【完結】アリス・イン・ワンダーランド 〜ルッキング・グラス〜   作:さくらのみや・K

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Track-5 過ちと贖罪

深夜。

私は不意に目が覚めた。

夢明希くんの繋がれていた手は力尽きてしまったのか、伸ばしたまま横たわっていた。

「眠れないって言ったくせに……もう」

母犬を探す子犬のような目で懇願していたのに、今は気持ち良さそうに眠っている。

その寝顔に胸がキュンとして、ちょっとにやけてしまう。

 

そっと起き上がり、私は音を立てないようにして部屋を出た。

 

 

 


 

 

 

いつの間にか習慣になった夜の散歩に出かけようと、あたしはカーディガンを羽織って一階に降りた。

家の中は、窓から差し込む月明かり以外の光はないけど、歩くのには困らなかった。

 

玄関のドアを開けようとした時、誰かが廊下からリビングへ入るドアを開いた。

「あ……夢明希じゃない」

そこには、夢明希の姿があった。

こんなところで再会というのもなんだけど、久しぶりに見た夢明希の姿は、昔のやんちゃさは薄れ優しそうな感じだった。

「え、慧梨主ちゃん……?」

彼は、おそるおそる尋ねた。

あたしは首を横に振る。

「残念、ハズレ」

「そんな、それじゃあ……」

「亜梨主よ。桜ノ宮 亜梨主______」

あたしがそう名乗ると、夢明希は唖然となって固まった。

 

どれほど経っただろう。

「ちょっと!何ジロジロ見てんのよ」

あまりにリアクションが長いので、あたしはムッとした。

その声ではっとする夢明希。

「あ……いや、こんなとこで会うなんて。久しぶり」

やれやれ……と思いながら、あたしはため息をついた。

 

「それにしても、そっくりだね。ビビったわ」

苦笑いを浮かべながら、夢明希は言った。

「あら、もしかして見分けがつかなかった?」

あたしは少しからかうように言ってやった。

とはいえ、勘違いする理由もわからなくはない。

 

昔から、髪を隠すと見分けがつかないくらいにそっくりだと言われてきた。

だからこそ、小さい頃から姉妹で髪型を変えていたというのもある。

セミロングにしたら、あの娘と見分けがつかないかもしない。

 

「まさか、慧梨主と付き合っておいて、姉妹の見分けがつかないとか言わないわよねえ?」

そういうと、夢明希は鼻を鳴らした。

「自分は慧梨主並みにかわいいって?あっはっは!御冗談を」

「どういう意味よ、頭かち割るわよ」

「こわっ」

小学生の頃と変わらない掛け合い。

ムッととした表情とは裏腹に、あたしはその懐かしさに胸を暖かくした。

 

「まあいいわ……せっかくだし、一緒に来る?」

「え?」

「色々積もる話もあるでしょ?嫌かしら」

そう言うと、あたしは夢明希を手招いた。

「行くよ」

「じゃあ着いていらっしゃい。ジュース奢ってあげるから」

「別にそんな……」

「金欠なんでしょ?」

「何で知ってんだよ」

あたしは外へ向かって歩き出した。

 

 

 


 

 

 

あたし達は缶コーヒーとミルクティーを買い、近くの公園のベンチに腰を降ろした。

「慧梨主とはどう?上手くいってる?」

「まあね」

「そっか。どこまで進んだ?」

「うーん……手つないで歩けるようになったくらい?」

付き合い始めて2ヶ月くらい。

他の恋人同士に比べれば遅いのかも知れない。

「そんなんでいいわよ。焦っちゃだめよ?付き合いはゆっくりでも、慧梨主はちゃんとあんたのことが好きだから」

「わかってる。のんびりやっていくよ」

それで良い。

そこに疑問を抱いてしまったら、その者は、慧梨主への気持ちすら見失う。

それは、絶対に許されない。

 

 

この後しばらく世間話をしていたけど、やがてあたしはここまで夢明希を連れ出した本当の目的を果たす事にした。

「……あんたに、どうしても話しておきたいことがあってね」

「どんな話?」

「慧梨主の、恋愛のこと」

パパとママが死んでから、壊れていった慧梨主のこと。

そこにつけ込まれた慧梨主の不幸。

あの娘が背負う心の傷は、きっと誰にも想像がつかないほど深く辛い。

「きっと慧梨主は、自分からは話せない。でも、あの娘が恋愛というものに、どんなトラウマを持っているか……知っておいて欲しいのよ」

「……わかった」

今の慧梨主の幸せは、夢明希の存在に依存している。

二人の関係に亀裂を生じさせないためにも、こいつには色々知ってもらわないといけないと思った。

 

 

慧梨主と通ってた前の学園に入学してすぐ、あの男が近所に引っ越してきた。

慧梨主が“お兄さま”と呼んだあいつが。

母方の遠縁で、あたし達も昔何度か遊んだことはあった。

彼をずっと気にかけていた慧梨主は、恋に落ちた。

 

