コミュ症を拗らせ過ぎた結果、もうひとりの人格を生み出してしまったぼっちちゃんの話   作:モルモルネク

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本当にお待たせしました。


星を掴む掌と、すり抜けて行く泡影

 

「よし、今日はここまでにしようか」

 

「え、もうですか?」

 

 オーディションの本番を翌日に控えた、スタジオでの最後の練習時間。その終わりが虹夏さんの口からあっさりと告げられた。ひとりさんの視線が時計を追うと、表示されているのはいつもより一時間ほど早い時間で。最後の練習だと熱を入れていた喜多さんは、どこか拍子抜けしたように問い返していた。

 

「うん。明日のオーディションに備えて、ゆっくり休んでね」

 

 やれるだけのことはやったから、根を詰めすぎてもしょうがないということだろうか。無理に追い込みをかけて明日のパフォーマンスに支障をきたしては本末転倒、実際わたしも全面的にその通りだと思う。

 

「お疲れ」

 

「お疲れ様です」

 

『も、もう終わり?明日が本番……うっ』

 

 リョウさんや喜多さんが帰り支度を進める中、ひとりさんだけは呆然としたようにギターを構えたままでいる。練習が終わり明日のオーディションを待つだけになってしまったことで、多大な重圧が押し寄せてきたのだろう。ひとりさんの胃がキリキリと痛みを発しているのが、わたしからも感じられるのだから相当だ。

 

 ひとりさんにとっては、まだまだ不足に感じるのかもしれない。次から次へと湧き出る不安を紛らわすために、ギリギリまで自分を追い込んでしまう。昔から、それこそわたしという人格が芽生える前からひとりさんはそういう人だった。

 

『ひとりさん、帰りましょう?』

 

『でも……』

 

『きっと、たくさんの不安があるのだと思います。帰ったら、全部わたしに聞かせてください。ひとりさんの不安が和らぐまで何度でも、聞きますから……大丈夫、明日もわたしが付いていますよ』

 

『そう、だね。ありがとう、もう一人の私!』

 

 わたしの言葉でなんとか踏ん切りが付いたのか、ひとりさんも散漫ながら帰り支度を始めてくれた。ひとりさんが無理をして、自分を追い詰めてしまわないようにこうして言葉を尽くす。わたしにしかできない役割なんて思うのは、もはや自惚れなのかもしれないけど、そう在れることにほっとする。安心させられることに安心を覚える、なんておかしな話ではあるけど。

 

 勉強も運動も、友達作りに至るまで何もかも。ひとりさんなりに全力で努力して、でもその尽くが上手くいかなくて。なのに、誰を恨むのでもなく仕方がない、自分が悪いのだと諦めて俯くひとりさんの姿はもう見たくはない。

 

 だから、明日のオーディションが成功することをわたしは願って止まないでいる。わたしに出来ることはごく僅かしかないだろうけど、そのためなら何だってする所存だ。

 

「ぼっち」

 

「ひっ!?……あっ、えと、リョウさん。ど、どうしましたか?」

 

「これ、返そうと思って」

 

 背後から呼びかけと共に肩に手を置かれると、ひとりさんは盛大に狼狽えながら振り返る。そこに居たのは帰り支度を済ませたリョウさんで、手にはタッパー型の保存容器が握られている。中身はキレイさっぱりとなくなっていた。

 

 その姿を見ていると、今朝の衝撃的な出来事が自然と脳裏に思い返されてしまう。起床してスマホを確認すると『おなかすいた』と、一言だけ添えられた乱暴にも過ぎるロインがリョウさんから届いていたのだ。頼ってくれとは言ったものの、あまりの突発さと脈絡のなさに面食らったものである。

 

 そういった経緯でわたしはサンドイッチを作り、ひとりさん経由で練習前に渡してもらった。そして、食べ終えたリョウさんは容器をこうして返しに来たという次第である。

 

「あっ、どうも。ど、どうでしたか……?」

 

「美味しかった。ボリュームたっぷりなのもよかった、おかげで満腹」

 

「そ、それならよかったです」

 

 用意したのはチキンサンド。リョウさんはどうにも空腹をこじらせた様子だったので、軽食というよりはしっかりとお腹に溜まるものの方が良いと思ったからだ。まぁそれを抜きにして、作るのに慣れてるからという側面もあったけど。ひとりさんはああ見えて良く食べるし、男の子みたいな食趣向をしていて、わたしが上手に作れる料理はひとりさんの好物ばかりだから。

 

 あまり凝ったものではなかったけれど、リョウさんの口にあったのなら一安心だ。

 

「変わった味付けのソースだったけど、あれは?」

 

「あっ、ハニーマスタードだそうです。手作りで、マスタードとハチミツ以外にも色々混ぜてるみたいなんですけど、私は詳しいことはあんまり……」

 

「凝ってるね、得した気分。……ぼっちはいつも、こういうの作って貰ってるの?」

 

「……お母さんがいない時はいつも、私の好物を作ってくれるんです。あ、あと、ギターの練習にのめり込んだ時は、夜食も作ってくれたり」

 

「そっか、羨ましい」

 

「……え、へへ、数少ない私の自慢話です」

 

 独特のテンポでお互い語り合い、締めくくりに小さく笑い合う。作詞を見てもらってからというもの、ひとりさんとリョウさんは随分と仲良くなった。ひとりさんは物怖じせずに自分のことを喋るようになったし、リョウさんは言葉少ないながらもひとりさんの話をよく聞いてくれる。なにより、二人とも波長が合うのか、妙な連帯感を見せ始めている。二人だけで仲良くなり過ぎ、なんて喜多さんが嫉妬してしまうこともあるくらいだ。

 

 そんな二人の通じ合っている不思議な空気感は、正直わたしすら理解できないでいる。例えばそう、サンドイッチを作ったのがひとりさんではない第三者であるかのように、二人が当たり前に喋っていることもそうだ。言葉を交わすまでもなく、誰が作ったのかなんて暗黙の了解だとばかりに会話を進行できるその理由もさっぱりわからない。

 

 ひとりさんとリョウさんの仲が深まっているのはもちろんいいことだ。だけど、わたしのような曖昧な存在を紛れ込ませながら通じ合っているのは、果たして喜ぶべきことなのだろうか。それを問いかけるような勇気を、わたしは持ち合わせていない。

