【完結】アリス・イン・ワンダーランド 〜ルッキング・グラス〜 作:さくらのみや・K
深夜。
あたしは家の近くにある、自販機の側にいた。
「ふぅ……」
辺りはしんと静まり返っている。
ブラックの缶コーヒーを片手に、あたしは真夜中の住宅街を眺めていた。
セミロングに切り揃えた髪を、夜風が撫でていく。
慧梨主が恋をした__________
今から2ヶ月くらい前、GWの時に再会した夢明希と慧梨主。
ウマが合ったのか、それ以来ちょくちょく連絡を取り合ったり、一緒に遊んだりしていた。
だから、好きになるのは不自然じゃない。
あたしは、夢明希のことならよく知っている。
小学校の頃は、何かと突っかかってくるうるさい奴だったけど、慧梨主みたいな弱い子には優しかった。
まだ今の夢明希と話した事は無いけど、その辺は慧梨主の様子を見る分には変わってなさそう。
むしろ、前より丸い人間になってるみたい。
缶コーヒーの中身が空になる。
「……量減ったんじゃないの?ケチくさいわね」
空き缶にそう罵り、ゴミ箱に放った。
カフェインが身体を巡り、頭がすーっと冴えていく。
こんな時間だけれど。
慧梨主が転校して以来、彼女があたしの妹だからと男子達の的になる事も、変にもてはやされることも無くなった。
そもそも夢明希は他校の人間だから、「桜ノ宮 亜梨主の妹を彼氏にした」というのは、あいつにとって全く自慢にならない。
もし仮に自慢になったとしても、あいつはそんなものの為に付き合うやつじゃない。
もう、慧梨主を悲しませる事はしない。
あたしは、黙って見守る事にした。
ただ見守って、慧梨主を側で支えるだけにする。
もうあの悲劇を繰り返してはいけない______
そう誓って、あたしは自宅へと戻った。
「ごめんな、こんな朝っぱらから」
「いえそんな……」
早朝。
夢明希くんが私を誘ったのは、自転車で20分程のところにある丘の上の公園だった。
「ラジコンやるのってさ、広くなきゃなんないし、人いたら危ないし……ってなるとこんな時間しかないんだよね」
ちょっと申し訳なさそうにラジコンカーを準備する夢明希くん。
「いえ、大丈夫ですよ。私も……あまり人の多いところは、苦手ですし。それに、誘ったのは私の方ですし」
「でも、ラジコンしてるとこが見たいって……なかなか不思議なリクエストだよね」
こんな時間と場所になるとは思わなかったけど、夢明希くんを誘ったのは私だ。
きっかけは、綾瀬ちゃんのアドバイスだった。
『これは私オリジナルの方法なんだけど、相手の本性……っていうか本音を見るにはね、相手の好きな事に付き合うのが一番だと思うの』
綾瀬ちゃん曰く、相手の趣味とか好きな事に一緒に取り組んだり、してるのを見たりしていると、その人がどんな人をか分かる……らしい。
もし断られたらそもそも信頼されてないし、一緒になれても存在を忘れられたりしたら、その人はどこかで自分を優先してたりする。
好きな事に夢中になっていても、自分を一番に思ってくれる人は、本当に良い人なんだそうだ。
「慧梨主ちゃんもラジコン気になるの?」
「え?いや……でも、ラジコンしてる夢明希くんが、一番キラキラしてるっていうか……その、見てて元気が出るんです」
それを聞くと、夢明希くんはじっとこちらを見つめた。
「あ……そ……それは良かったー。あはは……」
さっと逸らしたその顔は、耳まで真っ赤にしていた。
「大丈夫ですか?顔が赤いですけど?」
「……えへへ」
自由奔放で明るい性格の夢明希くんは、実はいじらしいほどに純情だったりする。
それが、私の胸にキュンと響く。
私は、そんな夢明希くんに恋をした。
明るくて、優しくて、それにちょっと可愛いところもあって……
何にも縛られていなさそうな、いかにも自由な雰囲気に、私はいつからか惹かれていた。
あの日出会って以来、夢明希くんとはいつもLINEでお話ししている。
ちょっと人と変わっていて、でもそれがすごくおもしろくて、どんな話でも聞いてくれる。
と、良いところを挙げればキリがない。
それくらい、私は夢明希くんに惹かれていた。
だけど、私には失恋の経験もある。
ずっと憧れ、大好きだった人。
ずっとお兄さまと呼んで慕っていたその人に、私は裏切られた。
もうあの悲しみは味わいたくない。
だから、私は夢明希くんがどういう人か、確かめる事にしたのだ。
好きな人を試すみたいで嫌だけど、デートだと思えば良いだろう。
もう、傷つくのは嫌だから______
夢明希くんは、黙々とラジコンカーを走らせていた。
砂地の広場に作ったコースを、夢明希くんの愛車は砂煙を巻き上げて疾駆する。
