顔面種族値600族の幼馴染に尻を狙われている 作:Mamama
返信はしていませんが、全て大事に読ませてもらっていますので、これからも応援お願いいたします。
「……そういえば」
俺の上司となったアオキさんがお握りを咀嚼し終えた時、思い出したかのように言った。
「明日、訪問予定の企業のアポイントは大丈夫ですか?」
「少々お待ちください」
俺は持っていた箸を置き、ビジネスバッグから手帳を取り出して明日の予定を確認していく。元々手帳を使う習慣はなかったが、それも一月も経てば慣れてきた。
「はい、4社とも問題ありません。終日私も同行する予定だったのですが―――」
「確か、午後からポケモンスクールの方に呼ばれていたのですか。……午後はプレゼンがありますので、後で人数分の資料を準備しておいてください」
「かしこまりました」
明日の午後はアオキさんと別れてポケモンスクールに滞在の予定だ。
宝探しではパルテア地方を旅する生徒も多い。それなり以上の年齢であればどうにかなるかもしれないが、生徒の中には子供も多い。野外生活を行うこともあるため、心構えや注意するポイントを特別講義を不定期の形で教鞭を取っているのだ。彼方此方の地方を放浪しまくっていた俺だから喋るネタも豊富にあり、生徒達の反応も悪くないから俺にとっても楽しみな時間になりつつある。
「そういえばプロジェクターは使わないのですか?」
「……実は最近、どうにも調子が悪く」
「今日の午後はジムリーダーのシフトですよね? 私の手が空きますので修理店に持っていきます。一応、書類の準備も並行して進めておきますので」
「ああ、ではそれでお願いします。それと―――」
「食事時にやめーや社畜共。飯が不味くなるわ」
実にサラリーマンらしい話をしている中、割り込んできたのはチリだ。日替わり定食が盛られたトレイを手に持っている。チャンプルタウンに態々行き来するのも面倒だろうに、俺の監視の為かこうして宝食堂で一緒に飯を食う機会が増えている。
俺の隣に腰を下ろし、じぃっと横目で俺を睨むように見る。
「……自分、社畜に染まり過ぎやろ。少し前の小汚い恰好のキシはどこに行ったんや」
「アオキさんと企業訪問に同行する機会も増えましたので、それなりの恰好をしないといけないでしょう?」
今の俺はスーツ姿だ。それもだらしない着こなしではなく、シャツはキチンとアイロンをかけているしネクタイだって締めている。誰が見ても若手のサラリーマンの風体だ。
正直、堅苦しい恰好は好みじゃないがアオキさんがキチンとした身なりをしている以上、俺も適当な格好でいるわけにはいかない。
「その他人行儀な喋り方もイラつくから止めや。ちょっと見ない内になんでアオキが二人に増えとるねん」
そりゃチリが四天王だからだ。直属の上司ではないとはいえ今となっては俺も組織に属する身だ。であればそれ相応の態度が求められるのは当然だろう。
俺が懇切丁寧に説明するとチリは溜息を吐いて、今度はアオキさんを睨み始めた。
「……食事中ですし、自分もそこまでは求めません」
「分かりました」
「アオキの言う事は素直に聞くんかい」
機嫌が悪そうなチリは行儀悪く俺が手を付けようとしていた定食の唐揚げをあっという間にかっさらって美味しそうに頬ばった。
「あッ! てめ、俺の唐揚げを!」
「チリちゃんとご飯を一緒に食える栄誉の代金や。安いもんやろ」
「いや、そういうのはアオキさんで間に合ってるし」
「アオキィ……!」
アオキさんを睨むのを止めろよ、チリ。お前よりベテランで多くのタスクをこなすエリート社会人だぞ。お前が凄いのは理解しているが、アオキさんはそれ以上に凄い人だと理解すべきだ。
いや、それを理解しているから敵視しているのか?
