【完結】アリス・イン・ワンダーランド 〜ルッキング・グラス〜   作:さくらのみや・K

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Track-5 アタシだけの慧梨主

アタシはずっと、慧梨主のことが大好きだった。

 

それは物心がついた時から……いやもっと前、二人一緒に生を受けたその日から、アタシは慧梨主に全てを捧げる運命を背負った。

 

幼い頃は、どこへ行くにも必ず一緒。

自分の手には、常に慧梨主の手が繋がれていた。

『ぜったい、だれにもわたさないからね!』

『はいっ!お姉さま!』

それがアタシの口癖で、慧梨主はいつも素敵な笑顔で応えてくれた。

アタシは、その約束を守ろうと、常に慧梨主の盾になり続けた。

 

双子の姉妹には、昔から色んな人間が集まった。

幼い頃は、髪型で分けないと区別がつかないほど、外見そっくりだったアタシ達。

多くの人間が、好奇の目で近寄ってくる。

 

引っ込み思案で人見知りな慧梨主は、そんな人間達を怖がった。

たくさんの見知らぬ大人達に囲まれて、小さく震えながら見下ろされる状況。

子供ながら、なんて無神経な大人達だろうと思っていた。

 

一方で、物心がついた頃から人と話すのが好きだったアタシ。

見知らぬ大人が相手でもへっちゃらで、臆さず笑顔で会話できた。

そして大人達は、喋らず俯いてばかりの慧梨主より、なんでも喋るアタシの方だけへと向くようになる。

慧梨主も、自分への注目が逸らされることに安心していた。

 

何度もそんなことを繰り返しているうちに、幼い少女は気づき始めた。

 

アタシが注目を浴びれば、

慧梨主を守ることができる______と。

 

小学生になってからは、勉強や運動にも精を出し、先生のお手伝いや同級生への気配りも積極的にした。

その甲斐あって、周りからは優等生としての信頼と注目を浴びるようになった。

誰もがアタシを頼り、

誰もがアタシに憧れ、

誰もがアタシを好きになる。

やがてアタシの存在はクラス全員だけでなく、小学校の皆が知るようになった。

 

そして慧梨主は、そのアタシの光に隠れるように、静かに過ごしていた。

誰もあの娘には目もくれない。

 

それで良い______

 

アタシが慧梨主より輝けば、あの娘は怖い思いをしなくて済む。

優しいまま、清純なまま生きていける。

 

そのためには、アタシはもっと、みんなの憧れになる様な完璧な人間にならなくちゃいけない。

慧梨主より、もっともっと優れた人間に。

 

そう自分に言い聞かせながら、アタシ達は成長し、やがて中学校へと進学した。

思春期に入り、恋愛という言葉の意味に重みが増していく歳頃。

だけど、何も変わらない。

アタシはこれからも慧梨主を守り続ける。

 

 

それは、アタシがそう決意したすぐ後に起こった。

アタシ達姉妹の人生が、大きく狂り始めた日。

 

 

中学1年生の10月_______

 

アタシ達は誕生日を目前に両親を失った。

 

 

まだまだ子供だったアタシ達にとって、それは失ってはいけないもの。

大人になるために必要な心の拠り所を、アタシと慧梨主は奪われた。

 

悲しくて、信じられなくて、アタシもただただ泣くことしかできなかった。

何度もパパとママの名を呼んでも、二人は二度と帰ってこない。

 

だけど、暗闇に取り込まれるような、深い絶望感はなかった。

 

いや、感じる余裕がなんて無かった。

 

だってアタシは、妹を守らなくちゃいけなかったから。

 

何よりも大切で、

誰よりも愛してる、

たった一人の妹……大好きな大好きな慧梨主を守る。

 

 

アタシだけの慧梨主を______

 

 

アタシが一番心配だったのは、慧梨主が二度と立ち直れなくなる事だった。

だけど慧梨主は、深く悲しんではいたけれど、心の希望を絶やすことはしなかった。

 

『大丈夫です、お姉さま』

あ慧梨主は微笑みながら、心配するアタシにこう言った。

『だって、私には夢がありますから』

『夢?』

『はい!私、いつかまた……お兄さまにお会いするのが夢なんです』

 

