巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

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四九 あの子は頭が悪いから

 背負われて移動していると、突如視界が青ずんだ。樹々はより私に迫る。馬車が通行できないような空間に入ったのだ。

 これまでの森とは毛色が異なる。

 みずみずしい淡い緑の葉がかさなり、木々はほっそりと華奢なのだが、三歩も歩けば迷う。そんな得体の知れなさがあった。

 

「本当に二人はこっちに行ったのか?」

「うん。まっすぐ、まっすぐよ」

 

 うろたえているパトリスさんを励ますように、太い首に顔を寄せて、優しく囁く。

 私がいれば、迷うことはない。

 

「サラの故郷も、こんな樹海を越えた先にあった」

 

 パトリスさんは踏み出す。

 覚悟を決めたのか。おそれげもなく、進む。

 

「杣人でなければ、誰でも迷う。魔物討伐の依頼を受けて奮起した冒険者も、大半が辿り着けなかった」

 

 青い明るい闇に溶け入る、武装した者たちを私は想像した。

 樹海と呼ばれたここは、時折、地に穴が口を開けていて、羊歯が覆いかぶさり、外からはわからないようになっている。

 私が教えるままに、パトリスさんは自然の落とし穴を避けて行った。

 

「たどり着いた冒険者は、どうなったの?」

「ほとんどが死んだ。村も壊滅していた。生き残りで結成したのが、カウンターアローだ」

「サラはどうして冒険者になったの?」

「成り行きさ。全て失った十かそこらの女の子を放ってはいけなかったし、領主の援助も期待できなかったしな。住み込みで働ける奉公先を見つけてやるつもりで、一緒に行動していたのが、いつしかあいつ自身も冒険者になりたいと……俺たちと戦うようになった」

 

 人里近くに魔物が溢れることがないように、領主は定期的に騎士団を派遣して、魔物を一掃する義務があるのだと私は両親に教わった。

 転移事件の前も、森の魔物が増えたことで、騎士団は何度かブエナ村周りにもきてくれて、魔物を倒していた。

 直前こそ、人手が足りなくなって父様ばかりか村の若い男たちが駆り出されることもあったが、何も対策が講じられなかったわけじゃない。

 

 訊ねると、ミルボッツ領の領主は無能なのだとパトリスさんは言う。

 樹海に断絶された土地。サラの故郷は見捨てられたのだ。

 

「今回の護衛任務も、〈グレイラット〉の態度によっては、辞退も考えていた。パーティランクを下げられることも全員が覚悟していた。

 やってきたのが小さな女の子だったから、スザンヌが受けることを決めた。サラのことは、この子たちには何も関係がない。そう判断した」

 

 じわりと肌が粟立つ。

 トウビョウ筋ではない今世での自分の生まれに、初めて恐れを抱いた。

 パトリスさんも、誰も、今まで口にこそ出さなかったが、サラの私への態度はそこにあったのだ。

 近い――近すぎる血縁は、想定されていない。

 だから私たちは会えたのだ。

 

「君らにも事情はありそうだが、勘弁してやってくれ。サラは俺たちの娘であり、妹なんだ」

 

 アイシャ、そしてノルンの姿が目の前を過り、消えた。

 サラの故郷があったのはミルボッツ領。

 父様の故郷もミルボッツ領である。父様の出自を思えば、おのずと答えは出てくる。

 そういうことだったの。

 

「あ……」

 

 風が吹き、目の前に青い花弁が舞った。

 ぽっかり拓けた土地には、濃紺の絨毯が広がる。

 

「俺はサラがここに辿り着いていないか探る。シンシアは隠れ……って、おい!」

 

 私はパトリスさんの背から飛びおり、駆け出した。

 この見事な景色が、魔物の管理下にあるとは、誰も思うまい。

 イントの花畑を分け進む。濃密な匂いは、花を踏み折るたびに増した。

 

 走りながら後ろを振り向くと、パトリスさんが浅緑の闇の下で立ち尽くしていた。

 イントの花畑は魔物の縄張りだと知っているのだ。自ら死に向かう知恵足らずと私は映るだろう。

 でも、イブリーリザードは、既にここにはいない。

 私たちの少し前に、縄張りに踏み入った獲物を追っている。

 

 行く手は淡い緑の魔界。背後もまた、浅緑の魔界。

 青絨毯の上には、羊歯に隠された穴も、ねじくれて隆起する木の根もない。

 渡らない理由はない。私は急いだ。

 

 

 アイシャは見つかった。

 立ち腐れ、根元をわずかに残して倒れた巨木の洞に、隠れているようだった。

 上には急いで手折ったとみられる枝木や蔦が被さっていた。

 

「きゃっ」

 

 それを退けるといきなり短刀の先が飛び出してきた。

 のけぞってよけた勢いで尻もちをつく。

 

「いたた……」

「おねえちゃ……?」

 

 怯えきった顔を覗かせたアイシャは、胸にしっかり短刀を持っていた。指が白くなるほど握りしめている。

 これはアイシャのものではない。きっとサラが持たせたのだ。

 なら、サラはどこ?

