現世常駐を希望します   作:KEA

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第1話

 

 

 

雫が地面に降り注ぐ音が響いていた。

傘がなければあっという間にずぶ濡れになる程度の雨を、傘もささずに佇んでいる青年が其処にいた。

僅かに身動ぎすれば、何かアクセサリーでもつけているのか、チェーンの擦れる音が僅かに鳴った。

 

彼の足元には瓜二つの青年が倒れ伏している。

胸を苦しそうに抑え、顔は苦痛に歪んでいた。

それは彼の双子でも何でもない。彼に兄弟は存在しない。

 

――倒れている死体は、彼そのものだった。

 

「…………はぁ」

 

漏れ出た溜息は誰に聞こえることもなく、雨音の中へと消えていく。

そんな彼の横を、サラリーマンらしき男が走り抜けて倒れている青年に駆け寄った。

傘もかなぐり捨てて様子を見ていることから、かなりの善人らしい。

青年の手首に触れつつ、携帯電話で必死に叫んでいる。

 

「いや、もう手遅れなんでいいっスよ」

 

なんて、聞こえるはずもないのに呟いてしまう。

青年の姿はうすぼんやりとしており、背後にある壁も見えていた。

 

「……日頃の生活が祟ったかなぁ」

 

日が昇る程度の時間に寝るのは当たり前。

飯は食わなかったりジャンクフードで済ませてしまうことも多々あった。

今回だってコンビニで炭酸飲料やカップラーメンを買って帰る途中だった。

 

こんなことならまだマシな生活を送るんだった、なんて思っても後の祭りである。

自身の死体を眺めながら、これからどうしようかな、なんて呑気に考えていた。

死んでしまったのならもうしょうがないと割り切るしかない。

問題はこの後どうなるんだろう、という事だ。

天国や地獄があるとしたら其処に行く手段は?

というかあの世があるとして果たしてどうやっていくのかもわからない。

物体をすり抜けたり空中を僅かに漂ったりするくらいは出来るようだが、それくらいだ。

 

「最期に爺と婆の顔でも拝みに行くか……? いや、いいか」

 

父と母は物心つく頃にはいなかった。

父が死に、母は後を追うようにして死んだらしい。

そのせいで父方の爺婆に引き取られたが、針の筵だった。

そう考えるとなんだか開放された気分になってきたかもしれない。

 

「ま、あの世に行くまでテキトーにブラブラ過ごします……か……」

 

ジャラジャラと胸元から延びる鎖を響かせながらのんびりと歩き出そうとして、その歩みが止まった。

 

『オ、マエ……ウマソウ、ダナァ……』

 

何とも不気味な言葉を発する化け物が目の前にいた。

真っ白い骸骨のような仮面を身に着け、胸には大きな空洞が広がっている。

腕の先には指はなく、鋭い剣のようなモノだ。

少なくとも友好的な存在には見えない。

あんなやべー発言を訊いて友好的な存在だと言える奴は病院に行った方がいい。

 

「オレ、ウマクナイ! サヨナラッ!!」

 

ビシッと敬礼をして、踵を返して早足から徐々に速度を上げていく。

後ろからは明らかに追いかけている足音と言うか地ならしがしている。

 

「うおおおおお!? 待て待て待てって! 此奴に喰われたら天国に行けるとかじゃあねえよな!?

あれ喰われたら幽霊としても死ぬパターンだよな!?」

 

彼の問いに答えるものは今此処には存在しなかった。

生きていたころもこれ程全力で走ったことはないだろうと断言できるほどの全速力だった。

道を駆け抜け、狭い道を通ったり何度も曲がったりを繰り返す。

図体がデカい分あの化け物がノロかったのが幸いして、程なくして撒くことが出来た。

 

「はっ……はぁ、くそ、霊体でも息切れとかあんのかよ……」

 

息を整えて汗を拭う。

 

――アレは一体何だったんだ?

