巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

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二四 雪国の冒険者

 また遺跡のような場所に行き、転移魔法陣を踏んだ先。

 ナナホシといっしょに、オルステッドが持った手燭に照らされる洞窟内を進んでゆくと、白い壁につき当たった。

 

「雪!」

 

 雪である。

 おそらく出口が積雪で塞がれているのだ。

 前世の故郷も、そして今世の故郷も、ここまでは積もるまい。

 よほど北の国に来てしまったのだろう。ということは、雪解けまで外に出られないのだろうか。

 

 お日様が恋しくなる、と思っていると、オルステッドが前に出た。

 

「下がっていろ」と、言われるままナナホシの手をひいて後ろに下がる。洞窟の中には氷柱が何本も垂れ下がっていて、上に用心しながら歩かないと氷柱が容赦なく顔や体にぶつかるのだった。

 

 オルステッドは出口を塞ぐ雪壁に手で触れた。

 一瞬、洞窟内が光った。熱風がこちらまで吹きつけてくる。

 熱風によって溶けだした氷柱の雫が降り注ぎ、私とナナホシはにわか雨に降られたように濡れた。

 

 思わず瞑っていた目をあけると、薄暗い明かりが洞窟の内に入ってきていた。

 出口を塞いでいた雪がなくなり、雪解け水が私の足首まで満ちていた。

 高位の魔術で雪を溶かしたのだと気づくまでさほど時間は要らなかった。

 

「おおお……」

 

 パシャパシャと冷たい水に浸された場を移動し、洞窟の外に出てみる。

 外には果ての見えない一本道ができていた。私が両腕を広げたらギリギリ指先がつかないくらいの幅の道だ。

 左右にそびえる雪の双璧の高さは十尺*1ほど。

 道幅は狭く、必要最低限だけ溶かした、という感じだ。

 

 今朝までは黄土色の砂丘がひろがる大地にいたのに、魔法陣の上に立っただけで、気候も風景もまるで異なる土地に来てしまったのだ。

 

「ここが北方大地?」

「ああ」

 

 空を見上げる。

 重くたるんだ鉛色の空は、雪をこぼしていた。

 体は肌寒さを少し感じる程度なので、実は私がとても寒さに強くなったのでは、と思い、魔道具の上着を脱いでみる。

 

「さむ」

 

 さむい。

 じわじわ冷凍されてしまいそう。

 ふたたび着ると、凍てつくような空気は遮断されて体が温くなった。魔道具の効果は凄まじいのだとわからされた。

 

 

 


 

 

 

 吹雪と積雪の中を数日間移動し、私たちは町の前に来た。

 たぶん町だ。ロアと雰囲気はすこし異なるけれど、目の前には周壁(アンサント)が聳えているから。

 壁にさわり、視ると、向こう側で暮らすたくさんの人たちの息遣いが聞こえてくるようだった。

 

「ここ、なんて言う名前の町?」

「ラノア王国のカーリアンだ」

「知ってる! えと……魔法三大国の!」

 

 お兄ちゃんが言ってた。

 

 ようやく知っている国名が出てきて嬉しい。

 カーリアンは初めて聞いたけれど、ラノア王国なら知っている。地図上のだいたいどこにある国であるかもわかる。

 

 でも、オルステッドは博学者だから、彼にとってはそのくらい知っていて当たり前のことなのだろう。

 だからどうした? という顔で、彼は手紙と袋を私に渡してきた。

 

「うっ」

 

 見た目よりズシッと重くて取り落としそうになった。

 袋の中身は魔石である。ベヒーモスの墓で集めたやつだ。

 

「金に困ったら、冒険者ギルドのカウンターに、この手紙と共に魔石を出せば換金できる。失くさんように懐に入れておけ」

 

 私はそれを受け取り、ちょっと考えてからナナホシにあずかってもらおうとした。

 ナナホシのローブの方が、内ポケットがついているからだ。

 するとオルステッドに「貴様が持て」と()められる。

 

「冒険者ギルドには貴様らの護衛を依頼する。だが、万が一ギルドに不備があったとき、資金源であるそれを失えば、俺が迎えに行くまで貴様らは路頭に迷うだろう。言葉のわからんナナホシより、貴様のほうがマシ……適任だ」