 視る前に、アイシャがしがみついてきた。

 ガタガタと震えて、なんとか言葉を絞り出そうとしている。

 再会してから怖い目に遭わせてばかりだ。父様と母様のように守るのって、難しい。

 

「あ、あたし、怖いのから逃げて、サラお姉ちゃんがぁ……!」

「うん、うん、全部わかってるからね」

 

 サラはアイシャを隠し、自分はイブリーリザードを引きつけてこの場を離れた。

 短刀を持たせたのは護身のためだ。四歳の幼子がこれひとつで魔物から身を守るのは無理筋だが、そうせずにはいられなかった。

 そんな記憶が触れた刃物から視えた。

 これを渡してしまった今、サラの武器が弓矢のみであることも、知った。

 

 

 サラは、洞窟の前に追い詰められていた。

 彼女は遠くに逃げられていなかった。鈍足なのではない。浅緑の天蓋をつくる梢は、みな同じ誘いをみせ、どれがどれとわかちがたい。

 南か、北か、方向感覚を失い、身動きがとれなくなる。

 あちこち逃げ回っていたが、結局近場に戻ってきてしまったのだ。

 そのおかげで、アイシャを連れた私でも追いつくことができた。

 

 後ろの洞窟の中に逃げ込むのは悪手だと、私でもわかる。

 暗闇では人は動けない。狙ったところに矢をつがえるのも難しいだろう。

 トカゲもヤモリのように夜目が効くのか知らないが、ただでさえ体躯に差があるのに、視覚まで塞いだら、ますます不利だ。

 

 イブリーリザードは、巨大な蜥蜴であった。

 てらてらとした赤紫の鱗におおわれたトカゲだ。

 四丈*1はあろうかという巨躯。黒々とした、感情のないぎょろりとした目玉さえ巨大である。

 

 ガチガチとわずかに聞こえるのは、乱杙歯を打ち鳴らしている音だと気づいた。

 胴体と額、それぞれに一本ずつ矢が刺さっているのに、そんな余裕があるのだ。

 獲物をいたずらに怖がらせて愉しみさえするのだ。

 

 その牙にやられたのか、サラは右肩からだくだくと血を流している。

 血を失いすぎないようにするために、破った服を押し当てながら、ここに来たのだろう。

 

「こっち!」

 

 私はサラの短刀を投げつけた。

 突き刺さるはずもなく、それは魔物の鱗にべちっと当たり、地に落ちる。

 

「なんで……!」

 

 サラが辛そうにしながら、私を睨む。

 長い尾を振り回し、イブリーリザードがこちらを向く。

 標的をこちらに定めたようだ。

 隣にいるアイシャは大人しい。恐怖で固まっているのか、私を信頼しているのか、どっちだろう。前者な気がする。

 

 サラは矢筒から矢を抜き、矢尻を手当りしだい打ちつけた。

 

「やめて! 違う! あんたの相手はここ!」

 

 気を引こうとするサラを無視して、イブリーリザードは這ってくる。

 いや、這うまでもない距離だ。長い胴体が振り向いたら、すぐに牙が迫ってきた。

 

 

 口が開く。

 洞穴のような口から放たれるであろう咆哮を、私は許さない。

 

(お前など、蜥蜴でなければ、視た時点で捩じ切ったものを。)

 

 私を自ら赴かせたのは、

 トウビョウ様へ、足労願うことである。

 

 

 めこっと音をたて、赤紫の額が凹む。

 刺さった矢もいっしょにひしゃげた。眼球が飛び出て弾ける。

 じっと目を開いていたから、血だか水だかが散るのも、よく見える。

 血の飛沫がアイシャの顔にかかりそうになる。

 私は片手を広げ、握るように受けとめた。

 

「怖かったね!」

 

 感情が麻痺したようにほわんと見あげてくるアイシャに言う。

 これから先も私がついてあげられる訳ではないし、魔物は勝手に爆散して死ぬのだとアイシャが勘違いしてはならない。

 魔物は、怖いものだ。見たら逃げなければいけない。

 そう教えるべきだ。

 

 へたり込んでいるサラに近づいた。

 ほどけてちぎれた三つ編みと、肩にあいた穴が痛々しい。

 

「その怪我、治していい?」

「……治せるの?」

「こんなに大きいのは初めてだけど……」

「なら、いいよ。ミミルにやってもらうから。それより、火、おこせる?」

「うん」

 

 私はアイシャと協力して小枝や木切れを集め、火魔術で燃やした。

 上に昇る煙で、スザンヌさんたちが見つけてくれるはずだとサラは言う。

 

「アイシャを守ってくれてありがとう」

「別に、私が危険な目にあわせたみたいなものだし。花を探しに行く、くらい、って、思った、ら……こんな……」

 

