ルーデウス視点
月に一度のホームルームに合わせて、シンディを紹介することにした。
ノルンとシンディと共に学校に行き、ノルンとは途中で別れる。
子供っぽいから仲間はずれにされるのでは。そんな俺の心配をよそに、友達も早々にできたらしいノルンは、友人を見つけてあっという間に駆け出してしまった。
一週間とちょっとで昼も一緒に食べてくれなくなったし、寂しいものだ。
「シンディは、友達はできたか?」
「ええ。美術科の方たちが良くしてくださってるわ。皆さん早口でおもしろいのよ」
シンディは、美術科の興味のある授業をいくつか受けている。
俺も様子を見にいったことがあるが、ザ・美術部の女子といった面々が揃っていた。
◯◯キュンが尊いと叫び、怒らせると暗黒微笑をしそうな感じだ。
シンディのことも、初日はとんでもない美少女が来たと騒ぎになったらしい。
今では仲間判定を受け、仲良くやれているようだ。
食い扶持を稼げる保証のない絵を、学費を払って学びに来ている以上、彼女たちは良家の子女が多い。
ラトレイア家で淑女の教育を受けたシンディと、気が合うのだろう。
前の世界では、後世に残る画家は男ばかりだった。
この世界では、画家や造形師、音楽家といった美に隷属する者の人口比は半々だ。
夫は外で戦い、妻は家を守る。息子を跡継ぎにし、娘は嫁に出す。
そんな規範はやはりあるようだが、前の世界より厳格でもないようだ。
教室に到着した。
ザノバ、ジュリ、ジンジャー、クリフがいる。リニアとプルセナはまだ来ていない。
ナナホシとバーディがいないのはいつものことだ。
「おはようございますぞ、師匠」
ザノバはいつも真っ先に話しかけてくる。
横にちんまりといるジュリは、じっとシンディを見上げている。初めて見る人だとでも思っているのだろう。
「おはよう、ザノバ。今日は俺の妹を連れてきたんだ。
シンディ、彼はザノバ・シーローン。シーローン王国からの留学生で、〈怪力の神子〉だ。人形作りにおける、俺の弟子だよ」
「……ご挨拶申し上げます、ザノバ王子殿下。シンシアと申します。故あって兄と同じ姓は名乗れませんが、父母を同じくする兄妹です。
どうぞシンシアとお呼びください」
シンディが片足を後ろに引き、膝を軽く曲げて挨拶をするとザノバは「うむ」と頷き、「むむっ?」と眼鏡をかけ直した。
そのまま無遠慮にシンディに顔を近づけ、上から下までジロジロ眺める。
シンディは動じない。この程度では動揺しないとでもいうように、楚々とザノバの気が済むのを待っている。
っていうかおい、無礼だな。
人の妹をいやらしい目で見て。
ええ? ザノバよ。
「おっと!」
俺の怒気を感じとったザノバが焦って飛び退く。
ジュリまで青ざめ、ササっと柱の影に逃げ隠れた。
「何のつもりだ、ザノバ」
「いえ、断じて、断じて、師匠の妹殿に不埒な気を抱いたわけではありません。余は生身の人間に興味はありませんからな。
通常、余は人の顔を憶えませぬ。しかし、妹殿にはどうにも見覚えがあるような……どこかで会ったことがありますかな?」
そういえば、ロキシー人形の他に、シンシア人形も、ザノバは持っていた。
どちらも俺が制作したものだ。
ロキシー人形は猫と犬に壊されるハプニングはあったものの、その事も泣いて謝り、俺以上に人形を大事にしてくれるザノバのことだ。
シンディが人形のモデルだとすぐに見抜いた。
しかし制作当時より彼女は成長している。
故に戸惑っているのだろう。似ているようだが、どこか違うぞ、と。
シンディは「光栄です」と微笑んだ。