 

「ぼっちからお礼を言っておいて欲しい。ありがとう、美味しかった。また食べたいって」

 

「……は、はい!きっと、喜んでくれると思います」

 

『だよね、もう一人の私』

 

『ええ、もちろんです』

 

 リョウさんから差し出された容器を受け取り、ひとりさんがお礼の言葉をわたしへと運んでくれる。考えるまでもなく、頷く。わたしには勿体なさ過ぎる言葉だ。本来、そのお礼も何もかもわたしが受け取るはずではなかったのだから。

 

「それじゃ、また明日」

 

「あっはい、また明日です……」

 

『私達も帰ろっか』

 

『そう、ですね』

 

 STARRYから出て、ひとりさんがリョウさんとは反対方向の帰路を歩いて行く。『ありがとう、美味しかった』先程のリョウさんの言葉が、反響して何度も繰り返されていた。ひとりさんとふたり以外から、お礼を言われたことなんていつ振りだろうか。

 

 正直に言えば、わたしは今浮かれているのだろう。自分の行いが正しく認識されて、評価し感謝されることに言いようのない嬉しさを感じてしまっている。でも、この胸の高鳴りは決して健全なものではない。この高揚感に身を任せてしまえば、あっという間にひとりさんの立場を奪い去ってしまいかねないから。

 

 だから本来、今すぐわたしは身を引いてこの宙ぶらりんな関係に終止符を打つべきなのに。そうすることができずにいるのは、どうしてだろうか。リョウさんとひとりさんの良好な関係を崩したくないというのが一番の理由だけど、それだけではないような気もしている。

 

 ふと思い返してしまうのは、今朝のお母さんの姿。友達に料理を作るからキッチンを借りたい。そう告げた時の驚いたような、そして強く安堵したように微笑んだお母さんの表情が、こびりついて離れない。わたしはその顔を直視できなくて、芽生えた罪悪感が見当違いなものであると自分に言い聞かせ続けるしかなかった。

 

 お母さんにお父さん、そしてリョウさん。彼らはいったいわたしにどういう在り方を望んでいるのだろう。わからない、一つもわかりやしない。そもそも、そんな考えを抱いてしまうことそのものが、わたしの弱さであり甘えでしかないのかもしれなかった。

 

「おーい、ぼっちちゃーーーん!!」

 

 泥沼のような思考、それを遮ったのは耳に馴染むようになってきた底抜けに明るい声色。びくりと肩を震わせながらひとりさんが振り返ると、トレードマークのサイドテールを揺らしながら虹夏さんが駆け寄ってきているところだった。

 

『虹夏ちゃん?どうしたんだろう……』

 

『忘れ物はしていないはずですけど……』

 

 先程解散を言い渡した虹夏ちゃんがこうして後を追いかけてきた理由がわからず、二人揃って疑問符を浮かべてしまう。うっかりわたしが何かやらかしてしまった可能性も考えてみたが、思い当たる節が一つもなかった。

 

「急に引き留めてごめんね。驚かせちゃったかな」

 

「あっ、いえ」

 

「コーラでいい?」

 

「えっ。あ、あの……は、はい?」

 

 こちらに追いつくなり、徐に財布を取り出しては自販機で飲み物を奢ろうとする虹夏さんに、ひとりさんは大混乱だ。わざわざ解散した後にこうする辺り、おそらく二人きりで話したいことがあるのだと思う。ただ、虹夏さんにしては少し、回りくどいやり方だとも感じられた。

 

「それとも、実は他の飲み物の方が良かったりする?」

 

「えっ……」

 

「ぼっちちゃんっていつもコーラ飲んでるけど、たまーに飲みづらそうにしてるなって思ったんだ。打ち上げの時とかアー写撮影の時とか……だから、実は苦手だったりするのかなって」

 

 鋭い指摘に、少しだけドキリとする。コーラは嫌いじゃないけど、少しだけ苦手だ。炭酸の刺激が強くて、ちびちびと啜るようにして飲まないとむせ返りそうになってしまうから。少しでもひとりさんとの違いを隠そうと無理して飲んでいたが、完全に裏目に出ている。

 

 わたしがあまりひとりさんのフリが上手じゃないとはいえ、そんな些細なことに虹夏さんはよく気付いたものだと思う。それだけ虹夏さんがひとりさんを気にかけてくれているという証で、本当にありがたいことだった。

 

「こ、コーラは大好きです。……ただその、上手に飲めないような気分の日もある、といいますか」

 

「ふふ、なにそれ。じゃあ、今日のぼっちちゃんはどういう気分?」

 

「あっ、今日は飲みたい気分です、はい」

 

「よし、それじゃあコーラをどうぞ!」

 

 虹夏さんから差し出されるコーラを、ひとりさんがお礼を言いながら恭しく受け取る。虹夏さんとも最初から比べれば、随分と打ち解けた。最初は何を話すにもわたしの助言を求めていたひとりさんが、尻込みせず自分の考えだけで喋れるようにまでなったのだから。

 

 ひとりさんの言い訳は正直かなり無理があるけども、それを嫌な顔一つすら見せずに笑顔で受け止めてくれるのだから。虹夏さんは面倒見が良過ぎるし、優しくて。裏に潜んでいるだけのわたしすらも、照らされているような錯覚を抱いてしまうくらいに、眩しい。

 

「あっあの、虹夏ちゃん。その、これはどういう……」

 

「うーんとね……あたしって、ぼっちちゃんのこと本当に何も知らないんだなーって、思っちゃったの」

 

「え、いや、そんなことないと思いますけど……」

 

 少し困ったように笑う虹夏さんの言葉に、わたしが抱いた感想はひとりさんと全く同じものだった。そんなことはない、むしろ虹夏さんほどひとりさんを理解してくれる人なんて何処を探してもいやしない。

 

 虹夏さんがひとりさんの弱さと強さ、ギターやライブへの熱情や憧れを受け止めてくれたからこそ、ひとりさんの充実した今が存在している。だから虹夏さんの至った結論は、見当違いな杞憂に思えてならなかった。

 

「お姉ちゃんにね、言われちゃったんだ。リーダーならちゃんとバンドメンバーのことを見てやれって」

 