「……自分は午後の準備をしてきます。ごゆっくり」
「あ、なら私も」
「まだ休憩時間やろうが。チリちゃんと飯は食えんのか? ん?」
アオキさんは逃げるようにそそくさとその場を離れ、俺は追随しようとしたところチリに右手を強く掴まれて強引に座らされた。
それから暫く、俺達はもそもそと一言も喋ることなく食事を勧めていたが、チリがぽつりと言葉を発する。あまりに小さい声で、俺には聞き取れなかった。
「悪い、なんて?」
「……自分の次の休みはいつかって聞いとるんや。折角パルデアに来てるんや、チャンプルタウンがエエとこなのは知っとるけど、他にも案内出来るスポットは色々あるで?」
「んー、ちょっと待ってくれ」
俺は手帳を再び開いて自分の予定を確認する。びっしりと書き込まれた手帳は全面がインクの黒で埋められていて、隙間を探すことが困難だ。
「……やす、み?」
「オモダカさんから聞いたで。自分、なんでそんな受けなくても良い仕事までホイホイ受けるねん。適当にやれとは言わんけど、ほどほどにしときや」
「金払いが良いし……ポケモンスクールの講師は他に手当も出るし」
「その為に身体壊したら意味ないやろうが。……ちょっと細くなったやろ? ちゃんと飯食っとるんか?」
元々俺は腹が減ったら飯を食うというどう考えても不健康なサイクルを繰り返していた。
人里離れた場所を旅することもあったから、その影響だろう。
こうやって規則正しく生活するようになったものの、食生活までは未だ改善出来ていない。
腹が減ったからといって、業務中におにぎりを摘まむわけにもいかない。
「実のところあんまり。自炊も殆どしてないし、疲れて飯を食うのも億劫なんだよな」
今の俺の住まいは社宅だ。ちゃんとキッチンはあるのだが、殆ど使っていない。
最近はようやく仕事に慣れてきたのか、家に帰っても家事をするくらいの元気はあるがチャンプルタウンの美味い食事に慣れた舌は、俺のガサツな男料理では満足しないだろう。
そんな俺の現状を聞いてチリは溜息を吐いた。
「……あんなぁ、そら宝食堂の飯は美味いで? でも毎度毎度外食で済ませとったらアカンやろ」
「そもそも自分のキッチンで料理をするって感覚がなぁ。一か月も定住することが久しぶり過ぎて勝手が分からないんだよ」
「サバイバルに慣れすぎた弊害やな。というかこれまでそんな生活を送ってきたことに驚きや」
「掃除する習慣とかもなくってさ。……知ってるか、チリ。部屋って掃除しないと汚れていくんだぜ」
「当たり前のことをキメ顔で言うなや……なんやったら掃除手伝ったろか? それに自炊もしとるし、マトモなもん食わせたるで?」
「む……」
チリの提案に一瞬俺のなけなしの自尊心が反対の声を上げたが、それはすぐに収まる。チリの前で格好をつけてもしょうがない。そんなものはパルデア初日にボコボコにされたあたりで消失しているのだから。
「じゃあ頼むわ」
だから俺は特に深いことを考えずにチリの提案を受け入れた。
「今度の週末で良いか? 折角会ったってのにまともに一緒に飯も食いに行ってないしな。食材任せても良いか? 金は後で返すから。酒はこっちで適当に買ってくるわ」
「な、なんや自分、乗り気やないか。そんなに楽しみなんか?」
「顔合わせる機会はあるけど、ゆっくりしてられなかったからな。偶にはそういうのも良いだろ、近況報告も兼ねてさ」
―――なんて、なにも考えず安易にそんなことを言っていた自分を殴ってやりたい。
晩酌ついでに酒を買い込んできたのが悪かったのか。
昔の話やらで盛り上がる中、酒は進んだ。チリだって自分の許容量ぐらい分かっていただろうに、それを越えてしまったんだ。
酒は人の本性を表すなんて言われるが、それは本当のことだった。
あんな深酒をしなければこんな変な思いをすることもなかったんだ。
誰しも他人に言えない秘密の一つや二つは抱え込んでいるものだ。俺だって誰にも暴かれたくない黒歴史ぐらい持っている。
でもチリの秘密は、暴かれるべきではなかった。
だってそうだろ。その秘密が暴かれることがなければ少なくとも俺とチリはこれまでと同じ関係でいられたんだから。
……いや、それは俺の都合だけか。
或いはチリにとっては、そうではなかったのかもしれない。
いずれにせよ、時間が解決してくれるなんて楽観的な思考は持つべきではないし、持ってはならない。それはチリに対して非常に礼儀を欠く行いだからだ。
