巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

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 閑話 俺がデッドエンドに「飼主」として認識された件

 

 

 ──そしてお前が不毛の大地の中に倒れるだろうとき

 わたしは名づけるだろう お前を支えていた稲妻を虚無と──

 

吟遊詩人ノルンが

伴侶ルイジェルド・スペルディアへ

書き残した詩

 

 

 

 417年、ルイジェルド・スペルディアは、空から降ってきた子供たちを保護した。

 男女の子供だ。ルーデウスとエリスと名乗る子供たちの故郷は、中央大陸の西部、アスラ王国にあるという。

 ルイジェルドは無償で送り届けるつもりでいたが、ルーデウスは「スペルド族の悪評を雪ぐ手伝いをしたい」と申し出、行動を共にすることになった。

 

 ゆえに、彼らは魔大陸を南下し、唯一の港町ウェンポートを経由してミリス大陸に渡り、西端のウェストポートからイーストポートを航海し、中央大陸にたどり着かねばならない。

 野宿続きは子供たちの体が持たないが、町から町を移動するには、宿代だの食事代だのと物入りになる。

 流れ者である魔族、この土地では身寄りのない子供二人が生計(たつき)をたてる手段は物乞いか冒険者かの二択であり、幸いにも武力の才にめぐまれた彼らは冒険者を選んだ。

 パーティ名を〈デッドエンド〉、そのリーダーをルーデウスとし、リカリスの町で冒険者として登録した。

 

 デッドエンドの初仕事は、行方不明のペットの捜索である。

 序盤は順調といえた。ルイジェルドの額にある器官は、他の生き物の気配を正確に探知できる。

 捜索対象のペットは――いや、それ以外の動物も、地下を掘り、丸太をはめ込んで格子とした檻に、捕らわれていた。

 ペットは迷子になったのではない。攫われていたのだった。

 三人の下手人をルイジェルドが気絶させ、ルーデウスの魔術が捕縛した。

 事情を聞き出そうとしゃがんだルーデウスを、下手人の一人である男がいきなり蹴り飛ばした。

 大きな足裏は少年の胸に沈み、ルーデウスはもんどり打って転んだ。子供を蹴るのは悪だ。男は悪だ。ルイジェルドは思考より先に槍で男の頸を切り落とした。

 

 驚愕したエリスの声をききつけたか、ルーデウスが跳ね起きた。

 そうして、赤土に倒れふす男をきょとんと見下ろした。

 

 男は顎は白く突き出、鼻は凹凸がなく、アーモンドが縦についたような形状の眼の魔族であったが、血は人族と同じく赤い。

 血の池はじわじわ輪郭を広げ、ルーデウスの靴の先を汚した。

 

「……なんで殺したんですか?」

「子供を蹴ったからだ」

 

 ルーデウスは心を落ち着かせるために、獣臭と血臭が充満した空間で、深く息を吸い、吐いた。

 悪臭は、解剖室で嗅ぎなれていた。

 ロアの医学校に勤務する外科医バートンが開く解剖教室には、昼夜問わず屍体が運び込まれる。夏場の臭いは、強烈だ。

 刺激されるのは嗅覚だけではない。人の胃液も精液の味も、弟子は舐めさせられて知っているのだが。

 様々な屍体を開きながら、医師や弟子とあれこれと話し合って死因を推理する。昵懇にしている死体盗掘人とは話が弾み、運び込まれた体の死因を聞くこともある。

 酒屋での軽口や侮辱で殴り合いの喧嘩が始まり、誰かが刃物を持ち出し、殺された。

 想い人との結婚を父親に反対され、嘆きのあまり砒素を服毒して自殺した。

 

 異世界の奴らって、愛憎が激しいんだ。そうルーデウスは思った。

 いや、異世界に限ったことではない。

 例えば、昭和の学生運動。ルーデウスの前世は世代が異なるものの、その叔父は学生時代がちょうどその真っ只中だった。

 彼の叔父は、火炎瓶の作り方だの死者や負傷者が出るほど激しい暴動の話だの、学生運動の鎮火に伴い抜け殻のようになって自殺した若者どもの話を少年だった甥に話して聞かせた。

 

 ルーデウスは、そうして自分が見聞きしたものを総括し、心の落とし所をきめた。

 ようは、(たの)しみが少ない時世の人は、その分ありあまったエネルギーで、人を激しく愛し、憎む。それだけのことだ。

 俺も、この世界で、そう変わるのか?

