泥被りの白兎   作:水無月由真

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EP.4 あなたは何を目指すのか 3

 完璧に迷ったので、仕方なくその辺の人に生徒会室への行き方を教えてもらい、なんとか生徒会室の前までやってきた。

 しかしとてつもなく重厚なつくりで、触るのもためらわれる。

 ――――ずっと突っ立っていても仕方ないので、意を決してその重たそうな扉をノックした。

 

『入りたまえ』

 

 凛とした声がこちらまで届く。それを聞いて、私は意を決して扉を開けて中に入る。

 

「失礼します」

 

「わざわざ呼び出しに応えてくれてありがとう、感謝する」

 

 そう言って、生徒会室に入ってすぐ目の前にある立派な机の前で待ち構えていた人がこちらに向かってくる。

 一言でいうと、キンカメちゃんとは天と地ほども差があるその存在感に正直ビビッてしまった。優しそうな声音と包み込むような雰囲気の中に、確かな”強者”の風格を感じる。やばい、これが本物ってやつなのか。

 

「改めてようこそ、中央トレセン学園へ。私が生徒会会長シンボリルドルフだ」

 

「初めまして、中等部1年スノーラビットです……」

 

「ふふ、そう固くならなくとも良い。スノーラビット、か。いい目をしているな」

 

 優しく微笑むルドルフさん。いや、その笑顔ちょっと怖いです。

 

「ここでは己の願いを叶えんと、日進月歩、粉骨砕身で頑張っている。君は転入生だ、スタートは確かに他の者より遅れてではあるが、君自身も、勇往邁進、全身全霊で自己研鑽に取り組んでほしい」

 

「は、はい」

 

 四文字熟語ばっかりで何言ってるのかよく分からん。多分、みんな一生懸命頑張ってるから君も頑張れってことがな。というかさっきからなんでそんなネットリ品定めするような目線をするのですか。大変心臓に悪い。

 

「君は森村トレーナーの推薦で入学したんだったか。それでは、チームの所属も森村トレーナーのところにするのかい?」

 

「え、チーム? ――――あー、ちょっと待ってください。それって、いわゆる選抜レースを走ってからのスカウトで決まるんじゃなかったですっけ?」

 

「うん? そういうのは特に決まっていないな。確かに大抵は選抜レースで優秀な成績を収めた者に、スカウトが行くことのほうが多いが、チームの入部試験を受けたりすることもある。今回は、トレーナーが外部からスカウトして入学したのだから、そのまま入部するものと思っていたが」

 

 あー、なるほど。あくまで基本になるのが選抜レースだけど、別に走らなくても直接教えてほしい人に頼み込んだり、入部試験を受けたりすることでも大丈夫なのか。まぁでも、森村さんが私を見つけてくれなかったらトレセン学園には入ることなかったし、森村さんに特段の問題がないなら森村さんのとこかな。

 

「そうなんですか。私もあんまりここのことはよく分かってなくて」

 

「なに、気にすることはない。分からないことは遠慮なく聞いてくれたまえ。ところで――――」

 

 そう言って、ルドルフさんは私から見て右側へ視線を移す。つられてそちらを見ると、なんか英語の短文が大層な額縁で飾られていた。――――え? なんて読むの、これ?

 

「”Eclipse first, the rest nowhere.”。転入生と話すとき、いつもこの話をするんだ。前回はスペシャルウィーク、だったかな。君には意味が分かるかい?」

 

「いえ、さっぱり全くわかりません」

 

「ははは、素直でよろしい。トレセン学園の校訓でもある、この言葉が意味するのは”唯一抜きん出て、並ぶ者なし”。遥か昔、伝説のウマ娘を象徴する言葉だと云われている」

 

「んーと……つまり、”誰も追いつけないほど最強を目指せ”ってことですか?」

 

「確かに、言葉の意味をそのまま捉えればそうなるな。しかし、本当に”最強”であることが唯一”抜きん出る”ことだろうか?」

 

 一休さんのとんちじみてきた。伝説のウマ娘って言われるくらいだし、それはきっとものすごい強かったウマ娘なんだろうけど、そういうウマ娘になれってことじゃないの? でも競走するってことは、当然一番を目指すことになるんだし、でもわざわざそんな話するかなぁ?