 ずっと鼻をすする音。

 顔を背けたサラの顎から、ぽたりと落ちたのは、泪だ。

 

「……」

 

 膝を抱えてすわり、サラの肩の震えがおさまるのを待つ。

 そのうちにパトリスさんが追いついてきて、私たちは無事に帰還することができた。

 イブリーリザードの死体にほかの人たちは戸惑っていたが、突然の落石で死んだということにした。

 そう誤魔化す私に、アイシャも、サラも、言葉少なに合わせてくれた。

 

 サラは傷をミミルさんに治癒された後、別行動を全員に報告しなかったことを叱られていた。

 でも無事に生きていた喜びのほうが強いようで、私は「サラはみんなの娘で、妹」という言葉を思い出さずにはいられなかった。

 私もパトリスさんから離れたことを注意された。

 何もできない、普通の子供として扱われるのは久しぶりだ。

 

 

 破れた服、不揃いになった髪をサラが整えられているあいだ、私はアイシャと並んで馬車の荷台に座っていた。

 

「青い花が、きれいだったでしょ」

 

 外に投げ出した足をフラフラ揺らしていると、アイシャが喋りだした。

 

「こっそり集めて、お姉ちゃんにあげたかったの。サラお姉ちゃんが守ってくれるなら、森の中も怖くないと思ったんだよ……」

 

 アイシャの手にはイントの花が数本ある。

 逃げ、隠れ、短刀を握りしめるなかで、潰れて青い汁が滲むそれを、私はしぶるアイシャから受けとった。

 こういうとき、どうしたらいいのかしら。

 魔物に追いかけられたのは苦すぎる良薬になっただろうし、私から教えさとすことはない。

 母様だったら、何と言っただろう。

 

「あたしって、だめな子……?」

 

 沈黙を呆れと思ったか、アイシャがうつむく。

 だめな子、できない子。

 旅の初めは、私もよくそう思い定めては落ち込んでいた。

 あの頃は、オルステッドも何を考えているかわからなくて怖かったし、嫌われると思っていた。

 頭をかたむけ、アイシャの頭に頬をくっつける。

 こちらに体重を委ねていいのに、妹の体は緊張している。

 

「たった一度のしくじりよ。落ち込むことないわ」

「……」

「アイシャはこれから、ひとりになるね」

 

 私はアイシャを預けたら行かねばならない。

 実の祖父母も、初めて会うアイシャにとっては知らない人だ。

「でも、へっちゃらよ」と、ぽんと胸を叩いて誇る。

 

「お姉ちゃんも初めはひとりぼっちだったけど、この通り、みんなが仲良くしてくれたから、ここにいるのよ」

「……仲良くって、サラお姉ちゃんも?」

「えへ……」

 

 それを言われると弱い。時には仕方のないこともあるのだ。

 まあ、アイシャは賢いし、そういうこともあるのだといずれ気づいて、上手く折り合いをつけるだろう。

 リーリャのいないところでも、この子はやっていけるはずだ。

 

「アイシャは上等、アイシャは上等」

 

 私はちっちゃな肩を抱き寄せて、おまじないのように言い聞かせたのだった。

 

 

 青い花を見ていて、思い出したことがある。

 馬車を降りて、ミミルさんにアイシャからもらった花を見せた。

 

「イントの花は、イブリー病の薬になるの?」

「そうっすね」

「……」

 

 私たちは食糧を補給した村に引き返し、摘んだ花を渡し、イブリーリザードがもういないことを伝えた。

 数年前からこの村や近隣の集落の人々は、イブリー病に悩まされていたらしい。

 カウンターアローは村の英雄となった。

 先日頂いた代金は返す、いやむしろこちらが払う、なんならしばらく滞在していけ、と引き止めるのをティモシーさんは恐縮しながら断っていた。

 いわれなき感謝というのも不気味であるらしい。

 

 そして、移動に関係のない寄り道のせいで、ナナホシの視線が痛い。背中からゆっくり凍てつきそうだ。

 と、十日以内に薬を飲まなければ死んじゃうみたいだから……。

 

 

 サラはというと、あんな大怪我をした後なのに、精神を病んだ様子もない。逞しい。

 一日だけ滞在することになった村で、私はサラを見上げた。

 長かった金髪はさっぱりと短く、男の子みたいに切られている。

 左側にひと房だけ長く垂らしているのは、お洒落か、願掛けのどちらかだろう。

 女で髪が短いのは、前世でも今世でも珍しい。

 

「耳飾りは、かたっぽ落としちゃったの?」

「あれ? 魔力付与品でね、落としたんじゃなくて、使ったんだよ。羽の先を相手に突き刺すと、幻を見せるんだ」

 

 だからアイシャを隠す時間稼ぎができたのか。

 サラはぐっと伸びをした。怪我をしていた右肩も、ちゃんと動くようだ。

 

