巫女転生 -異世界行っても呪われてる-   作:水葬楽

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筆が乗る〜
私の傾向として、一話につき文字数が短くて6000字、長くて12000字ほど。
投稿前に読み返してはいるんですが誤字脱字はやりがちです。すみません。


6話 もしもラパンに行ったら

ルーデウス視点

 

 神が死ぬ。

 シンシアの発言はまさに、晴天の霹靂だった。

 いや、そんな使い古された表現では生ぬるい。

 ロキシーが死ぬ。

 俺の、世界が、死ぬ。

 そういうことだ。

 

 気づいた時には、シルフィと妹たちの前で、「ベガリット大陸へ行く」と宣言をしていた。

 

 俺はシンシアを疑わない。誰かが死ぬとシンシアが言ったら、何もしなければロキシーは本当に死ぬのだ。

 彼女が不幸を報せる予言を——特に、人の生死に関わるものほど——外さないのは、子供の頃からよく知っている。

 

 シルフィは俺に行っていいと言ってくれたが、不安そうだった。

 シンシアは「私に任せて行ってらしてね」と胸を張っていたが、むしろ俺が心配になった。

 ノルンは助けに行ってほしそうだったが、シルフィの顔色を見て、何も言わなかった。

 アイシャは……どうでも良いと思ってそうだな。

 

 どちらの選択も、家族は俺に強制しない。

 決定権は、すべて俺に委ねられていた。それがありがたくもあり、同時に重荷であった。

 ロキシーのことがなければ俺は、「ベガリット大陸に行けば後悔する」というヒトガミの予言に渋々と従っていただろう。

 ギースからの手紙には、ゼニス救出の救援を求むとあった。ロキシーについては触れていない。

 夢に出てきたヒトガミは、俺に行くなと言った。

 シルフィのそばにいるべきだと考える俺に、その予言はちょうどよかったのだ。

 奴のことは信用できないが、行くなとお告げがあったのだから仕方ない。

 救出は完全にパウロに任せよう、と。

 

 誰かに言い訳をしたいわけじゃない。

 俺の心の持ち様の問題だ。

 

 ヒトガミの予言と、シンシアの予言は、大きく異なる。

 ヒトガミは明確な未来は告げず、俺にああしろこうしろとお告げという名の指図をする。俺はその度右往左往し、全てが終わってから、あのときの発言はこういう事だったのか、と答え合わせをする。

 シンシアはきっぱり悪い未来を告げる。いつ、どこで死ぬのかまで仔細に教えてくれるが、回避するための対処法は知らない。

 ルイジェルドの種族が疫病で全滅するのは視えるが、病の治し方はわからないのが、良い例だ。

 とはいえ、今回とるべき行動は明確だ。俺がベガリットへ行き、ロキシーを助けにいけばいい。

 

 その時できるベストな行動を知っていてあえて教えない、人が悩むのを見て笑っているのが、ヒトガミ。

 到達する未来を知るが、避ける方法までは詳しく視えない。しかし人と誠実に向きあうのが、シンシア。

 ヒトガミの方が視える範囲が広く、未来視の力も強かったとしても、俺が信頼するのは、断トツでシンシアだ。

 

 シンシアは、ロキシーが死ぬと聞き狼狽する俺を励まし、策を懸命に考え、シルフィと下の妹たちへの説得を手伝ってくれた。

 移動方法に転移魔法陣を推奨したのもシンシアだ。

 転移魔法陣について、場所を熟知するオルステッドについて旅をしていた時期がシンシアにはある。この世界に来たばかりのナナホシも一緒だったという旅だ。

 自分から提案したものの、シンシアは話し合いの途中から、申し訳なさそうに指を組んだ。

 

「前に使ったとき、私は子供で……ごめんね、詳しく憶えていないの。場所なら視て探せるのよ。でも、どこに繋がるのかまでは……」

「そうか……ナナホシなら、憶えてたりしないかな」

「……はっ!」

 

 ナナホシが転移魔法陣の場所をこっそり記録していた事をシンシアが思い出し、俺たちはナナホシに協力を求めた。

 結果はビンゴ。

 ナナホシとしても実験に協力する俺が長期間不在にするのは困るのか、記録のメモを見せながら、詳細に教えてくれた。

 

「……様は、頼ら……の?」

「……で、協力してくださるか……それに、……が……」

 

 ナナホシとシンシアがコソコソと話し合っていたのが、印象的だった。

 

