巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

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五 緑髪の女の子(後)

 総勢八名で集めたものだから、どんぐりはあっという間に集まった。

 にぃにが魔術で突風を吹かせると、枹の梢はバラバラと雹のようにどんぐりを振り零した。そこまでは良かったのだけれど、木の下にいた子は頭にも顔にも落ちてきたから大変だ。

 歓声は悲鳴に変わり、悲鳴はまた歓声になり、笑い声に変わった。

 顔に当たるとなかなか痛くて、私は近くにいたソーニャちゃんにしがみついてどんぐりの雹を回避した。

 ちらっとシルフィエットちゃんを見ると、彼女は「服にも入っちゃった」と言いながら、上着の頭巾をつまんで笑っていた。

 痛い、と笑いながら叫ぶソーニャちゃんの腕の間から、それを眺めた私はなんだか嬉しくなったのだった。

 

「ソーニャのお母さーん」

「どんぐり集めてきたよー!」

「たっくさんあるよー」

 

 硝子の嵌っていない鎧戸の下に木箱を置き、踏み台にしたメリーちゃん、ハンナちゃん、セスちゃんが押し合うように鎧戸から顔を覗かせ、家の中に声をかけた。

 

「手伝ってくれて助かったよ。うちには人手も少ないしね」

 

 ソーニャちゃんの母親はそう言うと、家の裏庭にまわり、逞しい腕で蜜蜂の巣箱から巣蜜を取り、振る舞ってくれた。

 蜂も越冬があるため巣を削りすぎると冬に全滅する可能性があるそうで、一人一口分だった。

 巣蜜は粘り気のある甘味でとても美味しかった。

 味のない塊が口の中に残り、吐き出そうとすると、にぃにに食べるように言われた。口の中に残った塊――蜜蝋にはプロポリスという成分が含まれていて、それは花粉症に効くらしい。

 花粉症もプロポリスも初めて聞く言葉だった。

 にぃには物知りだ。

 

「養蜂もしているんですか?」

「そうだよ。蜂の世話や家の事で忙しいってのに、豚の世話まで任されちゃあ、首が回らないよ」

 

 訊ねたにぃにに、ソーニャちゃんのお母さんは肩を押さえて片腕を回してみせた。くたびれているみたいだ。豚の世話は当番制だから、もう少しの辛抱である。頑張ってほしいものだ。

 

「豚は森に放牧すればいいのではないでしょうか? 餌を工面する手間が減ると思うのですが」

「そういう訳にもいかないさ。村の中で守ってやらないと、魔物に食われちまうからね」

「父様の話では、定期的に魔物狩りを行なっているとのことでしたが、それでも駄目なのでしょうか?」

「そりゃね。魔物ってのは気がついたら発生してるものだ。ゼロにはできない」

「なるほど」

 

 ……? …………??

 大人の話ってつまんない。

 そう考えたのはソーニャちゃんも同じなようで、痺れを切らしたように、メリーちゃんに「隠れんぼしたい」と耳打ちしていた。

 メリーちゃんはそれに頷くと、声を少しはりあげた。

 

「ねー、次はみんなで隠れんぼしよー」

 

 巣蜜を食べ終わった私たちは、メリーちゃんの一言でソーニャちゃんの家をあとにしたのだった。

 

(おん)決めは?」

「足出してー」

 

「……隠れんぼって、なに?」

「かくれるの」

 

 不思議そうなシルフィエットちゃんに教えると、よく分かっていない様子で首をかしげられた。頑張って説明しようとしたが、伝わっていないようだ。

 もどかしい。もっと私がぺらぺら喋れたらいいのに。

 そう思っていたらセスちゃんが説明してくれた。

 

「隠になった人は目をつむって十まで数えて、他の子はその間に隠れるんだよ。数え終わったら、ちゃんと「もういいかい?」って、聞いてから探しに行ってね」

「わ、わかった」

「ルールわかった? 足出して」

 

 全員がぐるりと円形になるように片足を出したのを確認し、屈んだセスちゃんが「お、ん、さ、ん、お、ん、さ、ん、き、め、た」とみんなのつま先に順番に触れながら歌った。

 

「た」と言い終わると同時に、指が私の足の上でとまる。

 私がみんなを探す役だ。

 年少の私に気をつかって、いつもはそのとき隣りに立っている子が一緒に隠をやってくれる。私、まだ十まで数えられないし。

 

「にぃにと一緒にオニやろうか」

「やる!」

 

 今日はにぃにが申し出てくれた。思わず喜びのバンザイをした。

 

「オニじゃないよ、(オン)

「あ、そうだったか」

 

 他の子に訂正され、にぃにがポリポリ頬をかいた。

 私もちょっとドッキリした。偶然だろうけど、鬼という言葉がにぃにから出てくるとは思わなかったから。

 

 村の中は広いため、隠れていい範囲を決めてから、私はにぃにと一緒にその場にしゃがんで顔を手で隠した。

 いーち、にーい、とのんびり数えるにぃにの声に混ざって、遠ざかっていく足音と喋り声が聞こえてくる。

 シルフィエットちゃんは不安そうにしていたけれど、エマちゃんが引っ張っていってくれるだろう。

 

