泥被りの白兎   作:水無月由真

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少しずつ感想も頂けるようになって嬉しい限りです。
数が少ないうちはよほど返答に困らない限りは返していけたら、と思っています。


EP.8 次走と合宿

「……………」

 

 今、私は自室で目の前に置かれたブツとニラメッコをしている。それはもう、自分では果てしない時間に感じるほど。

 

「おい、スノーラビット。いつまでソレを見つめているつもりだ?」

 

 呆れたように私とブツとを交互に見るキンカメちゃんをよそに、私はメイクデビューの時にゲート入りするみたいな心持ちでそのブツ――――神戸プリンに手をかけた。

 

 4個入りの箱の中に収められたソレを丁寧に取り出す。中には4つのプリンと別包装のカラメルソース、そしてスプーン。その三つをひとつずつ取り出し、残りは自分用の冷蔵庫へ。

 それからゆっくりと、プリンの蓋を取り払い、次にカラメルソースの封を切ってその上に垂らすと、みっちり詰められたプリンの上に溢れんばかりに満たされていく。

 

「…………よし」

 

 

「よし、じゃないよ。たかがプリン1個に何時間かけるつもりだ?」

 

 今振り返ったら、多分キンカメちゃんはゴミを見るような目で私を見ているだろう。

 だが、それは些細な問題じゃない。私は今から今まで滅多に食べたことがないお菓子、しかもその時食べたものとは比べ物にならないくらいの高級品を食そうとしているのだから。

 

 私は意を決して、スプーンを手に取り、プリンにそっと掬う。

 

 今、行くか。いや、まだか。――――いや、今だ。

 

 ゆっくりと、ゆっくりとソレを――――口に含んだ。

 

「……………………ひっぐ」

 

「おい、泣くほどか? 泣くほどなのか!?」

 

 やかましい。お前は何も分かっていない、このプリンの美味さを。なんだこれは……こんな美味しいものを気軽に売っているというのか、神戸。箱に書かれていた文句も理解できる。これが、本物のプリンなのか――――――これはダメだ、すぐに食べ切っていいものではない。毎週の楽しみにしよう。そう心に誓った。

 正気に戻ってから振り返ると、キンカメちゃんはそれはもう言葉では言い表せないくらい凄い顔をしてただ一言、『多分お前が世界で一番プリンを美味しそうに食べてるのは分かったよ』とだけ言ってきた。

 

 

 

 

――――――★――――――★――――――

 

 

 

 

「え、合宿ですか?」

 

 どたばたしながらも無事勝利したメイクデビューから2週間が経過しようとした頃。神戸プリンも後ひとつしかないので間違いない。ああ、神戸プリン……。

 ……さて、トレセン学園も先日夏休みに入った初日、私はトレーナーに私も合宿に連れていくと伝えられた。

 

「ああ。今年のメイクデビューは君だけだし、他にも未デビューの子はいるけど君だけ放っていくわけにもいかないからね」

 

「でも、夏合宿ってジュニア級の子が行くのはあんまりないって言ってたような」

 

 昨日の1学期最後のホームルームでの一場面を思い出す。その時担任の先生は『このクラスで夏合宿行く子はほとんどいないと思いますから、くれぐれもハメを外さないように――――』とか言ってたような。スカウトされていて、既にトレーナーが付いている子はキンカメちゃんの他にも何人かいるけど、キンカメちゃんですら夏合宿は行かないって言ってたような。

 まぁ、キンカメちゃんの実家そのものがかなりの家だし、家のほうが設備が充実してたりするのかもしれないけど。後メジャーちゃんも実家のトレーニング設備使うって言ってたっけ。ミンナカネモチ、インチキ…………。

 

「まぁ確かに、体が出来上がってない時から追い込むのも良くないから。けど、君はぶっつけのメイクデビューでいきなり勝てたわけだが、そもそもレースに出ようっていうウマ娘の基本を知らなさすぎる。だから、少しでもそういうのを覚えて、これからのレースに備えてほしくてね」

 

 まぁそうだよね、この2週間も色々と座学に練習に教えてもらってるけど、今一つ理解が追いついてない。ハーツクライちゃんにはあのレース以降『あんな無茶苦茶なレースは初めて見た』とか言われて、休み時間にはこんこんとレース展開へのお説教を頂いている。

 

「うーん、そしたら色々準備しなきゃいけないですよね」

 

「ある程度は学校から支給品が出るから、そこまで準備は要らないよ。日々の着替えとか、個人的に必要なものだけあればいい。それから次走なんだが――――」

 

 次走。そう、その話も大事だよね。この2週間、色々距離のタイムを取りながらトレーナーと検討したんだけどやっぱり距離は1200mよりは長いほうがいいという結論に達した。いずれはこのスプリント戦でも戦っていけるようにしたい、という方針だけど今は気持ちよく走れそうな距離を選んでいくことにしたのだ。

 

「次走は9月半ばのOPレース、ききょうステークス。芝の1400mだ。その後、11月の芝1800m戦、G2東スポ杯ジュニアステークス、そして1年の〆に12月の芝1600m阪神JFを基本線にしようと思っている。異論……というか、気になるところはあるかい?」

