時は流れて昼休み。列を譲ってもらうでもなくシンプルに脚力にモノを言わせて一番乗りする事で、個数限定販売のスペシャルカツサンドを3つばかり調達した桔梗少年は、紀子——と、購買派の伊藤嬢——の元に意気揚々と帰還し、購買前のカフェテリアで昼食会と洒落込んでいた。
「はい、カツサンド」
「おう、すまんなパシって。————粟草、そこ計算式ミスってんぞ」
「ひぃん、どこどこ?」
「例題3。2乗抜けてる」
「げ! ありがとう
なんて微笑ましくも学生らしいやり取りは、必死で桔梗少年のノートを写す紀子とそれを横から見つつ適宜ミスを指摘する伊藤嬢によるものだ。
忘れがちだが、桔梗少年はドスケベ美少年ではあるものの、それ以前に万能無敵美少年。当然板書も完璧であり、先生のコメントを適宜文字起こしして追記してある彼のノートは、印刷すれば即座に教科書の副読本として販売できるほどのクオリティだ。それを写せば紀子のノートのクオリティは間違いなく上昇するだろう。
とはいえ、それはしっかり間違いなく複写してこそ。その見張り番を『なら代わりにカツサンド買ってきてくれ。ほい200円、釣りはいらん』の一言で買って出てくれた伊藤嬢に頼み、桔梗少年はひとっパシりしてきたというわけだ。
「しっかし足速ぇな皇塚。野球部来ねえ? アタシらを甲子園に連れてってくれよ」
「いや、樹莉亜ちゃん、高校野球は女子競技*2じゃん」
「実は監督とかキャプテンは男でも良いんだなぁコレが。チームメイトも美人男子マネでも居ればやる気出るだろうし。……ってのはまぁ冗談として。そう言えば粟草と皇塚は部活何やんの? アタシとか佐々木*3みたいにスポーツ特待生ってわけでもないなら*4、そろそろ選ぶ時期だろ?」
なんて、実に高校生らしい話題を提供しつつカツサンドを頬張る伊藤嬢は、そんな豪快な姿すら一枚の絵画のように美しく、それ故に桔梗少年の相棒は100年前に枯死した芋虫の様に縮み上がっている。そういう点では彼女は粟草紀子の自主学習において真の救世主と言えるだろう。*5
そして、ノートをせっせと書き写している紀子も、そんな会話に参加できないほど忙しい訳ではない。
「私は水泳部*6かなやっぱり。……あ、カツサンド美味しい」
「そういや自己紹介で言ってたっけ。確かに良い腿してんもんなぁ。で、皇塚は?」
「僕は帰宅部かなぁ。ほら、夜はお嫁さん達との時間に使いたいから明るいうちに家事とかしないと」
「ふぅん。……でも家事ってそんなに貯まるもんか? 諸葛と同居*7っつったって知れてるだろ?」
そう告げる伊藤嬢の表情に浮かぶのは、純粋な疑問。彼女も親元を離れて自活しているが、運動部である彼女でもそこまで洗濯やらに追われた記憶は無いからだ。
だが、そんな疑問に対する桔梗少年の回答は、野球部の伊藤嬢を以ってしてもキャッチャーミットごと吹き飛ばされかねない豪速球であった。
「まぁぶっちゃけ毎日シーツ洗ってるからね。毎晩毎朝ドロドロでさ。たまに夕方にもするから1日3回洗う日もあるし」
「ゴフッ!?」
「ギャー!? ……セーフ! ノート死守!」
「す、すまん、粟草」
「いや今のは桔梗君が悪い」
「えっと、なんかごめん……? 伊藤さんティッシュ使う?」
「おう、貰うわ……」
なんて具合に、伊藤嬢が思わず咳き込んだのも無理はない。そして続けて彼女が『突っ込んだ』内容も、これまた妥当な内容だ。
「おい粟草、お前の彼氏流石にヤバいんじゃねえのか*8」
「やばいのは完全にそう」
「酷いなぁ。僕は至って普通の男の子だよ?」
「皇塚が普通の男だったらこの国の人口、とうに10億越えてるだろ*9」
「いやぁ、そうでもないかも? 女の趣味悪いじゃん桔梗くん」
「紀子ちゃんは自分が最高に可愛い自覚を持とうね?」
「桔梗くん眼科行ったほうがいいよ」
「僕の視力は両目とも2.0以上*10だし大丈夫だよ?」
「じゃあ私と樹莉亜ちゃんどっちが可「紀子ちゃんの方が可愛い」……やっぱり病気じゃない?」
「おい、アタシを惚気のダシに使うなよ粟草。皇塚がどう答えるかなんざ、どう考えても判るだろうが」
「えへへ、つい。ごめんね?」
「まぁ良いけどよ」
「樹莉亜ちゃんと比べて可愛いって言われるのって私の人生からしたらありえない事だもん」
「そうか?」
「そうだよ? だから桔梗くんは特別だし、頭が心底おかしいけど大事にしなきゃって思うんだよね」
「へいへいお熱い事で。そんなに威嚇しねぇでも取らねえよ皇塚のことは」
「ホントかなぁ?」
「マジだって。他の連中は知らねぇけどアタシは三次元に興味ないっての」
「本当の本当に?」
「しつけぇな……うーん……まぁ強いていうなら」
「強いていうなら?」
「皇塚をお前らが組み敷いて集団種搾りしてる個人ビデオとか撮るなら言い値で買う」*11
「えぇ……」
などと、昼時に相応しからぬ助平な会話をしてしまうのも、ある意味高校生らしい若さの証。友人を交えて食事をしつつ、ノートの書き写しもしつつ、そしてバカ話もしつつ、という忙しなさもまた、同じく高校生に相応しい若さの発露だと言えるだろう。
朝からアクセル全開で始まった桔梗少年と紀子の1日におけるブレイクタイムとして申し分のないそのひととき。
そんな心休まるその時間によって午後の授業に挑む活力をたっぷりと蓄えた彼らは、予鈴と共に教室へと駆け戻り、午後一番の授業の準備に取り掛かるのだった。
好きなキャラクター
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皇塚桔梗
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粟草紀子
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尾花茅子
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河原撫子
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袴田藤子
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萩原久仁子
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諸葛芳子