お久し更新…
『なるほど、美食研究会が…とうもろこしだかなんだか知りませんが、ともかく。改めて、もうすぐ委員長も参加される歩行訓練の時間です!各位、もう少し頑張りましょう!委員長の穏やかな夏休みのために!』
疲労困憊なこちらの面々とは対照的な、やる気満々の声が通信に乗って聞こえてくる。元気だなこいつ……同じ現場にいたなら間違いなく白い目を向けてる。
歩行訓練、と思わず口に出したら、近くにいた委員の一人が時計を確認して絶望の表情をしていた。こういうやつすらいるというのに。
しかし………"委員長を
それで、歩行訓練が予定通りに始まったわけだけど…まあ連戦直後なわけで、死屍累々というかなんというか……動いてはいるから、死屍というよりはゾンビか………
あちこちから上がる
あぁ……それに、夕方って暑いんだよな。残暑って言うと違う意味になるけど、照りつける太陽の熱がどんどん蓄積されていくから。今も地平線に近づいた太陽は、こちらの顔を覗き込むように容赦なく照りつけてくるし、今日はまた雲もほとんどない快晴だったし――
『フユコ?今どこにいますか?』
げっ。…ぼんやり眺めていたところへ突然の名指しで、思わず背筋が伸びた。通信の向こうには、未だに戻ってこられないらしいアコ行政官。…ヒナ委員長のための特務真っただ中の今、この人がどこかで油を売ってるなんてことあるわけないので、不満はどこぞの自称生徒会に向けることにする…閑話休題。
『今"げっ"って言いました?』
「気のせいでは?今はその、車輛の点検がありまして」
『何を言ってるんですか?今回の歩行訓練は、医療部も兵站部も全員参加ですよ?』
「うげ…」
誤魔化しついでに、たまには真面目に点検するかと思ったけど……さすがに逃げられないらしい。言われてみれば確かにチナツとかもいるな…と眺めていたら、「フユコさ~ん?」と呼ぶ声――まさかのハリカが迎えに来た。て、手すきの人員の有効活用っ…!
…一応抵抗はしたんだけどまあ、虚しく。味方がいないので。そうして、私も地獄の歩行訓練に参加することになった…まあ、例年通りではあるけど。ニゲラレナカッタ……
「砂浜ってけっこう足とられるんですね…」
また指一本動かせなくなる未来が今から見えるな…と遠い目な私の横で、ハリカはのんきに……いや待って、なんでハリカも平然と参加してんの??
…結局のところ。歩行訓練*1は、みんなあまりにもボロボロだったのでほとんど中断のような形で終わることになった。貴重な委員長の慈悲が見られたし私も正直助かったけど、アコや先生はしょんぼりしてる様子だった。
あとハリカが存外タフなことを知った。しっかり景色を楽しむ余裕があったよあの子…
「………」
そして今、私は詰んだ。…エントランスホールの片隅にある、テーブルとセットのソファ。くたくたのシナシナでホテルに帰投した私は視界にそれを収めると、吸い寄せられるように近づいて、腰を下ろして――
あ、これはヤバイな、と思ったけど時すでに遅し。ソファに埋もれて生返事をするだけの存在になってしまった。なんて鮮やかな狩りだ……君に満点をあげよう。
「……………」
いやー…冗談はさておき、本当に立ち上がる気が起きない。まったく。まだまだ特務真っ最中だというのに、慣れない運動を済ませた身体が勝手にオフになろうとしている…困った。焦るのすら面倒くさい。
気がつけば、窓から差し込んでいた西日もすっかり減衰している。太陽は沈んだか……もしかすると、私はこのままここで朽ちていくのかもしれない……それはそれでホテルに迷惑だけど――
「フユコ?大丈夫?」
ぬっと視界に入ってきたのは、他とは全く異なる大人の男性の顔。そんな変化で、失われかけていた人心地がいくらか戻ってきた。
「…お気になさらず…ちょっと、ダメになってるだけなので」
「普通のソファだよね…?」
目の前の大人――もうすっかり見慣れたシャーレの先生は苦笑いを浮かべている。…普通のソファのはず。となると普通じゃないのは私か……。
