コミュ症を拗らせ過ぎた結果、もうひとりの人格を生み出してしまったぼっちちゃんの話   作:モルモルネク

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 約一ヶ月ほど、大変お待たせして申し訳ありません。そして、こうして読んでくださっていることにただ、感謝です。是非楽しんでいただけると幸いです。


何度振り返っても、同じ選択を

 

「成長……成長?」

 

 ジャカジャカと、今夜もひとりさんが押し入れでギターをかき鳴らしている。ここ数年わたしが聴き続けたあまりにも馴染み深いその練習風景。しかし、今回は少しばかりの不安がその音色に表れているようだった。

 

 星歌さん達との交流の後、虹夏さん達に合流してオーディションの一件を伝えると、結束バンドのメンバーは無事に一致団結。本番に向けて頑張ろうと、その結束を一際強めていた。しかし懸念が一つもないわけではなく、問題になったのは、オーディションまでの一週間と余りにも短い日数だ。リョウさんがぽつりと溢したように、こんな短い期日では頑張りようがないというのも、一つの事実としての側面があった。

 

 虹夏さんはそんな懸念に対して『技術ではなく熱意が大切、バンドとしての成長をお姉ちゃんに認めさせればいいんだよ』とそう告げていた。何気ないその成長という言葉が、帰宅して夜になったこの瞬間も、ひとりさんを思い悩ませてしまっているのだろう。

 

「もう一人の私。私は、成長できてるのかな……?」

 

『もちろんですよ』

 

 ひとりさんは自身の成長について懐疑的だけれど、わたしは一つの迷いもなく頷くことができる。バンドに参加してバイトを始めて、たまに他人の顔が見れるようになって、友達との交流だって多分にするようになりもした。むしろ、ひとりさんほど成長という言葉が相応しい人は居ないのではないかと思ってしまうくらいには、ここ最近のひとりさんの成長は目覚ましい。

 

『ひとりさんは今まで出来なかった多くの事柄に挑戦し、無事成し遂げてきたじゃないですか。十分に自信を持って良いと思いますよ?』

 

「そうなんだけど……それって、ミジンコやミドリムシなんかからようやく人間としてのスタートラインに立っただけなのかなって、思ったりもして……」

 

『そんなことありません。誰だって、新しい場所に踏み出すのは怖いものです……だから、ひとりさんも立派に人として成長しています。他ならぬ、このわたしが保証しますよ』

 

 ひとりさんの言うように、他人からして見れば当たり前のようにできてしまう事柄なのかもしれない。でも恐怖を抱えながらも、時には他人のために勇気を持って立ち向かうなんて行動は、決して当たり前にできるようなことじゃないのだ。

 

 少なくとも、わたしには無理だ。ひとりさんが喜多さんにして見せたように、誰かの為に他人の心に踏み入るような勇気をわたしは一生持つことはできないだろう。だからわたしは心の底からひとりさんを凄いと思うし、その心意気を敬愛して止まないのだ。

 

「もう一人の私がそう言ってくれると、少し自信が持てそうかも……えへへ、無限に自己肯定感が高まる」

 

 わたしの言葉も、少しはひとりさんの不安を紛らわせてくれたようだ。今のひとりさんに足りていないのは、きっと自信だ。今まで積み重ねてきた圧倒的な練習量から、技術は備わっているのだから。後は堂々とステージの上でも自分を表現できるようになれば、ライブでもギターヒーローとしての姿を見せられるようになるはずだ。

 

「でも、それとバンドとしての成長は別問題……だよね?」

 

『それは、そうかもしれませんね』

 

「店長さんにバンドとしての成長を見せるために、わたしができることってなんなんだろう……?」

 

 ひとりさんとしてではなく、バンドとしての成長。そう問われると、わたしも具体的な返答をすることができなかった。究極的に言ってしまえば、以前より演奏が上手になることなんだろう。しかし、演奏が上手になるためのコツなんてわたしに分かる訳もない。練習あるのみと言いたいが、オーディションまでの期日は一週間と短い。

 

 もちろん、最初のライブに比べれば結束バンドの演奏も良くなってはきている。ひとりさんも少しずつ息を合わせて演奏することに慣れつつあるし、喜多さんも短期間で歌いながらギターを弾けるようになるまで仕上げてきた。しかし、それで星歌さんを納得させられるほど劇的に変わったのかと言われれば、よくわからない。

 

