豪運すぎるシーフ 作:不幸運児
光が収まるとそこにはさっきいたフォールドではなく、最初に降りた始まりの町だった。
夕焼けとは異なる赤い空にどこか違和感を覚える。それは今までにおいて初めてのことだった。
「…転移か?」
「えっ?ソラくん。ここって。」
「始まりの街。」
俺の言葉で桐ヶ谷さんは少しだけ首をかしげる。
「えっと?私ゲーム詳しいわけではないんだけど、これって普通なの?」
「俺も知らない。多分ログアウトできないことの説明ってことなんだろうけど…。」
「あっ……上を見ろ!!」
俺と桐ヶ谷さんが話している中困惑している一人が上に何かを見つけたらしい。それに釣られて俺も上を見る。
そこには【Warning】、そして【System Announcement】つまり GMからのアナウンスだと思われる。
しかし次に起きた現象はプレイヤー全員の期待を裏切るものだった。
空を埋め尽くすパターンの中心から、まるで血の様な赤い雫が高い粘度を持った液体の様に滴り、しかし落下することなく空中でその形状を変えて20メートルになろうかという、フード付きの巨大な真紅のローブを来た巨人恐らくGMだろう。
β版の時にみたことがあるのでそれは間違いはないはず。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
何?《私の世界》か。GMとしてもいや。GMでもおかしなものだろう。不安が現実に変わってくるのがわかる。
そしてアカロープの男はこう続いた。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ。』
息を呑む他のプレイヤー。だけども俺はそれよりもその発言のある部分に引っかかる。
『今やこの世界をコントロールできる唯一の人間』
アーガスの運営の元このSAOは動いている。茅場が
でも、それを個人でコントロールするってことは明らかにおかしな発言なのだ。
『プレイヤー諸君はすでにメインメニューにあるログアウトボタンが消滅していることに気付いてきると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これはゲームの不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
仕様。確か設定だっけ?
そんな考えが浮かんでいた。思っていたよりも冷静らしい。
いや。別のことを考えていたのだ。ログアウトできないのに、何で外部からログアウトさせないのか。それがずっと気がかりになっていたのだった。
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、自発的にログアウトすることはできない……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合」
少し時間が空く。そして思っていた通りの言葉が告げられた。
「――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
高出力マイクロウェーブ
確か電子レンジで使われている最近授業で習った単語。でも確かそれを動かすには大きなバッテリーを使うことが条件だったはずなのだが
……いや。一応可能だ。
重さの3割ほどがバッテリーセルを内蔵していた。
『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』
その一言は俺にとっても聞きたくなかったことだった。
『――残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
……脅しではないことはわかっている
実際このゲームから強制ログアウトできないのはこのせいだろう。
『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは消滅し、同時に』
それは、現実の終わりと共に、言葉の結末を待つ。
『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
その一言がこの世界のあり方を大きく変えることになる。
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこで待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』
「百層?」
俺が覚えている限り9層しかクリアできなかったはずだ。安全に攻略するには合計15から20は必要なはず。
確かに MMOに詳しい人であるならば……β版をやっていた人の方が有利だろう。
でも反対に俺みたいなβ版出身ながらMMOをしたことがないのであったなら
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。証拠のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意してある。確認してくれ給え』
「アイテム?」
「あ〜リーファは知らないのか。アイテム欄からオビジェクト化するんだよ。」
すると俺は瞬時に右手を下に振る
メインメニューから、アイテム欄のタブを開くとそれはあった。
《手鏡》。それがアイテムの名前だ。
若干警戒しながら、アイテムをオブジェクト化して持つが、特に何も起こらない。
そして一瞬の光に包まれる。いたってどこでもいるアバターより少しだけ背の低い男性が。いや自分の姿が手鏡に写っていた。
「……っ!!」
「えっ?私?」
そう現実の自分と桐ヶ谷さんの姿だ。すると周辺の人も多くざわめき始める。
というよりも何で自分の姿が知らされているんだろう。
そんなことを考えている中で、俺は小さく舌打ちしてしまう。即ちここからはゲームではなく、本当の生存競争なんだと。
『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は----SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と。私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた。』
ほんの短い間をおいて、無機質さを取り戻した声が響いた。
『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の……健闘を祈る。』
そういって赤ローブは頭、胸、腕、足と順番に赤い血の色をした水面に沈んでいき、最後に波紋を残して消える。
ようやくプレイヤー逹が反応を示した。
「嘘だろ……なんだよこれ、嘘だろ!」
「ふざけるなよ!出せ!ここから出せよ!」
「こんなの困る!このあと約束があるのよ!」
「嫌ああ!帰して!帰してよおおお!」
未だに夢ではないかと思ってしまう。それでも、リアルの桐ヶ谷さんを見て俺は実感してしまう。
これは現実なんだと。
「……くさか。」
「リーファちゃん。ついてきて!!」
「えっ!?ちょ、ちょっと!?」
色々なことを不安も恐怖も考えが支配して、動けなくなる前に俺は桐ヶ谷さんの手を引いて走り出す。桐ヶ谷さんもその雰囲気を感じ取ったのか、何もいわずについてくる。
そして路地裏に着き俺はすぐさま周囲を見渡す。そして誰もいないことを確認すると俺と桐ヶ谷さんは一息つく。
「ねぇ。草川くん。あの。」
「…うん。何を言いたいのかは分かってる。でも俺の母さんがナーヴギアを引き抜いてないから、多分強制的にログアウトができないってことだと思う。多分あいつがいうことは本当のことなんだと思う。」
「……そんな…。」
明らかに動揺している桐ヶ谷さんに俺はどう答えればいいのか分からない。暫く泣いている桐ヶ谷さんを見ながら考える事しかできない。
桐ヶ谷さんの前で泣く権利など俺にはない。人を巻き込んで死と隣合わせの状況になったのだ。それだからこそ思考を巡らせるが思っていたよりもやれることは少ないことに気づく。
落ち着いたのか少しだけぎこちなくしている桐ヶ谷さんはどこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「草川くんどうしよう。」
「どうしようって言ってもなぁ。とりあえず休めるところに行くのが先決かな。この調子だと宿も満員になるからなぁ。」
「宿?」
「正直俺もこの状況で行動できるほど強くはないよ。HPがなくなれば死ぬ。反対をいえばこのゲームはHPが無くならければ生きれるんだよ。一度整理したいかな。これから何をしないといけないのか。」
すると桐ヶ谷さんも頷き同意を示す。
そして俺たちは宿に入る為に動き始めたのだった。