巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

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二三 次の行き先

「お、虫さされ発見」

 

 濡れた兄の手が、首にふれた。

 丘の木の下で、座ってイヴを抱っこしていた私は、同じ場所をさわった。

 かゆい。ポリポリかく。

 

「搔いたらひどくなるよ」と、隣で水柱(アイスピラー)の練習をしていたシルフィが言う。

 

「ルディ、なんでそんなにビチョビチョなの?」

「水弾合戦やってたんだ」

 

 と、答え、兄は丘下で遊んでいるハンナちゃんやレミ君たちを指した。兄も彼らも頭から上半身まで水漬くだ。今日は暑い日だから、濡れたまま過ごしても、風邪はひかないと思う。

 兄は「セクシーダイナマイト!」と言いながら私の背後からワンピースを大きく捲った。

 肌着も一緒に捲られ、腹と胸と背中が丸出しになる。

 母様がいたら「女の子にそんなことしないの!」と兄を叱っただろう。

 でも、丘の下で遊んでる他の子はこっちを見てないし、そばにいるのは兄とシルフィとイヴだけだから、問題無しだ。

 

「背中にも痕がある」

「お腹にもあるのよ」

「ホントだ。どこで刺されてきた?」

 

 わからぬ。気づいたらかゆかった。

 

「冷やしてあげるね、痒いのおさまると思うよ」

「きもちい」

「ふふ、でしょ?」

 

 横に作り出した氷柱にぺたっと手をくっつけ、冷やした手をシルフィは私の背中にくっつけたのだった。

 

 

「ただいま!」

「母様、うちにノミかダニがいるみたいです」

 

 遊んでから家に帰ると、兄が母様に虫刺されを報告した。

 家の中をわさわさ這い回っていたノルンが私の姿を認め、ハイハイで近寄ってきた。

 近ごろつかまり立ちができるようになったノルンは、私につかまって立った。私が体を揺らすとご機嫌で「あきゃきゃ」と笑い声をあげる。かわいい。

 

「ぶぅ!」

「やん」

 

 まだつかまり立ちをしないアイシャは、腰に頭突きをくれた。勢いをつけたハイハイでぶつかってくるから、ちょっと痛い。

 妹を可愛がっていた私の服が、また勝手に捲られる。

 

「あらほんと、痒かったでしょ、シンディ」

 

 かがんだ母様の爪がかゆい所に触れた。

 

「シンディは雪白といっしょに寝てるものね、猫のノミがベッドに移っちゃったのかもしれないわ」

 

 母様に呼ばれてリーリャが来た。つられて父様も。

 なんだか大事になったようで、ちょっとどきどきする。

 

「シーツを煮沸しましょう、藁も取り替えます」

「僕も手伝います!」

「シンディはお薬ぬりましょうね」

「はーい」

 

 リーリャと兄が廊下に出て、私は母様に軟膏を塗られる。

 雪白は父様に捕まって、お風呂に入れられることになった。

 

 父様は桶にお湯を溜め、雪白をじゃぼんと投入した。

 

「コラ暴れんな! こいつ、ノミなんて飼いやがって」

「ニャアアア!」

 

 腕まくりをして桶の前にしゃがみこむ父様の背中に、私はよじのぼった。

 ひゃうひゃうと哀れっぽい声をあげて、雪白は黒い毛並みを萎えさせていた。濡れると体がひと回り縮んで見える。

 

「うふっ、雪白ちっちゃい」

「シンディも小さいけどな」

 

 雪白よりは大きいやい。

 

 洗われた雪白は、魔術で温風をかけて乾かそうとする兄から逃れ、父様の書斎の机の下に隠れて懸命に体を舐めている。兄に乾かしてもらったほうが早いのに。

 

 雪白は、夜になっても物陰から出てこなかった。

 私は寝る前に、両親の寝室で、母様の膝の上に座って本を読み聞かせてもらう。『ペルギウスの伝説』という話だ。

 仲間はずれは可哀想だから兄もいっしょだけれど、兄は私と母様のとなりですぅすぅ寝ている。

 何度も読み聞かせられたから、飽きて寝てしまったようだ。

 父様はニヤニヤしながら、そんな兄を毛布で赤ちゃんのようにくるんだり、腕と足を動かして変な体勢にしたりして、遊んでいる。

 

