顔面種族値600族の幼馴染に尻を狙われている   作:Mamama

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「すみませんね、態々案内いただいて」

「良いんですよぉ。丁度ぼくも手が空いていましたしねぇ」

 

 今からひと月前の話だ。俺はアカデミーの校内を歩いていた。

 

アカデミーにおける俺の立場は部外者と非常勤講師の中間という実に曖昧なものだ。

オモダカさんの謎のゴリ押しによって講師陣に名を連ねることになったものの、アオキさんの手伝いをしている都合上、毎日のようにアカデミーを訪れるわけにはいかない。

不定期で、単位数も稼げないぽっと出の野郎の授業を受けたいなんて好事家が果たしているのか―――などと当初は考えていたものの、意外にも評判は悪くない。

根無し草を極めてポジティブに変換すると様々な地域に訪れた経験が豊富ということで、失敗談も絡めた俺のトークはそれなりに評判が良い。

 

幼い子供だけではなく人生経験を重ね、鋭い考察を行う年配の方も参加するから、俺もそれなりに準備が必要になるのだが、その手間も今の俺には楽しい時間になりつつある。

放浪癖持ちの俺が曲がりなりにもアカデミーの講師になり、なおかつそこに喜びを見出しているのは我がことながら驚きだ。

 

そして、俺が非常勤講師となったことで思わぬ副産物を得ることになる。人と人のつながりだ。

 

「……え、俺も授業に参加していいんですか?」

「ええ、そうしないとキシさんも勝手が分からないでしょうからねぇ」

 

 デカい黒縁フレームがトレードマークのジニアさんはゆるっと答えた。

俺が初めて学校を訪れ、ジニアさんに学内を案内されつつ廊下歩いて雑談した際のことだ。

 

「助かりますよ。勢いで非常勤講師なんて引き受けたのはいいものの、どうしようかと思ってたところですから」

 

 当時の俺としては非常にありがたい配慮だった。俺には大した学はないし教師なんて近所のクソガキの家庭教師くらいだ。オモダカさんの圧力と金銭の暴力に負けた俺も俺だが、今更ながらそんな仕事をしれっと提案してきたオモダカさんの正気を疑うほどである。

 

とはいえだ。経緯はともかくとして受けた仕事である以上、適当にこなすわけにはいかない。

それにどの程度俺のことが周知されているかは知らないが、オモダカさんの顔に泥を塗ることににもなりかねない。

そんなわけで仕事終わりに頭を悩ませていたから、ジニアさんの提案は渡りに船だった。

 

「ははは、そうですよねぇ。ぼくも初めて授業をした時は緊張しましたよ。パルデアのシステムは独特で、授業に参加するのはポケモンスクールみたいに初心者の子供達ばかりではありませんからね」

 

 いやぁ、懐かしいなぁと頭を掻くジニアさん。

 

「ジニアさんは生物担当なんでしたっけ?」

「そうですよぉ。基礎的なことはもちろん、色違いのポケモンの発生確率やフォルムチェンジとか解説することもありますねぇ。……ぼくが担当する生物以外にも美術に歴史に家庭科、他にも色々授業がありますから、エントランスで授業登録ができますからキシさんが興味のある授業を受講してくださいねぇ」

 

 午前中にアカデミー内を見学しつつ、休憩も兼ねてジニアさんと別れた俺は適当にアカデミー内をうろついていた。考えるのは俺が受講する授業のこと。

ジニアさん曰く、『皆さん素晴らしい方ですから自分の好みで決めて良い』らしい。

そこにそこはかとない自負の香りを感じて、俺は感嘆したものだ。

 

「しっかしどうするかね。授業、授業ねぇ」

 

 美術はないかな、と思った。俺に絵心はないし絵画を理解する眼もない。だが美術の担当講師はチリと同じ四天王であると聞くし、そういった意味では興味はある。

どの授業も一定の関心があり、俺は迷っていた。

故に決め手はなく、あるとしたら自らのインスピレーションだけだろう。だが残念なことに俺の直感は何も言ってくれない。

 