酒が入っていて前後不覚だったからチリだって記憶に残っていない、なんて思考に陥るのは真っ先に唾棄するものだ。
ああ、でもこんなことになるなんて本当に思ってもいなかったよ。
「……」
折角の食事時だ。社会人として英気を養う大切な時間はずだが、あまり食欲が湧かない。腹は空いているはずなのにイマイチ食欲が湧かないのだ。
「どうか、しましたか?」
対面のアオキさんは気遣うように俺に言う。
「今日は、朝から調子が悪いようですが。……疲労、ですか?」
「いやいや、大丈夫ですよ」
「からげんきは、困ります。仕事に慣れて来たころが、一番怖い」
「いや、ちゃんと定時で帰れてますし、疲れってわけじゃないですよ」
「……では、何か困りごとですか?」
「あー、まぁ」
俺は迷った。正直に言って俺一人では事態を好転されるのは難しい。このような状況、普通に考えれば誰かを頼るべきだろう。しかし、如何せんデリケートな問題だ。チリの尊厳を壊しかねない。
「……アオキさん、相談しても良いですか?」
「部下の相談を聞くのも、上司の仕事です。どうぞ」
迷った挙句、俺はアオキさんを頼ることにした。パルデアに来て一月の俺にとってチリ以外でアオキさん以上に頼りになる人はいない。
他言無用でお願いします、と念押しするとアオキさんもいつもより気持ち表情が引き締まる。
「……チリのことなんです。その、昨日家でアイツと一緒に飯食ってたんですよ。で、結構酒も入りまして」
「はい」
事が事だ。俺は小声で話し始め、アオキさんは相槌を打って俺に続きを促す。
「その、酒の弾みなんですかね。告白まがいなこと言われまして。それで、どうしたら良いもんかと」
言葉を濁すように言ったが、あれはどう考えても告白そのものだった。ふざけ半分ではなく、かなり本気の。だからこそ、俺はこうして困っているのだ。同性愛を否定するわけではないが、俺はストレートだ。
「それで、困っていると?」
「気持ちは嬉しいんですよ。あんな凄いヤツに好かれるなんて。ただ、俺はどうしてもそういう相手として見れなくて」
ホント、なんで俺なんだよ。
チリの社会的ステータスや顔の良さを考えればもっと良い物件なんて幾らでもあるだろうに。
「……幼馴染だから、ということでしょうか」
「いえ、多分幼馴染であることはあんまり関係ないと思います」
幼馴染と言っても、付き合いの長さで言えばそこまで長くない。それどころか俺の人生においてはチリと関係ないことの方が長いくらいだ。
「であれば……その、言いづらいですが身体の特徴ですか? こう、凹凸というか」
「あー、まぁそういうのもありますが、それだけで判断してるわけじゃないですよ」
デカけりゃ良いわけじゃないが、そりゃ俺だって巨乳の方が好みだ。ただ、前提が間違っている。俺は男で恋愛対象としては普通に女性だ。
チリが巨乳であったとしてもそれは柔らかくない筋肉の塊であって、そこに俺の心が揺り動かされることはない。
「……成程。では、どの部分が駄目か伺っても?」
「その部分と言われても。……まぁ性別ですかねぇ」
「!?」
何故かアオキさんは酷く狼狽した様子で身体を震わせた。
「身体の特徴も大事ですけど、やっぱりまずは性別の問題をクリアしないと困るというか」
「……そ、そうですか。いえ、確かにその、同性愛というのは中々難しいものですね。勿論、自分は否定しませんが……」
「自分から言っておいてなんですが、デリケートな問題ですね。……チリも普通に女の子と付き合えば良いと思うんですけど」
「!?」
「ど、どうしました? さっきから、なんか様子が」
「い、いえ。なんでもありません。……その、普通に女の子と付き合えば良い、とは?」
「え? だってチリのヤツ、オモダカさんの事も好きですよね?」
「!?」
なんだろう、さっきからアオキさん驚きすきじゃなかろうか。
もしかすると、アオキさんはチリがオモダカさんの事を好いていると知らなかったのかもしれない。
思い出すのはパルデア初日、チリとバトルをした後の記憶だ。俺とオモダカさんが会話しているだけで何やらチリが不機嫌になっていたから、俺はそういう事だと思っていたのだが。
……あれはもしかして俺ではなく、オモダカさんの方に嫉妬していたのか?
