巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

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 幕間 新装備と成長

 ナナホシと私の居場所は違(たが)えた。

 ナナホシだけをオルステッドが連れ出し、私はペルギウス様のところで待つ。

 その次は、私が父様のところに連れていってもらう番だ。

 

 ペルギウス様の城は美しい。

 いま私が腹ばいになっている外廊の床にしたって、そうだ。

 大理石の白い床に、濃い青色や灰色の石が嵌め込まれ、模様になっている。

 夜になると、天井に散りばめられた魔照石が光って、それは綺麗なのだ。

 建物の中には、シャンデリアだってある。蠟燭の火は使われない。魔照石の欠片が真鍮の骨組みの周りを、規則正しく浮遊している。

 

 床の模様を指でなぞった。

 白と青色の大理石の中にも、ひとつひとつ異なる斑紋がある。

 私にはこれを再現するのは途方もないことに思えるけれど、絵を描ける人は、こういうのも、絵に起こすことができるのだろうか。

 

 私は画家になりたい。

 『岩に坐す悪魔』の小さな絵画に魅入られたからだ。

 なれるだろうとペルギウス様は言ってくれた。

 でも、私は、筆記具だって、蠟板を削って文字を記す尖筆しか握ったことがない。

 使う筆の名前も、描き方も、何も知らない。

 もし、神秘の瞬間を切り取り、絵としてこの世に現すことができたなら、たいそう嬉しいだろう。そう予感している。

 

 本物そっくりに造られた醜女の蠟人形、

 波に呑まれる船からみた青黒い波、星空、

 ケイオスブレイカーの庭園に存在した沈黙、

 同じ場所の、地下深くに造られた岩塩の結晶宮殿、

 ベガリットの広大な砂漠、無数の魔石が埋まるベヒーモスの墓場、

 泥濘の沼地を埋め立てた上に出現したミリシオンの都、

 沼地で踊り、誘われた人を引きずり込む美しいルサルカ、

 現実にも、そうして、私の想像の中にも、美しくて恐ろしいものは、あると知った。

 

「むう」

 

 私は寝そべった外廊で、両手で頬杖をついた。

 庭園に面した場所なのに、塵ひとつ落ちていないから、こうしていても汚れることはない。

 置いてもらっているのだから、せめて掃除を手伝いたいと思っていたのも昔の話。

 人任せにすることに、今はさほど申し訳なさを感じなくなっていた。

 ここには、客人の私には見えないところで、お城を維持する精霊がいるそうだ。

 意思なく、自我なく、言葉を喋れる十二の精霊を上等精霊とすると、下等に位置するから、表に出てくることはない。

 

 どうやって絵をかけるようになればいいのだろう。

 読み書き、算術、魔術は兄や母様、シルフィたちが教えてくれた。

 絵を描く人は、蠟人形を所有していた、あの男の人しか知らない。

 

 私はペルギウス様の言葉を思い出す。

 前にもここに来たとき、彼は修道院は絵を描く場所だと言っていたのだっけ。

 聖像画に限られるが、描く。

 聖像画を描きたいわけではないから、私には関係がない……と思わず、賢い人のように考えてみることにした。

 

 ナナホシならば何を思うだろうか。

 もしナナホシが私の立場であれば、物事は何でも繋がっていると考えるだろう。

 聖像画を描くためには、絵の道具に触れるだろう。何が必要で、何をどう使うべきかも知ることができる。

 修道院で聖像画を学べば、まったく知らない状態から、必要なものは揃えられる状態にもっていけるのではないか。

 父様に会った後は、修道院に行ってみたいとお願いしてみよう。

 もちろん、その前に、母様やリーリャのこともどうにかしなくてはいけないけれど。

 きっと父様が全部決着をつけてくれるはずだ。

 

「むむ……」

 

 ずっと会いたかったのに、一年以上も離れてしまったからか、どんな顔をして会いに行けばいいかわからない。

 なんだか変にそわそわして、浮き足立つ心地だ。

 

 空白の時間は、私に思考の暇を与える。

 何かして、気を紛らわせたい。

 生前なら、それは野良仕事であったり、飢えに耐えることであったり、トウビョウ様への祈祷であったりした。

 いま、野良仕事はしなくてよいし、飢えることなく満たされている。

 トウビョウ様は将来の約束によって、私の中身にしっかり馴染んでいて、祈祷はしなくても力は使える。

 

 ブエナ村では、妹たちの相手をしたり、私よりも年少の友達に遊び方を教えていた。

 その前は、年上の子といっしょに、皆で魔術で遊んでいた。

 

