読者の皆様には旧年中格別の御引き立てを賜りまして、誠にありがとうございました。
本年も何卒、拙作を宜しくお願い致します。
週末にろくに眠れなかった影響で遂に邪眼に目覚めた*1河原撫子の月曜日は、衝撃と共に始まった。
学級委員に決まってから一応早め*2に登校している彼女が誰も居ない校舎玄関でいつも通りに靴箱を開けた、その直後。彼女はその中に覗く、白い洋封筒を発見したのである。
ご丁寧にハート型のピンクの封蝋までされた本格的なその形状を見た撫子の脳は瞬時に覚醒し、熟練のスリのような動きでその便箋を内ポケットに仕舞い込むと、何食わぬ顔で上履きを取り出し、努めてゆっくりとトイレに向かって歩いていく。
そうして個室に入り、便箋を取り出してその香りを軽く吸い込めば、確かに疼く撫子の子宮*3。それを確認して丁寧に封を切れば、中から出てきたのは正真正銘のラブレターだ。
『河原撫子さんへ 僕とお付き合いしてくれるなら、今日の放課後に駅前のジャンクカラオケの319号室まできてください 皇塚桔梗より P.S.証拠の為に自撮りを同封しておきます』
そんな簡潔な言葉の書かれたポストカードと、『撫子ちゃんへ』と書かれた紙を手にした私服の桔梗少年の写真。それらを速攻で教科書の中に挟み込んで保護した撫子が後日ラミネーターを買おうと決意したのは、女子として当然の振る舞いと言える。
だが、一般的な女子ならこのトイレで1発と言わず数発は致しておくべきところで、撫子はなんとナプキンとタンポンを装着するに留めてトイレを立ち去り、教室へと向かう手を選んだ。
その目的は当然————。
「おはよう。あれ、早いね撫子ちゃん。学級委員だからってそんなに真面目にしなくても良いのに」
————などと嘯きながら、こちらに向けて微笑む皇塚桔梗少年その人だ。
少し推理すればわかる事。撫子が学級委員として少し早めに登校している*4以上、彼女の靴箱に手紙を仕込むには、もっと早く登校するより他に手は無い。ならば、今教室に向かえば朝のHRまでの時間を桔梗少年と過ごせるのでは?
そう踏んだ撫子の推理にはなんの破綻もなく、事実として早朝の教室に彼は居た。
だが、彼女が思考から無意識のうちに省いた要素が、彼女の予想を裏切ってくる。
「おはよう、撫子さん。……ねぇ桔梗くん、これなら今のうちにLIME交換した方が早いんじゃない?」
「まぁそうかも? ……あれ、どうしたの撫子ちゃん、固まって」
「あ、いや。ゴメン。えっと、おはよう、皇塚くん。諸葛さんも」
そう。皇塚桔梗あるところ諸葛芳子あり。何故か*5付き合っているこの2人は高級マンションから一緒に出て来る所を見たという証言*6が広まっている通り、公然の事実として彼等は同棲しているのだ。
なので、彼が登校しているのなら、諸葛芳子が登校しているのも当然の事。と、そこまで思索を巡らせて、撫子の脳裏に浮かぶのは、一つの疑問。
————同時に登校したとすれば、桔梗少年が靴箱に恋文を仕込む所を見ていたのでは?
————それはつまり、目の前で他人に懸想する恋人の姿を見たという事で。
思わず伺う様に諸葛芳子の方に視線*7を向ける撫子。だが、その先に居る芳子が返してきたのは、微笑み*8だった。*9
「撫子さん。私達7人は家族になるんだし、そんなに遠慮しなくても良いよ? 下の名前で呼んでも大丈夫」
その一言は、つまるところ『正妻公認』という事で。ただ、気に掛かるところも当然ある内容だった。
「……桔梗くん、正妻と側室、ウチ入れて6人いるの?」
「うん。そうだよ撫子ちゃん。……この1週間ずっと、撫子さん達を狙ってたんだよね。芳子ちゃんは我慢できなくて初日に攫ったけど*10」
そう告げる美少年の笑みの向こうに、どろりと溶けた蜜の様に甘い猛毒を幻視したのは、撫子の本能が『絶対捕食者』への最後の抵抗として見せたもの。だが、女なら誰もが抗えぬほどの魅力を持つ美少年が、自身に本当に懸想しているという甘美な呪いは、撫子の心を残酷なまでに高鳴らせ、彼女の脳裏には既に自分を含めた6人の花嫁を侍らせ、結婚式場でブーケを投げる*11桔梗少年がありありと思い浮かび————芳子と自身を除いた残りのメンバーの顔に靄がかかっていた事で、そのイメージは強制的に現実へと引き戻された。
「えっと、残りの人って————」
「おはよーっす! あれ? 学級委員2人ともめっちゃ早いじゃん! あと諸葛も。どしたん? ……え、今日ってなんか行事あったっけ? アタシそれならマジ拙いんだけど。朝練の準備しかしてねーべ」
「大丈夫だよ。ちょっと別件でね。……*12伊藤さんは?」
「アタシは野球の朝練だな。他の部活ももう上がりだと思うわ。汗臭いままじゃ男子生徒に悪いってんで基本7時半までなんだとさ」
「へー。それはなんか悪いね」
「いや? 『1-Aは男子居るからシャワー優先!』とか言ってキャプテンより先にシャワー行けるからむしろ有り難えよ」
「そっか。今度キャプテンさんに皇塚桔梗がお礼言ってたって伝えといて」
「おうよ。……皇塚おめー、良いやつだよなぁ。普通の男はシャワー浴びても『運動部は臭えから寄るな』の一点張りらしいってのに」
「そうかな?」
「間違いねえよ」
「ういっす、おはよーさん。————あれ、何してんの伊藤。ナンパ? やめろよな〜お前、彼女の諸葛さんの前でそういうの」
「ちげぇわ! なぁ皇塚、このサッカー軟派バカの佐々木になんか言ってくれよ」
「ごめんなさい伊藤さん、僕っ、心に決めた好きな人が……!」
「いやそっちにノるんかい!」
なんて風に、帰って来てしまった朝練運動部達と朗らかに会話し始めてしまった*13桔梗少年。だが、彼が注意を惹きつけるその最中、芳子から伝えられた『放課後のカラオケに全員呼んでるから』という耳打ちによってどうにか疑問の先延ばしを納得した撫子は、気持ちを切り替えて学級生活を送るべく、1限目の準備を開始する。
彼女にとって、学級委員という立場は『桔梗と共に作っていく』もの。自分が妙な事をして桔梗の株まで纏めて下げられてたまるものかと気合を入れている彼女の授業態度は、まさに理想的な生徒のそれだ。*14
なお、健気にパートナーに尽くそうとするそのいじらしさはしっかりと桔梗少年の『地味子レーダー*15』によって伝わっており、撫子は桔梗の中でますます『可愛い系』扱いされる事になるのだが、それはまだ撫子の知らない話であった。
好きなキャラクター
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皇塚桔梗
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粟草紀子
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尾花茅子
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河原撫子
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袴田藤子
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萩原久仁子
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諸葛芳子