 扉のほうからカリカリ板を引っかく音がきこえた。

 

 扉はちょっとだけ開けてある。やがて隙間の存在に気がついたのか、隙間に体をねじこむようにして黒い毛玉がぬっと現れた。

 雪白だ。私は寝台から降りて雪白の前にしゃがんだ。

 よいしょと抱きあげる。毛はもう完全に乾いていた。

 

「ノミいなくなった?」

「ニャウ」

「よかったねえ、また今日からいっしょに寝れるね」

 

 雪白のせまい額に頬ずりすると、ゴロゴロと喉の振動が私の頬に伝わってきた。洗う前よりふわふわになっていた。

 

 

 

 

 片頬と鼻にふわふわした毛皮の感触がある。

 夢にみた昔の記憶の続きだと思って頬ずりして、雰囲気や毛足がちょっと違うことに気がつく。

 これは雪白じゃないのかもしれない。

 あら、でも、黒い……。

 

 すこし下に視線を落とすと、白革の外套が見えた。

 鉄靴がひび割れた地面の上をスタスタ歩いている。

 私の肩には、なかなかしっかりした胸板があたっている。

 顔を上げた。

 

「……」

「……」

「……おはよございます……」

「……ああ」

 

 心臓とまるかと思った。

 オルステッドの片腕に座る形で抱かれていた私は、コートの肩周りの毛皮に顔を埋めて寝こけていたようだ。雪白かと思った。

 胃の腑に寂しさをおぼえた。空腹である。

 

「お腹すきました」

 

 与えられたグリフォンの干し肉をガジガジ齧りながら、抱かれて移動する。

 途中、ナナホシが疲れてきたので、オルステッドが背負う代わりに私は降ろされた。

 腕は二本しかないから、二人同時に運ぶのは難しいみたいだ。

 彼が肩にかけていた食糧だの毛布だのを入れた背嚢を持ちましょうかと申し出たが、断られた。どうするのだろうと見ていると、オルステッドはそれを前に抱えるように持ち直していた。

 

 また私を大きく引き離していたことに気がつき、立ち止まったオルステッドに追いつく。

 彼が思ったように進めなくて苛立っているのがわかる。

 オルステッドは背嚢と私を見比べ、何やら考えているようだ。

 

「魔力があるなら、十日程度は一人でも何とか……」

 

 ひえ。

 置いていかれる!

 荒涼とした過酷な地に! 十日間も!

 

「お、置いてかないで……」

 

 姥捨てならぬ子捨てである。

 チサだったときに聞いた話によると、瀬戸内海地方の島では、隠居*1した老人は、四国遍路に出かける風習があるそうだ。

 生きて帰る者もいるが、多くは旅で野たれ死ぬ。隠居の四国遍路は自分で自分を処分するための旅なのだ。死穢という死の穢れを忌み、家に及ばないようにするためでもある。

 遍路に出かける隠居が何を思うかは知らない。

 でも、自分で旅に出るという形をとっているからには、ある意味、諦めを持って受け入れているのだろう。

 

 私にまだそこまでの諦めはつかない。

 妹たちは間に合わなくても、せめて兄が成人するまでは。

 

「む。駄目か? 寝床になりそうな岩場ならあるぞ」

「や!!」

「そこまでか……」

 

 本気で走って振り切られたら追いつく術がない。

 オルステッドの足に渾身の力を込めてしがみついたが、べりっと剥がされた。

 

「ぁ、」

 

 胸に広がった絶望に涙が出かける。

 オルステッドは背中のナナホシをも降ろし、肩にかけていた背嚢に丸めて括りつけていた亜麻布を三つ折りにした。

 寝るときに毛布代わりにしていた布である。

 紐のように畳んだ布が体にかかり、ぐっと体が持ち上がって黒いベルトのついた白いコートに密着する。

 オルステッドは布の左端を肩にかけ、右端を腕の下に通し、背中で固く結んだ。

 私は抱っこ紐にくくりつけられた格好になる。

 

「これでいいか」

 

 と、オルステッドは独り言のように呟き、ナナホシに背を向けてしゃがんだ。ナナホシが背中につかまる。

 

