巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

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社長は一度も怒ってないです。顔が怖いだけ。



十九 災害

 私が声を押し殺して泣いているあいだ、男は黙ってこちらを見下ろしていた。

 私の知っている大人のように、諭す言葉や宥める言葉をかけたり、抱きあげて背中を撫でてくれはしない。

 知らない人にまでそうしてほしいわけではないけれど、こっちに生まれてから人に親切にされ慣れていたことを、改めて自覚した。

 

 手の甲で泪をぬぐう。

 助けてほしいときは、助けてください、って言わなくちゃ。

 

「俺の質問に答えろ」

「は、はい」

 

 思いがけず厳しい声。

 ついピシッと姿勢を正した。

 

「誰に連れてこられた? なぜここにいる?」

「わかんない、……です。起きたらここにいたの」

 

 いきなりちゃんと答えられない質問である。

 しかし、こうとしか答えようがないのだ。

 男は怒っているような顔で、質問を続けた。

 

「名前は?」

「シンシア・グレイラットです」

 

 後ろを振り返り、まだ寝ているみんなを見る。

 あの子たちの名前も言った方がいいかな、と思ったが、男は次の質問に移った。

 

「親の名は?」

「お母さんがゼニス・グレイラットで、お父さんがパウロ・グレイラットです。あと、お母さんじゃないけど、お母さんみたいなリーリャって人もいます」

 

 いつもお母さんお父さんと呼んでるし、普段は意識しないけれど、さすがにこれは答えられる。

 父様がノトスという家名を昔捨てていて、母様の旧姓がラトレイアだという事もちゃんと憶えている。

 自信を持って答えたのだが、男はますます怒った顔になる。

 

「ブエナ村の?」

「お母さんたちのこと知ってるの? お友達?」

「違う」

「ちがうの」

 

 友達じゃないらしい。知人くらいの関係なのだろうか。

 男は怪訝そうに首を傾げだした。「そんなはずはない。パウロに娘は二人だけ……」とごちている。

 記憶違いだと思う。娘は三人、息子は一人だ。

 

 私よりずっと生きる手段の多い大人。

 赤竜の群れの下を平気で移動できる人。

 でも、よく分からないけど、私は疑われている。

 希望に翳りを憶え、私は男との距離を一歩詰めた。

 男が半歩下がる。

 

「お願いです、助けてください。私だけじゃ、みんなお家に帰せないの。ヒューもエリーもクラレンスも重くておんぶして歩けないんです」

 

 男はこちらを推し量るように黙っている。

 私たちが全員、生き延びるかどうかは、すべてこの人の一存で決まる。そう確信していた。

 

「うー……」

 

 背後からむずがる声がした。

 誰かが起きたのだろう。振り返ると、ワーシカが寝ぼけ眼で体を起こしたところだった。頬に小石の跡がついている。

 ワーシカは、ここどこだっけ、と思い出すような間の後、私を認めて、次に私の前に立つ男を見て、表情を凍りつかせた。

 

「おはよう、ワーシカ……?」

 

 赤竜を怖がっているのではないと思うが。

 心配になって声をかけても、ワーシカはコチンと固まっている。

 

「ワーシカ?」

「びゃああああ! ママぁあ! ソーニャ姉ぇええ!」

 

 起きがけとは思えぬ大号泣だった。

 ワーシカは後ろに(いざ)って逃げ、背中に石壁をくっつけて絶望の声を張り上げた。

 顔をしかめてイヴが起き、こちらを見て「ひっ」と短い悲鳴を上げ、ワーシカよりは弱々しい声で泣き始めた。

 

「えっと、まだそこに居てほしいです!」

 

 男がどこかに行かないように頼み、二人のもとに駆け寄る。

 二人の泣き声で起きたヒューとエリックも、起きるなり泣き出した。クラレンスだけはまだ熟睡している。

 

「怖いよぉ、シンディ姉!」

「もうかえる! 帰るの! お母さぁん!」

「ヤダ! ない! あれ、ない!」

「あああん!」

「よしよし、どうしたの、怖くないよ」

 