 

「単刀直入に訊きますね。僕とエリスも、貴方の逆鱗に触れたら、ルイジェルドさんは僕たちを殺しますか」

「ありえん。子供を害すなど」

「そうですか」

 

 しばしの黙考。

 仲間を殺され、怯える下手人二人に目線をよこし、ルーデウスはルイジェルドに説明した。

 大陸中で恐れられているスペルド族が人を殺すことで、人の恐怖は増幅すること。行きつく結末。

 

「ルイジェルドさんは」と、考えもしなかった現象に半信半疑であるルイジェルドに、ルーデウスは訊ねた。「長い間、大勢の人と関わってこなかったのではないでしょうか?」

 

 そうだ――思い返せば、ラプラス戦役後、町での逗留を許されたことはない。討伐隊を組んで追い払われるからだ。時には、魔王が直々に領地から追放しにかかる。

 ミグルド族の集落と交流を始めたのだって、ほんの数十年前からだ。

 

「戦争が終わり、長い年月が経ったいま、ルイジェルドさんの判断基準は少し過激なわけです」

 

 だから、と、ルーデウスは続けた。

 

「俺に判断をゆだねてくれませんか?

 悪人であっても殺すな、と言うんじゃありません。

 殺すか、生かすか、俺が判断して、ルイジェルドさんに指示します。俺の指示を待つのが難しい状況であれば、自分で決めて構いません。

 でも、状況が許すなら、俺に従ってください」

「……わかった、そうしよう」

 

 弁の立つほうではない。過激だ、と断じられてしまえば、ルイジェルドは反駁の言葉を思いつかなかった。

 幼いが、少なくとも、俺よりは世間に馴染んでいる少年。一応は、ルイジェルドは彼に従うことにして、ルーデウスが尋問していた下手人を見やった。

 

「こいつらは? 殺すのか?」

「いえ、彼らには使い道がある。手を組みます」

「何だと!?」

 

 ルイジェルドは気色ばんだ。ルーデウスの基準では、人のモノを攫い、返礼の金を騙しとるのは、悪ではないというのか。

 

「ルイジェルドさん」

 

 ルーデウスは振り返った。

 

「あなたは、獰猛な番犬です。エリスと僕には噛みつかないという確証があるから、行動を共にできるんです。それが揺らぐようであれば、僕たちはルイジェルドさんから逃げます」

「……それは、ダメだ。魔大陸は危険な土地だ。お前たちだけでは生き残れない」

「そうでしょうね。僕もルイジェルドさんを頼りにしたいですよ」

「……」

「善意を利用してすみません」

 

 会話は魔神語だったが、憤然と槍の柄を握りしめるルイジェルドの雰囲気から不満を抱いているのを感じとったらしい。エリスがルイジェルドを睨みつけ、「ルーデウスに任せたらいいんだから、邪魔しないでよ」と、人間語で威嚇した。

 

 

 


 

 

 

 楽士が連れている黒豹が、後ろ足をリラックスを装って伸ばしながら一歩、二歩、とルーデウスに背後から近づき、太い前足を肩にかけた。

 

「おぉ……?」

 

 目を丸くしている少年の頭蓋を齧ろうとした口に、ルイジェルドは腕を突っ込んだ。臆せず腕を押しつけ続けると、黒豹はおたおたと牙を離した。世話係である髪も肌も真っ白な少女が黒豹を背後から羽交い締めに抱きとめ、ルーデウスに頭を下げて詫びた。

 

「お前はつくづく動物に懐かれんな」

「猫科なら大丈夫だと思ったんですがね……」

 

 初仕事から約半年、彼らは、互いに胸襟を開く仲になっていた。

 無論、問題が生じなかったわけではないが、それだって、仲に亀裂が入るほどではない。

 最初の町であるリカリスを発った彼らは、町や村を転々としながらウェンポートを目指していた。

 

 今回に至っては、同行者がいる。旅回りの楽士の一団だ。

 太鼓叩きや笛吹き、リュート弾き、唄歌いなど七八人に、曲芸師一人、芸をする黒豹と虎を一匹ずつ連れた集団であった。

 