「て、店長さんにですか……?」

 

「うん。あたしなりに皆のこと気にしてたつもりではあったんだけど、よく考えたらぼっちちゃんのことは全然でさ。好きなものとか、バンドやってる理由とか、たまに浮かべてる凄く辛そうな表情……そういうの、何も知らないまんまだなーって」

 

 星歌さんからの言いつけ、それは明らかにわたしに対する配慮に他ならないように思えた。そうでなければ、敢えて星歌さんが虹夏さんにそんな苦言を呈する理由は一つもないのだから。言うまでもなく、虹夏さんは結束バンドの皆をよく気にかけている。わたしを、除いて。

 

 両親、リョウさん、そして星歌さん。わからない、わたしにとってままならないことばかりが増えていく。虹夏さんの気付きの何割かは、錯覚だ。ひとりさんのことをよく知っているからこそ、わたしの影がちらついたときに惑わされてしまうだけ。そんな誤解に虹夏さんが悩む必要なんて、ありはしないはずなのに。どうして、星歌さんはそんな言葉を告げてしまったのだろう。

 

「ぼっちちゃんはさ、結束バンドに入ってからずっと無理しながら頑張ってくれてるよね?」

 

「む、むむむむ無理だなんてそんな……!?」

 

「流石にそれくらいあたしでもわかるよー。最初のライブもバイトも、喜多ちゃんを引き留めた時だって、人見知りのぼっちちゃんにはすっごく高いハードルがあったことくらいはさ」

 

「し、小心者ですいません……」

 

「違う違う、だから褒めてるの!怖くて、泣きそうなのを我慢してるのがこっちからわかるくらいなのに、ぼっちちゃんはいつも一生懸命だったから。……結束バンドのためにそこまでしてくれることが、凄く嬉しかったんだ」

 

「虹夏ちゃん……」

 

 実際、結束バンドに入ってからの日々はひとりさんにとって無理難題の連続であった。それでも、ひとりさんは極力わたしを頼らずに懸命に今日という日まで歩んできた。そこに至るまでの感情と努力を、こうして虹夏さんはきちんと把握してくれている。何も知らないなんて、どう考えたって間違っている。

 

 虹夏さんからの屈託のない褒め言葉。ひとりさんなら有頂天になって不思議じゃない場面。なのにひとりさんの様子がどこか浮かないのは、普段底抜けに明るい虹夏さんの表情に陰りが見えているからだろうか。

 

「なのに、あたしがぼっちちゃんのことを知らないのがちょっと申し訳ないなー、なんて。……アー写撮影の日みたいに、苦しそうなぼっちちゃんのことは何もわかってあげられなくてさ」

 

 自嘲したように喋る虹夏さんの姿が、見ていられない。ひとりさんも同じなのか、いつも以上に俯きがちだった。虹夏さんがわからないのは、やはりわたしが表に出てる場面の時ばかりで。わたしのことなんて知る必要もなく、思い悩むことなんて一つもないのだと叫びたい衝動に駆られる。

 

 しかし、わたしにそれを伝える手段は一つもなく。そんな酷なことをひとりさんに代わりに伝えさせる訳にもいかない。ただ無情に、わたしを蚊帳の外にしてひとりさんと虹夏さんの会話が続いていく。

 

「ね、ぼっちちゃんはどうしてそんなに頑張れるの?もし良かったら、教えてくれないかな?」

 

「……い、いつも見守ってくれる人が、居るからです。わ、私の心に寄り添ってくれて……だ、だから頑張れるんだと、思います」

 

 ひとりさんのことをもっと知るためにか、虹夏さんが問いかける。しかし、真摯に答えるひとりさんだからこそ、その内容の淵にはわたしの存在が仄めかされていて。どうしようもなく歪で、もどかしい会話の応酬。わたしの存在こそが二人の関係の妨げになっているんじゃないか、そんな恐怖が迫り上がってくるようだった。

 

「それって、前に話してくれた人だよね。確か、いつもぼっちちゃんにギターを弾いてくれる人」

 

「えっ??……あっ!そそそ、そうです、憧れの人なんです!」

 

「大好きだーって熱く語ってくれたもんね。そっか、ぼっちちゃんは大切な家族が居るから頑張れるんだね……あたしも、わかる気がする」

 

『ごめんなさい、ひとりさん……虹夏さんの内に更なる誤解が』

 

『う、ううん、気にしないで。……もう一人の私がそう思ってくれるのは、凄く嬉しいし』

 

 打ち上げの日のわたしのやらかしが尾を引いて、先程までとは別種の息苦しさがわたしに襲いかかって来る。ひとりさんがあまりにも寛大で、純粋にも照れたように喜んでくれることだけが救いだった。

 

 ひとりさんがこうしてわたしを純粋に慕い好いてくれる内は、わたし自身を否定するような言動や思考は慎むべきなのはわかっている。だとしたら、実像のない残影を探して思い悩む虹夏さんは、このまま捨て置かれるしかないのだろうか。そんな不条理を、あまり受け止めたくはなかった。

 

「教えてくれてありがと。……実はね、リョウにもぼっちちゃんのことを聞いたんだ」

 

「リョウさんに、ですか……?」

 

「うん、最近仲良さそうだから色々知ってるんじゃないかと思ってね。そしたら『ひとりのことは共有するんじゃなくて、虹夏自身が気づいてあげるべきだと思う』って……あのリョウがさ、凄い真面目な顔でそう言ったんだ」

 

 虹夏さんにとってリョウさんは同じ学校に通う友達であり幼馴染み。悩みを抱えた時に、相談する相手として頼るのは当然のことだった。

 

 わたしはリョウさんに口止めをしていない、することもできない。だからリョウさんはわたし達に対する見解を虹夏さんに話すこともできたはずだ。むしろ、思い悩む虹夏さんの疑問を解消してあげるためにそうした方が自然だったはず。なのにリョウさんがその選択を取らなかった理由は、それを望まない誰かが居ることを察していたからとしか思えなかった。

 

 星歌さんにせよリョウさんにせよ、抱いた違和感を吹聴しないでくれているのはきっと優しさからなのだろう。わたしという存在は後藤家と同様に、STARRYでも誰かの善意によってその存在を許容されている。善意によって生かされている身なのに、それを返すどころか仇で返しているこの現状が、ただただ息苦しい。