「昨夜は、ひさびさに藁の上で寝られたね」

「……」

「……なにさ。その顔」

 

 自分から話を振ってくれたので、驚いている顔だ。

 

「ほら、行こう。もうそろそろ出発だよ」

 

 馬車に向かうサラを呼びとめた。

 

「私の名前は、シンシア・グレイラットです」

 

「あの子の名前は、アイシャ・グレイラット」と、少し離れた場所で、ナナホシの仮面を持たせてもらっている妹も指さす。

 

「もう一人いる妹は、ノルン・グレイラット。

 お兄ちゃんは、ルーデウス・グレイラット」

「え、何?」

「お父さんの昔の名前は、パウロ・ノトス・グレイラット」

 

 サラの顔が険しくなる。

 

「お父さんの弟が、ピレモン・ノトス・グレイラット。ミルボッツ領を、守らなきゃいけない人です」

「じゃあ、シンシアは……」

「お兄ちゃんの誕生日に、親戚のおじいさんが言っていたの。ピレモンを倒して、お兄ちゃんをノトスの当主にしようって。

 おじいさんも、それを止めてた人も、もう死んじゃったから、きっとその話はなかった事になってるけど……」

 

 転移事件が起こってから、と、私は考える。

 一年と、半年も経たない。サラの家族が亡くなっているとして、三回忌もまだだ。

 叔父にあたるピレモンとは会ったこともないし、どんな人かも知らない。父様は、昔からそりが合わなかったと言っていただけだ。

 

 前世では、この近さの親類は、他人とは絶対に呼べない。

 近くに住んでいるなら、家族も同然に交流するべき人たちだ。

 

「領主と私は、それくらい近い人なのよ」

 

 サラは絶句していた。

 彼女が私に優しくするようになって、もしもピレモンとの関係を後から知ったら、恨みの行き所がなくなってしまう。

 サラはいい子だ。できれば苦しまないでほしい。

 だから、そうなる前に明かした。

 

「……最悪」

 

 サラは暗い顔で呟き、タッと走り去ってしまった。

 彼女の人生は、私が決めたものではなかった。けれど、その原因となった領主とは浅からぬ縁がある。

 こうなって当然だ。私はとぼとぼと馬車に歩み寄った。

 

 

 サラとは和解しないまま、リーリャの故郷に到着した。

 ひとつ前の町からここに来るまで、十日ほどかかっただろうか。

 途中で引き返したり、病人のいる村に花を届けたりで、初めの予定より何日か遅れてしまった。

 

 依頼の完了を報せるために、冒険者ギルドに寄った。

 一年以上前だが、一度訪れたことがある場所だ。父様とノルンの居場所を視たのも、ここである。

 あのときは、父様に置いていかれたのだと思って泣いたのだった。

 

「終わったわよ」

 

 アイシャを持ち上げて掲示板を眺めさせていると、ナナホシに声をかけられた。

 依頼料の支払いも完了したらしい。ぷるぷる震えてきた腕をおろした。

 やれやれ。アイシャったら、いつの間にこんなに重たくなったのかしら。

 

「みなさん、ありがとうございました!」

 

 アイシャがぴょこっと頭を下げる。

 話を聞く限りでは、王宮の女中にもアイシャに良くしてくれた人はいたらしい。

 こういう礼儀は、リーリャやその人たちから教え込まれたのだろうか。

 いい子である。私が同じくらいの頃は、母様に「シンディ、皆さんにお礼を言いなさい」と言われていた。

 

 カウンターアローとはここでお別れだ。

 

「トラブルもありましたが、無事に送り届けられてよかった」

「達者でね。しばらくはアタシたちもこの辺で仕事を探すから、何かあれば頼りなよ?」

 

 ティモシーさんとスザンヌさんが言う。

 色々あったせいか、彼らとは実際の日数より長くいっしょにいた気がする。

 別れを惜しみつつ挨拶を済ませる。この後はリーリャの実家道場に行くのだ。

 

 そうして去る間際、

 

「待ってよ」

 

 と、サラに呼び止められた。

 きりりとした眼が、私を見据えていた。

 

「正直あんたのことは、嫌い。あんたが貴族なことも、あんたの兄がもっと早く貴族の家を乗っとってくれなかったことも」

 

 さもありなん。

 私は粛々と聞き届ける姿勢をとった。

 

「子供のくせに、親戚がやらかしたことまで自分が悪いと思ってそうなところも、不気味で嫌い。変なところが大人っぽい」

 

 一応、前世の記憶があるので。

 チサは二十歳も間近だったもので……。

 

「サラ、やめな」

「なにさ! こっちだって、一方的に申し訳なっさそうにされて、腹立ってんの!」

 

 しゅん。

 アイシャが「大丈夫だからね、お姉ちゃん」と私の腕にぎゅっと抱きつき、サラをきっと睨んだ。

 

「その妹だって、なんかメイド服着せてたし、趣味が変で嫌い!」

「あら……?」

 

 それはあんまり、サラの故郷の件とは関係がないような……?