 ひとりさんもそういった不安を漠然と抱えているから、こうして少しでもきっかけを探しているのだと思う。バンドとしての問題に頭を悩ませるひとりさんに、わたしから言ってあげられることは多くない。そして、徐々にその範囲が大きくなっていつしかわたしがかける言葉もその役割も、一つ残らず消え失せるのかもしれない。ひとりさんはもう自分の内だけで思い悩む必要はなく、共に成長し助け合う仲間がいるのだから。

 

 始まりはぴったりと背中合わせだったわたしとひとりさんの関係が、少しずつ隔絶していく感覚をどうしようもなく実感してしまう。そんな事実を、わたしはいつまで受け止めきれるのだろう。これからもちゃんと、凄いねってひとりさんに伝え続けられるのだろうか。それすら出来なくなってしまったらわたしの存在意義はもはや無く、その瞬間こそがわたしの終焉なのかもしれない。

 

 今だってそうだ。ひとりさんの成長に繋がる言葉を抱えているのに、わたしは伝えられずに黙ってしまっている。わたしを頼らずに、ステージに上がって演奏出来るようになること。それが何よりひとりさんを成長させるきっかけであろうことは間違いないのに、喉の奥に引っかかるように言葉にならずにいる。

 

 まるで、変わらないで欲しいと。ひとりさんだけはわたしの側にあり続けて欲しいなんて、みっともなく縋り付くように。

 

『とにかく、練習を続けましょう。努力なくして、成長も成功もありはしないでしょうから』

 

「う、うん、そうだね……私に出来ることなんて、それくらいしかないし」

 

 結局口をついて出たのは、思っても見ないありふれた言葉だった。オーディション、成長、これからの未来への漠然とした不安と寂寥。それらに見て見ぬフリをして蓋をするために、再び鳴り始めたひとりさんのギターの演奏にただ沈むように没頭する。

 

 ひとりさんのオーディションが上手くいきますように。わたし自身の役割を再び刻み込むように、低過ぎる押入れの天井に祈りを込める。たとえわたしの終わりが近づこうとも、それがどんなに辛くても、ひとりさんの前でだけはみっともない姿を見せる訳にはいかない。

 

 だって役目を終えたヒーローはただ、人知れずひっそりと消え去っていくべきだから。

 

 

 ◇

 

 

 放課後、夕暮れ時の学校というロケーションは否が応でも青春を想起させるものだ。部活や委員会、友情に時には恋愛。学校の生徒である彼等や彼女達は各々の信じる青春をただひたすらに突っ走っている。以前までは、そんな青春なんてひとりさんとわたしには縁遠いモノだった。それこそ、青春コンプレックスなんてキーワードが当てはまってしまうくらいには。

 

 しかし、それももはや過去のお話。ひとりさんお気に入りの、物置と化している廊下の謎スペース。そこで今日も、ひとりさんと喜多さんが向かい合い、共にギターの練習に勤しんでいる。喜多さんが結束バンドに再加入してからは恒例となっているこの光景は、まさに青春の一ページとして相応しいだろう。

 

 ひとりさんがこうして喜多さんと一緒に、人並みの青春を謳歌していることを心から嬉しく思う。未だにそう思えていることに、ほっとしてもいた。

 

 オーディションまであと三日足らずしか時間がないこともあってか、今日の練習には一層熱が入っている。特に喜多さんの熱中具合は凄まじい。ひとりさんから譲り受けた教本。渡した状態から更に付箋が増えたそれを読み込み、時にはひとりさんに直接質問をして、何度もリテイクを繰り返して一心不乱にギターをかき鳴らしている。

 

 ギターを初心者同然の状態で始めたにも拘わらず、ライブが可能な状態まで上り詰めたのは間違いなく喜多さんの努力の賜物。ひとりさんを通してその努力と成長ぶりを見ていただけに、わたしも勝手ながら感慨深さを感じてしまっていた。

 

『ひとりさん、そろそろ』

 

「あっ……うん。えと、喜多さん、そろそろ休憩しませんか……?」

 

「そうしましょっか。そろそろ指も疲れてきちゃったし」

 

 名残惜しそうにギターを抱えつつも、頷いた喜多さんが指を止める。練習熱心なのは何よりだけど、その集中力が仇となって喜多さんが指を痛めてしまうことも今まであった。ひとりさんは元より一日の殆どをギターの練習に費やせてしまう人なので、止め時がわからない。二人の練習の合間に休憩のタイミングを差し込むのも、いつの間にかわたしの役割となっていた。

 

「後藤さん、ありがとね。いつも練習付き合ってくれて」

 

「あっ、いえ……支えるって、約束しましたから。それに、こういうの青春っぽくてなんだか私も楽しいので……へへ」

 

