巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

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加重平均値も8.00越えだー!やったぞー!
読者の皆さんのおかげです。感想と評価およびブクマもいつも励みになってます。
原作でいったら序盤も序盤の時期なのに推薦も二つも書いていただいてるのも自分的にはすごくすごいことです。
たまじさん、愉悦部出身さん、この場を借りてありがとうございます。




二六 アストラリウム

 朝、布団の中で目がさめる。

 暖炉側のとなりにはナナホシが、窓側のとなりにはゾルダートさんが寝ている。

 昔に、シルフィ、私、兄で並んで昼寝をして、起きたあと、兄がふと「川の字だな」と言ったことがある。あんな感じの並びだ。

 

 ゾルダートさんの腹を膝立ちで跨ぎこえて、寝台を降り、窓にかかっているカーテンをあける。

 カーテンは差配のおかみさんが縫ったものだ。黄麻を二枚重ね、あいだにフランネルの芯をつめてある。厚手の上等な布地は買えないから、代用だと言っていた。

 代用でも、厚いカーテンは、寒気をさえぎるのにたいそう役に立つ。

 

 昨夜も少し雪が降ったらしく、外には雪が薄く積もっている。

 暖炉に泥炭をくべ足してから、寒さに震えながら寝巻きを脱いで着替えた。

 

「……」

「おはよう、ゾルダートさん」

「んぁ……はよ」

 

 ゾルダートさんも起きた。

 彼は少し眠たそうにしながらも、私と同じように寝台から出て、着替えを暖炉の前で温めはじめた。

 すごい。ああすれば、素肌に触れる服の冷たさに震えなくて済むのだ。

 自分の分は明日からやってみるとして、私は次に起きてくるであろうナナホシの着替えを温めてやることにした。

 

「焦がすなよ」

「わかってるもん。おはよう、ナナホシ」

「……」

 

 寝ぼけまなこのナナホシは、着替えた服の温さが心地よかったとみえ、ほっこりした顔で私を抱きしめた。

 温まった布地が頬に触れて心地よい。

 

 鐘の音が聞こえてきた。

 市の人々は、この鐘が鳴ったら、それぞれ仕事を始めるらしい。しばらくすれば、今は静かな外も活気づいてくるだろう。

 一階の料理屋で、朝食を食べたあとは、バケツに魔術で湯を溜めて階段の掃除をする。

 

 私が魔術を使えることを知ったとき、差配のおかみさんは私に毎日水甕をいっぱいにするように頼んだ。

 快諾しようとした私をとめ、ゾルダートさんは甕一つにつき銅貨三枚払うようにおかみさんに交渉した。

 交渉の結果、私がおかみさんのために魔術を使う話は無くなり、私はゾルダートさんに言われた。

 

 ――お前には想像もつかないだろうが、学問や知識を豊かにし、魔術を修得するのは、俺たち庶民共のあいだでは、財貨を積むのと同じくらい価値がある。お前が無償で魔術を使うのは、お前の親父とお袋が積んだ金をドブに捨てるのも同然なんだよ。

 

 考えもしなかったことにめんくらっている私に、「だから他人のために魔術を使うときは、必ず対価をもらえ」と、ゾルダートさんは言い含めたのだった。

 

「おかみさん、階段掃除おわったよ」

「あんたも律儀だねえ、毎朝やるんだからさ」

「病気をよぼうしたり、快適に過ごすためにもお掃除は大切、ってお母さんが言ってたから!」

「はいはい、そうだね。おつかれさん」

 

 雑巾を濯ぎ、バケツの中の汚れた水を捨て、台所のおかみさんに声をかけると塩漬け(にしん)を一切れ口にほうりこまれた。

 洗濯屋で働いている差配の夫婦の長男が、宿の汚れ物を抱えあげて仕事場に行くのを無言で手をふって見おくり、鰊をもちゃもちゃ噛みながら部屋にもどる。

 

 部屋では、ゾルダートさんとナナホシが外出の身支度をしていた。

 

「行くぞ」

「どこに?」

「鐘楼だよ、昨日見たいって言ってたろ。おら、さっさと着ろ」

「そうだった……」

 

 城塞都市には、たいてい機械仕掛けの時計がある。

 カーリアンも例に漏れず時計があるそうで、昨夜その話を聞いた私が、見たいとゾルダートさんにお願いしたのだ。

 防寒具で体を雑に包まれ、もぞもぞ動いて袖を通した。

 