 

生前あんな化け物は見たことがない。まったくもって検討が付かなかった。

人語を理解して、幽霊を食べる化け物なんて知るわけがない。

もしかして普段生活しているときからこの町に生息していたのだろうか。

 

だとしたらそんなの怖すぎる。

 

なんてことを考えていた時、青年に声がかかる。

 

「あぁ、見つけた。おい、そこの君」

 

「……ん?」

 

すぐ傍に誰かが降り立った。

真っ黒な着物のような衣服に身を包んだ男性だ。

腰には刀らしき物も見える。

 

「え、コスプレの方?」

 

「……言うと思ったよ。君ぐらいの年頃の子は皆似たような事を言うね」

 

苦笑しながらそういった男性はコスプレではないよ、と一言付け加えた。

 

「君を追っていた虚――仮面を付けた化け物はもう退治したから、安心して構わない」

 

「さっきの化け物、ホロウっていうんスか。あれは……気になりますけど、先ずは助けてくれてありがとうございます」

 

「構わないよ、それが我々死神の役目だからね」

 

死神と男性はそう言った。

そう聞いて頭に思い浮かぶのは、黒いフードで頭を覆い隠し、馬鹿でかい鎌を携えた骸骨の異形。

黒いという共通点はあるものの、自身のイメージとの乖離に首を傾げた。

というよりも、死者である自身の目の前に天使ではなく死神がいるという事は――。

 

「あれですか、俺は地獄に――」

 

「――堕ちない堕ちない。大罪でも犯していない限りそうそうないよ。殺人とかね」

 

恐らく多くの死者に聞かれてきたのだろう。青年の言葉を遮って死神は朗らかに笑った。

 

「さてと……それじゃあ今から魂葬を行って、君を尸魂界に送る。準備はいいかい?」

 

「なんて???」

 

魂葬とソウルソサエティとかの進出単語言われても何も理解が出来ない。

青年が訊き返そうとしたその時、死神はゆっくりと刀を鞘から引き抜いた。

 

「え、ちょっとなんで引き抜くんです?」

 

「大丈夫大丈夫。これで斬るわけじゃない。これから君を尸魂界――つまり、あの世に送るんだ」

 

「マジでこっちは何も知らないんですからね?」

 

死神は刀の柄尻の部分を彼の額に押し付ける。

すると、彼の額には『死生』という文字が刻まれた。

半透明だった身体が足元から完全に消失していく。

 

「ああ、それと一つ嘘があるんだ。地獄にはいかないといったけれど」

 

「いやまって、今この状況でそんな事聞きたくないんですけど」

 

「――籤運によっては、地獄と見間違う地区に行くこともあるんだ。ごめんね」

 

「無し!!!!! 今からそのソウルソサエティとやらに行くのは無しだ!!

俺クジ引きとかでよかった試しねェんだって!」

 

身を捩ろうとしても既に下半身は消失し、上半身を侵食し始めている。

 

「ああっ!! 消えてやがる! 嫌だァ! 死にたくない!!」

 

「いや、もう死んでるからね君。それじゃあ――さようなら」

 

「マジで地獄みたいなところに行ったら化けて出――」

 

最後の台詞の途中で青年の口も消失し、程なく全てが尸魂界へと送られる。

それを見届け、空座町担当の死神は再度見回りを始めるためにその場を離れていった。

 

 

 

 

 

――そうして青年は、尸魂界西流魂街第一地区『潤林安』へと送られる。

 

其処で青年は家としてあてがわれた家で寝そべっていた。

外からは子供たちが遊んでいるのか、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

僅かに腹が減った為、そばに置いておいた果実を手に取り口に含む。

美味いが、何日も同じものを喰えば飽きが来るのが人間だ。

最早栄養補給の為で食事の楽しみなど無い。

 

「カレーとか食べてぇな」

 

喉も少し乾いたが、その為には井戸まで行って水を汲んでこなければならない。

何から何まで自分で用意しなければいけないのが少し面倒だった。

 

流魂街の生活水準は低いと言っていいだろう。

科学のかの字も無く、電気も勿論存在しない。

娯楽だって蹴鞠だとか、簡単なボール遊びだとか、ベーゴマだとかその程度だ。

現代っ子だった青年にとってこれらしかない生活は考えられなかった。

 

本来は働かなくても生きていける筈だが、それは霊力を持たない魂魄だけ。

霊力を持つ魂魄は人間と同じで、流魂街で生きていく為には食事をしなければならない。

此処にすむ大多数の魂魄は食事を必要としていない。

 