 そばに屈むと、次々としがみついてくる。

 盛大な泣きっぷりだ。力いっぱい抱きついてくるので首が締まってウッと息が詰まる。

 離してね、と言っても聞いてくれなさそうだから、腕をそっと剥がしにかかると、ますます強く掴まってきた。死んじゃう。

 

「来ないで!」

 

 イヴの泣き叫ぶ声に後ろを見ると、銀髪の男がこちらに歩いてくる所だった。

 下火になっていた焚火が、鉄靴に踏まれて消える。

 男はおもむろにしゃがんで私たちを近くで眺めた。

 何か話をするなら、ちゃんと体ごと向けないと失礼だと思い、男の方を向く。私の正面からしがみついていたエリックは、ワーシカに引っ張られて背後に回った。

 

「シンシア・グレイラット。貴様、恐怖を感じていないのか?」

「きょーふ」

「俺が怖くないのか」

 

 あれほど泣いていたのに、男が喋りだした瞬間、皆は水を打ったように静かになった。

 まるで狐に狙われた鼠が、食われまいと音も息も殺して落ち葉の下に身を隠すように。イヴの上着の中に頭をつっこんだエリックのすすり泣きだけが小さく聞こえる。

 

 俺が怖くないのか、と訊かれた。

 怖いって答えたら助けてもらえなくなっちゃうかな。

 でも、嘘ついたらもっと怒って助けてもらえなくなるかな。

 正直者か否か試されている可能性に賭け、正直に答えることにした。

 

「お顔、こわいけど、泣くほどでは……」

「ふむ」

 

 男に気を悪くした様子はない。

 

「お姉ちゃんなので!」

 

 だから泣きません。

 安心して主張したが、その辺は彼はどうでも良さそうだった。

 

「あれは誰がやった?」

「?」

 

 何のことか分からないでいると、痺れを切らしたように男が顎をしゃくって示した。その先には赤竜の死体がある。

 昨晩に私が殺した魔物だ。

 

「私です」

「そう答えろと言われたのか?」

「え……ううん。私がやったの」

「無理がある」

「み゛っ」

「ああああ゛! シンディ姉!」

 

 立ち上がった男に、手首を掴まれて持ち上げられる。

 父様に手を持ってもらってくるんと回る遊びとは全然ちがった。

 無力な私の足は、地面から何尺も浮いてぷらぷら揺れた。

 男は上から下まで私を眺めた。死にかけの羽虫を見るような眼だ。

 やっぱり、怖い、怖い人だ、この人!

 

「闘気もない。ただの子供だ」

「ひい……」

「む? 左腕の魔力がおかしいな……いや、しかし……」

 

 ストンと地面に降ろされた。

「やってみせろ」と言われた。男は空に飛んでる赤竜を見ている。

 そういえば、この人が現れてから、赤竜がこちらに突っ込んでくる気配がない。数も減ったし、その残った赤竜も、戸惑うように空を旋回している。

 

「えっと……どれを?」

「どれでもいい」

 

 適当な一頭に狙いを定め、手を合わせる。

 私は死ねと祈ればいい。あとはトウビョウ様がやってくださる。

 

 空中に黒っぽい真一文字が引かれた。

 蚊を叩き潰すように、赤竜は潰れ、弾けた。

 

「……」

 

 これでいい? と、おそるおそる男の横顔を見上げる。

 彼は眼を張って空を見ていた。口もちょっと開いている。

 話しかけようとして、私は彼の名前も知らないことに気がついた。

 

「お名前はなんて言うんですか!」

 

 少しだけ怖かったが、勇気を持って訊ねた。

 両親かリーリャがいたら、兄がいたら、年上の友達がいたら、彼との対話を任せっきりにしただろう。

 しかし、今ここにいる子供の中では、私がいちばん歳上だ。

 ワーシカもイヴもみんな、顔面蒼白になって怯えている。

 人見知りにしては尋常じゃない怖がり方であるのが気になるが、これ以上怖がらなくて済むように、私がしっかりしなくては。

 