 置いていかれずに済んだ。

 私はしんそこ安堵して、目の前の梯子状のベルトに掴まったのだった。

 

 

 


 

 

 

 何日移動を続けたろうか。

 よほど人が定住しにくい環境であるのか、人を見かけることはまったくない。

 魔物ならたくさん見た。

 紅い毛並みに蠍の尾をもつ蠍尾獅子(マンティコア)

 何尺もある背丈を硬い甲殻で覆った双尾死蠍。

 異臭を放つ、顔は蝙蝠、体は豊満な女の体のサキュバス。

 定住地を探して地面をとっとこ移動するカクタストゥレントの幼体。

 

 べガリット大陸は人が住めない場所なのかと思い、訊ねたが、そんなことはないらしい。

 ここよりもっと北部は栄えているらしいし、東部も比較的安全で、人も定住しているらしい。

 南部にはラパンという都市や、バザールという巨大市場もあるそうだ。

 

「人のいるところは行かないの?」

「ああ。ラパンに用があるのは二年後だ」

 

 二年後かぁ。

 その頃も私はオルステッドのもとにいるのだろうか。

 父様とノルンのところに行けるのはいつになるだろう。

 

「いまは何のご用があって来てるの?」

「資金調達だ」

 

 資金調達かぁ。

 生きていく上で金は大事だものね。

 急に金回りがよくなっても、トウビョウ筋の家は村人に白い目で見られるけれど。

 

 オルステッドは夜通し歩いても平気であるようだが、私とナナホシは違う。運んでもらえるとはいえ、横になれないと体に疲労がたまるのだ。

 夜は野営し、寝る前に、焚き火のそばでナナホシに言葉を教える。

 見える風景はいつも同じで、通訳がいないので、指をさして名称を教えられるものには限りがあるが、ナナホシは一生懸命おぼえようとしている。

 

「ナナホシ、はいどうぞ」

「アリガト」

 

 寝る前に、濡らした手拭いをナナホシに渡す。

 湯あみができない代わりに、これで体を拭くのだ。

 数日ぶりに拭いたときは、手拭いがなんとも言えない色になって、ナナホシと顔を見合せて沈黙した。乾いた気候のおかげか、臭いなんかはぜんぜん気にならなかったが、体はしっかりめに汚れていたようだ。

 

『子供の髪って、つやつやで羨ましいわ』

「?」

 

 ナナホシの持っていた櫛で髪を梳いてもらう。

 虱は湧いてないはずだが、ボサボサだと見栄えが悪いからだろう。

 櫛は、半透明でつるつるしていて、見た目は硝子のようだが、持ってみるとずっと軽いのだ。

 

 ナナホシの不思議な持ち物は他にもある。

 彼女は革の肩掛け鞄から、白紙の紙を綴じた薄手の本を取り出し、ポーチから筆記用具を取りだして書きつけ始めた。

 私は読めないが、紙には、単語や矢印がたくさん書いてある。

 覚えた言葉を忘れないように記録してあるのだろう。

 ナナホシの筆記用具の形は変わっていて、名前は〈しゃーぺん〉と〈ぼーるぺん〉というらしい。

 しゃーぺんを借り、薄手の本にこちらの言葉で「ナナホシシズカ」と書いてあげたが、とても書きやすかった。

 

 いったい、彼女はどこから来たのだろう。

 知られたくない過去があるかもしれないから、勝手に視たりはしない。

 もっと意思疎通ができるようになったら訊きたいな。

 

「オルステッド、もうこっち来ていいよ」

「ああ」

 

 薮の影、つまり私とナナホシから隠れる位置であぐらをかいて眼を瞑っていたオルステッドに声をかける。

 寝ているのかと思ったが、単に休んでいるだけだったらしい。

 体を拭くときは服を脱ぐわけだが、ナナホシは、オルステッドの視界に入る場所で脱ぐのに抵抗があるようなのだ。

 だからそのあいだは、オルステッドにこうして離れた場所にいてもらう。

 生前は据え風呂にでも入ろうものなら覗きは当たり前だったが、オルステッドはそういう事はしないようだ。

 よかったね、ナナホシ。

 

「うっ」

 