 

 今年はあと3戦、レース間隔もそんなものかな。正直あんまりよく分かってないけど、少なくとも無理なく間隔を詰めていきたいんだと思う。で、気になるところかぁ。えーっと――――

 

「これ全部1着取ったらいくらくらいですかね?」

 

 馬鹿か私。そこじゃないだろう。ほら、トレーナーも顔覆って笑いこらえてるし。

 

「――――くくっ、すまない。少しでもお金を稼ぎたいって気持ちは伝わってきたよ。だいたい、トレーナー報酬やら税金やらで差っ引かれて手元には5000万*1くらい残るんじゃないかな」

 

 さすがトレーナー、パッと大体の金額が出てくるなんて……ってごせんまん!!!?????? 金持ちじゃん!!!!!! 20年、いや30年は家族が美味しいご飯食べていけるじゃない!

 

「私絶対全部勝ちます」

 

「ははは、やる気があってよろしい。けど、本当に全部勝つつもりならこの夏はしっかりと練習していかないといけないね」

 

「もちろんです! あ、それともうふたつくらい」

 

 そうそう、真面目な話も聞いておかないとね。この年からお金ばかりの欲望まみれなウマ娘ってわけにはいけないので。

 

「良かった、お金だけじゃなくて安心したよ」

 

 いや、本当にお金に卑しい貧乏ウマ娘でごめんなさい。

 

「1400、1800と伸ばすのは分かるんですけど、ききょうステークスじゃなくて新潟ジュニアステークスだったり、札幌ジュニアステークスじゃ駄目なんですか?」

 

 決して、お金とかじゃない。決して。

 

「うーん、確かに君の目標を考えるとそこでも良かったんだけど、どうもそこまでメンバーが厚くなりそうにないんだ。楽に勝っても得られるものは少ないし、もっと先を見据えるべきだと思った。もう一つは1400m戦(短い非根幹距離)でどうなるか、というのも気になった」

 

 ああ、なるほど。距離の下限を試すってことか。1200mで私の感覚として難しい、と感じていたからトレーナーは200m伸ばしてどれだけ難しいを軽減出来る(忙しくなくなる)か、というのを知りたいんだ。もっと先を見据えるっていうのはつまり、

 

「『能力のピークを迎えたときに、一番能力を発揮できるレース選択を間違えにくくしたい』ってこと、ですか?」

 

「ご名答、よく分かったね。それがちゃんと分かれば、君の能力で最も稼げるローテーションなんかも考えられるだろう。それじゃあ、もうひとつは?」

 

「そうそう、阪神JFっていう話ですけど朝日杯じゃない理由ってありますか? ホープフルステークスじゃないのは分かるんですけど」

 

 これが一番気になった。私の現状を踏まえると、2000m以上は少し分が悪いらしいのでホープフルステークスじゃないのは理解できる。けど、阪神JFと朝日杯とでは競争条件が全く一緒なのに賞金は何故か500万くらい違う。

 

「これは来年桜花賞に出る都合、ティアラ路線に行くからだね。今年の時点でもう来年クラシック路線、ティアラ路線*2を選択しないといけないから、必然的に阪神JFになる。中にはそれでも朝日杯に出る子もいるけど、今年の有望株は大体ホープフルに行きそうだからなぁ」

 

 そうだ忘れてた。今年にはもう選ばないといけないんだよね、クラシック路線の登録。適性がはっきりしなくて両方登録する凄い子もいるけど、大抵はどっちか一方に絞るものらしい。というか、ウイニングライブの都合もあるし、両方練習するっていうのは何かと無理が付き纏うし。ちなみにクラシック路線三冠を全部勝ったら1億円貰えるらしい。うぐぐ、私に中長距離の才能が有れば……!!

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

「いやいや、疑問が晴れたなら何よりだ。さて、今日の練習だけど――――」

 

 そこでお話は終わり、練習の時間にするみたい。すぐに今日の練習内容が提示され、私はそれに従ってメニューをこなしていった。そして、あっという間に練習時間も終わり、ロッカーで着替えをしていると先輩のウマ娘、トマラナイオルガ*3さんとスズカホーク*4さんから話しかけられた。

 

「ねぇ、スノーラビットちゃんって合宿初めてなんだよね。良かったら今日、一緒にショッピングモール行かない? ほら、今日金曜日だし」

 

「え、良いんですか?」

 

「いいってことよ、可愛い後輩と一緒にお出かけしたいし」

 

 ニッコリと笑うオルガさん。スズカホークさんはともかく、なんだかオルガさんってこう、なんか、なんとも言えない面白い何かがある気がする。いや、方やオープンウマ娘、方やクラシック路線で一定の結果を残してるウマ娘を捕まえて何言ってるんだって話なんだけど。

 そんなわけで手早く着替えて身支度を整えて、3人で一応寮長フジキセキさんに念のため門限時間の延長を申請して、近くのショッピングモールに向かった。

 

「いやぁ、本当に広いですね……ここ」

 

「スノーラビットちゃんは来た事ないの?」

 