 

「うんと、私が着せてるんじゃないのよ……」

「あたしは生まれながらにお兄様に仕えることが決まっているのです! お姉ちゃんのシュミじゃないよ!」

「ほら! やっぱり貴族ってどうしようもない! 嫌い!」

 

 貴族がみんなこうではない……と思うけれど。

 あと、正確には父様も母様も実家から勘当されているから、私たちは貴族ではない。

 困ってしまっておたおたしていると、ふんっとサラは腕を組んだ。

 

「シンシアは貴族らしく、もっと小狡く、図々しくしたらよかったんだよ。親戚のやったことなんて知りません、って面でさ!

 今度からは、サラでも、サラちゃんでも、好きに呼べばいいじゃん!」

 

 そう言って、くるっとサラは踵を返した。

 スザンヌさんはティモシーさんと顔を見合せ、悪いね、というふうに、そっと立てた片手を顔の前に持ってきた。

 

 サラの背中に、私は小さく手をふった。

 また会う時がくるかはわからない。

 でも、今度は普通に仲良くなれるといいな。

 

 

 


 

 

 

 のんびりはしていられない。

 アイシャを預けたら、すぐにこの町を離れるのだ。

 

 短い間だけど、救貧院の人たちにはお世話になった。

 今思い返せば、他の人から見た私はオルステッドに誘拐されたようなものだし、顔を出して無事を伝えたいのを堪える。

 ワーシカ、イヴ、エリック、クラレンス、ヒュー。

 あの子たちも、私を見ればブエナ村での記憶を思い出すだろう。

 幼いうちから望郷の念を抱くのは可哀想だ。

 あの救貧院が、あるいは里親の家が、彼らの故郷になるべきなのだ。

 

「ごめんください」

 

 この家も、一年前に訪ねたきりだ。

 道場と一体になった家の外観以外憶えているはずもないが、人に道を訊ねながらたどり着いた。

 水神流の道場は多いが、道場主の名前さえわかっていれば大丈夫なのである。

 

 ナナホシはオルステッドと待っている。

 アイシャを連れて、玄関の呼び鈴を鳴らした。

 しばらくして、パタパタと足音が近づいてくる。

 オーガスタさんとフルートさんは老夫婦のはずだが、軽快な足音だ。

 まるで子供みたいな足音である。

 

 扉が少しだけ開く。

 顔を覗かせたのは、男の子だった。

 その子は――ワーシカは、こちらをじっと見て、「入っていいよ!」と、家の奥に行った。

 ああ待って。私は声を張った。

 

「オーガスタさんか、フルートさんはいるー!?」

「おばーちゃんこっちで縫い物してるー!」

 

 こっち! と手招きされて、私はアイシャを連れて玄関を通る。

 

「あのさ、おまえ、シンディ姉なの?」

「そうよ。ほかの誰だと思った?」

「シンディ姉だと思った……」

 

 ワーシカは、別れる前より、顔つきが男の子っぽくなっていた。今は五歳のはずである。

 元気そうでよかった。しかし、これは予想していなかったし、視ていないから知らなかった。

 何人かは里親に行ってるだろうと思っていたが、ここの子になっている子がいるなんて。

 

「誰が訪ねてきたの?」

「シンディ姉がきた!」

「新しいお友達かしら」

「新しくないよ」

 

 フルートさんは顔をあげ、膝元のワーシカからこちらに視線を移した。

 昔にも見た、紫色の瞳の、品の良い老女だ。

 こちらはワーシカと違って、ぜんぜん前と変わっていない。いや、少し老け込んでいる。

 白髪の増えた顔が、驚愕に染まる。

 

「なんて……こと……」

 

 フルートさんはすっくと立ち上がった。

 心と体が分離したようにフラフラと歩いてくる。

 

「……リーリャ……?」

 

 唇をきゅっと引き結んでるアイシャの前に膝をつき、肩に手を乗せた。

 

「あたし……アイシャ」

 

 アイシャはそう言ったが、お構いなしにフルートさんの胸に沈められた。

 名前は、今はどうでもいいのだろう。

 娘であるリーリャの一部が、孫に宿って帰ってきた。

 そんな再会の喜びを噛みしめているのだ。

 

 

 フルートさんに呼ばれて、オーガスタさんが駆けつけたのはすぐだった。

 彼はやはりアイシャに会えたことをいたく喜んでいた。

 アイシャの父親は、昔この道場で色々やらかしたらしい父様だ。

 だから複雑な顔をされるかとも思ったが、全くそんなことはないようだ。

 

「リーリャは生きてるんだな!?」

「うん。でも、お兄ちゃんが行かないと、リーリャは解放してもらえないんです。そういう約束になってるから」

 