 

そしていつか、

大好きなお兄さまに_____

 

 

その時、アタシは初めて知った。

慧梨主の心の中には、ずっと彼の姿があった。

 

小学校に入る前。 

彼は遠縁だったが当時は家が近く、いつもアタシ達と三人で遊んだりしていた。

そんな彼は、慧梨主のように引っ込み思案なタイプだった。

活発なタイプでもなく、ひどいと女の子みたいと言われる始末。

 

だけど彼は、一生懸命慧梨主を守ろうとしてくれた。

 

出会いは本当の偶然。

家族で旅行に出かけたとき、転んでケガをした慧梨主を介抱しようとしてくれた、小さな男の子が彼だった。

それからも彼は、アタシと同じように慧梨主の苦手なものから、身を守ってあげようとした。

 

慧梨主にとって彼は、アタシ以外に自分をかばってくれる人。

 

アタシが“お姉さま”であるように、

彼は慧梨主にとっての“お兄さま”だった______

 

しかしアタシ達が小学校に上がる直前、彼の家族は急遽引っ越してしまった。

転勤の多い仕事だったらしく、九州の方へ行ってしまう。

慧梨主は悲しんだが、それでも彼への憧れは消えることはなかった。

 

『私なんかに、振り向いてはくれないかも知れないですけどね……』

そう続ける慧梨主の表情。

それは、今まで見たことがなかった、恋する少女そのものだった。

 

例えようのない、気持ちの悪い感情が胸の中へ流れ込む。

慧梨主が、生きる希望を失ってないことを喜ばなくてはいけないのに、それができない。

息が苦しくなった。

 

 

どうして______

 

 

アタシは、自分の感情の正体を認められず、そのどす黒い感情に呑み込まれたまま、結局最後まで抜け出せなかった。

 

ずっとアタシが守ってきたのに。

 

あの時も、

あの時も、

慧梨主が悲しんでいる時、悩んでいる時、どんな時もアタシが支えてきてあげたのに。

 

ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと______

 

ずっとアタシを頼ってくれていたのに……!!

 

それなのに_______

慧梨主が他の誰かのものになる。

アタシの手を振り払い、アタシ以外の誰かにその身を委ねてしまう。

 

 

慧梨主が、

アタシから離れてしまう_______

 

 

そんなの嫌だ______

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ_______!!!!

 

 

湧き出る感情を抑えられない。

今すぐ慧梨主を閉じ込めて、ずっとアタシから離れられなくしたくてたまらなかった。

だけど、半端に残った理性が、それを抑えつける。

 

両親を失いズタズタになった心で、

嫉妬の衝動と理性のせめぎ合いが起こる。

 

ぐちゃぐちゃな心の中で、唯一はっきり浮かび上がる感情。

 

慧梨主はアタシだけのもの______

 

 

やがてアタシは、その感情に身を任せるように、慧梨主の周りにいる人々を奪っていった。

 

あの娘を守るために築いてきた、人気者の優等生という肩書が、それを簡単にさせた。

皆、アタシが少し仲良くするだけで、簡単に虜になった。

 

慧梨主が好きになった人、

慧梨主を好きになった人、

友達も先輩も後輩も、

みんなアタシになびいて、慧梨主の元から去っていく。

 

それで良い______

 

慧梨主にはアタシがいればそれでいい。

簡単に心変わりして、見限るような奴らなんか、慧梨主には必要ない。

慧梨主はアタシだけのもの。

他には何もいらないのだから。

 

でも慧梨主を傷つけないために、あの娘にはバレないようにした。

“慧梨主を守る”という口実が、アタシにそうさせた。

あの時のアタシは、それが上手くいっていると思い込み、それが自分の奇行をエスカレートさせていった。

 

 

そして______

 

 

『お兄さま!』

 

高校へ入学した年。

アイツが……慧梨主の心を奪ったあの男が、またアタシ達の前に現れた。

再会した時の、慧梨主の笑顔が忘れられない。

 