 鼻の曲がりそうな異臭。

 汚物とも垢の臭いとも異なるが、とにかく不快な臭い。

 影を作るものがない広い屋外で、焚き火で照らされる範囲はあんがい広い。

 遠くに小さく見えた女型の魔物を呪った。

 魔物は体の皮がゆっくり裏返って絶命した。すさまじい絶叫がここまで届く。

 またか! と、ちょっと嫌気がさしていたから、恨みが乗ってしまったようだ。

 

 ちょっと腰を上げかけていたオルステッドはその場に座り直した。倒しに行こうとしてたみたいだ。

 

「くさい……。オルステッドは平気なの?」

「サキュバス程度、魔力付与品(マジックアイテム)で防げる」

「べんり」

 

 あの異臭を感じないとは。

 何でもありだ、魔力付与品。

 

 もう目蓋が重くなってきた。

 ここには母様もリーリャも父様もいないから、私に「もう寝なさい」なんて声をかけてくれる人はいない。眠くなったら寝る。

 

「おやすみなさい。明日もお世話になります」

 

 私はオルステッドにぺこりと頭を下げ、ナナホシの横に寝そべった。ナナホシはぺらっと布を持ち上げて、私が入りやすいようにしてくれた。

 

 

 


 

 

 

 砂漠を越え、大峡谷を越え、唐突に現れる森や川を越えた。

 そのほぼ全てを、ナナホシと共に、オルステッドに運ばれて過ごす。

 

「ここ避けてね」

「ああ」

 

 私のすることと言えば、魔物筋を教え、通行上どうしても避けられず遭遇した魔物を呪い殺すだけ。

 オルステッドは最近は魔物筋をわざと踏みに行かなくなった。興味が尽きたのかもしれない。

 

 初日こそ私が前付きの抱っこ紐で運ばれたが、翌日からはナナホシが襷掛けの要領でおぶわれている。

 ナナホシをおんぶして私を抱っこ紐で運ぶやり方だと両手がふさがるが、ナナホシにおんぶ紐を使って私を片腕で持てば片手は空くというわけだ。

 

 ナナホシは初めこそ申し訳なさそうというか、恥ずかしそうだったが、すぐに慣れたようだ。

 今ではおぶわれるのが当然という顔で、もはや最初から自分で歩く気がない。布を紐状に畳んだのを持って自らオルステッドに差しだす有様だ。

 

 ひび割れた荒涼とした大地を進んでいる(オルステッドが)とき、遠くに小山が見えた。

 ところが、近づくにつれ、山が動いていることに気がつく。

 山には八本の足が生えていた。

 上についてる胴体はなだらかな曲線で構成されている。

 臀の方は尾鰭のようになっていて、少し魚に似ている。

 

『クジラが歩いてる!』

「おっきい!」

 

 ナナホシと二人で口をあけて見上げる。

 ほんとに大きい。ダイダラボッチみたいだ。

 

 オルステッドの肩に手をかけ、ぐっと背を伸ばしてよく見る。

 ダイダラボッチが土埃を巻き上げながら一歩進むと、地震の前触れのように地面が揺れた。

 

「あれも魔物?」

「ああ。ベヒーモスと言う」

 

 今まで見た魔物は、オルステッドに襲いかかるか、怯えて逃げてゆくかのどちらかだったが、ベヒーモスは無反応である。

 まるでオルステッドの存在に気がついていない風なのだ。

 どうしてだろう、どこに行くのだろう。

 そうして、視て、わかった。

 

「もうすぐ死んじゃうみたい」

「そうだ。あの個体は己の寿命が尽きるのを悟り、ベヒーモスの墓場に向かっている」

「へぇ」

 

 ということは、これはベヒーモスの四国遍路である。自分で自分を処分する旅というわけだ。

 生前暮らしていた村では、鴨居に縄をかけて(くび)れる老人がおおかった。

 間引きして子供を極端に減らし、しかし一人か二人残した子供も病死し、よそから養子をもらって家を継がせる財産もない家は絶え株になる。そうしてあとをみてくれる人のいなくなった老人は、貧しい土地ではまず最期まで生き抜くことはできない。

 だから、餓死する前に、かろうじて動けるうちに、首を吊って自ら命を絶つのだ。

 ひどいときは一年に七、八人も縊死者がでたものだ。

 

 ボケっとそんなことを思い出していると、「俺が向かっているのもそこだ」と言われ、エッとなる。

 

 あのベヒーモスは死出の旅を同行する仲間……?