 そうして俺は、エリナリーゼと共に旅立った。

 シルフィを抱きしめて必ず帰ると伝えた。

 妹たちにもシルフィと家のことを任せた。

 大学の面々にも、しばらく留守にする旨を伝えた。

 

 後ろ髪を引かれるような思いはある。

 だが、シンシアからロキシーが死ぬと伝えられた瞬間から、行かない選択肢はなかった。

 

 ヒトガミは、あれ以来夢に出てこない。

 もし会えたら、ロキシーが死ぬなんて、どうしてそんな大事なことを言わなかったと問い詰めるつもりだ。

 俺はヒトガミが夢の最後にしたお告げを思い出していた。

 内容は、〈ベガリット大陸に行くな〉だけではなかったのだ。

 あの野郎、どういうつもりだったんだ。

 シンシアと——実の妹と、関係を持て、って……。

 

 

---

 

 

 ラパンまでの旅路は、ある心残りを除けば、概ね順調である。

 心残りとは、一時行動を共にした戦士、トントとカルメリタだ。彼らには悪いことをした。

 盗賊団に襲われ、毒矢が刺さったトントを置き去りにした。その事で、カルメリタに責められた。

 

 助ける方法は、一応あった。

 ベガリット大陸の気候と、矢を受けたラクダの反応からして、使われているのは夾竹桃系の毒だろう。

 あれに含まれる強心配糖体は、中級解毒魔術で無効化できる。

 しかし、矢は心臓を貫いていた。

 治癒魔術は患部に触れないと作用せず、心臓は複雑な器官である。俺の実力では、鏃を取り除いた傷口にやみくもに手をあて、治癒魔術をかけても修復はできない。

 まず胸を切開し、心臓の損傷箇所を把握する。慎重に治癒魔術を施し、その後、毒と感染症に対応する二種の解毒魔術をかける。

 思い描いた最善の対応は、盗賊団の存在を無視している。

 盗賊団を退ける間に、トントの心臓は停止するだろう。

 

 いや、カルメリタが激昂したのは、助けなかった事に対してではない。トントの仇討ちをしなかったことに対してだ。

 俺たちを襲った盗賊団を壊滅させることは、理論上は可能だったと思う。

 実行しなかったのは、とっさの瞬間に、〈殺戮〉が俺の選択肢に上らなかったからだ。

 

 子供の頃の数年間のおかげで、死体には慣れた。死が誰にでも起こりうると、身をもって学習した。

 でも、俺が死なせる……と、考えると、気分は暗く落ち込む。すぐに切り替えることはできない。

 幼少時、村を襲撃し、シンシアの足を握り潰そうとした男の頭に、何度も岩をふり落とした。あの感触は、いまだ全身が憶えている。

 

「ルーデウス、顔色が悪いですわ。今すぐ休みますわよ」

「昔の嫌なことを思い出しただけですよ」

「いいから休みなさい、わたくし達のためにも。あなたが倒れたら、みんな共倒れですわ」

 

 エリナリーゼは、俺が落ち込む理由を、殺人を思い出したせいとは思わないだろう。

 特別残酷なわけじゃない。エリナリーゼの気質は優しい方だ。

 命は平等であり、何があっても奪ってはいけないと啓蒙される時代に、彼女らは生きていない。

 そんな中で、俺はここでは繊細で潔癖なのだ。理解もされないくらい。

 俺の価値観が、この世界のそれに、完全に同化することはないのだろう。

 寂しいが、受け入れるしかないのだ。

 

 土魔術でシェルターを作り日差しを遮ろうとして、止められる。魔力を無駄遣いするなと言われた。

 バリバドムとカルメリタが簡易な天幕を張り、エリナリーゼがそれに手を貸すのを眺めた。

 パウロに会いたいな、と俺は思い、水で喉の渇きを潤した。

 

 

---

 

 

 ラパンに到着した。

 砂漠の中にポツンとある大都市。

 数多の迷宮には魔道具が眠り、数多の商人や冒険者が、一攫千金を夢見て訪れる迷宮都市である。

 この大陸にはアスラやラノアのように国家はなく、町や集落が一つ一つの小規模な国のようなものだ。

 