 

「リョウがそんな風に言うからさ、あたしはぼっちちゃんの大切なことに気付けてないんだってわかっちゃったの。……リーダーとして情けないっていうか、ちょっと自信なくしちゃって」

 

『どうしよう、虹夏ちゃん落ち込んでる……ど、どうして私は気の利いた言葉の一つも思い付かないんだろう……』

 

『いえ、ひとりさんが悪い訳では……』

 

 ひとりさんは何一つ悪くない。この場でひとりさんが言えるようなことなんて、あまりにも限られている。もちろん虹夏さんだって何も悪くない。虹夏さんは真面目だから、結束バンドのためにひとりさんを理解しようとしているだけなのだから。

 

 言うまでもなく、悪いのは全部わたしだった。どう考えたって、中途半端に自分の影を踏ませてしまったわたしが悪いに決まっている。

 

『……でも、もう一人の私ならきっと。虹夏ちゃんに伝えてあげられる言葉がたくさん、あるんだよね?』

 

『それは、ないとは言いませんけど……』

 

『だよね。いつだって、もう一人の私は何度も私を励ましてくれたもん。……だから私だけじゃなくて虹夏ちゃんにも、そうしてあげてくれないかな』

 

 ひとりさんの言う通り、虹夏さんに言ってあげたいことは山ほどある。わたしなんかの言葉にどれほどの意味があるかはともかくとして、ずっと伝えたい感謝が山ほど積み重なっている。ただ、それを伝えるのが正しいことなのだろうか。本当に虹夏さんに必要なのはひとりさんの言葉で、わたしがこれ以上喋るのは二人の誤解を深めるだけなんじゃないか。わたしはひとりさん以外への誰かへの気持ちを、それほど信用できていない。

 

『ひとりさん……でも、わたしは』

 

『大丈夫。私ともう一人の私、虹夏ちゃんへの気持ちは全部一緒のはずだから……お願い、もう一人の私』

 

 お願いという形を取ってはいるものの、これはひとりさんのわたしへの心遣いに違いない。リョウさんや星歌さんの時と同じ、わたしが傷つかないようにという優しさにあふれてる取り計らい。大丈夫なんて断定的な言葉を使うのは、ひとりさんにとってとても勇気のいる行動だったはずだ。だから少なくとも、わたしがその勇気に背く訳にはいかなかった。

 

 大丈夫、そう、大丈夫。わたし自身の思考すら信用ならないけど、他ならぬひとりさんの言葉なら信じられるような気がした。

 

「……ごめんね、急にこんな話。困っちゃうよね」

 

「虹夏さん!!」

 

「……うぇっ!?ど、どうしたのぼっちちゃん?」

 

 ひとりさんの勇気と信頼に応える、その覚悟を決めた時にはすでにわたしの意識が表に浮上していた。真っ先に視界に映った虹夏さんは、一層その表情に影を落としていて。その姿を確認した瞬間、わたしは居てもたってもいられずに、気づけば大きな声を出してその名前を呼んでしまっていた。

 

 ひとりさんには似つかわしくない、お腹から通る張り詰めた声。そして、どう考えたって致命的な呼び間違え。でも、そんなことに割く余裕すらないほどにわたしの思考は目の前の虹夏さんについていっぱいいっぱいで、喋りだす口も今更止まってくれる様子はなかった。

 

「わたしはあの時、虹夏さんが声をかけてくれて嬉しかった!!」

 

 あの日、虹夏さんがひとりさんに気付いてくれたからすべてが始まった。ひとりさんの青春、バンド、ロック。ひとりさんが率先して表舞台に立ち、大切な誰かと笑いあう光景。願ってやまなくて、でもわたしが与えてあげられなかったそれを与えてくれたのは、間違いなく虹夏さんだった。

 

「虹夏さんが手を引いてくれたのがとても心強かった。心が折れかけた時、カッコ悪くなんかないって。虹夏さんが努力をわかろうとしてくれたことに、とても救われました!」

 

 背筋を伸ばし、真っ直ぐに虹夏さんを見据えてただ思いついた言葉を吐き出し続ける。虹夏さんは明らかに戸惑っているけれど、その暗い表情を払拭できるのならいくらでも言葉を費やす価値はあるように思えた。

 

「虹夏さんが連れてきてくれた場所。STARRYに結束バンドは、本当に素敵な場所でした。みんな優しくて、毎日がキラキラしていて楽しくて……わたしには、勿体無いほどで。それは、虹夏さんのお陰なんです」

 

「そんな、むしろあたしがぼっちちゃんに助けられてーー」

 

「同じくらい、わたしも助けて貰いました。……感謝してもしきれないほどに。本当に、ありがとうございます」

 

 喉のつかえが取れたかのように、口にすることはできないと思っていた感謝の言葉がすらすらと出てくれる。わたしは優しくない、ひとりさん以外にはどうやったって本質から優しくは在れない。でもひとりさんの優しさなら信じることはできるから、その優しさを借りることでわたしも優しく在れるような気持ちになれた。

 

「虹夏さんのお陰で今の、結束バンドの後藤ひとりがいます。虹夏さんがわたしのことを何も知らないなんてことは決してありません!だから……いつもの前向きで笑顔な虹夏さんのまま、進み続けて欲しいんです」

 

「……もう、ずるいなぁぼっちちゃんは」

 

 虹夏さんがわたしの顔を真正面から見据えて、笑いかけてくれている。自分勝手に言いたいことだけを虹夏さんに押し付けておきながら自身の正体はひた隠しにして、確かに私はずるいことをしているのかもしれない。それでも、卑怯で恥知らずな行いだったとしても。いつもの朗らかな笑みを虹夏さんが取り戻してくれたのならば、わたしの行動には意義があったのだと思いたかった。

 

「こんな時ばっかり頼もしくなって……そんな風に言われたら、あたしはもう頷くしかないじゃん」

 

「す、すいません。勝手なことばかり言って……」

 

「謝らないでよ、嬉しかったんだから!……うん、ぼっちちゃんがこんなに信じてくれるんだもん。あたしがへこたれてちゃ駄目だよね、よし元気出た!」

 

