【完結】アリス・イン・ワンダーランド 〜ルッキング・グラス〜 作:さくらのみや・K
インターホンが鳴った。
すぐに私は玄関へと駆けた。
待ちに待ったこの瞬間。
「おはようございます、夢明希くん!」
「わ、おはよ。はやいっすねえ」
大きなバッグを肩から掛けた夢明希くんが立っていた。
その姿を見ただけで、私の胸は更に高まる。
「楽しみで仕方無かったんです!さ、どうぞ入って下さい」
「おじゃましまーす」
私は彼を招き入れた。
今日は私と夢明希くんの、初めてのお泊りだ。
「広っ!」
リビングに案内した夢明希くんの第一声だった。
「すげぇ〜……芸能人の家以外で見たことないぜ」
「そんな……大げさですよ」
とは言いつつも、本当のところは広いとは思ってる。
でも私とお姉さまの二人だけで暮らすには、広過ぎてむしろ持て余してしまう。
「ここならラジコンやり放題じゃん、なんてね」
「んふふ、良かったら毎日遊びに来ますか?毎日会えるなら、私は大歓迎です」
「マジで?じゃあそうしちゃおっかな〜」
無邪気にはしゃぐ夢明希くんを見る度に、私は色んな悩みから解放された気分になる。
まるで、嫌な事を忘れさせてくれる妖精みたい。
「あはははは。なんてね、本当にそうしたらやっぱ、迷惑かけちゃうし。結構うるさいからね、フローリングで走らせると」
迷惑だなんて……
私はそんなこと気にしないけれど、そんなとこに気を使ってくれる夢明希くんは、やっぱり良い人だなと思う。
「大丈夫ですよ。その……夢明希くんといられるなら」
「うーん……でも、家族の人に迷惑じゃない?亜梨主とか、慧梨主ちゃんの父さん母さんとか……」
「家族の……人……ですか?」
家族______
昔々の光景が蘇る。
もう二度と戻ることのない家族の幸せ__________
「いや……」
急に、今の幸せな気分が薄っぺらいものに見えてくる。
もしかしたら今この瞬間も、ただの夢なのかも知れない__________
「そんな……いやだ!」
固く目を閉ざす。
もし目を開いたら、今までの幸せが消えてしまう。
楽しい夢が、
ようやく手に入れた楽しい夢が、醒めてしまう______!
醒めて……
「……梨主……慧梨主!」
自分を呼ぶ声で、私は我に返った。
そっと目を開ける。
「夢明希くん……」
そこには、心配そうに私を見つめる夢明希くんがいた。
ほっと溜息をつく。
堰を切ったように、涙がぽろぽろと溢れてきた。
涙が止まらない。
急に我を失い、泣き出した私を、夢明希くんは背中をさすりながら寄り添い続けてくれている。
『大丈夫よ、慧梨主______』
かつて、お姉さまは私が泣いているとき、いつも優しく慰めてくれた。
いつからか、私は一人になり、慰めてくれる人もいなくなった。
『どうしたの?アタシに話してみなさい?』
『ぐす……あのね、お姉さま……』
そして、胸の内を打ち明けられる人も……
でも、きっと彼なら______
「あの……夢明希くん」
気持ちを落ち着かせ、私は切り出した。
「ん?」
「実は……夢明希くんに話さなきゃいけないことがあるんです」
その言葉に、彼の表情が引き締まる。
「話さなきゃいけないこと?」
「私の家族のこと、なんですけど……」
今まで、ほとんど話したことがなかった。
つらいつらい、記憶の一つ。
「うん、分かった……無理しないでね」
「ありがとう」
無意識に緊張が身体に現れているのか、夢明希くんはそう言ってくれた。
私達、桜ノ宮家は4人家族だった。
優しい両親のもとで育つ双子の姉妹。
なんてことのない家族だった。
昔から私は引っ込み思案だったけど、活発なお姉さまと外へ遊びに行き、夜は一家で食卓を囲む。
その時からこの家に住んでいるけれど、あの頃はもっと狭いような気がした。
「俺もなんとなく覚えてるけど、お母さんすっげえハイテンションな人だったよね」
「そうなんですよ。お母さまの血はお姉さまに色濃く入ってて、私はお父さま似なんです」
だけど、だけど……!
