巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

50 / 56
四八 カウンターアロー

 出発の日の早朝に、ざわざわと早くも賑わい始めている馬車の乗合所に向かう。

 幌馬車の前で、私とアイシャは〈カウンターアロー〉の面々と初めて顔を合わせた。

 ナナホシは報酬や注意事項などのすり合わせを事前にしているから、互いに既知の間柄である。

 

「おや、可愛いおちびさんが二人も。今回の依頼は当たりだね」

 

 手を繋いでいる私とアイシャを見て、にっこり笑った彼女は、スザンヌと名乗った。

 スザンヌさんは戦士だそうだ。

 かなりの地黒で、濃褐色の髪を編んで束にしたのを結わえている。

 初めて見る髪型である。

 ついまじまじと見ていると、スザンヌさんは笑みを深くしてヒラヒラと手を振ってくれた。

 私もつられて微笑み返し、小さく振り返す。

 

「おじさんばかりのパーティですまないね。私がリーダーということになっているけど、実は一番偉いのはこちらのスザンヌなんですよ。もし困りごとがあって、それが私に言いにくいことなら、何でも彼女に相談するといい」

 

 男はティモシーと名乗った。

 尖った鼻先と顎は陰気な印象を受けるが、微笑むと柔和なので安心した。

 長い杖を持ちローブを着た、魔術師然とした人である。

 然というか、魔術師だ。大きなおじさんその一である。

 その二のパトリスさんも魔術師で、その三のミミルさんは戦士。

 どちらも人柄の良さそうな風采で一安心だ。

 ゾルダートさんのように粗野なのが嫌なわけではない。彼も中身は優しかったもの。

 でも外見と中身の両方とも優しいに越したことはないのだ。

 

「……」

 

 顎を引いてちょっと頭を下げたのは、冒険者の中では一番私に齢の近い少女である。

 十二歳くらいだろうか。

 箙と弓矢を持っていて、背中までの金髪をざっくりと一本の三つ編みにしている。両の耳朶に吊り下げた羽飾りがお洒落だ。

 

「サラ」

 

 と、スザンヌさんに呼ばれたその子は、ほんのわずかに、悔しそうな顔をした。

 

「小さくても依頼主。挨拶はきちんとしな。やれるだろう?」

「……でも、〈グレイラット〉だし」

 

 彼女は不貞腐れ、ふいっと体ごと顔を背けてしまった。

 スザンヌさんは私たちに向けてちょっと肩を竦めてみせた。どうもうちの子がすみません、という感じの仕草だ。

 

「悪いね。この子にも事情があるんだよ」

「何でもいいわ。仕事さえしっかりやってくれたら」

 

 ナナホシはどうでもよさそうに言い、さっさと馬車の荷台に乗り込んだ。

 アイシャは人差し指で唇の下をさわり、ナナホシとスザンヌさんたちを見比べている。

 

「お姉ちゃん、行こっ」

「あ、うん」

 

 アイシャと私もナナホシに続く。

 ちいさいアイシャには脚踏台もたいそう高く見えるが、器用によじ登った。

 先に行ったアイシャが、荷台から私を見下ろし、首をかしげた。

 

「のぼれる?」

「登れるよ?」

 

 妹になぜか心配されつつ、脚踏台を登って荷台に座る。

 スザンヌさんたちもぞろぞろ乗ってきて、私の左右はナナホシとアイシャ。向かいはサラちゃんだ。

 

「ねえねえ」

「……」

「サラちゃんって呼んでいい?」

「……なんでもいい」

 

 私のこともシンディって呼んでいいよ。

 そう続けようとしたけど、サラちゃんの顔が表に出すまいとしてはいるものの、なんだか嫌そうだ。

 また時間を置いて話しかけてみよう。

 

「お世話になります」

 

 と、私はカウンターアローの人たち全員に向けて、改めて挨拶したのだった。

 

 

 


 

 

 

 馬車での移動はたいくつだ。

 暇そうに荷台で膝を抱えているアイシャに、私はあらかじめ摘んでおいた葉っぱを見せた。

 乳草だ。

 兄の植物図鑑では別の名前が記されていたのだが、おままごとをしたことのある子供なら、誰でも乳草と呼ぶ。

 似た植物は生前の村にも生えていて、それはチサとか、チシャとも呼ばれていた。

 なにを隠そう、生前の私の名の由来である。

 

 茎を折ると、白い液体が出てくる。

 指につけ、アイシャの口元にすいっと寄せる。

 

「ほーら、アイシャ、お乳ですよー」

「……」

 

 私の手をつかまえたアイシャが、仔猫みたいに本当に舐めとってしまったので驚いた。

 ふりでよかったのに。

 

「草のあじ~……」

「うふっ」

 

 アイシャには申し訳ないが、落ち込むさまも愛らしい。しかし私は彼女を楽しませたいのだ。

 何かないかなとポケットをさぐる。

 いつ採ったのかわからない病気の麦穂があった。

 茎を折って出した乳液の上に黒んぼをたたくと、黒い顔料のできあがりである。

 