「わかるわ!友達と一緒に練習するの、想像よりずっとずっと楽しいって感じてる……一人で多弦ベースを触ってた時とは大違いね」

 

 喜多さんが少しの自虐を交えながらも、和やかな雰囲気で二人が笑い合う。趣味も性格も何もかもが違う二人がこうして親交を深め合っているのは、喜多さんが第二の家族と称したバンドという特異な関係性のお陰なのかもしれない。そう考えると音楽は人の心を繋ぐだなんて大言壮語にも、今では素直に頷けるような気もしていた。

 

「でも、こんな薄暗い場所でやるのはどうして?普通に教室で練習した方がいいんじゃ……?」

 

「あっ、いやぁ、それは……」

 

『そんな目立つ場所で練習したら、なんであんな子が喜多さんと……ってジロジロ見られて練習どころじゃない!』

 

『まぁ意図はともかくとして、目立つのは避けられないでしょうからね』

 

 喜多さんの純粋過ぎる疑問にひとりさんが露骨に顔を逸らす。学年の人気者である喜多さんと、不本意ながらわたしのせいで妙な目線を買ってしまっているらしいひとりさんの組み合わせは目立つだろう。教室で練習をしたら間違いなく好奇の視線に晒されるし、なんなら喜多さんの友人あたりは接触を試みるに違いない。

 

 わたしとしては、そういったきっかけからひとりさんの交友関係が広がるのも望むところではあるのだけど。このひとりさんの反応を見る限り、音楽を介さない誰かとの交友についてはまだまだハードルが高そうである。

 

「……やっぱり、後藤さんがみんなと関わるのを避けてるから?」

 

「え……?」

 

 少しの逡巡の後、迷った素振りを見せながら発された喜多さんの問いかけにひとりさんが小さく首を傾げていた。ひとりさんにとっては寝耳に水ともいえる内容で、困惑するのも無理からぬことだろう。ひとりさんは人見知りと引っ込み思案が激しいだけで、常に誰かとの関わりを心の底では望んでいて、人を避けているつもりなんて毛頭ないのだから。

 

 喜多さんが抱いたその印象は、普段学校生活を過ごしているわたしに対しての印象に違いなかった。そしてその感覚は、あながち間違いでもない。わたしは確かにクラスメイトに対して一定の距離を置いてるし、誰かを深く知ることも、誰かがわたしを深く知ろうとすることも避けている。

 

 中学生時代からの反省だった。わたしという人格を深く印象付けることは、ひとりさんが誰かと交友を育む上での枷にしかならなかったことへの戒め。そんなわたしの立ち振る舞いに違うクラスの喜多さんが気付いてしまったのは、学年の人気者で人間関係の機微に鋭い彼女の性質故なのだろうか。

 

「あっあの喜多さん、私そんなつもりなくて……」

 

「そう、よね。後藤さんは……うん。ごめんなさい、私ったらまた変なこと言っちゃった」

 

「いえ、私はいいんですけど……」

 

 違和感はこうして着実に積み重なっている。ひとりさんの為を思えばもはや学校でもバンド活動と同じく、わたしは極力表に出ない方が良いのかもしれない。しかし、そんな話を切り出してもひとりさんは決して首を縦に振らないだろうという困った確信もあるのでままならない。

 

 わたしにも学校生活を楽しんで欲しいなんて、過ぎた優しさを見せてしまう人だから。わたしは今後、どう立ち振る舞っていくべきなのか。曖昧にぼやけたままで分かりもしないし、その術を失っている時点でわたしは既に自身の役割を見失いつつあるのかもしれない。

 

 ならばわたしはもう必要ないのでは、なんて嫌な想像がいくつも頭を過ぎる。考えるのは、止めよう。少なくとも今はわたしのネガティブな想像をひとりさんに悟られて、この和やかな空間に水を差したくはなかった。

 

「あのね後藤さん。良かったらなんだけど……後藤さんのこと、もっとよく教えてくれないかしら?」

 

「えっ……それは、どういう?」

 

 意を決したように、喜多さんは一見なんの脈絡もなさそうな申し出をひとりさんに切り出していた。わたしも同じく、その結論をすっ飛ばしているような喜多さんの行動の意図に疑問しか湧いていないけれど。でも、その前のめりな姿勢すらもひとりさんを想ってのことなのだろうと、それだけは理解できるような気がするのだ。

 

「私、結束バンドとして過ごしているこの時間が今、とっても楽しいの」

 

「あっはい。わ、私もです!」

 

「だから、オーディションの時も後悔しないように。バンドのために私ができることを精一杯やっておきたいって思ってるの」

 