 虹夏さんが頬を両手で軽く包み、ぽんぽんと優しく叩いて佇まいを直す。そうすると、底抜けに明るくていつもみんなを引っ張ってくれる結束バンドのリーダーの姿に戻ってくれていた。

 

「明日のオーディション、絶対成功させよう。そして、絶対お姉ちゃんをぎゃふんと言わせてやるんだから!」

 

「はい、頑張りましょう」

 

『い、いつもの虹夏ちゃんだ……。私の言いたかったことを全部言ってくれた。ありがとう、もう一人の私』

 

『いえ、わたしはその……大したことはしていませんから』

 

 片腕を空に向けて突き上げて気合を入れる虹夏さんに合わせて、ひとりさんの代わりに明日への意気込みを込めて頷く。ひとりさんがお礼を言ってくれるが、本当にわたしは何も大それたことをしていない。ひとりさんとわたしが受けた虹夏さんへの恩、それに比べればわたしの費やした言葉なんてちっぽけなものだ。

 

「虹夏さっ……虹夏ちゃんこそ、無理はしていませんか?」

 

「えっ、あたし?」

 

 虹夏さんが元気を取り戻してくれた安堵感からか、わたしの口は軽くなって余計な言葉を吐いてしまう。ひとりさんからの体裁ばかりの頼まれごとが済んだ以上、まったく持って余計な質問でしかない。それでも、思わず気になってしまうくらいには常々わたしが心配していたことだった。

 

「学校での勉強にバンド、ライブハウスの手伝いに家事までしてるんですよね?なのに、今みたいにわたしたちバンドメンバーのことまで気にかけてくれて。そんなの、大変じゃないはずないです……無理は、していませんか?」

 

「よくみてるね、ぼっちちゃんは。うん……確かに、これっぽっちも無理をしていないかって言うと嘘になるかも」

 

 結束バンドの中で一番無理をしているのは虹夏さんなんじゃないか。そんなわたしの予想は、本人の口から呆気なく肯定をされた。虹夏さんの通う学校は進学校である下北沢高校で、成績を維持するためには決して片手間で済ませられる勉強量ではないはずだった。

 

 バンドに全力な虹夏さんはもちろんライブの練習には一番熱を入れている。その上で毎日のようにライブハウスの仕事をして、家事すらもたくさん虹夏さんが請け負っていると聞いたことがあった。とてもじゃないが、普通の女子高生のキャパシティを超えてしまっている。そんなわたしの嫌な懸念は、当たってしまっていたらしい。

 

「でもね、あたしには夢があるから!だから、少しの無理くらいはへっちゃらなんだ」

 

「……虹夏ちゃんの、夢って?」

 

 無理をしている。そんな疲労感を一切感じさせないほどに、夢があると宣言する虹夏さんの姿は眩しかった。その在りようがあまりにもわたしとはかけ離れ過ぎていて、思わず聞き返したことを即座に後悔する。

 

 少なくとも、わたしが問うべきではない内容だから。わたしが夢を聞いたところでその重みを受け止めることはできない、一緒に背負うことなんて言わずもがなだ。虹夏さんと一緒に夢を観れるのはひとりさんなのだから、わたしが介在すべきではなかったのに。

 

「……うーんとね、内緒」

 

「えっ?」

 

「喋っちゃったらさ、きっとぼっちちゃんは今以上に無理しちゃうでしょ?だから、あたしだけそうやって背負わせちゃうのはなんか違うかなって」

 

 虹夏さんの説明は、わたしにも腑に落ちるものだった。確かに、虹夏さんの夢を聞いたらひとりさんは今以上に奮起するに違いない。でもそれは、いけないことなのだろうか。

 

 虹夏さんからはこれ以上何か背負わせてはいけないと思うほどに、ひとりさんが重荷を背負っているように見えるのだろうか。実際にわたしが背負わせてしまっていると言われれば、否定する言葉をわたしは持っていないけれど。

 

「あたしね、ぼっちちゃんのことをちゃんと理解してあげたい……結束バンドのリーダーとして、ぼっちちゃんの全部を背負ってあげられるようになるから!だからそれまで、ぼっちちゃんには秘密だよっ!!」

 

「虹夏さん、それは……」

 

「じゃ、明日よろしくね〜!」

 

 わたしは、虹夏さんに手を差し伸べられるべき存在ではない。虹夏さんが背負ってくれるのは、ひとりさんの気持ちだけで充分なのに。掴んでも、いつか溶けて消えて行くような存在を気にかけてしまうのは虚しいだけ。それを伝えられる言葉はわたしにはなく、引き留めようと伸ばした手も空を切るだけだった。

 

 意気揚々と走り去って行く虹夏さんの姿を、茫然と見送る。空虚な誓い、きっと果たされない秘密の共有。そんな無意味なものを虹夏さんに掴ませてしまったのに、胸の内は暖かく鼓動は激しく波打っているのが、いつまで経っても解せないでいた。

 

『帰ろう、もう一人の私』

 

『……すいません。ええ、そうですね』

 

 余韻に浸るようにいつまでも突っ立っていたところを、ひとりさんに声をかけられて正気に戻る。言われるがままに、熱に浮かされた身体から逃げるようにひとりさんへと身体を明け渡した。

 

「虹夏ちゃんの夢ってなんだろう?やっぱり売れて武道館ライブ、なのかな」

 

『どうでしょう。もしかしたら、もっと壮大な夢かもしれませんね』

 

 再び帰路を歩くひとりさんと、会話に花を咲かせる。意図的か無意識かはわからないけど、わたしと虹夏さんの関係については一切触れないでくれるのがありがたかった。その話題について、今のわたしは上手に言葉を尽くせる気がしなかったから。

 

 虹夏さんの夢については、バンドとライブに関係ありそうなことしかわからない。けれど、一生懸命に突き進む虹夏さんの夢は一際素敵なものに違いないと、不思議と確信できるような気がしていた。

 

「もう一人の私には……夢ってある?」

 

『わたしの夢、ですか?』

 

 ひとりさんからの唐突な問いかけに、頭を悩ませる。わたしの夢は、ひとりさんの夢であるべきだ。わたしの存在意義からいっても、それ以外は決して望んでいけないことは自分に言い聞かせている。しかし、それはきっとひとりさんの求めている答えではないことも理解できてしまう。