「ろ、路頭に」

 

 とても責任重大である。大事に持たなくては。

 でも、重たい。腕にかけていると紐が手首にくい込んで痛いのだ。

 担いだり頭に乗せたりと持ち方を工夫していると、オルステッドに袋を取り上げられ、中身をいくらか小さな革袋に移し替えてから返された。

 

「軽くなった!」

「減らしたからな。……」

 

 なんだかじっと見られている。

 よく分からなかったから、袋を抱いたまま、にこっと笑みを返す。

 

 オルステッドはかがみ込み、私が着ているてるてる坊主みたいなコートを捲った。そして、ベルトに革袋を括りつけてくれた。

 ついでに強度を確認するためにグッグッと紐を引かれる。

 引く力が強くてよろけた。

 オルステッドのほうに倒れ込んだのを、片手で受け止められた。

 

「手のかかる……」

 

 ため息混じりに言われた。

 ごめんなさい。

 

「そうだ、これも持っていけ」

 

 オルステッドは手首から腕輪を抜いた。

 銀色の腕輪だ。複雑な模様が彫り込まれている。

 材質は錫か銀かわからないが、何にせよチサだった頃は見ることさえなかった宝物である。

 

「龍神の紋章が刻まれている。それを見せれば、貴様らが龍神の庇護下にいることは疑われまい」

「? すごいものなのね」

「それなりに貴重な物だ。失くしてくれるな」

「もし失くしたら、どうしますか」

「……叩く」

 

 なんてこった。

 オルステッドに叩かれたら、私はきっと羽虫のようにぺちゃんこである。

 前世では悪いことをすれば親が子を殴るのは普通だが、お母とオルステッドの腕力はぜんぜん違うのだ。

 

「嫌なら失くすな」

 

 何回もうなずいた。誰だって叩き潰されたくはない。

 

 さて手首に通して、肌に伝わる金属の冷たさにびっくりした。

 腕をあげてみれば、腕輪はストンと二の腕まで落ちてくる。反対に、腕を下げれば、今度はポトンと地面に落ちてしまうだろう。

 

「オルステッド……」

 

 これゆるいよ、と言おうとして、やめた。

 これ以上手のかかる子だと思われたら、今度こそ置いていかれるかもしれない。

 

「何だ?」

「腕輪きれいで、うれしい」

 

 (おお)きな躰で見下ろしてくるオルステッドに誤魔化した。

 袖のない外套の下で、腕輪をきつく握りしめる。絶対に落として失くさないように。

 

 

 母様と妹たちとロアの町に入るときは、馬車に乗ったまま、城門棟を通って町に入ったのだ。

 今は、雪景色の中に、聳え立つ壁と塔がある。

 門が見当たらないのだが、今回はどうやって入るのだろうと思っていると、オルステッドは私を背中に括りつけた。

 

「ひゃ」

 

 そうして、側防塔の窓だの煉瓦の凹凸だのを足がかりにしつつ、ひょいひょいっと市壁の上に登った。

 窓からちらりと覗いた塔の中では、暖炉の火が赤々と燃える傍で、兵士が眠りこけていた。

 オルステッドはあっという間に壁を乗り越えてしまうと、私を町の内部に下ろして、今度はナナホシを背負って連れてきた。

 

「たかい、すごい!」

 

 合流したナナホシは壁の上を指さし、拙く訴えた。

 その表情はわくわくしている。たぶん、高所からの眺めが気に入ったのだろう。

 一瞬だけ壁の上から見えた景色。

 屋根や町の端に積もった雪が、暗雲の陰にある太陽の欠片を跳ね返してまばゆく光っていた。

 私は生前も今世も毎年見ている景色だが、ナナホシにとっては物珍しかったらしい。きっと彼女の生まれは温暖な所なのだ。

 

「そうだね、楽しかったね」

「たのしかったね? ななほしの、たのしかったね?」

「私は楽しかった、って言ったほうがいいよ」

「わたしの」

「私は」

「わたしは」

「そうそう」

「私はたのしかった?」

「上手よ」

 

 ぱちぱちと拍手を送る。

 得意げなナナホシは可愛いけれど、私は腕輪を落としそうになって焦った。

 

「小路を右だ」

「はい」

 