 喜多さんもひとりさんと同じ気持ちを抱えていた。もしかすると、結束バンドのメンバーが皆同じなのかもしれない。各々がバンドのために自分の道を模索し努力を積み重ねて、良い方向に向かい始めている。星歌さんがこうしてオーディションの課題を言い渡したのは、こういった自覚を促すためという側面もあったのだろうか。

 

「後藤さんの書いてくれた歌詞ね、かっこいいって思ったんだけど……正直、どういう意味なのか私にはよくわからなかった。今だってそう、後藤さん自身のことすらたまにわからなくなっちゃう」

 

「し、仕方がないと思います……私も私の歌詞も、暗いですし」

 

「仕方がないで済ませるのは嫌だって、私が思ったの。歌詞を少しでも理解できるようになって、結束バンドのボーカルとして役立ちたいから。……ううん、それだけじゃなくてね。友達として後藤さんのことをもっともっと知りたいって思うの。だから、お願い!」

 

 両手を合わせ、ギターの先生をお願いされた時と同じような真剣さを纏いながら、喜多さんが頼み込んでいる。わたしにとっては願ってもないことだ。わたしというフィルターでボヤけてしまったひとりさんの実像を、喜多さんは定めようとしてくれているのだから。ひとりさんも、こう頼まれて断る選択肢を持てるような人ではないはずだが、意外にも何処か迷うような素振りを見せていた。

 

『どうしよう、もう一人の私』

 

『心のままに従うべきだと思いますよ?ひとりさんが話したいと思ったのなら、そうすればいいんです』

 

『でも、喋り過ぎたらもう一人の私の迷惑になるんじゃ……』

 

『わたしのことは気にしないで、今は喜多さんのことだけを考えてあげてください』

 

『……うん』

 

 その迷いの原因も、やはりわたしへの配慮からだった。本当に細かい心の機微にすら、気付いてしまう人だと思う。懸念は確かに多いけど、それでもひとりさんの意思より優先されるべきことなんて殆どない。喋った結果によりわたしの存在が微妙なものとなり、身動きするのが窮屈になったところでそんなのは瑣末ごとに過ぎない。だから、わたしがかけるべき言葉も始めから決まっているのだ。

 

「あっ、では、はい。……こんな私のつまらないお話で良ければ、ですけど」

 

「ありがとう、後藤さん!それじゃ、どんなお話でもいいから聞かせて?」

 

「……ぅ」

 

 いつもと打って変わって、喋り上手な喜多さんがキラキラとした目を向けながら聞き役に回る。そんな状況を目の前にして、ひとりさんが苦しげに息を詰まらせる。請け負ったはいいものの、フリートークを強いられているこの状況はある意味で、ひとりさんにとっての窮地に他ならなかった。

 

『ど、どうしようもう一人の私!?私の話っていったい何を喋れば……私に話せることなんて黒歴史くらいしかないのに!?』

 

『難しく考えずに。ひとりさんが喜多さんに伝えたいことを、そのまま伝えてみるのがいいんじゃないでしょうか?』

 

『でも、もう一人の私みたいに上手に話を組み立てたりできないし……』

 

『それでいいんですよ。どんなに拙くても、喜多さんが真剣に話を聞いてくれる人だって、ひとりさんも知っているでしょう?』

 

『喜多さんに、私が伝えたいこと……わかった、やってみる』

 

 わたしが少し後押しをしてあげれば、ひとりさんは頷いて喜多さんへと向き合ってくれた。口下手で尻込みしてしまうという不安を除けば、ひとりさん自身はいつだって自分を知って欲しいと願っていたのだから、当然の帰結なのかもしれない。足りない、気付かれないと燻り続けていたありのままのひとりさんの本心。それを他ならぬ喜多さんが聞いてくれるのなら、わたしとしても本望だった。

 

「あっあの、私……私は、喜多さんみたいに全然キラキラしていなくて、結構つまらない人間で。だから、話せるようなことなんて殆どないんですけど……」

 

「うん」

 

 辿々しく語り始めたひとりさんに、喜多さんが優しげな表情で頷いて続きを促してくれる。いつもならそんなことないよって、即座に否定してくれる光景がありありと浮かんでくる。敢えてそうしないのは、これもひとりさんが自分のペースで話せるようにという、喜多さんのありがたい心遣いだった。

 

「でも、こんな私にも話したいことが、大切なものも少しだけあるんです。バンドと家族と、ギター……それから、私の一番大切な、もう一つ。」

 

「それってもしかして……後藤さんの、憧れの人のこと?」

 