「アイシャ、お絵描きしようね。お姉ちゃんの手の甲に、指で描くの。腕にやってもいいよ、楽しいよ」

「やる!」

 

 手の甲と言ったのに、アイシャは墨をつけた指で私の頬をなぞった。

 指はくるんと一周。私の頬には黒丸が描かれているのだろう。

 アイシャはいたずらが成功してにやにや笑っている。おのれ。

 

「アイシャのお顔も真っ黒にしちゃお!」

「やめてぇ!」

 

 手でむにっと頬を押すと、アイシャは首をそらせて身をよじった。

 飛び込むように私の胸に顔を埋めてきたアイシャは、すっかり楽しくなったようだ。

 ちらっとあげた顔を、スザンヌさんが覗き込む。アイシャは顔を隠す。くぐもった笑い声が胸から聞こえる。

 

「可愛いね」と言いながら、スザンヌさんは服の裾で私の頬を拭ってくれた。

 母様やリーリャだったらさっと手巾を出してくれるところだが、スザンヌさんは違った。

 よその家のお母さんに面倒を見られているような感じがして、ちょっと照れくさい。

 

「はい、綺麗になったよ」

「あのね、スザンヌさん」

「ん? どうしたんだい?」

 

 揺れる馬車の荷台で、私は横をゆびさした。

 馬車の進行方向だ。

 

「ここ、進んだらいけないわ」

 

 このまま行けば魔物筋と合流する。

 魔物筋は、魔物が現れるだけの道ではない。

 建てた家や店がすぐ潰れる土地、なにかと凶事に見舞われる土地がある。

 そういうのも、だいたいが魔物筋の上なのだ。

 

「橋があるでしょ。もう渡れないの」

 

 スザンヌさんは苦笑して、「適当言っちゃいけないよ!」と、私の頭をぽむぽむ撫でた。

 

「いいわ。シンシアに従って」

 

 ところが、ナナホシまでもが真剣に――仮面で隠してるから表情は見えないが――言うと、彼女は怪訝な顔になる。

 

「橋を避ける迂回路はあるが、遠回りだし、効率が悪いよ」

「あなたたちには教えられない理由があるの、いいから従って。手当がもっと欲しいのなら出すわ」

 

 馬車が止まる。

 ナナホシが握らせようとしたお金を拒み、スザンヌさんはティモシーさんと話し合い始めた。

 ティモシーさんは御者台のパトリスさんに耳打ちをし、また馬車は動きだした。

 私が止める前、予定していた方向へ。

 

「悪いけど」と、スザンヌさんは顔をナナホシに向けた。

 

「ナナホシ。あなたも、あなたが連れている子供たちも、か弱いお嬢さんだ。あなたたちを守るのがアタシたちの仕事で、アタシたちのほうが旅慣れている。

 ナナホシもナナホシで不安なんだろうけど、目的地まではきちんと送り届ける、って、約束するよ。

 だから、不服だろうけど、旅のあいだはアタシたちに守られていてくれないかい?」

 

 だめ、と、私は思う。

 彼女らが良い人間であることは疑っていない。けれど、私が言い出したことなのに、ナナホシが窘められているのはだめだ。彼女は私に助け舟を出しただけなのに。

 なんと言って庇うか迷っているうちに、ナナホシはフンと息をついて荷台のへりに背をあずけた。

 もう話すことはない、勝手にしろ、と言わんばかりの態度だ。

 白い仮面の下では、冷めた顔をしているに違いない。

 

「……感じ悪い」

「こら、サラ」

 

 ナナホシを睨みつけたサラの頭に、スザンヌさんがぽふっと手を置いた。

 サラは私たちに向けてべっと舌を出し、スザンヌさんの胸の横に顔を埋めた。

 ちなみに、前に、サラちゃん、と呼びかけたら、「馴れ馴れしく呼ばないで!」と突っぱねられてしまった。寂しい。

 なので彼女はサラだ。サラさん、と呼ぶには、大人という感じがしない。

 

 馬車を出し、私たちの面倒を見ている彼女たちがこの道を行くと決めたなら仕方ない。

 私は視えたものを伝え、助言をするだけ。あとの行動はその人が決めるのだ。

 

 

 しばらく行くと、木立の間で動く影があり、「人だ」とパトリスさんが全員に知らせた。

 向かいから歩いてくる人たちの輪郭がくっきりしてくる。

 四人連れの男だ。旅人、いや、巡礼者だろう。

 

「こんにちは!」

「やぁ、どうも」

 

 オルステッドと一緒だと、行き合う人々はみんな逃げてしまう。

 しかし今いっしょにいるのはカウンターアローとアイシャ、ナナホシだ。挨拶をすればにこやかに返ってくる。

 嬉しい。

 でも、オルステッドは今頃、やっぱり人に怯えられて、一人なのだろう。

 嬉しいけれど、複雑。

 アイシャと長く一緒にいたいけれど、早くオルステッドとも合流したい。

 アイシャを連れて行く、オルステッドともいっしょにいる。

 両方実現することはできないのだ。つくづく難儀な呪いである。

 