「魔術!」

 

 そうか、魔術の練習をすればいいのだ。

 きっとペルギウス様に訊けば、教えてくれる。

 

 昔読み聞かせてもらった三英雄の話によると、ペルギウス様は召喚術士であり、魔術師である。

 私はペルギウス様に、風魔術を教えてくださいとお願いした。私は風魔術に成功した事がないからである。

 

 ペルギウス様は素人に教える手間はかけない、とナナホシは言っていたが、本当だろうか。 

 ナナホシとあんな会話をした後に頼んだら、ペルギウス様を試そうとしていると思われるだろうか。

 

「よかろう。訓練場に来るといい」

 

 私の杞憂をよそに、ペルギウス様は二つ返事であった。

 

 

 準備が整えられると、訓練の間に呼ばれた。

 ペルギウス様、シルヴァリルさん、十二の使い魔のうち三人が揃っていた。

 高い天井と、調度品が何も置かれていないただ広い部屋は、魔術を使ったり、剣を交わすためだけに誂えられたのだろう。

 

 練習なら外でいくらでもできるのに、わざわざ魔術を使う用の部屋があるの? と、ブエナ村にいた頃の私なら考えただろう。

 しかし、城の外は庭園だ。

 外でやると、整えられた草木や花々、人工洞窟、彫像を損なってしまう。

 

「まずは風属性以外の攻撃魔術で、お前の実力を見せてもらおう。

 カロワンテ、相手をしてやれ!」

 

 ペルギウス様が呼びつけると、一人の精霊が前に出た。

 白い詰襟の服、金髪に、目元のみを覆う白い仮面をつけた男性型の精霊。

 洞察のカロワンテさんだ。

 

「反撃はいらぬ。ただ受けろ」

「ハッ」

 

 カロワンテさんは従順に返事をし、ペルギウス様の横に立つ私から距離をとった。

 何かを待つようにこちらを見つめているのが、仮面に覆われていてもわかる。

 

「……」

 

 私はペルギウス様を見上げた。

 

「人に向けると危ないのよ……」

「精霊だが」

 

 精霊。たしかに。

 生き物ではないのだ。人と変わらないように見えるのに、根底が異なる存在。

 ペルギウス様の意思で何度でも存在できるらしい。

 血は通っていないのか。怪我をする事はないのだろうか。

 恨みもないのに、魔物でもないのに、人の形をしたものに打っていいものか。

 ブエナ村の頃のように、的に向けて練習するものだと思っていた。

 

 今から、やっぱりやめますと言ったらいけないかしら。

 しかしペルギウス様もカロワンテさんも、待っている雰囲気である。

 私はおっかなびっくり右腕をあげ、掌を正面に向けた。

 

・火魔術

 

 まずは得意の魔術から。

 初級なら無詠唱で、火種から拳大の火球弾まで、自在に操れる。

 火球弾を右手の前に停留させ、遠くのカロワンテさんに声を張り上げる。

 

「打つね! 熱いからね!」

 

 返事はない。彼をめがけて撃ち込むと、カロワンテさんは観察するように眺めていたものの、直前で避けた。

 避けられた火球弾は、壁に当たる前に、突然出現した半透明な壁が阻んだ。

 見間違いかと思い、今度は最初からカロワンテさんを避けて一発撃ち込む。

 やはり六角形を組み合わせたような半透明な壁があらわれ、私の魔術は吸収されるように消えた。

 きょとんとしていると、シルヴァリルさんが言い添えてくれた。

 

「この訓練場には魔術を吸収する結界が施されております。もちろん、ペルギウス様のお力によるものです」

 

 なるほど。

 結界魔術というものだ。母様から聞いた事があるけれど、こんな使い方をされているのをみたのは初めてだ。

 

「どうした、カロワンテはまだ消耗しておらぬぞ。それとも、たった2回で終わりか?」

「違うもん、まだできるもん」

 

 からかってくるペルギウス様に、つい口答えをしてしまった。

 動く的に当てたことはある。

 ブエナ村にいた頃は、他の子が向けてくる水弾にぶつけて、蒸発させて遊んでいた。

 人を巻き込んでしまわないように気をつける必要はあったが、私はけっこう上手だったのだ。

 

 攻撃魔術を使わなくても殺せるし、人にかけるのは治癒魔術ばかりだったから慣れないだけで。

 言い訳がましいかしら。

 じゃあ、今度はもっと強いのを出してみよう。中級魔術だ。

 

「汝の求めるところに大いなる炎の加護あらん」

 