 ゾルダートさんは私とナナホシの望みを聞いてくれる。

 博奕に行って夜更けに酔って帰ってくることもあるけれど、できるかぎり傍に居ようともしてくれている。

 仕事だから、と彼はそれが苦ではないようだ。

 

「だが、その前に銭湯に行ってからな」

「寒いの?」

 

 こんな朝から営業してるかな。

 心配していると、いや、とゾルダートさんは首を振った。

 

「三助のフェリム。憶えてるか? そいつに用がある」

 

 憶えている。ルーさんに一目惚れした様子だった少年だ。

 ナナホシとゾルダートさんと三人、紗を敷いたように雪がうすく積もった道を歩いていく。

 カーリアンにきてそろそろ一月になるが、鉛色の空が晴れたときをまともに見たことがない。

 

「……」

 

 向こうから歩いてきた三人の冒険者らしき男がゾルダートさんを見て、顔をしかめた。

 そのうちの一人――剣を腰に差した男と、ゾルダートさんの肩が、すれ違いざまにドンッとぶつかる。

 

「ハッ、いい気なもんだな。今日もぬくぬくガキのお守りか」

「……チッ」

 

 ゾルダートさんのこめかみが怒りで引きつった。

 不穏な空気は感じとったらしいナナホシと、はらはらしながら見上げると、伸びてきた手がやや強い力で私の頭をぐしゃりと撫でる。

 ローブを着て杖を持った男は肩をすくめ、毛皮のベストを着た戦士風の男は、ぶつかってきた男と共にニヤニヤ笑いながら、去った。

 

「あの人と仲わるいの?」

「まあな」

 

 ゾルダートさんは避けようとしたのに、わざとぶつかってくるなんて。

 私はちらりと後ろを向き、そっと手のひらを祈る形にあわせた。

 

「うおおお!?」

「冗談だろボリス!?」

「ハッハッハ! こいつ、スっ転びやがった!」

 

 私の足元から、薄くだが、蛇が這ったような跡がゾルダートさんにぶつかってきた男まで伸びている。

 男は()()()踏み固まった雪で足をすべらせ、尻もちをついて転んだ。

 もちろんゾルダートさんは何もしていない。

 

 振り返ったゾルダートさんは指をさして男を笑った。

 男は顔をゆがめ、てめぇ憶えてろ、と喚き、拳をふりあげた。

 

「明日には忘れてら!」

 

 ゾルダートさんはそう叫び返し、悠々と前を向いて歩き出した。私とナナホシもつづく。

 

「スッキリした?」

「あぁ、少しはな」

 

 少しは、ってことは、足りない?

 でも、個人的な恨みもない、呪殺を依頼されたわけでもない人を殺してしまうのも気が引けるので、あれ以上の復讐は、ゾルダートさん本人にしてもらおう。

 

 

 銭湯小屋の前は騒擾としていた。

 一人を囲むように、複数の男があれこれと言い争っている。

 何かのきっかけで爆発し、殴り合いになりそうだ。

 

 白樺の小枝を山とつんだ馬橇のそばで、十二、三歳ほどの三助が数人、しゃがんで手のひらを擦り合わせて温めている。

 こんな騒ぎでは仕事にならないと思い定め、休憩しているようだ。

 ゾルダートさんはその中にいる年嵩の少年を引っ張り出し、こちらに連れてきた。

 

 フェリムファムールだ。

 銭湯小屋の中では、たちこめる湯気のせいで明瞭ではなかったが、明るい場所で見ると、紅梅色の瞳と長い耳、そして顔立ちまで、彼はシルフィ――というよりは、ロールズさんに似ている気がした。

 同じ種族の血をひくと、顔もなんだか似ているように見えるのだろうか。

 

「何かあったのか?」

「風呂(がしら)の倅が、白死病に」

 

 風呂頭というのは、銭湯で働く人たちを監督する人のことである。

 ゾルダートさんは驚き、両腕を広げて私とナナホシを後ろに下がらせた。その反応を見て、フェリムは慌てて手を振って否定した。

 

「まだそうと決まったんじゃないよ。ただ、病気にかかったことは確かなんだ。頭が何の病気か口を割らねえから、手代の兄さんたちが白死病を疑ってるってだけさ。

 三助からも手代からも、白死病は出てない。ほら、この通り。そこまで怖がらないでくれよ」

 