 パウロとは、ラパンに到着してほどなく合流できた。

 探す手間はかからなかった。エリナリーゼと冒険者ギルドに立ち寄ったところ、獣族の剣士と揉めるギースを発見。

 世話になったのは昔の短い期間とはいえ、ギースとは知己の仲だ。

 俺との再会を喜んでくれたギースに、彼らが逗留する宿に案内され、正式にパウロ一行との合流を果たしたという経緯だ。

 

 再会の感動もそこそこに、互いの持つ情報を共有する。

 パウロからの情報は、現在の攻略状況、戦力、迷宮の魔物等。

 ゼニスが囚われているのは、転移迷宮の深部である。結晶の中に閉じ込められる形で、食事を必要とせず、魔物に害されることもなく眠っている。

 これは、転移事件直後、シンシアが万里眼を持つ男から得た情報だ。

 信憑性は高い……というより、シンシアが竜系の魔物が居座る迷宮はよく見えないと言いながら、その男の発言を真実と確信している以上、俺達もそれに賭けているのだ。

 前情報を持ち向かっても、Sランクの転移迷宮の攻略は容易ではなく、この一年は一進一退の攻防であったようだ。

 状況はあまり芳しくないが、パウロが精力的なのは、ゼニスの存命は、とりあえず保証されているからだろう。

 

 俺から伝えられることは、そう多くない。

 在学中に結婚し子供が生まれること。そして、パウロが一番知りたいであろう妹たちの無事と、人格の喪失が予想されるゼニスに有効な治療法が現状ないことを知らせる。

 設備が整ったラノア魔法大学で、死刑囚の遺体を開き脳の構造を確認。その後実験用の猿でDBS(脳深部刺激療法)の真似事をした。つまり、ロボトミー手術の反対をやったのだ。

 

 一応、発見はあった。

 下垂体に魔力を注ぎ活性化させると、9割の猿は死に、1割は魔獣化すると判明した。魔獣化の際に、知能は上がり、気性も荒くなる。いわゆる過覚醒になるのだが、これが茫然自失の治療に繋がるかもしれない。

 ただ、死亡率が高いのがネックだ。

 魔獣化を抑え、痴呆状態の猿の知能を上げる方法が確立しても、ゼニスでいきなり本番をするわけにもいくまい。

 人間の被験者は必要だ。

 

「人間で試すには、まず俺がラノアの外科医組合に入り、公的に医者にならなければいけないんですが、年齢制限に引っかかってしまって……、すみません、父さん」

 

 俺はこの世界では16歳だ。

 若いととるか、未熟ととるか、少なくとも俺は未熟ととる。

 16歳は医者にはなれない。必要な学位を収める期間、組合に認められた外科医に弟子入りして実地で働く期間、しめて十年は必要だ。

 歯痒くてならん。

 いっそ、非合法な手段で試す……いや、だめだ。

 合法であれば、医療過誤と理屈はつく。非合法の手術で死んだら、俺は殺人者だ。

 

「お、おお?」

 

 DBSの説明の下りから、パウロは目を白黒させていた。

 が、切り替えたようにキリッとした表情になり、俺の肩を正面からがっちり掴んだ。

 俺も成長して背は伸び、筋肉もついたが、まだ足りないのだと感じさせる熱があった。

 パウロの手は、やはり、力強かった。

 

「ありがとう、ルディ。妹たちを預かるのも、母さんのことをどうにかするのも、本当はオレがやるべきことだ。

 お前は、シルフィちゃんと、腹の子供のことだけを考えていればよかったのに、そうさせてやれなかった。至らない親父ですまない」

 

 パウロは眼をしっかりと合わせ、俺に言った。

 居心地が悪いと感じるのは、ここでふざけられるほど、家族のために何かできたという実感も、成果もないからだ。

 

「父さんに感謝されるほど、何かできたわけじゃないんです」

「んなことは……」

 

 パウロはとっさに否定しようとしたが、ふいに、頼もしい——と俺には感じられる顔をした。

 言葉の続きを促すように、見つめられる。

 話すべきことは話したはずだ。

 あ、でも、シンディの躰が弱くなったこと、パウロは知っているんだろうか。

 知らないかもしれない。知っていたら、俺に進展を訊ねてくるだろう。

 女性特有の不調なら、リーリャが伏せていてもおかしくない。

 

「シンディが……時々、寝込みます」

「ああ」

「ノルンと対応に差がつかないように、気をつけていますが、アイシャは、俺を好きじゃないみたいです」

「ああ」

 

