TSロリ天使と薄幸ショタ勇者の崖っぷち青春戦記【第一部完結】 作:◆KKE
どの異形も腕は二本。
猛禽類のような黒い翼と針金のような腕を広げて上空で悠々と円を描くもの。
長大な漆黒の爪を剛腕の先端から生やし、太く長い尾を揺らして二足で疾走するもの。
そして騎士のような鎧と盾、細長い槍を身に纏う上半身と馬のような脚四本の下半身を持ち、悠然と闊歩するもの。
三体ずつ、三種の『騎士級9』。
〈黄昏領域の奥地で常駐している、上級陰魔の騎士級です。上空に翼獣体が三体、奥からは爪獣体と蹄獣体も…。すみません、油断していました。今までこんなに早く騎士級が現れたことはなくて…〉
〈上級の騎士級…。いつもより早く現れたということは、僕たちを排除するためでしょうか〉
〈恐らく。今日はいつもよりずっと早いペースで兵士級と戦士級を撃破してきたので、騎士級が反応して出撃してきたのかもしれません。陰魔には高い知能はありませんが、集合的な情報共有をしていると言われていますから〉
〈なるほど。一筋縄ではいきませんね〉
出現した上級の陰魔は、順に、翼獣体、爪獣体、蹄獣体。
名は体を表す。どれも分かりやすいネーミングだ。
〈強敵ですか?〉
〈はい。紛れもなく。今まで、どんなに調子がよくても、いつも騎士級の小隊に一分も持たずに殺されてきました〉
もう少し詳しい説明を聞きたいところだけれど、相手は待ってくれない。戦闘前に時間をかけてブリーフィングをしておけば、という冷静な突っ込みは蹴っ飛ばしておく。今日だけはぶっつけ本番上等なのだ。
――改めて、戦闘開始。九体の黒い怪物の内、爪獣体と呼ばれた三体が砂丘斜面から飛び跳ねて空中を疾走(!)し、僕たちへと猛然と迫って来ている。
――エディ君が一瞬で聖剣を伸ばし、三体をまとめて薙ぎ払うように攻撃する。約100メートル。
――聖剣の切っ先が先頭の爪獣体の爪に接触。聖剣の威力が勝り、黒い爪の方が一気に粉砕された。
しかし、敵本体は無傷。
返す刃の先端が掠るように首に届き、頭部を刎ね、先頭の一体を消滅させる。後続の二体は左右に散開。
初めてエディ君が一撃で敵を倒せなかった。
〈――騎士級を倒せたのは、実はこれが初めてです。アキラ様の加護がなければ、あの黒刃爪を砕くことすら出来ませんでした。正直、諸手を挙げて喝采したいくらいです。でも――〉
はっきり言って、軽口を叩けないくらい極めて状況が悪い。
砂丘頂上で悠然と佇んでいた蹄獣体三体が全く同じタイミングと動作でこちらに右手の武器を向けていた。ランスと呼ぶべき、円錐形の槍。その先端に禍々しい黒い力が渦巻いている。目に見える程に凝縮した何か。間違いなく致死的なエネルギー。恐らく、爪獣体が飛び出したと同時に力を貯めていた。組織的な連携。止められない。収束。限界まで引き絞られた一矢のように、黒色のレーザーが一直線に解き放たれた。
それはまさしくレーザーだった。彼我の距離は250から300メートルか。遠距離を進む内にくすんだ大気によって減衰しながらも、人一人を殺害するには十分な威力と直径を保って僕たちまで一瞬で到達する。
ギギーンッ!!!