「オルステッドだ」と、すんなり答えてくれ、彼――オルステッドは、私に訊ねた。

 

「呪子か神子か……。他には? どんな事ができる?」

「……? お歌たくさん知ってるね、って、よく褒められる……。あと、妹が泣いてたら、泣き止ませられるよ」

「そうじゃない」

 

 オルステッドが苛立って舌打ちをした。

 大人の人に強い態度をとられたのは、誘拐されかけた時以来だから、どきどきした。でもめげない。

 

「赤竜を殺す力の他に、特殊な力はあるかと訊いてる」

 

 私はちょっと悩んだ後、ワーシカたちのところに行き、耳を手で塞いでいるように言った。

 ワーシカ、イヴ、エリックは震えながら従ってくれたけど、ヒューは私にがっちり抱きついてきた。

 仕方がないので、よろけそうになりながらヒューを抱えてオルステッドの前に戻ると、「いやぁあ゛ー!」と泣かれた。

 

「ヒュー、お姉ちゃんだいじなお話しなきゃいけなくてね、」

「わぁああん! やだああ!」

 

 ヒューは、私の服の袖を掴み、棒立ちになって泣いている。

 母様との約束があるが、聞いても二歳ならいずれ忘れるだろう。

 今だけ約束を破ることを許してください、母様。

 

「家族以外の人に言わない、って約束してるから……私が言ったこと、誰にも内緒にしてくれますか?」

「ああ」

 

 オルステッドが頷いたので、答えた。

 

「雨降らせたり、失くした物の場所がわかったり、昔のことや、先のことがちょっと視えます。遠くにいる人も殺せます。でも、お母さんとお父さんは、失せ物や迷子の子を探すとき以外は、力は使っちゃダメって言う」

「……」

「ぎゃああああ! けほっ、げぽっ」

「あらっ、ヒュー、戻しちゃったの。泣きすぎよ」

 

 ヒューが吐いてしまった。

 子供が吐くことはよくあるけれど、このまま泣き止んでくれなかったら、引きつけを起こしそうで心配である。

 

「お口のなか気持ち悪いね。ぐじゅぐじゅぺってしよ?」

 

 落ち着いてほしくて、水魔術で出した水を口元に近づけても、泣きながら首を振って拒まれる。困った。

 

「飲ませろ」

 

 ため息を一つ。オルステッドは、腰のベルトの横についていた容れ物から、何か取り出した。

 手のひらを出すと、小さな丸薬をザラザラっと出される。五つあった。

 

「なにこれ」

「睡眠薬だ。いつまでも怯えられては話が進まん」

「私たちのこと、助けてくれますか?」

「ああ。町まで運んでやる」

 

 心の霧が一気に晴れた気がした。

 家までは連れて行ってくれないみたいだけれど、それは望みすぎというものだ。

 それに、人のいるところまで行けば、やり方はある。

 リーリャは、遠い場所で迷子になったら、グレイラットの名を出して、「お家に帰りたいの」と顎の下で手を組んで上目遣いでお願いすれば何とかなる、と言っていった。

 やったことはないけれど、頑張ってお願いしてみよう。

 よかった、本当に。誰の命も損なわずに済むのだ。

 これまでの人生で、こんなに安心したことはない。

 

「ありがとう!」

 

 満面の笑みでお礼を言い、ヒューを連れて固まっているワーシカたちの元まで行く。

 

「シンディ姉、怖くないの?」

 

 涙の残る赤い頬をこすりながらイヴが訊ねてきた。ハンカチ……は、昨日、クラレンスの鼻をかませたんだった。

 クラレンスはいつの間にか起きていたらしく、泣き疲れた顔でエリックに寄りかかっている。

 

「怖くないよ? 私たちが家まで帰るお手伝いしてくれるって」

「嘘だ!」

「え!?」

 

 自分の出した大声にハッとしたふうに、イヴは口を両手で押さえて怯えた顔でオルステッドを見た。

 イヴをワーシカが庇いつつ、「だって」と言い放つ。

 

「あいつ悪いやつだ、シンディ姉、うそつかれてるよ!」

「う、うそ、だったの……?」

 

