存圏は狭く、危ういバランスで均衡を保ち続けてきました。

 

 

 エディ君の説明によると、古来よりレヴァリアと呼ばれる人類圏は円形をしている。そして、その円周は外側に蔓延る陰魔を拒絶する大結界の境界に等しい。

 結界の南端には聖樹の森が広がり、北端には聖水の湖が湛えられている。どちらも女神が造った不可侵の聖域であり、その二つの聖域を結ぶ一本の霊脈と中央街道を軸とし、王都の中心に鎮座する大神殿で神子がとこしえの大結界を維持し続けているという。

 

 しかし、神子は決して神ではない。神子の大結界は、女神の聖域のように完全に陰魔を拒絶できない。もし完全に遮断しようとすれば一年足らずで命が燃え尽きる。

 だから、あえて比較的少数の侵攻を意図的に見逃し、その損害を許容するしかない。大結界の綻びに目を瞑り、侵入した陰魔の大群を戦いに有利な場所へ誘導し、レヴァリア内部で勇者と数少ない聖術の担い手によって組織された女神教の軍団――『聖印軍』が迎え撃つ。

 

 明らかに迎撃が不可能な場合は、聖別された土地に大群を封印する。

 

 長い歴史の中、そうして無数の陰魔がレヴァリアの大地へと封じられてきた。絶対的な天敵に対する恐怖と、光と闇が溶け合う悪夢のような光景への畏怖が込められ、その地は黄昏領域と呼ばれている。

 

 黄昏を払い、清浄な大地を取り戻すのは勇者の役目の一つ。もう一つの役目は、無論、魔王の打破。究極的には魔神の討滅。

 

 かつて勇者テルは13箇所の黄昏領域を解放し、更には陰魔の母体である深海の魔王をも殲滅した。今、人は最も安全で幸福な時代にある。

 しかし、テルの昇天から既に2年。その間、新たな勇者の誕生は人々に伝えられず、今なお世界中に点在する36箇所の黄昏領域は手つかずのまま放置されている。

 

 

 ――ウィバク黄昏領域。

 

 

 それが聖樹の森に最も近い、人類圏最南端の黄昏領域だという。

 

 封印され、蠢く陰魔。その数、およそ七万八千。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 およそ半刻の飛行を終えて乾いた地面に降り立つ。

 

 暮れなずむ茜色の空に、見渡す限りの黄昏が二重に重なっている。

 不毛の大地に落ちた、不自然な無彩色の陽炎。微かな白光の壁が毒々しい蠢動を堰き止めている。

 光と闇の境界は目と鼻の先だ。

 

 

〈天盤結界と呼ばれる、大結界の次に強力な聖なる結界です。陰魔の封印に特化していて、こうして光の防壁が黄昏領域を丸ごと取り囲んでいます。中の陰魔が全て討滅されるまで、決して解除されることはありません〉

〈この防壁を潜り抜けるのは、僕でも問題ありませんか?〉

 

〈大丈夫です。陰魔以外なら誰でも自由に行き来できて、特に侵入者の監視もされていません。黄昏領域が作られた後は、いつか解放されるまでずっと放置されているんです〉

〈いつか解放されるまで…〉

 

 

 なら、あとは決意一つ。

 

 何もかもがぶっつけ本番だ。事前準備も訓練も何もしていない。

 でも、今回だけはそれでいいと思っている。折角、死んでも復活できる能力があるのだから、当たって砕けろの精神で行こう。

 

 

「《光の加護》」

 

 

 敵地に突入する前に、もう一つの魔法を使用する。エディ君の周りに水色に光る六枚の花弁が浮かび上がる。この聖術の対象は勇者のみ。僕自身すら対象にできない、たった一人の為だけの魔法だ。

 僕にできることは、エディ君の後をついて行って、この加護と結界を維持し続けることだけ。分かりやすくていい。

 

 

〈ありがとうございます。尽きることのない泉のように力が湧いてきます。こんなに強力な加護の魔法は、今まで見たことも聞いたこともありません。それに、優しくて、温かくて…、あっ、えっと、すすみません…。そうだ、ちょっと待って下さい〉

 

 