 断片を伝えると、言うつもりのなかったことまで、言葉となって流れた。

 ロキシーを助けたい。その思いと同じくらい、シルフィのそばにいたかった。

 青髪のおさげの少女と過ごした日々が過る。家の外からやってきたロキシーは、転生して初めての師であり、俺にとっての外界の象徴であった。

 緑髪の少女と過ごした日々もまた、得難いものだ。思えば幼少時から、他にもいる友達の中で、お互いを特別に思っていた。

 どちらも大切なのに、こうして来ている以上、俺はロキシーを優先しているのだ。

 ロキシーを助けられず、その間、家でシルフィに不幸があったら、俺は今度こそ、ヒトガミが言うように後悔するのだろう。

 

「それから」

 

 俺は喋り続ける。順風満帆だと、ギースからの手紙を読むまで思っていた。

 家を買って、結婚して、妹たちを保護して、シルフィが妊って。また家族で仲良く暮らせるのだと思っていたのに、見つめ返せば、綻びはいくつもあった。

 本当に、俺はここに来るべきだったろうか。シャリーアと旅中では表に出せなかったが、パウロを前にすると、不安に襲われもする。

 

「ロキシー師匠が、死ぬ、って……」

 

 そうシンシアが言うんです。ロキシーの身になにか起こっているなら、包み隠さず教えてください。

 続けたかった言葉は、舌がもつれ、伝えられなかった。

 先の言葉が皮切りとなり、涙が溢れた。顔が熱を持ち、呼吸が小刻みに荒くなった。喉に不要な力が入り、一言発するのも大義に感じた。

 

「っ、うぅ……」

 

 これから父親になる男が、無力さを自覚して泣き出すなんて、情けない話だ。

 顔を合わせたくなくて、俺の視点は必然的にパウロの黒いインナーに固定される。

 

「ルディ」

 

 肩に感じていた手の重みが消え、全身に圧がかかる。

 固い、逞しい躰であった。

 

「よし。頑張ったな、ルディ」

 

 パウロが俺をがっちり抱いていた。

 短い褒め言葉だったが、すとんと自分の中に落ちてきた。

 俺はロキシーを助けに来た。同時に、ゼニスの救出に苦戦しているパウロも助ける対象だ。

 悪友のように思われたいなら、その相手に慰められたとて、頼りないと笑うべきなのだろう。

 けれど俺は、この言葉が、ずっと欲しかったのかもしれない。俺は、父親に褒められたかったのだ。息子として。

 シンシアたちを邪険に思っているのではない。ただ、長男として、パウロの代わりを頑張っていると、認められたかった。

 俺はパウロにしがみついたまま、しばらく泣いた。

 

 事態は何一つ好転していない。

 しかし、泣くのにも疲れた頃には気持ちがスッキリとしていて、涙は落ち着いた。

 

「ルディ、いっぺん部屋で休むか?」

「ずっ……いえ、大丈夫です。話を続けましょう」

 

 鼻をすすり、懐から取り出したハンカチで顔を拭いた。

 視線を感じ、パウロから離れて周囲を見回すと、なんとも言えない顔でこちらを眺める面々がいた。

 エリナリーゼ、ギース、タルハンド、リーリャ、ヴェラとシェラの姉妹である。

 さっきまでは気にしている余裕はなかったが、結構いるな。

 リーリャはまだしも、それ以外の人に見られたのは痛手だ。

 

 なんか、恥ずかしいな……。

 い、いつもパウロに甘えてるんわけじゃないんだからね!

 それはノルンの特権だ。転移事件を共に生き延びた二人は、絆も特別強いだろう。

 

「パウロ……おぬし、父親らしい振る舞いなんぞ、できたんじゃのう。それほどゼニスとの子が大事か」

 

 足元まで達する髭を撫で、そう言うのはタルハンドだ。

 すでに自己紹介は互いに済ませてある。低身長だが、樽のように太く逞しい体躯の、炭鉱族。パウロの元パーティメンバーの一人だ。

 

「へへっ、親子の情っつうのか? いいもん見させてもらったぜ、パウロ。

 しっかし、先輩もまだまだガキだな。父親に認められて涙ちょちょぎれるなんてよお」

 

 鼻の下を擦り、わざとらしく貰い涙を拭って言う、猿顔の魔族。

 こいつがギースだ。同じくパウロの元パーティメンバーで、転移事件からこっち、何かと俺たち家族のために尽力してくれる恩人である。

 