「パックス殿下の決闘裁判で、お言葉を交わしてくださいました。ほんの短い間でしたのに、憶えていてくださったのですね。
……私の横には妹のアイシャもいて、兄が作った人形が、そのとき殿下の手に渡ったかと思うのですが……」
ザノバが何のことやらという顔をするから、シンディは後半、ちょっと自信なさげになった。
頭を撫でようとして、肩を抱くに留めた。
朝、登校中にノルンの頭を撫でくりまわしたら、髪型が崩れた! と文句を言われたのだ。
シルフィには言われたことがない。
まさか、思っていても言わないでいてくれたのだろうか。
ルディって女の子の気持ちを全然わかってないよね、と裏で愚痴っていたらどうしよう。
ゴメン。シルフィ。
人形の話を出され、ザノバはようやく思い出したようだ。
「そんな事もありましたな。あの時は失礼致しました、師匠の妹御とはつゆ知らず」
「えっ、あら、そんな……えっと」
ザノバはポンと手を打ち、シンディに深々と頭を下げた。
シンディは戸惑っている。上からグイグイこられるのは平気でも、王族から下手に出られると慌てるらしい。
俺は初対面からこれだったから慣れたが、普通はこんなものなのだろう。
身分制度っていうのは、この世界では絶対なのだ。
しかし、教室の後方に控えているジンジャーは、睨んでくる。
王族に頭を下げさせるな。そんな言葉にしない怒りが込められている。
「ザノバはこんな感じで、基本的に人形以外に興味はないが、悪い奴じゃないんだ」
「お兄様のご学友を悪い人だとは思わないわ……」
俺への口調まで、よそ行きに寄っている。
そこはお兄ちゃんと呼び続けてほしいものだ。
柱の影に隠れたままのジュリも紹介すると、シンディは気安い口調になり、笑顔で挨拶をした。
ザノバ相手のように畏まった感じはなく、お姉さんが優しく話しかけたという感じだ。
ジュリも安心したのか、興味ありげに出てきた。こちらは打ち解けるのが早そうだ。
次にクリフだ。
パタンと本を閉じる音が聞こえ、振り返って目線を向けると、クリフは待ち構えていたようにこちらに来た。
クリフ・グリモルと俺は、入学前に既に知り合っている。
パウロとノルンと再会した地、ミリシオンにて、ちょっとした騒動があった。
クリフにはその時、協力してもらった。
彼は天才を自称する通り、当時から賢かったし、大いに助けられた。
友達になれた。そう俺は思っている。
だから俺の入学初日も、わかりにくく歓迎されたものだ。
エリナリーゼを紹介してほしいと頭を下げられた時は驚いたが、今では人目を憚らずイチャイチャするバカップルである。
シンディもクリフとは知り合いだ。
紹介は簡素でいいだろう。
「シンディ。昔会ったから憶えていると思うが、こちらはクリフだよ。俺の一学年上で、ここでは先輩になる」
「ふん、君がここにいるということは、留学ではないだろう。養い親から逃げ出してくるなんて、恩知らずな事をしたな」
クリフの言葉は正論だ。
正論だが、思いやりがない。
シンディが俺の元に身を寄せた背景を、考えられていないのだ。
シンディがラトレイア家で酷い扱いをうけたとか、ミリシオンの女学校でいじめに遭ったとか、そういう訳ではないらしい。
パウロと俺の迎えを待てず、痺れを切らして追いかけてきたというのも、なんとなく、シンディらしくない気がする。
でも、いい。少なくともパウロと俺は嬉しいのだ。
会いたいから行動した。それも重要な背景だ。
「どうしても、お兄ちゃんたちに会いたかったのよ。子供の頃のように、家族でまた暮らしたかったの」
「……まあ、やったものは仕方ない。もうミリシオンには戻れないと覚悟してきたというなら、僕からはくどくどと言わないさ」