 確実に打つために、今度は詠唱を口にした。

 

「暴れ狂う炎よ、巨大な恵みを焼きつくせ——大火球(エクサフレイム)!」

 

 火球はどんどん膨れ上がる。

 魔力を注ぎ、私と同じくらいの大きさまで育てた。

 周囲で蜃気楼がゆらめき、熱風が前髪を吹き上げた。

 目を瞑ってしまいそうになりながら、カロワンテさんに向けて放つ。

 ゴオッと飛んでいく巨大な炎の塊。 

「幼童にしては巧みだ!」と、炎の向こうから声が聞こえた。

 

 しかし、カロワンテさんは無事に立っている。威力ばかり大きくしてもだめらしい。

 大火球は空間の結界にまともにぶち当たると、炎の手を蜘蛛手に散らせながら燃え、鎮火した。

 なんだか悔しくなり、今度は量を増やす作戦に出る。

 

「えい! やあ!」

 

 速さに魔力を降った小さめの火球弾をいくつも作り、お手玉のように自分の周りに滞留させながら、次々と撃ち込んだ。

 ひょいひょいと避けられ、手持ちは尽きた。また作ろうとすると、ペルギウス様に止められた。

 

「披露させるのは、それだけではないぞ。魔力切れになる前にやめておけ」

「まだできるもん……」

 

 強がりではない。本当にまだまだ魔術を使う余裕はあったのだ。

 ペルギウス様は私をじっと見つめた。

 

「ほう。魔力量は多いらしいな」

 

 興味深そうに頷かれたが、きりがないので、結局火魔術はおしまいとなった。

 カロワンテさんに当たるどころか、服の端を焦がす事すらなかったけれど、ペルギウス様は「冒険者としては及第点だろう」と言ってくれたので、よしとする。

 

・水魔術

 

 火魔術をたくさん使ったからか、訓練場の気温が上がってしまった。

 うっすら汗ばんでいるのは私だけで、ペルギウス様もシルヴァリルさんも、精霊たちも涼しい顔だ。

 

「氷柱(アイスピラー)」

 

 ネクロス砦で、アトーフェ様に追いかけられた時に成功した魔術である。

 私は大きな氷の柱をそばに作った。パキパキと音を立て、樹木のように伸びたそれの周囲には、ひんやりと冷気が漂う。

 

「ふへ」

 

 涼しくて気持ちいい。

 本当は、氷結領域(アイシクルフィールド)を調整して、部屋全体の温度を下げられたらいいけれど、そんなに器用な事はできない。

 うっかり自分まで凍らせてしまうかもしれないし、極寒にしてしまうかもしれない。

 涼気くらいに調整できるのは、兄とかシルフィとかセスとか、もっと水魔術が得意な子だけだ。

 

 氷柱も水魔術だし、次に移っていいだろうか。

 ちらりとペルギウス様を見ると、私の考えを見透かしたようにフンと笑われた。

 

「ノーカウントだ。我は攻撃してみせよと言ったぞ」

「まちがえちゃうかも」

「お前程度のミスでどうにかなる我が城ではないわ。先のように、水弾か氷撃でも使ってみろ」

 

 私はしぶしぶ右手をまっすぐ伸ばした。

 水弾は、無詠唱でできるのだ。魔力を水属性に変換して、水や氷を生み出すだけ。

 できるには、できる。目の前の器を水でみたすくらいの事はかんたんだ。

 攻撃として射出しようとすると、失敗しがちである。

 失敗して、明後日の方向に飛ぶと恥ずかしい。

 

 火魔術を使ったときに、カロワンテさんはぎりぎりまで私の魔術を避けない事がわかった。

 とりあえず彼がいる方に飛ばせればいいのだ。

 彼の立ち位置を確認し、気が散じないように目を瞑って集中する。

 

 そうして自分を叱咤する。

 家の庭で、兄の言うとおり遠くへ飛ばす練習をしようとして、大変なことになった記憶が蘇る。

 地面はぬかるみ、洗濯物は落ちて泥に汚れ、母様が育てている薬草や花もいくつか根腐れさせてしまった。

 みんなは許してくれたけれど、苦い記憶だ。

 おのれ、こんども失敗したらただじゃおかないわよ、シンシア・グレイラット。 

 

「おのれ……!」

 

 魔力が全身を巡り、集まり、外に出て、自分の手元に留まっている感覚があった。

 集まって出ていく魔力が少し多いのが気になったけれど、とにかく上手く飛ばしたい私は、そんな事にこだわっていられなかった。

 あとは継続して魔力を流し続け、方向と、射出速度を調整するだけだ。

 よしよし。成功の気配を感じて目を開ける。

 