 後ろから飛んでくるオルステッドの案内に従い、カーリアンの町を歩く。

 街路の除雪は済んでいたようだが、新たに降る雪がまた積もりつつある。

 街路樹の白樺は霧氷に覆われている。固くしまった雪は、踏みしめるごとにミシミシと小さく鳴った。

 

「……」

 

 人はいない。静かだ。

 住宅の窓はどこも固く閉ざされ、たまに行き合う人はオルステッドを見て腰を抜かさんばかりに逃げてゆく。

 

「ヒッ!」

 

 向こうから歩いてきた襤褸を何枚も着重ねた女の子は、その場で固まり、声を上げて泣き出してしまった。手に持っていた籠を落とし、失禁までしている。

 泣き止ませるために近寄ろうとすると、オルステッドに後ろ襟を掴まれて引き戻され、「キリがないからやめろ」と言われた。

 

 道を歩いているだけで泣き喚かれ、凍りついて滑りやすくなった道をこけながら逃げられても、オルステッドはシラっとしている。慣れっこなのだろう。

 

「わたしオルステッドのこと好きです」

「……」

「……ちょっとだけ好き……」

 

 慰めるつもりで言ったが、不可解そうな顔をされ、怖気づいて「ちょっとだけ」と伝える好意を減らした。

 オルステッドには、私やアスラに置いてきた子供たちを救ってもらった恩がある。

 本当は、オルステッドのことはすごく大好きというほどではないけれど、恩を返すために彼の言うことはなんでも聞かなくてはいけないと思う。

 

「待ってろ」

「うん」

 

 オルステッドは、切妻屋根の木造の建物に入っていった。

 外でナナホシと手をつないで待っていると、中から悲鳴と怒鳴り声が聞こえ、あるときシンと静まり返った。

 

「……」

 

 玄関前の階段をのぼって扉の隙間から中を覗こうとすると、重い扉が突然開いた。オルステッドが開けたのだった。

 

「話は通した。三ヶ月経ったら迎えに来る」

「あらっ」

 

 もうお別れらしい。

 三ヶ月はけっこう長い期間だと思うが、あっさりした別れだ。

 明日には戻るような気安さで、オルステッドは来た道を一人で引き返しはじめた。

 

「待ってるね!」

 

 バイバイと手を振ってみるが、オルステッドがこちらを振り返ることはない。

 それがなんだか寂しい。かといって、彼がにこやかに手を振り返す様は想像できないけれど。

 

 何が起こったかわからないというふうに、私とオルステッドの背中を見比べているナナホシの手をひいて、いっしょに切妻屋根の建物に入った。

 

「ごめんください」

 

 酒屋のような場所だ。シンとした静寂が落ちている。

 ついでに床にもヒトが落ちている。武器を携えた人たちだ。

 オルステッドにやられたのかもしれない。踏まないように気をつけよう。

 無事な人達は、壁際に気配を殺して立っていたり、構えた盾の向こうからこちらを覗き見ていたりした。

 

「……行った?」

 

 奥の受付台から、そーっと若い女の人が顔をのぞかせた。

 彼女はきょろきょろ室内を見回し、ほっとした顔をして、私を見つけて怪訝そうな表情を一瞬うかべた。

 受付の前まで行き、お姉さんに伝える。

 

「オルステッドが、三ヶ月たったら迎えに来るって……」

「あ、ああ、あなたが件の子達」

「私どうしたらいい?」

「えーっと、少々お待ちください~」

 

 少し待てばいいらしい。

 暖炉の傍でかってに温もりつつ、待つことにした。

 

 話を盗み聞くと、オルステッドは、冒険者ギルドに、私とナナホシの護衛を依頼したらしい。

 オルステッドの頼み事は私にとっては命令にひとしい。

 だから、彼が受付で申請している姿を想像すると、ちょっとだけ面白かった。

 

 冒険者の皆さんは、依頼を誰が受けるかで揉めているようだ。

 