「もう……いないんです……お父さまも、お母さまも……」
「え……」
あれは、中学1年生の10月だった。
忘れられない。
お昼休み、他クラスだったお姉さまと職員室に呼ばれた。
『親御さんが交通事故で病院に運ばれたそうだ。森山先生が送ってくれるから、すぐに帰る支度して教員玄関まで来て』
そして数分後には、お姉さまのクラスの副担任の先生の車に乗っていた。
街の中の大学病院に到着し、急いで病室まで駆けつけたが、その時にはもう手遅れだった。
『お母さま……お父さま……』
『ママ!パパぁ……!』
そこには、顔の上に白い布が被されたお父さまとお母さまが並んで眠っていた。
私とお姉さまでいくら呼んでも、二人は二度と目を覚ますことはなかった。
それからはあまり覚えていない。
気がつくと、お父さまとお母さまは灰になって、骨壷の中に収められていた。
思えば、あの日から何もかもが変わった。
私もお姉さまも、私達姉妹の関係も……
全てが音を立てて崩れたのだ。
私は、気が付くと夢明希くんの腕の中にいた。
「……」
余計なことは言わずに、ただ抱きしめてくれた。
私もただ、その温もりの心地良さに身を任せた。
「ねえ、慧梨主ちゃん……」
囁くように、夢明希くん言った。
「いや……大丈夫。大丈夫だよ、慧梨主ちゃん」
「はい……」
夜______
久しぶりに、誰かと夕食の並ぶ食卓テーブルを囲んだ。
お父さまとお母さまが死んで、お姉さまも引きこもるようになって、私はいつからか1人で食事をするようになった。
もう慣れっこだったけど、久しぶりに家で誰かと楽しく話しながら食べる料理の方が、ずっとずっとおいしかった。
「え?学校にピザを……?」
「うん」
夢明希くんは、面白い話をたくさんしてくれた。
特に学校の話は面白い。
「休憩時間になんか電話してんなって、思ったんだけどさ。なしたん?て聞いたら『ピザ頼む』って」
「そんな、学校に?」
「うん。じゃあせっかくだし、みんなで割り勘してでかいの頼もうってなってね。ちゃんと届いたよ、でっけえの3枚」
「3枚も……」
夢明希くんとその友人達は、いつも変なことをして楽しんでいる。
それでも怒られない校風もすごいし、何よりそういうことを思いつくのがすごい。
「めっちゃ見られてたわ、当たり前だけど」
「……おいしかったですか?」
「まあ……ピザはピザだよ。ただ20人くらいで分けたら全然足りなくて、今度は6枚ぐらい頼むかって話してるわ」
「え!?またやるんですか?」
こうやって、誰かと食卓を囲みながら、他愛のない話で盛り上がる。
忘れかけていた幸せを思い出した。
二人きりだけど、それでも充分過ぎるほど楽しい。
本当に幸せだった。
身支度を済ませ、私達は寝る事にした。
私はいつものベッド、夢明希くんにはその隣に敷いた布団に寝てもらう事にした。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「うん」
そう言って、私は部屋の電気を消した。
男の人と、夢明希くんと同じ部屋で……
初めての経験で、胸がすごくドキドキしていた。
「ねえ、慧梨主ちゃん……」
「な、なんですか?」
照れ臭そうに、夢明希くんは言った。
「手、繋いでも良い?」
毛布から手を伸ばしてみると、夢明希くんの手が触れた。
そっと握ると、夢明希くんも握り返してくる。
ドキドキする一方で、少し心がほっとした。
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
私達は手を繋ぎながら、やがて深い眠りに吸い込まれていった。