つまりそういった飯屋がほぼなく、あったとしても金がかかる。

しっかりとした飯を食べようとすれば結局働かなくてはならなくなり、現世と何も変わらない。

というか現世よりも生活水準が低い分、青年にとってここでの生活は苦痛でしかなかった。

 

そんな時、彼に人生を大きく変える選択肢があった。

 

それは――死神になるという事。

 

瀞霊廷と呼ばれる場所は流魂街よりも文化が発達しており、それなりに娯楽もあるとの事だった。

更には任務の一環で現世に赴くこともあるらしく、時折人として現世で生活する事もあるらしい。

代わりに虚と呼ばれる化け物と戦う可能性もあるらしいが、それを天秤にかけても魅力的な条件だった。

 

死神となり、現世常駐の任務をもぎ取る。

 

その決意を胸に、彼は死神になるべく真央霊術院と呼ばれる死神になる為の学校に通う事を決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死神なんて目指すんじゃなかった、と何度思っただろう。

真央霊術院の卒業を目前にして、俺はこれまでの事を振り返っていた。

霊術院での学校生活がマジでクソだった。

二年間で友達の一人も出来ないとは思わなかったんだけど?

 

結局俺が楽しめる娯楽とかも無いから勉強と鬼道の練習しかしてなかったし。

時折隊長が講師を務めてくれる授業とかも誰も教えてくれなかったし。

死神になれば現世に行けるという事実が無ければ確実に辞めていた。

なんならしょっちゅう現世の自分の部屋で過ごしている夢を幾度となく見るくらいには執着している。

 

いや、過去を振り返るのは辞めよう。

これからは死神としての輝かしい未来が待っている。

霊術院の個室で、俺は二つの封筒を机に置いた。

一つには護廷十三隊それぞれの特色が記載されていたり、隊長や副隊長についての事も書かれている。

もう一つには、自身の所属先が記された任命書だ。

 

これを読み込んで事前に備えておけという事だろう。

どの隊に入るかは大体成績で決まるらしいけど。

 

まあ斬術得意な人が医療専門部隊とか希望したらアレだろうし、妥当と言える。

その中でも俺は結構均等にやってきたから、何処所属なのかマジで分からない。

死神の戦闘方法、通称斬拳走鬼の内拳だけは少し自信無いけど。

刀持ってるのならそりゃそっち優先する。

斬魄刀と呼ばれる刀だが、自分の魂を写し取って固有能力得るらしいし。

カッコいい能力だったら嬉しい。

 

「早く俺も能力――始解出来るようになんねぇかなーっと」

 

呑気に呟いて一枚一枚ザっと流し読みをし、入りたくない隊を除いていく。

そうして残ったのは四、五、八、十、十三の五つ。

正直隊長が規律に厳しそうな所は入りたくない。甘い人がいい。

 

「となると五番が一番無難だよなぁ……」

 

この藍染隊長の顔見た感じすげえ優しそうだし。

教科書の効率的な鍛錬方法とか編み出したのもこの人らしい。

藍染様様である。

 

後この二番隊の人何て読むのこれ。サイフ? サイホウ?

ルビとか振っといてほしい。出会ったとき絶対名前呼べないよ。

 

「ウダウダ言っていても仕方ないか」

 

資料を置き、もう一つの封筒の封を切る。

深呼吸を繰り返し、中身を勢いよく引き抜いた。

幾重にも折り畳まれた紙を開いていく。

 

「…………」

 

最初の卒業を認めること、死神となることを認めることが堅苦しい言葉で連なっている。

それを適当に読み流し、一番最後の文を読み上げた。

 

「――護廷十三隊 十番隊 二十席に任ずる……十か」

 

ガサガサと十番隊の資料を手に取り、確認をする。

 

「隊長が日番谷冬獅郎さんで、副隊長が松本乱菊さん……いや、やっぱデッ――」

 

危ない。下品な単語が口から出そうになった。

いや、仕方なくない? こんな胸元曝け出して強調してたらこうなるよ。

とりあえずは一安心だ。十一とかで任命されてたら発狂していた。

それに一番下とは言え最初から席官入りってのもうれしい。

少なくとも俺は多少は優秀な部類に入るという事だ。

 

明日から正式に死神として働くことになる。

緊張やら期待やらで今日は眠れそうにない。

遠足前の子供みたいに、ワクワクしながら無理やり目を閉じて眠るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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