ギャグで駆け抜けたかった
ギルくんによれば、最近少年達が不審な人物に追いかけられる事態が増えているらしく、気軽に町中を歩けなくなっているようだ。
その不審な人物の狙いが何かわからないことが、余計に不安感を少年達に感じさせているらしい。
少年だけを狙う不審な人物と聞くと、普通に身内の存在が思い浮かんでしまうが、少年達の目撃情報によると、どうやら桜ではないことがわかった。
新たな変態か、それともただの不審者か、どちらであろうと少年達が危険なことには変わりない。
「慎二お兄さんに手伝ってほしいことがあります」
そう切り出したギルくんに「僕にできることなら」と言っておくとギルくんは、にっこりと嬉しそうに笑った。
しかし不審な人物が少年達だけを狙っているということから、僕が囮になることはできないだろうと思っていたら「慎二お兄さんには一旦この薬で若返ってもらって囮になってもらいたいんです」と言って金色の波紋から取り出した薬を渡してきたギルくん。
「ずっと若返る薬もありますが、この薬は一時的なものなので3日間だけ若返ったままが続く薬になります」
「これを飲んで、僕が囮になればいいんだね」
「ええ、そうです。服は僕が用意しますよ慎二お兄さん」
「頼むよギルくん」
ギルくんから渡された薬を飲んだ僕の身体が縮んでいき、小学生くらいの時の僕に若返った僕は、とりあえずギルくんから渡された服を着る。
見るからに活発な少年といったTシャツに半ズボン姿になった僕を見て「これなら不審な人物も油断して寄ってくるでしょう」とギルくんも頷いた。
ギルくんへの連絡用の道具を受け取った僕は、とりあえず囮として冬木の町を一人で歩く少年のフリをしておく。
冬木を一人で練り歩く僕に、着いてくる気配が1つあり、不審者が食いついたと思った僕は、人気のない所に移動して不審者を誘き寄せてみることにした。
気配が急接近してきて、素早く此方に近付いて来る。
「お姉さんと遊びましょう!そう!具体的には、お医者さんごっこで!私が患者さんです!」
そう言いながら突撃してきたのは義理の妹の桜だった。
とりあえず桜の顔面にパンチした僕は悪くないと思う。
「グッハァ!こ、この世界を余裕で狙えるパンチと容赦の無さは兄さん!」
「判別方法それ以外にもあるだろ桜。お前は僕の小学生時代を見たことあるだろうが」
「いやもう、見事な半ズボンと美ショタな容姿に辛抱たまらなくなりまして、あんまり頭が回ってませんでした」
「うん、お前はお前で危険だね」
「何でですか兄さん!」
いつものように僕と桜がそんなやり取りをしていると、僕達の周囲が霧に包まれていく。
魔術的なものを感じさせるその霧に乗じて、桜へと飛んできた投げナイフを弾き飛ばす。
「兄さん!これは!」
「どうやらお出ましらしいよ」
僕の言葉に応じるかのように霧から現れたのは、長身の女性。
魔術師であるらしいその女性は優雅に僕に笑いかけると「直ぐに邪魔者は排除するから」と言って桜を睨みつける。
血腥い女性は魔術師としても普通ではないことは確かだ。
身構える桜を背後に庇い、前に出た僕へと喜悦に満ちた顔を見せる女魔術師。
「ああ、とても良い顔ね。いつ見ても良い顔!その顔が悲痛に歪む時が楽しみだわ!早く早く斬り刻んで涙を舐めて、舌を吸いたくてたまらない!この町に来てからは1度も愉しめてないの!」
女性の言動から察するに冬木以外で既に少年が犠牲になっていることは明確だ。
恐らく犠牲になった少年達は殺されているということもわかってしまった。
だから僕は、この相手に容赦をすることはない。
「必要になるだろうし、名前を聞かせてもらえるかな」
そう言った僕に、不思議そうな顔をしながらも「セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアよ坊や」と答えた女魔術師。
「必要になるってどういうことかしら」
「お前は、死ぬから、墓には名前が必要だろ」
「何を言って」
僕は腰近辺に2門の噴射口を形成し、体内からガスを高速で噴射させて、凄まじい勢いで直線移動を行うメダカハネカクシの能力を使い、セレニケの眼前に瞬時に移動する。
それから両手の平に形成したガス噴射口から、ミイデラゴミムシの能力で、噴射された過酸化水素とハイドロキノンは、高温ガスであるペンゾキノンとなった。
至近距離でペンゾキノンの噴射を受けたセレニケの胸部には拳大の貫通傷ができて、一撃で絶命したセレニケ。
僕は、とりあえずギルくんとお祖父様に連絡しておくことにして、殺したセレニケの死体が人目につかないように桜に魔術で人払いしてもらう。
その間、いつもうるさい桜は珍しく静かにしていた。
お祖父様とギルくんに後始末を頼み、桜と一緒に歩く帰り道。
「兄さんが本気で怒ったのを久しぶりに見た気がします」
「うん、まあ、許せない相手だったからね」
「誰かの為にこそ、兄さんは本気で怒るんですよね」
「そうかな」
「そうですよ」
僕にそう言いながら笑いかけた桜は、いつもより落ち着いているように見える。
「それはそうと兄さん」
「なんだい桜」
「たまには兄妹としてのスキンシップとかどうですか!具体的には、そう!兄さんの膝枕に私が座って抱き締める形で!」
「ちょっと落ち着いてるかと思ったら、直ぐにそういう空気にするのは止めてくれないかな!」
どうやら桜は平常運転だったらしい。
まあ、桜があんな犯罪者と一緒じゃなくて良かったと思わなくもないが、本人に言うと調子に乗りそうだから黙っておこう。