 転移事件のことは、私が去って一月もしないうちに判明していた。

 恐ろしい男(オルステッド)が女の子を誘拐した事件は、町では騒ぎになったらしい。

 名を上げたい水神流の道場師範はオルステッドを討伐せんと奮起、それからオーガスタさんも弟子を連れて捜索してくれていたそうだ。

 手がかりがまったくないのと、もっと大きな事件――転移事件によって、しだいに誘拐の件は忘れられていったという。

 

 ちなみに、人攫い男(オルステッド)が白い外套を着ていたという情報はまたたくまに出回り、子供たちの間では白外套(マント)に攫われるぞ、という内容の歌が流行ったそうだ。

 ただ寄っただけなのに、オルステッドも可哀想である。

 

 オーガスタさんはラタキアでの決闘裁判の話を聞きたがり、おまえさんが無事でよかった、と私の生存も喜んでくれた。

 

「あの男……パウロも、一度私たちを訪ねてきたわ」

「ああ。捜索団を結成したパウロはどこにいても目立ったからな、おれの伝言も伝えやすかった」

 

 事のあらましを知った父様は血相を変えて私を探した。

 オーガスタさんばかりか、昔けちょんけちょんに倒したかつての兄弟子にまで頭を下げて助力を頼んだらしい。

 そのころ私は、転移魔法陣を使ってカーリアンだ。

 雪に閉ざされた都市では、とてもじゃないが外からは見つからないだろう。

 私が消息を断ったのがアスラ王国とあって、父様はフィットア領捜索団の拠点をウィシル領にしようともしたそうだが、他の団員の説得もあって、ミリス神聖国をめざして赤竜の下顎を出たそうだ。

 母様の実家の手助けは、ここでは得られないものね。

 

 そこからの行方は知れないという。

 順調にいっていれば、そろそろミリス大陸についているだろう、とオーガスタさんは付け足した。

 

 あの陽気な父様が……。

 一時期は、人相がすっかり険しくなった父様が視えたのは、そういう訳だったのだ。

 今は精力的な様子なので、ペルギウス様に救助してもらったブエナ村の生き残りによって、私の安否が伝えられたのだろうか。

 それでも、父様にかけた苦労を思うと、胸が痛む。

 私は無事よ、って世界中のどこからでも伝える手段があれば、どんなにか良かっただろう。

 

 手紙はもう出しているけれど、父様がミリシオンに着いたとき、やっと手に渡るという按配だ。

 父様も有名だし、住所を指定しなくても、〈フィットア領捜索団団長へ〉と宛名を書けば案外届くかもしれない。

 もう一通書いて送っておこう。

 

 そして、ワーシカはやっぱり、二人の養子であった。

 転移事件を知った二人は、リーリャの生存をほとんど諦めていたらしい。

 家は暗い空気に満ちた。そこで心を慰めようと、かつてリーリャと同じ村で過ごしていた子供たちのうちひとりを引き取った。

 ワーシカはオーガスタさんから「ぼん」と呼ばれて、孫息子のように可愛がられていた。

 なんで、「ぼん」なのだろう。坊主のぼんだろうか。

 

「ふぅ」

 

 アイシャのことは大事で大好きだけれど、人を守るのって大変だ。

 色々知って、考えて、頭が疲れてしまった。

 ようやく、肩の荷をおろせる。

 

「それじゃ、ワーシカもだけど、アイシャをよろしくお願いします」

「おかしなことを言うのね。孫の面倒を見るのに、よろしくですって」

 

 フルートさんがふふっと微笑む。私も笑みを返す。

 アイシャがここで育てば、ワーシカとは義理の兄妹になるわけだ。

 もともと友達だし、アイシャも心細くはならないだろう。

 私は安心して席を立った。

 

「じゃあね、アイシャ、元気でね」

「うん、ばいばい……お姉ちゃん」

「え?」

「え?」

 

 何か変なことを言ったかしら。

 

「ど、どうしたってまた離れるんだ? お嬢ちゃん――シンディちゃんも、ここにいていいんだぞ?」

「気持ちはうれしいです。でも、私はまだオルステッドのために働くので!」

「待て待て! じゃあ、こんなのはどうだ、せめて今日は泊まっていくとか、な? その男も呼んで、うちで夕飯でも食っていくといい!」

「ええ、それがいいわ。白外套には私たちから話をさせていただきます」

「今日じゅうに行かないといけないので!」

 

 私も妥協できなくて悪いが、オーガスタさんたちも頑固だ。

 行くの行かせないのと問答を繰り返していると、また呼び鈴が鳴らされた。

 ワーシカが行って、しかし来客を連れずに、ひとりで戻ってきた。

 

「ぼん?」と、オーガスタさんが訊ねる。

 

「だれが来たんだ?」

「青マント」

 

 ナナホシだ!

