眠ることの無い俺のロドスライフ   作:明智結依

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白夜と太陽

 夜は好きだ。

 

 静かで、誰にも邪魔されず、自分の時間を過ごす事ができる。

 1つの事に没頭することで、時間などあっという間に過ぎていく。

 

 

 

 ……夜は嫌いだ。

 

 寂しく、誰も居なく、自分だけが取り残されたような感覚に陥る。

 眼を閉じ呆然とする時間が途方もなく長く感じ、嫌なことが無限に頭の中を侵食していく。

 

 

 

 

 

 どちらとも、今までに自分が思ったことがある感情だ。

 長い時間に意味があるかないかで夜への感情は簡単に変わる。ただ単に意味がある時は楽しく、意味が無い時は苦しかった。

 

 鉱石病に感染し眠れなくなった夜は、これからの絶望を噛み締めさせられた時間であり、徐々に苦しみは深くなった。

 とあるお嬢様の護衛として屋敷にいた時は、懐いていたお嬢様やそのお嬢様を守る役目もあり、夜は苦痛ではなかった。

 多額の謝礼を報酬として貰い、移り住んだ街での怠惰な生活の時は、自分が何をしているのか分からなくなり、地獄のような長い時間が拷問のように感じられた。

 傭兵として放浪していた時に出会った姉妹の護送の旅は、嘗てのお嬢様を思い出し、彼女らを守る夜は大いに自らを満たしてくれた。

 

 

 今はどちらであろうか。

 手元でカチャカチャと鳴る金属の擦れる音だけがこの空間を支配する中で手を止めずに考える。

 

 現在務めているこの会社では、患者、兼雑用の事務員として日々忙しく動いている。

 ここは製薬会社、ロドス・アイランド。移動型の要塞基地であるが、こうして作業している中でも揺れはほぼない。大層な施設である。

 

 ロドスへ職についた経緯は、鉱石病の治療の為にロドスへ護送した姉妹や偶然にもロドスにいた顔見知りが要因だった。

 鉱石病の治療など興味は無く、護送が終わればまた傭兵にでも戻ろうかと思っていたが、そんな事は彼女らやロドスの医者が許さず。やけに攻撃的だったり、達観していたり、テンションが高かったりする医者達に問答無用で医療室へ連れ込ま(拉致さ)れ検査となり、CEOや指揮官やらのお偉いさんに丸め込まれ、こうして所属することとなったのだ。

 

 グッ、っとボルトを締め、一段落した俺は休憩とばかりに床へと倒れ込み、顔を腕で覆う。眠らずに作業を続けていた為、疲れきった身体を脱力させるが、眠気は全く無かった。

 

 

 それもそのはず。

 俺は()()()()()()()()のだから。

 それが俺の鉱石病の症状。発症してから今まで自力で眠った事は無い。不眠による障害は一切発生せず、薬も効果はない。肉体の疲れは感じるものの、少し休憩するだけで回復してしまう。

 最も衝撃や酸欠により気絶などはしたことはあるが。

 

 誰もが静まり返る時間に自分だが取り残されたように感じてしまう。

 だから夜が嫌いだった。

 だから夜1人でいる事が苦痛と感じ始めた。

 だから夜に意味を見出すことを始めた。

 だから夜に仕事をすることを選んだ。

 だから夜に考えるより身体を動かすことを優先した。

 

 長く無駄な時間を(ことごと)く無くしてしまおうとした。

 

 だから今でもこんな夜は……、

 

 

「ビャクヤ?貴方、また夜通しで作業してたの?」

 

 

 俺だけの筈の空間にさざ波のような透き通る声が響く。

 一瞬思考が止まるが、徐に上半身を上げ部屋の入口を見るとそこには一人の女性が立っていた。

 白銀の髪。惜しげもなく露出された太もも。その間から見える細い尻尾。尻尾にも付いている葉のような皮弁に似せたアクセントのカチューシャと髪留め。惹き込まれるような紅い瞳。傍らに浮遊する小さな機械生物。……太めの眉毛。

 彼女の表情は困惑と怒りが混じったようなものとなっており、腰に手を当てて大層御立腹なようだ。

 

 

「先週言ったよね。無理するのは禁止って。」

「無理はしてないですよ。ウィーディさん。」

 

 

 ウィーディ。それが彼女のコードネームである。本名は知らない。対して俺のコードネームはビャクヤ。どれもCEOや指揮官ーードクターが付けた名前だ。名付け理由はひ弱な"weedy"と、夜がない"白夜"。失礼かどうかは置いておくとして、ネーミングセンスは流石であると言わざるを得ない。

