TSロリ天使と薄幸ショタ勇者の崖っぷち青春戦記【第一部完結】   作:◆KKE

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明けましておめでとうございます。









049 少女Ⅶ

 

 ――軍団を為す、数百体の騎士級。地下に蠢く数百体の楽士級。

 

 ――黄昏の空を数十の暗黒線が貫いていく。百数十の黒い三角錐が高速で飛来し、黒ずんだ紫色の爆炎を咲かせる。

 

 ――聖剣が烈火の輝きを灯す。彼の闘気は眩く、力強い。一人の騎士霊が黒爪の獣たちを道連れに白光と共に消え、残された勇者がその遺志を受け継ぎ、闇をひたすら砕いていく。時に直線的に、時に曲線的に。波打つように、切り刻むように。

 

 ――突如、立体絵図の光球から激しい電子音が鳴り響き、瞬く間に、光が闇に切り裂かれた。長大な黒剣が超音速で飛来し、金属音のような衝撃を轟かせ、瑠璃色の光の結界を削り取った。僕の細い右手首ごと。黒剣の発射地点は激しく波打つ地平線の向こう。鉛直に屹立する白い円柱が見える。

 

 ――八本脚の脚部に真っ黒な球体を載せた異形が巨大な砂丘頂上に現れる。脚部と黒球に挟まれた比較的小さな胴体部分に白く光る縄が巻き付いている。その縄は円柱と繋がり、怪物をその地点に縛り付けているようだった。

 

 ――神官級。呪詛体。巨大なウイルスを彷彿させるようなフォルム。それは言葉なく、騎士級だけで作られた大波を睥睨し、機械的かつ悪夢的に薄暗い黄昏を暗鬱とした闇に塗り替えていく。黒球から染み出した魔力が瞬く間に黒剣へと変じる。辛うじて砂丘を盾にし直撃を免れるが、騎士級の大群が轟々と包囲を狭めてくる。黄昏領域中心部を正面にして、右側面から一回り大きな2体目が現れた直後、砂漠自体が蠢動し、光を閉ざす砂嵐が激しく巻き起こった。うねる砂の触手が正八面体の楽士級を連ねて閉じ込め、保護し、空中を自在に泳ぎ回る。まるでカエルの卵管のよう。暗黒の大群はこのようにしてこの世界に侵略してきたのだろう。砂嵐の向こう側から黒剣が飛来し、左脚を切り飛ばした

 

 ――何もかもが敵の都合のいいように造り変えられていく。逃げ場はない。流れる砂丘は大波のよう。2人きりの孤軍。それでも、と絶望に抗おうとした瞬間、砂嵐の向こう側から照射された数十のレーザーが結界に直撃し、貫通され、側頭部を抉られた。あまりにも強烈な攻撃。エディ君の悲鳴が遠い。彼を庇っての負傷なので本望だ。ネクタル水で止血。問題なし。這いずるように砂嵐から抜け出すと、目の前の砂丘に黒々としたオーラを纏う騎士級の大群が新たに布陣していた。楽士級ではありえない強化。更に兵士級、戦士級の大群を伴い、左側面の遠い地平線に比較的小さな3体目が現れる。全てが最優先目標。命に替えても討ち取らなければならない。

 

 ――しかし、悪夢は闇と共にあった。数千の兵士級、戦士級が寄り集まり、多頭の大蛇のように流動する。八つの頭部に数多の騎士級。そして、心臓部に黒真珠の如き球体が君臨した。陰魔集合体。一体の巨大な怪物のように咆え、暗色のエネルギーをもって破壊の限りを尽くす存在。例えるなら魔王か。しかし、あのような異形ですら暗黒の末端に過ぎない。大蛇が緩やかに鎌首をもたげる。飽和攻撃。黒い銃弾と光線と爆炎が空間を埋め尽くす。押され、再び砂嵐の虜囚となった。不退転。前進だけが意味を成すだろう。

 

 ――決死の覚悟で手繰り寄せた最後の好機、彼が血を吐きながら繰り出した会心の一撃はしかし、大蛇の厚い障壁に阻まれ、胴体深くに隠れる心臓を露わにすることすら叶わなかった。だからいつものように、最期を迎える前に手を繋いだ。砂嵐に翻弄されるエディ君を抱き締め、蓮華の流星を黄昏に刻むために。本来は神域に至るための聖なる魔法。恥を忍んで死を甘く包む。きっと女神様は許してくれる。

 