 左手で支えていた右手の前は、からっぽ。

 そこには何もなかった。

 

 そんな。

 確実に出せてはいると思ったのに。

 水弾はどこに行ってしまったのか。

 私は悲しみに暮れた。気のせいか視界も暗い。

 

「上を見よ、シンシア」

 

 しょんぼりするより前に、ペルギウス様が言った。

 言われるがままに高い天井を見上げる。天井の模様はうにゃうにゃと歪んでいた。

 水の膜を通して見ているせいである。

 訓練場の天井の広範囲を、平べったく延ばされた大きな水の塊が覆っていた。

 

 これ、昔にもやらかしたことある!

 

 そう思ったときには遅く、私と外の水弾を繋いでいた魔力の繋がりが切れた。

 魔術により作られた水、火、土が、操る人がいなくなった時どうなるのか。

 散るのだ。土魔術だけは、魔力の込め方によってはその場に残り続けるけれど。

 水は液体である。無情に散った。

 

「わ、」

 

 私は水に濡れそぼちるだろう。私ばかりか、この場にいる全員濡れ鼠だ。

 そんなことをいつもより早い速度で考える私のそばで、ペルギウス様が手を上に翳すのが見えた。

 

 真上から叩きつける水の礫にそなえて、ぎゅっと縮こまる。

 頭上のほうで何かが光り、次いで雨音のような音が数秒間響いた。

 お椀を伏せた形の結界が現れ、大粒の雨のような水を弾いていたのだ。

 足元の魔法陣がぼんやりと光り、水浸しの床も元通りに乾いた。

 

「水魔術も自在に操れると踏んだが、これは確かに、失敗であろうな」

「ごめんなさい……」

 

 少し驚いたようなペルギウス様に謝った。

 

・土魔術

 

 土弾も無詠唱で使える。

 火魔術と水魔術(失敗した)のように、ペルギウス様に見られながら、カロワンテさんに向けて撃つのかと思われたが、後で成果を聞くから好きにやれと放られてしまった。

 ペルギウス様は少し離れた場所で、カロワンテさん、シルヴァリルさんと話している。

 

「ペルギウス様に攻撃魔術を使おうとしたか」

「しかしペルギウス様は罰せよと仰らない」

「不可解、不可思議」

 

 私の頭上でも、三人の精霊たちが話し込んでいる。

 カロワンテさんがペルギウス様に呼ばれた後、入れ替わるように一人増えたのだった。

 時間のスケアコート、

 生命のハーケンメイル、

 狂気のフュリアスファイル、

 この三人が、肩を組めそうなくらい顔を突き合わせ、私を囲み、話し合っている。

 からだのどこかを掴まれているでもなし、離れようと思えばきっと離れられる。

 しかし、顔の見えない純白詰襟の男三人に囲まれると、圧を感じて、逃げられないのだ。

 私はできる限りしおらしくして、ことが終わるのを待っている。

 ペルギウス様が声をかけてくれないかな、という甘えもあった。

 

 そのとき私が何もしていないと知られたら、呆れられてしまうだろうか。

 でも、こんな状況で、いきなり土弾を精霊にぶつけたら、あまりにも悪どい行為に思える。

 責められるのが嫌で暴れたみたいではないか。

 

 私は右手のひらを自分側に向けて、土弾を生成した。

 

「なんだ」

「動いたな」

「人の子が動いたな」

「ペルギウス様に向けるか」

「であれば排す」

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 背格好も声の調子も同じで、覆面をつけて顔を隠していると、誰がなにを喋っているのかもわからない。

 ちょっと不気味である。

 上からの脅威に怯えながら、土弾に流す魔力を調整して、ぐにぐにと変形させる。

 

 束帯で着膨れた胴体は、鍔のついた山高帽のような形だ。

 胴体の上には小さな頭。その先端を上へ細く延ばし、烏帽子っぽく再現する。

 冷や汗をかきながら集中すると、いつもより細かいところまで弄ることができた。

 兄の作る人形には遠く及ばないけれど、大まかな輪郭は作れた。

 

「できた」

 

 私は三人を見比べた。彼らもまた、私の挙動を無言で見つめている。

 完成したそれを、にこ……と怖さ隠しに微笑んで、スケアコートさんに渡した。

 津山ねり天神である。

 菅原道真を模した土人形だ。

 前世では、男(おのこ)の成長を祝って持たせる人形であった。

 チサに兄や弟はいなかったから、前世でちゃんとしたものは見た事がないが、おおまかな形は知っている。単純な形ゆえ、なんとか再現できた。

 