 フェリムは急いでズボンを少しずらし、袖もまくって素肌をみせた。

 熱い湯気が充満する場所で一日中働くからか、腕には赤黒い瘡蓋がいくつかできていた。

 

 白死病。

 母様から聞いたことがある。

 鼠径部と腋の下に白い斑点のような痣ができ、全身が膿崩れた者は数日のうちに、血を吐いた者は即日死ぬ。

 稀に、膿が抜けきって生還する幸運な者がいる。生還した者は耐性ができ、二度と罹患しない。

 ラプラス戦役前は、白死病のせいで国民の三分の一以上を失い、滅んだ国もあるという。

 感染力が高く、対応する解毒魔術もない恐ろしい病気だったのは、今は昔のこと。

 大国――ミリス神聖国やアスラ王国などでは、罹患者を隔離する体制が整っているから、現在はさほど恐れなくてよいのだとか。

 

 思い描くのは、地図上のラノア王国の小ささである。

 伝染病の対策は大国ほど万全ではないのだろう。

 じゃあ、この場にいるのって、あんまり良くないのではないか。

 

「通せ、通せ。頭のヨナタンはどこだ」

「冒険者ギルドの依頼で来た。病人を見せろ」

 

 熊みたいな大男と、その肩に座った少年の二人組が、人をかき分けて現れた。

 たしか、大男がガリバーで、少年がトイリーだ。

 二人とも同じパーティの冒険者である。

 

 ヨナタンと呼ばれた中年男は味方を得たというふうに、手代や三助たちを睥睨した。

「さっさと仕事に戻れ。いいか、少しでもサボってみろ、そいつは馘首(くび)だ」と怒鳴る番頭に、三助はさっさと持ち場に戻り、手代はしぶしぶ不満顔で仕事に戻った。

 

「トイリー!」

「ゾルダートか。どうした?」

「俺も行く。手伝わせてくれ」

「構わないが、お前……」

 

 その娘たちはどうするのだ、というふうに、トイリーさんが私とナナホシを見た。

 ゾルダートさんの仕事はナナホシと私の護衛だ。伝染力の高い病に罹患した者がいる場所に、私たちを連れていくべきではないのだろう。

 

「フェリム、手代どもに話は通しといてやる。そいつらを、陽気な酒箒邸まで送ってくれ」

「いいけど、何で? あんた、あの人らの仲間ってわけ?」

 

「もし、白死病だったら」ゾルダートさんは声をひそめた。

 

「銭湯小屋は、まず潰れる。てめぇは路頭に迷う。三助は、ふつう10から13歳のガキがなるもんだ。15のてめぇを雇う銭湯小屋なんぞないだろう。冒険者をやろうにも、ガログラスの魔術部隊からくすねてきた杖も、必要な装備を揃える金もねえ。違うか?」

「違わない、けど……」

「杖は番頭の親方が保管してるって言ったよな?

 俺が杖を取り返してやるよ。その代わり、フェリム、てめぇは冒険者になって俺とパーティを組め。いいな?」

「わ、わかったよ」

「よし、頼んだぜ! 俺の妹分どもだぞ、宿までしっかり守ってくれよ」

 

 ゾルダートさんはフェリムの背中をバシッと叩き、計画をすべて横で聞いていた私に向け、口の前で人差し指をたてた。

 うなずくと、ゾルダートさんはニヤッと笑い、ガリバーさん達を追いかけた。

 

「フェリム……さん? フェリムさん」

 

 ぼーっとしているフェリムに声をかけると、彼ははっとして、「フェリムでいいよ、さん付けなんてされたことない」と決まり悪そうに言った。

 

「俺、訓練だけで、実戦で戦ったことなんてないよ」

「そなの」

「なのに、なんで俺をパーティに欲しがるんだろ」

「えとね……」

 

 一緒に過ごして一月足らず。

 ゾルダートさんの人柄も、少しづつわかってきた。

 彼は暴力が日常に馴染んでいる青年だ。剣士という点では父様といっしょだが、父様との最大の違いはそこである。

 

 例えば、目の前に喧嘩中の知りあいがいるとする。

 胸ぐらを掴み合い、今にも手だの足だのが出そうな一触即発の雰囲気だ。

 父様は、話し合いで済む事柄であればそうしようと努める。

 渦中の者たちを引き離し、互いの話を聞き、解決の糸口を探る。

 