 ――けれど。意識を失う前。流砂と黒剣、大蛇の首に遮られ、流星ですら儚い燐光へと散っていく有り様を目の当たりにした。

 

 ――――。

 

 

 ああ、完敗だった。

 

 最期の一撃すら完璧に防がれた。神官級という名の、魔王を除けば最上位級の陰魔。やっとここまで来れたのに。一体でも倒せていれば。

 ああ、本当に悔しい。

 

 悔しくて、何度もあの戦いを頭の中でリピートしてしまう。もう100回くらい。 

 

 僕はどうでもいいので、どうかエディ君に万雷の拍手と賛辞をください。どうか。

 

 

「エディ君、大丈夫ですか?」

「はい…」

 

 

 大丈夫じゃなかった。2日前、復活の神殿で目覚めてからずっとあんな調子だ。昨日のスライムハントも中止しようか迷ったくらいの落ち込み。気持ちを切り替えてそつなくスライムを切り刻んでいたのは流石エディ君。けれど、それ以外の時間はずっとああして物思いに耽っている。

 気持ちは分かる。分かるつもりだ。

 

 

「悔しい、ですか?」

「はい…。すごく…。せめて一太刀だけでも…」

 

 

 本当に重症だ。2日前から同じようなことしか言っていない。

 どれかの神官級にせめて一太刀を浴びせられていたら。一度でも有効打を与えられていたら。

 

 本当に気持ちは分かる。本当に完敗だったもの。完全に負けていた。手も足も出なかったと言っていい。正直凹む。全力を出しても攻撃が全く届かなかったのは、地力が全く足りていないという事実を意味するから。

 

 ううん、どうしよう。神官級攻略について、エディ君と膝を突き合わせてとことん話し合うべきか…。

 

 …いや、違う。

 

 今は感情的な支援を優先すべきだ。

 では慰めを?

 いいやそれも違う。安易な慰めはエディ君を余計に傷付けるだけだろう。

 安易ではない慰めは…、倫理的にアウト。遺憾なことに。

 

 なら…、未だかつてないくらいに落ち込んでいるエディ君の為に、僕ができることは何か。

 

 そうだ。リリアさんのお店に行こう。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 チリンチリン。

 小さな鈴の音が鳴る。

 

 

「いらっしゃいませ。調子はどう…、あまりよくないみたいだね」

「はい、まあ。あ、順調なのは順調です。ただ…」

「はい…」

 

 

 重症だね、と目線で聞いてくるリリアさん。重症です、と僕。

 敬愛するリリアさんとも以心伝心ができるようになって嬉しい限りだ。

 

 ウィバクで僕達がどんな戦いをしていてどのくらいの戦果を挙げられているかは、パトロンであるトムやリリアさん達に毎回ちゃんと報告している。

 そしていつもたくさんの称賛と心配を頂いているのだけど、深層部で神官級に完敗した件だけはどんな慰めもエディ君の顔を晴らすことはできなかった。

 

 それでも「陰魔の神官級なんて怖いおとぎ話に出てくる化け物みたいなものだよ、恐がらずに立ち向かえただけでもすごく立派だよ。偉かったね」というリリアさんの言葉は本当に温かくて嬉しかった…。

 

 深刻?

 大丈夫です、秘策があります。リリアさん頼りですけど。

 ほほう、言ってみなさい。お姉さんが何でも適えてあげましょう。

 

 

「リリアさん。錬金術で、成長薬か、大人になれる変身薬はありますか?」

「あるよ」

「???」

 

 

 あった。

 さすが錬金術。さすがリリアさん。ずっと前から機会を見て相談しようとは思っていたけれど、まさか既に現物があるとは。

 やっぱり、何事もまずは思い切って相談してみるものだね。

 

 

「若返り薬のしっぱ…、んんっ、副産物でね。十瓶くらい、倉庫に仕舞いっぱなしになってるのがあるよ」

「それを僕に使わせてもらってもいいですか?」

「???」

 

 

 そうきたかあ、とリリアさんがちょっと唸って腕を組む。リリアさんとリューダさんはエディ君と僕の不老体質を既に知っている。もう僕も諦めている。何せ、2か月経っても1ミリたりとも背が伸びていないのだ。毎日エディ君をハグして確かめているので間違いない。

 勇者が基本的に不老不死であることは歴史的に広く知られているので、天使の僕も同じ体質だと伝えた時には驚きと同時に深い納得と憐憫の感情が伝わってきた。何も言わずにハグもされた。そういう、ささやかな一幕があった。