非常にだらしない姿勢をお見せしてしまっている自覚はあるけど、今の私は恥じらうのも面倒なので関係ない。特にスカートの中が見えちゃってるとかでもないし*2…だから、それよりも。
「…先生は、お一人でどちらへ?シャーレからSOSでも?」
「いや、ヒナに呼ばれたんだ。それで、ここまでなかなか落ち着いて話をする時間もなかったし、何か埋め合わせをしなきゃと思ってたところだったから」
「なるほろ…面倒ごとじゃなくてよかったです。いってらっしゃいませ」
「うん…いちおう誰か呼んでおいたほうがいい?ハリカとか」
「…じゃあ、チナツで」
心配そうな申し出に手短な返事をすれば、先生はいつものタブレットをさっと取り出してみせた。…些細なことではあるけど、日に2度もハリカのお世話になるのはなんだかなぁと思った。ほら、一応よそからうちに来てる客ではあるし…。
だからって後輩に頼るのは
【フユコ⇒ 】
『先生、もしよかったら、少し付き合ってくれない?』
…すっかり日も暮れてきたけれど、なんだかんだでヒナと落ち着いて過ごせていない。スケジュール的には空いてる今、何か埋め合わせをしないと――そう思っていたところへ、逆にヒナからモモトークが届いた。そしてヒナの言う通り、ホテルをあとにした僕は…
「……」
「……」
…相変わらずの水着姿で待っていたヒナと二人で、砂浜を散歩していた。
あんなに照りつけていた太陽はもう地平線の下に隠れて、空はほとんど紫色。あたりは日中の騒ぎが嘘みたいに静まり返って、ただ打ち寄せる波の音ばかりが響いている。
…そんな中を、お互いに無言のまま………どれだけ経っただろう、ぽつりと沈黙を破ったのはヒナのほうで。
「先生…私なんかと一緒にいても、あんまり楽しくないんじゃない?」
「えっ…?」
「今日一日、先生はすごく忙しそうだった。最後に部屋を飛び出したときなんて、『絶滅危惧種の珍しいタコが出たから早く保護しないと!』って言ってたけど…どう?ちゃんと保護できた?」
「それは、その…」
ヒナにまっすぐな瞳を向けられて、言葉に詰まってしまう。…あらためて考えるとだいぶ無茶なごまかし方してたんだな僕…あんまりハリカのこと言えないかもしれない………けれど、ヒナはすぐに目を伏せて――
「…うん、分かってる。今日は部屋にいる時間が長くて、それでも先生とお話しできる時間はすごく楽しくて……でも、それは私のわがまま。そもそも私みたいなつまらない子と一緒にいたって、先生も退屈だろうし――」
「いやいやいや!そんなことはないよ!絶対にそんなことない!」
「…ありがとう先生。でも、そんなに気を遣ってくれなくても」
「いや、本当に!」
「…嘘じゃない?」
「誓います!!」
「…そう」
…しおらしい様子のヒナの口から自虐的な言葉が並んで…聞いてあげるべきなのかもしれないけれど、遮った。だってヒナのことをつまらないなんて、退屈なんて思ったことは本当にないから!…ただ押せ押せな感じで畳み掛けちゃったから、ヒナは黙りこくって――
「…ふふっ」
――堪えきれないみたいに笑った。…あれ?
「…もう、そんなに真剣な顔になっちゃって…冗談よ」
「じょ、冗談…?」
「先生はこういうときに嘘なんかつかないってこと…私がきっと、誰よりも知ってる。ただちょっと、意地悪をしたくなったというか…」
「あぁ、うん…それはどういう…?」
「今日先生が忙しかったのは、風紀委員会の訓練のためなんでしょう?あんなに一生懸命、みんなの訓練のために走り回って…ありがとう、先生。私たちのこと、たくさん手伝ってくれて」
「…まあ、バレてるかぁ」
いろいろ誤魔化したつもりだったけど、さすがに委員会を手伝ってたことはバレてた。うんまあ、さすがに言い訳が雑すぎたかなと思う瞬間は多々あった。珍しいタコを保護って何??(自問)
…けど、真の目的まではさすがにバレてないみたい。それでいて、ヒナからこんないい笑顔でお礼を………これが、ひと夏の魔法…?心のアルバムにしっかり刻んでおこう。これさえあれば、この先もバリバリ頑張れる気がする!!