 玄関まで小走りになると、みんなついてきた。

 

「遅いから迎えにきたわ」

「もう行くところだったのよ」

 

 ナナホシの目に過ぎるのは、安堵であった。

 三人から二人に減るのは寂しいと思っていたのだろうか。

 大丈夫、まだいっしょだからね。

 

「おまえさん……華奢な少女じゃないか。そのなりで白外套の仲間なのか?」

 

 腰の剣に手を当て、オーガスタさんが訊ねる。

 ナナホシをというよりは、近くにいるかもしれない人攫い(という誤解を受けているオルステッド)を警戒しているようだ。

 

「白……? ええそうよ。こっちのシンシアも、一緒に旅をする仲間」

「引き取り手がみつかった子供をまだ連れ回すのは、爺さんは関心しないな」

 

 ナナホシは煩わしそうだ。さっさと出発したいのだろう。

 私はその隙にアイシャとワーシカを抱きしめておく。

 お互いを兄妹だと思って仲良くやるのよ。

 

 私の肩にナナホシの手が置かれた。

 

「雪国に砂漠の国に魔物の国に森林の国、色々行きましたけど、この子も私も、体のどこも損なわず、今日までやってこれました。オルステッドのおかげでね」

 

 毅然と言ったナナホシだが、オーガスタさんはまだ渋い顔だ。

 

「そうか……わかった。おまえさんも攫われたんだったら、うちに隠れてもいいんだぞ。気の済むまでいていい。なにせ子供が三人になるんだ、女手が増えるのはありがたいからな」

「は……? なんで私まで……」

「そりゃあ、シンディちゃんは孫と姉妹で、おまえさんはそのシンディちゃんとこれまで過ごしてきたんだろう。見捨ててはおけんさ」

 

 思いがけず、ナナホシにも居場所ができそうだ。

 働き手がほしいという気持ちがあるにせよ、土台にあるのは善意である。

 どうする? と、私はナナホシを見た。

 

「っ……」

 

 ナナホシはぐっと言葉を堪えているようだった。肩がいかり、顔がだんだん赤く染まっていく。目が潤む。

 悔しそうでも、悲しそうでもあった。

 

「私たちは大丈夫ですから!」

 

 叩きつけるように言い、ナナホシはいきなり私の手を掴んで走った。

 転ばないようにいっしょに走りながら、後ろを振り返る。

 

 アイシャがいた。ワーシカがいた。

 オーガスタさんと、フルートさんもいた。

 彼らはぽかんとしていた。どんどん離れて、小さくなっていく。

 

「さよーなら!」

 

 届いただろうか。

 さようなら、皆さん。

 さようなら、リーリャの故郷。

 また攫われるようなお別れだけれど、私は元気にやっていけてます。

 

 

 ナナホシは走った。

 走って、走って、町の外に出ても、まだ走った。

 

「む? どうした、追われてるのか?」

「ああああぁぁぁ!」

 

 そして、オルステッドに飛びついて大声で泣きだした。

 

「わあああぁぁぁん!」

 

 声を絞り出して、拳をオルステッドの胸に叩きつけて。

 癇癪を起こして父親に泣きつく、小さな子のようだった。

 オルステッドはぎょっとしながら、ぎこちなくナナホシの肩を撫でている。

 

 目顔で助けを求められた気がしたので、ようやく立ち止まれてふぅふぅ息を整えていた私も、ナナホシの背中にくっつく。

 

『帰りたい! 帰りたい! お母さぁん!』

 

 喚くのは、きっと日本語だろう。

 母を呼んでいるのだと、かろうじてわかった。

 

 しゃくりあげる背中をとんとん叩きながら、私は思う。

 これは想像だけれど、ナナホシは思い出してしまったんじゃないかしら。

 この世界に来たばかりのこと。

 ナナホシは、すぐに帰れると思っていた。言葉が通じなくてもへっちゃらだった。私を慰める余裕もあった。

 

 あれから一年以上が過ぎたが、まだ帰れていない。

 始まりの町にきて、余裕だった自分を思い出して、理想と現実の差が悲しいんじゃないかしら。

 初めて見る魔物にはしゃいでいたナナホシ、煮炊きの煙が充満する宿で、冒険者に言葉を教えられてはにかんでいたナナホシ。

 楽しそうな彼女の姿を思い浮かべるほど、今の痛ましさが浮き彫りになる。

 帰る故郷がないのも辛いけれど、故郷があるのに帰れないのもつらいのだ。

 

「うくっ……ひっく……」

 

 私には何もできないから、せめて気の済むまで泣けばいい。

 かつて慰めてくれたナナホシの手を思いながら、私はナナホシの背中を撫でつづけた。

 

 

 


 

 

 

 たいそう賢いが、こだわりが強くて癇癪持ちな子だった、と両親もゼニスも言う。

 かつて現実は、小さなアイシャには厳しかった。

 賢いからこそ、自分の望みを叶えるには何をすればいいかわかるのに、生まれて数年の体ではできないことばかり。

 では大人に代わりにやらせようとしても、正確に伝えるための語彙はまだ足りない。

 そうした鬱憤が、烈しい癇癪となって表に出ていたのだ。

 