そこで俺とすれ違うように少年達の集団が通り過ぎる。

 

「―――意外と家庭科楽しかったよな。ちょっとイメージと違ったけど」

「まあな、なんか先生怖そうな感じだったけど教え方は丁寧だったし」

「えー、あのクールな感じ俺は好きだけどな」

「でもさー、あれだよな。まずは身体だよな」

「凄い身体だったよな」

「エプロン越しにあれだけ分かるとかどんだけって感じだよな」

「!!」

 

 俺は咄嗟に少年達を呼び止めそうになった。

いや、違う。別にその話に興味があるわけではなく、そんな話を学内とはいえ往来でするなという注意の意味でだ。思春期を迎える少年らしい会話といえばそうだが、流石にそれはまずかろう。

俺が声をかけようか迷っているうちに少年達はどこかに行ってしまった。

残されるのは中途半端に手を伸ばした格好の俺だけだ。

 

先ほどの少年くらいの歳であればそういった思春期らしい感性はある意味健全で決して咎められるものではないであろう。

当然俺のような成熟した人間はそのような外見や容姿で判断することはない。故に俺が家庭科の授業を選択するのはその実利に即した有用性故だ。

ガサツな男料理しか出来ない俺が料理を学ぶ意義は十分にあるし、旅先で裁縫の技術が必要になるシーンはこれまでにも幾度とあった。

成程、そう考えると俺が家庭科を受講するのは至って普通のことだ。

そもそもオモダカさんやクラベル学長、ジニアさんが気を利かせてくれたというのに、そんな下心で決めるなど不純極まりない。当然のことである。

そして授業を受けるという貴重な機会を自らの糧とするため講師の情報を事前に収集するのも、また当然のことだ。

 

「―――へぇ、キシさんは家庭科にするんですねぇ。良いと思いますよぉ」

 

午後、ジニアさんと再び合流した俺は念のため知識の補強をすべく、話を振る。

 

「それで、どういう方なんでしょうか。一応、授業前に人となりを知っておきたいと思いまして。クールな方、というのは風の噂で聞いたのですが」

「キシさんは真面目ですねぇ。……確かに、サワロ先生はクールなところもありますねぇ。ただ、気難しい方というわけでは全くありませんし、むしろ接したことがある僕からすればとても優しいという印象が強いですねぇ」

「成程」

「後は……そうですねぇ、僕も偶然見てしまったんですが……」

 

 シニアさんは耳打ちするように言う。

 

「意外と、可愛いものが好きだったりしますねぇ。……これ、僕から聞いたことは内緒にしてくださいね」

 

 最高かよ、という台詞を俺は必死に飲み込んだ。

そして俺は最も重要な事柄を周囲に気を使いつつ、恐る恐る確認する。

 

「……その、他意はないんですよ。ただこれも噂で聞いたもので一応聞いておきたいんですが」

「はぁ、なんでしょうか」

「その……結構凄い身体をしているとか」

「あぁ、そうですねぇ。それは確かに」

 

 ジニアさんはなんてことないかのように言って俺は静かに驚愕した。

ふにゃっとしたような捉えどころがない性格だと思っていたのだが、そこは流石に成人男性ということだろうか。下品な話の振りを気にした素振りもない。

 

「僕も初めてお会いした時はちょっと注目してしまいましねぇ」

「そ、そこまでですか」

「ええ、実際に触らせてもらったんですが―――」

「ちょっと待って」

 

 驚愕のあまり俺は敬語が抜け、顔面を手で覆った。

 

「え、え? さ、触ったんですか? マジで!?」

「え? えぇ、まぁ」

「なんというか……それはあまりよろしくないのでは?」

 

 よろしくないどころか明確に犯罪なのだが、流石にストレートにいうわけにはいかず、迂遠な表現で誤魔化した。大丈夫? この学校、性犯罪の温床と化してない?