「ルーデウス、あなた、そんな不安は今まで見せなかったじゃありませんの。わたくしにも相談してくれたら……いえ、その前に、ロキシーが死ぬって、どういうことですの?」

 

 長耳族の女、エリナリーゼ。彼女は唯一パウロに関心を持たず、顔をしかめてそう訊ねてきた。

 俺はロキシーのことを家族以外に伏せ、あくまでゼニスの救出を助ける名目でここまで来た。

 エリナリーゼはロキシーの友人だ。それを鑑みると、俺の発言は、少々迂闊だった。

 シルフィの祖母で、この2か月間行動を共にしたこともあり、知らず知らず身内の認識を持っていたのかもしれない。

 

「ロキシーはどこにいるんですの?」

 

 怜悧な視線。耳をピンと張り、緊張感を纏って訊ねるエリナリーゼに、言葉につまった。

 明かしてもいいが、この場には、部外者が多すぎる。今からリーリャ以外に出ていってもらうのも不自然だ。

「悪いな」とパウロが割り込んだ。

 

「詳細は明かせねえが、オレとルディには、信頼できる情報源がある。ルディはそこから聞いたんだろう。

 ……ロキシーは、一月前から消息がわからない。迷宮の転移魔法陣を踏んで、そのまま行方不明だ。今日まで5回捜索にいったが、この通り見つかってねえ」

 

 一月前。

 俺とエリナリーゼがシャリーアを発った後だ。

 シンシアの予言は二ヶ月前。ロキシーがまだ無事であった頃から、こうなるのが視えていたのだろう。

 

 パウロの報告を受け、ギースとタルハンド、他のメンバーは、途端に沈鬱な表情になる。

 何度も捜索に行き、手応えのなさを感じていたところに、俺とエリナリーゼという新顔が現れた。

 先程まで見せていた歓迎ムードは、新要素が何か変化をもたらすやもという期待によるものだったのだろう。

 

 ロキシーが生きている可能性に賭けているパウロとタルハンド。既に死んでいる、諦めろと説得しにかかるギース。

 三人が言い争う声を聞きながら、俺は一度冷静になって考える。

 

 ヒトガミがおそらく意図して伏せた予言。

 シンシアが深刻な顔をして俺に告げた予言。

 ロキシーは、迷宮に囚われ、死ぬ。

 予言によると、その時はまだ先だ。

 

 無論、助けるのは早ければ早いほどいい。人生は何があるかわからないものだ。

 ロキシーは尊敬してやまない師匠だが、あれでいて中々のうっかり屋だ。

 うっかり動けなくなるような怪我をして、

 あるいはうっかり食糧が尽きて、

 シンシアが視た時期より早く……なんて事もありえる。

 

「父さん。さっきはああ言いましたが、ロキシーはまだ生きていると思います」

 

 生きているはずだ。と、自分に言い聞かせる。

 ロキシーの死は、シンシアが教えてくれた、避けるべき未来だ。

 

 シンシアは、その未知の力のために、多くの死を見てきた。

 未来が視えて、そのうえ手も触れずに魔物でも人でも殺せるとか、どんな化け物だよ!

 そう思っていた時期が俺にもあった。転移事件の前までは。

 

 どうしようもできない場面もあっただろう。

 見ていることしかできないのは、辛いだろう。

 転移事件の時に子供だったシンシアは、知り合いや友人の死を見て、何を思ったのだろう。

 俺がロキシーを救うのは、シンシアの抱える辛さを減らす事でもあるのだ。

 

 

---

 

 

 すぐにでもロキシーを助けに行きたいところだが、準備は必要だ。

 迷宮に潜るメンバーのフォーメーション決めに、ギースが俺の持ち込んだ『転移の迷宮探索記』を読み込む時間、そして俺とエリナリーゼが旅疲れを癒やす時間。

 着いてすぐに行動しても、良い結果にはならないだろう。

 迷宮では少しの油断が命取りなのだと教えられた。

 一応、パウロたちもラパンに到着するまでに、迷宮の解説本は手当たり次第入手していたそうだ。

 ゼニスがいる場所はわかっていたからだ。

 しかし、どれもさほど画期的に役立つものではなかった。むしろ本の誤情報が足を引っ張る場面もあったそうだ。

 

