炎に照らされる二人の顔を見たとき、私はここが掠奪によって壊滅した村であることを忘れた。
自分でも薄情だと思うが、死んでいった人より、生きている友達のほうが大事だったのだ。
私は喜びのまま二人の前に駆け寄った。嬉しいのに、とっさのことで言葉が出なかった。
訝しげにしていた彼女たちの顔がポカンと驚き、そして「きゃーっ」と黄色い声をあげた。
「えっ嘘うそ! シンディ! なんで!?」
「偽物じゃないよねー? 飼ってる猫の名前言えるー?」
「ホンモノ! 雪白!」
頬を両手で挟まれ、耳を摘まれ、肩を揺すられる。
私はソーニャちゃん、メリーちゃんの順で抱きしめ、胸にぐりぐり頬ずりした。
変わらない。髪をバッサリ切って帽子にしまって、少年みたいな格好をしていて、躊躇なく人に魔術をむけるようになっていたけれど、内面までは変わっていない。
「知り合いか?」
「ぎゃあっ!」
二人は幽霊に話しかけられたような反応をした。
私が同じ顔をされたら、とても悲しい気持ちになると思う。
オルステッドは強いからそうする必要はなかったけれど、私は彼を背にして、両腕を広げた。
オルステッドは私が守るのだ。攻撃を防ぐことはできなくても、人の悪意や敵意からは庇ってあげたい。
臨戦態勢のソーニャちゃんは、険しい顔で鋭く言った。
「シンディどいて! そいつ殺せない!」
物騒なこと言いなさる。
とはいえ、このままだと、メリーちゃんたちの方がやられてしまうだろう。
強者の余裕というやつか、オルステッドは平然と立っている。
しかしひとたび攻撃すれば瞬時に返り討ちだ。対魔物で、そういう光景は幾度も見てきた。
「お願い殺さないで」「怖いけどそんなに悪い人じゃないの!」と一生懸命懇願し、なんとか二人に手を下げてもらった。
「……互いに積もる話もあるだろう。俺は離れる」
と、オルステッドがその場を去ってくれた事も大きい。
「私たちも行こう。長居すると、廃兵に出くわすかもしれないの」
「どうして? 何しに来るの?」
「掠奪のおこぼれを狙って、村を漁りにくるんだよ」
「私たちみたいにねー」とメリーちゃんが以前と変わらない調子で言った。
死んだ村に手を合わせてから、月明かりを頼りに、二人が寝床にしているという場所に案内してもらう。
村からやや離れていて、耳を澄ませば傭兵の宿営地の騒ぎが聞こえてくるような場所だ。
大枝を組みあわせた骨組みに、枝や葉をぎっしり並べて壁を作った簡易テントがある。
中には葉が敷きつめられ、子供が二人は寝転がれるような空間が確保されていた。
手前には黒く燃え尽きた焚火の跡があった。
ソーニャちゃんが榾を投げ込んで再び点火した。
「これ、着てると寒くないのよ。魔道具なんだって。オルステッドに貸してもらったの」
「だ、大丈夫なの……? 着続けると命を吸い取られたりしない?」
「へいきよ、私元気だもの」
私たちは三人並んで座り、暖を分け合った。
私一人で着るには大きな外套だが、全員で包まるには小さい。
脱いだ丁子色の外套を、三人でひざ掛けの代わりにして、焚火にあたった。
聞いたところによると、無差別な転移が起こったあの日、彼女たちは教会でレースの編み方を習っていたそうだ。
そこまでは、私も知っている通りだ。
セスちゃんの編んでいたレースが絡まり、ソーニャちゃんとメリーちゃんが解くのに手を貸した。
何ヶ月も前のことなのでうろ覚えだそうだが、このとき二人の指先は触れていたらしい。
その瞬間、周囲を眩い光に埋め尽くされ、気がつくと見知らぬ森に横たわっていた。
自分の身に何が起こったのかわからない二人は途方に暮れた。
それでも喉は乾くし、腹は減る。とりあえずブエナ村に帰ることにして、旅を始めたそうだ。
魔術を使って働く代わりに農村や町に住まわせてもらうことは何度か考えたし、路銀稼ぎのために働いた場所でそう提案されたこともあった。
しかし、平穏な農村でも、補給目的に傭兵が押しかければ、その平和は崩れ去る。
「襲撃があっても、私とメリーだけなら、逃げ切れるけど……」
「けっこうきついんだよねー、それまで良くしてくれた人たちが、殺されていくの」