 エディ君がごにょごにょと言葉を濁した後、少し精神を集中させるように目を伏せると、僕の体を揺らめく朱色のオーラが包み込んだ。

 迸るようなエネルギーを感じる。

 熱い。けれどどこか穏やかで、深く広大なエネルギーと繋がっているように感じる。

 

 

〈勇者だけが使える光の闘気です。アキラ様の結界と同じように、この力は二人で共有することができるようです〉

〈ありがとうございます。体がとても軽くなって、奥底から力が湧いてきます〉

 

〈アキラ様の加護には及びませんが、光の闘気は仙術の闘気とよく似ていて、身体能力が全体的に強化されます。違いは、陰魔に通用するかしないか、くらいでしょうか〉

〈それなら、強引に殴れば僕でも陰魔を倒せるかもしれませんね〉

 

〈えっと、危ないことはできるだけ避けてもらえると…〉

〈くす、冗談です。エディ様の支援に徹します〉

 

 

 朱色の光の闘気。体の隅々まで感覚が鋭敏になり、神経が研ぎ澄まされた感覚を得る。ぐっと拳を作ってみる。明らかに握力が強くなっている。

 ただでさえ高性能な天使の肉体がさらにパワーアップ。

 天使の加護を自分自身には使えない僕としては、とてもありがたい魔法だ。

 

 それから、エディ君が淀みのない動作で右手に赤色の光の聖剣を生み出す。

 光の聖剣は刀身と柄の一体化したような、全体が真っ赤な水晶のような結晶体で形作られている。まるで赤い光が凝固したかのよう。エネルギーそのもののような剣。

 

 次に、左手に灯されたのは薄緑色の光球。そのまま中空に浮かび続ける天網絵図だ。

 光球の内部には半透明の立体地図が極めて精緻に描かれている。巨大な天盤結界を示す立体的な弧線と、内部の平原に蔓延る赤紫色の光点。赤色で表示された魔物とは異なる、陰魔という敵をこうしてはじめて確認する。

 またよく見ると、平原は決して平らではなく、地表がまるで大波の海のようにうねっている。

 

 

〈この地形は…、砂丘ですか?〉

〈その通りです。封印されてから長い年月が過ぎた黄昏領域は内部の地表が砂漠化し、中心地点から同心円状に、大きな渦を巻くように砂丘が形成されていきます。表層部の浅い場所では数メートルほどの高さですが、深層部では200メートルをゆうに超える砂丘が連なっているそうです〉

 

 

 高層ビルのような高さの砂丘…。確か、サハラ砂漠の砂丘が高くて150~200メートルくらいだったかな(突然の雑学)。

 

 そして、もう一つの要確認事項。

 球状の絵図をエディ君の背後から眺めていると、赤紫色の小さな文字が表示された薄緑色の透明な板が出現していることにも気付いた。天使の視力でもって強引に判別する。

 

 

 ――『兵士級318』『戦士級161』

 

 

〈防壁の向こう側に兵士級318体、戦士級161体がいます。ボク達には気付いていませんが…〉

 

 

 ああ、駄目だ、これ以上茶化せない。知れば知るほど、待ち受けているのが絶望的な戦地だと理解して舌が渇いてしまう。

 恐怖が僕を蝕もうと這い寄ってくる。

 

 けれど後悔はない。こちらから恐れを飲み込んでやる。決めたことだし、望むところだ。

 

 

〈行きます〉

〈はい。ついて行きます。どこまでも〉

 

 

 エディ君が前に進む。ボクはそれについて行く。

 

 そうして、何の抵抗もなく天と地を繋ぐ光の防壁に足を踏み入れる。

 

 まるで外から見れば白い光の壁は、内側から見るとオーロラの中のような、淡い七色の光に満ちていた。

 

 防壁を抜ける――灰色の砂漠がどこまでも広がっている。空気中の何かが燻るように暗く微かに発光している。

 

 暗黒の大地ではなく、光り輝く空間でもなく。

 

 そこは光と闇が混じり合う、淀んだ海流が行きつく悪夢の海底のような場所だった。

 

 絵図の半分以上はとっくに黄昏の領域となっている。防壁の弧の緩やかさから見て、地図に表示されてる領域は全体の5%にも満たないだろう。

 