「なんだって? 通れない?」

 

 スザンヌさんの声である。

 私が考え事をしているあいだに、巡礼者と旅途の情報交換をしていたらしい。

 

「この先のルブール谷には橋があったはずだろ」

「崩落したんだ。俺も昨日この辺の集落民から聞いた話だが、あそこに架けられた橋は、腐り落ちるのが異様に早いらしい」

 

「それは……」と、ティモシーさんが眉をひそめた。

 

「私たちも、一旦引き返すしかありませんね」

 

 と、パーティの面々に確認をとるように言った。

 異論は出ない。どうやら、この先を進んでも、橋以外に渡る道はないようだ。

 成り行きを聞いていたアイシャが、「はじめからお姉ちゃんのいうとおりにすればよかったじゃん」と言う。

 スザンヌさんは気まずそうだ。

 

「それは結果論なのよ、アイシャ」

「けっかろんって、どういう意味?」

「それはね……」

 

 賢い妹にものを教える機会が巡ってきた。

 私はお姉さんぶってピッと人差し指をたてる。

 結果論。それは、結果の論であるから、ええと……後であれこれ言うのはよくないよ、と伝えたい時に言いがちな言葉で……。

 いざ説明するとなると、自信がなくなってきた。

 使う状況も本当に合っていたのだろうか。

 へにょっと人差し指も萎える。

 

「ねえー、どういう意味? お姉ちゃんってば!」

 

 ごめんね、お姉ちゃん、覚えたての言葉を使ってみたかっただけなの。

 

 

 


 

 

 

サラ視点

 

 容姿に嫉妬しているのか、と訊かれたら、答える。ノー。

 十歳にもならない子供相手に僻んだりしない。

 

 シンシア・グレイラット。

 綺麗な子なのだ。本当に。

 美人の条件は、金髪に青い瞳を持っている事とされているが、シンシアの髪はブルネットで、条件を満たしてはいない。

 少し外れているのが、かえって男の気を惹くようになるのだろう。と、私はあの子の将来を想像した。

 私も彼女と同じ青い瞳を持っているが、この女の子の前では、十分なブルーではないような気にさせられる。

 それくらい、綺麗な子だ。

 

 でも、私はあの子が嫌いだ。実際に会う前に、スザンヌから名前を聞いた時から、嫌いだった。

 グレイラットは、私がかつて住んでいた村の領主の名字だ。

 〈グレイラット〉は、村が魔物の襲撃によって滅ぶまで何もしなかった。

 普通は、魔物の報告が増えてきたら、領主は騎士団を派遣して、魔物の一斉討伐を行うものだ。

 

 遠い地で起こったらしい転移事件の直後、私の村の周りでは、魔物が増えていた。

 当時の私は何もわかっていなくて、後から聞いた情報を繋ぎ合わせたところによると、転移事件が起こった地では、天候の異常に加えて、魔物がいやに増えていたのだ。

 〈グレイラット〉は自分の領地でも同じことが起こるのだと思ったのだろう。

 〈グレイラット〉は、小さな村の壊滅より、騎士団を第二の転移事件で失うことのほうが重大だった。

 私の故郷は、見捨てられたのだ。そのせいで両親も友達も、みんな死んだ。

 

 村長は私財を投げ打って冒険者ギルドに魔物討伐の依頼を出したが、無駄なあがきだった。

 方々から集まってきた冒険者たちに、騎士団ほどの統率はない。人手も足りなかった。

 かき集められた冒険者はほとんどが敗れ、村は壊滅した。

 

 私を迎え入れてくれたカウンターアローも、討伐依頼を受けてきたが仲間を失った冒険者と、村の生き残り――私――で結成されたパーティだ。

 

 〈グレイラット〉は、自己弁護を繰り返しているらしい。

 いわく、騎士団は主要な都市を守るために使うべきだ、第二の転移事件が起こる可能性のある地を下手につついて被害が拡大したらどうする、と。

 反吐が出る。

 

 シンシアもグレイラットだ。

 ミルボッツ領の領主と近い血縁がなくても、どこかで、きっと同じ血は流れている。

 その妹のアイシャはまだ四、五歳で、なのに使用人の服を着せられている。

 シンシアとアイシャの母親は違うらしい。

 グレイラットはお手つきと庶子の多い家系だという。

 お姉ちゃんだなんて慕われているけれど、結局はシンシアは半分とはいえ血の繋がった妹を、いいように使えるメイドとして見ているのだ。

 そう思えばアイシャには優しくなれたが、反対に、シンシアのことはますます嫌いになった。

 

 わざと危険な目にあわせてやろうとか、魔物の前に突き出そうとか、そんなことは絶対にしないけど。

 ただ、関わりたくない。護衛と依頼人以外の関係は持ちたくない。それだけだ。

 

 

 そして今、私は苛立っている。

 

「やつら、遠慮なく食っていったなあ」

 