「土塊を渡されたぞ」

「人形だろう。土魔術で人形を作った。それを渡した」

「スケアコートに媚びている」

「いや我々に対してだ」

「弱きものは媚びる」

「そうか。弱いのか」

「弱き人の子、媚びるな。その必要はない」

 

「はぇ……」

 

「はい」と誤魔化しの「えへへ」が混ざって、妙な感じになった。

 これで、わざと魔術をペルギウス様に向けたわけじゃないことをわかってもらえただろうか。

 悪気はなかったのだ。失敗しただけで。

 彼らの反応を浴びていると、からだの構造どころか、心も人と根底が違うのかもと思わされる。

 えらく機械的だし、情もないが悪意もないという感じだ。

 媚びなくてもいいというのも、本当に必要ないから言っただけで、こちらを慮っているわけではなさそうだ。

 

「スケアコート、ハーケンメイル、フュリアスファイル、揶揄うのはよせ」

「ハッ」

 

 ペルギウス様が近寄ってきて言うと、彼らは私の周囲からはけた。

 先ほどまでの圧は消え、置物のように気配も存在感も失せた。

 からわれていた、と……。

 

 精霊への疑心が芽生えた私の視野で、スケアコートさんが津山ねり天神をカロワンテさんに渡すのが見えた。

 

・風魔術

 

 いよいよ風魔術を教えてもらえることになった。

 私は風魔術が苦手だ。詠唱を唱えても、魔力の操作を教えてもらっても、ぜんぜん成功しない。

 たまにできたかと思うと、弱々しいそよ風が吹くのみであった。

 相性もあるからと母様は慰めてくれたが、易々と納得はできなかった。

 兄も友達も、得意苦手はあったが、使えないことはなかった。

 苦手な属性は、せいぜい詠唱付きじゃないとできないといった程度だ。

 

 詠唱付きでも練習しても、ちっとも使えないというのは、私だけであった。

 それで困ったことはなかったが、転移事件の後は魔術を使う場面も増えたし、克服してみたくなったのである。

 

 ペルギウス様は的を用意させた。

 精霊に向けるわけではないのか。

 

 私ならいくら魔術を使っても命中しないという確信がありカロワンテさんを狙わせたが、ペルギウス様が魔術を使うと当たってしまうからかもしれない。

 

「風攻撃魔術といえば、使い勝手が良いのは衝撃波(エアバースト)、風裂(ウインドスライス)であろうな。使えるか?」

「全部できない」

 

 ペルギウス様はしばし考えるように止まったが、うむと寛大に頷いてくれた。

 

「そうか。では、もっとも簡単な風弾(エアバレット)を見せよう」

「お願いします!」

 

 手本を見せてもらう側にも気合が入るというものだ。

 拳を握りしめ、緊張しながら、ペルギウス様を見上げる。

 

「汝の求める所に大いなる風の加護あらん、

 荒ぶる風の力を今ここに、風弾(エアバレット)」

 

 ペルギウス様は私と異なり、まったく気負わなかった。

 スラスラと詠唱を言い、使えて当然であるように魔術を放った。

 初級の基本であるはずの風弾は、上級と見紛う威力で、強風を巻き上げる。

 パンッと一撃。

 藁を束ねた的は、藁屑になって細かく飛び散った。

 本物の人間が的でも、同じように散るのだろうなと思った。

 

 これが大人の魔術師の威力か。

 ブエナ村で、みんながお互いに飛ばしあって遊んでいたような威力を想定していた。ぶつかるとちょっとよろけるくらいの。

 あれは文字通りお遊びの威力だったということか。

 

「どうやってやるの?」

 

 魔力の操作の骨を聞き、なんどか試す。

 数回に一回、そよ風を起こすことはできたが、ペルギウス様のようにはいかない。

 

「やああ!」

 

 魔術を使うときにいつもやっているように、躰を巡る魔力をひとところに集めて、右手の先に放出する。

 他の属性ならそれで使えるのに、風だけはできない。魔力は動いている感覚はあるのに、どうしてなのか。

 跳ねてみたり、しゃがんだり、揺れてみたり。

 大樹のようにドンと構えているペルギウス様の横で、ジタバタと暴れるのは恥ずかしい。

 しかし、教えてもらったのにできないほうがむなしいものだ。

 

「やめよ」

 

 見かねたペルギウス様に言われ、しぶしぶ腕を下げる。

 