でもその笑顔を見て、アタシは一度は思い留まった。

 

彼は、アタシが今まで奪った他の男とは違う。

慧梨主にとって、彼はずっとずっと憧れの存在。

初恋の人。

毎日毎日、彼に会うことに心を躍らせている慧梨主を見てしまうと、アタシは何もできなかった。

 

 

慧梨主からアイツを奪えば、

慧梨主の心は壊れてしまう_______

 

 

どうしても恋人同士になりたいと言うのなら、

想いを叶えたいと願うなら、

アタシにできることはただ一つ。

 

慧梨主の背中を後押しすること。

精一杯の想いを、打ち明けさせるために。

 

その時のアタシは、

ちゃんと分かっていたのに_______

 

 

慧梨主は勇気を出して告白し、そして二人は恋人同士になった。

 

そのまま二人の関係が深まり、結ばれていったのなら。

アタシは過ちを繰り返さずに済んだかも知れない。

 

だけどそれは叶わなかった。

 

慧梨主が付き合い始めてから、アタシは徐々に彼の本心が見え始めた。

本人に自覚があったかは関係ない。

 

アイツには、慧梨主への感情は何もない。

ただ情に流されて、仕方なく付き合っているだけ。

 

この男は最初から、

慧梨主のことなんて見ていない______

 

『ね、もしアタシと慧梨主が同時に告白してたら……アンタどっちを選んでた?』

アタシの問いに、彼は迷いに迷い、彼氏という肩書きから慧梨主と答えた。

それが、アタシの一瞬取り戻した理性を奪った。

 

 

やっぱりそうだ______

 

アタシの行動は間違ってない。

アタシ以外の人間と関わっても、慧梨主は心が傷つくだけ。

慧梨主を一番愛してあげられるのは、世界で一人、アタシだけ。

他の奴らは、ただ傷つけるだけ。

 

もう迷わない______

 

慧梨主の全てはアタシのもの。

慧梨主はアタシだけのもの。

 

誰にも渡さない______

 

 

特に、

慧梨主の心を弄ぶような奴には絶対に……!

 

 

それからアタシは、慧梨主からアイツを奪うため、積極的に近づいた。

案の定、アイツはすぐにアタシの虜になり、慧梨主よりも一緒にいる時間が増えた。

笑ってしまうほど簡単だった。

その呆気なさが、余計にアタシを絶望させ、憎しみが込み上げる。

 

 

ずっとずっと、

慧梨主はアンタが好きだったのに______

 

 

アタシから慧梨主の心を奪った挙句、それすらいいかげんに弄んだ。

絶対に許さない。

湧き出る不安にかられながら、それでも一途に想い続ける慧梨主を見るたびに、その思いは強くなる。

 

絶対に許さない_______

 

そしてアタシのことすら、自分の青春を充実させるための道具としか見ていないと気づいた時。

アタシは決めた。

 

アイツを、

絶望の底へ突き落とそう_______

 

ただ慧梨主から引き剥がすだけでは済まさない。

 

アイツが望む、目も眩むほどの幸せの頂点から、光も届かない絶望へと突き落とす。

やがてアンタに捨てられて、慧梨主が味わうだろう何倍もの、痛みと悲しみと絶望を……!

 

 

最後は、

二度と慧梨主に近づけないように_______

 

 

そして音も光もない世界へ。

地獄の底で、アタシ達姉妹を弄んだその罪を、永遠に謝罪させ続けてやる。

 

どす黒い怒りに身を焼き、もはやかろうじて保っている優等生の仮面の下で、アタシはアイツの望む通りに行動し続けた。

自分のファーストキスすら投げ捨てて、気持ち悪さとショックで吐いた事もあった。

あの時のアタシは、もうなりふり構わず、アイツを頂点から突き落とすことしか頭になかった。

 

 

そしてアイツを、虚構の絶頂へと吊り上げた頃。

アタシ自身の愚かさと、罪の深さを思い知る日がやってきた。

 

アタシが守ろうとし続けたものが、

アタシに刃を向ける。

 

 

絶望の底へと突き落とされたのは、

アタシの方だった______

 

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