「はは、まぁ家が貧乏なので……」

 

「いや、別に貧乏でも来ると思うが……」

 

 私の謙遜に、オルガさんが突っ込みを入れてきた。まぁ正直なところ、もっと安い穴場の商店をきっちり巡ってきたってのが正しい。ああいうお店は、しっかり店主のおっちゃんおばちゃんと仲良くなっておくのが、安く食べ物を買うコツである。

 

「それじゃあ、早く行こうか!」

 

 スズカホークさんの先導で、雑貨店やトレーニング用具のお店を色々と回った。タオル類やタンブラーなんかは自分で用意しないといけないから、結構な出費だ。でも、それでも1個1個の値段は大分安いし、なによりメイクデビューでの出走手当*5がある。賞金は年末調整とか諸々が終わってからだけど、出走手当はすぐ貰える。でもないと、何かとウマ娘個人が困る事があるそうだ。

 

 まぁでもやっぱり心は女の子。本来の目的である合宿に必要なお買い物で済むはずがなく――――

 

「あ~~~~! これ可愛い! ねね、オルガもそう思わない?」

 

「これはいいな、買うか!」

 

 などと言って、よく分からない雑貨をお買い上げする先輩達。次に立ち寄った服屋では――――

 

「ラビットもお出かけする時にはちゃんとおしゃれしたほうがいい。ここはかなり安い店だし、ある程度はここで揃えておいたほうがいいぞ」

 

「あの、でも私そういうのには詳しくなくて……」

 

「大丈夫、私達がちゃんと見繕ってあげるから!」

 

 など、色々言いくるめられて先輩と店員さんに着せ替え人形にされたりした。ちなみに服は上下合わせて3コーデぶん買うことになってしまったし、その後立ち寄った美容品売り場でも色々買わされたけど、半分は勝利お祝い代わりに2人がお金を出してくれた。本当にありがとうございます……。

 結局、6~7万円くらい使い込んでしまった。結構色々買ったけど、思ったよりもお金が掛かってないというか、今までどれだけそういうのにお金を使って来なかったのか、というか。

 

 そんなわけで、一通りお買い物が済んだのでフードコートで3人で思い思いの食べ物で夕食を採っている。

 オルガさんはステーキ定食を、スズカホークさんは海鮮丼を、そして私は大盛のざるうどんを。

 

「いやぁ~久しぶりに散財したわぁ。この間新潟大賞典勝ってて良かったぁ~……」

 

「むぅ、少し良い蹄鉄買ったし、ちょっと節約しないとな」

 

「二人とも、本当にありがとうございます。その、ご飯まで奢ってもらっちゃって」

 

 申し訳なさそうにしている私を見て、二人はあっはっはっ、と笑い出す。

 

「良いのよ、私達先輩なんだもん。この世界、何年も居座れるわけじゃないし、後輩がいるって本当に尊い世界だからさ」

 

 競走人生なんてあっという間よ、と言いながら箸を持て余したようにくるくると回す。

 

「それより良かったの? うどんだけで」

 

「え? ああ、はい。まぁこれでもウマ娘用だしめちゃくちゃ多かったですけどね……」

 

 マンガ盛のご飯かってくらい多かったんだよね、ウマ娘用大盛ざるうどん。それをきっちり食べ切れた自分にも驚きだよ。カフェテリアのご飯が美味しいから、どんどん箸が進んじゃう。最近少しずつ身体が大きくなってきた気がする。

 

「ふふ、本格化を迎えると身体って一気に変わっちゃうよね」

 

「ほんとソレ、私は3か月に一回は下着一新してた気がする」

 

 うんうん、と頷く先輩方。どうやら、同じ悩みはこれから私も抱えることになりそうだ。

 

「まっ、ラビットちゃんもそのうちもっと成長するわよ。まだまだ身体細いしね」

 

「色んな人に言われますね、ソレ。この夏で少しでも鍛えないと……」

 

 合宿は来週の月曜日から。きっと物凄く大変な1か月半が始まるだろうし、一生懸命練習しないとな。

 私はそう決心したのだった。

*1
細かい計算はしていません

*2
中長距離を目指すウマ娘、中距離までのウマ娘、みたいなクラス分けが自然と史実における牡牝に分かれる解釈。短距離マイル勢は余程の事がない限り、桜花賞のためにティアラ路線も選択しないことが多い

*3
架空ウマ。スノーラビット同様、作者がウイポで生産した馬。画像データ紛失のため父不明、母不明

*4
同上。父サイレンススズカ、母自家生産牝馬。ウマ娘のサイレンススズカとの関連は不明

*5
史実における特別出走手当。拙作におけるウマ娘世界には存在する。見間違いでなければ新馬で50万。加えて史実における内国産馬奨励賞にあたる手当も加えて、スノーラビットは250万を得た。ウマ娘世界に牡牝の概念はないため、内国産牝馬奨励賞に当たる手当は存在しない




自分で生産しといてなんだけど、トマラナイオルガってなんだよ……
初代の当馬はJBCスプリント勝ったとはいえ、1400mしか走れない珍馬でした。
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