【完結】アリス・イン・ワンダーランド 〜ルッキング・グラス〜 作:さくらのみや・K
今日は、ゴールデンウィークの前半と後半を分ける平日だった。
5月になり、上着がいらないくらい暖かくなる日も増えた。
今日も青空が広がり、この街でもようやく咲き始めた桜がよく映える。
「ふぅ」
私は一人、公園のベンチに腰掛けた。
甲高い音がする。
遠くの方で、ラジコンカーが走り回っていた。
この公園には、お姉さまとよく遊びに来ていた。
小さい頃は他のお友達と遊んだりして、大きくなるにつれて二人の相談の場になった。
元々走るのが得意なお姉さま。
昔は全く追いつけなかったけど……
不意に、足に何かがてんと当たった。
「?」
底に転がっていたのは小さな小さなタイヤだった。
前を見ると、ラジコンで遊んでいた男子が駆け寄ってくる。
「すいませーん!!」
変形したピストルのようなリモコンを片手に、その人は側まで走って来た。
「いえいえ、どうぞ」
手のひら大のタイヤを拾って手渡す。
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます」
後ろ手で頭をかきながら、彼は受け取る。
その直後、急に動きを止めて私を見つめた。
「え?あの……?」
「もしかして……慧梨主ちゃん?」
驚いた表情を浮かべ、まじまじと私を見つめる。
見覚えのある顔だった。
「……あ、違いました?すいません、人違いです……」
黙り込む私に、彼は平謝りして走り去ろうとした。
「えっと……あの!合ってますよ!正解です!」
慌ててそう告げると、彼はほっと胸を撫で下ろした。
「あ!よかった!あの……俺のこと覚えてますか?」
「あ……はい。えっと……夢明希くん?ですよね」
この人のこと、私はよく覚えている。
柏木 夢明希くんは小学校時代、お姉さまのクラスメイトだった人だ。
確か、1年生から4年生まで同じだった。
事あるごとに言い争っていて、特に3年生くらいから頻繁にケンカしてた印象がある。
そんな彼だけど、私とお話ししてくれたときは、とってもやさしかったし楽しかった。
何度か一緒に下校したときの記憶は、今でも良い思い出だ。
「夢明希くん、お姉さまとはよく言い争ってましたよね」
「そんな事もあったね……いやぁ、ぶっちゃけ黒歴史ってことで封印してたんだけどね」
青いラジコンカーをイジりながら、夢明希くんは恥ずかしそうにそう言った。
「掃除でリーダーだったお姉さまが雑巾掛け夢明希くんに押し付けてケンカになったり、絵の具がお姉さまに飛び跳ねてケンカになったり、席替えで隣同士になったときなんて酷かったですよね」
「あわわわ……」
顔を真っ赤に染める夢明希くん。
他にも夢明希くんが仕事をサボったり、お姉さまと仲の良い他の女子とケンカになってたり、もう事あるごとにケンカしていたと聞いていた。
ラジコンカーが治ったらしい。
ポーチにドライバーを仕舞い込み、4つのタイヤがキチンとついた車を見つめる夢明希くん。
「でもさ、そんなに細かくよく知ってたね。そんなに色々愚痴ってたの?亜梨主は」
「……え?」
「だって確か、クラス違わなかったっけ?」
夢明希くんが、少し驚いたような表情で私を見つめる。
メガネの向こうに見えるお日様のような瞳に、私の胸は思わず高鳴ってしまう。
「そうですね、いつも話していました。うるさいとか、生意気だとか、泣かしてあげたとか」
また、夢明希くんが顔を手で伏せた。
「他にも……」
「うっ、もうやめて……許してください」
「あ、ごめんなさい!別に私はそんなこと思ってませんでしたよ?」
私は慌てて、夢明希くんに弁明した。
それから私達は、しばらくお互いの事について色々お話しした。
学校のこと、最近起こった事件などなど。
夢明希くんは今日学校をサボって遊んでいたらしい。
「まあ、規定の単位取れてれば特に問題ないしね。せっかくの連休なのに勉強してる暇なんかないよね?」
「うーん……でも先生とか何も言わないんですか?だって、その……ズル休みなわけでしょう?」
「大丈夫、朝に頭痛いって電話しといたから。先生もなんも気にしないしね。多分5〜6人は休んでんじゃないかな?高専生だもん」
平然と言ってのける夢明希くん。
「高専生って多いんですか?そう言う人……」
「んまぁ……自由というかやりたい放題だね。授業中に隠れてオセロしたり、他の課題やったり……」
「ええ……」
ちょっとそれは……とは思ったけど、あえて口には出さない。
「でも大抵の人は要領良いしね。そんな人でも、きっちり成績とって東大に編入した人もいるし」
「す、すごいですね……夢明希くんも、そんな感じですか?」
「あはは、まあ俺は留年しない様に頑張ってるよ」
気がつくと、もう2時間近く話していた。
日が沈みかけて、辺りはオレンジ色に染められていた。
「ごめんなさい、ついつい長話ししてしまって」
「あーあー気にしないでいいよ。俺もクラスの奴以外と話したのは久しぶりだしね」
ラジコンで目一杯遊ぶつもりだったろうに、夢明希くんは楽しそうに私と話してくれた。
男の人とこんなに楽しく話せたのは、一体何年振りだろうか。
「それじゃあ私、帰りますね。夕飯の準備もありますし、また今度……」
「あ、待って待って!」
立ち去ろうとする私を呼び止める夢明希くん。
彼の手には、スマートフォンが握られていた。
「良かったらその……連絡先的な……」
おずおずと、彼は切り出してきた。
夢明希くんも、私とのお話しを楽しんでくれていたんだ。
そう思うと、なんだか愛しさを覚えてしまった。
「いいですよ。これからもよろしくお願いします!」
私は笑顔で、そう答えた。