【ハリカ】
さて。
自治区内にある水族館の話を聞いたり、コハルちゃんが怪談話にいい感じのビビり方をして微笑ましくなったり、伝聞の過程で歪曲されまくったらしい覆面水着団*1の話を聞いてヒフミちゃんともども苦笑したり……アズサちゃんの夜更かしの理由が、侵入者を迎撃するトラップの設置だと判明したり。
「なるほど…ですが、それならそれで教えてくれると嬉しいです。どうしても、心配しちゃいますから…」
「そうか。うん、これからは気をつける。私のせいでみんなが被害を受けるのは、望むところじゃないから」
「優しいね、アズサは」
「なっ…こ、子ども扱いしないで先生。私は別に…そんなのじゃない」
不意に、アズサちゃんの声色が変わった。なんだか、とても揺らいでいる。少なくとも私ははじめて聞く、あのアズサちゃんの動揺した声音だった。
「だってこの世界は全てが無意味で、虚しいものだ。だから、もしかしたら…私は、いつか裏切ってしまうかもしれない……みんなのことを、その信頼を、その心を」
「…?」
「アズサちゃん…?」
心配そうなヒフミちゃんの声に答えはなく、夜目に見えるアズサちゃんの影は…俯いて、じっとしている。表情は見えない。唐突に訪れた静寂は………体育館を満たす光で中断された。
「あ」
「電気が…」
「直ったみたいですね?」
「そういえば、雨も止んでるみたい…全然気づかなかったな」
反射的に目を瞑って、しぱしぱとまばたきをして視線を戻せば、アズサちゃんは天井を見上げていた。同じように天井を見上げて、雨の音がしないことに気づく。…そうか、なんかいやに静まり返ってると思ったら。雲はほぼそのままで明るさが変わらないから、全然気づかなかった。
「では、もう一度改めて洗濯しましょうか」
「うん。じゃあ、第一回水着パーティーはここで閉幕か。二回目も楽しみにしてる」
「二回戦とかないから!こんなの最初で最後なんだから!!」
そうして無事に洗濯も終わり、着替えも済ませ*2、それじゃあ改めて勉強に戻る…という気にもなれず*3、本日は休養日という形になった。そんな感じで日も暮れて沈んで夜になり、そろそろ就寝時
「いいえ、まだです!このまま一日が終わりだなんて、そんなもったいないことはさせません!!」
「は、はい…?」
「な、何よ急に?びっくりした…」
…刻になろうという頃、深夜の密会の件で先生に呼ばれて舞い戻ってきていた私もその待機に入ろうとした頃…ハナコちゃんからそんな高らかな宣言があった。
「突然のことでしたが、せっかくのお休みじゃないですか。みんな裸で交わったりしたのに、このままはいおやすみなさい、だなんて」
「いや水着着てたよね??」
「勝手に記憶を捏造しないで!?裸じゃないから!!」
「それはともかく、このまま寝てしまうのはもったいないです!…まだ火照っていると言いますか、物足りないと言いますか…」
…なるほど、もじもじしているハナコちゃんは今、本気でこの合宿を満喫しようとしているらしい。さては水着パーティーで何かスイッチが入ったな…あの時も「こういうことしてみたかった♡」的なこと言ってたしな…。
「ハナコ、具体的には?」
「うふふ♡そうですね、やはり合宿といえば…
ここ最近はずっと一人で歩いていたレンガ敷きの道を、今夜は6人分の足音が進む。
「あうぅ…ほ、ほんとに来ちゃいました…」
「来ちゃったねぇ…」
ハナコちゃん曰く、トリニティの商店街は結構遅くまで開いてる店が多いらしい。コハルちゃんは校則違反!と反発したけど、校則にありがちなやつでこっそり破ってる子は結構いるものらしい。確かに四高でも寮の門限破りとかよく見かけたな…
…というか、反応からしてヒフミちゃんがやってるっぽい。そういえば
結局、アズサちゃん*4や先生*5の乗り気な様子で敢行が決まったわけで。…私?まあ立場としては先生側だし…。
「うふふ♡どうですか?もうすでに楽しくないですか?禁じられた行為をしているというこの背徳感、そして同時にみんなで一緒にしてからこその安心感、この二つが合わさって…♡」
「めちゃくちゃテンション高いね…」
「なるほど…深夜の街はこんな感じなのか。思ったより活気がある」