 

「……何でも言うことききます、ずっとオルステッドの味方でいます……」

「無論そうしてもらうが、急になんだ?」

「まだ死にたくないです……す、捨てないで……」

「何の話だ……?」

 

 引き離されるものかと首に抱きつき、さりげなくオルステッドの目を腕で塞いだ。

 こうして前が見えなくなれば、ベヒーモスと私の墓場にはたどり着けないはず。たぶん。

 

 私の腕を退けようと空いたオルステッドの片腕が動く。

 同時に巻きつけた腕にグッと力を込めると、溜息の後、オルステッドは言った。

 

「何を心配しているか知らんが、貴様には利用価値がある。貴様の働きに応じて、身の安全は保証してやる。捨てはせん」

 

 よくわからないけれど、利用価値があってよかった。

 町や村の中ならまだしも、魔物しかいない土地に置き去りにされたら、生きていく術が私にはない。

 ほっとしながら腕を外した。

 

「水筒のお水足します!」

「……頼む」

 

 ならばすることは一つ。

 私にできることを探し、がんばってオルステッドの役に立つのだ。

 水弾を作って水筒に注ぐ。

 その過程をオルステッドにずっと見張られていたから、緊張して、ちょっと零してしまった。

 オルステッドは、魔力が回復するのが人より遅いらしい。

 だから必要時を除き、魔術を使うことはないそう。不便でちょっと可哀想だ。

 

 そうして、ベヒーモスの墓場に着いた。

 

 遠目からにも、その地は特異だった。

 まず、地面がその一帯だけ白いのだ。

 白い地に、巨大な山が、いくつも無造作にぼこぼこと生えている。

 よくよく目を凝らしてみれば、山の正体は、巨大な生き物の骨なのである。

 

 あれらがきっと、ベヒーモスの骨だ。

 地面が白いのは、ベヒーモスの骨が砕けて細かい粉になって散らばっているから?

 オルステッドに訊いてみると、白いのは塩だそうだ。

 塩湖が干上がり、水が含んでいた塩だけ地表にのこってあんな色になるらしい。

 

 今まで見たことのなかったような大きさの頭蓋たちに圧倒されながら、塩原に到着し、白い地面に降ろされる。

 白い砂のなかに、強い陽光をうけてキラキラッと輝くものが混ざっている。

 その場にしゃがんで地表を人差し指でなぞり、舐めた。

 

「しょっぱい」

 

 ほんとに塩なんだ。

 ナナホシも同じように舐め、『塩分……』としみじみ呟いている。

 まだそれほど朽ちておらず、形を保っているベヒーモスの骨に駆け寄る。

 遠くからは閉じたトラバサミみたいに見えた頭蓋も、近くで見れば白く乾いた塗り壁のようだ。

 助走をつけてかけ登り、そのままよじ登ろうとしたが、掴まる取っ掛りがなく、ずるずると滑り落ちた。

 何度か同じことを繰りかえす。

 

「これ楽しい!」

 

 息を弾ませて振り返る。

 

「……」

「……」

 

 そうだった、いまはオルステッドと居るのだった。

 後ろにいるのは、母様でもリーリャでも父様でもないのだ。

 ロールズさんなどに誤って「お父さん」と呼びかけてしまったときのような、恥ずかしさと気まずさがある。

 

 ちがうんです、妹たちかワーシカたちがいれば、私でも、もうちょっとお姉ちゃんっぽく振るまえるのです。

 頭の中で言い訳をしながら、服を叩いて砂をはらい、走ってオルステッドのもとに戻る。

 

「お手伝いすることありますか」

 

 オルステッドは足で軽く地面を削った。

 少し削っただけで、小粒の結晶がいくつも顔を出す。

 さっき地面にキラキラ光って見えたものの正体はこれだろう。

 オルステッドはその中から、淡紅色の粒を拾い上げた。きれい。

 

「ベヒーモスは体内で大量の魔石を作る。死んで体が朽ち、土に還ると、こうして魔石と骨が残る。魔石は杖や魔力付与品の制作に用いられ、装飾品としても市場価値が高い」

「……?」

「……つまり、魔石は金になる」

 

 なるほど!