 そんな……。

 振り返ると、首を横に振られた。嘘じゃないらしい。

 

「大丈夫よ、お姉ちゃんがいっしょにいるからね、ほら、いいものあげる」

 

 そう言って、さっきの薬を一人一人に飲ませる。

 オルステッドに渡されたものだが、私から手渡したおかげか、こちらは疑わず飲んでくれた。

 うとうとしてから睡る、という普通の睡眠と異なり、皆は突然魂が抜けたようにがくっと寝た。

 最後にクラレンスが寝てから、オルステッドは自分の白いマントを外しながらこちらに来た。

 

 そういえば、五人もいるのに、どうやって運んでくれるのだろう。

 そんなことを考えた間際、オルステッドはマントを真ん中からざっくり斬った。手刀で。

 それも破れた感じではなく、鋏で切ったような断面だ。

 ビックリして見ているうちに、針でさくさく元マントが縫われてゆき、袋がふたつ完成した。

 

「マントが……」

「この服は魔道具の一種だ。あとで糸を解いておけば勝手に修復する」

 

 魔道具か。

 父様は兄の十歳のお祝いに、魔道具の篭手を用意していた。いや、あれは魔道具じゃなくて、魔力付与品だっけ。

 

 袋のなかに、イヴとエリックとヒュー、ワーシカとクラレンスが、それぞれ仕舞われてゆく。

 オルステッドは軽々袋を担ぎ、「行くぞ」と私に声をかけた。

 袋のひとつから手が飛び出している。エリックの手だろうか。

 

 誰も置き去りにせずいられたことをしみじみありがたく思いながら、私はオルステッドの後ろをついて歩き出した。

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

 くるりと引き返し、兄にもらった本を拾って戻る。

 大事な本だ。これも置いてはいけない。

 

 

 少し移動してみて、たいへんな事に気がついた。

 オルステッドと、私では、歩く速さがまったく違う。

 オルステッドは歩幅が大きく、早足で、険しい道もひょいひょい乗り越えていってしまう。

 私は何度も置いていかれそうになりながら、頑張ってついて行く。

 オルステッドに会ってから赤竜が一度も襲いかかってこないから、上空には気を配らなくて済んだ。

 

 私が遅れていることに気がつき、立ち止まったオルステッドに走って追いつくこと数回。

 何度目かにオルステッドの横に追いついた直後、石塊につまづいた。

 次にくる衝撃と痛みを耐えるべく本を胸に抱えると、体がちょっと浮いて足から地面に着地した。

 浮いたとき首が締まったのは、コートのもこもこしたフードを掴んで立たされたからだ。

 オルステッドの顔を見上げる。

 

「面倒だな」

 

 とっても怒っていらっしゃる。こわい。

 オルステッドは憤怒の表情で私を俯瞰し、手をこちらに伸ばした。

 

「……??」

 

 オルステッドの掌に自分の手をパンと叩きつけた。

 イッシュさんが時々やってくれた遊び。

 徐々に翳す手の位置を高くしていき、子供は飛び跳ねてその手を叩くのだ。高くなるごとに叩くのも難しくなっていくけれど、その分良い音を出せたときの達成感が楽しいのだった。

 

「何だ? 何をした?」

「叩いたの。あ、遊ぶんだと思って……ごめんなさい」

 

 表情と戸惑い方からして、全然ちがうっぽい。

 そうだよね、急に遊びだすわけないよね、そんなに仲良くないもの。

 気まずい勘違いにちょっと落ち込んだ。

 

 オルステッドは再度手を伸ばしてきて、私が持っていた本を取り、ワーシカたちが入っている袋に入れた。

 次に、米俵みたいに私の体を担ぎあげた。

 肩が腹に刺さり、がふっ、と息が漏れる。硬い肩だ。

 オルステッドはそのまま歩き出した。私まで運んでくれるらしい。

 

「おお……」

 

 視線がたかい。

 家の中か村でやってもらえたなら、普段と風景が違うように見えて、楽しいと思う。

 ここは初めての場所だし、代わり映えの無い山岳だ。

 目線の高さが変わったからといって、意外性はない。

 