「あっ……そ、そうです!」

 

 伏せられたその存在をピタリと言い当てられて、ひとりさんは驚きながらも食い気味で頷く。そんな芸当をできたのは、わたしとの関係を引き合いに結束バンドへと引き止められた喜多さんだからこそなのかもしれない。

 

 一番大切。ひとりさんにそう呼んでもらえる度に、暖かい感情がわたしの心の内を満たしてくれるけれど。同時に、このままでは居られないという警告と諦めが頭に響くのだ。どう考えたって、ひとりさんの心の内にしか存在できず、他人から正しく認知されないわたしが一番大切なのは間違っているから。

 

 そんなのはあまりに寂しくて、虚しい。だからきっと、ひとりさんの一番大切な存在は結束バンドへと移り変わっていくべきなんだろう。悔しいけれど、その方が安心できるのも事実だった。

 

「……小学生の頃、正直私は学校があまり好きじゃありませんでした」

 

「そうだったの?」

 

 喜多さんを引き止めた時に断片的に明かしたひとりさんの過去。それが小学生の頃からの話だったのをひとりさんも思い出したのか、そこから順序立てて話すことにしたようだった。

 

「人見知りで、誰かと喋るのも苦手で……そんなだから友達なんて一人もできなくて。べ、勉強も運動もダメダメでしたし……」

 

「でも、後藤さんっていつも小テストは満点ばかりって聞いたわよ?……体育の授業だって、目立たないけどかなり動けてたじゃない」

 

「えっ、いやあのそれは……い、今だからこそと言いますかぁ……と、とにかく、それも憧れの人のお陰なんです!」

 

「そ、そうなのね!」

 

 喜多さんの鋭い指摘に大きく狼狽えるも、なんとか誤魔化して見せるひとりさん。裏で聞いているわたしも正直冷や汗ものだ。もしかすると、こうしてひとりさんに直接聞く前にも、学校の知り合いを通してひとりさんについて理解を深めようとしていたのかもしれない。そうでなければ説明がつかないくらい、喜多さんは学校での後藤ひとりについても詳し過ぎた。

 

「……寂しくて怖くって、毎日が嫌なことばっかり。だから私は、学校に行くのが嫌いだったんです」

 

「今は、違うのよね?」

 

「……は、はい。喜多さんのお陰で。今は少しだけ学校に行くのが、楽しみなんです」

 

「……後藤さん」

 

 ひとりさんの少しだけ明るい返事を聞いて、不安げな表情をしていた喜多さんがほっと息を吐く。こうして過去の話をして、わたしも久方ぶりに思い出してしまう。わたしにとっては記憶の中の存在でしかない、本当にひとりぼっちだった幼いひとりさんの姿を。

 

 あの頃のひとりさんは本当に、見ていられなかった。家族の前以外ではいつも孤独で、俯き常に下だけを見ながら生きていて。自身の周りには敵しかいないのだと、周囲を恐れ恨んでいた。そんなひとりさんの味方になり、少しでも笑顔にさせてあげたくてわたしも必死だったのを覚えている。そんな日々が、今では少し遠いようにも感じられた。

 

「小学5年生の時、学校に行くのが嫌で嫌で仕方なくなって。取り返しのつかない大きな失敗をしそうになった時、憧れの人……その人が、助けてくれたんです。颯爽と現れて、まるでヒーローみたいでした」

 

「とってもドラマチックな出会いだったのね!その人ってもしかして男の子!?」

 

「……?い、いえ、女の子です」

 

 まだ未熟で、無我夢中にしか物事に対処できていなかった始まりのわたし。それがひとりさんによってさも美談のように語られて、喜多さんに持て囃されるのは大変照れ臭い。

 

 恋愛的な匂いを嗅ぎ取る喜多さんに対して、全然分かってすらいなさそうなひとりさんはちょっとだけ心配だ。ひとりさんはとても綺麗なのだから、無防備が過ぎると悪い男の人にも騙されかねない。今はわたしが居るとはいえ、それも永遠ではないのだから。ああでも、その辺りしっかりしてそうな喜多さんがそばに居てくれるのなら、これもただの杞憂なのかもしれなかった。

 

「……その日から、私の人生は大きく変わりました。憧れの人は、本当に私のヒーローになってくれたんです。毎日ずっと一緒に居てくれて、どんな時も私を助けてくれました」

 

「うんうん」

 