「陰湿な悪夢のようだった、あの男……私は関わりたくない」

「そんなの俺も同じだ! 自分の命に勝るもんはねえ、俺は降りるぞ!」

「あの~……でも、誰かがやってくださらないと、うちとしても困るんですよぅ」

「そう言うならブリギッテ、オマエがやれ」

「無理です無理です、わたし冒険者じゃないので」

「ルー! てめぇ(ルー)のくせにシッポ巻いて逃げるのか!?」

「ああそうだ! 見ろこの尾を! クルックルだ! まだ震えがおさまらない!」

 

 ものすごく揉めている。

 

 十二、三くらいの齢の剣を背負った青髪の少年。

 刃の広い手斧を腰に下げた毛深い黒熊のような男。

 モコモコの上着を着た、垂れ目で胸が豊満な受付嬢。

 丸い耳つきの白熊の毛皮にくるまった獣族の女。

 総勢四人が顔をつき合わせ、口論する様は、言葉の通じないナナホシにも言い知れぬ不安を与えたようだった。

 ナナホシは暖炉のそばの椅子にそっと座り、私がその膝に座ると、背後から抱え込んできた。

 

 私としても先行きが不安だ。

 誰も引き受けてくれなかったら、どうなるのだろう。

 オルステッドはいないし、どこに寝泊りしたらいいかわからないし、一日目から路上暮らしだろうか。

 ここだと、火魔術は使えても、気を抜くと凍死しそうだ。

 今からでもオルステッドを追いかけるべきだろうか。

 

 そんなことを考えていると、ふいにギルドの樫扉が開いた。

 厚着をし、腰に剣を帯びた長身の青年が、雪を振り落としながらズカズカ入ってきた。

 彼は人が屯している受付のほうに目線を投げ、チッと舌打ちをして、小さな木札を片手で弄びながら暖炉の傍にきた。

 椅子に凭れるように倒れていた男をドカッと蹴り飛ばし、確保した椅子にやれやれどっこいしょという風情で座った。

 蹴り飛ばされた男の禿頭が床をゴトンと打つ。

 

『えぇー……』

 

 ナナホシの戸惑った声が頭上から聞こえる。

 

 とつぜん目の前で暴力がおこなわれた。

 それも、気絶して無抵抗な相手に……。

 

 思わず彫りの深いその人の横顔を見つめていると、彼はこっちにも視線をよこした。

 暗い金髪に、淡い碧眼。目つきは鋭い。

 彼はじっと私を見つめ、火にあたってとろりと眠そうな顔で呟いた。

 

「…………ガキ」

 

 なんたる。

 

「ガキじゃないもん、子供よ」

「ガキも子供も意味はいっしょだ」

「いっしょじゃないよ、ガキは乱暴な言いかたよ、お母さんが言ってたもん」

 

 言い返すと、彼はニヤッと笑い、ゆっくり手をかざして、中指で私の額をはじいた。

 人を小馬鹿にしたような笑い方だったが、不思議といやな感じはしなかった。

 

「デコかってぇの」

「友達と頭ぶつかって、泣かせちゃったことある」

「石頭がお前の武器か?」

「うん、でもね、友達とぶつかったときはわざとじゃなかったの」

「は、は……」

 

 緩慢に、小さく体を揺らして、暗い金髪のお兄さんは笑った。

 

 誰かと会話が続くのは久しぶりだ。

 ナナホシは言葉を覚えている途上だから、お喋りは私の一方通行であることが多い。

 オルステッドは何か訊ねたら答えてくれるけれど、応答が終わるとスパッと会話を切り上げられる。

 珍しい景色なんかを眺めていると、たまに説明してくれたりもするけれど、普段は向こうからは用事以外で話しかけてくれないし……。

 

「よお、ゾルダート、お前、いまはフリーだったよな?」

 

 毛深い熊みたいな大男がお兄さんに話しかけた。

 さっき揉めていた集団のうちの一人だ。

 

「そうだけど」

「聞いたぜ、娼婦のカノンがお前に惚れたんだろ? そのせいでボリスといがみ合って、結果お前がパーティを追い出され」

 

 椅子が倒れる音が響き、ゾルダートというらしいお兄さんはいきなり熊男に殴りかかった。熊男は飛んできた拳を丸太みたいな腕で受けとめる。

 

「まて、待て! 喧嘩しにきたわけじゃねえ、パーティを追放されたんだろ!? 仕事も受けられず食うや食わずのおめえに、うまい話を持ってきてやっただけだ! コッチは善意で話しかけたんだぞ!」