 

 リリアさんは一瞬だけあの時と同じような表情を浮かべ、まあいっか、と頷いて店の奥へ。

 リリアさんのそういうところ、僕はとても素敵だと思います。

 

 一方、いささか突拍子もないイベントが始まったせいで、エディ君は聞き間違いだったかなと言わんばかりの表情で困惑していた。クエスチョンマークが頭の上に6つくらい浮かんでいそう。

 

 

「エディ君、これは試行錯誤の一環です」

「試行錯誤」

 

「はい。とにかく体が大きくなれば、キャパシティや魔法の出力が増えるかもしれないと思って。できることは試してみようと」

「なるほど…?」

 

 

 よし、と心の中で小さくガッツポーズ。暗く沈んでいたエディ君の意識がこちらに向いた時点で、気分転換という最優先目標は半分以上達成されたと言っていい。

 この後、イベントがラブコメになるかシュールギャグになるかは僕の立ち振る舞いと…、リリアさんのやらかし次第だ。

 吉と出るか凶と出るか、いざ南無三。

 

 

「リリアさん、そのお薬の効果のほどは?」

「じゃじゃん。こちら、一粒で肉体年齢を一歳増やす加齢薬となっています。効果は丁度24時間で切れて元に戻るから安心安全」

 

「なるほど。何か副作用はありますか?」

「効果が出る時に体中が痒くなるくらいかな。あとは…、体が変わっていくところはあまり人に見られない方がいいかも。ほら、ちょっと…、デリケートな瞬間だからね」

 

「分かりました。では、気になるお値段は?」

「なんとこちらの商品、在庫処分特価で一瓶マイナス10万レンとなっております」

 

「マイナス?」

「えっと…、失敗作を引き取ってもらうのはいくら私でも気が引けるかなって…。ホントにアキラちゃんが使うとなったら人体実験も同然だし…。天使様だし…」

 

 

 最後に日和ってしまったリリアさん。失敗作って言っちゃった!

 

 

「今までにその薬を使ったのは私とリューダ君だけだから。ふふっ、一緒におじいちゃんおばあちゃんになって、田舎で老後の生活を送るのもありかなって思ったよ」

「ふむ…、では」

「あっ、アキラさん!?」

 

 

 ひょいひょい、ぱく、ごっくん。

 

 

「っ…、大丈夫です…」

「はーい、エディ君はちょっと目を閉じてようねー」

「あっ、えっと…、うぅ」

 

 

 呑み込んだ加齢薬は二粒。すぐに体が痒くなってくる。ぎゅぎゅい、と体が内側から伸長していくのが分かる。万が一に備えて天衣を着てきてよかった。体の成長に合わせ、神様的な力で服や靴も一緒に一回り大きくなっていく。

 

 それにしても錬金術師って凄い。

 丸薬一つでこんなふうに体を変えられるなんて、僕から見れば奇跡そのものだ。細胞分裂のコントロール?ナノマシン的な超科学?一流の腕前さえあれば若返りも不老長寿も思うがままだと言うし、錬金術一つでも、この世界の人間はとっくにホモサピエンスの段階から飛び立っているのではないだろうか。

 もし陰魔が消滅し、レヴァリアの大結界が解かれたら、文明の栄華がどこまで発展していくのか。見てみたいような、末恐ろしいような…。

 

 

「…止まった、みたいです。どうですか?」

「~~!!!?」

「わあ」

 

 

 体中から痒みが取れたので顔を上げて反応を求める。両目をリリアさんの手で覆われていたエディ君と視線が重なる。

 すると、エディ君が瞬間湯沸かし器のように真っ赤になった。リリアさんは歓声。

 

 

「薬の効果はちゃんと出てるよ。大丈夫」

 

 

 と喜色満面の笑顔でリリアさんが教えてくれる。それは良かった。

 問題なのはエディ君。カチンコチンなのにホットで、何やら重篤な状態異常にかかってしまったようだ。

 

 

「エディ君?」

「っ…」

 

「(じっ)」

「っ…、なな、なんでしょうか…」

 

「変じゃないですか?」

「…ぜ、ぜんぜんへんじゃないです…」

 

「よかった」

「…」

 

「…えっと、その」

「はい」

 

「か…、か、かわいいです…。すごく…。本当に…」

「ありがとうございます。あ、そう言えば」

 

「どうしましたか? もしかして、どこか体の具合が…」

「いえ、体は全然大丈夫です。流石リリアさん謹製のお薬ですね」

 