狙われたのは、僕を庇うように前に出ていたエディ君の方だった。ミサイルの攻撃を受けた時と同じように。
エディ君を守る結界に拳大の三つの穴が同時に開く。
金属音のような音を響かせ、黒色レーザーが聖なる光球を貫いた。
敵のレーザーは結界によって僅かに針路が屈折していた。だから幸いにもエディ君は無傷で済んだ。口から悲鳴が出そうになるのを無理矢理抑え、急いで結界を修復する。僕にはそれしかできない。魔力は残り僅か。
――脅威は騎士級だけではない。左右と背後には兵士級と戦士の大群もいる。チュインッ。側面砂丘から、倒しそびれていた狙撃体の銃弾が当たった。更に魔力が減少する。間断なく包囲の輪が狭まっていく。
――上空で旋回する三体の翼獣体が再び十二個の三角錐を放っていた。真上から落下しながら、高速で螺旋を描いて迫ってくる。回避の難しい追尾ミサイル。戦闘機ほどの射程距離はなく、性質としては爆撃機による誘導爆弾に近い。エディ君はあれを黒炎弾と言っていた。
――高速で思考が流れていく。残った二体の爪獣体は僕達を左右から挟み撃ちにしようとしている。エディ君が黒刃爪と呼んだ、逆向きの日本刀のようなあの爪も結界に大きな損傷を与えられるだろう。ヂュインッ。背後から撃たれた狙撃体の銃弾が当たった。僅かに結界の表面に傷がつく。その修復に決して無視できない量の魔力を消耗する。蹄獣体が再びランスを構え、黒色レーザーの充填を開始している。遠い。聖剣の射程外。数百、数千の陰魔が群がってきている。空中を飛んでいれば狙撃の餌食。地上に降りたら大群の餌食。
状況は極めて悪い。エディ君の周囲で水色の加護の花弁が鮮明に煌いている。限界まで彼の思考と時間が加速し、魔力と精神力が引き絞られているのが分かる。けれど、この危機を切り抜けるのは難しい。
敵の軍勢は圧倒的だ。
〈黄昏領域に封印された陰魔は、一度消滅すると復活しません〉
ゆっくりと流れる地獄の光景の中で、エディ君の声だけがいつも通り聞こえてくる。どんな時でも温かくて優しい声だ。それこそが奇跡だと思えるくらい。
〈だから、倒せば倒すほど、ここにいる陰魔は減り続けます。それだけ、この大地を解放できる日が近くなります〉
希望を見出した声だった。絶望する必要はないというように。
〈蹄獣体の黒閃槍が一番厄介です。最優先で倒しましょう〉
〈分かりました。黒いレーザーを撃ってくる、あの馬のような敵ですね〉
〈アキラ様の支援が不可欠です。力を貸してください〉
〈喜んで。最初から、この力はエディ様の為のものです〉
それから、様々な形状をした光と闇のエネルギーが複雑に錯綜した。
飛翔。そして斬撃。最長最高速の赤い軌跡が黒炎弾の半数を撃墜し、そのまま振り下ろされた会心の一撃の切っ先が正面の砂丘頂上まで届き、一体の蹄獣体を両断した。約200メートル。黒閃槍という名の真っ黒なレーザーが二本放たれ、僕を庇ったエディ君の右腕が聖剣ごと消失。悲鳴を飲み込む。彼の左手に形成し直された聖剣が一瞬で赤いレーザーのように伸長し、二体目の蹄獣体の頭部に直撃、蒸発させる。彼の叫びが聞こえる。そのまま水平に切り払われる赤い刃。三体目の蹄獣体の胴体を捉え、強引に押し切り、黒い盾ごと分割した。
三体の騎士級が黒い霧となって消滅した直後、黒炎弾が僕とエディ君に着弾。その爆炎に紛れて二体の爪獣体が空中を翔けて左右から同時に迫り、無感情に黒刃の爪を振るう。一撃で光の結界が断ち割られ、瑠璃色に輝く円形の断面を見せる。間一髪で手足の損傷は回避。しかし魔力が足りず、結界を修復し切れない。再び、結界が切り刻まれる。天使の手足も無残に分割される。傷は深く、内臓にも届いている。血飛沫が舞う。天使の血も赤い。この音はエディ君の咆哮だろうか。真っ赤な光が閃き、爪獣体が吹き飛んでいくのが見えた。
まだだ。
光のエネルギーはまだ残っている。
――意識を手放す前に全ての力をエディ君に託す。
――六枚の水色の花弁と一振りの赤い聖剣が合わさっていく。それは瞬く間に僕達二人を包み込むくらい大きな菫色の蓮華となり、燦然と光り輝いた。
――清らかな紫色の輝きを受け、暗黒と影が次々と消え去っていった。
◇◇◇
再び、復活の神殿。
裸になってエディ君と抱き合っている。