「十! 終わりだぞ、シンディ」

 

 にぃにに肩を触られ、顔をあげる。

 しばらく目を塞いでいたからか、太陽の光が眩しく感じる。

 私が目をしぱしぱさせている間、にぃには周囲を見回していた。

 

「この辺の土地勘ないんだよな……」

「とちかん?」

「よく知らない場所だから、どこに何があるかわからない、ってことさ。

 まあ、所詮隠れんぼだし、何とかなるか。行こう、シンディ」

 

 にぃにと手を繋いだ私は、みんなの居場所を〝視た〟

 村で生活する人たちの息遣い、視野、思考がいっぺんに流れ込んでくる。

 一瞬で流れ込み、次の瞬間には消えている。

 記憶に留めておけるはずもない。それでも、隠れんぼをしている子供たちの視野だけを、注意深く覗き込まんとする。

 ここから一番近い子だと……。

 

「にぃに、こ!」

「これ?」

 

 私は橋の下を覗き込み、結婚式ごっこで使った白いシーツを被って息を潜めている子供を指さした。

 にぃにが駆け寄ってシーツを剥ぐと、中からセスちゃんが現れた。

 

「もう見つかっちゃった」

 

 セスちゃんはちょっと悔しそうにすると、私とにぃにの後ろについて歩き始めた。見つかった人は隠の仲間になる決まりなのだ。

 

「すごいな。どうやったんだ?」

「こう」

 

 私は胸の前で合掌し、ちょっと頭を下げた。

 トウビョウ様のお力を借りたのだ。信仰を忘れなければ、トウビョウ様はお力を貸してくださる。

 

 にぃにはよくわかっていない様子だったものの、「そうか」と頭を撫でてくれた。

 

 それから、私は、藁の中に潜って隠れていたハンナちゃんを見つけた。

 メリーちゃんとソーニャちゃんは、家の中に隠れてはダメという決まりを一応守り、牛舎の中に身を隠していた。

 にぃには牛に頬を舐め回されて顔を顰めていた。

 

「エマとルフィは?」

「あっち!」

 

 メリーちゃんに訊かれ、私は丘の上に生えている巨木を指さした。どんぐりをたくさん拾った場所だ。

 

 シルフィエットちゃんは木の洞の中に丸まって隠れていた。

 落ち葉で入口を塞いでいて、にぃにと二人で落ち葉を掘って見つけると、シルフィエットちゃんはちょっと眩しそうに出てきた。

 緑色の髪に葉が絡まっていたのを、にぃにが「仕方ねえな」と言いながら取ってあげた。

 頭に伸びた手に、シルフィエットちゃんはびくりと肩を竦めたが、落葉を取っただけとわかると安心したようだった。

 

「エマちゃん!」

 

 私は首をそらし、梢にしがみついているエマちゃんを指さした。

 エマちゃんは器用に躰を使って地面におりてきた。

 

「また全員見つかっちゃったね」

「いつもこうなのか?」

「うん。シンディちゃんはね、どこに隠れてもすぐに見つけるのよ。だから、一緒に探す人は、シンディちゃんの代わりに十まで数えるだけでいいの」

 

「ねー?」と頬をもちもちと触られた。人に触られるのは好き。

 

「ねえ、もう一回やろうよ。今度は、違う人が隠で」

 

 ソーニャちゃんがそう言い、その日は、日が暮れるまで隠れんぼをして遊んだのだった。

 

 

 

「シルフ、楽しかったか?」

「うん。と、友達と、遊んだの、初めて……」

 

 にぃには宣言通り、全員を家か、その近くまで送った。

 今は、最後に残ったシルフィエットちゃんを家まで送るところだ。

 私は疲れてしまって、にぃににおんぶしてもらっている。

 ちょっと眠くなってきた。

 

 欠伸をすると、まだ寝るなよ、とにぃにの声が耳を打った。にぃにも子供だし、睡る二歳の子を背負うのは大変なのだろう。

 頑張って起きることにした。

 

「あのね、ルディ」

「ん?」

「ボクにも、あれ、教えて」

「あれ?」

「手から、あったかいお水がざばーって出るのと、暖かい風が、ぶわーって出るの」

 

 ……危ない。今寝かけた。

 にぃにとシルフィエットちゃんの声が、油膜を隔てた向こう側のように聞こえたり、ハッキリ聞き取れたりする。

 

「明日から教えるよ。あの丘で待ち合わせしよう」

 

 私が眠気と格闘している間に、にぃにはシルフィエットちゃんと約束をしたようだ。いいなあ。

 

 シルフィエットちゃんとも別れ、私はうつらうつらしながらにぃにと歩いた。にぃにが辛そうにしていたので、背中から降りたのだ。

 にぃにもずっと外で遊んで、疲れたようだった。

 

「頑張れ、ほら、家まであと少しだ」

「ん~……」

「……シンディはすごいな。

 たくさん友達を作って、外を怖がらずにみんなと遊んでさ」

 

 遊んでいるというか、遊んでもらっているというか。

 仲間内では、私が一番チビだもの。

 にぃには年齢よりずっと大人びているから、もしかしたら、今日は退屈だったのだろうか。

 