 鞄を覗き込み、食糧の残量を見たミミルがぼやいた。

 巡礼者は人からの施しで食いつなぐ。目的地は別だが、引き返す道中を共にした彼らは、当然のように私たちの食糧を食べていった。

 別の道を行っていれば、と思わずにはいられない。

 そうすれば、そもそも彼らに私たちの食糧を分けることもなかった。

 そうして、昨夜には到着する予定だった村の宿で、朝を迎えていられたはずなのに。

 

 近道をしようとしたのが、かえって遠回りになった。

 きっとただの偶然だ。でも、あの時シンシアの言う通りにすれば損はしなかった、と思ってしまう状況が嫌なのだ。

 

 寝床を片付けたスザンヌが、水筒をひっくり返す。

 ぽたりと落ちるのは水滴。たった一滴だけだ。

 

「水を補給しなきゃいけないね。サラ、ここから一番近い川は?」

 

 水辺には動物が集まる。川や泉の探し方は、私が狩人の両親から教わった基本だ。

 地に耳をつけ、水音を探る。地面から伝わる細流れの音に、しめた、と思う。音の感じから、主流の河川も近い。

 辿っていけば、水浴びもできるだろう。

 

 まずは私とパトリスが河川を探しに行く。全員でぞろぞろ探しに行って、全員で遭難したら笑い話にもならないからだ。

 スザンヌはティモシーたちと残った。

 当然、そこには護衛対象のあの子たちもいる。

 面白くない。

 普段ならなんとも思わないことに、ムカムカする。

 

 両親の死に際を、私は見ていない。囮になって魔物を引き付けて、私を逃がしてくれた。生きて動いている姿を見たのは、それで最後だ。

 だからだろう、遺品から母さんと父さんの死は確定しているのに、その辺の叢から「ああ、サラ。生き延びていたのか」「歩ける? 手は動く?」とひょっこり出てきそうな気がしてしまうのは。

 スザンヌは、〝ひょっこり出てきた母さん〟だ。

 世話焼きの彼女に、私は親を重ねている。

 そのスザンヌが、シンシアを可愛がったり、汚れた顔を拭いてやったりするのを見ると、心がざわざわした。

 

 ……これは、ただの嫉妬だ。

 母親をとられたように錯覚しているだけ。

 この感情だけは、相手がグレイラットであろうがなかろうが関係がない。

 シンシアに非はないと認めなければいけない。

 それに、今後も冒険者としてやっていきたいなら、私はスザンヌの対等な仲間になるべきなのだ。

 よし、この気持ちだけは、克服するべく頑張ろう。

 

 

 流れも穏やかで澄んでいる川を発見し、仲間のところに引き返す。

 仲間たちと護衛対象を川に案内していると、シンシアがこちらをじっと見ていた。

 いやに無垢な瞳に、私は座りが悪くなって「なに」と訊いた。

 本当はもう少し優しく訊ねてやるつもりだったけど、突き放すような言い方になった。

 私のぶっきらぼうな態度に、シンシアは遠慮がちになる。

 貴族の子にしては、私にやけに気を遣ってくる子だ。

 庶民の悪感情ごとき気にもとめず、自分の好きなように振る舞うのが貴族ってやつではないのか。

 

「サラは、遠くの水の音が聞こえるの?」

「まあ……ね」

「すごいね。ロールズさんもシルフィも耳は良かったけど、サラもきっと負けないくらいね」

「……誰、それ」

「ブエナ村の狩人さん。エルフなの、半分だけ」

 

 耳長族は聴力が優れているという俗説は知っているけど、話しぶりからして、事実だったらしい。

 ブエナ村という場所は私の故郷近くにはなかったが、きっと親か兄の遠駆けについていって、そこで珍しいエルフを見たとか、そんな感じだろう。

 

「ロールズさんはシルフィのお父さん。シルフィは友達で、私のお兄ちゃんのことが好きなの」

「友達?」

「? うん」

「あんたが? 猟師の娘と?」

「うん!」

 

 獣の血や死骸に触れる猟師を、賤業とみなす奴らは多い。

 不浄を嫌う貴族は、特にその傾向が強いはずだ。

 

「……変な家!」

「えっ」

 

 こんなことで絆されたりなんかしない。私はつんとそっぽを向いた。

 読み通り、こうすれば、シンシアはもう話しかけてはこなかった。

 

 〈グレイラット〉には例外もいる。

 そう思い定めてしまえば、私は、物分りの良い善人になれるのだろう。

 私は〈グレイラット〉の保身と怠慢を許さない。

 関わりの浅い女の子ひとりによって、考えを改めるなんて嫌だ。

 例外もいる――シンシアは良い子なのかも――と、認めたが最後、私の中にある恨みは薄れ、両親と故郷は過去の人になる。そんな気がするのだ。

 そうなることを、私はまだ、恐れている。

 

 


 

シンシア視点

 

 サラが川を見つけてくれた。

 飲水を汲んだら、水浴びの時間である。

 水魔術で体を洗えないこともないのだが、大きな水場で泳ぐ方が楽しいし、気分もさっぱりする。

 ティモシーさんたち男性は、少し離れた場所で、私たちの方を見ないようにしながら周囲を見張ってくれている。

 