 到着した日の晩、俺はパウロとリーリャが逗留している部屋で、休むことになった。

 ゼニスが一番とはいえ、リーリャもパウロの妻だ。

 本人はあくまで妾、愛人と主張している。

 ゼニスは一夫一妻を信条とするミリス教を信仰している。

 リーリャ自身がまずゼニスを上に置くから、この三人はうまくやれていたのだろう。

 

「申し訳ございません、ルーデウス様」

 

 旅塵を落とし荷物の整理を終わらせると、リーリャが深々と頭を下げてきた。

 何だろうか。

 心当たりがない。

 

「えっと……何がですか?」

「アイシャのことです。あれほどルーデウス様を敬うように言い聞かせたのに、よりにもよって、お仕えする主人を嫌うなどと!」

 

 ああ。

 アイシャが俺を嫌っているという感じの話も、そういえばしたな。

 あれはあくまで一因であって泣いた理由はそこじゃない。

 だが、リーリャは深刻に受け止めてしまったのだろう。

 彼女は悔しそうに体の前できつく手を握りしめていたが、「私は、あの子のそばにいてやれませんでした」と、項垂れた。

 

「初めに助けに来てくださったのは、シンシア様です。

 シンシア様と、それから現地の少年の尽力によって、アイシャだけは解放できました。

 私はルーデウス様が来てくださるまで、捕えられたまま。

 結果として私は、シンシア様とルーデウス様、お二人の手を煩わせてしまいました。

 無力な母だと思ったでしょう。言うことを聞く価値もないと、切り捨てられたのです」

「そんな事はありません」

 

 即答した。

 アイシャは俺のことは慕っていなくても、リーリャのことは母親として好いている。

 家でも家事の仕方はリーリャと同じだし、両親に会えたらあれをしようこれをしようとノルンと話していたのも聞いた。

 

 アイシャは、おそらく家族のことは好きだ。

 俺はちょっと距離を置かれ気味だが、もしもリーリャがアイシャを俺のメイドにさせようとせず、普通の兄妹として育っていたら、また違った関係だったかもしれない。

 

「アイシャにとって俺は、仕えたくもないのに仕えろと強制される主人です。反発もしますよ」

「そう思うのが問題なのです。ルーデウス様は命の恩人ですのに」

「生まれる前のことは、体験として知りようもないでしょう。それに、アイシャの命の恩人というなら、シンディもそうです」

 

 リーリャはぐっと押し黙った。

 家族会議のとき、妊娠したリーリャを迎え入れるように誘導したのは俺だ。

 正直、あの時の俺はリーリャがあまり好きではなかった。あの頃のリーリャは、シンシアを慈しみ育てる一方で、俺を見る目といったら、まるで変態狸ジジイに向けるそれであった。

 扱いの差は仕方がない。シンシアは愛くるしい幼児だった。

 しかしいくら俺の生前がアレでも、態度の落差は中々に堪えていた。

 助けようと覚悟を決めたのは、シンシアが彼女を慕っていたからだ。

 

「アイシャは、俺よりもシンシアに仕えたいんだと思います。俺もアイシャが望むなら、そのほうが安心できます」

 

 姉の使用人になる、腹違いの妹。

 まるでシンデレラだ。

 字面は悲劇的だが、アイシャは進んでそうしている。

 シンシアもアイシャを顎で使うようなことはしていない。

 姉妹として健全なパワーバランスではないのだろう。しかし、成長したアイシャの望みが変わらずシンシアに仕えることならば、無理にやめさせる必要もない。

 

「ルーデウス様が、そうおっしゃるのであれば」

 

 リーリャは納得していなさそうだったが、頷いた。

 微妙な雰囲気が漂う。

 

「まあまあ、辛気臭い顔するなって」

 

 パウロが俺とリーリャの肩をガッとまとめて抱いた。

 リーリャとの距離が強制的に縮まり、なんとなくドギマギする。

 

「色々あるが、オレ達は家族なんだ。恩人とか仕えるとか、難しく考えすぎないようにしようぜ。家族を愛してるから助ける、そばにいる、それでいいじゃねえか」

「旦那様……」

「父さん……」

 

 俺とリーリャはほぼ同時にパウロの顔を押しのけた。

 

「そもそもの原因は、父さんにあるんですけどね」

「私にも責任はありますが、旦那様の物言いはいかがなものかと」

「す、すまん」

 

 双方からチクリと刺され、しゅんとするパウロ。

 リーリャはクスクス笑い、俺も笑った。

 

 

 それから2日後。

 俺たちは転移迷宮でロキシーを救出したのだった。

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