「気を落とすな。適性のある属性があれば、皆無の属性もあろう。一分野では帝級を収めていても、他では初級がやっとという出来の魔術師もいるのだ。

 お前は風に馴染まず、反対に火を好むのだろう。故に他属性よりも自在に操作できる」

 

 家の魔術教本に書かれていた初級、中級、上級。

 兄が使える聖級魔術。さらにその上に、王級、帝級、神級がある。

 

 適性があるって、上達しやすいという意味よね。

 ペルギウス様が言うには、私には火の適性がある。

 

 兄は水聖級魔術師である。 

 私も火魔術の聖級を使えたら、火聖級魔術師と名乗れるようになるのだろうか。

 水と火の双子みたいでよい響きだ。

 私は中級までしかできないし、火の聖級がどんな魔術かも知らないけれど。

 そう思いながら、ペルギウス様に言った。

 

「火は好きよ。煮炊きにもお祭りにも焚くでしょ」

 

 火は、水と同じで生活に直接繋がるものだ。

 空中城塞では、灯りも体を温めるのも魔石や魔術に頼っているし、炊事の部屋も隠されているから忘れそうになるが、前世からそうなのだ。

 水に対しての気持ちは平坦で、好きでも嫌いでもない。水魔術は雨を降らせるものもあり、生前の村がよく日照りに苦しめられては雨乞いをしたから、親しみを持てないせいもあるのだろう。

 火は好きで、水は畏怖の対象。

 

「風は嫌いか? 悪い思い出でもあるのか?」

「あるの」

 

 ペルギウス様の手につかまって、私は嘆いた。

 シソ返し師に、己のツキの悪さを訴える百姓の気持ちである。

 

「山背にね、横仙風*1にね……稲は痩せるし、横仙風なんかひどいのよ。年号を変えて、風の宮の格を下層にしたせいよ、だめになった村がいくつもね」

 

 横仙風は東の勝田郡に吹くばかりで、チサの生涯、ついぞ苫田郡に及ぶことはなかった。

 しかし、恐怖は常にある。他に土地もないし地租もあるから、そこで暮らすしかなかった。できる対策をして、どうか今年も見逃してくだされと祈り、やりすごすしかなかったのである。

 

 シンシアとして生まれてからは、そういうことはない。ブエナ村は暖かい村であった。

 南部で育ったリーリャによると寒い方らしいが、雪が降ろうと、百日雪と言われていた生前の村と比べるとうんと住みよかった。

 厳しい北方大地の寒さからは、間に聳える赤竜山脈が遮ってくれた。

 

 そうだった。今はもう逃れているのだった。

 

 拍子抜けして黙っていると、ペルギウス様が面白そうにこちらを見ていた。

 ナナホシ以外は知らない前世の話もしてしまって、気恥ずかしくなり、「私の喋ったこと、わかる?」と訊ねる。

 

「おお、わかるとも。お前は、得意の火魔術でも、聖級には届かぬであろう」

「えっ」

 

 兄が水聖魔術師、私が火聖魔術師。

 兄妹でこうなったらいいなと思い描いたことを、直々に否定された。

 私を高く評価してほしいわけじゃないけど、ペルギウス様、画家にはなれるだろうと言ってくれたのに。

 

「お前は感覚で魔術を使っている。天才肌といえば聞こえはいいが、そのやり方で魔術を習得した者は、あるとき感覚によって実力が伸び悩む。

 よいか、聖級魔術より上は、そのほとんどが広域に影響が及ぶのだ。天候を操り、山火事の如く一帯を焦土にし、ときに地形を変える。

 シンシア、貴様、それは神の領分だと思っているだろう」

 

 災害は、その土地の神様によるものだと思う。

 神頼みによって雨を降らせ、風神の怒りによって強風が落ちるのだ。 

 人間にはできないことだと思う、と言うと、ペルギウス様はにやりと笑った。

 彼の躰は、私を支配するように巨きく見えた。

 

「できる、魔術があればできるのだ。人は傲慢さをもって、不可能を、少しずつ可能に変えてきた。見たところ、魔力量は足りている。あとは、お前に闘争心と——強烈な思い上がりがあれば、可能性はあるが」

 

 道通様に祈るように緊張感を持って聞いていると、「我が説いたところで、そうそう人の根底は変わらぬ」と、ふっと人間の雰囲気に戻り、ペルギウス様は言った。

 

「戦闘力を欲するなら、聖級の習得に数十年を費やすより、風属性以外の攻撃魔術をバランスよく鍛えるのが良いだろう」

 