 

「そ、そうですかぁ? 確かにちょっとサワロ先生も恥ずかしそうな感じでしたが、快く許可しくれましたよ」

 

 ごくり、と生唾を飲み込む。

 

「ほ、本当の話なんですね。……俺も頼めば触らせてくれますかね」

「うーん、どうでしょうか。邪険にされないとは思いますが」

「……」

 

 俺はちょっと前かがみになった。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、俺は隙間時間を縫い授業に参加することになった。

 

無数に配置されている机の最前列、教壇の目の前の席を確保した俺は今か今かとチャイムの音を待つ。

 

そして、その時が来る。

 

ガラッ。

 

「……」

「―――ワガハイはサワロ。この時間では生きていくうえで必要な知識、技能を学んでもらう。この中には―――うん? そこの君、大丈夫かね? 何故捨てられたパピモッチのような顔をしているのだ?」

「イエ、ダイジョウブデス」

「そ、そうかね? ……まぁ良い。体調が悪くなったらすぐワガハイに言うように。では、授業を始めよう」

「……」

 

 ―――嗚呼、神よ。

何故、私にこのような試練を課したのですか。

 

なんとも形容し難い始まりだったのだが、授業そのものは有意だったと思う。

まだ初回ということもあってガイダンス染みたものではあったが、授業の進め方や口調といった講義の骨子となる部分においては参考になった―――ということを俺は未だ痺れる脳みそで他人事のように思っていた。

 

ゾンビ染みた動きで立ち上がった俺は教室を後にしようとしたが、それを件のサワロ先生に止められ、教室に残ることになる。

 

「……さて、すまぬな。態々残ってもらって」

「……いえ」

「キシさん、で合っているな? 体調の方は問題ないかね? 始終暗い顔付きをしていおったのでな」

「いえ、お気遣いいただき、ありがとうございます」

「で、あれば良いのだが。君のことはジニア先生から聞いている。数ある中でワガハイの授業を受講してくれたことは光栄だ」

 

 硬い相貌を少しだけ崩し、サワロ先生は続ける。

 

「ジニア先生から聞いたのだがな、授業前にワガハイの人となりを調べていたようだな。それに授業においても最前列を確保する。……うむ、その姿勢は一教師としてとても喜ばしい」

 

 俺は違う意味で体調が悪化しそうになった。主に罪悪感という意味で。

 

「幸い、今のワガハイはそこまで多忙というわけではない。キシさん……いや、キシ先生の授業前まで模擬演習の生徒役として付き合おうではないか。……うむ、そうしよう!」

 

 拒否なんて出来るわけない。純度100%の好意に俺の腐った感情は浄化されそうになった俺は自己嫌悪と劣等感の渦に叩きこまれて辛うじて頷くことしかできなかった。

 

―――今、目の前で生徒に混じって俺の授業を受けているサワロ先生がいるのはそういった理由の延長だ。

 

 

 

 

 

 

 

「すみませんね、態々実際の授業に来ていただくなんて……」

「いやいや、ワガハイも興味があったし実に勉強になった。異なる地方に行けば文化や風習も異なるもの。この歳になっても新たな知識を得るというのは心地よいものなのだよ」

 

 授業が終わり、俺とサワロ先生は学校内の廊下を歩いていた。

このサワロ先生、確かに強面なのだが中身は純然たる善人だ。第一印象こそアレだったものの、俺のことを気にかけてくれ、隙間時間を縫って実際の授業にも参加してくれる。

まだ付き合いとしては短い時間のはずだが、俺の中ではアオキさんに次ぐ信頼できる人という位置づけまで来ている。

 

「―――おや、君は……」

 

 先ほどの授業の振り返りをしつつ歩いていると逆方向から金髪の男性が立ち止まり、俺のことを繁々と眺めた。

 

「ハッサク先生。どうされましたかな?」

「む、失礼。実は先ほどチリやアオキからキシ先生の話が出ていたものですから、つい。以前顔合わせはしましたが改めて……小生はハッサク。美術の担当で四天王でもあります。よろしくお願いしますよ」