シンディがクリフの物言いに傷ついたり、泣き出したりするようなら、俺も黙っていなかっただろう。
シンディは穏やかだし、クリフもしつこく問い詰めることはなかった。
「クリフさん、成長なさって、落ち着かれたわね」
「君もね。ちょこまかした感じがなくなった」
二人は和やかな雰囲気だ。
安心安泰だな。
「他にもこの教室の生徒さんはいらっしゃるの?」
「ああ。滅多にこない人——サイレントとバーディ陛下は、また今度、見かけた時に紹介するよ。
ホームルームに参加するメンバーは、あと二人だな。獣族のコンビだ」
と、言ったとき、ちょうど教室に猫耳と犬耳が入ってきた。
リニアとプルセナ。
猫の獣族デドルディアと、犬の獣族アドルディアの姫君だ。
基本的に、俺は獣族に良い印象がない。
ロアにいた頃、そして大学に入学してからも、俺は人体の解剖授業に参加している。
死体を、俺は恐ろしいものとは思わない。
解剖したい。そう思うように価値観を作り変えた。
魔大陸の荒野には、魔族の骨が落ちていたり、半ば埋もれていたりした。行き倒れの旅人か、集落で出た死人を葬ったのか、珍しい光景ではなかった。
人族とは大きく形が異なるそれを、完全に朽ちる前に持ち帰り蒐集したいと思ったくらいだ。
獣族は嗅覚が優れている。そのため、俺に付着する死臭を、敏感に嗅ぎ取るのだ。
当然嫌われる。学問だと言っても聞く耳を持たない。
獣神語を話せなかった時は、誤解を解く事もできず酷い目に遭わされたものだ。
ラノア魔法大学で改めて獣神語を勉強し、同じ言語を話せるようになった今でも、苦手意識は消えない。
「おうボス、おはようさんニャ」
「いつもと違う女の匂いがするの」
リニアとプルセナは、かつてロキシー人形を破壊し尽くした下手人だ。
報復に拉致って監禁して以来、俺を「ボス」と呼んで服従している。
種族全体への苦手意識はあっても、特例はある。
ギレーヌが良い例だ。
まあでも、こいつらは思い込みで人を責める習性があるからな。
一応釘は刺しておくか。
「あれ、そいつ——」
「俺の妹のシンシアです。一般生徒にも一人、十歳の妹ノルンがいます。さらには家にも、侍女として働く妹アイシャがいます。
二人とも、くれぐれも俺の身内にちょっかいは出すなよ」
「了解ニャ、ボスの身内は大事にするニャ」
「そうなの。うっかりガンつけたりなんかしないの」
耳をピコピコ。尻尾をフリフリ。
言葉こそ普通だが、態度には雄弁に現れている。
媚びている態度。
なにか隠してるな。
「シンディ、こいつらに会った事はあるか?」
「ニャッ」
「ぎくっ」
俺の言葉に、犬猫は体を震わせる。
シンディは俺を見て、次いでゆっくりとリニアとプルセナを見た。
パチパチと瞬き、不思議そうに俺たちを見比べている。
しかしそれも少しの間で、シンディはすぐに微笑んだ。
「ええ、たしかに、前にお会いしたわ。
アイシャと市場へ行った時にね、道に迷ってしまって。この方たちに案内していただいたの」
たった今思い出したような口ぶりであったが、少しの間が気になった。
忘れていたのを思い出しただけならいいが、考える間のようでもある。
「そ、そうニャ。見ねーやつが困ってたから、助けてやったんだ、まっさかボスの妹だったニャんてなぁ!」
「すごく可愛らしい子たちだったの。だからなにも奪ったりなんかしてないの」
リニアとプルセナは俺の妹を囲み、きょとんとしているシンディの手や肩を揉んだり、髪を整えてやっている。
プルセナは自分の食べかけの肉を差し出している。
まさに忠実な奴隷だ。
待てよ。自分の食いかけを渡す奴隷は忠実なのか?
