【短編】アーマードコア6 SIX inspired【非公認】 作:あきてくと
どこからか悲鳴が聞こえる。それが自分の悲鳴であることにようやく気づいた。眼前の漆黒の闇には簡素なフォントで『ーー
俺は恐怖のあまり、被っていたヘルメットを引き抜いて投げ捨てた。心臓が壊れたかのように脈を打っている。むさぼるように空気を吸い込んだ。
落ち着け。身体は無事だ。落ち着け。落ち着け。落ち着け。
何度も、何度も自身に言い聞かせる。それでも沸騰する鍋がごとく吹き立つように湧き上がる恐怖心は収まらない。かろうじて残る理性を働かせ、恐怖以外の何かに無理やり意識を持っていく。
自身の身体を触って、五体満足のまま生きていることを確かめる。手はある。足もある。目もしっかりと見える。掌で体温を感じる。背中は汗でびっしょりだ。不快なその感覚も生きている実感をより強固なものにしてくれる。
少し落ち着いたところで、気を紛らわせるために部屋の周囲にあるものひとつひとつに意識を向ける。いつもと変わらない、小さな間接照明だけが灯る小部屋。ここは俺が住むアパートメントの一室だ。とはいえ仕事部屋だから狭く、とくに何もない。
今、俺が座っているシートの両脇には、一対のコントロールレバーとペダルが備わる。左側にはひとつ余分にスロットルレバーがあった。さらにその脇には細かな制御を行うキーボードとスイッチ類が並んでいる。これらはコントロールパッケージとしてひとまとめになっていて、この操作筐体ひとつで無人遠隔汎用人型兵器である
その操作筐体脇のサイドボードには時代錯誤のプリントペーパーフォトグラフが並んでいる。家族写真と、アカデミーの友人との集合写真。それに、ルイスと並んで撮った写真が飾ってあった。
その脇に置いてあるのはボトル詰めされた飲料水と非常食のゼリー、プライベートの通信端末と浸透圧注入式の携帯点滴のみ。不快な喉の乾きを潤そうと飲料水に手を伸ばしたが、解除し忘れた4点式シートベルトが身体の動きを妨げた。
RACの実機にコックピットは備わっておらず、量子通信技術『
機体センサが捉えた映像や情報がこの部屋に送られ、機体の周囲はヘルメットの内側に設えられたモニターで視認する。こちらが筐体を操作すれば信号が送られ遠く離れた位置にある機体が動く。
現地で機体さえ調達できれば、極低遅延で情報伝達できる『
俺がRACの操作中に見た『人間』も、『
あの惑星には約半世紀前から一切の有機生命体は存在していないし、誰一人として惑星外からも足を踏み入れていない。有機生命体があの星へ立ち入ることは宇宙国際法で禁止されているのだ。
だから企業連中や他のクロウはもちろん、
だが、無人惑星であるはずのルビコン3に生身の人間がいた。それに、有人機しか製造されていないはずのPACと戦った。俺は身の安全が保証されたこの部屋に籠もって戦争をしている。それに対して、あのPACに搭乗していたレイヴンは生身のまま、あれに乗って操っていた。
当然その場合、撃破されることは死と直結だ。俺にはそんな真似はできない。現在の独立傭兵とは、命を張ってまで行うような仕事ではないのだ。あの星の、俺の知らないところで、何らかの異変が起きていることは容易に想像できた。
いつの間にか、心拍数は平時近くまで下がっていた。気分が落ち着くと、再び戦場に戻りたくなる。
《おつかれさまです。落ち着かれましたか。意識状態を確認。もう240秒間安静に》
「それよりキャロル、新しい機体の手配を。以前と同じ構成で。場所は、惑星ルビコン3のユーコン・コミュニティ」
《安静にしてください。あと220秒》
堅苦しいパーソナルAIは、こういうときに面倒だ。俺は黙ってキャロルの言うとおり220秒間目を閉じてじっと待つ。
その間は、頭のなかでPACとの戦闘を思い返していた。あの時ああすれば、こうすればと記憶を反芻するも、最後は必ず負ける光景しか思い浮かばない。撃破された瞬間を思い返すたびに鳥肌が立つ。
《正常値に戻りました。ただし軽度の脱水症状と血中糖分濃度の低下および
「わかったから、新しい機体の手配を」
《点滴を》
まったく。俺は悪態を付きながらシートベルトを外し、サイドボードの点滴を手に取り左腕の静脈あたりに当ててトリガーを引く。
《財務状況を照会中です。────所持金が足りません》
「そんなことはないだろう。リトライ」
《所持金が足りません》
新しい機体をルビコン3のハブで発注するには、パーツ代と手数料を含めて少なく見積もっても20万コームほどの費用が掛かる。20万コームといえばコロニーの一等地に豪華な家を持てる額だ。もちろん分割払いなどは認められない。
今日の取得物の売却金はもちろん、拾ったカラサワのジャンクを回収して売っぱらっても端金にしかならないだろう。仕方がない。気は引けるが、またルイスに金を借りるしかないか。
「キャロル、ルイスにつないでくれ」
《承知しました。ルイス様にお繋ぎします》
シートに設えられたスピーカーからコール音が鳴る。わずか2度のコールですぐにコネクトした。
《はいはーい。ルイスちゃんでーす》
「ルイス、金を貸してくれ。即金で」
わずかな間を置き、スピーカーからは「はぁ」とルイスのわざとらしい溜め息が聞こえた。
《あんたねぇ、それが人にものを頼む態度かしら?》
「失礼しました。ルイーズ・
《『ド・エル』よ。この期に及んで喧嘩売ってんの、あんた》