 ゾルダートさんに話し合うという選択肢がない。

 初手が拳、次手が蹴り、極めつけは「表出ろや」と言って相手方を外に出し、自分は内にのこって扉を障壁物で塞ぎ、喧騒の火種を表にしめだす。

 そして、扉をたたく益荒男のがなり声を背に封じこめ、自分の傍で勃発しそうだった喧嘩におろおろしていたナナホシに良い笑顔を向ける。

 

 こんなふうに、身内と定めたものには優しく面倒みも良いが、とかく手が早いのだ。

 今日、肩をぶつけられた時に舌打ちでやり過ごしたのも、かなり堪えたほうである。

 

 ルーさんいわく、冒険者には個々の強さだけではなく、協調性も必要らしい。

 階級が上であるほどパーティには理性的な人間を必要とする。

 強さは折り紙つきだが、カーリアンのB、C級パーティがゾルダートさんを仲間に加えたがらないのもそのせいだという。

 ああいう手合いは、自分がリーダーになってパーティメンバーの面倒をみる立場になれば、あんがい大成するのだがな。とも言っていた。

 

 だから、多分だけれど、ゾルダートさんは自分のパーティを作りたいのだ。

 そのためにフェリムを勧誘したのだろう。きっと彼に見所を見つけたのだ。

 

「フェリムのことを好きになったのよ」

「え……!?」

 

 つまり好きになったということである。

 私がゾルダートさんに代わって理由(わけ)を伝えると、フェリムは驚いた顔で、自分の両腕を撫でさすっていた。

 

 

 


 

 

 

 時計を見に行く予定だったことを告げると、フェリムは宿に戻る前に教会に寄ってくれた。

 ミリス式教会前の広場の角に、円盤をとりつけられた鐘楼が建っている。

 円盤には長い針が一本。鐘の両隣には、教会の雑務係の服装をした合金の人形が立っていて、手には槌を持っている。

 初めて時計を見たことをフェリムに伝えると、彼はちょっと誇らしげに説明してくれた。

 

「第一時、第三時、第六時、第九時*1になると、あの人形が槌で鐘を鳴らすんだ」

「そうなの? でも、いつも一日に八回なってるよ?」

「真夜中に近い朝課、夜明けの賛課、たそがれの晩課、一日の終課にも、鳴らす。ひぃふぅみ……ちゃんと八回だ」

「ほんとだ」

 

 何百年も昔は、都市であっても田舎の村と同じように日時計で時間を判別し、太陽が出ていないときは水時計で代用したらしいが、北方大地では冬は水は凍りつく。

 だから、昔は、季節によって時間は異なったそうだ。

 機械装置の時計でも、一日たつうちに、少なくとも一時間の誤差は生まれるそうだが、そのくらいなら誰も困らない。

 

 がたぴし音がして、二体の人形が動きだした。

 

「あ、鳴った」

「鳴った!」

 

 ほんとに人形が動いた!

 二体の人形は、交互に鐘を打ち鳴らしている。

 これは第三時の鐘だろう。宿にいるときは優しく聞こえていた音色だが、そばにいると大音量だ。

 

「時計といえば、アスラの王都には、時計屋って意味のダッロロロージョって姓があるんだってさ」

「あ、知ってるよ。天文時計を発明した人に、王様が、えらいねって褒めて、名字をあげたんでしょ」

 

 リーリャが教えてくれた。

 名誉の称号ダッロロロージョ姓を与えられた初代の職人は、後にアストラリウムという、がんき車と歯車で動く新たな天文時計を作った。

 それはとても複雑な時計で、製作者が亡くなると、誰も正しく作動することができなくなった。

 時計は錆びついたまま三英雄の一人、ペルギウス・ドーラのもとに送られ、ペルギウスは熟練の時計職人だったジャンネロに、アストラリウムの完全な複製を作らせることによって、時計を作り直すことに成功した。

 二代目のアストラリウムは、上空を飛ぶ空中城塞で、今も時を刻み続けているという。

 そんなオチがおとぎ話みたいな昔話である。

 

 地面に巨大な影が映り、空を見上げると入道雲に見紛う城がはるか宙を漂っていて、「たぬき! たぬきが化かしてる!」と急いで母様に知らせたのが四歳のとき。

 薬草園の手入れをしていた母様は、驚きも慌てもせず、「あれが空中城塞、あそこにペルギウス様が住んでるのよ」と、教えてくれたのだった。

 でも、その母様も、子供のときに両親や教師からそう教えられただけで、ペルギウスや、地上に降りた空中城塞を実際に見たことはないそうだ。

 母様に限らず、父様もリーリャも、村でいちばん年寄りのおばあさんに訊いても、答えは同じだった。

 