「ほっ…、よかった」

「エディ君は気付きませんか? 僕、身長がエディ君と同じになっています。すごく嬉しいです」

 

「っ…!?!?!?」

「あっ、それやばいよアキラちゃん。やばい笑顔。即死級」

「??」

 

 

 目線の高さがエディ君と同じになっている。女子の成長期を跨ぎ、約10センチメートルの伸長。これでようやく140後半といったところ。

 僕もエディ君も同じ12歳の体。12歳ロリ天使へのバージョンアップだ。嬉しい。

 視界外ではリリアさんがすごく大袈裟なことを言っていた。スルー安定でいいかな。

 

 さりげない動作で、内心ドキドキで、カウンターに置かれていた小さな丸鏡を手に取る。

 

 

「これが僕…」

 

 

 僕は毎日鏡で自分の顔を見ているので、女神様謹製の造形に大分見慣れてきている。

 それでも、鏡面に映った12歳少女を目撃した瞬間、思わずナルシスト的な驚愕が漏れてしまった。

 

 ほとんど銀色のようにも見える淡い空色の髪がさらさらと腰辺りまで流れている。宝石のような藍色の瞳が煌いている。

 創造神が手ずから創り上げた美貌。

 目の前に、ここに、見紛うことなき天使が降臨していた。

 

 

「たった2歳分で、ここまで変わるんですね」

「はい…。ぜんぜん、違います…」

 

「ただ、成長したのは体だけみたいです。残念ながら、魔力の方は…」

「それは仕方ないと思います。きっと別次元の問題なんでしょう」

 

 

 体内に目を向けると、キャパシティに変化はない。感覚的に出力関係も変化していないようだ。物理的な肉体と、数理的な魔力。文字通り別次元の問題であり、いくら錬金術でも魔力の理に干渉するのは簡単ではないのだろう。

 

 

「あと、ちょっと、危ないかもしれません」

「危ないです。かもじゃなくて」

 

「危ないですね」

「はい。アキラさんが自覚してくれてよかったです…」

 

 

 これまた別次元の問題で。

 顔を赤くしたままのエディ君が力強く頷く。

 うん、これは色んな意味で危ない。

 

 10歳バージョンは庇護欲を刺激するような幼さの方が勝っていた。

 しかし、12歳まで育った天使は、色めいた感情を掻き立てるような可憐さの方がごく僅かに勝っている。

 

 率直に言って、不特定多数の男性に狙われかねない。身長10センチの差は大きい。胸も…、薄いけどある。成人年齢が低い世界観だと、特にロリコンじゃなくても誰かのストライクゾーンを掠ってしまうかも。

 

 ああ、なるほど。女神様が僕の外見年齢を10歳にした理由がもう一つ分かった。そういう不要なトラブルをできるだけ避けるために、意図的に年齢を下げ、美しさより幼さの印象を強調したのだろう。ミドルティーンの天使では女神様謹製の美形が目立ちすぎてしまうから。

 

 だったらはじめから綺麗過ぎないよう適当に整えればよかったのでは…、と思いそうになる。けれど、そこは人知の及ばない神様の領域。天使の容貌について定めた厳格な規則があるのかもしれない。案外、造形物の質をわざと下げることに耐えられない職人気質が理由である可能性もある。あり得る。でも、本当のところは本当に分からない。女神様以外に断定は不可能だ。

 

 

「効果が切れるまでは人目を避けるようにしましょう。どうかお願いします…」

「分かりました。エディ君に従います」

 

「ほっ…」

「ごめんなさい。軽率でした」

 

「あっ、いえ! アキラさんが悪い訳じゃありません。僕こそごめんなさい…。どうしても、心配で…。それに…」

「それに?」

 

「っ…(もにょもにょ)」

 

 

 やらかしてしまったことを自覚し、素直に謝罪する。トラブル回避と身の安全の確保を最優先とする。

 ただ、エディ君はずっと挙動不審で様子がおかしい。

 

 僕の身を心配しているだけじゃない?

 何か気がかりなことがあるのかな?