慧梨主はそいつをお兄さまと慕っていた。

あの娘はよほど入れ込んだのか、相当思い悩んだ挙句に相談に来た。

引っ込み思案な慧梨主には珍しいことだった。

あたしは、あの娘の想いを応援した。

『がんばりなさい』

あたしは慧梨主に告白させた。

 

告白は成功、

そして二人は付き合い始めたけれど______

 

嫌になるほど、女っていうのは勘の冴える生き物。

あいつの慧梨主との付き合い方に、妙な違和感を覚えたのは、付き合って二週間ほどだった。

最初は、引っ込み思案の慧梨主と歩調が合わないからだと思っていた。

でも違った。

慧梨主と彼と三人で会うことも度々あったけど、会う度に違和感はよりはっきりしたものになっていく……

あいつは慧梨主といる時、常に他の何かを見ていた。

慧梨主以外の何かを。

 

あたしはその何かを知りたくなった。

あたしの大事な妹と、半端な気持ちでは付き合って欲しくない。

何があいつをそうさせているのか知るために、あたしは彼との距離を縮めた。

買い物に荷物持ちに連れてったり、放課後の帰り道にカバン持ちとして連れ歩いたり。

そうしてるうちに、何を考えてるのかはっきりしてきた。

 

この男が慧梨主の側にいる理由。

 

それは、あたしだ_____

 

そう確信したとき、あたしはあいつを許せなかった。

 

「慧梨主を弄んだのよ。慧梨主はずっと……小さい時から、あいつを憧れの眼差しで見てたのに、それを裏切ろうなんて……そんなの、絶対許せるわけないじゃない」

慧梨主は心の優しい娘だけど、とっても傷つきやすい。

普通の男に裏切られただけでも傷つくだろうに、よりにもよってあの娘が誰よりも尊敬していた「お兄さま」に……

その痛みを想像すると、とても許せはしなかった。

 

「それでどうしたの?」

「決まってるでしょ。あいつと一緒にいても、慧梨主は傷つくだけ。だから……」

「引き裂こうとしたのか……?」

あたしは頷いた。

「それで……どうなった?」

結果を聞かれて、あたしは答えに詰まった。

 

ズキズキと胸が痛む。

 

『私を裏切るようなことは絶対にしない!』

『お前はお姉さまじゃない!!』

 

「慧梨主……」

普段の様子からは想像できないような声で、あたしは慧梨主にそう吐き捨てられた。

「あたしは、何も分かってなかった。あの娘の本当の気持ちも、自分の行動がもたらす結末も……」

慧梨主と、あの娘が大好きだったあいつとの仲を引き裂いたのだ。

ちょっと強引だったけど、慧梨主を救うのに一番手っ取り早い方法だと思っていたから。

慧梨主の夢を壊したくなかった。

 

「あいつと慧梨主の関係と一緒に、慧梨主との関係も、バラバラになった……」

だけどそのせいで、あの娘はあたしから離れてしまった。

「……」

「もうずっと、あたしは慧梨主の顔を見ていない。当然よね、あたしなんかに……あの娘の姉を名乗る資格なんてないもの」

夢明希は、ただ黙ってあたしの話を聞いていた。

 

あたしが余計なことをしなければ、

もっと、もっと慧梨主に寄り添っていれば、

単純に真実を打ち明けていれば______

慧梨主を守るための回り道が、そのまま絶望の穴底へと繋がっていることにも気づかず、あたしはそこへ慧梨主を突き落とした。

 

それでも、あたしは望まずにはいられなかった。

 

愚かなあたしの夢が叶うのならば……

もう一度だけ、慧梨主をこの手で抱きしめたい。

 

あたしを「お姉さま」と呼んでくれる慧梨主に______

 

帰り際。

「夢明希、約束して欲しいの」

あたしは立ち止まり、並んで歩く彼の方を向いた。

「何?」

「今日話したことは、慧梨主には言わないで。そして、これからも大切にしてあげてね」

本当は、慧梨主との話し合いの場も作って欲しい。

あたし達姉妹、そして夢明希の3人で仲良く暮らせれば、これほど幸せなことはない。

でもまだお互い歩み寄れる時じゃない。

だから今は、夢明希にあの娘の幸せを託すしかない。

「もちろん。約束するよ」

「ありがと……もし悲しませたりしたら……」

「したら……?」

あたしはニコッと微笑んだ。

 

殺すわよ?

 

 

 


 

 

 

翌朝。

目が覚めると、もう朝の8時を回っていた。

ベッドの下を見ると、夢明希くんはまだ熟睡していて、まだまだ起きそうにない。

枕元には、飲みかけのミルクティーのボトルが置いてあった。

「あら、結構お寝坊さんなんですね」

今日も休日。

私は気が済むまで、彼の寝顔を眺めていることにした。

 

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