聖杯が全て藤丸さんに回収されて消えるかと思っていた記憶は、僕の中に確かに残っていたようだ。
全てが無かったことになっている冬木は平穏を取り戻している。
一部の変態だけが頭のおかしい冬木が戻ってきた。
結局変態が居ることに変わりがないのがなんとも言えないが、冬木の女性全員がヤベー奴だったあの冬木よりは多分マシだろう。
冬木があんな状態になっていたのは葵さんが原因だったが、その葵さん自体が正気では無かった理由は、葵さん以外の何者かによるものだ。
誰かが何らかの目的を持って行動していたことは間違いない。
その誰かが判明していないことが問題だが、いつまでもこのことだけを考えていても仕方がないので、考えを切り替えた僕は今日も大学へと向かっていく。
殺生院さんと大学で会話をしているとちょっとアレな感じな平行世界の殺生院さんを思い出してしまった。
完全に別人だと思うほど性格も雰囲気も違っていた平行世界の殺生院さんは、何故サーヴァントになったのだろう。
どうしてかはわからないが、ろくでもない理由のような気がする。
ただの勘だが、当たっていそうで嫌だ。
なんてことを思っていたりもしながら過ごしていった大学での時間も終わり、帰る時が来た。
殺生院さんと一緒に帰宅していると視線を感じたが、観察しているような視線であり特に悪意は感じない。
そしてその観察するかのような視線は殺生院さんに集中していることは確かだ。
このまま殺生院さんを一人だけで帰らせるのは危険かもしれないと判断した僕は、適当な理由をつけて殺生院さんを彼女が住んでいるマンションまで送っていくことにした。
間違いなく一緒に着いてくる視線は殺生院さんに集中していて、全く途切れることはない。
殺生院さんがマンションに入るまで視線を感じたが、彼女がマンションに入ってからは視線を感じなくなったので、着いてきたのはマンションまでのようだ。
マンションに殺生院さんを送り届けた僕もアパートに帰ろうと思って帰っている途中で現れたのは、平行世界のサーヴァントの殺生院さんだった。
「少々長くお話ししませんか」
そう言ってきたサーヴァントの殺生院さんは、僕と話したいことがあるらしい。
「長話になるなら僕のアパートに来ませんか?お茶と茶菓子も用意しますよ」
提案してみた僕に微笑んだサーヴァントの殺生院さん。
「私を部屋に連れ込んで、あんなことやこんなことやそんなことをするおつもりですね。殿方の劣情を鎮めるのも女の務めでしょう。ばっちこいです!」
「何もしませんが!」
やっぱりアレな感じなサーヴァントの殺生院さんは格上の変態という感じがしたが、変態の相手には慣れているので、僕の精神的なダメージは少なくて済んだ。
アパートの僕の部屋に移動してサーヴァントの殺生院さんと卓袱台に向かい合って座ると、会話を開始していく。
「この世界の私は、私に至ることはないでしょう」
「サーヴァントになることはないということですか?」
「ええ、そうです。少し試してみましたが、耐えきる精神力がありました」
「試したとは、まさか」
「ええ、聖杯を冬木に運び、遠坂葵の思考を誘導したのは私です」
「冬木がおかしくなったのは、貴女が意図的に引き起こしたことだったということですか。この世界の殺生院さんを試す為に」
「私が直接手を出すと世界に目をつけられてしまいますから、間接的に手を加えるだけにしました。面白い場所ができていたので少々お邪魔もしてみましたが」
「ああ、だからあんな場所で、受付をやっていたんですね」
「禁欲ばかりをしていたので少しだけ発散してみましたが、溜まっていたので凄く気持ち良かったですよ」
「そういう感想は言わなくていいですからね!」
話が妙な方向に向かいそうになっていたが、何とか軌道を修正して話を元に戻す。
「それで、この世界の殺生院さんを試すだけが目的だったんですか貴女は」
「いえ、それ以外にも目的は勿論ありましたよ」
「その別の目的とは何ですか」
「それは貴方ですよ。貴方にカルデアと縁を結んでもらいたかったのです」
「僕をカルデアに召喚する為、ということでしょうか」
「その通りです。貴方には是非ともカルデアに来てほしいと思いまして」
「もしかして、僕が作ったおはぎを気に入りましたか」
「ええ、とても美味しいおはぎでした。また食べたいと、我慢できないほどの思いが募るくらいに」
「そこまで、気に入ってもらえたのは嬉しいですけど」
「貴方以外では満足できない身体にされてしまいました。責任を取ってくださらないと困ります」
「その言い方は誤解されますから止めてくださいね!」
おはぎを気に入っているだけとは思えないような言い方に、やっぱりこの人は、かなりアレだなと思わなくもない。
「聖杯を用意して、特異点を作る原因になった一因に僕のおはぎがあるのはわかりましたが、僕が作ったおはぎを貴方が初めて食べたのはいつですか?」
「お邪魔しているカルデアで貴方が作ったおはぎを初めて食べましたね」
「サーヴァントは時間の概念に囚われないんでしたね。貴女は未来から過去にやってきたということになる。僕がカルデアに呼び出されることになる未来が、今回の件で確定したということですか」
「ええ、これで貴方はカルデア行きです」
嬉しそうに微笑んだ平行世界のサーヴァントの殺生院さんは、望んだ通りに目的を達成できて喜んでいるようだった。
「それでは私は、これで失礼します」
「今日殺生院さんを見ていたのは貴女ですよね」
「やはり貴方にはバレていましたか、そうですよ」
「何故見ていたんですか?」
「この世界の私が、普段はどんな顔をしているのかが気になったのです。貴方と一緒に居る時に、あんな顔をしているとは思いませんでしたが」
「どんな顔ですか、僕にはいつも通りに見えましたが」
「貴方と居る時の、この世界の私は、とても幸せそうな顔をしていましたよ。まるで恋する乙女のような」
「恋する乙女、ですか」
「あんな顔をしているようでは、私に至ることはないでしょう」
「それは喜んだ方が良いことなんでしょうね」
「では、私は、これで」
「ああ、ちょっと」
「なんでしょうか」
「とりあえず一発喰らっといてくださいね」
サーヴァントの殺生院さんの肩を掴んで吹き飛ばないようにしてから、腹部にパンチを叩き込む。
「ぐふぅっ!いきなり腹部をこのように荒々しく突かれるとは、私昂ってしまいます」
「結構力入れたんですけど、そんなこと言えるあたり余裕がありますね。あの騒動が起こった元凶を見つけたらぶん殴ると決めていたんで、ぶん殴りました。もう気が済んだんで帰っていいですよ」
「何てぞんざいな扱い!私興奮が止まりません!」
ハァハァと息を荒げて興奮している様子である平行世界のサーヴァントの殺生院さん。
この人は何しても喜びそうだなと思ったので、放置して買い物に行くことにした僕は、サーヴァントの殺生院さんを置いて買い物に向かう。
帰ってきた頃には、殺生院さんの姿は無かった。
何かカルデアに居る僕が絡まれているような気がしたが、未来のことなので今の僕には関係ない。
頑張れ、未来の僕。
その変態は、きっと面倒だ。