だから、人里に移住するのは無し。
来るかもわからない保護は待たない。自分の力で、アスラ王国に帰ること。
二人で相談し、そう決めたそうだ。
初めの頃は、今夜みたいに略奪された跡地で焼けた家畜を食い、木の実をとって腹を満たしていたこと。
輜重隊の近くにいれば、魔物は傭兵たちが予め殺しておいてくれるので安全だと知ったこと。
女の子だとわかる見た目をしていると襲われるので、男の子の格好をして、口調も乱暴なのを練習したこと。
位置関係と進行方向を知るために地図を買ったが、古い版図を掴まされて使い物にならなかったこと。
騙されたら徹底的に報復をするのが、我が身を守る最大の方法だと知ったこと。
二人は、輜重隊から付かず離れずの距離を取りながら移動していたそうだ。
掠奪跡地のお零れを拾い集め、時には死体から剥ぎもした。
そうして得たものを酒保商人に売って換金し、食事だの生活用品だの帰還に必要な情報だのを買う。
アスラに辿り着くには、まず紛争地帯を脱しなければならない。
しかし戦火激しい中心地から外れるにつれ、進軍する傭兵もそれに付く輜重も減る。
二人はあちこちの軍を移りながら一進一退をくりかえした。
その最中、私に再会した、と。
そんな経緯であった。
相応に苦労を重ねてきたはずだが、二人の表情に暗さはなかった。
日常の延長にあったことのように、時には笑いさえ交えながら語っていた。
私は、転移事件のことを伝えた。
転移という現象はおろか、他の村人も同じ目に遭っていることすら彼女たちは知らなかった。
考えてみれば当然のことである。私も、更地となったブエナ村を視てなお、オルステッドに説明されなければ事情を飲み込めなかったのだ。
ソーニャちゃんに弟のワーシカが生きていることを話すと、彼女はさしぐんだ。
しかし、ブエナ村どころか、フィットア領が消えてしまったことに対しては、「ああ、そうなんだ」と異様に静かな反応であった。
激情は見せなかった。鍋底は熱いのに、表面は冷たい水みたいだ。
「それじゃ、シンディは、あのバケモノに攫われたの……?」
「バケモノじゃないよ、オルステッドよ。
オルステッドのために探し物とかして、守ってもらってるの。いつもはナナホシっていう子もいっしょにいてね――」
私のこれまでのことも訊かれたから、答えた。
メリーちゃんは、私がオルステッドに酷いことをされているのだと思っているようだ。訂正を試みたが、疑心暗鬼という感じで、あまり信じてくれない。
虫も殺さず逃がすくらい優しかったソーニャちゃんまで、オルステッドのことは怖いようだ。呪いは相当根深いものであるらしい。
話しているうちに、とろとろと眠たくなってきて、三人でくっついたまま睡った。
短刀を抱きしめて寝る二人に挟まれ、私はわけもなく悲しくなって、ちょっとだけ泣いた。
「おはよー、シンディ。朝だよー」
「お……?」
メリーちゃんに顔を覗き込まれていた。
背景には青空。土草の匂いと、風に乗って流れ、ほとんど薄くなっていた煙と人が焼けた臭い。
友達に再会できたことが夢ではないことに気づいて、ほっとした。
泣いたことがバレないか心配だったが、二人ともそこに触れてくることはない。涙の痕はちゃんと消えていたようだ。
「はい、これ買ってきたパン。チーズはちょっとだけだから、分けて食べようね」
ソーニャちゃんがライ麦パンと切り分けたチーズをくれた。
メリーちゃんが火魔術で表面を炙り、とろかしていたのが美味しそうだったので真似る。
美味しい。あんなに凄惨な虐殺の場を見た後だというのに、私の食欲が衰えることはないのだ。
前世の子供の頃が常にひもじかったから、その反動だろうか。
「あはっ、シンディまだ寝てるー? パンくずつけてるよ」
「んむ」
「ほら、お顔拭こ?」
「あう」
やけに二人がくっついてくる。
私も甘えた。これで転移さえなければもっと良かったのに。
悩ましいのは、二人の今後である。
帰るべきブエナ村はすでに無く、身寄りもなくなった。
私はいずれオルステッドが父様のもとに連れて行ってくれることになっている。二人のことも、父様ならばどうにかしてくれるはずだ。