「……辛いことや苦しいことに私の代わりに立ち向かってくれて、閉じこもって逃げるばかりの私に色んな景色を見せてくれたんです。その人はどんな時でも一生懸命でキラキラ輝いていて……う、自惚れだなんて思わせてくれないくらい、それは全部私の為で。お陰で私は、世界が怖いばかりじゃないんだって知ることができたんです」

 

「素敵な人なのね」

 

「あっ、はい!」

 

 喜多さんは辿々しくゆっくりと語られるひとりさんの話に耳を傾け、まるで自分のことのように親身になって聞いてくれている。そして話し手であるひとりさん自身は、珍しくも屈託のない笑顔を浮かべていた。友達に自分のことを知ってもらう、初めてのそんな経験が掛け値なしに嬉しいのだろう。

 

 学生なら殆ど誰でも知っているような、ありふれた喜び。それをひとりさんは今まで受け取ることができていなかった。相手がいなかったのが第一ではあれど、わたしという存在が妨げになっていたのも間違いなくその一因で。これだけじゃなく、きっとわたしはひとりさんに多くのことを我慢させているのだと思うと、心苦しかった。

 

「だ、だからその人に思わず……憧れてしまいました。私も同じように、キラキラと輝くことができたらって。ギターでなら、もしかしたらそうなれるんじゃないかなって……それで、中学生から今までずっと、ギター弾いてきたんです」

 

「後藤さんにとってギターは特別なのね。私、感動しちゃった……それに比べて、私のギター始めた理由って不純過ぎるかも」

 

「あ、あの、私もギターなら陰キャでもちやほやされそうとか……だいぶ不純なことも考えてましたし。お、同じです!」

 

 初めて二人が出会ったあの日に、お揃いだと笑い合ったバンドを始めた動機。その実態を知ってショックを受ける喜多さんを、ひとりさんが自身を曝け出しつつ必死にフォローしている。ひとりさんもお揃いの思い出でいたいのだろうと、そんな思惑が透けているようでなんだか微笑ましい。

 

「……最近虹夏ちゃんに拾って貰って、ようやく念願のバンドに入ることもできました。それも、たくさん憧れの人が私を手助けしてくれたからこそなんです。わ、私が結束バンドに、素敵な皆さんの隣に居られるのはその人のお陰で……それを、喜多さんにも知って欲しかったんです」

 

「ありがとね、後藤さん。私のために話をしてくれて」

 

「そ、そんな……私も全然上手に纏められなくて、申し訳ないです。こんな飛び飛びの話で、喜多さんの役にたてましたか?」

 

「ええ、とっても参考になったわ。今なら、後藤さんの書いてくれた歌詞を、もっと心を込めて歌えそうな気がするもの!」

 

「よ、よかった……です」

 

 ひとりさんの自分語りはひと段落、喜多さんは自分なりの解釈を得られたようで結果は上々のようだ。わたしとしても、自身を語ってみせるという難題をひとりさんが成し遂げたことに感無量である。これもまた大きな成長、きっと今後の大きな糧になってくれるはず。

 

 しかし、振り返るとひとりさんが語ったのは殆どわたしについてばかりだった。もう少しひとりさん自身の趣味や趣向について喋らなくてよかったのだろうかと、気がかりではある。それにこう、大変今更ではあるのだけど。ひとりさんからのありったけの褒め言葉と感謝がそこには込められていて。抱えきれない喜びとそこに隠れた後ろめたさから、わたしはどんな声をかけるべきか完全に見失ってしまっていた。

 

「最後にもう一つだけ聞かせて。後藤さんから見て、憧れの人ってどんな人なのかしら?」

 

「えぇと、優しくてカッコよくてなんでもできて……私にとっては、ヒーローそのものみたいな人です。そ、それだけじゃなくって、オシャレさんで女の子らしい可愛いところもいっぱいあって……でも」

 

「でも?」

 

「……辛いことや苦しいことを一人で抱え込んで、抱えた傷を誰にも見せないで隠しちゃってる。そんな、人なんです」

 

「……それって」

 

「ど、どうしましたか、喜多さん?」

 

「う、うぅん!なんでもないの……またちょっと、変なことを考えちゃっただけ」

 

 わたしなりに必死に繕い隠して来たつもりでも、わたしの抱える迷いや不安に恐怖と孤独。それらの捨て置かれるべきわたしのネガティブな感情は、やっぱりひとりさんには殆ど筒抜けになってしまっているみたいだ。

 

 その傷に敢えて触れないでいてくれるのは、敏感過ぎるひとりさんの優しさ故に違いない。だからどうか最後まで、見て見ぬフリをしていて欲しい。虚しい一人相撲であろうと、わたしが張り続けた虚勢を貫き通せるように。

 

