【完結】アリス・イン・ワンダーランド 〜ルッキング・グラス〜 作:さくらのみや・K
風が冷たくなってきた。
10月をすぎると、朝方と夕方はとっても寒くなる。
試験明けの日曜日、私と夢明希くんはおそらく今年最後になるであろうデートに出かけた。
これから、大学受験に向けて大詰めになる。
寂しいけれど、将来のことも考えなくてはいけない。
「受験勉強、大変そうだね」
夢明希くんとの会話も、今日は受験の話ばかりになってしまう。
「ええ。でもそんなに高いレベルの学校ってわけでもないですし、ちゃんと真面目に勉強していれば大丈夫ですよ」
私は、隣町の普通大学を志望した。
担任の先生にはもっと上を目指した方が良いとも言われたけど、自分が行ける一番高いレベルの大学で魅力的なところは無かった。
それに我が家の貯金と親戚の仕送りで通うことになるので、あまりお金もかけたく無かった。
「あと……夢明希くんとは離れたくないですしね」
その言葉で、夢明希くんの顔が赤く染まった。
「えっへへ、ありがと……」
私達は、河川敷の広場に来た。
ベンチがいくつかあるだけで、空がオレンジ色に染まってるのもあって寂しげな空間だった。
「どうしてここに?」
夢明希くんは私に尋ねた。
ここにわざわざ連れてきたのには、実は大事なわけがあった。
「ここは……私と、お姉さまとの全てが変わった場所なんです」
ここに来た理由……それは、人生で一番悲しい出来事が起こった場所だから。
そして、今ここでその思い出を拭い去りたかったからだ。
高校一年生の頃は、今とは違う学園に通っていた。
私とお姉さまと、そして私のかつての恋人……お兄さまと。
お兄さまに歩み寄ったのは、私の方からだった。
お姉さまの後押しもあって、私からお兄さまに告白し、お付き合いする事になった。
だけどそれからしばらくして……
私は見てしまった_________
「お姉さまが、お兄さまと抱き合ってるとこ……」
それまでにも、なんとなく予感はしていた。
時が経つほどに、お姉さまとお兄さまとの距離が近づいていくような。
そして、私からお兄さまが離れていくような……
積み重なっていた不安が、現実となって私の心を押し潰した。
なんで、どうして_________
お姉さまは……私がお兄さまとのお付き合いを、認めてくれたんじゃなかったの?
悲しかった。
ずっと好きだったお兄さまに、
ずっと憧れだったお姉さまに、裏切られた______
そして悲しみは、やがて不信へと繋がっていく……
いつしか私は泣いていた。
「……大丈夫?」
夢明希くんは、そう言って私を抱き寄せた。
「ごめんなさい……こんな、暗い話しかできなくて……でも、どうしても……夢明希くんに聞いて欲しくて……」
「大丈夫だよ、なんでも話してくれた方が……だって、俺……彼氏だし」
夢明希くんの腕の中は、肌寒い風が吹いていても、とってもあったかい。
「ずっと、ずっとそばにいるから」
「ありがとう、夢明希くん……!」
私は、彼の温もりに身を任せた。
帰り際。
「私、最近夢を見ることがあるんですよ」
「そりゃ……まあ見るんじゃない?」
夢明希くんがキョトンとした。
私はそれで、話の切り出し方がおかしいのに気づいてしまった。
「あ、それとも今まで夢見たことないの?」
「いや、あの……もう!意地悪しないでください!」
「だってあの言い方じゃ……」
「もー、うるさいですよ!」
私は夢明希くんのほっぺを掴んで引っ張った。
「ちょっ!痛い痛い痛い!!で、どんな夢みたのさ!?」
最近夢に出てくるのは、私と夢明希くん……そしてお姉さま。
色んなことをして遊んだ。
その中でも一番多いのは、3人で遠くへ遊びに行く夢。
色んなところから蒸気の吹き出す岩場や、掘ると温泉が湧き出す砂浜がある湖、ホテルに泊まったり温泉に入ったり……
楽しいことをしているうちに、夢が覚めてしまう。
「お互い仲良しで、夢の中だけどとっても楽しい時間が過ごせるんです」
「今度……一緒に行こうか?」
夢の舞台になってる場所は、ここから車で2時間くらいの観光地だ。
「試験が終わった頃には、お金も貯まってるはずだし。春になったら行こうよ」
2人きり。
本当は3人が良いけれど……
「その、亜梨主とは……またいつか……な」
「そうですよね、今はまだ難しいですよね」
そうだ、焦っちゃだめ。
ゆっくり、少しずつ……
いつか3人で仲良く過ごせることを夢見て。
「今日は……ありがとう。本当に楽しかったです」
「受験勉強頑張って」
「はい、夢明希くんも頑張って下さい」
我が家の玄関前。
私は夢明希くんと別れ、鍵を開けて入ろうとした。
「慧梨主ちゃん!」
ドアを開けた途端、夢明希くんが呼び止めた。
「ど、どうしたんですか?」
そう聞くと、夢明希くんは何かを言いかけて黙り込んだ。
私達以外誰もいなくなってしまったかのような静寂が、二人の間に漂う。
「夢が、叶うといいね______」
そう言うと、夢明希くんは手を振りながら小走りで帰っていった。
それを見送ると、私はそっと玄関の扉を閉じた。
冷たい夜風が、頬に突き刺さる。
もう自販機は、暖かい缶コーヒーが並んでいた。
いつものように、アタシはブラックを買った。
缶を開けると、白い湯気がかすかに立ち上る。
冷たい夜風に身をさらすのも、温まったコーヒーでそれを紛らわすのにも、もう慣れっこだった。
これまでも、
これからも、
アタシはここで、叶わぬ夢を見続ける______
「慧梨主______」
長い髪が、凍てつく夜風になびく。
アタシの呟きは、コーヒーの湯気とともに、暗い夜道に流れて行った。