私といっしょに行こう、と誘ったものの、彼女たちは断固拒否。
むしろ、オルステッドのそばに居るのは危険だ、私たちと行こう、と逆に誘われてしまった。
「でね、すごくなまやさしいの」
「生易し……悩ましい、か?」
「それです」
ソーニャちゃんたちには待機してもらい、魔道具を使って少し離れた場所にいるオルステッドに会いに行き、相談した。
会いたい人物がいる方角を光って示してくれる魔道具の指輪である。
歩幅の違いか、私がよくオルステッドを見失うので貸してもらったのだ。
川辺の岩に腰かけたオルステッドを見上げる。
朝の澄んだ空気に、枝垂れた蔦の下で、私を見下ろす銀髪金眼の男はこの世とは思えない光景である。
これが人間ではないものの血を引く者の風采なのだ。
彼に及んでは、岩に腰かける、じゃなくて、鎮座する、と言った方がふさわしい気さえする。
「お隣いっていい?」
「ああ」
顔が遠くて話しにくいので、よいしょと岩をよじのぼり、オルステッドのそばに座る。
登るとき、ふくらはぎにピリッと痛みが走った。
見ると、膝の裏のすぐ下に、細い引っかき傷ができていた。
昨夜、打ち壊された村の柵を踏み越えたときに、作ってしまったのだろう。
尖った木片にひっかけたらいけないと思い、外套をたくし上げて上を歩いたのだ。
治癒魔術をかけるのはあとでいい。血は止まっているし、放っておいても自然に治るだろう。
「フィットア領、元ロアの跡地にて、アルフォンスという男が難民キャンプを立ち上げたそうだ」
「へえ」
「パウロ・グレイラットは、難民キャンプの中でそこそこの地位を獲得しているようだ。彼を頼れば、貴様の友人が困窮することはないだろう」
「え? でも、お父さん、もうフィットア領いないよ?」
「む。そうなのか?」
私の膝の上だとずり落ちるので、地図をオルステッドの膝に置き、このへん、と父様の居場所を指さした。
父様とノルンだけではなく、十数人の若者も一緒だ。父様についてきている人の数は、視るたびに増えている。
「ふむ……捜索団を結成したという話は聞いたが、既に移動していたか……」
オルステッドは何か考えているようだ。
「パウロはミリスに行くつもりなのだろう」
「どうしてわかるの?」
「フィットア領捜索団のリーダーとして活動しているからだ」
「そうさくだん?」
「各地に転移した人々を救う組織だ。転移先がアスラ国内ならばある程度救済措置を期待できるが、国外ではそうもいくまい。パウロは捜索網を他国にまで広げようとしているのだ」
転移の被害者を助ける組織の、その惣領とな。
父様はやっぱりすごい。
「だが、彼は見ず知らずの者を助けるほど殊勝な善人ではない。おおかた己の家族を救うために捜索団を作った、という所だろう」
「お父さんのところ行きたい」
「ならん。団員の移動費、組織の運用費、難民保護……ダリウスより支払われる復興資金だけでは賄えん。おそらくパウロは、ミリシオンに本家を構えるラトレイア家を頼り、そこで腰を据えて活動をするつもりだ」
ラトレイアは、母様の旧姓だ。
母様が貴族の元子女であることは話に聞いて知っていたが、家を出て、縁は切れたと言っていた。
……頼らせてくれるのだろうか。
いや、頭を下げて頼るしかないのだ。父様はそうするつもりなのだろう。
ならん、と即座に切り捨てられてしゅんとしていた私は、ふと生じた疑問に顔を上げた。
「お父さんならこうする、ってわかるのに、オルステッドはほんとにお父さんの友達じゃないの?」
「ある人物が生まれるために必要な胤だから調べたに過ぎない。今回のパウロと俺に面識はない」
「今回? 次や前があるの?」
「説明が面倒だ。貴様の友人の処遇だが、難民キャンプか、パウロの捜索団に送り保護を求めるか、どちらにする」
「えっと……アルフォンスって人のことは知らないし、お父さんのところがいいと思います」
答えながら、まるで選択肢があるような言い方だ、と思った。
私は友達に安全な場所にいてほしくて、でも紛争地帯を脱する方法がなくて悩んでいるのに。
不思議に思う心が顔に出ていたのか、オルステッドは言った。