 オルステッドといる時は、こんなふうに離れている時もあれば、魔物が多い場所だと、川岸に座って背中を向けているだけの時もある。

 この前など、ナナホシに「まさか一緒に入る気じゃないでしょうね」と言われて、ピタッと脱ぐ手を止めていた。

 ラノアの蒸し風呂では男女とも素っ裸だったが、状況が違うとナナホシの心持ちも変わるみたいだった。

 

 私は下着一枚になり、じりじりとアイシャに近づいていく。

 

「アイシャ、前掛けが汚れてきたでしょ、洗ってあげる」

「いいから、あたしが洗うから」

 

 同じく下着姿のアイシャが、丁寧に畳んだお仕着せを背後に守っている。

 あたしがやるから、と言っているが、私にはわかる。洗わない気だ。

 なぜなら、洗えば服は濡れる。固く絞って水気を切っても、すぐに着たら肌にくっついて不快だし、風邪をひいてしまうかも。

 

 アイシャのお仕着せは、リーリャからもらった大事なものだ。

 大好きな服はずっと着ていたいのだ。

 でも、そろそろ、本当に、洗ったほうがいい。

 他の服に着替えたほうがいい。

 

 下着は替えているから汚れは少ないが、問題はそこではない。

 この機会に、普段着に慣れておかなければ、アイシャの祖父母――オーガスタさんとフルートさんと会った時に、驚かせてしまう。

 どうしてうちの可愛い孫が使用人の服を?

 まさかメイドとしてこき使われているのか。

 

 そう思われかねない。

 いつかは他の服も着てくれるだろうと寛容に構えていられたのも数日前まで。

 ここまで頑なだとは、ちょっと想定していなかった。

 幼子のこだわりの強さを、アイシャも持っているとは思わなかった。

 数日前から、隙を狙って違う服を着せようと試みているが、上手くいっていないというわけだ。

 

「ほらほら、遊ぶならこっちにしな」

 

 アイシャと川岸で追いかけっこをしていると、スザンヌさんに捕まえられ、まとめてザブンと川に入れられた。

 

「冒険者やってると、すぐに頭に虱がわいてくるんだ。今は誰の頭にもいないはずだけど、うつさない保証はないからね、しっかり髪も服も洗うんだよ」

「アイシャは虱いる?」

「ううん、湯浴みできない日も、お母さんがくしで梳かしてくれたもん」

 

 リーリャの親心だ。

 下着を脱ぎ、ふっくらしたお腹を見下ろしているアイシャに、混合魔術で出したお湯をザバーっとかける。

 冷たい水よりはお湯のほうがいいかな、と思ったが、気温は水浴びをしても平気なくらいだ。

 季節は、春から夏になりつつある。

 

 あ、いいことを思いついた。

 

「アイシャ、お母さんが言っていたことよ」

「ん?」

「『羊飼いの暦』には、今の時期は涼しくて軽い服を着るべきって書いてあるのよ。アイシャのお仕着せも素敵だけど、まだだぶだぶだし、軽くはないよね? だから、新しい服に着替えない?」

「……」

 

 服が汚れたら洗う。

 恵まれている環境では常識だ。アイシャはリーリャが守っていたおかげで、抑留生活の中でもそんな常識を身につけることができた。

 当たり前のことだからこそ、反発心も生まれやすい。

 だから、違う方面から攻めてみる。

 アイシャは知が好きだ。知の集合体である本に書いてあることなら、従ってくれるのではないか。

 

「……寒くなったら、また着ていいの?」

「うん、もちろん」

 

 オーガスタさんとフルートさんとの初対面で、メイドの格好をしていなければいいのだ。

 寒くなったら。その頃には、私はアイシャのそばにはいないが、祖父母がいる。

 兄が早くシーローンに到着して、ザノバ殿下との約束通りリーリャを解放すれば、母親も、もしかしたらいる。

 心配することはなにもない。

 

 こうして私は、アイシャからメイド服を脱がすことに成功したのだった。

 

 

「その魔術は、誰に教えられたんですか?」

 

 焚き火を囲んでいると、ティモシーさんにそう訊かれた。

 何のことだ。

 近くの村で補給した食事にありつきながら、私はちょっと考える。

 まだ日は落ちる前だが、今夜も野宿と決まっている。

 村には旅籠もあったが、イブリー病の罹患者がいたのだ。

 人から人へ感染する病ではないようだが、早いところ村から離れようとミミルさんが提案したのだ。

 

「火のほかには? 何ができるんですか?」

 

 そうだ、火だ。

 焚き火は私が得意の火魔術でつけたのだ。

 ほとんど毎日、当然のようにやっていたから、忘れていた。

 

「水と、土と、治癒と……お兄ちゃんに教えてもらったから色々できるけど、風魔術は苦手で、できないの」

「その年で、一属性でも修得しているのは、珍しいことですよ。しかも無詠唱ときた。私が昔通っていた学校でも、無詠唱魔術を使える教師は、一人しかいませんでした」

「うふ」

 