「にぃに、たのしくない?」

「いや、楽しかったよ。隠れんぼなんて三十年ぶりかな」

 

 またまたぁ。

 貴方、まだ五歳じゃないの。

 

 夕陽の赤色に染まった家の塀が見えた。生前の同じ光景を、幼い私はなにか異様なものを感じて怯えて泣いたのだった。

 トウビョウ様の使いになる前の出来事であったけれど、トウビョウ様自体は、婆やんの母の代からあの茅屋にいたのだ。だから家に帰るのを恐ろしく感じたのだ。

 

 門の前に立つのは、顔が真黒に翳った魑魅魍魎ではなく、リーリャだ。

 嬉しい。ようやく抱っこしてもらえる。

 

 駆け寄ると、リーリャは膝をついて待ってくれた。

 柔らかい胸に飛びこむと、軽々と抱えられた。

 

「りーにゃ!」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「おなかすいた」

「ええ、食事にしましょう。すぐご用意いたします」

 

 少し遅れて到着したにぃににも、リーリャはお帰りなさいを言って、一言つけ足した。

 

「旦那様からお話があるそうです」

「父様から?」

 

 玄関の前に父様が立っていた。

 外から帰ったときに、家に父様がいると、「パパにただいまのちゅーは?」と頬への口吸いを強請られるところだ。

 でも、今日は何やら(いかめ)しい顔をしている。

 

「とおさま、ちゅっ」

「お? ありがとうな~、シンディ」

 

 リーリャの腕から躰を乗りだして、私から口をつけてみると、父様は両頬と額に口吸いの三連発をくれた。嬉しいけど、そんなに返してくれなくていい。

 

「ルディはそこに残りなさい」

「……? はい」

 

 打って変わって、低い声。

 今ので機嫌が直ったと思ったのに……。

 

「失礼いたします」

 

 二人の様子が気がかりではあったが、リーリャが私を抱いたまま家の中に入ったために、続きを見ることはできなくなった。

 トウビョウ様のお力を借りてもいいのだけど、会話まで正確にわかるわけじゃない。

 

 私だけ先にご飯を食べていると、にぃにと父様が食堂に入ってきた。

 にぃには「今度家にシルフが来るよ」と私に満足気に言っていたが、父様は少し落ち込んでいるように見えた。

 シルフィエットちゃんを巡って揉めたのだろうか。

 そして父様がこてんぱんにやられたのだろうか。

 

 夕食後、少し眠ってから、居間に行くと、父様が母様に慰められているところだった。

 父様の膝に両手を乗せて見上げてみると、母様がくすりと笑った。

 

「あなた、シンディも慰めてくれるみたいよ?」

「ハハ、そうなのか? よしよし、優しいなぁ、お前は」

 

 膝の上に抱きあげられ、ゆらゆら躰を揺すられる。

 楽しくなってニコニコ笑っていると、最初は一緒になって笑っていた父様が、ふいにため息を吐いた。

 

「ルディもシンディも良い子だ。手もかからない」

「そうね」

 

 私はふんだんに世話を焼かせてると思う。

 まだちゃんと喋れないし、着替えもひとりでできないし、転んだり悲しいことがあれば泣いちゃうし……。

 にぃにが手のかからない良い子なのはその通りだ。子供なのに、中身が大人みたい。

 

「だから、不安になるよ。俺はうまく父親をやれてないんじゃないか、ってさ」

「パウロはよくやってると思うわ。でも、あなたが良いお父さんかどうかは、子供たちが決めることだもの」

 

 私が決めていいの?

 そんな、やめておいたほうがいいと思う。

 もうほとんど憶えてない、前世のお父と比べてしまうかもしれない。

 

 前世のお父。

 ――近所の貧乏人に嫁にやっても、何もいいことはありゃせん。一生機織りでもしとったほうが、安気に暮らせるかもしれんのう。

 前のお父は、日焼けと雪焼けで顔も手足も真っ黒で、感情が分かりにくかった。熱病から生還した私が労働力にならず、嫁にもいけないとわかったときも、娘に関心や情念があるのか無いのか、何を考えているのかもわからなかった。

 その後すぐに、トウビョウ様のお使いになった事が判明して、私はトウビョウ様のお告げを伝える巫女になり、機織りをする事はなかったが。

 

 父様は、お父より感情もわかりやすいし、私やにぃにに関心も情念も持っている。

 お父は悪人ではなかった。

 そして父様も悪人ではない。良い父親だ。

 

「その様子だと、心配ないんじゃないかしら」

 

 私は父様の膝の上に立って、明るい茶髪をよしよしと撫でた。

 父様も母様も、良い子良い子と言いながら頭を撫でてくれるのだから、父様は良い父親だ、と伝えたいなら、こうすればいいのだ。

 

「かあさま、かあさまも」

「お母さまの事も撫でてくれるの?」

 

 母様に向かって両腕を伸べると、母様は私を抱き上げ、くるくると嬉しそうにその場で回った。私も嬉しくなって、母様の首にしがみついて笑い声をあげたのだった。

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