「北西に十五日ほど進んだ場所に、ミリシオン近くの町に繋がる転移魔法陣がある。捜索団の到着を先回りすることになるが、行き違いになるよりは良いだろう」
「転移魔法陣、って……」
「地図を描こう。目眩しの結界を破る詠唱も教えよう。ただしこれらの口外は禁じる。俺からではまともに聞き入れんはずだ。貴様が正確に伝えろ」
「うん……うん!」
私は何度もうなずいた。
ふくらはぎのピリッとした痛みを忘れてよろこび勇んで岩を滑り降り、まだオルステッドから何も聞いていないことを思い出した。
すごすご引き返す私を見て、オルステッドは人をいたぶるのが趣味の人がみせるような笑みを浮かべた。
つまり、残忍な笑みだ。悪そうな笑顔だ。
怖くて怯えていたら、スンと無表情に戻った。
ちょっと可哀想なことしたかな。
オルステッドとメリーちゃんたちのもとを行き来し、必要事項を伝え、地図や金銭を渡す。
気分は飛脚か伝書鳩だ。
心が軽やかなのは、希望が見えたからだろう。
少なくとも目の前にいる友達を救えるという希望だ。
二人は、オルステッドを信用すべきか迷っていた。
輜重隊の傍をうろついていれば何とか生活はできるのだ。
輜重を離れ、実在するかも怪しい転移魔法陣を探すのは、生命線を自ら絶つ行為にひとしい。
しかし私から伝えたことが良かったのか、さほど懊悩せずに、私が信じるオルステッドを信じる、転移魔法陣を目指して進む、と結論を出してくれた。
「メリーちゃん、ソーニャちゃん、ここ見ててね」
地図は渡した。ミリシオンで換金できる魔力結晶も渡した。
あとは見送るだけ、という時に、私は左手の人差し指を立て、二人に注目させた。
七寸にも満たないような蛇が、ゆっくり腕を這い登り、立てた指に頭を巻きつけた。
トウビョウ様の蛇だ。
普通の人には見えない蛇だ。
「わっ、うわっ、蛇!」
「え? どこに?」
真っ先に手を伸ばしたのはソーニャちゃんだった。
彼女は私の手に巻きついた蛇を叩き落とそうとし、落ちないとわかると掴んで投げ捨てようとし、しかし手は空を切った。
「なんで掴めないの!?」
「落ち着いて、ソーニャ。蛇なんていないよ」
人には見えない、小さな蛇。
でも例外はある。私が見せようと思えば、見ることができる。
それでも全員に見えるわけではなくて、一部の人だけなのだが。
やっぱり、ソーニャちゃんのほうに素質があったようだ。
内気な女は、怨みも内に溜め込みがちだから、呪いも扱いやすいのだ。
「なに――」
私はソーニャちゃんの手をぎゅっと握った。
蛇は私からソーニャちゃんに移り、うねって体に溶け込んだ。
「あ、え? なに、あれ、人? 赤い、ぴょんぴょんして、動いて……」
ソーニャちゃんは私とメリーちゃんの真ん中の後ろを見て、ちょっと後退った。悲鳴をあげてうずくまった。
私はしゃがんでソーニャちゃんの頭を胸に抱き込んだ。
「やだっ、やだやだ! 来ないで! いや!」
「うん、来ないよ。居ないもん。見えないよ。大丈夫よ」
あんなものは視ようと思えばいくらでも視れるけれど。
それだと生きてる人と死んでる人の区別がつかなくなってしまうから。
だから、視えないことにする。視えないから、怖いものはいない。存在しない。
瞼にキスをして、「みえないよ」と言い聞かせる。ソーニャちゃんはしばらくメリーちゃんに背中を撫でられて震えていた。
ベリトは蛇を移しても平気そうにしていた。そのへんは相性の問題なのだろう。
常に視ることは不可能だし、遠隔で友達を守るのも限界がある。
だから蛇を憑かせ、使うための霊力も少し分けておけばいいのだ。
「使いすぎないでね、本当は良くないものだから」
「あ……」
「ソーニャちゃん自身がどうにかなることはないのよ。大丈夫よ」
七十五匹いた蛇が、七十三匹に減った。
減った分もふくめ、私が産むことになっているから、どうという事はない。
「ソーニャ、立てる?」
「うん……」
虚ろだった目に光が戻り、フラフラと立ち上がったソーニャちゃんは、きょろきょろと周囲を見て、ほっと息を吐いた。
さて、そろそろお別れだ。
何年後になるかわからないけれど、ミリシオンで会えたらいいな。
「またね、シンディ」
「お金とか、地図とか、ありがとう」