 褒められた。

 学校。しばらく遠ざかっていた言葉である。

 ブエナ村にいた時は、実はアイシャを学校に通わせてみてはどうか、という話も出ていた。

 もちろんもっと大きくなってからの話ではあるが。

 リーリャは恐縮していたが、私は賛成だった。賢い子は学校に行くべきだ。

 私は「お母さんと一緒にいましょうね」と母様が言うので、行く気はなかった。賢くもないし。

 今は、ある。母様を助ける方法を探すためだ。

 

「学校では、どんなことをするの?」

「私の母校――ラノア魔法大学は、名の通り、魔術全般を学ぶ場所ですよ。魔術に留まらず、他の分野も幅広く学ぶこともできますがね」

「他の分野って?」

 

 興味を持って訊ねると、ティモシーさんは「私はあまり熱心な生徒ではなかったもので、そう言われると……」と苦笑した。

 スザンヌさんがニヤッと笑い、彼を肘でつつく。仲良しだ。

 

「ああ、例えば、そう、医術ですね。ガレノスの四気質説。

 人の体は、血液、粘液、胆汁、黒胆汁の四つで構成されています。

 これらのバランスによって、人の気質は大きく四つに分けることができて、自分が何の気質であるかを知っていれば、罹患しやすい病気、そして適切な予防法がわかるとする説ですよ」

「そうなの……」

 

 難しい話だろうか。

 いけないと思いつつも、続きを聞く気がしおしおと萎れていく。

 

「じぶんの気質は、どうやって調べるんですかっ?」

 

 アイシャが途端に興味津々になった。

 今の話で、好奇心をくすぐられたようだ。

 

「その人の性格から診断する方法もあるようですが、一番わかりやすいのは、得意魔術から分類する方法ですね。

 火と土の魔術が得意であれば、大気と春の性質を持つ多血質。心臓を病む。

 火と風の魔術が得意であれば、火と夏の性質を持つ胆汁質。肝臓を病む。

 水と風の魔術が得意であれば、土と秋の性質を持つ憂鬱質。脾臓を病む。

 水と土の魔術が得意であれば、水と冬の性質をもつ粘液質。精神を病む」

 

 書の中身を諳んじるように、ティモシーさんは言った。

 兄は何でもできたが、よく使うのが水と土魔術であったから粘液質だろうか。

 

「お姉ちゃんは? なんだった?」

「……火が得意だけど、風の魔術は苦手よ……多血質かな?」

 

 土魔術も得意と言い切れるほどじゃないけれど、当てはまるのがそれしかない。

 うーんと首をかしげていると、ティモシーさんが言った。

 

「誰でも四つの性質は持っていて、年齢や環境によって変化すると言われています。あなたは生涯これ、と、はっきりと断定できるものでもないんですよ。

 そもそも古い学説ですし、占い程度に考えておきなさい。まあ、覚えておけば、友人間の歓談の種くらいにはなるでしょう」

「はぁい」

「ほかにも聞きたいです! 面白い話はありませんか?」

 

 ティモシーさんは話を終わらせようとしたが、アイシャは食い下がる。

 お腹がくちくなり、眠くなるところを、アイシャは逆に思考が活性化していくらしい。

 ナナホシにこっそり「今の話おもしろかった?」と訊くと、「別に。私には得意魔術も何もないのよ」と返され、サラはとっくに食事を終えて、退屈そうに薬煉を弓矢に塗り直している。

 

「まあまあ、お勉強の話ばっかりしてないでさ。体を動かしてみるのもいいんじゃないかい?」

 

 と、スザンヌさんは立ち上がり、やおらに抜いた剣で樅の枝を切り落とした。

 太い枝を地面に突き立て、「これが的だよ」と私たちに指し示す。

 的に石を投げるとか、切りつけるとか、やるのだろうか。

 

「じゃあ、あそこの布を結びつけた木まで歩いて、戻っておいで」

「歩くだけ?」

 

 的は?

 

 不思議に思ったが、「まずはシンシアから」と背中を押されたので従う。

 行って、戻る。

 轍や石でぼこぼこしてはいるが、ただの道だ。

 今は紫色の空が完全に暗くなったら、少し転びやすいかもしれない。

 スザンヌさんはアイシャにも同じようにさせた。

 

「さあ、次は的を見ながらやってみようか」

 

 スザンヌさんは両手で私とアイシャと手を繋ぎ、さっきと同じ道を歩き始めた。

 簡単簡単。

 足元の小石を見て避ける。

 

「おっと、下はいっさい見ちゃいけないよ。あの的が魔物だったら、目を離した瞬間やられちまうんだから」

 

 一理ある。

 私は的に視線を固定して、ずっと外さないように頑張る。

 ところが、そうすると、さっきは難なくよけた石や木の根、盛り上がって固まった泥につまづき、何度もこけてしまう。

 スザンヌさんが繋いだ手で体勢を立て直してくれなかったら、何度も地面に顔を打ちつけていただろう。

 

 アイシャは危なげない足取りで歩いている。

 スザンヌさんもだ。

 どうして? 私と二人の違いはなに?