 私にとって魔術は、兄や友達といっしょに何かをするための道具であった。使えたら水を汲みに行かなくても済むし、火打石がなくても火を熾せる。上達すると母様が褒めてくれるから練習していた。

 それを使って戦おうとか、そういうことは考えていなかった。

 言われてみれば、魔物が襲ってくる世界では、身を守るためにも魔術は使えるのだ。

 村を魔物から守っていた父様が剣士であったから、剣術以外を想定していなかった。

 

「上手になれたらうれしいよ。でも、戦うのはしないの」

 

 そういうのは男の仕事だ。

 徴兵されるのも男のみであった。

 

 母様も元冒険者だけど、後方での回復役が主な役割だったそうだ。

 先頭で魔物と戦うのは父様たちだったとか。

 

「そうだな、この躰つきに闘いは必要あるまい。お前にそれを求める者もおらぬだろうよ」

 

 ペルギウス様は私を持ち上げ、片腕に座れるように抱いてくれた。

 仔犬のように扱うにしても、私はもう八つである。ねんねの幼子のように抱っこされるような齢ではない。

 ペルギウス様は大きいから、それに気づいていないのだ。八つも三つも同じなのだろう。

 

 恥ずかしくも照れくさい気持ちになりながら、私はその後もペルギウス様に魔術を教えてもらったのだった。

 

 

 

 そうして後日。

 オルステッドが迎えに来た。

 ナナホシの首尾は良いようだ。アスラ王国で上手くやれそうらしい。

 私はそれを聞いてほっとする。

 思い詰めすぎないで、と願うのは無茶な話だろう。ならばせめて、肉体は健康でいてほしいものだ。

 

 安心した私は、そのままオルステッドをある部屋まで引っ張った。

 

「今ね、困ってるのよ」

「ペルギウスに何かされたか?」

「されたんじゃないの、してもらってるの。いっしょに見てくれる?」

 

 ちょうどその時、私はペルギウス様が用意してくれた杖を選んでいたのである。

 私の腕の長さより少し短いくらいの、ロッドが二つ。

 先端にはどちらも青い魔石がついている。

 他にも色々見せてもらったが、この二択に絞れたのだ。

 

 ワンドやスタッフより、両手で持って振りやすいロッドに。

 元より得意な火魔術を増幅するよりは、不安定な水魔術を安定させる方向に。

 ペルギウス様にあれこれ言われながら、美しい杖を選ぶのは楽しかった。

 

「む……」

 

 オルステッドはペルギウスの横の机に並べられた杖を眺めた。

 ロッドはどちらも、装飾の彫り込まれた箱に収まっている。

 宝物にひとしい扱いを受けるにふさわしい出来なのだ。 

 

「アクアロッドとウォーターロッドか。どちらもお前のコレクションではなかったか?」

 

 オルステッドは眉を顰め、ペルギウス様に訊ねた。

 綺麗だから見惚れているわけではなかったらしい。

 

「それがどうかしたのか?」

「……ずいぶん甘やかすな」

 

 オルステッドは私をチラリと見た。

 私はオルステッドが最初にくれた砂子色のローブではなく、ペルギウス様がくれた深紫色のローブを着ている。

 袖がないのと、頭巾が付いているのは同じだが、今度のは銀白色の刺繍模様があり、大きさもぴったりだ。

 前みたいに、ダボっとしていない。前よりふわふわキラキラしている。

 鞄の中には、小さな絵画と、笛の形の魔力付与品である。

 

 甘やかされている自覚のある私は、照れ照れと「世話になってるの」と頷いた。

 

 ペルギウス様は私に優しくしてくれる。

 オルステッドが優しくないわけじゃない。

 性格の違いというやつだろうか。

 オルステッドは使いやすければ見た目に拘らない、堅牢第一であった昔のお城のようだが、

 ペルギウス様は美しさも重視、他者から見たときにどんな印象を与えるか、という所も考えている。

 どちらが良いとか悪いではない。

 ただ私は、後者に惹かれる性質なのだ。

 

「どっちがいいかしら」

 

 私は机に手をついてオルステッドを見上げた。

 アクアロッドは拳大の完璧な球体の魔石、

 ウォーターロッドは雫型の多面カットの魔石、

 石突の形は似ているが、装具や柄はそれぞれ異なる。

 

「こっちは光にあたるとすごくキラキラしてね、でもこっちは青色が深くて……」

 

 あ、どうでもいい、って顔をしている。

 

「扱いやすい方でいいだろう」

「どっちも同じだったの」

 