 

 わたし自身の夢、望み。考えた時に浮かんだのは、ふたりがわたしのために描き足してくれた一枚の絵だった。虹夏さんにリョウさんと喜多さんにひとりさん、その隣に当たり前のようにわたしが笑っている。そんな絵空事。

 

 それは紛れもなくわたしの理想の光景で、夢といって差し支えないものに違いなかった。

 

『これからもひとりさんの側で、結束バンドの皆さんを見守り続けること。……でしょうか』

 

「それが、もう一人の私の夢……なの?」

 

『はい』

 

 わたしの存在限界はおそらく、結束バンドの最終的な活動時間と比べれば圧倒的に短いのだと思う。いくら察しが良くても、そんなニュアンスはひとりさんに伝わっていないだろう。わたしが見届けられるのは多分ひとりさんが一人前になるまでで、結束バンドの終着点を見届けることはない。だからこそ、これは紛れもなく夢なんだ。

 

 特段悲しむことではないだろう。誰にだって遅かれ早かれ終わりは訪れるものだし、夢半ばで破れる人間なんていうのは五万といる。わたしはそれが、ほんの少し早いだけに過ぎないのだから。そうでも思わなくては、とてもやり切れそうにない。

 

「そっか……私、分かったような気がする」

 

『ひとりさん?急にどうしたんです?』

 

「やっと見つけたんだ、バンドのために私ができること……明日のオーディション。もう一人の私は手を貸さないで、ただ見守ってて欲しいんだ」

 

 急に足を止めたひとりさんから告げられた言葉は、オーディションへの重圧に押し潰されそうだった先程からは考えられないもので、つい耳を疑ってしまう。しかし、ひとりさんの声には確かな決意が込められていて、それがいつもの単なる思いつきの類でないことは明白だった。だからわたしも、真剣に耳を傾けざるを得ない。

 

『それは、一人だけでステージの上に立つということでしょうか?』

 

「う、うん。……明日はもう一人の私のアドバイスにも、応援にも頼らない。私だけの力で、演奏を乗り切らなきゃいけないと思うんだ」

 

『明日のオーディションは結束バンドの今後を左右するかもしれない、重要な局面です……それでも、ひとりさんはそうすることを選ぶんですね?』

 

「うん!結束バンドのために……なにより、私達のために。頑張りたいから」

 

 試すかのように不安を煽るような言葉選びをしても、ひとりさんが揺らぐことはなかった。それだけ、意志は固いのだろう。ならばもう、わたしから言えるようなことは何もない。わたしがひとりさんの成長を阻むようなことは、あってはならないから。

 

 ひとりさんの中でどういう結論が下されたのかはわからないが、目指すべき道が見えたのかもしれない。わたしに頼らずステージの上で演奏できるようになること。それが一番の成長なのだと分かりきっていたのだから、ひとりさんは自らの手でその最善手を選ぶことができたということなのだろう。

 

 ひとりさんはもう、誰かの導きがなくとも成長していける。喜ぶべきことだ、決して寂しいなどと考えてはいけない。何度だって自分に言い聞かせて見せる。この感情を悟られぬように、努めて明るい声を絞り出す。

 

『わかりました、ひとりさんの意思を尊重します。でも、忘れないでください……わたしはずっと、ひとりさんの側で見守っていますから』

 

『ありがとう。……こ、怖いし、心細いけど。夢を叶えられるって信じられる演奏を、きっとやってみせるから』

 

 力強い宣言と共に、ひとりさんが星空へと手を伸ばす。ひとりさんにはこの星々がどう見えているだろうか。今にも掴めそうなほど、近くに感じられているだろうか。そうであって欲しい。眩い星座の輪に自分の居場所があると信じられるようになったらもう、ひとりさんは大丈夫なはずだから。

 

 わたしの手からすり抜けてゆく何もかもが、ひとりさんの掌にそっと受け止められて、糧となりますように。

 

 

 

「結束バンドです」

 

 ついに、オーディション決行の瞬間を迎えた。ステージの上に立つ結束バンドの皆は、挨拶をしたリーダーの虹夏さんを含めて緊張を隠せない表情をしている。あのいつもは飄々としたリョウさんですらそうなのだから、皆のこの日に掛ける想いの強さがわたしにすら伝わってきていた。

 

 観客席に座るのは、審査員である星歌さんとPAさんだけ。星歌さんの表情は険しく、そこからは評価に一切の妥協はしないという厳しさがありありと現れていて。それが皆の緊張をより一層と高めている。

 

 でも、この中で一番緊張してしまっているのはやはりひとりさんだった。胃はキリキリと痛みを発し、頭痛は鳴り止まない。腕や脚は気を抜けば震え出してしまいそうで、抑えるために力を込めて身体はガチガチだ。目眩すらしてきそうで、この場に立っているだけで限界なのがわたしには鮮明に感じられた。

 

 かく言うわたしも、限界ギリギリだった。気を抜けば叫び出してしまいそうなくらい、今すぐにでもひとりさんに声援を送り勇気付けてあげたかった。暴走する衝動を喉元で押さえ込み、意識の奥でそっと息を潜める。わたしの勝手で、ひとりさんの勇気と挑戦を踏み躙ってはいけないから。ただその頑張りが報われますようにと、祈りを込めるだけだ。

 

「じゃあ、『ギターと孤独と蒼い惑星』って曲、やりまーす!」

 

 少し上擦った虹夏さんの宣言を合図に、演奏の瞬間が今や今やと近づいて行く。四人で顔を合わせアイコンタクト、準備は万端だった。正面へと向き直り、ひとりさんは一つ大きく深呼吸をした。力の入った手脚から力を抜くように。そして、自身の内にある何かを確かめるかのように。

 

『見ていてね、もう一人の私!』

 

 もちろん、意識の底で何度だって頷く。片時だって目を離すことはない、奏でる音色は一つだって聞き漏らすつもりはない。ひとりさんには結束バンドの皆が居て、もちろんわたしだって側にいる。それが伝わるように、ただ想いを馳せていた。

 

 