「すまん。つい───」いつもの癖で。
彼女の本名はルイーズ・ド・エル・アヴィオール。同じコロニーで育った幼なじみで、男勝りな性格の彼女を、俺は昔から男性名である『ルイス』と呼んでいた。そして現在の彼女は、この惑星系の
《ふん。それについては、まあいいわ。ただし、貸してあげたいのは山々だけれど、あんた返済が滞ってるから難しいかもね。このままのペースで借金が貯まっていくと、近いうちにどっかに売り飛ばされるかもよ》
「そんなのは、ただの噂───ですよね?」
《臓器売買は今でも盛んよ。無菌状態で育った宇宙コロニー育ちは、とくに高値で売れるから。あーそういえば、どっかの機関でも人体実験のサンプル欲しがってたなー。もちろん極秘裏の。一度買い手が付いてしまったら、私の権限じゃ止められないからね》
借金の返済が一定額滞ったクロウは売り飛ばされる、という噂がある。実際に売り飛ばされた奴は知らないが、返済が滞って廃業した奴は少なからずいる。彼らがその後、どうなったかはわからない。
《それはともかく。どうやら、こっぴどくやられたみたいね。そろそろ連絡が来るかとは思っていたけれども》
ルイスは傭兵組織斡旋元の管理職であるため、担当する各クロウの位置情報や通信状態などをトラッキングしている。こちらの状況はすでに把握しているだろう。常に監視されているようなものだから、仕事中迂闊にブラブラしていると、ときどき彼女の暇つぶしの長話につき合わされる。
ルイスとのこの会話も『
そして、ルビコン3は、ここからさらに数光年離れた別の惑星系にある。
「ルイス。ルビコン3で人間を見た。それに、PACと戦った」
《───待って。こっちからかけ直す》
しばらく経つと、サイドボードに置いていたプライベート用の通信端末から着信音が鳴る。この着信音は秘匿回線の音だ。それは、これから何か公にできない会話をすることを意味する。
「キャロル。サスペンド」
《承知しました。省電力モードで待機します》
俺はルイスの意図を読み、公衆ネットワークにも接続されるパーソナルAIの機能を一時停止してから、ルイスからの呼び出しに応える。
《ルイスよ。念のため確認するけれど、キャロルはこの会話を聞いていないわね?》
案の定、ルイスは情報漏洩を危惧している。「もちろん」と俺は答える。それでもルイスはトーンを落とし、やや小声で話し始めた。
《これは幼なじみとしてのアドバイス。ルビコン3に関わるのはいいけれど、ほどほどにしておきなさい。ついさっき、ルビコン3の生き残りを名乗る組織勢力から宣戦布告ともいえる表明があったわ。まだ公にはなっていないけれど、その発表に各惑星の軍部や企業や独立傭兵界隈は沸き立っているわ。
その直後から、他の惑星系で仕事をしていた独立傭兵もルビコン3に集結している。あんたも噂には聞いたことがあるでしょ。半世紀前、ルビコン3で見つかった例の新物質について。その新物質とルビコン3の生き残りを巡って、ここ半刻ほどで莫大な資金が動いているわ。
もう企業間の資源争いどころの騒ぎじゃないの。確認された正体不明機の件もあって、ルビコン3の抗争は、また大きな戦争に発展する。正直、半世紀前のあの被害で生き残りがいたなんて、まだ信じられないけれど》
「人が集まるってことは稼げるってことだろ。上手くすれば借金を早めに返せる」
《思い上がらないで。確かにあんたの腕は悪くないけれど、これからは、これまで以上に強力な兵器や強い傭兵がルビコン3に投入されるのよ。それに、裏で地球本星も動いている。あっ、この情報は本当の本当にトップシークレットだからね》
「面白そうじゃないか。これから半世紀ぶりの祭りが始まるってことだろう」
まったく怖くない。といえば嘘になる。けれどそれ以上に好奇心と興奮が頭をもたげる。
《馬鹿に付ける薬はないってのは本当ね。いいわ。お金は私のポケットから貸してあげる。ただし、命の心配がないとはいえ無理はしないで。これは忠告よ。あんたみたいなぺーぺーは、立ち振る舞いによっては、社会的に抹殺されかねないわ。───『Cross The Rubicon』》
ルイスは聞き慣れない発音で、最後に言葉を付け足した。
「『ルビコンを渡る』?
《さあ。とにかくウチのおばあちゃんが言ってた地球圏の古い古い
「もうひとつ?」
《ええ。クロウなんて辞めて、私と結婚するの。そうしたら地面の上で何不自由なく暮らせる。あんたは適当に家事でもしてくれればいいわ》
正式な許嫁というわけではないが、彼女は小さい頃から俺と結婚すると言い張っていた。ある程度成長するまでは、こちらもそれを真に受けていた。
しかし、彼女はコロニーの大地主であるアヴィオール家の息女。対して、俺はごく一般的な労働階級の家庭に育った。その関係性がはっきりと分別できる年齢に達してからは、こうして付かず離れずの関係を続けている。
《ああ、家柄のことは気にしなくていいわよ。私は末っ子の三女だし、小さい頃からあんたと結婚するって言い張って、パパとママを洗脳してあるから。あんたがいきなり家族になったところで、なるようになったって誰も気にしないわ》
「───それもいいかもしれないな。だけど俺はどうしても、この物語の結末を見届けたいんだ」
《ふーん。案外男らしいところあるじゃん。見直したわ。でもね。感傷に浸ってるところ悪いんだけれど、端から見れば、ただの借金持ちのゲーマーだからね。あんた》
「……」俺は言葉を失う。
了