 灰色の地平線に目を向ける。黒い体躯の何かが手前の砂丘を越えてこちらへと向かって来ている。輪郭が見える。二足歩行。脚が二本、腕も二本。辛うじて識別できる。細い頭部と胴体があり、人間に造形が似ている。大きさも人間と同じくらいだろう。そして、どれも同じ形をしている。全身が黒い怪物。

 

 怪物の一群は砂丘の峰に沿って横に大きく伸びていて、視認できるだけでも二百体以上。手元の地図でも同じ動き、同じ隊形の敵の群れが確認できる。

 

 隊列の内、素手の個体が八十前後。

 残りは真っ黒な何かを所持している。

 あれは、剣や槍だ。大剣を持った個体、長槍を掲げた個体、鞭を振り回している個体、そして後ろの方には弓を携えた個体も見える。全く同じ姿をした怪物が合わせて四種類の装備を一つずつ有している。

 何故か何も持っていない個体が最も多く、しかもそれらが最前列に出てきている。肉壁、という言葉が思い浮かんだ。

 

 少しずつ近づいてくる。

 

 

〈あれが陰魔です。陰魔の中でも下級の、兵士級と呼ばれる個体です〉

 

 

 そう伝えてきてから、エディ君は聖剣を横薙ぎに振った。先日、狼の魔物を屠った時よりも2倍以上遠い間合いで、鮮烈な赤い刃が一瞬だけ伸長した。間合い、およそ50メートル。それだけで5体の敵が真横に断ち切られ、全身が黒い霧となって消滅した。

 あれが聖剣の力。伸縮自在、射程自在の光の結晶。

 

 一瞬だけ絵図に視線を遣ると、ディスプレイに表示されている文字は赤紫色の『兵士級387』『戦士級190』、濃い緑色の『兵士級5』という二枠の表示に変化していた。

 

 狼の魔物の時は把握できなかったけれど、そういうことか、と現実を理解する。

 

 こうして、勇者のエディ君は倒すべき敵の数と倒した敵の数を常時突き付けられている。

 二重の意味で、実に分かりやすい。

 

 もしかしたら、エディ君が勇者に選ばれたのは、この魔法も理由の一つだったのではないかと邪推してしまうくらいだ。そのくらい、敵情報と戦果を正確に観測できる能力は重要だ。万単位の大規模な軍隊を成している敵に対して少数精鋭で挑まなければならないのなら、なおさら。希望も絶望も、等しく具体的になる。

 

 

〈兵士級には、歩兵体、剣兵体、槍兵体、鞭兵体、弓兵体の五種類が存在しています。とにかく数が多く、圧倒的な物量で愚直に直進してきます〉

 

 

 素手の歩兵体たちの消滅をものともせず、敵の後方にいる弓兵体が一斉に黒い矢を放つ。あと2、3秒で雨あられとなって僕たちの周囲に降り注ぐだろう。

 

 

〈ここからは空を飛びながら戦います〉

〈はい。邪魔にならないようついて行きます〉

 

 

 一足で空を飛んでエディ君の後を追う。分け与えられた光の闘気の効果によるものか、さっきよりも随分楽に空を飛ぶことができた。

 

 

〈兵士級の攻撃をまともに受けていたらあっという間に力が尽きてしまいます。正面から激突しないよう、低空飛行で迂回しつつ、側面から攻撃していきます〉

〈分かりました〉

 

〈上空に行くと、地上から戦士級の対空攻撃が飛んできます。高度を上げ過ぎないように注意してください〉

〈はい〉

 

〈戦士級は中級の陰魔です。白兵戦に秀でた斬撃体、耐久力重視の打撃体、爆発する砲弾を放つ砲撃体、そして長距離攻撃を行う――〉

 

 

 チュインチュインッ、と小気味いい金属音が二回響いた。

 エディ君が鋭く剣を振るい、一直線に飛来した一発の銃弾を弾き落していた。もう一発は僕の結界に直撃し、角度を変えて明後日の方向に飛んで行った。衝撃は少ないがノーダメージとは言えない。僅かに結界が削られ、その損傷を修復する分だけ魔力が失われた感覚がある。

 

 

〈――狙撃体です〉

 

 