 虹夏さんのシンバルの音を合図として、結束バンドの演奏の幕が切って落とされる。わたしが何度も練習を通して聞いた、四重奏。わたしだからこそわかってしまう、いつもと違いどこか息苦しそうな音を奏でるひとりさんのギターが、耳につくような演奏。今日という日も、例外なくひとりさんはその本領を発揮できていなかった。

 

【突然降る夕立 あぁ傘もないや嫌 空のご機嫌なんか知らない】

 

 最初のライブとは違い、今回は喜多さんがいるからボーカルが載っている。だというのに、わたしは既視感に襲われていた。このオーディションでの演奏は初めのライブによく似ている。どうしようもなくそう感じてしまっているわたしがいた。

 

 あの日のライブとは何もかも違うはず。ギターボーカルの喜多さんが加わり、曲だって結束バンドのオリジナルだ。なのにそんな印象を抱いてしまうのは、結束バンドの演奏の本質が始めと何も変わっていないからなのかもしれない。

 

 喜多さんの歌声は力強いけど、ギターの方はまだ発展途上だ。時折もたつくし、ストロークもぎこちない。でもそれは仕方のないことだ。喜多さんのギター経験を考えれば、ギターとボーカルを両立しているだけであまりにも上出来なのだから。

 

 それ以上に気にかかるのはやはり、ひとりさんのギターと噛み合わないことだろう。ひとりさんは突っ走らないように、何処か抑えたような縮こまった演奏をしてしまっている。喜多さんは自信がないのに、ひとりさんも似たようなギターを奏でているから思うように合わせられず、二人のギターはどうにも足並みが揃わない。

 

【季節の変わり目の服は 何着りゃいいんだろ】

 

 もちろん、リョウさんと虹夏さんのフォローは手厚い。経験に裏打ちされた安定感のある演奏で、不安定な二人のギターを制御し導いてくれている。このライブが破綻していないのは二人のお陰だと、わたしにもわかるくらいに。リズム隊が上手ければバンドは成立する、それを体現するかのようだった。

 

 それこそが、最初のライブと同じと感じてしまう原因なのだろう。危ういギターを、ベースとドラムが必死にフォローするから成り立つバンド。最初のライブから何一つ変わっていないことの、証左になってしまうのかもしれない。

 

【春と秋 どこいっちゃったんだよ】

 

 聴ける演奏になっている、普通の女子高生バンドならそれで充分だ。でも結束バンドの目指す先は、虹夏さんの志す夢の先はそんな小さな場所ではないはずだ。なによりこれでは、星歌さんは決して納得してはくれそうにない。

 

 大丈夫だろうか、そんな不安がわたしの感情を支配する。けれど、メンバーではないわたしにできることは、結束バンドの皆とひとりさんを信じることだけ。ただ信じて待つということが、こんなにも苦しいことだなんて知らなかった。

 

【息も出来ない 情報の圧力】

 

『結局成長ってなにか、わからなかった』

 

 喜多さんの歌声と共に、ひとりさんの声が脳裏に響く。これは多分、わたしに向けられたものじゃない。ギターを奏でることに夢中で、そこに向ける想いを強く念じてしまっているから。それが勝手にわたしにも伝わっているだけなんだろう。

 

『でも、今私はこの結束バンドの皆でちやほやされて、バンドをし続けたい……虹夏ちゃんの本当の夢も叶えてあげたい』

 

 伝わってくるのは、ひとりさんの結束バンドに掛ける願いと覚悟。毎日のように明日を怖がっていたひとりさんが、誰かとの未来を望んでいる。自分のことですらいっぱいいっぱいだったひとりさんが、大切な人の夢を背負えるようになろうともがいている。その一つ一つが、紛れもなくひとりさんの成長に他ならなかった。

 

【めまいの螺旋だ わたしはどこにいる】

 

『なにより、もう一人の私のために』

 

 唐突に流れてくる、わたしに宛てられたそのメッセージに思考が停止する。何故、どうして。そんな混乱する感情がひとりさんに影響を与えないように、堰き止めるのが精一杯だった。

 

『もう一人の私は、私と同じくらい結束バンドに特別な想いを抱いてくれている。ギターしかなかった私と同じ夢を、見ようとしてくれている……もう一人の私には、違う道がいくらでもあったはずなのに』

 

 ひとりさんの思考が加速すると共に、身体がどんどんと前へと傾いて行く。まるで沈み込むように、音にのめり込んでいくように。わたしは視線から覗く光景を、ただ息を呑んで見守っている。

 

【こんなに こんなに 息の音がするのに】

 

『もう一人の私はこんなに素敵な場所に、私を連れてきてくれた。一緒に歩いてくれた……今度は、私の番。結束バンドの皆と一緒に、たくさんの素敵な光景を見せてあげたい!』

 

【変だね 世界の音がしない】

 

『だからこんな所で、私は立ち止まってなんていられないんだっ!』

 

 サビへとたどり着くその瞬間。ひとりさんが地面を踏み締めて、一条の雷が轟いた。わたしが何百何千と聴き続けた、わたしの世界と言っても過言ではない音色。ギターヒーローの演奏が、ステージ上へと鳴り響いていた。

 

【足りない 足りない 誰にも気づかれない】

 

 ひとりさんのギターが、ギアを突然あげたかのように激しさを増す。歌うようなギタービブラートに、力強いストローク。ギターヒーローとしての技巧を脇目も振らず、暴力的に叩きつけて行く。私の音を聞け、ついて来いと訴えかけるように。

 

【殴り書きみたいな音 出せない状態で叫んだよ】

 

 リョウさんのベースと虹夏さんのドラムも、ひとりさんの変化に即座に対応して合わせ方を変えてくれている。ひとりさんのギターを補う演奏から、ひとりさんの演奏を引き立ててくれる演奏へ。その瞬間から、はっきりと分かるほどに音の一体感が底上げされた。

 

【「ありのまま」なんて 誰に見せるんだ】

 

 喜多さんもまた、ひとりさんという指標を見出したことでギターの安定感がグッと増した。喜多さんがひとりさんの音を信じ掻き鳴らすことで、ギターの演奏も噛み合い調和が取れる。

 