死んだのに清々しい気分だ。最高と言ってもいい。最後に唐突に現れた、菫色に輝く大きな光の花は謎だけど、今は置いておこう。
「気分はどうですか? エディ様」
「初めて騎士級をあんなにたくさん倒せました。死んだのに、とても晴れやかで最高の気分です」
エディ君も同じ気分でよかった。
「やっと、勇者としてちゃんと戦えた気がします。悔しさよりも、もう一度戦いたい気持ちの方が強いんです」
「エディ様はとても強くて、立派に戦っていました。だから自信を持って下さい」
「はい。ありがとうございます」
「また戦いに行きましょう」
「はい」
「でも、今日頑張った分、明日はゆっくり休みましょうね」
「はい」
ああ、よかった。
この涙は昨日とは全く意味が違う。熱い血潮と同じものだ。
「でも、本当にごめんなさい。アキラ様に痛い思いをさせてしまって…」
「気にしないでください。エディ様と一緒に戦うことが僕の役割ですから。それにこう見えて、僕は普通の人間ではありません。手足が吹き飛ぶくらい、何ともありませんよ」
「…はい。あ、あと、えっと。ごめんなさい、すぐに退きますから…」
「それも気にしないでください。裸のお付き合いは今更ですし、こういうことはこれから何度もあると思いますから。そのうち慣れます」
「う…、慣れそうにないです…」
「くす、そういえば、もう日が暮れている時間ですね。夜に外を歩くのは危険でしょうか。地獄みたいな戦いの後に、他人を警戒しないといけないのは気が滅入りますね」
「…ボクも、魔物や陰魔より人の方が怖いと思う時があります。アキラ様がよければ、朝までここにいますか?聖樹の葉を集めてベッドを作って…」
「それはすごく楽しそうです。ぜひ」
となれば、善は急げだ。楽しいイベントの始まりだ。
体が動くようなってからむくりと起き上がり、神殿の脇の宝箱から下着を取り出す。もう僕は全裸ロリ天使ではない。健全ロリ天使である(僕が声をかけるまでエディ君はきつく目を瞑っていた。紳士ショタ勇者だ)。
嬉し恥ずかしの着替えを済ませ、二人で協力して周囲の地面に落ちた葉っぱを広い集める。用途を考えると青臭さのない枯葉の方がいいだろう。両手で抱えて何度も往復し、神殿の床にこんもりと山を作った。形を整えてから何枚かの予備のローブで表面を覆い、即席の聖樹の葉ベッドの完成。ご利益がありそうなベッドだ。
二人並んで腰を下ろす。葉っぱの感触の良さに自然と笑みが零れる。ふかふかだ。そして笑顔のエディ君が可愛い。
「そうだ。エディ君、もう一度絵図を見せてくれませんか?」
「分かりました」
「ありがとうございます。…この半透明の板に緑色で『兵士級128』『戦士級63』『騎士級9』と表示されてますね。これが、今日倒した敵の数になりますか?」
「はい。生きている魔物は赤、陰魔は赤紫の数字で、倒した場合は緑色になってしばらくの間表示され続けます」
「しばらくの間、というと?」
「確か、このような『情報系聖術』がリセットされるのは『太陽が大地の真裏に来る時間』だと修業時代の先生が言っていました。…あ、その先生は信頼できる立派な人でした。ボクが知る限り、監禁には一切関わっていません」
「……。つまり、午前零時?」
「はい。実際にいつも丁度そのくらいの時間に表示が消えます」
「そういったことは、自動的に?」
「自動的…、そうですね。そう言っていいと思います。全て女神様の思し召しで、絵図の聖術が敵の位置と数を教えてくれるんです」
それから眠くなるまで、僕の方からお願いして基礎的な魔術を教えてもらった。
女神教のこととか、陰魔のこととか、詳しく聞きたいことは他にも山のようにある。
でもやめた。
死闘を潜り抜けて、というよりも実際に死んだ後にそういう真面目過ぎることを聞くのは違うと思ったのだ。
今日はもう気晴らしでいい。
だから魔術。実利もあるし、僕の好奇心も満たされるし、魔術を教えている時のエディ君がニコニコ嬉しそうに笑ってくれるしで一石三鳥だ。
「エディ君は教え方が上手ですね。とても分かりやすいです」
「その、どうしたしまして…」
はい、照れ顔いただきました。
えっと、何だったかな。
そうそう、魔術についてだ。
五元魔術の基礎中の基礎は5つ。ウィンド、サンド、ウォーター、ファイア、ライト。順に、天元風属性、地元土属性、水元水属性、火元火属性、光元光属性。