用意してくれたのはオルステッドで、私は渡しただけだ。
でも、それを言うと嫌な顔をされると思い、口を噤んだ。
「貰われっぱなしも悪いよねー」
と、ポケットに手をつっこんだメリーちゃんが、木の小箱を私にくれた。
中身は、茶葉より細かく刻まれた葉で、箱の半分が埋まっている。
「これも」とソーニャちゃんが煙管をくれた。
葉巻や煙管、噛みタバコは、カーリアンの冒険者が吸うのをよく見ていた。
ブエナ村にいたときも、野良仕事終わりに一服する人もそこそこいた。
明確に線引きされたわけではないが、これは大人の嗜好品で、私たち子供が手を出していいものではないと思っていた。
「吸ったの?」
「それ吸うと、頭がぼやーっとして、落ち着くんだよ。ねー? ソーニャ」
「うん! シンディにもあげる」
そうか、と思った。
煙草に手を出しても、彼女たちを咎める親は、大人は、もういないのか。
「……ありがとう」
もらった葉と煙管をベルトポーチにしまった。
「……憶えてるー? イヴが夕方になっても帰ってこなかったとき、シンディ、すぐに居場所を当てたよねー?」
「? うん」
唐突な思い出話だ。
エリックと喧嘩したイヴがへそを曲げて森に隠れたのだ。
気づけば空が暗くなり、帰れなくなったイヴの居場所を私が視て調べたのだった。
「わかるんでしょ、全部。ほかの人の居場所も、だれが死んだかも」
私が言わないようにしていたことだ。
メリーちゃんは軽い調子で言い、私を抱きしめた。
私は、彼女の両親や祖母の行方を一度も訊かれていない。
「私たちさー、人が死ぬところ何回も見たし、殺したし、シンディくらいの子からパンを取り上げたこともあるんだよ」
「仕方ないよ。メリーちゃん悪くないよ」
「うん、私たちも、自分が悪いって思えないんだよね」
「だからさー」と、いつものように間延びして話す癖で、メリーちゃんは喋った。
「家族と友達が死んだってわかっても、ちゃんと悲しめないのは嫌だもん。だから、知ってるのは、シンディだけでいいの。私たちには教えないで」
「いっしょに悲しめなくてごめんね」
と、ソーニャちゃんも私を抱いた。
「メリーちゃん、ソーニャちゃん。また遊んでね」
私と彼女たちは、三歳も年が離れている。
だいたい頭ひとつ分くらいの身長差だ。腕を伸ばして、ちょっと高い位置にある、二人の頬をなでた。
私は勘違いをしていた。
ある日突然故郷を失って、酷い環境に置き去りにされて、
村で育った女の子が、そのままでいられるはずがないのだ。
心の悲しさを感じる部分はとっくに失せて、それでも感じるやるせなさを煙草で紛らわせて、なんでもないように振る舞うので、いっぱいいっぱいなのだ。
「また会おうね」
そうして、森に消える二人を見送った。
道すがら、放置された骸が目につく。土とわかちがたいまでに腐乱したものもあれば、矢傷切り傷の生々しいものもあった。
ベニバナ、桔梗は、盆の花と教えられてきた。
道中で摘んだその二輪に似た花を、死体を見つけるたびに供えていった。
私は経は読めないから、弔う代わりだ。
そして、もらった煙管だが、私はどうにも使う気にならない。
両親もリーリャも使っているところは見たことがないし。
生前も、こういう嗜好品には縁遠かったし……。
なのでオルステッドにあげた。
正午に、私がオルステッドが捕まえて羽毛を剥いで焼いてくれた雀を食べている間、
オルステッドは葉を丸めて火皿につめ、火をつけて吸っていた。
「おいしい?」
黙々と煙を吐いているだけで、楽しそうには見えない。
「不味い」
と、返ってきた。でも吸うらしい。
「……」
やっぱりちょっと気になる。
口元を拭ってオルステッドにそっと寄り添い、見上げてみる。
無言で向けられた吸い口の先を咥え、息を吸い込んだ。
「うっ……!? げほっけほっ」
びっくりするくらい噎せた。もう二度と吸わないと決意した。
「もういいのか?」
「もういいよ……」
ふらふらとオルステッドから離れ、削った枝に刺して焚き火にかざしていた雀をまた手にとる。
私は煙管より雀を食べているほうがいい。
小骨が多くて食べにくいが、味はいいのだ。