「ロアにも、度々来ましたよ、ブエナ村にも一度だけ」

「楽士が来ると、おじい様が屋敷に招いてらしたわ。必ずといっていいほど」

 

 故郷を懐かしむルーデウスとエリスの眼に映るのは、目の前の荒野ではなく、代赭色の屋根がつらなる城塞都市ロアである。

 市の周囲に築かれた壁は、市民を保護するとともに、余所者の流入を排除する。冒険者が依頼を受けて金を稼ぐことは許されているけれど、他国から入り込もうとする乞食や流れ者はつかまれば処罰される。それでも、生業のない者たちは大きい都市をめざす。

 ことに大道芸人だの楽士だの見世物師だのは、余所者流れ者であるにも関わらず、娯しみを求める市民に歓迎されるのだった。なにか事件があれば真先に疑われるのも彼らであったけれど。

 その中でも、芸を仕込んだ猛獣を連れた集団は、先祖を辿ればどこかで獣族の血が混ざっていることが多い。大森林で暮らす獣族には、猛獣を調教する独自の術が伝わっていて、その系譜を汲んでいるためだ。

 

「もっとも、アスラの楽士には護衛は必要ありませんでしたが」

 

 さすらい者のなかにも階級はあって、楽士は位が一番上だとされている。大都市では、教会への行列、教会内や婚礼の席での演奏、舞踏の夕べなど、楽士を必要とすることが多い。

 人族の国では技量がよくそうして運に恵まれれば、市に抱えられ定職を与えられ、不名誉な放浪者から足を洗って定住できることがある。

 ところが、魔物が跋扈する地においては、さすらい者になろうにもまず武力が無ければ成り立たない。

 デッドエンドが楽士の一団と出会ったのは、魔物に襲われた集団にルイジェルドが額の器官を使って気づいたからだ。

 救助に駆けつけた時には、既に、数人が襲われて死んでいた。楽士が雇った護衛の冒険者であった。

 デッドエンドがダイレックの町に向かうと聞くなり、一座の護衛をしてくれと座長はルイジェルドに頼んだ。報酬は弾む、と必死に交渉し、六割の前金をあたえた。

 

 ルイジェルドがいれば、魔大陸の移動は苦ではない。

 ルーデウスは渡された前金の三分の一を、ちょっと考えてから座長に返した。唄歌いの中には子供がいた。ルイジェルドは子供を守るのは当然で、そこに対価が生じる必要はないと思っている。

 とはいえこちらにも金策がある。ルイジェルドに見えるように金を少し返し、残りを懐に入れたルーデウスが茶目っ気をあらわに片目をパチンと瞑るのを、ルイジェルドは苦笑で受け入れた。

 

 少ないが、魔大陸にも河は流れている。

 デッドエンドと楽士の一団が訪れた町では、大雨によって河が増水し、道も畑も泥沼と化していた。城壁の中に入ればなんとかなるかと思ったらやはり道路も何も水浸しで、家畜が泳ぎ厨芥や糞がただよい悪臭をはなつ水に、腰から胸まで浸かって人々は行き来していた。

 陽気な口笛が近づいた。進んでくるのは舟だ。舳先に立った男がオールを操り、商売道具の包みを濡れないように抱えた軽業師らは、楽士たちをひやかした。

 楽士たちは軽業師たちの幸運を呪い罵った。しかし、彼らも幸運であった。川沿いの地形は町の中心部に向かって高くなり、町の中心の広場はすっかり水から抜け出していたのだ。

 これなら興行は打てると、楽士は喜んだ。

 座長の指示を待たず、曲芸師が小さなリュートを抱えた子供を肩に座らせ、子供は楽器を奏でて客寄せの歌を歌いだした。

 

 

  町や酒場に 幸せはない

  楽しみばかり 求むるではない

 

 

「僕らは、宿を探しましょう」

 

 と、濡れた服のまま踵を返そうとするルーデウスを、座長が呼び止めた。

 

「坊主、掏摸(スリ)の腕はもってるか?」

「いいえ」

 

 そっちの旦那と娘っ子は? と、座長がルイジェルドとエリスを順繰りに見た。音楽に客が聞き惚れている間は、掏摸の稼ぎ時だ。手を組めばいい稼ぎになる。一座はもちろん、後で掏摸からたっぷり分け前を取る。

 