やや難しい次の基礎も5つ。スパーク、メタル、アイス、ヒート、シャドウ。順に、天元雷属性、地元金属性、水元氷属性、火元熱属性、光元影属性。
うん、規則性はあるけどちょっと長いね。
まとめて、五元十属と言うそうだ。もちろんこれはあくまで基礎なので、十属性以外の高度だったり希少だったりする属性も存在するらしい。例えば、地元の上位属性でクリスタルやゴールド等、天元と水元の複合としてスノウ等。全ては空想と言葉次第。ロマンだ。
光を灯すライトの復習から初めて、次にウィンドでそよ風を、ファイアで火花を、ウォーターで水滴を、サンドで白い砂粒を作っていった。時間が経つのを忘れて魔術のイメージと操作の練習に没頭した。
後半の5つはほんの触りだけ、のつもりがちょっと楽しすぎて延長戦に突入。
スパークはバチバチ、メタルはカチカチ、アイスはヒエヒエ。そこまではオノマトペのイメージでそれなりに上手くいった。
熱属性のヒートは『炎を伴わない真っ赤に赤熱した流体』というエディ君の説明から融けた鉄やマグマをイメージした。しかし、熱属性魔術はあくまで火の元素から抽出された『熱そのもの』という魔術的概念であるらしい。であればドロドロでもグツグツでもなく、カクカク(赫々)が正しいイメージだろう。エキゾチックだ。
そして影属性のシャドウはファンタジー知識通りの黒いウネウネ。決して闇そのものではないのがポイント。光あれば影あり。
滅茶苦茶想像力を働かせ、赤熱してちょっとだけ粘っこいカクカクと、触手のようなウネウネを作り上げたらエディ君が物凄く驚いていた。どやあ。
こほん。
さて折角なので、エディ君の注釈を交えながら少し真面目に考察してみよう。
こうしてヒートやシャドウといった非物質的な物体すら具現化できたように、魔術は紛れもなく空想と言葉によって生み出されている。つまり、人間本位のイメージに依存している。風と雷の属性が天の要素として一纏めになっていたり、水の上位属性に氷が位置していたりするのはそのためだ。
元は想像から作られたものなので、ライトの光もファイアの火も魔力が途切れたらすぐに消えてしまう。ウォーターの水も、サンドの半透明の白い砂粒も、実物の水(H2O)や二酸化ケイ素(SiO2)ではなく、実物と非常によく似た性質を持ったマジカル物体でしかない。イメージで作った水や砂は幻のようなもので、決して飲み水にはできないし、ガラスの原料にもできない。ゴールドの魔術で生み出した金色の塊も、魔力が保つまでしか存在を許されない儚い幻なのだ。
そしてもう一つ、よく理解しておかなければならないのは、魔術は決して万能ではないということ。万能と言える魔法は女神様由来の聖術の方であって、最もメジャーな魔術は実のところ使い道がかなり限られている。
空想から形とエネルギーのあるものを作り出し、使い捨てにする魔法。それはかつて人間を脅かす敵と戦うために生み出された。だから、五元の魔術は生産的ではなく、極めて破壊的だと言える。神話時代から現代まで、魔術師の手から放たれた火や雷が大地に無数の傷痕を残してきた。
けれど、だからこそ魔術は強く、頼りになる。破壊力に特化し続けてきたが故に、人々から篤い信頼と幻想を向けられている。それが更なる力の源となり、貴重な金属や火薬を浪費することなく、幻想的な弾丸や盾となって外敵を屠り続けてきた。
魔術は、言葉通り、現実的な武器だった。
ある意味では、陰魔の神が蘇るまで。――真の暗黒には無力な幻想だったと失望された。
また別の意味では、時空魔術や精霊魔術が想像されるまで。――数千年の時を超え、新しい魔術の可能性が見出された。それは民草の希望となった。しかし何故か、無情にも二つの新芽は秘匿された。先天魔法という例外を除き、一つは王都の主塔で、一つは蜃気楼の隠れ里で細々と受け継がれるのみである。
そういうふうに、エディ君が魔術の何たるかを一つ一つ丁寧に教えてくれて、練習の成果を一つ一つ優しく誉めてくれた。その語り口の紳士たるや。僕がオンナノコだったら間違いなく惚れていただろう。無論、自分の中では同じ死地を体験した戦友であり、心の友だ。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「…アキラ様は天使です」