 遠方の小高い砂丘に小さく見えたのは四足歩行の黒い怪物たち。戦士級。脚が四本、眼が四つ。体躯は兵士級の陰魔より一回り大きい。楕円形の頭は一つで何の変哲もなく太い首の上に乗っているが、全体としてはかなり人間離れしたフォルムをしている。

 そして兵士級とは異なり、所持している武器によって体の作りに多少の差異が見られた。

 具体的には、曲刀の二刀流のものが腕二本、巨大な拳と盾を二つずつ構えたものが腕四本、三つの砲塔を背中から生える機械的な腕に一つずつ搭載したものが腕三本。そして、長大な銃身を晒しているいるものは腕一本で、胸部の中央から伸びる触腕が途中で無機的な銃と融合していた。

 恐らくは順に斬撃体、打撃体、砲撃体、狙撃体。

 

 飛翔のち、長射程斬撃。この遠近感が正しければ、約100メートル。赤い聖剣が二度閃き、攻撃してきた狙撃体二体が黒い煙になって消滅した。

 

 

〈戦士級は決して雑魚ではありません。嘗めてかかればあっという間に魔力が枯渇します。これ以上奥には行かず、外周に沿って狙撃体を優先して確実に叩いていきます〉

〈分かりました〉

 

 

 それからは、圧巻の一言だった。

 

 戦闘経験も運動神経もない僕はエディ君について行くのがやっとで、彼の眩い活躍を見ていることしかできなかった。

 卑下する必要なんて全然ない。エディ君は十分よく戦えていた。

 

 冷静に敵の攻撃をかわしながら、聖剣の一撃につき一体、狙撃体だけを確実に切り捨てていく。

 片手の聖剣だけでは攻撃が間に合わない場合は、全身に纏う光の闘気を砲弾のように丸く圧縮してもう一方の手から飛ばし(エネルギー弾!!)、群れの真ん中に赤く大きな爆発を咲かせていた。

 背後から兵士級の大群が迫ってきた場合は焦らずに開けた場所へと飛翔して離脱し、安全な距離から迎撃する。手元の緑色の光球を一瞥して敵の位置を確認し、包囲されないような地点を抑えていく。

 

 ゲーム的に表現すると、エディ君の光の闘気は魔力を燃焼させることでATK(アタック。攻撃力)、DEF(ディフェンス。防御力)、DEX(デクステリティ。器用さ)、AGI(アジリティ。素早さ)といった身体的なステータスの上昇効果を得ているようだ。しかもパッシブな一定効果だけではなく、アクティブに朱色のオーラを一時的に大きく煌かせてブーストをかけることもできている。エネルギー弾にして発射も可能で、まさに勇者に相応しい攻防一体の魔法と言える。

 そして光の天衣は万能的な防御能力の他、特に飛行能力に重きが置かれている。常時飛行可能で加速も滞空も思うままになる魔法が弱い訳がない。

 光の聖剣は見ての通り。闇の怪物に対する絶対的破壊能力。未だに二撃目を要した敵はいない。

 

 チュインッ。

 

 ――何度か狙撃を受けつつも、結界の維持にはまだ余裕がある。百発当たったら危ないな、という程度。

 

 ――とはいえ、砂丘の頂上から飛来する銃弾が2つの結界に着弾する音は鳴り止まない。砲撃体の隊列が山なりに放った爆弾が至近距離で弾けたこともあった。

 

 ――奮戦はできている。けれど大群が少しずつ包囲を狭めてきて、攻撃を受ける頻度は少しずつ増してきている。

 

 体内に残された魔力、つまり加護と結界、天衣を維持する魔法のエネルギーは残り半分くらい。そんな感覚がする。

 死が近く、遠い。

 百発目の被弾はいつか必ずやって来る。

 

 

〈すごい…〉

〈エディ様?〉

 

〈普段ならもうとっくに死んでいるか、調子が良くても手足のどれかは撃ちぬかれています。何度やっても、どうしても戦士級の狙撃を避けきれなくて…。こんなに上手く戦えたことは今まで一度もありません〉

 