「やろうと思えばできるさ。けど、分け前は、せめてこっちが六割」

「ルーデウス」

 

 誘いに乗り、交渉を始めかけたルーデウスの頭の上に、ルイジェルドは手を乗せた。わかっているだろう、と指に力を込めて低い位置にある少年の頭蓋をつかむと、ルーデウスは肩をすくめて断りを入れた。デッドエンドは、悪事には加担しない。「お堅いこった」と、座長は苦笑して、座員たちの元に戻った。

 

 

 

 酒屋を兼ねた旅籠の、食堂の暖炉の前は先客たちに占領されていた。放浪の冒険者が多かった。残りは物乞いだ。物乞いは、街に出るときは足萎えだの盲目だのだが、宿にもどると足萎えは両足で歩き、盲人はものが見えるようになる。

 泥沼を歩いてきた者の服やズボンの裾は、重く泥水を含んでいた。ルーデウスとエリスは、先客の間をかきわけて、張り渡された綱に濡れ汚れた服を干した。

 ルイジェルドは腕当てと革の脚絆を外すに留めた。あとは暖炉の火にあたっていれば自然と乾くだろう。

 ルーデウスは魔術で、こっそり自分と仲間の服を乾かした。客層も悪い安宿では、魔術を自在に使えることが知れると無限に搾取される。誰もが手間をかけず得られる火の手を欲している。代金など、ろくに支払われない。

 

「ルーデウス、あっち向いててね」

「はいはい。でも、他の人の目だってあるんですよ?」

「それは別にいいわ、変なことされたら倒せるもん」

 

 エリスも服を脱いで干した。上着も防具も外し、上裸になる。未成熟な少女の裸でも、先客たちの色好みを刺激するには十分で、乳首をつまみにくる男たちの指を、エリスは肘ではねのけた。

 ルイジェルドは槍の石突で床を叩き、エリスの横に座り込んだ。睨みをきかせると、エリスにちょっかいをかけていた手はさざ波のように引いた。

 守護者の存在を無視し、執拗に彼女に絡んでいた男がのけぞったのは、エリスが振り向きざまに顔を殴りつけたからだ。もろに鼻に当たり、男は鼻血を噴き出しながら床にうずくまった。

 

「よう! 女にやられやがった!」

「情けねぇの」

 

 周囲の嘲笑を受け、起き上がった男が、エリスにくってかかった。

 男は、駆け出しの冒険者といった出で立ちで、体は人族と変わらないのだが、背中から首にかけて毛深くなり、頭はまるきり狼だ。

 からかっただけでムキになりやがって、誰がてめぇを女として見るもんか、という意味のことを男が喚いたが、エリスは魔神語はわからない。黙っているのが毅然としているふうに狼男の眼には映ったらしく、いっそう怒りを煽ったようだった。

 狼男とエリスは、闘いをはじめた。どちらも、剣は腰に帯びていない。素手の殴り合いだ。

 まわりの連中はおもしろがってけしかけ、どちらが勝つか賭まではじまった。物乞いが托鉢の椀をふたつ並べたのを器がわりに、金を集めた。

 

 腕で顔周りをガードしつつ、小柄な体躯を活かし、真紅の髪をひるがえしてエリスは狼男の懐に入った。真下からの右フック。

 後ろによろけた狼男を、エリスは易々と組み敷いた。

 そして、相手の顔の毛を両手でつかみ、頭を持ち上げ、床に強く叩きつけた。エリスは立ち上がり、失神したかに見える狼の頭を蹴飛ばし、鼻を踏みつぶした。

 

 しかし、狼男は気絶してはいなかった。床に放っていた防具に手を伸ばし、下からマチェットをとりだした。

 気づいたのはルイジェルドひとり。いや、冒険者の中にも数人いる。気づいていて、薄笑いを浮かべて、血飛沫の飛び散る展開を望んでいる。

 エリスは乾かされた服に袖を通していた。もう狼男の方は見ていない。じゃれあいのような闘いは終わったのだ。 

 狼男のマチェットは、背後からエリスのうなじを襲った。

 声をかけてエリスの注意を促すより先に、ルイジェルドは暖炉から燃える薪を引き抜き、狼男に投げつけた。顔面にあたり、狼男はよろめき、手からマチェットが落ちた。

 

「子供を殺そうとしたな」

 