 そして、喜多さんはひとりさんのその印象から一体何に気付いてしまったのだろう。願わくば、それがリョウさんや星歌さんのようにわたしの核心に迫るものでないことを祈るばかりだ。

 

「欲を言えば、直接その人に会って見たいわね。後藤さんに出会わせてくれてありがとうって、直接お礼を言いたいし、私も仲良くなりたいもの……難しい、かしら?」

 

「そ、それは……っ」

 

 肝心な部分を伏せているとはいえ、明るく社交的で人付き合いにアグレッシブな喜多さんがそう申し出てくるのは自然なことだった。純粋かつエネルギッシュな視線を向けられて、ひとりさんが苦しげに顔を伏せる。この申し出をひとりさんが回避するのは難題だし、断る理由を捻り出すのも至難の業に違いない。会話もひと段落ついたのだし、ここはわたしがサポートをするべきだろう。

 

『ひとりさん、ここはわたしが――』

 

「ご、ごめんなさい……色々あって、その人は誰かと自由に顔を合わせることができない状態で……む、むずかしいです」

 

「そっか……きっと、複雑な事情があるのよね。私こそ、ごめんなさい」

 

 しかし、助言をわたしが告げる前にひとりさんは、その申し出を上手く断っていた。詳細は言わずとも何か会えない事情があると匂わせれば、必ず身を引いてくれる。人付き合いに精通していて、空気を読むことに長けている喜多さんだからこそ通じる方法。それを相談もなくひとりさんが行ったことに、わたしは驚きを隠せないでいる。

 

 ひとりさんの様子も、なんだかおかしい。華麗に危機を回避したはずなのに、未だ俯いたままでいる。喜多さんの前では、控えめながらも、顔を上げながら会話ができていたはずなのに。

 

「――私のせい、なんです」

 

「ど、どうしたの後藤さん?」

 

「私のせいなんです、その人が誰かの前に姿を出せないのは……私が弱くて、甘え続けたから」

 

 震えた声で、ひとりさんが抑えられなかったモノを吐き出すように語り始める。ここしばらく聞くことがなかった、現実に打ちのめされた悲痛さが混ざった声色。わたしが聞かないでいたかったその声が、廊下に虚しく響き渡っていた。

 

「もう一人のわっ……その人は、ギターなんて弾けないのに。毎日毎日、一日中私のギターの練習に付き合わせ、続けて!その人にも他にやりたいことなんていくらでもあったはずで……そんな簡単なことに気付いていれば、他の道だってあったかもしれないのに!」

 

 突如始まったひとりさんの嘆きに、喜多さんは呆然として言葉を失っている。喜多さんにとっては何を言っているかすら定かではないだろうから、無理もない。喜多さんを無視するかのように、ひとりさんの慟哭はタガが外れたように噴出して収まる兆しを見せないでいる。声にも嗚咽が混ざり始め、その悲痛さを一層強めていた。

 

 これはつまり、ひとりさんもわたしと同じだったということなのだろうか。誰かの人生を奪い取ってしまった悲しみ。そんな、本来抱える必要がない傷をひとりさんも抱え続けて、苦しんで。あり得るはずもなかったわたしの青春を慮って、後悔しているとでもいうのだろうか。

 

「都合の悪いことは全部、押し付けて……ギターに、逃げ続けたのに。中学の最後にはライブから、ギターからも逃げて、その人に尻拭いをさせて……私、私が、追い詰めたんです……そのせいで、ぜんぶ、わたしのせいで!」

 

 ひとりさんの抱えるギター、黒色のレスポールに涙の雫が滴り落ちている。その涙を今すぐにでも拭ってあげたかった。でも、わたしにはそんなことすらできやしない。わたしにできることはひとりさんが悲しむ必要はないのだと、言葉を尽くして教えてあげることだけだ。

 

 そうだ。ひとりさんが悲しみ、責任を感じる必要なんてどこにもない。ひとりさんの人生は本来ひとりさんだけのものであり、わたしはそのおまけのような存在に過ぎないのだから。そんなひとりさんが絶対納得しない理屈を抜きにしたって、言いたいことは山ほどあるのだ。

 

 決めたのは全部わたしなんだ。ひとりさんを優先すると決めたのも、ひとりさんの夢を応援するのだと決断したのも、わたしだ。選択をしたことによって、捨て去ってしまうものが幾つもあったとしてもだ。わたしの選択の責任はわたし自身のみが背負うべきものだから。

 