「まあ、全部の事情を把握してるわけではないけれど。…そういえばさっき、みんなやけに砂まみれで、相当疲れてたみたいだけど…そんなに激しく
「あー…アコがだいぶ、張り切ってたからね」
そう、アコがだいぶ張り切ってた。嘘は言ってない。訓練じゃなくて実戦ではあったけど…いつもハードな訓練をするらしいとは聞いてたけど、さすがにいつも以上だったか……。
「そう…それくらいみんな頑張ってたんだって思うと、やっぱり…こうしてずっと私だけ部屋にいるのは、なんだか落ち着かないというか…」
「あぁ…もしかして、逆に疲れさせちゃったかな」
「えっと…なんと言うか……ずっと慌ただしくて、忙しくて、面倒ごとがいくらでもあるのが常だったから……ここに一人でポツンといるのは、少し…」
「少し…?」
「えっと…別に、文句を言いたい訳じゃなくて。もちろん今回の訓練を全部アコに任せたのは、あくまで私の判断だし。でも、普段あまりにもやるべきことが多かったからか…なんて言えばいいかな……うん…退屈、だったかも」
退屈……確かに、僕も"シャーレの先生"にすっかり慣れてきた今、急に完全オフになる日が来たらそう思っちゃうかな…。でも、退屈と言ったヒナは不機嫌な感じじゃない。降ってわいた(とヒナは感じているであろう)休みの時間を、しっかり休養に当てられてるみたいだ。これだけでも嬉しいところ。
「なんだかゴメンね…お詫びにってわけじゃないけど、ヒナは何かやりたいこととかある?」
「やりたい、こと…」
とはいえ、退屈のまま放置してしまうのもいただけない。やっぱり、ただボーッとするより何かをする方が充実するのがオフというものだと思うから。そんな提案をしたら、ヒナは少し考え込んで……
「…ひとつだけ、あるかも」
「なんだい?」
「…泳ぎ方を教えてほしい」
「泳ぎ方?」
「私、その…ほとんど泳いだことがなくって。スキルとしてかなり未熟で…だから、今回少しでもそれを覚えられたらって。アコからもらったスケジュール表だと、明日の午前も部屋で待機になっちゃってるし…だから、先生。明日の午前中、私に泳ぎを教えてくれない?」
「うん、もちろん!任せて!」
「…っていう経緯なんだけど…」
翻って、ヒナを部屋まで送り届けてから戻った5階、臨時オペレーションルーム。今回の特務を知っているメンツだけが集まった*3場で、ヒナと約束したことを報告した。さすがに報告しないわけにはいかないから……事後報告だしアコには怒られるかもな、と思ったけれど――
「…行政官?」
『…っ、感激しました…!!あの委員長が…
「うわうるさ」
「"スキル"とか言ってるし、ちょっと違う気もするけど…確かに、珍しいこともあるもんだな…」
『先生も少しは役に立つんですね!見直しました!』
「うーん当たりが強い」
…どうやら、アコ的には大手柄だったらしい。ものすごくハイテンションな返答がやってきて、ちょっと安心した。…したけど僕、アコ的には見直されるレベルだったの…?まあ今はいいか。
『皆さんの努力の甲斐あって、今回の作戦…間違いなく良い形で進んでいます!』
「確かに。ほんとに色々あったけど、色々あった割にはね」
『ええ。こうしてはいられません、これで明日の目標も決まりました―――明日は委員長が何事もなく泳げるよう、全身全霊を尽くしましょう!!絶対にトラブルを近寄らせてはなりません!たとえ皆さんが水底に沈んだとしても、委員長をお守りするのです!!』
気合い十分なアコの声が、臨時オペレーションルームに響きわたる。…色々言い方に問題はあるけど、すべては多忙すぎるヒナに夏休みを満喫してもらうため。明日も張り切って行きたいところだ。
…僕ら以外の、イオリもチナツもフユコもぐったりしてるのが心配の種だけど。うん、頑張ろうねハリカ…もしもの時は、ハリカの力も借りるかもしれないから…。
・フユコ
もはやネームドモブの影も形もない 気だるげダウナーは好きですか?私は好き
一部への当たりが安定的に強い
・ハリカ
山派の健脚
やっぱり縁が深いので、他のどこの部活よりも馴染んでる感がある
・アコ
意気軒昂、ただしリモート
・イオリ
切り込み隊長もさすがにしんどい
・チナツ
今回は影薄め
頼れる後輩(後方担当)もさすがにしんどい
・先生
ヒナよりはまだマシかもしれない仕事人間(人格者のすがた)
・ヒナ
まだ全貌は知らない風紀委員長