「空中城塞ってどうしたら行けるかな」

「急に話変わったなぁ」

 

 とつぜん、フェリムの腹がグゥグゥ鳴った。

 長耳族の血をひくものは細身だが、それにしたってフェリムは痩せている。

 私はブーツを片方脱ぎ、底から銀貨を取り出した。

 金は小分けにして持ち、強盗にあったら少しずつ差し出すといい、とゾルダートさんに教わったのだ。

 ナナホシも同様に、体のあちこちに金を隠している。

 

 これで何か買っていいよ、と銀貨を渡すと、フェリムは邪気のない笑みを浮かべ、銀貨をもって市場で凍った鱘魚を一尾買った。おつりは彼の懐に入ったようだ。

 フェリムは広場の隅にしゃがみこみ、ポケットに入れていた小さな刃物で魚の頭を落とし、身を薄く削いで口にいれた。

 次に削いだ身は私に、そしてナナホシにも渡した。

 

 フェリムを真似て、くるりと鉋屑のように丸まった白身を口に入れる。凍った生魚は、しゃりっとした口当たりで、生臭さはない。

 寒い季節には魚だけではなく、獣の肉も生で食べるのだとフェリムは言った。火を通してから食べると、体の調子が悪くなってしまうらしい。

 

「仕留めたスノーバックを一日置くと、胃袋の中が発酵して、腹が大きくふくらむ。こうなったスノーバックの肉は酸っぱくて、たらふく食うと酔っぱらって体もあったまるらしいんだ」

「らしい? 酔うほど食べたこと、ないの?」

「贅沢できるほど給料はもらってねえや。

 年に一度、風呂頭が俺たち三助にもスノーバックの肉を食わせてくれるけど、少ないから奪いあいの戦争だ」

 

 削った身を口に運び、ときどき私とナナホシにも分けながらフェリムは喋る。

 私は舌が冷えて喋りにくくなってきたけれど、フェリムは平気そうだ。

 

「これ、なに?」

 

 ナナホシが手のひらに置かれた削り身を指さし、たどたどしく訊く。

「カルーガの削り屑(ストロガニーナ)」と答え、フェリムはじっとナナホシを見つめた。

 

「よく見ると、あんたも可愛いね」

「?」

 

 ナナホシが首をかしげて見つめかえす。

 フェリムは茱萸の実みたいに頬を紅くした。

 

 食べ残した骨は煮込んでスープにするらしく、フェリムは大事そうに鱘魚の頭と骨をポケットにしまった。

 フェリムとナナホシと宿へ向かおうとしたとき、鐘楼の下に向かってくる人影に気づいた。

 前かけをした料理人風の男と、十一、二歳くらいの少年だ。

 男は怒った形相であり、少年は泣き顔で、男に首根っこをつかまれて無理やり歩かされている。

 

「こそ泥のジョシュだ」フェリムが少年を指さした。

 (まぐさ)を積んだ荷車のそばで談笑していた男女が、彼らに好奇の目を向ける。

 

「盗みは、三度めに捕まったとき、利き手と反対の手を切り落とされる」

「あら……」

「って事になってるけど、実際に切り落とす奴はほとんどいない。罰する方だって、外道じゃないもんな」

 

 それなら少し安心である。

 そのまま眺めていると、男は教会から老爺神父を呼び出し、何やら訴え始めた。

 神父が鷹揚に頷き、鐘楼の下の粗末な台を指さす。

 木の台に柱をつけたようなあの場所は、罪人を縛りつけ、あるいは磔刑にして見せしめにする処刑台であるそうだ。

 

 男はジョシュを処刑台まで引きずり、ジョシュの耳元まですっぽり覆う帽子を地面に投げ捨てた。

 釘の先端をジョシュの耳にあて、金槌を用いて、打ち込んだ。

 ナナホシが小さく悲鳴をあげた。カン、カン、と金槌が釘を打つ音が鳴る度に、ジョシュの泣き声はいっそう大きくなった。

 

「またパンを盗んでみろ。次は、ぶっ殺すぞ」

 

 男はジョシュの顔に唾を吐きかけ、憤懣冷めやらぬといったふうに踵を返した。

 ジョシュはすすり泣くのにも疲れたのか、ぐったりと力なく柱にもたれている。

 