彼はそれを真剣な眼差しで見ていた。
静かな公園に響くのは、スズメのさえずりとモーターの音だけだった。
不意に夢明希くんがこっちを見た。
夢中になり過ぎて、私はずっと彼を見つめていた事を忘れていた。
ばっちり目が合う。
「……」
「……」
沈黙。
夢明希くんの顔が赤い。
私も、サウナにでも入れられたみたいに顔が熱くなってきた。
「……やってみる?」
沈黙に耐え兼ねたのか、夢明希くんは私にリモコンを差し出した。
「え?」
「いや……ずっと見てたから、走らせてみたいのかなーって」
正直そんなつもりは無かったのだれけれど……
「いいんですか?それじゃあ……」
私はリモコンを受け取った。
操作の仕方を教わって、とりあえず走らせてみた。
大きさの割に随分速い。
しかも砂で滑って、上手くコントロールできない。
「すごく……難しいんですね」
「そうなんだよねー。まあ慣れたらおもしろいよ」
夢明希くんが並べた三角コーンを、私の操作でことごとくなぎ倒していく。
あっという間に散らかってしまった。
「あ、あらら……?」
「大丈夫大丈夫、俺も最初はそんな感じだったし」
「ど……どうやったらあんな風に走れるんですか?」
「練習あるのみかな?……あっ!」
「え?……あ、きゃあ!」
何もかも手遅れだった。
ラジコンカーが宙を舞い、斜面の向こうへ飛んで行った______
その後______
遊び終わった私は、夢明希くんの家にお邪魔していた。
彼のお家はとってもおしゃれで、まるで外国のようだった。
「あっはっは!いや〜派手に飛んでったよね」
「本当にごめんなさい……私、こういうのは苦手で……」
私が丘の上から落としてしまったラジコンカーは、草と泥にまみれてボロボロになってしまった。
丘の斜面は土が柔らかくて、草もたくさん生えていたのおかげで、特にこわれたところは無かったみたい。
そう言ってくれた。
「それに、夢明希くんも大丈夫ですか……?」
ただ、そのラジコンカーを回収しようとして、夢明希くんまで斜面を転がり落ちてしまった。
申し訳なさ過ぎて、心が痛んだ。
「平気平気。たまにはああやってね、身体を動かさないとね」
でも夢明希くんは、ひとことも私を責めることなく笑っていてくれた。
彼の部屋は小さめで、しかもプラモデルやとか漫画とか、色々な物が所狭しと置かれていた。
私はベッドの上に座らせてもらっていたけど、それでも夢明希くんとの距離が近い。
その……ついドキドキしてしまう。
「ね……ねぇ、慧梨主ちゃん」
夢明希くんは、真剣な声と表情で向き直った。
「ど……どうしたんですか?」
さっきとは違うその雰囲気に、私はどきりとした。
「その……」
俺と、付き合って下さい_________
「えっ……」
段々と、胸の鼓動が大きくなる。
ふわふわとした感覚が体を包んでいく。
まるで、夢の中にいるような気分だった。
夢明希くんが、
夢明希くんが______!
「実は……ずっと前から好きだったんだ」
「ずっと、前から……」
「だから、またこうやって一緒になれて……すごくうれしかった」
まさか、夢明希くんにそんな風に思われているなんて、夢にも思わなかった。
いや、私のことをそんな風に思ってくれる人がこの世界にいることすら、考えたことがなかった。
みんなお姉さまを好きになる______
そんな世界で、きっと今までの誰よりもお姉さまに近かった夢明希くんに、ずっと好意を寄せられていたなんて……
「こんな俺で良かったら、ずっと傍にいてくれませんか……?」
緊張した表情で、夢明希くんが私の瞳を真っ直ぐ見つめてくる。
お日様のように眩しくて、あったかくて、優しい眼差し。
その中に、ずっといられるのなら……
「私なんかで……後悔しませんか?」
みんな私の傍から消えて行った。
みんな私に夢を見せて、そしてその夢は儚く崩れていった。
「もちろん!」
「なら……約束してくれますか?」
私だけを、
見てください______
ずっとずっと、私だけを______
この夢も消えてしまったら、私はもう生きていけない。
夢明希くんに与えられたこの愛が、私にとって最後の希望。
残された、最後の幸せの種だから。
だから夢明希くんには、
夢明希くんにだけは、捨てられたくない。
すると、夢明希くんは私を抱きしめた。
私の身体と、心を、優しい温もりで包むように。
「約束するよ。絶対、絶対に離さないから」
「うれしい、うれしいです……!」
私は自分に、そしてお姉さまに誓った。
今度こそ私は、幸せになる。
幸せの花を、咲かせてみせると______