〈よかった。僕の力は貢献できているんですね〉

〈全ての方向からの攻撃を防ぐ結界は勿論、花のような加護も本当にすごいんです。闘気以上に力がいくらでも湧き上がってきて、思考も感覚もとても明瞭になって、全神経が鋭敏になって、ずっと遠くまで見渡せて、全てがゆっくり動いているように感じられます。それに、自由自在に飛べて、一挙手一投足、体の隅々まで思うままに完璧に動かすことができます。聖剣と闘気の細かな制御も完璧です〉

 

 

 なるほど。それはすごい。

 

 光の加護は勇者のエディ君にしか効果がないことを代償に、光の闘気に見られるような身体ステータス上昇効果に加え、INT(インテリジェンス。知力。ゲーム的ではく現実的な意味なら、知覚や記憶力、思考処理速度等、認知機能全般)アップ、時間加速(見たところ、どうやら本当にエディ君だけ少し時間が加速している。1.3倍くらい?逆に、本人からは周りがスローになっているように見えるだろう)や慣性制御(慣性を無視して高速を保ったままジグザグな鋭角の飛行が可能。飛行能力大幅アップ。宇宙も自由に飛べそう)といったハイレベルな効果もあるようだ。もちろん、その効果は闘気や天衣と累積している。

 

 そうした高性能な加護に振り回されることなく、水色の6枚の花弁をキラキラ輝かせながら空を翔け、陰魔の群れをズタズタに引き裂いていく。輝いている。物凄くカッコいい。想像通りの、いや想像以上の勇者様の勇姿。

 

 

〈2倍以上です!〉

 

 

 2倍以上らしい。

 

 それは今までの戦闘力と比較しての数字か、あるいは陰魔を撃破するペースについてか。

 どちらにしても、僕という天使が一人増えて勇者のエディ君の戦力が2倍以上になるのなら黒字と評価していいだろう。来た甲斐があった。役に立ててよかった。

 

 絶好調のエディ君が聖剣を力強くも流麗に振るい、狙撃体ごと四脚の黒い怪物の群れを横一列に切り裂いていく。ついでのように放ったエネルギー弾は的確に兵士級の密集地点で炸裂し、十体近くを一度に消し去った。

 

 結界と加護、瑠璃色と水色に光り輝く二種類の支えによって、エディ君は未だ無傷で突き進む。

 

 

〈これなら――〉

 

 

 ピピピッ!

 

 二人で赤い光を瞬かせながら疾駆していた時、突然緑の光球が高い電子音を鳴らした。

 

 

〈っ…、黒炎弾――高速誘導弾、12個!〉 

 

 

 エディ君が即座に反応し、僕に警告を送る。ついて行くのが必死で何が何だか分からないけれど、危機的状況に陥ったということは理解できた。

 

 それらは漆黒のミサイルだった。高空から飛来する鋭い三角錐。

 

 十分に無数とも言える大群に囲まれた状況で、できることは少ない。

 逃げると言っても、どこへ?

 背後は光の壁だ。死を恐れて逃げるのか?

 否、そんなことエディ君は欠片も望んでいない。周囲の陰魔を殲滅しながら、加速された思考の中、ゆっくりと1秒が過ぎるのを待っている。

 だから、僕も待ち構えるのみだ。

 

 

〈迎撃します!〉

 

 

 タイミングを見計らい、エディ君が空高く飛翔して聖剣とエネルギー弾を何度も輝かせる。約150メートル。

 12個のミサイルの内、7つの迎撃に成功。あまりに奇妙な、光を伴わない黒い炎が空中で発生した。

 残る5つが弧を描いて迫ってくる。

 逃れられない。 

 

 エディ君を包む瑠璃色の結界に接触し、炸裂する。

 

 結界が大きく損壊する感触を得ると同時に、僕の視界も全体が黒い爆炎に覆われた。エディ君の無事を願いながら、急いで意識的に結界を修復していく。体内の魔力が大量に消費されていく。

 

 視界が晴れていく。エディ君は無傷。僕の魔力以外、失われたものはなにもない。

 

 しかし、状況は悪夢的に一変していた。

 

 絵図のディスプレイには、『騎士級9』の表示。

 

 暗澹とした砂丘が連なる黄昏領域の奥地から、異様な漆黒の怪物が三種、三体ずつ現れていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。