 三歳のときに、恋焦がれたおもちゃを与えられた。

 その時にはもうそれほど欲しくなくなっていたおもちゃだが、アイシャはそこで区切りをつけた。

 世の中にはままならないこともある。絶望するのはもうおしまい。

 同年代の子も、あるいはちょっと年上の子も、自分ほど物事の道理をわかっていないのだ、と気づいたのも同時期である。

 

 だからアイシャは、母と離れる時も、祖父母の家に置いていかれる時も、わがままは言わなかった。

 

「へえ、あれが、師匠のお孫さん……」

「どこにいる? 見えないよ」

「おい、押すなって」

 

 しかし、子供相応に落ち込みはする。

 あたしがもっと大きければ、もっと早く生まれていれば、色々できたのに。

 機織り機の下の空間は、アイシャが膝を抱えて座るのにはちょうど良く、具合よく内の世界に閉じこもることができた。

 

 オーガスタの門下生が部屋の入り口からどやどやと覗いている。

 年頃は十代半ば。好奇心を抑えられない若者たちだ。

 

「あなたがた」

「あっ、奥方!」

「お疲れ様です!」

 

 ワーシカを連れて現れた老婦人に、門下生たちは頭を下げる。

 

「いいんですか? あんな狭いところに閉じこもらせて。師範だったら、無理やりにでも引き出すのでは?」

「いずれ自分で出てきますよ、心配しなくても。さあ、お行きなさい」

「はいっ!」

 

 ドタドタと道場に戻る門下生を見送り、フルートは静かにアイシャのそばに寄った。

 若い頃はクールビューティと名高かった女性である。

 普段は変わりにくい表情も、その光景にはふっと綻ぶ。

 

 奇しくもその空間は、もう二十年以上は前、幼いリーリャが叱られたら逃げ込む場所だったのである。

 

「アイシャ、気が済んだら出てきなさいね。みんなあなたを歓迎する用意はできているわ」

「はい、おばあちゃん」

 

 そうしてフルートも去った。

 ひとりになったアイシャの眼前に、ぬっと鋭いものが突き出される。

 

「遊ぼー」

 

 子供用の木剣を持って現れたワーシカである。

 紫色の瞳は、南アスラ出身の者には珍しくない特徴だ。

 彼の父親はもともとこっちの生まれであった。

 

「遊ばないよ」

「なんで?」

「あたしは黄昏れるのにいそがしいもん」

 

 ワーシカはよくわかっていない顔で去った。

 と、思いきやすぐに戻ってきた。もう鬱陶しくてならない。アイシャは膝に顔を埋めた。

 

「これあげる。シンディ姉がぼくにくれたやつ」

「……」

 

 伏せたアイシャの頭がぴくっと揺れる。

 ワーシカが手にのせて差し出したのは、木彫りのペンダントであった。

 かつてシルフィが、シンシアの五歳の祝いに贈ったものである。

 

「シンディ姉がいないのがやなの?」

「うん」

 

 でも、寂しいのではない。

 アイシャをモヤモヤさせるのは、もっと別の感情であった。

 

 ワーシカはまた木剣をアイシャに向けた。今度はアイシャの側に持ち手を向けている。

 アイシャが掴むと、ワーシカが引き、綱引きのようにずるずると引きずり出される。

 自分の殻の中から、外界に放り出されてしまった。思ったより居心地は悪くない。

 

「赤ちゃんは? どこにいるの?」

「ミーシャ? いなくなっちゃったぁ」

「じゃあ、あたしたち、二人だけの兄妹になるんだ」

 

 子供は、現在が楽しければ、過去の追憶に浸ることはない。

 アイシャは逃げ回るワーシカを追いかける。新しい住まいとなる祖父母の家の構造を覚えながら。

 キャハハァ、と甲高い女の子の笑い声が家に響くようになるのは、それからすぐであった。

 

 

 後年、アイシャは、当時のモヤモヤした感情に、こう決着をつける。

 誰も、このあたしでさえも、あの時は自分の気持ちがわからなかった。

 あたしがお姉ちゃんと離れたくなかったのは、寂しいからじゃない。

 あたしがお姉ちゃんを支配できなくなることが嫌だったの。

 守れなくなることが悲しいの。

 

 お姉ちゃん。

 シンディ姉。

 シンシア・グレイラット!

 なんて不幸な身の上!

 見目麗しく、人智を超えた異能を持つのに、あなたを利用したい人たちから身を守る知恵だけを、あなたは持たない。

 私の目の及ばないところに行ってしまったら、私があなたの主人となり、人生を整えてやることもできない。

 助けてくれた、守ってくれた、その報いが、神に使い潰される末路であっていいはずがなかった。

 

 あーあ、あたしがシンディ姉のお兄ちゃんだったらなあ。

*1
12メートル

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