「オルステッドさん、……様?」

「何だ」

「みんなが、嘘つきとか、悪いやつとか、悪くち言ってごめんなさい」

 

 普段はもっと良い子たちなのだ。

 いくら知らない人相手で、それも顔が怖いからといって、あそこまで怖がったり嫌ったりするのは、変な反応だった。

 

「あとでよく言って聞かせますから……」

「いい。あれが普通の反応だ」

 

 ヤーナム君の母親の真似をして謝ると、淡々とオルステッドは言った。

 

「怖がられて、嫌われるのがふつうなの?」

「ああ」

「大人にも子供にも?」

「ああ」

 

 嫌われてのけ者にされることを、生前は「へのけ」といった。

 へのけは死活問題だ。祭りや行事に声はかけてもらえないし、田植えも稲刈りも雪下ろしも屋根の葺き替えも、何も手伝ってもらえない。困窮しても、米は貸してもらえない。

 私はトウビョウ筋の子であった。へのけではなかったけれど、やっぱりどこか、疎外される家筋だ。

 米は貸しても金を貸してもらえなくて、祭りや行事に声をかけてもらうのは最後の方。姉たちの嫁ぎ先も同じ村では見つからなかった。

 へのけの気持ちはほんの少し理解できる。

 

「いろいろ虚しくなりますねえ」

「……」

「オルステッドさん様」

「さん様……。何だ」

 

 どちらの敬称を使ったらいいか判断がつかなかったから両方つけた。オルステッドさん様。彼は物言いたげに返事をした。

 

「嫌われるのがふつうで、大変なのに、助けてくれてありがとうございます」

 

 一生忘れない恩だ。

 一生といっても、あと二十年もおそらくないが。

 せめてトウビョウ様が彼の定住している土地に憑かないように、努力しよう。

 

「オルステッドさん様のお家はどこですか」

「決まった住居はない」

「え。お家決まるまで、私のお家に住みますか?」

「住まん」

「お母さんとお父さんと、リーリャさんと、三歳の妹がふたりいます。猫の雪白と馬のカラヴァッジョもいます。みんな優しいので、大丈夫だと思います!」

 

 あと離れて暮らしてるお兄ちゃんもいます。

 ちょっとすけべだけど良いお兄ちゃんです。

 

「……お前の家族に拒絶される不安から断ったのではない」

「そですか」

 

 しゅん。

 

「お家といえば、さっきから視えるものが変です」

 

 オルステッドは立ち止まり、周囲に視線を走らせた。

 そういうことではなく。

 

「ここに来る前、まぶしい光がピカッてなってたから、みんな大丈夫だったかなってブエナ村を視たの」

「それで?」

「でも、うまく視れないんです。更地ばっかりで、何度やっても」

 

 そう言ったきり、私たちの間には沈黙が落ちる。

 オルステッドは「やはりあの魔力は……」などと呟いてるから、正確には沈黙ではないが、私と喋ってくれる気はあまりないようだ。

 

 喋らず、ただ運ばれていると、だんだん眠たくなってくる。

 昨夜は一睡も出来ずにいた。この人のそばなら安全であると知れると、忘れていた睡魔が這いよってきた。

 

「ふわ」

 

 肩が腹を押してちょっと苦しいが、眠さの前には些細なことだった。

 私は小さくあくびをして、体から力を抜いて、目を瞑ったのだった。

 

 

 

 夢見心地のまま、何度か大きく揺さぶられて、いつしか水平な場所にいた。

 揺れはなく、体は温かい。腹も苦しくない。

 

「……」

 

 うむ。目覚めた。

 体を起こし、部屋を見回す。窓の外は明るかった。

 周囲には、私が今まで寝ていたような箱床がいくつも並んでいる。

 他に寝ている子供はいなくて、私ひとりっきり。シーツをめくると、中の藁はちょっと古そうな感じだ。

 