シンディは困ったようにお礼を言い、とりあえずという感じで持たされた肉を一口かじった。
って、こら、そんなもの食うんじゃありません。
ちゃんと火が通ってるかわからないだろ。
「皆さん、おはようございます。ホームルームを始めますよ」
めったに顔を合わせることのない担任の教師が来て、俺たちは各々の席についた。
担任の名前は……サムソンとかジャクソンとか、そんな名前だった気がする。
特徴がないのが特徴のような男教師だ。
「シンシアと申します。皆さまのよきご学友になれるよう、励んでまいります」
教師に促されたシンディが、教壇の前に立ち、あらためて自己紹介をするのを眺める。
幼い頃のシンディは、急にこうして前に立たされたら、慌てていただろう。
十三歳のシンシアは、落ち着きはらい、友好的な言葉と態度で話すことができている。
俺に助けを求める視線をくれることもない。
本当に絵になる妹だ。
俺が画家志望の一般学生だったら、こんな子が教室に入ってきたら、平静ではいられない。
集団で授業を受けていてもチラチラとシンシアを盗み見ては、キャンバスの端に姿を描き留める。
何かの拍子に教室で二人きりになった日には大変だ。
目を血走らせ、裸婦像のモデルになってほしいと鼻息を荒くしただろう。
いや、違うぞ。
なんで俺がセクハラをする側なんだ。
仮にそんな奴がいたら、迷わずそいつをぶちのめしに行くぞ。
そんな事を考えていたら、ホームルームは終わった。
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家に帰ってから、アイシャに市場で犬猫の獣族に会ったか訊ねると、真実を伝えられた。
買い物帰りに絡まれたそうだ。
シンディと犬の獣族の肩がぶつかってしまい、謝ったが、許してもらえなかったと。
許してほしかったらその買い物袋の干し肉を寄越せと
猫の獣族は犬の獣族の肩に腕をのせ、それをニヤニヤと眺めていたそうだ。
アイシャは俺の名を出すことも考えたが、まだシャリーアに来たばかりで、獣族にも通用する確信が持てなかったらしい。
「それで、仕方なく渡したら、『お前らの顔は憶えた、困った事があれば相談するニャ』とか『干し肉分は動いてやってもいいの』とか言って、どっか行ったよ。
あれ、お兄ちゃんの知り合い? ちゃんと躾けておいてよね」
アイシャはフンと冷たい目で腰に手をあてた。
子分の管理もできない兄貴として、彼女の中で俺の評価が下がっていくのを感じる。
くそ、あいつらのせいだ。許さねえ。
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それから、アリエルの護衛をしているシルフィの話も聞いた。
移動教室中にノルンと廊下ですれ違い、シルフィから俺の妹だと聞いていたアリエルが声をかけた。
ノルンの周りの友達は色めき立ったが、ノルンはケロッとしていたらしい。
「アリエル様ってすごく綺麗な人でしょ? だいたいの人は、それだけで言う事を聞いちゃうんだけど。
ノルンちゃんはシンディで慣れてるから、アリエル様に話しかけられても、あんまりドキドキしないのかもね」
ノルンはケロッとしていても無視をした訳ではなく、ちゃんと挨拶は返せたそうだ。
大国の王女に対しては無礼であるが、生徒会長に対してであれば無礼ではない。そんな微妙な均衡を持って。
アリエルはノルンを気に入った。初めて会った時のシルフィと態度が似ていたそうだ。
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「ただいま、お兄ちゃん、聞いてください! 先生がひどいんです!」
帰宅したノルンは、すぐさま俺の膝の上に座った。
宿題をちゃんとやってきなさいとか、授業に集中しなさいとか、叱られたのだろうか。
俺もどちらかというと先生側の意見だ。
しかし詳しく話を聞くと、教師や他の生徒が必要以上に期待してきてウザいという愚痴であった。
俺は治癒と解毒分野を除き、無詠唱魔術を使えるし、シンディの入試試験も大々的に行っていないにも関わらず、無詠唱の治癒魔術を披露した話は広まっているらしい。
当然、ノルンも期待される。兄姉と同じことができるのでは、と。
できないとわかると、あからさまに落胆はされないが、「お兄さんとは違うんだね」と言われる。
言ってくるのは一人や二人じゃない。続くと気分が沈むらしい。
そりゃそうだ。
優秀なきょうだいと比べられるのは辛いものだ。
この世界では、俺が優秀側になってしまった。
下手な共感は逆効果だろう。
「ノルンに嫌な思いをさせたそいつら、兄ちゃんが怒ってやろうか?」
「……ううん、大丈夫。自分で怒る」
「そっか」
ノルンの頭を撫でた。髪型が崩れると拒否をされるかと思ったが、されるがままだ。
「あと、お姉ちゃんを紹介? してほしいって人が、たくさんいます。何人かは、お姉ちゃんは綺麗で、ノルンちゃんは可愛いねって……えへへ!」
「全員の名前と学年を教えなさい」
ノルンが憶えている限りの情報を、一言一句聞き漏らさずメモしておく。
注意リスト入りだ。無理に一線を越えようとしてきたが最後、永劫にブラックリストに名を刻んでやる。
プルセナ「ボスは人間の解剖が好きなの。悪趣味なの」
リニア「死体は用意できねーニャ。したくもないニャ」
という感じで、女子生徒パンツ強奪事件は起こりませんでした。
ナナホシとの話や転移迷宮あたりの諸々も書きたいのですが、夏コミの準備を整えるためしばらく更新止まります。