 痛ましい光景であった。

 私は何となく滅入ってしまって、ナナホシを連れて早々にその場を去ろうとした。

 

「ナナホシ?」

「……」

「ナナホシ、どうした? 歩けねえの?」

 

 ナナホシは固まっていた。

 とんでもない理不尽を我が身に受けたかのように、硬直し、憤りと怯えが混ざった複雑な表情をしていた。

 凝視する先を見て、納得した。あの少年が傷つけられる瞬間をまともに目にし、心を痛めているのだ。

 

 助けられないか、フェリムに訊いた。

 フェリムは首を振り、「罪人を庇うのも、救うのも禁止されてる。冷やかしならやってもいいんだけど」と言った。

 

「お前ら、まだ外にいたのか」

「ゾルダートさん!」

 

 トイリーさんと連れ立ったゾルダートさんが現れた。

 ちょうどいい時に来てくれた。わーっと走っていって飛びつくと、軽々抱えられる。

 

「病気の人、どうだったの」

「白死病ではなかった。薬さえあれば、治せる病だ」

 

 答えたのは、トイリーだ。

 病人は身体中に走る痛みで夜も眠れない様子であったから、鎮痛薬の材料であるヒヨスを買いにきたそうだ。

 私の兄と変わらぬ齢に見えるのに、母様みたいに立派に病人を診れるのか。

 

「トイリー君っていくつ?」

「私かい? 今年で百歳だ」

「えっ」

 

 百歳?

 からかわれているのかと思ってゾルダートさんを見たが、彼は平然としている。冗談ではない……らしい。

 これからは、トイリーさんと呼ぶことにしよう。

 

「ゾルダートさん、あの子って、いつまであそこに居ればいいの?」

 

 手を出してはいけないのなら、いつ解放されるかくらいは知っておきたい。

 一夜もあそこに居たら凍死してしまう。さすがに夜までには許されて、釘を抜いてもらえるといいが。

 ゾルダートさんは泣きっ面のジョシュを見て、「ああ、ドジったんだな」と口元を歪ませた。

 

「償いは、釘を打たれた時に済んでるんだ。いつでも処刑台を降りていいんだぜ」と言い、「こうすれば一瞬」と頭をちょっと動かした。

 

 ナナホシが耐えかねたように動いた。

 ゾルダートさんの肩をポカポカ殴り、処刑台のほうを指さしてしきりに訴えた。

 

「ガキ! あれは未熟な者! いたい! ひどい! そんな事するやつはクソ野郎だ!」

「なんだ、あのガキと知り合いだったのか?」

「ううん、知らない子」

 

 ナナホシに代わって答えた。

 ジョシュという名もフェリムに教えられて知ったのだ。

 

「ではな、ゾルダート。明日、南門で」

「ああ、またな」

 

 ゾルダートさんはトイリーさんに別れを告げ、「わかったって、何とかしてやるよ」とナナホシの拳を易々と受け流し、フェリムと私に耳打ちした。

 

「じゃ、頼むぜ」

 

 ゾルダートさんはそう言い残して、手袋を外した片手を開いたり閉じたりしながら、おもむろに処刑台に上る。

 ジョシュはのろのろと顔を上げた。

 

 ゾルダートさんは、ジョシュを鼻で笑い、まるで周囲に聞かせるように声をはりあげた。

 

「なーにメソメソしてやがる。耳が裂けるくらい何だ。人にやってもらわねえと、そこから降りることもできねえのか? なあ?」

「ヒッ」

 

 ゾルダートさんが癖毛の頭を掴んで揺らす素振りをすると、首から肩を流血で染めたジョシュは怯えた眼をした。浅い息遣いがここまで聞こえてくるようだ。

 実際、耳朶を釘で柱に打ちつけられた状態で、頭を自力で動かすのには勇気がいる。生爪を自分で剥がすようなものだ。

 

 悲鳴を期待してか、秣売りたちが処刑台を見上げた。

 フェリムがさりげなく秣を積んだ荷車に近づく。

 

「俺が手伝ってやるよ」

 

 ジョシュが泣き叫んだ。

 フェリムは荷車を巻き込み盛大に卒倒した。

 

「お兄ちゃん!」

 

 私はフェリムに駆け寄る。

 驚いてこちらに視線を奪われていた彼らに、「お兄ちゃん、血にびっくりしちゃったみたい、ごめんね」と説明しながら秣を拾い集めるのを手伝った。

 