 そばに置かれていた靴を履き、人を探すべく廊下をうろつく。

 すぐに行き合った。村唯一の教会にときどき来て、子供にレース編みや裁縫を教えてくれるミリス教の修道女と同じ格好をした人だ。

 その人は、ワーシカの手を引いていた。

 

「シンディ姉! 起きたんだ!」

 

 ワーシカは嬉しそうに駆け寄ってきた。

 修道女もこちらに歩いてくる。

 

「よかった、歩けるのね。どう? どこか痛いところはない?」

「ううん」

「お腹は空いてる?」

「空いてます」

 

 すごく空いてる。

 腹に手を当てつつ答えると、厨房のような場所に案内され、「食事の時間じゃないから、まだちゃんとしたものは用意できないけど」と言いながら、パンと水を出してくれた。

 

 道中の渡り廊下からは、中庭で遊ぶ子供と大人が見えた。

 子供だけで十人以上はいるだろうか。子供の年齢はバラバラで、下は二歳から、上は十歳まで、という印象だった。

 子供の中に混ざって、片足が欠けた若い男がたくみに松葉杖を使いボールを取っている。子供は彼からボールを奪おうとしているが、なかなか上手くいかないようだ。

 その中にはイヴたちもいた。イヴはこちらに気がついていないようだったので、元気そうなことに安堵しながら通り過ぎた。

 

 パンを用意してくれた彼女は、ミモザというらしい。ミモザさんと呼ぶことにした。

 味を感じないパンをゆっくり食べる私に、ミモザさんは色々と説明してくれた。

 ここはウィシル領のとある町で、私が今いる建物はミリス教の運営する救貧院だそうだ。孤児や身寄りのない老人、怪我等で働けなくなった人たちが助け合って暮らしているらしい。

 私と一緒に来た五人の子たちは皆無事であることも、教えてもらった。

 

 ミモザさんは、少し困ったようにワーシカを見た。

 

「名前とブエナ村っていう村に住んでた事は言えたんだけどねぇ……ウィシル領じゃないことは確かなんだけど、どこの領地かわからなくて」

 

 ワーシカもイヴも、まだ四歳。

 自分の名前と、住んでる村の名は知っていても、それより広い世間のことはまだわからないのだろう。

 私は六歳だからちゃんと答えられる。

 

「フィットア領です。フィットア領の、北の端っこにある村です」

「フィットア領? どうしてそんな遠くから」

 

 不思議そうなミモザさんに、私たちをここまで連れてきてくれた人について聞いた。オルステッドのことだ。

 途中で寝ちゃったから、中途半端な別れになってしまった。

 

「お、おお……あの悪魔……!」

 

 オルステッドの名を聞いたミモザさんはガタガタと震え出した。

 私は強く抱きしめられた。態度の急変に困っていると、「怖かったでしょう」と背中をさすられる。

 

「あんな恐ろしい男に誘拐されて、恐怖は察してあまりあるわ」

「怖いことされてないよ!」

 

 驚いて否定したが、「そう言わされてるのね」と聞き入れてもらえない。

 何度説明しても、私たちは〈オルステッドに誘拐された挙句、用済みになって救貧院に捨てられた子供〉ということになる。

 

「フィットア領のブエナ村と言ったわね? 村に手紙を送って迎えを頼むから安心して。

 貴方たちは本当に怖い目にあったのだと思うし、その心の傷は計り知れないわ」

 

 怖い目になんてあってないのに。

 心の傷なんか無いのに。

 お迎えを手配してくれるのは助かるけれど。

 

 あれが普通の反応だ、と言っていたオルステッドを思い出した。一事が万事こんな感じでは、全世界からへのけにされているのと変わらない。

 ミモザさんは、ブエナ村に私たちの居場所を報せる手紙を出してくれるという。

 彼女に訊ねられるまま、私とワーシカたちの両親の名を伝えた。

 

 

 

 朝に一回、起床の鐘。

 昼に一回、昼食の鐘。

 夕に一回、夕食の鐘。

 この施設では、一日に三度鳴る鐘を軸に生活している。

 