友達と別れてしばらく、私の仕事はなかった。
というのも、オルステッドの次の予定が、天大陸の祠に安置された剣を、ある場所に移動させる、というものだったからだ。
剣が失せているなら別だが、場所はわかっているようだし、私の出番はない。
「……?」
首に違和感がある。首を左右にかしげて動かしたら、少しマシになった。
顔を上げ、濃い霧の中を進むオルステッドに追いついた。
運河を挟んだ向こう岸のなかに浮かぶ顔は、みな、仮面をつけていた。
仮面の者たちの背中には、烏のように黒い大翼が生えている。
「あの人たち、オルステッドのこと怖がらないの?」
「実在の者ではないからな」
「??」
「この霧が映すのは、過去の現象だ。貴様がみているのは、このアルーチェで過去にあった出来事だ。現在起こっていることではない」
「不思議ね……」
まあ、そんな不思議なこともあるだろう。
霧のそこここに、仮面は群れをつくっていた。
ときどきすれ違いもするものの、私たちの体が重なると、ふっと掻き消える。
仮面といえば連想するのはお祭りだが、そんなに賑やかな雰囲気ではないようだ。
「先頭に、翼を断たれ、首枷を嵌めた者がいるだろう」
「うん」
「あれはシルウェステルという男で、この後死刑になる。追従するのは、彼の葬儀に参列する者たちだ」
ぬかるんだ泥に靴をとられて脱げそうになりながら、運河の向こう岸を眺める。
仮面ばかりが折り重なり、その眼はどれも真っ白な顔にうがたれた虚ろな穴で、存在してしかるべき眼の光を欠いていた。
こう言っては悪いが、不気味な光景だ。
「何か唱えてる人がいるけど、あれはどういう意味?」
「天神語だ。意味は……『我汝と婦の間および汝の苗裔の間に怨みを置かん彼は汝の頭を砕き汝は彼の踵を砕かん』」
中には仮面をつけていない者もいる。
私と同じくらいの子供たちだ。翼も小さく、参列のあいだをうろちょろしている。
葬儀も彼彼女らにとっては楽しい行事なのだろう。
「又婦に言給ひけるは我大いに汝の懐妊の劬労を増すべし汝は苦しみて子を産まん」
ある男の子に目を惹かれたのは、その子が一人だけ周りと異なったからだ。
綺麗な銀髪であった。彼もまた、踵より高い水に靴を取られそうになりながら、自分の靴を見て歩いている。
「土は荊棘と薊とを汝のために生ずべしまた汝は野の草を食ふべし」
顔をあげた。目があった気がしたので笑いかけた。
彼はつんのめった。靴を泥にとられたようだ。金髪の女の子に後ろから抱えられ、すぽっと足が抜けた。
風が霧を吹き散らかし、映っていた過去の再映は消えた。
「きれいな子いた!」
「……そうか」
オルステッドに報告すると、呆れた目を向けられたのだった。
天大陸の祠の外で、オルステッドを待つ。
目の前に広がるのは、一面の草原である。のどかな丘陵地帯だ。
喉が渇いたので、水筒を持つ。
「……?」
蓋がうまく開けられない。手をぐっぱーして動かしてから、ちょっと時間をかけて開けた。
ごくごくと飲もうとしたけれど、飲むのも上手くいかず、首元に零してしまった。
疲れているのだろうか。体にそんな感じはしないけれど。
一応、その場にぺたんと座って待つことにした。
「おか……おかえりなさい」
「ああ」
オルステッドが戻ってきた。
立ち上がろうとして、また座り込む。
来た道を引き返しかけたオルステッドが、こちらを振り返って怪訝な顔をする。
「何をしている。行くぞ」
「……ある、け、ない」
「何?」
手足が震える。口を開けにくい。
ギクギクとからだが突っ張り、立ち上がることもできなかった。
「シンシア? どうした?」
震えは徐々に大きくなる。
ガチガチと歯が鳴り、何度か舌を噛んだ。痛い。
オルステッドがそばに戻ってきてしゃがみこみ、私を仰のかせた。
背中が勝手に反り返る。震えはもはや私の意思では抑え込めなかった。
胸が苦しい。息を吸って吐くのって、こんなに難しかったろうか。
助けを求めてオルステッドを見た。定まらぬ視野で、オルステッドは多分焦っていた。
「しっかり――」
私の記憶は朦朧として、ここで一度、途切れている。
予防接種のない時代の破傷風って怖いね。