さて、入学式の翌日。この日は健康診断日であり、朝のHR後は体育館で各種の身体測定や診察が行われている。別段この世界特有の特殊な診断項目があったりする訳ではないのだが、全校一斉測定という関係上人数が人数なので、それなりに時間がかかってしまうのが実情だ。
が、男子である桔梗少年や同じく男子の先輩方に関しては保健室でおじさん医師による個別診察が行われており、ものの10分で全項目測定完了というVIP待遇を受けている。
その結果、桔梗少年は登校後1時間も経っていない状況で今日のタスクを全て完了させてしまっているのである。普通なら、飢えた女子の群れに出くわす前にさっさと下校するのが正解だろう。
しかし、この世界の男子ではありえない思考回路を持つ彼は、せっかく登校したのだから魅力的な女性と知り合っておこうという1000%の下心により、1人教室に戻って読書に励んでいた。
この高校、私立だけあって敷地内に図書館があり、様々な本を借り放題なのだ。これを活用しない手はないと、健康診断の帰りにちょっと寄り道をしていくつか本を借りてきたのである。
そのラインナップは、科学雑誌やら雑学本などこの世界の常識に関連しそうなものが中心だ。存外真面目なチョイスと言えるだろう。
「ふぅん……実用されてるナノマシンとかあるんだ。しれっと凄いよねこの世界」
などと時折呟きながら待つ事1時間と少し。チラホラと帰って来ている美少女達には目もくれず読書に励んでいた彼は、待ち望んでいた陰のオーラがこちらに向かって来ているのを察知*1すると、パタリと本を閉じて廊下の方へと目を向けた。
その直後カラカラと控えめに黒板側のドアを開け、入って来たのは桔梗少年の期待通り、
だが、そんな彼女の意図を土足で踏み躙ってでも、桔梗少年は彼女が『欲しい』のだ。なので、彼はちゃちゃっと自分の荷物をカバンにブチ込んで彼女の席へと歩み寄り、何の躊躇いもなく声を掛けた。
「ねぇ諸葛さん、ちょっと良いかな?」
「は? ————え゛ッ、ごめんなさい、すいません、消えます」
「えっ」
その結果は、カバンすら捨てた全力逃走。異性に声を掛けられる=怒られるという図式が成立しているスーパーインキャ人*3にとって、超絶美少年という存在は、あまりにも劇物過ぎたのだ。
流石の桔梗少年も脊髄反射レベルで逃げを打たれる事は予想していなかった為、その僅かな硬直の隙を突かれて逃走を許してしまった程。まさか何もかもほっぽり出して逃げるとは思って居なかったのもあり、ボサボサの髪を振り乱して逃げる彼女の背をポカンと見送る事しか出来なかったのである。
だが、逃走されたところで桔梗少年の心には全く焦りは生まれなかった。そもそも常識を越える身体能力を持つ桔梗少年にとって、貧弱な陰キャの全力逃走など恐れるほどのものでもない。放置された彼女の手荷物を彼女のカバンに納めてから、2人分のカバンを手に少しばかり遠回りで玄関に向かっても、諸葛さんを先回りする事は容易なのだ。
何なら彼女の下履きをレジ袋に入れて自分の鞄に捩じ込む余裕すらあった程である。*4
そうして後ろを気にしながら自分の靴箱まで逃げて来た諸葛さんを逆に待ち伏せた桔梗少年は、再び彼女へと声を掛けた。
「やぁ。カバン忘れてたよ?」
「んぎょゔぁッ!?!!?」
よしこは にげだした!
しかし まわりこまれてしまった! ▼
などと脳裏に表示されていそうな驚愕の表情を浮かべ、再度の逃走を試みる諸葛女史。だが、逃げるとわかっていれば桔梗少年にとって彼女を捕まえるのはさほど難しい事ではない。
逃走しようとする動きの起こりを潰し、軽く肩を抱くように重心を崩しつつ、カバンを持つ左腕で膝裏を掬い上げてやれば、お姫様抱っこ*5の完成。
この間約0.4秒。
何をされたかわからないという様子で固まる哀れな芳子ちゃん。そんな彼女に満面の笑みで顔を寄せた桔梗少年は、大きなギョロ目を白黒させる彼女に向けて、捲し立てるように言葉を紡ぐ。
「諸葛さん、君かわいいねぇ♡ どこ住み? 遊べる? というかこの後暇? 遊ばない? あとLIMEやってる?」
繁華街のナンパ師*6の如き怒涛の攻め手。そんなこの世界の男子では決してあり得ない超肉食系のアピールに気圧されて、訳も分からずガクガクと首を縦に振ってしまった諸葛女史を責めるのは、あまりに酷という他ない。
だが、実に都合よくそれを肯定と受け取った桔梗少年が彼女を横抱きにしたまま軽やかに駆け始めた辺りで、石化していた彼女の脳髄は、自身のヤバすぎる状況を朧げながらに理解し、戦慄した。
————もしや私は今、このとんでもない美少年と遊ぶ約束をしたのでは?
そう理解した直後脳裏に駆け巡るのは、美男局*7やママ活*8、マルチ商法にネズミ講といったヤバい単語達。
それらに恐怖しつつも、男の子に抱き上げられている現実に肉体は喜んでしまっており、芳子ちゃんのピュアなハートはもう滅茶苦茶だ。そんな中でどうにか「私、貧乏で、お金ないですッ!」と宣言できたのは、賞賛されて良い行動だろう。
だが、そんな彼女に対して、現実は無慈悲だった。
「じゃあ僕の奢りで今日は色々買ってあげるね♡」
屈託の無い笑みでそう告げる桔梗少年。その美貌を目にしつつ、理解の及ばない台詞を聞いた諸葛さんは、今度こそ脳の限界を迎え、その意識を手放してしまったのだった。
好きなキャラクター
-
皇塚桔梗
-
粟草紀子
-
尾花茅子
-
河原撫子
-
袴田藤子
-
萩原久仁子
-
諸葛芳子