 

 ロドスの古参であるエンジニア部門のウィーディさんは、華奢な見た目通りの低い身体能力ではあるが、ロドスの出撃の際に良く起用されるほど優秀なオペレーターであり、もはやそれはエンジニア部のエリートオペレーターと言っても過言ではない程だ。

 

 そんな彼女がここに来たのはここがロドスのエンジニア達の作業部屋だからであろう。今の俺の所属はエンジニア部であるため、俺の上司とも言えるウィーディさんが此処に来るのは、この深夜である時間を除けば全くおかしくはない。現に俺が作っていたのは修理を行う水道管の設備の一部である。

 先日、危険な薬品を流し捨てて水道管を爆破したオペレーター(問題児)がおり、その修理対応をしていたのだ。そんな危険を薬品を適当に流し捨てた為か、爆発して破損した箇所以外にも水道管を交換しなければならない箇所があり、それなりに大きい規模の事件となっている。

 そんな大事な状況であるのにエンジニア達がこうして深夜の残業作業に明け暮れていないのは、激怒したウィーディさんが罰として残業での復旧作業を禁止したからである。勿論、応急処置などは行っているが、未だに復旧は出来ていない。

 その為、しばらく水道が使えない薬品部門は大層困っているらしく、その怒りは原因であるオペレーターへと向けられていたが、彼は特に気にするでもなく飄々としていたのには苦笑するしかなかった。

 

 

「はぁ……、深夜作業禁止って通達した筈だけど。」

「勘弁して下さいよ。今日は何処も人手が間に合ってるらしくて、やる事が無かったんです。」

「ソーンズへの罰でもあるんだから。」

「罪のない薬品部門の方達が可哀想じゃないですか。」

「それはそうだけど……。」

「それにワルファリン先生も大層お怒りでしたよ。」

「うっ、それは早くどうにかした方がいいね……。全く、彼は一度反省した方がいい。」

「ハハハ、俺もそう思います。」

 

 

 彼女の優しさを利用し、他の職員の名前を使ってなんとかウィーディさんを説得する。それでも、彼女は俺が仕事していることが気になるようであった。

 

 

「ビャクヤも1日なら休んだ方が……。」

「ウィーディさん。」

 

 

 少し強めの呼び掛けにビクリとして口を噤むウィーディさん。失言だと気づいたのか、眉を下げ俯き気味となる。

 

 

「俺の存在意義を奪わないで下さいよ。」

「……ごめんなさい。」

 

 

 少し困ったように、はにかみながらお願いをするとウィーディさんは素直に謝罪の言葉を口にする。

 ロドスは中々にホワイトな会社だ。世界から忌み嫌われる鉱石病の感染者を受け入れているだけあって、それなりに所属人数も多い。抗争も絶えないため命の危険はあるが、決して従業員に無理をさせることはない。……まぁドクターは何やらCEOから激務を言い渡されているようだが。

 そんな会社であるから、24時間活動する俺はそこそこ有名だ。今でこそエンジニア部で仕事を貰う事が多いが、ロドス内部の色々な場所に出没する為、ある意味のワーカーホリックと言うことで重宝されたり注意されたりと、評価は様々だ。

 

 

「すいません。でも、気にかけてくれるのは嬉しいです。ありがとうございます。」

「……そう。」

 

 

 どこか安心したように返事をしたウィーディさんは工具を手に取り、俺のやっていた仕事の手伝いをし始めた。

 再び静寂に包まれる部屋。しばらく彼女の仕事姿を観察していたが、スカートの短い彼女を床に座って後ろから眺めているのは申し訳ない気持ちになり、自分もと彼女に並び手を動かし始める。

 直前に一度床に寝転がろうとしたが、それは辛うじて耐えることができた。原因はドクターに万年不足している理性が俺にはあったためだろうか。何にせよ敢えて覗き見る様なことを自制したことについては自分を褒めてやりたいくらいだ。

 

 途中、確認のために会話を何度か挟みつつも、作業を進めていく。事件から数日経っていたことや、俺が進捗を進めていた為に、仕事を再開してから程なくして交換のための部品が全て完成する。

 

 

「ふぅ、これで今日の午前中には復旧作業始められるね。」

「お疲れ様です。ウィーディさん。」

「ん、ありがとう、ビャクヤ。」

 

 

 最後の確認作業をしていたウィーディさんに清拭用の使い捨てタオルを渡す。

 彼女は潔癖症であり、汚れや不潔を嫌っている。工業の仕事をしている為どうしても汚れたり、動いて汗をかくことになる。部屋に戻れば身体を洗うのであろうが、こうしたこまめな清拭は彼女の癖の1つだ。