 

「どうだった? 歩くだけでも難しかっただろ?」

「うー……」

 

 歩く。ただそれだけのことが、思ったようにいかなくてモヤモヤする。

 

「サラもやってみな」

 

 と、スザンヌさんが声をかけると、サラは弓矢を持って立ち上がった。

 

「楽勝! 目を瞑ってでもできる!」

「強気だねえ」

 

 サラは目印をつけた木までの道のりを凝視し、目隠しをした。

 ずるっこができない状態だ。

 

 そうして、駆け出す。

 目隠しで視野を覆ったまま。

 走りながら矢をつがえる。放つ。的が粉砕する。命中だ。

 サラは一度も転ばず、よろけもせず、走って戻ってきた。

 

「わあ!」

 

 すごい!

 実は顔以外にも目があるのかと疑うくらい、完璧な技だった。

 スザンヌさんは目の覆いをとったサラを軽く抱きしめ、「将来有望だ!」とアイシャを高く掲げた。

 突然の高い高いに、アイシャはキャーっと嬉しそうな声をあげる。

 

「アタシらみたいにやる方法を知りたいかい?」

「知りたい!」

 

 一体どんな秘訣があるのだ。

 わくわくしてスザンヌさんを見上げる。

 

「覚えてるからでしょ?」

 

 スザンヌさんが答えるより前に、アイシャがぽつりと言った。

 

「覚えるって、なにを?」

 

「だから」と、アイシャは目印の木を指さす。

 

「あそこに着くまでの、地面のでっぱり、草、石のばしょを、全部覚えてるからだよね? お姉ちゃんは一回目に歩いた時に、覚えてなかったから、足元を見て歩けない二回目は、なんども転びそうになったんだよ」

 

 覚え……全部……。

 スザンヌさんとサラを見上げると、うんうんと頷いている。

 私は、覚えられなかった。いや、覚えようともしなかった。何も考えていなかったからだ。

 

「こういうのは、元々持ってる記憶力や頭の良し悪しは関係ないんだよ、慣れさ。

 あんたもアタシやサラみたいに訓練すれば、できるようになるよ」

「こんなことに、訓練なんているの? あたしできたもん。お姉ちゃんだって、やり方がわかったんだから、次はできるよね?」

 

 疑いもしていないアイシャのほっぺをつまむ。

 おのれおのれ。全員がアイシャのようにできるわけじゃないのよ。

 

「アイシャったら、頭もよくて、運動もできるの。大人になったら、何にでもなれるね」

「あたし坊っちゃまになりたい」

「それは無理ね……」

 

 うちの坊っちゃまはルーデウスお兄ちゃんである。

 そんなことをしているうちに日は落ちて、私たちはカウンターアローが用意してくれた寝床に引っ込んだのだった。

 

 

 翌朝に出発した。

 昨夜は寝床にした幌馬車から顔を出し、アイシャは私の袖を引っぱる。

 

「お姉ちゃん、見て! また青い花!」

「ほんとね、綺麗」

 

 真っ青な花弁を持つ花だ。

 紫陽花や犬ふぐりより、もっと深い青だから、目を引く。

 さっきからぽつぽつ咲いているのを見かけるのだ。ブエナ村でも、今までの旅路でも、見たことがない種である。

 

 母様にあげたら、きっと喜んだだろう。

 

「お姉ちゃん、あの花ほしい?」

「うん、お庭で育てられたらいいよね」

 

 正午少し前にアサルトドッグに幌馬車が囲まれたが、カウンターアローが難なく撃退した。

 ついでに馬車をとめて小休憩を挟む。

 昼の軽食は移動しながら済ませてもいいのだが、馬車の荷台に座りっぱなしだと、尻が痛くなってくる。

 外の景色を見ながら黒パンを食べていると、ナナホシに呼ばれた。

 スザンヌさんに伝えてから、ナナホシと二人きりになれる場所に行く。

 雪隠にひとりで行くのが怖いのだろうか。

 

 ところが、打ち明けられたのは、まったく別の用件だった。

 

「アイシャのことは冒険者たちに任せて、私たちはもう行きましょう」

「行くって、オルステッドのとこ?」

「ええ。オルステッドは私が日本に帰る方法を探してくれる。あの人たちは何も知らないし、できない。これ以上一緒にいても無意味だわ」

 

 無意味。そう吐き捨てるナナホシを見て、戸惑う。

 私はカウンターアローの人たちを好きだ。昨日だって楽しかった。

 確かに旅の歩みは遅いけれど、無意味とは思えないのである。

 

「でも、リーリャと約束したのに」

「能力は高くないけど、悪党ではないことはわかったでしょう。私たちが離脱しても、彼らはしっかり送り届けてくれるわよ」

「……アイシャと、もう離れちゃうの?」

 