「そうなんですよ!24時間営業の店も多いですし♡」
ハナコちゃんがとても生き生きとしているのは水着パーティーからずっとなので置いておくとして、アズサちゃんもテンションの上がりようがすごい。目を輝かせて、背中の翼をぱたぱたと動かしている*6。かわいい。
「ここからもう少し行くと、モモフレンズのグッズショップもあるんですよ!その向かいには限定グッズだけを取り扱う隠れた名店もあったり…」
「ふふ、さすがはヒフミちゃん。詳しいですね」
「あ…あははは…」
シンプルに墓穴を掘っているヒフミちゃんに苦笑しつつ、ハナコちゃんを盾にするように縮こまっているコハルちゃんを見た。いかにもこういうことには慣れてませんって感じの、後ろめたさ全開の表情をしてる。…今更だけど、ちょっとは彼女の側にも立ってあげたほうがよかったかもしれない。
「うぅ…結局乗っちゃったけど、こんなところ万が一ハスミ先輩に見られたら…すっごく怒られそう…」
「あら、そうなのですか?ハスミさんは後輩たちに優しい方だと聞いていましたが」
「も、もちろん優しいわよ。それに文武両道、さいしょく…けんび?で、品もあってすっごい先輩なんだから!でも、怒るときはホントに怖くて…」
ちょっと久々に聞く名前が出た。正義実現委員会(通称:正実)の副委員長…いやそうか、コハルちゃんは元々正義実現委員会所属だったか*7。ハスミさん…最近あんまり会ってないな。シフトが合ったとき以外でなかなか会わないし、ここ数日トリニティに通ってるけど意外と出くわしもしない。
まあ私の話はさておき、コハルちゃんはハスミさんが烈火のごとく激怒している場面に出くわしたことがあるらしい。
その時キレていた理由は、ゲヘナの生徒会"パンデモニウム・ソサエティー"との会談中に「デカ女」と呼ばれたことだとか。烈火のごとくダイエットを宣言していたらしい。にわかに生まれたシリアスが砂になって飛んでいった。発生学的には異常事態。どうすんだこの空気。
「…それ以来ハスミ先輩、あんまりご飯も食べないから心配で…」
「…そんなことがあったのですね…ゲヘナの方々に怒るのも分かります。無理もありません」
そんでスムーズに処理できるハナコちゃんすごいな…一応所見を述べておくと、その呼び名には身長179cmが一番響いてると思うので、別にダイエットをするほどのことではない気がする。あとパンデミックなんとか*8…なんか風紀委員会で悪評が多いからそういう問題児集団があるんだなと思ってたけど生徒会なのかよ。しかも会談の場で俗語が飛び出す系生徒会…どんな生徒会??
「ハスミ、大丈夫かな…」
「でも、ハスミ先輩はいろんな意味で強いから大丈夫!」
「まあ…確かに強いよね、あの人は」
「…あ、ここにもスイーツ屋が…」
…一度は変な空気になったけど、気を取り直して夜のお散歩に戻ろう。目をキラキラさせるアズサちゃんがかわいいし、視線の先にあるショーケースの中身もキラキラしてる。こういうゼリーみたいなコーティング、なんて言うんだっけ…
「なんだか食べ物の話をしていたらおなかが減ってきましたし、ここで何か食べちゃいましょうか?」
「あ、ここの限定パフェすっごく美味しいんですよ!けど、24時間営業とは知りませんでした…!」
「この時間にパフェかぁ…」
「うん、悪くない。行こう」
連れ立って入店していく三人を元気だなぁ…と眺めつつ、先生といまだ挙動不審気味のコハルちゃんと三人で後を追うように入店したら…
「…せ…先生…!?」
…縦に長いパフェを三つテーブルに並べて食している、
「は…ハスミ先輩!?」
と出くわした。若干どころじゃない"噂をすれば影"だった。
「ハスミさん、奇遇ですね♡あら、真夜中にパフェを3個も…確か、ダイエット中だと伺いましたが?」
厳然たる"やめたげてよぉ!"案件がそこにはあった。言わなかったけど。夜だし他のお客様のご迷惑になるので。
「こ…これはですね、その…」
「はい、心中お察しいたします。こんな真夜中に襲ってきた悪しき欲望に導かれて、ここまで来てしまったのですよね?」
と思えば、爆速で心中お察ししていた。あと急に何その、名前の両脇に†がつきそうな話し方…?