 それに、わたしは自身の選択を後悔したことなんて一つもない。今だって手に取るように思い出せる。初めてコードを抑えられるようになったと、興奮気味に見せてくれた時の顔も。投稿した動画に初めてコメントがもらえるようになったと、今までで見たこともないような満面の笑みも。そして結束バンドに加入してからのその輝きも、一つ一つがわたしの選択は間違っていなかったのだと信じさせてくれた。

 

 ひとりさんが笑顔でいてくれる。それだけでわたしは幸せで、満ち足りているのだと伝えなければ――

 

「後藤さん……ううん、ひとりちゃん。そんなことないわ」

 

「喜多さん、でも私……!」

 

 わたしが行動を起こすまでもなく、喜多さんがハンカチを手に取ってひとりさんの涙を拭ってくれていた。ひとりさんの名前を呼ぶその声はとても穏やかで、悔しいほどに頼もしいものだった。

 

「ひとりちゃん達の事情はまだ、私にはよくわからないけどね。それでもわかるの……ひとりちゃんが一日中ギターを弾き続けられたのは、どうして?」

 

「ギターを弾くのが、楽しかったから」

 

「うん、そうよね。楽しくないことなんて、誰にも続けられないの。私だってそう……だからね、ひとりちゃんの大切な人も絶対そうなのよ。ひとりちゃんのギターが好きだったから、毎日聴き続けてた」

 

 わたしが言わなければいけないことは、殆どを喜多さんが既に伝えてくれていた。初ライブの時と同じく、悲しむひとりさんに伝えるのは簡単なその一言だけでよかったのだ。わたしの小難しく回りくどい理屈なんかではなく、ひとりさんとひとりさんの音楽が大好きなんだと、それだけで。

 

 ひとりさんだけでなくわたしも、結束バンドの皆に教えられてばかりだった。

 

「だから泣かないで、ひとりちゃん。きっとその人も、ひとりちゃんが笑顔でいることを望んでいると思うから」

 

『その通りですよ、ひとりさん。わたしはひとりさんも、ひとりさんのギターも大好きですから。……ですからどうか、自信を持って。ひとりさんが積み重ねてきた人生を、否定しないであげてください』

 

 喜多さんに続く形でそっと、わたしが伝えるべき言葉を添えれば、ひとりさんは鼻を啜りながらもコクコクとはっきり頷いてくれた。わたしがひとりさんと一緒に歩んできた日々。それは決して順風満帆じゃなかったけれど、そのどれもがわたしにとっては眩しいばかりの思い出なのだ。

 

 今日の夜にでも、わたしのあらゆる言葉を持ってそれをひとりさんに教えてあげよう。ひとりさんが人の心に敏感だからと言って、言わなくても伝わるなんていう幻想に甘えたからひとりさんを苦しませてしまった。反省をして、真心と言葉を尽くさなくてはいけない。

 

「次のオーディション、絶対合格しましょうね!そして、これからたっくさんライブに出て、大切な人の分まで一緒に輝いて見せようじゃない!」

 

「……はい!私、ライブに出て売れて成功して、喜多さんと結束バンドの皆と……それからもうひとり。全員で、ちやほやされたいです!」

 

 喜多さんの勢いに溢れた明るい宣言に釣られて、ひとりさんも先程の嘆きを吹き飛ばすように大声で宣言してみせた。もう一度、輝かしいばかりの青春の一ページが更新されて。ひとりさんの表情に暗い影は既になく、前を向いて明るい表情に彩られていた。

 

 ひとりさんが今日のように迷い、落ち込んで悲しみに暮れることになったとしても。その悲しみを拭って晴らしてくれる人が傍にいる、その事実が不安定な存在のわたしの心を、なにより安心させてくれた。

 

「私、まだまだだけど……いつか、ひとりちゃんを支えられるような立派なギタリストになるわね。そして、ひとりちゃんの大切なものを大切にできるように、なってみせるから」

 

 喜多さんは立ち上がり、ひとりさんの両手を自分の両手で包み込みながら、新たに決意を加えていた。ひとりさんは喜多さんの顔をじっと見上げていて、自ずとその姿がわたしの視界に焼き付いていく。

 

 喜多さんの姿がわたしにはあまりに眩しくてどういう訳か、らしくはない未来も一瞬だけ、信じてしまえそうだった。

 




 喜多ちゃん部分だけで大分長くなり、キリも良かったので今回はここまで。次回こそは虹夏ちゃんとの自販機前での問答、纏まりが良ければオーディション本番ですね。

 週一ペースでの投稿が完全に努力目標になってるのが大変申し訳ない。今後もマイペースな更新になるかもしれませんが、何卒よろしくお願いします。
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