 資金調達ってこのことか。

 そういえば、兄がシルフィにあげたロッドの先には、赤い綺麗な卵型の石がついていた。

 兄がボレアス家から貰ったアクアハーティアには、もっと大きくて丸い青い水晶がついていたっけ。

 

「色つきを選べ」と麻の小袋を渡される。簡単なお手伝いだ。

 

「まかせてください!」

 

 土を浅く掘れば出てくるなら、私にもできる。

 透明なのも綺麗だと思うが、オルステッドは色のついた魔石を拾ってほしいようだ。

 無色透明と色つき。何が違うのだろう。

 

「色があるほうが好きなの?」

「いや、高く売れるからだ」

 

 嗜好の話ではないようだ。

 手頃な骨の破片を鋤代わりに、地面を掘り返し、ポロポロ出てくる色とりどり、大小様々な魔石を集めて袋に詰めていく。

 

 袋は三つ。私ひとりでもすぐ終わると思ったのか、オルステッドは傍観の構えである。

 暇そうに、地面に半分埋まっているベヒーモスの肋骨の影で休んでいる。

 

 ナナホシが近寄ってきて、「何してるの?」というふうに覗き込んできたから、魔石を並べ、透明なやつだけをポイッと捨て、色のついたやつだけを袋に入れてみせた。

 

 まだぺったんこの袋をひとつナナホシに差し出す。

 仕事は無いよりあるほうが心は休まるものだ。

 私とナナホシは、旅の大部分をオルステッドに世話されている。だから、役割は何かしらあったほうがいい。

 水筒に水を足してやって、拳大の氷もひとつ作り出して、ナナホシにあげた。

 

 ナナホシは氷を首筋にあて、庭の木陰に寝転がる雪白のような顔になった。

 そうして、ナナホシも魔石を集めはじめた。

 

 なんだか宝探しみたいだ。

 宝探しといえば、冒険と称し、家の中で宝探しをしたこともあった。

 指示や暗号を書いた紙を家のあちこちに仕込むのは父様だ。

 私がもっと小さかったときは兄の先導で、妹たちが歩いて喋れるようになったら私が先導して、家の中に隠された宝を探す。

 そうして見つけた宝は、遊び慣れたおもちゃであったり、暗号を解けたことを褒め称える手紙だったりしたけれど、妹たち――とくにノルンは、蓬莱の玉を見つけたように喜ぶから、私も楽しくなる。

 

「集まりました」

「ああ」

 

 ――もう見つけたのか、さすがオレの子だな!

 

 そう言ってくれる父様はいない。

 オルステッドは無感動に袋から二、三粒とりだし、確認するように眺めてから懐にしまった。

 

「ベガリットでの用事はこれで終わった。次の調整まで時間があるな、どこに行くべきか……」

 

 オルステッドは、ふと私とナナホシに目を向け、私に訊ねた。

 

「話せるのは人間語だけか?」

「『岡山』の言葉も知ってます」

「『オカヤマ』? どこだ、それは……。まあいい、後で調べる。

 町での宿のとり方や、物の買い方はわかるか?」

「わかんない……」

 

 前世も今世も、生まれた村から出たことはほとんどない。

 ときどき来る行商人から、母様が雑貨や植物の種を買いつける場にいっしょにいたことはあるが、私はほかの珍しい品を見ることに忙しくて、二人のやり取りも一切聞いていなかった。

 つまりわからない。宿のとり方などもっての外だ。

 村に旅籠屋はあったけれど、泊まったことはない。

 

 オルステッドは一人で何か黙考している。

 疲れたな、座って待っていてもいいかな、と水を飲みながら思っていると、オルステッドは私を見下ろし、言った。

 

「北方大地だ」

 

 なにが?

 

 詳しく聞いてみると、「これから町や村で俺の言う通りに動いてもらう事も増えるが、生活の細部まで俺任せであるのは負担であるので、次の用事まで北方大地に逗留し、適当な冒険者を雇ってそいつから色々学べ。ついでにナナホシに言葉を教えろ」との事だった。

 さすがに言葉をはしょりすぎだと思う。

*1
60歳をこえた者を意味することが多い。

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