「えっ?い、いえ、その…」
「そうして欲望のままめちゃくちゃにしてしまったあと、理性を取り戻したときにはもう、取り返しがつかないほど乱れて…」
「えっと…夜中って、お腹が空くよね?」
あっこれいつものやつだ。察した。軌道修正ありがとう先生。
「…こほん。その、自分のことを棚に上げるようですが…補習授業部の皆さんはそもそも、合宿中の外出が禁じられていたはずでは…?」
「え?そうなの?」
なんか思わずハナコちゃんを見ちゃったけど、無言でいつも通りの笑顔しか返してくれなかったので先生を見た。そうらしい。…そうなの??えっ初耳、というか外出を禁じられるような合宿をしたこととかないんだけどこれはどっち?本件が特殊?
「…ここはお互いに、見なかったことにしましょうか」
「は…ハスミ先輩…」
「コハル、お勉強頑張っていますか?」
「え。それは、その…」
「コハルちゃん、順調に成績が上がってきてますよ。ね」
「は、はい!そうです!このままいけば全然合格できるくらい、頑張ってて…!」
言いよどむコハルちゃんに助け船を出しておいた。事実なんだから特段
それはそうと何だろう、ハスミさんの保護者感がすごいな…。
「そうでしたか…それは何よりです。言ったではありませんか、コハルはやればできると」
「えへへ…は、ハスミ先輩の期待を裏切りたくないですから…」
「はい、引き続き応援していますよ、コハル。早く正義実現委員会に戻ってきて、一緒に任務が遂行できるときを心待ちにしていますから」
「はい、頑張ります…!」
今度はコハルちゃんが目を輝かせている。補習授業部の時とはもはや別人なんですが。誰…?
けど、なんとなく察した。これが
「…?こんな時間に連絡?…イチカ?どうかしましたか?…問題…詳しく聞かせていただけますか?」
ふいにくぐもった低い音が鳴ったのは、ハスミさんのスマホのバイブレーションだったらしい。取り出したスマホに耳を傾けるハスミさん…が、みるみるうちに険しい形相になっていく。
「襲撃?ゲヘナの…風紀委員会ですか?それとも万魔殿がついに本性を!?誰であれ、きっとエデン条約を邪魔しようとする意図に違いありません…!規模は何個中隊ですか?場所は、その施設はどこですか!?」
いや、えっ怖…これ、たぶんコハルちゃんが話してた剣幕が図らずも目の前でリプレイされてるな?あの冷静沈着なハスミさんのこんな姿、初めて見た…当のコハルちゃんが隣で「ヒィッ!?」と縮こまってるのはさておくとして。
ただ、再び聞く姿勢に入ったハスミさんは、今度は逆再生みたいに真顔になっていき…
「…風紀委員会ではなく…4名?…アクアリウム?どうしてそんなところを…?」
…困惑してる。なんかすごく困惑してらっしゃるし、断片的に情報を得た私も困惑してる。突然の
そんなふうに困惑が
…私がまさかと思ったのとは別の、でも確かに
「…美食研究会?」
『美食研究会』。それはゲヘナ風紀委員本部にお世話になっていたとき耳にした名前だし、シャーレに入ってからもフユコさんの愚痴の中で聞いた名前だった。
曰く、飲食店を爆破するタイプのテロリストとのこと。意味がわからない。これが多様性か…*9
「近いな…ここから1キロ圏内といったところか」
「え、ええっ!?」
…それはともかく。ハスミさんが通話を終えるのとほぼ同時に届いた爆発音を、アズサちゃんが瞬時に分析した。意外と近いなアクアリウム。街の中心部にはそうそう無いものだと思うんだけど…。
「…みなさん。突然のことですみませんが、みなさんの力が必要です。お願いできますでしょうか?」
ここで、少し考え込む姿勢だったハスミさんが私たちのほうに振ってきた。補習授業部のみんな*10は目をぱちくりさせる。
「わ、私たちですか?」
「今はエデン条約を目前に控えて、いろいろと過敏な時期です。この問題が端から見て『トリニティの正義実現委員会とゲヘナ間の衝突』と捉えられてしまうと、状況が不利になることは想像に難くありません」