「誰が食うや食わずだ! まだそこまで困ってねえ!」

 

 村では、たまに大人同士でもつかみ合い殴り合いの喧嘩をしていた。そうなると、父様が制めに入るまで、みんなで見物したものだ。

 大人のそれは子供の喧嘩より迫力も威力も上なので、見ていて楽しいのだった。

 しかし、熊男は、渋々拳をひっこめたゾルダートさんを引っ張り、受付のそばでボソボソ話し合いはじめた。

 

 久しぶりに見られると思ったのに。ざんねん。

 

 

 


 

 

 

 紛争地帯に生まれ育ったゾルダート・ヘッケラーは、戦争のない暮らしを初めて知った。甲龍歴412年。十二歳のときだ。

 北方大地の東部――小国が寄り集まっている地帯――では領土を奪い合って干戈を交えることはあれど、少なくとも、魔法三大国にいれば戦争とは無縁でいられる。

 畑を耕して暮らしているだけの農民の村が、補給のため兵士に惨殺され略奪されることもない。戦争とは、略奪とほぼ同義語だ。

 

 戦争に従軍する兵士のほとんどは、貧困に付き纏われている。

 武器から衣服まですべて自前で調(ととの)えなくてはならないし、ついてくる家族まで養わなくてはならない者もいるというのに、給与は乏しく、ときにはまるで支払われなかったりする。

 輜重隊の酒保商人は兵士の金貸しも兼ねていた。彼らはワインやビールの樽だの腸詰めだの燻製肉だの、古着の山だの古毛布だの数十足の古靴だの、兵士たちが必要とするあらゆるものを手当り次第に幌馬車に積んでいて、兵士によろこんで売りつける。

 兵士のほとんどは、酒保商人から前借りを重ねて暮らしている。

 借金を一気に片づけるのが、略奪だ。敵の軍勢と戦火をかわすより、進軍の通り道にある農家を襲うほうが、よほど楽に獲物が手に入る。戦乱の時代において、略奪は傭兵の権利であった。

 

 酒保は、兵士が持ちかえる強奪品を安く買いたたき、貸した元をとりかえすばかりではなく多大の利益を得る。

 金を手にすると兵士たちは気が大きくなって無駄なものを買いあさり、博奕と酒で素寒貧になり、ふたたび酒保商人から前借りする。たいがいの兵士は、負傷と不治の病のほかは何一つ身につかず、朽ち果てる。

 

 戦争がひとつ終われば輜重隊は用済みだが、彼らは目ざとく次の戦争を見つけてくる。

 数台の馬車を持った大商人、一台の馬車を後生大事にしている商人、馬を持てず自分で荷車を引いてまわる小商い、荷車さえなくて商い物を詰め込んだ籠を背負って歩くもの、薄汚れているけれど鮮やかな衣裳の娼婦の群れ、散髪屋、料理人、兵士たちの女房や子供、乞食に廃兵、産婆から墓掘り人夫まで、人数でいったら兵士の倍近い雑多な人々が、てんでばらばらに行軍の後ろをついて歩くのが常であった。

 

 ゾルダートの両親はあくどい酒保であった。

 戦争は稼げることを知った寒村の夫婦は、戦火の絶えることのない中央大陸の紛争地帯へと向かい、酒保になってあら稼ぎした。

 父親は激昂した兵士を相手に引き際を誤って殺され、母親もまもなく子供を産み、死んだ。

 軍の中隊長が輜重隊の女に抱かれた嬰児に目を留めなかったら、そうして、たいそう愛らしかったその嬰児が、兜の羽飾りを気に入って、笑顔で中隊長へと手を伸ばさなかったら、ゾルダートは輜重隊の小僧として育っただろう。

 

 幸運な偶然が重なり、ゾルダートは中隊長の養子となった。

 彼は中隊長に慈しまれ、荒くれ揃いの傭兵どもに小突かれ、輜重の女たちに気まぐれに可愛がられながら、成長した。

兵士を妨げる者(ゾルダート・ヘッケラー)の子〉と呼ばれていたのが、いつしか彼自身をあらわす名になった。

 やがて中隊長が仕えていた小国は敗戦し、ゾルダートの養父を含む将校らの首は、数十人の敗残兵の首といっしょに川にかかる橋に串刺しにされ焼かれ、目鼻もわからぬ黒い塊となって晒された。