 その為、エンジニア部門の至る所にこのようなアイテムが設置してあったりする。

 

 

「ふぅ……少し眠いわね。コーヒー入れるけど要る?」

「はい、頂きます。」

「分かった。リーフ、手伝って。」

 

 

 ウィーディさんはリーフというサポートロボットへ声を掛けると、作業部屋に隣接されている休憩部屋へと移動する。

 後に着いて部屋に入ると、コーヒーの豆を用意する彼女の傍らで器用に脚を使って電気ケトルに水を注ぎ、お湯を沸かし始めるリーフが見える。

 彼ーー彼女?はウィーディさんの一族に伝わる支援ロボットのようなもので、彼女なりに改良を加えたオリジナル機であるらしい。初めて見た時は大層驚いたのを覚えている。

 ロドス内には喋ったり、ペットのようなロボットが何体もおり、ここエンジニア部で整備のために良く見るため今では慣れたものだ。

 

 席に着き、ウィーディさんの後ろ姿を眺めながらコーヒーの完成を待つ。潔癖症の彼女ならではなのか作り方にも加減はないようである。

 

 

「はい、どうぞ。」

「ありがとうございます。」

 

 

 差し出されたコーヒーカップを持ち、少し息を吹きかけ気持ち冷ましながら口へと運ぶ。適度な苦味が口内に広がり、眠気の無い自分でも少し意識が覚醒するような錯覚を感じる。

 

 

「ウィーディさんがこんな時間に起きてくるなんて珍しいですね。」

「早くに目が覚めちゃって。寝れないから軽く軽食でもと思って食堂行こうとしたら、ここの電気付いてて驚いたんだから。」

「あら、それはすいません。空腹で作業させちゃって……。」

「大丈夫よ。食前の運動と思えば軽いもの。」

 

 

 こんな深夜に食事を摂ろうとするなんて珍しいと思いつつも、偶にはこういうことがあってもいいかと自分を納得させる。

 ……もしかしたら居眠りするウィーディさんの寝顔が見られるかも、なんて邪な考えが脳裏を()ぎる。

 

 

「でも、いいんですか?こんな時間にもの食べたら寝れなくなりますよ。」

「大丈夫よ、寝ないから。」

「夜遅くから起きたままなんて、ウィーディさん初めてなんじゃないですか?」

 

 

 キョトン、と一瞬意味が分からなかったのか、動きが停止するウィーディさん。少し間を空けて眉間に手を当てながら長い溜息をつく彼女を見て、あ、怒っているなと直ぐに理解する。

 

 

「…………はぁ、前言撤回。」

「え、なんです?」

「ビャクヤ。今何時だと思う?」

「……3時くらいですか?」

「ハズレ。6時過ぎ。ちなみに私が此処に来たのは5時くらいよ。」

「……。」

「……。」

 

 

 コーヒーを呑み、一息つくまで沈黙が2人を包む。

 ウィーディさんは目を瞑り、仕方ないと言わんばかりに再びため息をつく。静かに怒りながら、俺の反応を待っているようであった。

 

 

「ごめんなさい。休憩します。」

「よろしい。」

 

 

 素直に頭を下げ謝罪すると、ウィーディさんは満足そうに頷く。コーヒーを飲み干し、ご馳走様でした、と一言告げると、休憩をする為に休憩室を後にする。

 

 休憩、と言っても彼女が来る前にある程度休憩はしていたし、元々疲れが取れやすい体質なので、そこまで疲れている訳では無い。ここでの休憩とは、"風呂に入る"、ただそれだけである。

 

 

 これはウィーディさんとの約束だ。

 

 あの日、彼女と初めて邂逅した日。

 俺がウィーディさんに一目惚れした時の約束。

 

 侮蔑と同情しか受けてこなかった俺をただ()()()と罵った彼女に興味を持ち、その興味は直ぐに恋慕へと昇華した。

 無理にでもと手伝いを請け負おうとして、彼女に言い渡されたのが、先の約束であった。

 

 

 

 これは煩わしい太陽の昇る(眠りのない)白夜(ビャクヤ)が、初めて太陽(ウィーディ)()欲しいと思った(恋焦がれた)物語。

 

 




 ウィーディ誕生日記念。

 更新頻度は不定期。現在プロットは3話。
 何やら途中で名前を出さなかったオペレーターが何人か居ますが、一応何となくしか考えてないです。
 他にも出したいオペレーターもいるので続くとは思います。
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