最近ちらほら聞く単語がまた出てきた。『エデン条約』…改めて確認してたけど、ゲヘナ学園とトリニティ総合学園の間で交わされる和平条約…みたいなものらしい*11。長きにわたる確執をいい加減なんとかしよう的な。そんな条約を結ぶ必要があるほどの確執があったこと自体私は知らなかった。鈍い方ではないと自負してはいるんだけど…ほら、シャーレにはトリニティ生がまだまだ少ないし、二人とも仕事に真摯で私情を差し挟むタイプじゃないから。ハスミさんは若干危ういことが判明したけど。
まあその…いろいろと過敏な時期っていうのは、それこそさっきのハスミさんの剣幕が物語ってたよね。それはもう雄弁に。
「そのために、シャーレの存在を借りたい、と?」
「はい、まったく異なる組織である補習授業部の存在も…そういう構図が望ましいのです」
「そっか、わかった。じゃあ行こう、みんな」
「了解した。先生の指示に従う」
「い、いきなり戦闘ですか…?あぅ…」
「ふふ♡まあ、先生がそう仰るのであれば」
まあ即答ですよね先生なら…確かにそれなら、ハスミさん自身シャーレに所属してるし話が早いか。
ヒフミちゃんが困惑する一方でアズサちゃんとハナコちゃんは乗り気。いつもの補習授業部ですね。違うのはコハルちゃんがフリーズしてるところ…あ、動いた。
「あっ…わ、私も?先生と……ハスミ先輩と、一緒に…?」
「いつかこうして肩を並べる時期が来るとは思っていましたが…想像より早かったですね、コハル」
「は、はい!頑張ります!!」
ハスミさんの穏やかな声かけによって、コハルちゃんはフリーズから一転してやる気MAXになっていた。憧れの力は無限大らしい。わからなくもないな。
「そういえば、しっかり先生の指揮の下で戦うのはこれが初めてか…先生、遠慮は要らない。私のことは存分に使って」
「あらまぁ…」
「あらまぁ♡」
その一方でアズサちゃんが爆弾発言をかましていた。なんか…水を得た魚のようというか、乗り気どころか前のめり。いわゆる"身体は闘争を求める"タイプ*12なのか…そういえば「弾薬が切れさえしなければもう少し戦えた」とか言ってたもんね……その顔はなんですかハナコちゃん。
なお先生はぐいっと来たアズサちゃんにやや
「ハリカさん」
「え?あぁ…まあ、危なそうだったら動きますね」
名前を呼ばれ、ぱちりと視線が合う。ハスミさんの言わんとすることはすぐにわかった。ハスミさんにはトリニティの生徒では唯一、私の魔法について共有を済ませているから…まあ経緯としてはただ単に、私が横着して書類の山ごと移動させているのを目撃されてしまっただけのことなんだけど。
伝えた通り全然万能ではないことも承知の上で、助力をお望みなのだろう。断る理由もないので応えておくことにする。不思議そうな顔をするコハルちゃんには
・ハリカ
今回は終始受動的
深夜の密会参加予定が夜のお散歩参加になったし、最近会ってない人とかなり強烈な再開を果たすし、急遽大捕物に巻き込まれる
・ヒフミ
無断外出でドキドキ(でも割とノリノリ)だし、突然の戦闘には困惑を隠せない普通の子(ただし夜間外出するし事情次第では
・ハナコ
あまりにもノリノリ
そして容赦も遠慮も無さすぎる
・アズサ
なんか意味深だったけど夜の散歩にわくわく
突然の戦闘にはやる気満々
・コハル
イケナイこと()をしてるのでビクビク⇒ハスミ先輩!?!?⇒突然の共闘に張り切る、と反応が明快な最年少
・ハスミ
欲望に負けてるところを見られて固まったけどなんとか取り繕った
ゲヘナに対する修羅感とコハルに対する保護者感の落差よ
・先生
みんなが元気なのはやっぱり良いね
切り替えは早いので指揮モードに入る
・美食研究会
きましたね 本物のアウトロー()が
・パンデミックなんとか(不正解)
現状ハリカからの心証はほぼ最低値
めちゃくちゃ脚注使っちゃったな…(たしかなまんぞく)