 子供は護るべき存在である。反した者は生きるに値しない。

 仰向けに引き倒した狼男の胸を踏みつけ、槍の先を真っ直ぐ喉元につきたて――直前で、ぴたりと止まる。

 俺は生殺与奪を決める力を持たないのだった。思い出し、動きをとめたルイジェルドに、ブーイングが飛んだ。怖気づいたな。いくじなしめ。

 周囲がルイジェルドを貶む中、狼男だけが、錨のように重く動かない脚を退けようと躍起になっていた。

 

「ルイジェルド!」

 

 あどけない声は喧騒の中でくっきりしていた。

 ルイジェルドは目線をそちらに向けた。

 慣れない蜜酒をあおり、まだ幼い顔を真っ赤に上気させた少年。

 デッドエンドの飼主は、声をはりあげた。

 

「いいぞ! やっちまえ、ルイジェルド!」

 

 狙いを定めた槍先は、狼男の喉を掻き切っていた。

 谷の底から、いっせいに真紅の(はなびら)が舞い上がり、ルイジェルドの視野をおおった。

 一瞬目をとじた。ふたたび目をひらいたとき、手には血の飛沫がかかっていて、谷も葩もなかった。

 幻であった。血の飛沫は高く噴き上がって梁を汚した。

 どよめき、歓声、哄笑。()いまざる中で、戦時中のような快楽を彼は得た。

 

 束の間、夢を見た……。

 群衆に力を誇示する高揚感に半ば呆然とするルイジェルドを現実に引き戻したのは、ルーデウスの声だった。

 

「ずらかれ!」と、エリスとルイジェルドに声をかけ、抜け目なく賭け金をひったくってから逃走する少年に、カトラスを掴んだエリスが続く。こんなに汚しやがって、許しゃしないよ。煮込んで食ってやる。食堂の奥から、肉切り包丁を構えた大樽のような女が喚きながら出てくる所だった。

 このあたりの地方では、人族は狩猟対象だ。食いでは少ないが肉の柔らかそうな子供をふたり連れたルイジェルドが、売買の交渉をもちかけられたことは、一度や二度ではない。ルイジェルドが、それに応じることはなかったけれど。そうして、ルイジェルドの(めぐ)し子達を食糧とみなした連中の腕をへし折っておくことにも余念はなかったけれど。

 

「こいつは、誰が食う」床に倒れ絶命した狼男には物乞いが群がり、金目のものを探っていた。蟷螂頭の冒険者が物乞いを蹴り飛ばし、狼男を前脚の鎌でつついた。

 

「ウチのもんだよ、ここで死んだんだからね。あのガキ共もうちのもんさ」

「だが、やつら逃げたぞ」

「土地勘はねえ。どうせ肉屋のチョッパーが引き取る」

 

「捕まえてきな」大樽女は野太い声で、丁稚の小男に命じた。そのときすでに、デッドエンドは、よほど聴力がすぐれていなくては食堂の声が聞き取れないほどには遠ざかり、城壁に囲まれた町を駆けていた。ルイジェルドは耳がよかった。この町には居られないだろうことを悟っていた。

 また命じてくれれば、誰であっても俺が殺してやるのに。

 胸をよぎった想いに、動揺する。子供に抱く感情としては、誤っている。ラプラスにかつて捧げていた忠誠のようではないか。

 

 ルーデウスの逃げ足は酒気をおびて頼りない上に、体力ではルイジェルドとエリスに敵わない。彼らは追手の存在を認識しながら、日干し煉瓦を積んだ家の陰に身を隠した。

 

「どうする? ほかの宿をさがすの?」

 

 興奮の残滓を押し殺したエリスの問いに、ひったくってきた賭け金を数えながら、ルーデウスが答える。

 

「もう次の町に行きましょう。ここには居られない」

 

「ルイジェルドさん、頼みがあります」と眼をひらめかせたルーデウスに従い、彼は小脇にルーデウスを抱え、エリスを伴い、平屋根に跳躍した。溜まった雨水を蹴立てながら、屋根伝いに移動する。

 街の中心から外れるにつれ、あふれた河の水は深さを増した。

 道中見かけた、窓から転がり落ち流されていた三ツ目の幼児を、デッドエンドは救った。ルーデウスが地上に土魔術で足場をつくり、足場に飛び降りたルイジェルドが槍の石突を服にひっかけて幼児を手繰り、エリスがはだけた胸元に押しつけて温めた。窓から身を乗りだして両手を伸べていた褐色肌の女魔族は、泣きわめく我が子を渡されて、エリスに頬ずりした。