 私が寝ているうちに昼の鐘は鳴ってしまったようで、夕方に鐘が鳴るまで好きに過ごしていいと言われた。

 五歳より上の子は、掃除やもっと小さな子の子守りなど仕事を任せられるようになるらしいが、私は今朝来たばかりだから仕事も何もない。そもそも今は自由時間だそうだ。

 

「おー! 新しい子だー!」

「こっち来いよ、いっしょに遊ぼう!」

 

 ワーシカと中庭に出てみると、年上の男の子たちに声をかけられた。知らないお兄さんたちに気遅れしたふうなワーシカを連れて、混ぜてもらう。

 庭の端でぶちぶち雑草を引きちぎっていたエリックがこっちに来た。「いっしょに遊びたい?」と聞けば、無言で頷かれる。

 ヒューとクラレンスは、離れた場所で、ミモザさんと同じ服装の職員さんとままごとをしている女の子たちに構われている。イヴも今はそっちにいるようだ。

 

「何して遊んでたの?」

「あてっこだよ、ボールぶつけられたら負けになんの」

 

 人数を均等に割り、二つの陣地に分かれ、より相手の集団に多く当てたほうの集団が勝ちだそう。

 ボロ布を糸できつく丸めたボールとはいえ、力いっぱい投げたのが当たれば痛いだろう。

 

「楽しそうだけど、ぶつけられるのはこわいかも」

「だいじょーぶ! そんなに痛くねぇから」

「あら……」

 

 すこしは痛いらしい。

 ワーシカとエリックを指し、小さな子がいるからボールは投げるのではなく蹴るだけにしてほしい、と頼んだら、男の子たちは顔を見合わせて相談を始めた。

 表情から察するに、賛成の気配は薄い。

 

「この子たちを狙うときだけはボールを蹴るっていうのは? それでもダメ?」

「ああ、それならいいよ」

 

 了承され、条件つきで私たちも仲間に入れてもらうことになった。

 ヒュンヒュン飛んでくるボールを避けつつ、地面に描かれた陣地を逃げ回る。飛び交うボールを怖がるエリックと手を繋ぎ、しばらく逃げていると、背中にぶつけられた。

 

「当たった! 当たったら外!」

 

 言われるまま、エリックと離れて陣地の外に出た。

 先に外にいた男の子に「お兄さん」と話しかける。

 

「わたし厠に行きたいから、あのちっちゃい子たちのこと見てあげてほしいな。ワーシカとエリックっていうの」

「ふーん、いいけど」

「ありがとう、お兄さん、お願いね」

 

 お礼を言って、建物の中に戻る。

 本当は厠は起きてすぐ行ったから、用を足したいわけではなかった。

 適当な無人の部屋に入る。埃の臭いのする部屋に、年季の入った掃除道具が整頓されて置かれていた。

 

 古い長持の上に肘をのせて床に膝をつき、手を合わせて目を瞑る。

 土地を視ようとするから、なぜか失敗するのだ。

 なら個人を視ればいい。

 

 そう、例えば、赤ちゃんのミーシャとアリィ。

 私は眩しかったら目を瞑ればいいことを知っているけれど、そういう事を何も知らないのが赤ちゃんである。

 もしあの光で眼が潰れてしまっていたら、母様とシルフィと一緒に治す方法を探してあげたい。

 

 窓の外からはワーシカとエリックのはしゃぐ声が聞こえてくる。ちゃんと遊んでもらっているみたいだ。

 私は集中して、トウビョウ様に祈った。

 いつもと同じように、頭の中に、絵が浮かんできて――

 

「あっ」

 

 驚いて目蓋を開けた。

 二人とも消えてる。

 

 

 

 

 

「あの」

「ん?」

 

 借りた書蠟板を抱え、中庭のベンチに座っている男に話しかけた。

 渡り廊下から見たとき、子供と遊んでいた片輪の男だ。年齢は父様より少し下くらい。

 他にも大人はいたが、話しかけるならこの人と思っていた。子供と遊んでくれるなら、何か訊いてもきっと嫌な顔をせず教えてくれる。

 