 

 んー、どういう事だろう。

 顔はずっと真っ赤のままなのであまり判断材料にならない。

 そもそも、どうして真っ赤になっているんだろう。いや、愚問か。男の子は、滅茶苦茶綺麗な女の子が目の前にいるだけで頭に血がに上ってあっぷあっぷしてしまうものだ。本能的で、生理的なもの。だから仕方ない、仕方ない。

 

 ちょっと待って。ということは、普段の10歳ロリな僕は綺麗な女の子として見られていないということではなかろうか。

 普段、いつも僕を女の子扱いして倫理倫理ってラインを死守してるのに…、くそう。

 

 

「…エディ君。手を握ってもいいですか?」

「ええっ!? い、今ですか!?」

 

「はい。今、エディ君と手を握りたいんです。シェイクハンドならセーフですよね?」

「どうしていきなり古語…、って、ち近いですっ…」

 

 

 僕が近づいた分、後ろに下がるエディ君。やはりいつもとは様子が全然違う。

 

 これはひょっとして。ひょっとしたらひょっとするかも。

 

 

「どうして距離を取るんですか…?」

「そ、そんな寂しそうな顔をしないで下さいっ…! 半分演技ですよね…!?」

 

「エディ君に避けられて半分悲しいのは本当です。罰としてハグにランクアップします」

「えっ、あのっ、2歳成長した分、積極的になってませんかっ…!?」

 

「そうかもしれません。さあ、もう逃げられませんよ」

「……!? …………!!!」

 

 

 勝負はあっけなく決まった。ほんの数歩で壁際に追い込まれたエディ君を抱き締めた。

 

 

「あ…」

 

 

 抱き締めたというのは語弊があった。実は、寄り添っただけ。

 エディ君の脇腹辺りに右手を添えて、左手の方はエディ君の右手と軽く繋いで、そっと身を寄せただけだから。

 相手の背中に手を回す抱擁とは違う。触れ合っている部分はあまりない。お互いの顔がお互いの肩の上あたりにあるから、キスの体勢でもない。でもちゃんと体温は感じ取れる。特別な存在だと感じる。この人がいい。なんて思ってしまう。そんな距離。

 

 

「大丈夫です。僕は僕です。びっくりさせてしまってごめんなさい」

「……、……はい」

 

「怖がらせてしまいましたか?」

「…言葉で説明するのはとても難しいです。突然アキラさんがすごく綺麗になって…。まるで、別人みたいに…。ごめんなさい、失礼なことを言って…」

 

「謝る必要なんてありません。…それに、女の子の成長期は早いですから」

「そうなんですね…。たった2歳で…」

 

「エディ君だって丁度成長期ですから、2歳分成長すればすごく変わると思いますよ。背がたくさん伸びてカッコよくなります。僕が保証します」

「…はい。そうだといいです」

 

「うわあ、いいなあ。若いってすごいなあ。頑張ってね、ユウ君、アキラちゃん」

「……」

「……」

 

 

 忘れていた。リリアさんは他人事のように腕を組んで僕たちを見守っていた。見事なまでのふてぶてしさ。見習いたい。

 …お店でいきなり二人の世界を作った僕達も似たようなものかもしれない。

 

 

「リリアさん。一時的な成長薬じゃなくて、ずっと体を2歳分成長させたままにできる薬は作れますか?」

「それは…、うん。多分作れるよ。不老者用のそういう薬もあるから。でも、個人個人で微調整しないといけないから、ちょっと時間はかかるかな」

 

「時間は大丈夫です。1年後でも、10年後でも。それを僕とエディ君の分、お願いしてもいいですか?」

「任せて」

 

「ありがとうございます。本当に」

「ふふ、どういたしまして。2人とも、仲良くね」

 

「はい。ずっと仲良しです」

 

 

 よし、じゃあ。

 

 

「ちょっと死に戻りしますね。もしもの時の服毒も、試しておきたかったので丁度よかったです」

「えっ」

 

 

 ひょい、ぱく、ごっくん。

 断腸の思いでエディ君から体を離し、天衣のポケットに忍ばせておいた即効性の毒薬を口に放り込んで一思いに呑み込む。

 今月、黄昏領域中層部攻略中にリリアさんに相談して用意してもらった劇薬だ。たった一粒で苦痛なく即死できるリリア印の特級品。死に戻りができる僕とエディ君にしか使えない奥の手。

 部屋に常備しておいて、守護印同様、出歩く時には必ず持ち歩くようにしている。油断大敵。備えあれば憂いなしである。

 

 アキラさん、と焦って手を伸ばしてくるエディ君の姿が薄暗くなった視界に映る。

 

 どうかな、怒涛のイベントで少しはエディ君の気を紛らわせることができたかな。

 

 追いかけてきてくれるかな。

 

 ……。

 

 あ、やば。怒られるかも。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 怒られました。

 