「はい。僕は女神様の天使です」
「あっ、うっ、わっ、忘れてください…。眠気のせいで変なことを言ってしまいました」
「???」
「ほっ…」
エディ君が寝入る前に要領を得ないことを言ってあわあわしていたのはなんだったんだろう。まあとにかく、とても穏やかで楽しいひとときだった。
◇◇◇
聖域の森で三日目の朝を迎えた。
正しくは、懐中時計を確認するともう昼前の時刻だった。
「寝過ごしてしまいましたね」
「こんなに寝坊したのは生まれて初めてです」
そんなに夜更かしをしてしまっていたのだろうか。もしくは、聖地には安眠作用もあるのかもしれない。こんなにも空気が穏やかで心地良いので可能性は高い。
「んー、ユウ君もアキラちゃんも何かいいことあった?」
「はい。お兄ちゃんと、ちょっと…。分かりますか?」
「ええ、一昨日と全然違うもの。距離がぐっと近くなって吹っ切れた感じ。もしかして…」
「違います」
「ユウ君はおませさんね。うふふ」
「違いますから」
リリアさんのお店で葉っぱを買い取ってもらってから、トマス神官もといトムに会いに行った。
昨日二人で死ぬまで黄昏領域で戦ったことと、丁度200体の陰魔を倒したことを僕から誇張なく伝えた。七万八千の内の二百だからまだまだ道は遠い。しかしそれでも、着実な一歩であることは間違いない。
エディ君は少し気後れしている様子だったけれど、関係者への報告と相談は大事だ。隠さずに伝えておいた方がいいだろう。
それに、せめて信頼できる人にはエディ君のことを認めて欲しい。
この世界のために頑張って戦っている勇者なのだと。
それがこの心に芽生えた、天使の使命とはまた別の僕自身の願いだ。
内心でそんなことを考えている間、話を聴いたトムは大きく仰け反って驚いていた。大量の汗を拭き出して言葉を失い、顔が赤くなったり青くなったり紫色になったりと大忙しだった。
「エディンデル様、本当にご苦労様でした。よく御勤めを果たされました。ようございました。愚かな私達をお見捨てにならないで下さって、本当にありがとうございます」
「そんな、ボクの方こそありがとうございます。トムがいてくれなかったら、今日のボクはいませんでした」
「もったいないお言葉です。ううっ…」
「えっと…、だから…」
感涙だった。うん、よかった。思わずもらい泣きしそうになっていたのは内緒だ。
数日前に闇のドラゴンと対峙して為す術もなく殺されたことはまだ黙っておこう。話したら泡を吹いて卒倒しそうだから。
「おおっ、そうでした」
泣いている最中に突然我に返ったトムはどこかにすっ飛んでいった。同じ速度で戻ってきた時、皴だらけの手に握られていたのは小さなペンダント。細い紐に、勾玉の形をした白い石が通されていた。よく見ると、それはただの石ではなく微かに透き通ったガラス質の結晶だと分かった。
「アキラ様、どうかこの聖なる守護印をお受け取り下さい」
「守護印、ですか?」
「はい。光の女神様の名において、この印を持つ者をとこしえに守り続けるという意味と力を持つ誓いの証でございます」
「そんな大事なものを頂いてもいいのでしょうか。一度死んでしまったら無くしてしまうので…」
「ほっほ。実は、これは爺の魔力から出来ておりまして、元手はただですし、時間をかければいくらでも作れます。守護の聖術が込められていますので、よからぬ輩に絡まれる恐れがなくなること請け合いです。もし無くされたらすぐに新品をお渡しします。年寄りの我儘と思って受け取って頂けませんか。そうすれば、きっとエディンデル様もご安心なされます」
「そうですね。アキラ様、どうかボクからもお願いします」
「分かりました。ありがたく受け取ります」
そこまで言うのなら、と白い勾玉を受け取る。表面がとても滑らかで、淡い光沢もあり、ちょっとした宝石のようだ。
聖なる守護印。守護の聖術。それを僕に持ってほしいという。
あれだね。魔法的防犯グッズだろうね。
そういうトラブルは僕としても御免こうむるので、正直とても有り難い。
満面の笑みのトムに見送られた後、ペンダントを弄る僕をエディ君がほっとしたような表情で窺っていた。防犯グッズを装備したばかりの妹を見守るお兄ちゃんかな?