「屋根のてっぺんが金色の大きな建物や、七つの高い塔がある場所って、どこですか?」

「ミリシオンのことか? 俺は実物を見たことはないが、そんな場所だって聞いたな」

「ミリシオン……」

 

 どこだっけ。母様から聞いたことあるような。

 三面の書蠟板いっぱいに彫り込んだ人名。

 ソマル君の横に、ミリシオン、と書き加えた。

 

「ちょい下がりな」と男は言い、ベンチに立てかけていた松葉杖の先でガリガリと地面に図を書き始めた。

「ここ。ミリス大陸のミリシオンはこのへん」と、図の一点を杖の先で示した。

 地図を書いてくれたみたいだ。

 

 これなら、視えたものの特徴から地名を探らなくて済む。

 私は土の地図と視えたものを照らし合わせ、一点を指さした。

 

「じゃあここ。ここは何ていう場所?」

「あー……その辺は紛争地帯っていって、」

「いやそこはシーローンじゃぞ」

 

 ぬっと腰の曲がったお婆さんが口を挟んだ。

 

「シーローン?」

「そうじゃ。で、南に行くにつれて、キッカ、サナキア、王竜」

「そうだっけ、物知りだな、ナヤ婆さん」

「アホウ。お前がモノを知らなすぎるんじゃ」

 

 ナヤ婆さん、と呼ばれていた老婆に話しかける。

 

「じゃあ、そのシーローンで、小さな建物がいっぱいあって道は迷路みたいで、その真ん中に大きな建物があって門も大きくて、固そうな服を着た人がたくさんいる場所は?」

「おうおう、早口すぎて聞き取れなんだわ。もっとゆっくり話しとくれ」

 

 同じことを、ゆっくり言い直した。

 

「そりゃあ、シーローンの……王宮じゃな!」

「ホントかよ」

「固そうな服って兵士の防具のことじゃろ。それを付けた奴がたくさんおるんじゃろ? 王宮じゃ」

 

 リーリャ、アイシャの名前の横に、シーローンの王宮、と書き加えた。

 何度か違う場所を指さして訊ねるうちに、周囲には人が集まってきた。

 私が地面の地図を指さすと、そこは大森林の誰のものでもない森だ、いやいや獣族の国だ、と大人が言い合い、正答を外すと笑い声がおこる。

 普段なら好ましい人の笑い声を、万方から迫りきて己をせっつくもののように、私は聞いた。

 ちっとも一緒になって笑えずに、聞いた地名を書きつける。

 

 広げると抱えきれなくなる三面の書蠟板をベンチに置いて書いていた。

 イヴが横から手元を覗きこみ、「も、ん、て、ぃ」と、たどたどしく読み上げた。

 読み上げて、すこし不満そうにした。

 

「シンディ姉、お父さんの名前の上に、横の棒ひかないでよ。読みにくいってば」

 

 村唯一の鍛冶屋、モンティ。密林地帯で死んだ。

 

「ヒューのお母さんの名前もある。って、これも棒書いてるし」

 

 ヒューの養母、レーン。紛争地帯の端で慰みものになって死んだ。

 

「棒ばっかり! これはー……ろー、る、ず、……シルフィ姉のお父さん?」

 

 村の狩人で、シルフィのお父さん、ロールズ。死んだ。

 屍体は影送りのように眼に残った。

 

 頭の両端が熱くなり、結果が不吉であれば熱さは痛みに変わる。昔から変わらない私の体質である。

 だから何十人も続けて視た今は、頭は割れるように痛かった。

 

 私の表情をイヴに見せてはいけない。

 とっさに膝を抱えてしゃがみ、俯いた。

 

「お腹痛い?」集まっていた女の子の声が聞こえ、背中に指先を置かれる感触があった。




名前:シンシア・グレイラット
年齢:まだ6歳
魔術:火魔術中級、土魔術初級、水魔術初級、治癒初級(無詠唱)
読み書き:書くほうは年齢相応に拙い
算術:足し算引き算ならできる
礼儀作法:中途半端な敬語を使う
霊能力:全盛期(死ねと思ったらだいたい死ぬ)
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