 リーリャと約束したから、アイシャが寂しがるだろうから、だけじゃない。

 私が、寂しいのだ。もっとアイシャといたいのだ。

 ナナホシは苛立っているようだったが、私が訊ねると、しばらくの間があって、彼女は仮面を外した。

 表情は意外と怒ってはいなくて、冷静そのものだ。

 

「私だけが先に行ってもいいのよ。そして、シンシアは妹と一緒に祖父母の家に身を寄せればいい。アイシャの母親……リーリャとも、仲が良かったんでしょう。ならきっと、邪険にはされないと思う。

 オルステッドはあなたを手放す気はなさそうだけど、私が説得する。それができるくらいには、私はもう、ここの言葉を喋れるの」

 

 そうか。

 そういう選択肢も、私にはあったのだ。

 オーガスタさん夫婦と血は繋がっていなくても、アイシャとは姉妹だ。人柄からして、頼めば私も住まわせてくれるだろう。

 

 家族のもとに帰してもらうのが私の目的ではあったけれど、その機会は、今ではない。

 そう思い込むようになっていた。

 

「……わかった、こうしましょう」

 

 どうするべきか思い悩んでいると、ナナホシの固い声が頭上から聞こえた。

 置いていかれるのだろうか。

 

「アイシャの祖父母の家までは、私も同行する。けど、一日だって滞在はしない。アイシャが泣いても喚いても、あなたの知人に引き留められても、絶対にその日のうちに町を離れる。これでどう?」

「そうする!」

 

 私は焦ってその案に乗った。

 渋っていたら、本当に今晩にでもナナホシはオルステッドに迎えに来てもらって、私は置いていかれそうな気がした。

 ナナホシの手をきゅっと握ると、ナナホシは蟠りをほぐすように息をついた。

 

「……ごめん、雰囲気きつかったわね。ここ数日、行けども行けども同じような景色だったでしょ。何にも進展してないように感じて、つい焦っちゃうの」

「ううん、私ものんびりしててごめんね」

 

 転移事件以来、初めて再会した肉親がアイシャである。

 舞い上がっていた私は、この世界にいる限り、どうやっても家族と再会することはないナナホシのことを忘れていた。

 ナナホシのことも、気をつけて見ていなければ。

 

 

 休憩場所に戻ると、アイシャがいない。

 サラもだ。

 ここは大丈夫だけれど、近くには太い魔物筋があるから、気が気ではない。

 スザンヌさんに訊ねると、「青い花を摘みに行くとか、なんとか。サラがついて行ったよ」と返された。

 

「え!?」

 

 動揺したのはミミルさんだ。

 

「イントの花を探しに行ったんすか!?」

「え、ああ……イントの花って言うのかい、あれ」

「まずいっすよ! イントの群生地は、必ずイブリーリザードの縄張りなんす! もしも二人が探し当てたら……」

 

 スザンヌさんとティモシーさんの顔が険しくなる。

 母様から聞いたことがある魔物の名だった。イブリーリザードの住みついた土地にはイブリー病が蔓延する。

 特効薬は青いイントの花だが、花はイブリーリザードが守っている。

 まるで花を餌に人をおびき寄せているようだ。

 花の姿形は口伝えでしか知らなかったが、あれが、イントの花だったのだ。

 

「そいつのランクは!?」

「Bっす!」

 

 彼らは各々が武器をとり、二人を探しに出た。

 残るのはパトリスさんだ。私とナナホシは、幌馬車の中で待機するように言いつけられた。

 

 私はアイシャとサラの現在地を視た。

 アイシャはサラに守られながら、しかし着実に魔物筋に近づいている。

 たどり着けなくて、大人しく帰ってくるのならそれでいい。

 しかし二人とも優秀な分、目的地とした花の群生地に易々とたどり着いてしまうだろう。

 

「パトリスさん。私、アイシャが行きそうなところ、知ってるのよ」

「なんだって!? それをもっと早く……!」

「案内するから、おんぶしてください」

「あ、ああ。いや、ナナホシを置いていくのは、」

 

 私は両腕をあげていつでも背中につかまれるようにしたのたが、パトリスさんは迷っているようだ。

 一人ならまだしも、二人を連れて身軽に移動はできない。

 森は魔物だの獣だの、この辺りにはいないが野盗に出くわすこともある。

 華奢な女を一人で待たせるには向かない。

 

「私は平気。護身用の魔道具もいくつか持ってるし」

 

 ナナホシはけろっとして言う。

 オルステッドはそんなことは承知で、過保護なくらいナナホシに色々と持たせている。

 私も、遠くからでもナナホシのことは守れる。

 

「ナナホシの言うことはほんとよ。ね? 私だけ連れて行って?」

「……わかった! ギルドには告げ口しないでくれよ!」

 

 私たちに促され、パトリスさんは私を背負って馬車から離れた。

 うむ、これなら、私が自分の足で移動するよりうんと速い。

 相手が爬虫類系の魔物だと、トウビョウ様も遠隔では呪い殺せないのだ。

 私がイブリーリザードの縄張りまで行かなくては。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。