 

 要領よく敵側に寝返っていた傭兵にゾルダートを可愛がっていたのがいて、彼は、十二歳のゾルダートを連れて紛争地帯を脱出し、戦争のない国へと向かった。

 ゾルダートは移動中の記憶だけ抜け落ちたように思い出せない。

 焦げた肉が落ち、飴色の骨ばかりとなった頭の傍にしゃがんでいた。次に記憶が明瞭になるのは、アスラ王国のウィシル領行きの乗合馬車で傭兵にしこたま殴られている場面だ。

 アスラには、虐殺や略奪とは縁遠いゆったりとした時間が流れていた。ゾルダートはそこで、戦争のない暮らしを知ったのだ。

 

 ところがゾルダートを連れた傭兵は闘い以外の生き方を知らず、戦争のない国において、家柄もなく老い衰え始めた傭兵の需要はなかった。

 傭兵は迷宮が豊富に存在するという北方大地にやはりゾルダートを連れて移り、去年、病死した。

 晩年はさんざん冒険者になったゾルダートの稼ぎに集ってくれた。死ねと願った場面は数しれない。

 それでもいざ居なくなれば一抹の寂しさはあって、ゾルダートは人並みに傭兵の死を悲しみ、弔った。

 流されるまま生きるうちに、実の両親の故郷へ帰還していたことは、本人すら知らぬことであった。

 

 一人になれば、剣術は教え込まれていて腕は立つから、自分の食い扶持くらいは楽に稼げる。

 冒険者の階級はF~Sで区切られている。ゾルダートは、あちこちのパーティに剣士として所属し、リーダーの死亡による解散や喧嘩の末の追放をくらいながら、十七歳の現在の階級はC級である。B級も間近であった。

 

 十七歳になったゾルダートは、同じ冒険者のガリバーに薦められ、ある依頼を請け負った。

 

「シンシアです。こっちの子はナナホシです」

「俺はゾルダートだ。ゾルダート・ヘッケラー。

 お前、人族だよな? 何歳だ?」

「七さい」

 

 改めて自己紹介を済ませると、子供は「お世話になります」と、ぺこりと頭を下げた。

 彼女のハイトーンブラウンの髪も、碧色の眼も、人族ではありふれた色彩である。

 ゾルダートは、珍しい黒髪黒眼の華奢な少女に目を向けた。

 あっちは、多分、十四か十五だ。見慣れない顔立ちだからか、齢がわかりにくいが、俺とさほど変わらない。

 

 わりの良い仕事であった。良すぎる。

 三ヶ月間、冬が明けるまで、娘ふたりのお守りをするだけで、ラノア金貨二百枚?

 

 楽で、その上賃金の高い依頼であれば、冒険者同士で獲り合いになるはずが、むしろその場にいた冒険者たちは、どうぞどうぞとゾルダートに譲った。

 

 よほど手のかかるやんごとなき所の娘か。

 いや、貴族の姫様の護衛が、冒険者ランクを問わない依頼であるのは変だ。

 生意気だったら殴って躾ければいい――彼もかつてそう育てられた――と思っていたが、予想外に素直そうなので、拍子抜けした。

 

 依頼の不達成だけは、許されない。くれぐれも。と、彼は顔なじみの冒険者トイリーに固く言い含められた。

 この老練した冒険者は、仲間から殺戮者(トイリー)と呼ばれているが、兇暴な印象を与える男ではなかった。薬療の心得もあり、ゾルダートが足元にも及ばない学識も持っている。学者(エージャス)と呼ぶ方がふさわしいくらいだが、一度定着した名前を変えるのは厄介だ。本人がトイリーでかまわないと言っている。本名を訊ねたら、ロイヒリンと言った。

 

 種族柄、重ねた年齢は百に届くというトイリーの見た目は、十を少し過ぎた少年である。

 幼い外見に警戒心を削がれるので、ゾルダートはトイリーの言う事ならば比較的従った。

 

「お前らの宿は? どこだ?」

「……」

 

