時刻は少し遡り、火曜日の夜。
「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする?」
などと問う芳子のベタなセリフに「お風呂をもらった後芳子ちゃんを頂いてそれからご飯かな」とこれまたベタに返した桔梗少年は、現在本日4度目の入浴*1を終え、芳子と食卓を囲んでいた。
桔梗少年は茅子の家ですでに一度夕食を摂ってはいるが、先程激しい運動をした事もあり、しっかりとハンバーグを頬張っている。というか仮に満腹だとしても可愛い妻が作ってくれたものなら満漢全席だろうと平らげてみせるのが皇塚桔梗という変態だ。付け合わせの茹で野菜共々気持ちいい程のペースで食べ進め、おかわりまでしてみせるその姿には『健啖』という言葉がよく似合う。
そんな彼をニコニコと見つめている芳子。しばらく実に幸せそうにそうしていた彼女は、ふと思い出したかのように問いを投げた。
「それで、茅子ちゃんとはどうだったの?」
「もちろんたっぷり楽しんだよ? 優しくはしたけどね。初めてだったし」
「そう。デートの方は?」
「ゲーセンとネカフェに連れてって貰ったよ。ふふふ、茅子ちゃんらしくて可愛いよね♡ 頑張って考えたんだろうなぁ♡*2」
「……桔梗くんって、本当に変わってるよね」
「そうかな?」
「うん。だって普通の男の子なら————」
そう言って、芳子が語るのは当然の常識。
そもそも男性とは月に年金30万+結婚助成金、それに加えて月一回の献精でも謝礼が出るという、安定的収入を約束された存在。加えて、そもそも『人的資本価値』自体が有象無象の女性より高い存在なのだ。
この世界のこの国で男性1人が生涯に作る子孫数は平均132人、世界で見れば平均173人*3。かつては『後宮』を築いて維持されていた出生率は、技術の発展による精子バンクの実現で、今や容易に維持管理される数値と化している。
何しろ、この世界の女は『美貌』もさることながら『子供の数』とそれを養い得る『経済力』こそがステータスとなっており、海外セレブが多胎妊娠で異様に膨れた腹をSNSにアップするのは日常茶飯事。
女の側が産みたがりなのだから、後は精子バンク側で供給を調整すれば出生率調整は容易というわけだ。
となれば、より大量かつ高品質の精子を有する国家は長期的に見た国力が高くなる訳で。その原資となる男性の資本価値が高くなるのもまぁ当然の事。
後は其処に現代文明で醸成された人権の概念やら何やらをトッピングすれば、『男性様』という特権階級の出来上がりなのだ。
社会に特別扱いされ、身内には溺愛され、天狗の鼻が折れずに育つ男の子達がどうなるかは想像に難くない。もちろん中には桔梗少年の父*4のように『優しく穏やか』な性格の男性も居るが、そう言った男性は非常に稀と言っていいだろう。というか『皇塚』の名の通り若干やんごとない家系なので、正確には彼等は『家柄がいいので育ちも良い』だけの外れ値的存在だ。
つまるところ、普通の男性とは実際に特権階級であり、チヤホヤされて当たり前の良い御身分。そしてその反面、性に飢えた女達に常時狙われる存在でもある為、女性に対して警戒心が強い。
まぁ要約すると、異世界で言う『高飛車な女性』に当たる存在ばかりなのだ。メスガキみたいなオスガキしか居ない、といえば分かり易いだろうか? 加齢すれば非常にキッツいのもよく似ていると言えよう。
そんな世界において、性的にバリアフリーなドスケベモンスター美少年である桔梗少年が『変わってるよね』と評されるのは比較的穏便な表現とすら言える。
何しろ、桔梗少年は『美少女を自身の性的対象に含めていない』という一点を除けば正に理想の美少年。一挙手一投足毎にエロスを振り撒き、ボディタッチのガードはゆるゆる。頼めばハグやほっぺキスぐらいならほぼ誰にでもしてくれるその存在は、この世界においては高濃度放射線源よりも危険だ。
更に言えばこの男、割とマジで国家レベルの危険物である事が、すでに行政レベルで認識されていたりもするのである。
「そういえば桔梗くん、何か保健所から書類届いてたよ?」
「保健所から? ああ、この前の献精の結果かな?」
「献精? いつの間に?」
「入学前にね。高校生からは義務だしサクッと済ませといたんだ」
なんて会話を交わしながら、芳子から手渡された封筒の封を切る桔梗少年。A4サイズの茶封筒に収められたその中身は、いわゆる健康診断書のようなデータシートと、書類が1通。
「生殖能力評価:EX? A〜Eの5段階評価じゃなかったっけ?」
「桔梗くん、講評のところ。説明があるよ」
「ありがとう芳子ちゃん。えっと……貴方は今回の献精において液量15L*5、濃度1500億個/mL *6、総数2250兆個*7、運動率100%、正常形態率100%と判定されましたので、規格外評価EXとなっております————なるほど? で、こっちの書類は献精の補助金……100万!? ボロ過ぎない?」
「いや、むしろ買い叩かれてるよ? 多分、法の範囲で許される最高額が100万円*8なんだとは思うけど」
「流石特待生、芳子ちゃんは賢いなぁ。……でもやっぱり『ボロい』気がするけどね? 献精行く度に100万円でしょ?」
「桔梗くんのがそれだけ異常だって事だよ。それに、昔は良質な精液は同量の金と交換出来た*9訳だし、やっぱり安いと思うよ?」
「それって大航海時代とかじゃない? ……うーん、大袈裟な気がするのは僕だけなのか?」
などと言っている桔梗少年だが、実際問題この世界基準ではおかしいのは彼だけだ。既に彼の存在は政府中枢にまで知れており、官僚たちがその強力な子胤を如何にして活用すべきか頭を悩ませ、公安や内調が既に暗闘を開始しており、彼を狙う他国との闘いが激化している。
その上で言うならば、彼の初搾りである件の献精は彼から見て遠縁の『超やんごとないお方々』に余さず献上されており、血統にも問題なし*10という事で既に『使用済み』だったりするのだ。
つまり、正妻や側室とは避妊しているのに来年には桔梗少年の知らぬところでロイヤルな子孫が増えていることになるのだが、こればっかりは桔梗少年でも察知出来ない事象である。*11
更には現在桔梗少年の暮らしているマンションについても既に最上階以外の全ての部屋が国家権力により制圧されており、独身オフィスレディに扮した内調やら公安やら情報保全隊やらが入居する魔窟と化しているのだから、桔梗少年や妻達、そして同級生達の知らぬ間に、事態はかなり激化していると言って良いだろう。
だが、知らぬが仏とはよく言ったもの。明細を手に『多い』『少ない』と他愛も無い会話を交わす桔梗少年と芳子には、外の世界の騒ぎなど全くまるで関係が無い話なのだ。
尾花茅子が人心地つき、例の『凄い目に遭ったっス』との報告をするまで後少し。
2人の夜を穏やかに楽しむ馬鹿ップルは、只々自分達の世界だけを見て愛を確かめ合っていた。
好きなキャラクター
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皇塚桔梗
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粟草紀子
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尾花茅子
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河原撫子
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袴田藤子
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萩原久仁子
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諸葛芳子