 復活の神殿で、元の10歳ロリの姿で意識を取り戻した時にはもうエディ君に抱きかかえられていて、そのまま至近距離でじっとりとしたジト目で無言の圧力を頂戴しました。

 

 ごめんなさい。本当にもう。勢いが良すぎました。え、そういうことじゃない? はい。ごめんなさい…。

 

 急いでお店に戻って、目の前で立て続けに服毒自殺されたリリアさんにも謝罪。あはは、と本当に治験料として10万レンを渡しながら笑って許してくれたリリアさんの度量に感服。

 僕もエディ君も、毒薬を飲んで意識を失った直後に身体が一瞬で燐光に分解されて消滅したという貴重な目撃証言も貰った。死体が悪用されることも懸念していたので一安心だ

 

 それから、ジト目のままのエディ君をなだめすかしていつも通り商店街デートで休日を満喫した。

 ウィンドウに映る自分の姿。あの奇跡的な美少女と比べると、いくら容姿が整っていても今の僕はどうしたって幼女カテゴリーだ。安全最優先とはいえ、すぐリセットしたのはもったいなかったかもしれない。

 

 

「どんな姿でも、アキラさんはアキラさんです」

 

 

 宿に帰って2人きりになったタイミングで、エディ君がそっと寄り添って慰めてくれた。本当にありがとう。好きだ。

 でも…。

 

 

「それはそれとして。もしかして、12歳の僕に見惚れちゃってませんでしたか?」

「……、…………」

 

 

 お店では断定しなかったこと。幼さを免罪符にして軽い冗談のように聞いてみると、エディ君は非常に複雑な表情をして黙秘権を行使した。

 図星のようだ。

 見事にストライクゾーンを掠っていたようだ。ストライク!

 

 察しは付いていたが、ちょっと、いやかなり悔しい。そっか、そっかー。

 

 もう一度あの薬を飲んで、目の前の可愛い男の子を誘惑したくなる。女の子のように身悶えさせたい。抗い難いピンク色の衝動が脳幹から湧き上がってくる。どのくらい胸が成長していたのか、ちゃんと確かめなかったのも痛恨の極みである。

 

 

「エディ君、ちょっと遠くありませんか?」

「そ、そんなことはないと思いますよ…?」

 

 

 そんなことがあった。肩と肩の間の距離がいつもより10センチは遠い。男女間の10センチ差は雲泥の差だ。

 

 やっぱり同世代の女の子がいいのか。

 最低でも身長140センチ以上の少女寄りロリからがエディ君の守備範囲で、140センチ以下の幼女寄りロリは対象外だというのか。

 

 

 ――当たり前だった。普通、ロリはロリでも、成長期前後の10センチ差は月とスッポンなのである。

 

 

 つつ、と10センチ近寄る。すす、と10センチ離れていった。

 ガーンである。

 分かっていても傷付くのは傷付く。悲しい。こう、女子の尊厳的に。

 

 つつ、すす。つつ、すす。

 

 気付けば、壁際に追い込まれたエディ君が恥じらうように顔を赤くしていた。

 同じ赤ら顔でも、リリアさんのお店で見せた反応とは意味合いがまるで違っていた。

 

 何が一番違うかと言うと…、とても優しい、微笑み。このやり取りを面白がってくれている。

 

 釣られて、思わず僕も顔が火照った。

 

 なんだろう、この複雑な気持ちは。

 未来の僕に嫉妬すべきか、今の僕でもこの人を癒して照れさせることはできると誇りに思うべきか。

 

 分からない。

 

 だから、そっとキスをする。

 

 

「前に言ったとおり、僕からしてあげられるのはここまでです」

「……。はい」

 

 

 意外としっかり頷いてくれた。ちゃんと分かってくれていると分かり、胸が温かくなる。

 

 

「いつでもいいですからね」

 

 

 でも、この姿のままだと、絶対にハグとキス以上の進展はないだろうなあ、と諦めの境地で負け惜しみを口にする。キスはおろか、エディ君の方からスキンシップをしてくれるのはいつになることやら。

 

 分からない。

 

 それでも。

 

 きっといつか、そんな未来が訪れるだろう。

 

 そしてそんな未来で、2人とも2歳ずつ年を取って、ほんの少しだけ大人になろう。エディ君は14歳に、僕は12歳に。そのくらいがちょうどいいと思うのだ。いきなり20歳くらいの大人になってしまうと色々と大変だと思うから。

 

 ね。エディ君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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