 ナナホシと紹介された方に訊ねたが、無言が返ってきた。

 無視かよ、と、苛立つゾルダートに、ぴょこぴょこ視界に割り込んできたシンシアが説明する。

 

「ナナホシは、言葉はまだそんなに話せないの。ゆっくり喋ってあげないと、聞き取れないのよ。ご用事があったら、私に言ってね」

「なんだそりゃ」

「泊まるところはまだ決まってないよ」

「あ、そ……。じゃあ、適当な所まで案内するけどよ、頼みの綱がガキで、なんというか、大丈夫か?」

 

「だいじょぶ」と、意気込むシンシアは、根拠のなさそうな自信に溢れていた。

 大丈夫であるはずがなかった。浮浪児をやって生き延びる逞しさもなさそうな小綺麗な娘二人なのだ。

 いや、大丈夫ではないから、生活の面倒を見る護衛が要るのだろう。

 

 今己が拠点にしている木賃宿に置いておくのも危険だと判断し、数ランク上の宿屋〈陽気な酒箒〉に、部屋をとってやった。

 寝具は暖かく、部屋ごとに暖炉もあるし、暖房器具も借りることができると聞いた。金を出せば食事付きにもできる。安宿暮らしのゾルダート少年にとっては、かなり上等な宿だ。

 

 一階の料理屋で、丸テーブルを囲んだ。

 家主の住まいは、陽気な酒箒から少し離れたところにあり、夫婦と子で一階の料理屋を経営している差配(さはい)が、宿代を集めてはとどけている。

 ゾルダートは黒パンを齧りながら、赤大根と馬鈴薯のスープを飲んでいるナナホシとシンシアを眺めた。

 苦労を知らなそうな(ツラ)してんなァ、と思いながら。

 

「前金のほかに、お前らの生活費はいくらかもらってるんだけどよ、お前自身は金は持たされてねえの?」

「おかね」

 

 きょとんとしていたシンシアは、ややあって腰のベルトに括り付けていた革袋をもたもた取り外し、ゾルダートに見せた。

「それお金になるっていわれた」と言われ、中を覗き込み、

 

「はッ!?」

 

 ゾルダートは驚愕の声をあげた。

 中身は色つきの魔石の粒であった。売れば数年は豪遊できる額に相当する。

 いくら高貴な身分の子であっても、子供に軽々しく持たせるものではない。

 

「最初にもらったときはもっと入ってたんだけど、たくさんあると重くて持てなくてね」

「おま……は?」

「だから減らしていまの量だけど……」

 

 足りる? と、不安そうにするシンシアの容姿が、たいそう優れていることに、ゾルダートは気づいた。

 美貌というには幼すぎるが、人を惹きつける愛らしさがあった。ナナホシにしても、平坦な顔立ちだが、整っている。黒髪も珍しい。

 

「とりあえず、それは隠せ。誰にも見せるな」

「? うん」

「お前らさ、なんでカーリアンに来たんだ?」

「オルステッドが、私とナナホシをおんぶして、壁のぼって、町に入ったの」

「密入国じゃねえか」

 

 事情を聞くうちに、シンシアという子供が、元は騎士の娘で、アスラ王国の片田舎で両親と共に暮らしていた事がゾルダートにもわかってきた。

「友達と遊んでたら、空がピカってなって、赤竜山脈にいて、オルステッドに助けてもらった」という訳のわからない説明を聞き、さらに「たくさん働いたらお父さんのところへ連れて行ってもらえる」という発言から、だいたいの経緯を考察混じりに把握した。

 

 この娘らは、転移事件によって家と両親を失ったところを、オルステッドとかいう男に拾われて、いいように使()()()()いる、もしくは使われる予定なのだ、と。

 

 国の端に位置する都市カーリアンは、ラノア王国とアスラ王国を結ぶ交通の要衝である。アスラ王国で起きた未曾有の大災害は、赤竜山脈を隔てた北方大地にも、少しずつ周知されてきていた。

 ゾルダートは、シンシアの過ぎ来しが、際だって悲惨には思わなかった。

 七つ八つから色の餌食にされたものなど、戦乱の地にはざらにいた。転移事件を生き延び、金の不自由はしなくてよい身空なら、むしろ恵まれている。

 