 ペルギウス様に見てもらいながら水魔術の試し撃ちもした。

 氷柱(アイスピラー)以外の中級魔術もいきなり使えるようになったので驚いた。

 

 魔術用の杖は何度も見たことがある。

 母様が少女のとき使っていた、治癒魔術に特化したロッド。

 兄がむかし家庭教師からもらい、後にシルフィにあげた赤い魔石のワンド。

 冒険者も魔術師といえばだいたいが杖を持っていた。

 一回しか見られなかったけど印象に残っているのは、兄が奉公先の家からもらった、あの立派なスタッフだ。

 アクアハーティアというのだっけ。

 

 私専用の杖は持っていないから、そんなに重要だと思っていなかった。

 自分に合う杖は、こんなに魔術が使いやすくなるのだと初めて知った。

 水の攻撃魔術も得意になれたのでは。

 そんな錯覚もしてしまいそうだ。

 

 水魔術が安定する効果は、どちらのロッドも同じ。

 だから、あとは私の好みで選ばせてもらえる。

 

「我が気に入った者を可愛がって何が悪い。それともなんだ、杖は貴様が与えたかったか?」

「そういう訳ではない」

 

 勝気なペルギウス様に、オルステッドは険しい顔をする。

 険しい……やっぱり普通の顔かもしれない。その証拠に、オルステッドは思い出すような間のあと、アクアロッドを指差した。

 

「強いて言えば、これの方が一点集中型の攻撃魔術に適している」

 

 そうなのか。

 試し撃ちのときは、そんなに差は感じなかった。

 トウビョウ様のお力のおかげで、雨乞いによって雨を降らせることはできる。

 広範囲を濡らす魔術と似たような事は、既にできるのだ。

 

 足りない分を補うという意味では、一点集中の水魔術を使えるようにしたほうがいいのだろう。

 具体例は今思いつかないけれど。

 

「じゃあ、アクアロッドにする。

 ペルギウス様、こっちをください」

「よかろう。無用の長物とならぬよう、惜しまず活用せよ」

「はい」

 

 そうだ、たくさん悩んだから忘れていた。

 そもそもこんなに良い物をもらえるのは、すごいことなのだ。

 できるかぎり恭しく受けとり、両手で支えてクルクルと回していろんな角度から眺める。

 見れば見るほどよくできた造りである。

 私の頭を撫で、ペルギウス様はオルステッドに言った。

 

「しかし、貴様はやけに我の蒐集品の性能に詳しいな。まるで過去、実戦で使ったことがあるかのようだ」

「……昔、似たような杖を触っただけだ」

「ふん、どうせ詳しい話はせんのだろう。もうよい、我の用は済んだ。このシンシアを連れて、何処へなりとも消えるがいい」

 

 皮肉っぽい口調でつんけんした態度のペルギウス様と、怒っているのか何も思っていないのかわかりにくいオルステッド。

 二人はだいたいこんな感じである。

 

 こうして私は、新しい服(ローブ)と、新しい魔術の杖を手に入れた。  

 ローブは、躰の大きさに、完璧に合わせて誂えられている。

 私のような子供は、成長を見越して少し大きいのを着るのだと、ペルギウス様は知っているのだろうか。

 

『でも、二人は忘れてる。八歳の子供は、十年も経てば大人になる。言われたことも理解できるようになる』

 

 先日のナナホシの言葉を思い出す。

 知っているけれど、忘れるのだろう。

 転移事件の時より、背が伸びて、重たくなった。知らない場所に置かれても、昔ほどおたおたする事もなくなった。

 龍族の彼らは一年前と何もかも同じだけれど、私は変化している。

 

 いつまで仔犬のように甘い顔を見せてくれるのだろう。

 父様の背が高かったからか、私は同じ年頃の子供に比べると、すこし背が高い。

 三つ上の兄よりはまだ小さいから、あと三年は今のような振る舞いのままでも許される気がする。

 でもその頃には、シルヴァリルさんやリーリャのような、丁寧な言葉遣いを身につけていたほうが、ペルギウス様だけじゃない、他の人にも良く思ってもらえるだろう。

 

 気づけば、私はそんな計算をしていたのだった。

*1:
広戸風のこと。風神を祀る風神社は、明治4年の近代社格制度で無格社に認定された




3章 完

・アクアロッドとウォーターロッド
今はなきソシャゲ「無職転生〜ゲームになっても本気だす〜」より

次章はある程度溜めてから投稿予定のため、それまでifをちょくちょく更新してお茶を濁します。

活動報告更新。日記編の話などしています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=345609&uid=169050
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