「こちらこそ。……ええと、アオキさんやチリはなんと?」

「いやいや、慣れない土地で頑張っている、という話ですよ。……何か問題や困っていることはありますか? 教師の先達として、悩みがあればいつでも聞きますので」

「ああ、ハッサク先生。実はその件で、これからワガハイがキシ先生に課外授業を行うのですよ」

「ええ、俺にとっても渡りに船でしたよ。サワロ先生には負担をかけて申し訳ないんですが

 そう、態々サワロ先生が俺の為に時間を割いてくれるのだ。

内容としてはサワロ先生が講師ということで料理である。俺にはロクな料理スキルがなく、外食ばっかりだった。これはあちこち放浪していた故の弊害ともいえる。

一か所に拠点を持つなんてことがなかったので、自然と現地調達やら買い食いになってしまっていた。

こうやって俺が一か所に留まって剰え料理を習おうというのは、少し前の俺からすると青天の霹靂だろう。

 

……まぁ、前回はチリに作ってもらったというのもある。同じ男として負けてられないという子供染みた対抗心だ。

 

「ふむ。問題が解決に向かっているというのなら安心ですな。キシ先生、何かあれば小生も力になりますので。では、これで」

 

ハッサクさんと別れ、向かった先は家庭科室だ。調理実習で使う教室で、ガスコンロや調理器具が揃っている。

 

「では、本日はキシ先生に魚料理を作ってもらう」

 

 エプロンを装着した俺にサワロ先生から告げられた任務は魚料理だった。どん、とまな板に置かれたのは頭部だけ取り除かれた魚で、俺は気おくれした。

 

「え、最初から結構難しくないですか」

「うむ、だが君も分かるだろう。携帯に向く釣りは旅においては栄養を確保する貴重な手段だ」

「まぁ、それはわかりますが。でも俺、丸焼きくらいしかやったことないですよ」

「そこはワガハイも適宜フォローする。何事も挑戦だ」

「……うっす」

 

 これから作る料理の簡単な説明を受け、いざ実践。

俺が緊張しつつ包丁を握り、隣にはサワロ先生がスタンバイする。

 

「……よし、じゃあ始めます」

 

 しかしここからが難しい。俺が包丁を魚に入れようとしても中々刃が入らない。

 

「……キシ先生、初めてかね?」

「え、ええ」

「角度に気を付けるといい。もう少し傾けて……そう、その角度だ」

 

 ようやっと魚に刃が通るが、骨に阻まれて刃はすぐに止まってしまった。

 

「う、く……っ」

「力任せは良くない。繊細に、滑らせるようにするのだ」

「……す、すみません。結構難しいですね」

「初めてならば、そんなものだ。ワガハイも最初は出来なかった。……ふむ、後ろに回るぞ」

「え?」

 

 そこで隣にいたサワロ先生が俺の背後に回る。後ろから俺の手を支え、包丁の角度を変えて刃を進めていく。僅かな差であるはずなのに、魚の材質が違うかのように刃が通っていく。

 

「す、凄い上手ですね」

「ワガハイもこの道長いのでな。そら、すぅっと通るだろう? では、ここからはまた君が―――」

「ちょぉっと待ったァ―――!」

 

 ズバンッ! という扉を開ける音に飛び込んできたのはチリだった。

突然のことにビビりすぎた俺はロクなリアクションすら取れずいきなり現れた、何故か顔面を紅潮させたチリをポカンと見つめていた。

 




【キシ】
魚を捌くのは初めて。
アオキの次くらいにサワロに懐いている。

【サワロ】
実はセイジ先生がこのポジションに収まる予定だった。
真面目(そうに見える)キシを教え子として気に入っている。

【ハッサク】
「問題とやらはサワロ先生が解決してくれそうだ」と偶然会ったアオキに報告した。アオキは血相変えて飛び出した。

【チリ】
全力ダッシュしていたアオキにぶつかりそうになった。事情を聞いてアオキに同行する。
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