いや、だが昨日の会話でチリは確かにオモダカさんの事も好きだと言っていたはずだ。
「……普通ですか。普通とは、難しいものですね」
「そうですね」
アオキさんの言う通りだ。普通ってものは中々難しいものだと痛感する。
当然、普通でないことが悪いわけじゃない。其処の辺りは個人の考えや価値観に寄るだろう。
「それで、アオキさん。俺はどうすれば良いでしょう。別にチリの事は嫌いじゃないですが、アイツの気持ちに答えることは出来ません。なんとか穏便に片づけることは出来ないでしょうか。アオキさんは人生経験が豊富そうなので、何かアドバイスをいただけたら」
「確かに……自分も、それなりに生きています。受け入れることも拒否したことも経験はありますが……」
「!?」
今度は俺が驚く番だった。
ま、まさか……受け入れたことがあるのか?
アオキさんがそちらの方でも豪の者であったとは。
いや、大きな衝撃を受けたが、そんなことでアオキさんに対する敬意が無くなったりはしない。
「ど、どうすれば良いでしょう?」
「どのような結論に至ったとしても、誠実であるべきです。……告白とは、大きな勇気が必要なものです。その勇気に向き合ってください」
「……そうですよね、上手い話なんてないですよね。真っすぐぶつかっていかないと、駄目なんですよね」
アオキさんのアドバイスはごく一般的なものだった。しかし、確かに今の俺にはそれが必要なのだろう。チリは俺に告白してきた。酒の力があったとはいえ、そこには恐らく、葛藤なんかもあったはずだ。それでも、と思い勇気を出したチリの行動は決して蔑ろにされるものではないはずだ。
俺もまた、勇気を出して誠実に対応しなければならない。
例え、これまでの関係が壊れることになっても、だ。
なんとかその日の業務を終え、仕事帰りに俺はチリに連絡を試みた。
しかし、いつもならすぐに応答があるはずなのにその日からチリとまったく連絡がつかなくなった。
【キシ】
フリーターから社畜にジョブチェンジした。
社畜の適正が高いというよりは状況に流されるのが得意。
マルチタスクをこなす上司のアオキを尊敬している。
その敬意は、アオキが両刀使いであっても揺るがない。
幼馴染がホモだと知って絶望しているが、流石にそろそろ気づく。
【チリ】
ちょっとずつ距離を詰めようと思ったが、仕事の鬼と化したキシと一緒にいる時間が取れずに苛々が募っている。その苛々は大体アオキに対して向けられている。
酒が入ってやらかした。
その時の状況は次話。
【アオキ】
最初は面倒がっていたものの、気遣いが出来て慕ってくれる後輩が出来て喜んでいた。最近はキシが後ろに立つと落ち着かなくなる。
なんとなくキシとチリの状況を把握していたものの、キシの話を聞いて混乱している。
【オモダカ】
安いガチャを引いたら都合の良い労働力が出てきてご満悦。
チリに先輩としてアドバイスを送りつつ、成り行きを見守っている。
【宝食堂】
どこで噂を嗅ぎつけたか、ノーマルタイプのジムなのにノーマルじゃない連中が集結しつつある。