 デッドエンドのルイジェルドをよろしく、と、魔神語でエリスは言った。丸暗記した数少ない語彙である。

 

 

「見つけた」

 

 パラペット*1に足をかけ、浸水した街並みを見つめていたルーデウスが鋭く叫んだ。屋根から飛び降り、舟上に着地したルーデウスとエリスは先客を蹴り落とし、オールを奪った。来たときに楽士の一団と護衛のデッドエンドを馬鹿にした軽業師達だ。

 下半身を汚水に浸した軽業師たちがデッドエンドを罵り、曲芸師が悔しまぎれに投げナイフ用の両刃短剣(ダガー)を投げつけた。ルーデウスの頭を押さえ、体を伏せさせた。投擲されたダガーはルーデウスの真上を弧を描いて通過し、水の上に落ちた。

 ルーデウスが手をかざす。水の柱が突き上げるように幾つもあらわれ、それは飛沫を立てながら軽業師たちを飲み込んだ。

 その隙にルイジェルドがオールを漕ぎ、舟は町の外に向かって移動する。

 

「悪党ね、私たちって!」

 

 はしゃいだエリスの声に、ルーデウスは鷹揚な笑みを返した。

 

「でも、悪いことしていいの?」

「構いやしません、ひとつくらい悪事を冒しても、その五倍、十倍、善行を働けばチャラです」

「そうよね、善い事もたくさんしてきたから大丈夫よね!」

 

 ルイジェルドは晴れやかな心地で子供たちの会話を聞いた。

 たいそう、愉しい気分だった。局面での決定を人任せにできるのは、わずらわしくも、快適である。

 何百年振りか、隷属の心地良さを思い出せたことが愉しい。

 

 彼らと出会って半年以上が経つ。精力的な活動の甲斐あって、〈デッドエンド〉はそこそこ名が知れてきている。

 二つ名がついているのも、彼は小耳に挟んだ。

 狂犬のエリス。

 番犬のルイジェルド。

 そして、飼主の少年。

 ルーデウスだけは名前を憶えられていない。狂暴な犬を従える者がいる、と知られている程度だ。

 でも、知名度はどうでもよかった。

 あのとき、ルーデウスが「やっちまえ」と高らかに命じた瞬間、ルイジェルドは彼の犬になったのだ。

 

 

  雨にうたれ 風に晒されて

  空の果てを睨んでいた

  髑髏が ラララ 言うことにゃ

  お袋にも会わずに死んだ

 

 

 ルーデウスとエリスが、のびやかに歌った。

 楽士の一団と共に移動しているときに、聞き覚えた歌であった。ルイジェルドも声を合わせた。

 戦士団に所属していた頃は、彼も、賭け事に興じ、唄を歌った。彼は禁止できる立場にいたが、戒律でしばりつけ娯楽を禁じれば戦士たちの士気が下がることを心得ていた。

 あの悪魔の槍を与えられて以来、戦闘以外の娯楽とは遠ざかってしまっていたけれど。

 

 ルーデウスに従うことを選んでよかった。

 と、ルイジェルドは心の底から思うのだ。

 

 エリスがルイジェルドの脚の間に座りこみ、オールを握った。

 腕の力だけで漕ごうとしている。ルイジェルドは背後からいっしょに持ってやり、上半身を大きくつかって漕いだ。

 

 デッドエンドは南下する。

 町から町へ、美名と悪名を轟かせながら。

 そうして、デッドエンド結成から、約一年後。彼らは魔大陸唯一の港町、ウェンポートに到着するのだった。

*1
平屋根の周囲の立ち上がった部分。





話中の詩や歌は、下記より引用しています。
『イヴ・ボヌフォア詩集』
『囚人の歌』ロシア民謡
『しゃれこうべと大砲』イタリア民謡

サブタイトルは『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」として拉致られた件』をもじってます。ヒロインは白亜ちゃんが好きです。

4/30 人助けの描写を少しだけ後半に加筆
後半の行が旧版とズレるため投票されたここすきの行もズレてしまいました。せっかく投票してもらったのに申し訳ない。
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