 外したときと同じようにもたつきながら革袋を腰につけるシンシアに、ナナホシが手を貸した。

 

 物腰ふにゃっふにゃじゃないか。

 寄る瀬のないふにゃふにゃが二人きりでいたら、治安の悪い町では獲物にしかならない。

 俺がなるべく傍についてやらなきゃこいつらは終わりだ。ゾルダートは確信した。宿も同じ場所を借りた方がいいだろう。

 

「よし。その財産は俺が預かってやる」

「誰にも見せるなってさっきいった……」

「俺はいいんだよ。オラ出せ」

「お、怒らないで」

「あ? あー……別に怒ってねえよ、目つきは元から悪い」

 

 柔和にしていると、際限なく付け入られる。つんけんした態度をとるのは、ゾルダートなりの護身であった。

 か弱い子供を脅しつけて財産を獲るほど困窮してはいない。

 怯えたふうにナナホシの腕につかまるシンシアに、指で目尻を吊り上げておどけてみせる。

 シンシアはとたんに安堵した顔をみせ、でも遠慮がちに資金を差し出した。

 

 ゾルダートは、渡された革袋を手早く懐に入れた。中の魔石をいくつか浚っておくことも忘れない。

 

 前金だけでは、当面の間の食費とゾルダートが拠点にしてる木賃宿〈双頭の豚〉の宿泊代、石炭や薪代はまにあっても、〈陽気な酒箒〉の宿代までは賄えない。これまで稼いだ貯えなど僅かもなかった。

 金が入ると気が大きくなり、博奕と酒で素寒貧。たいがいの兵士は、負傷と不治の病のほかは何一つ身につかず、朽ち果てる。

 借金こそまだ重ねてはいないが、ゾルダートも、同じ生き方をなぞっている。

 俺の人生は、紛争地帯で生まれた時に、終わりまで決まっていたのではないか。

 体はここに在っても、俺の心はまだ略奪と殺戮がまかり通る地獄にいるのではないか。

 運命が呼び、連れ戻すところに、気がつけば従っている……のではないか。ときどき、そう考える。

 

 ゾルダートは気前よく追加の宿泊代を払ったが、差配は足りないと主張した。

 

「あんたは、問題ばかり起こす。ここに泊めてほしいんだったら、あと銀貨は四枚は出すことだ」

「問題? まだ起こってないことに金払えってのか、そんなおかしな勘定はねえぜ」

「おかしくない、俺の心配代だ」

 

 ゾルダートは傍の子供に教えてやった。覚えとけ。宿にしても買物にしても、まずはふっかけられるんだ。お上りさんや相場を知らない貴族がまんまと騙される。

 

「階段がすり減るんだ、お前の分もよけいにな!」

「だったら、あんたのおかみさんに三階への階段を掃除させなけりゃいい」

 

 差配の女房はたいそう肥えている。ゾルダートの目方くらい、ゆうに越しているだろう。

 

「わかった、わかったよ、その代わり、こっちの黒髪女が毎日階段を掃除する。それでいいよな」

 

 何を決定されたか知り得ないナナホシに代わって、目を丸くしてゾルダートを見上げてきたシンシアに、また教えた。ときには妥協も必要だ。

 

「わたしが掃除します」

「そうか? おい、こっちのガキがやってくれるらしいぜ。良かったな、こき使ってやれよ」

 

 差配は口の中で不満を呟きながら、客の注文を受け、去った。

 ゾルダートはにわかに優しい声になり、ゆるく握った拳で子供の頭を小突いた。

 

「んな顔するなって。お前が少し働くだけで俺はここに泊まれるんだ、お前が普段してることより楽だろが」

「い、いいこと、人の労働力ってただじゃないのよ、人に何かしてほしいときは、お願いしなきゃダメなの」

「お願い」

「いいよ!」

「いいのかよ」

 

 薄暗くて寒々しい階段を上がるとき、ゾルダートはシンシアを外套の中に入れた。シンシアは笑顔を見せ、仔犬のようにじゃれた。

 

「ハハ」

 

 アホなガキっていいなあ。

 扱いやすくて、ちょっと構うと懐いてくる。

 俺の養父も同じことを思っていたのだろうか。

*1
3メートル





ゾルダートの出自は捏造です。
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