「とてもいいものを貰いました。アキラ様は本当にお綺麗ですから、いくらこの辺りの治安が良くても、ずっと心配だったんです。これでようやく一安心です」
「この守護印に込められているトムの聖術は、そんなに強力なものなのですか?」
「はい。聖なる守護印…、正確には『聖者の守護印』は世界一有名なおとぎ話にも出てくる伝説的なお守りです。持っているだけでちょっとした不運を遠ざけてくれますし、危害を加えようとする愚か者にどんな天罰が下るのかは小さな子どもでもよく知っています」
「伝説的なお守り。逆に目立ってしまうのでは?」
「アキラ様の身の安全に勝るものはありません」
「なるほど…」
グウ。ググウ。
優しい眼差しと力強い断言のギャップで言葉を失っていると、空っぽのままのお腹が鳴った。つられてエディ君のお腹もなった。すばらしいシンクロニシティ。
なので足早に小龍の宿に帰って昼食を頂いた。
食堂のランチタイムは宿泊客以外にも開放されていてほぼ満席状態。目立たないように薄墨色の法服を纏い、フードを目深に被ったのは朝と同じ。でも、卑屈な思いはもうあまり感じなかった。
目移りするくらいに豊富なメニューの中から、エディ君のお勧めで諸々を祝って豪華なステーキセットを注文した。テル様から伝え聞くところによると、命がけの激しい戦いの後は肉汁たっぷりの赤身の牛肉を食べるものと相場が決まっているそうだ。うん、いい伝統だ。
だからと言って、無謀な戦いに挑んで食材を無駄にするわけにはいかない。何せ僕たちは見た目10歳ロリと12歳ショタなので。自分たちの胃の大きさを考慮して二人で一人前を注文する。足りなかった場合はデザートを追加注文する方針で。
結果として、二人で協力してやけにどでかくて分厚いステーキを何度も切り分け、辛うじて攻略することに成功した。
それで四苦八苦してお肉を頬張っているところを周りのお客さんたちに目撃されてしまったのだけれど、やけに生温かい視線が多かったような気がする。気のせいだろう。フードも被っているから大丈夫。可愛い、可愛いなあ、どうしてフード被ってるんだろう、あんたみたいな奴から顔を隠す為でしょ、みたいなヒソヒソ話が聞こえたような気もする。究極の防犯グッズである守護印のペンダントがあるから不安はない。
そんなこんなで、そのまま宿のツインルームに無事帰還する。先客はおらず、前と同じ部屋を取ることができた。昨日宿に帰って来なかったことも、一日空けてまた同じ部屋に泊まることについても詮索されず、ごく普通に接客してくれた。それもまた一流の気遣いなんだろう。
「お帰りなさい。一日、本当にお疲れ様でした」
「アキラ様も本当にお疲れ様でした」
「そうだ、エディ君」
「どうしましたか?」
さて。
森で一晩過ごしたからちょっと埃っぽいかな。
丁度、この宿には部屋毎にお風呂がついている。しかもお湯が出る。湯船がある。石鹸もある。バスタオルが用意されていて、洗濯サービスもあるという。文明度を数値化するとしたら、かなりの高得点になるだろう。侮りがたし異世界。
条件は揃っている。
よし、お風呂で背中を流して労わろう。
「お背中を流します」
「駄目です」
一刀両断にされた。