 ……考え過ぎて頭が痛くなってきた。

 

「……すみません、よくわからないです」

 

「では、君には何か信念や夢はあるかい? それか、ここに転入してきた理由でもいい」

 

 ルドルフさんは至って真剣に聞いてくる。きっとそれはここで過ごしていく上でとても大事なことなんだろう。だから、こうして私に聞いてくるんだと思う。

 けど、正直に話してしまうのもどうだろう? はっきり言って、”生活のため”という理由でここにいる私は、結構ウマ娘競走”トゥインクル・シリーズ”を舐めているんじゃないだろうか。

 だいぶ返答に困っているように見えたのか、ルドルフさんがさらに続けた。

 

「言いにくいかい?」

 

「……はい、正直なところ。ご存じかと思いますけど、うちの家って大分切羽詰まってて。みみっちい話なんですけど、その……今のところ、この脚で家族の生活を支えることしか考えられないです」

 

 さすがに”お金のためです!”とは言えないので、なんとかそれっぽい事を言う。

 多分キンカメちゃんみたいな”最強の大王になる”とかそういうのを求めてるんだと思うと、ちょっとルドルフさんや他のウマ娘の皆に申し訳ない。

 けど、これは私にとって本気なのだ。私が稼がねば、家族が路頭に迷ってしまう。母さんにめいっぱい負担をかけてしまう。そうだ、この脚に全てが掛かってる――――

 握った拳に力がこもる。その様子を知ってか知らずか、ルドルフさんは優しく笑った。

 

「君は優しいな。己より家族、か。君にとって、我々の思うソレより遥かに尊いものなのだろう」

 

「は、はい! 父さんはもういないですけど、母さんにも、妹や弟も皆優しくていい人で……だから、そんな大好きな家族がこれからも笑っていられるようにって思ってます」

 

「――――やはり、君は良いモノを持っているな。たくさん家族に良い報告が出来るよう、励んでほしい」

 

「――――はい!」

 

「話は以上だ、何か聞きたいことはあるかい?」

 

「特に何も――――あ、そうだひとつだけ」

 

「ふむ、聞こうか」

 

「森村トレーナーの所でお世話になるのか――――みたいな話されてたと思うんですけど、トレーナー室に勝手に押しかけていいものなんでしょうか?」

 

「ああ、そういうことか。では、こちらから話を通しておこう。学園の見取り図を渡すから、君は森村トレーナーのトレーナー室へ向かうと良い」

 

「分かりました、ありがとうございます!」

 

 ルドルフさんから地図を受け取り、それを見ながら森村トレーナーのところへ向かおう。準備するものとかいろいろ聞かないとね。でないと、スタートラインにすら立てなさそうだし……。

 

 

 

 

 

――――――★――――――★――――――

 

 

 

 

 

 スノーラビットが生徒会室を出ていくのを見送った後、シンボリルドルフは立ったまま、もう一度、スクールモットーの額縁を見上げる。

 

「彼女は、彼女だけの”走る理由”を見つけられるだろうか」

 

「どうしたのですか、会長」

 

「いやなに、君とすれ違いざまに出て行った子の事だよ。エアグルーヴ、君は彼女のことをどう思う」

 

 ルドルフは森村トレーナーのところへ向かったスノーラビットと入れ違いになったエアグルーヴに尋ねると、エアグルーヴはルドルフの視線の先を辿りながら応える。

 

「それは一人の人として、ですか。それとも競争ウマ娘として、ですか」

 

「どちらでもいいよ、君の率直な意見が聞きたい」

 

「そうですね――――家族の生活の為、という理由で走るウマ娘はなかなかいないでしょう。とてもハングリー精神に満ちているかと」

 

「確かに。彼女自身はあまりよく分かっていないようだが、勇往邁進が似合うウマ娘はなかなかいないだろう」

 

 彼女が発した言葉には嘘偽りはないとルドルフも思っている。事実、彼女の家はトレセン学園に通うには到底不可能な財力しかないし、きっと特待生スカウト制度がなければ彼女は一生日の目を見ることはなかっただろう。

 だが、その走る理由は理性の上での理由でしかないと、ルドルフは直感的に感じ取っていた。それは数多のウマ娘の顔を見てきた経験からか、あるいは己の”皇帝”としての直感か。

 

「だが――――あの子の中にはとてつもない激情が眠っていると思っているよ」

 

「激情、ですか」

 

「そうだ。彼女は理性的な理由で、理性で走ろうとしている。おそらく、彼女は才能に満ち溢れている。それだけでも、十分一線でやっていけるだろう。だが――――」

 

「だが?」

 

「だが、ウマ娘の本能を見せていない。ただの直感でしかないが、彼女の中に”絶対”を見た。私と同じモノが眠っているに違いない」

 

 じっくりとその姿を見させてもらったのは他でもなく、彼女を一目見た時に感じたことに確証を持ちたかったため。あの子自身は気づいていないかもしれないが、ルドルフから見て、とてつもない才能とプライドを感じていたのだ。

 クラシックあるいはティアラ三冠を取るようなものではなく、ひとつの何かを極めるタイプになると思われるが、あのスクールモットーに相応しい能力を秘めていることに確信を得た。そう、自身が戦ったもう一人の”皇帝”のような――――。

 

「2年後が楽しみだ。願わくば、私の直感が正しい事を信じているよ」

 

 彼女の行く末が楽しみでならない。そう思いながら、ルドルフは一人その成長を拝める喜びをかみしめていた。

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