 私とフェリムでは明らかに種族が異なる。

 でも、家族で見た目が異なるのは珍しいことではないのか、不審に思われることはなかった。

 秣売りたちは血を見て立ちくらみを起こしたフェリムの情けなさを嘲弄し、処刑台から走って逃げ出すジョシュの背中を見て、耳が裂ける決定的瞬間を見逃したことを残念がった。

 

 秣売りが去った後で、ゾルダートさんはこちらに戻ってきた。

 その人差し指と中指には、血のついた錆びた釘が挟まっている。

 観衆の視線が逸れた一瞬の隙に、釘をすばやく指で引き抜いたのだ。

 

「これで満足か?」

 

 ゾルダートさんは小さな子をあやすように、ナナホシに釘を見せびらかしたのだった。

 

 

 


 

 

 

 翌日。

 ゾルダートさんは、トイリーさんとルーさんと臨時パーティを組み、カーリアンの市壁の外にある森の湖に、ラジアータフロッグを捕りにいく事にしたらしい。

 

 ラジアータフロッグというのは、水辺に棲息する魔物だ。

 蛙にトビウオの翼が生えた姿をしていて、水辺に近寄ってきた生き物に飛んで襲いかかる。

 単体なら子供でも倒せるほど弱いが、群れだとそれなりに厄介なのだとか。イナゴみたいだ。

 ラジアータフロッグの皮は丈夫で汎用性が高く、絞った油を薬草と混ぜると軟膏になる。

 その軟膏が、風呂頭の息子をむしばむ病魔に有効だとトイリーさんは診断を下した。

 

 息子を助けるには、冒険者ギルドにラジアータフロッグの捕獲を依頼するのが望ましい。

 通常であればDかCの難易度の依頼でも、市壁の外にはぐれ赤竜がいる可能性が高い状況下では、ほとんどの冒険者は行くのを渋る。

 高い報酬金を提示すれば話は別だが、風呂頭にはそんな金もない。

 

 そこで、ゾルダートさんが格安で依頼を受けると申し出た。

 対価は、風呂頭が預かっているフェリムの杖、そしてフェリムを三助から外すことである。

 三助はいくらでも補充できる。風呂頭は一も二もなくゾルダートさんの話に乗った。

 

 トイリーさんとルーさんについては、「誘ったら来るってよ」とのこと。

 冬季は休業する冒険者も多く、さらに、赤竜討伐のために他の町へS及びAランクパーティの招集をかけている現在、Bランク以下の冒険者はたいてい暇を持てあましているそうだ。

 

 さらっと言っているが、かなり危ない賭けではなかろうか。

 だって、はぐれ竜との遭遇を恐れて、他の冒険者が外出を控える中、たった三人で堅牢な壁の外に行こうというのだ。

 

「いつ行くの?」

「これ食い終わったら行く。四日は戻らねえ」

 

 一階の料理屋でカーシャを朝食に食べていた私は、傍らの黒パンをちょっと迷ってからゾルダートさんに差し出した。

 いっぱい食べて精をつけてほしいと思ったのだが、「自分で食え」とつき返される。

 

 ゾルダートさんが無事に生還できるか、視て確かめた。

 

「……青白い肌で、緑色の眼で、はだかの女の人に気をつけてね」

「? なんだそりゃ」

 

 いちおう五体満足で帰ってくる未来が視えたため、とくに止めることなく、宿屋の前まで、ナナホシと送り出した。

 

「いってらっしゃい!」

「いてらしゃ」

「おう」

 

 今日から四日間は、ナナホシと二人暮らしだ。

 まあ、部屋で区切られているだけで、他の宿泊客や住み込みの差配の夫婦など、同じ屋根の下で暮らす人は何人もいるのだけど。

*1
六時、九時、十二時、十五時に相当する時刻。修道院の八定時課に基づいている。





社長が迎えに来るまであと三、四話(予定)

オリキャラ設定
・トイリー
 本名:ロイヒリン・ミグルディア
 種族:ミグルド族
 職業:魔法戦士兼薬師
 備考:元開拓地奴隷

・ルー
 本名:不明
 種族:獣族(狼)
 職業:戦士、タンク
 備考:おれっ娘

・フェリム
 本名:フェリムファムール・ドラゴンロード
 種族:長耳族のクォーター
 職業:銭湯の三助
 備考:エリナリーゼの孫
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