 そして喜多さんがひとりさんの叫びを、届けてくれる。本当ならか細く、途中で掻き消されてしまいそうな切実な声を、透き通る声で響かせてくれる喜多さんの存在が心強かった。これこそが、結束バンドの音楽だと感じさせてくれる何かが確かに存在していた。

 

 ひとりさんだけのギターとは違う。私を落ち着かせて、没頭させてくれる音楽とは別種の良さがあった。こんな冷めたわたしでも、思わず興奮してしまうような。共感を覚えて、こんなわたしでも夢を信じて良いのだと思わせてくれる演奏。いつの間にかわたしは、ひとりさんの残した言葉の意味すら考えるのを放棄して、ただ奏でる音に没頭していた。

 

 今この瞬間、わたしは本当の意味で結束バンドのファンになったのかもしれない。

 

【馬鹿なわたしは歌うだけ ぶちまけちゃおうか 星に】

 

 演奏が終わりに差し掛かる。最後の一瞬まで聞き逃さないように、意識の底で耳を澄ませる。ひとりさんはようやく見つけたのだろう、ありのままの自分を見せられる場所を。その才能を余すことなく発揮できる、信頼できる人達の輪の中に。

 

 ひとりさんのありのままはきっと、この星の集まる場所を中心として轟いて行くのだと。わたしは勝手ながら、そんな確信を抱いていた。

 

「ありがとうございました!」

 

 演奏が終わり、全員揃って頭を下げる。揃っていたのは頭を下げるタイミングだけで、声にするタイミングはバラバラだったけど。それだけみんな緊張していて、演奏に夢中だったのだろう。聞いていただけのわたしですら、未だ興奮冷めない状態なのだから。

 

「いいんじゃない……って言いたいところだが。ドラム、肩に力入れすぎ。ギター二人、下向きすぎ。ベースは自分の世界に入りすぎ」

 

 審査員である星歌さんが演奏の批評を口にし始める。評価は開口一番から辛口で、虹夏さんや喜多さんがみるみると表情に影を落として行く。でも、わたしはあまり心配をしていなかった。素人のわたしすら引き付ける音楽が、星歌さんに響かない可能性は低いから。

 

「でも、まぁお前らがどんなバンドかはわかったけどね」

 

「アドバイス、ありがとうございます……」

 

 結束バンドがどんなバンドか、それがオーディションを通して星歌さんが一番知りたかったことなのだろう。そして結束バンドの熱意は無事星歌さんにも伝わった。無事、オーディションを乗り越えて合格することができたのである。

 

 今すぐひとりさんとこの喜びを分かち合いたかったが、どうにも虹夏さん達の表情は浮かないままで。これは間違いなく、合格だという星歌さんの意図が伝わっていないのだろう。確かにわたしも当事者だったら、不合格だと誤解しかねない分かりづらさだった。オーディションは終わった、まずは少しでも早くひとりさん達を安心させてあげよう。

 

『もう一人の私、ごめん……』

 

『ひとりさん、合格!合格していますよ!』

 

『えっ!!?で、でも店長さん一つも褒めてなかったし……』

 

『気持ちは痛いほどわかります。でも、わたしを信じて確認してください、ね?』

 

「あっ、あの店長さん……それって合格ってことでよかったり、するんでしょうか?」

 

「あら、後藤さんよくわかりましたねー」

 

「最初からそう言ってんだろ。合格、合格だよ」

 

 ひとりさんがおずおずと質問すると、PAさんが意地悪そうな笑顔で答えて、星歌さんが拗ねたように追従する。突然の合格発表にステージはどよめき、妹の虹夏さんすら理解できずに驚いたような声をあげていた。わたしとPAさんの二人しか察せられない星歌さんの分かりづらさも、相当である。

 

「もう、お姉ちゃんわかりにく過ぎー!!」

 

『え、えっ、つまり私……やれたって、ことなのかな?』

 

『はい。ひとりさんの頑張り、見届けさせてもらいましたよ。ひとりさんはやっぱり、凄いです。ロックスターになるべき逸材なのだと、今日で確信しました』

 

『い、逸材だなんてそんな……え、えへへ』

 

 ようやく合格の安堵を得られたひとりさんと、その喜びを分かち合う。普段ならあまりにも大袈裟な褒め言葉は、調子に乗りやすいひとりさんには毒だから控えているけど。今日ばかりは、頑張ったひとりさんにそれを惜しみなく与えてあげようとおもった。加えていうならば、大袈裟ではないのかもなんて予感もあったりする。

 

「やった! 合格ですって、私達やったのよひとりちゃん!」

 

「わわっと……は、はいっ!」

 

 隣にいた喜多さんが喜びを露わにしながら、ひとりさんに飛びつくように抱きついてきた。普段なら私なんてと遠慮しそうなひとりさんも、戸惑いがちながらも笑顔で受け入れている。それくらい、嬉しさと達成感に包まれているってことなのだろう。

 

 ひとりさんにはわたし以上に喜びを分かち合える、共に頑張った仲間がいる。少しだけ寂しいけれど、喜多さんと喜び合うひとりさんの姿は本当に幸せそうで。そんなことが気にならなくなるくらい、わたしも微笑ましい気持ちになれていた。

 

「でもひとりちゃん、やっぱり凄かったわ!」

 

「喜多さんすみません、ちょっと……」

 

「ひとりちゃん?」

 

『……どうしました、ひとりさん?』

 

 仲睦まじく寄り添っていたかと思えば、ひとりさんが飛び退くようにして急に喜多さんから距離を取る。異常な挙動を取ったひとりさんにきょとんと首を傾げる喜多さんに対して、わたしはひとりさんの慌てようの原因が手に取るようにわかってしまった。

 

 ひとりさんのお腹の中、異常な痛みを発している胃の部分。ひとりさんのピンチの原因は間違いなくこれだった。

 

『慣れないことをしたから胃酸が大量に……ご、ごめんもう一人の私、ちょっと代わって欲しいかも……は、吐きそう』

 

『わたしのことは気になさらず。大至急、今すぐにお任せください』

 

 極限状態にも拘わらず変な遠慮を見せるひとりさんに、間髪入れずに肯定の言葉を吐いて速やかに身体の主導権を代わってもらう。その瞬間、胃から胃酸と共に中身が競り上がってくる感覚を覚えては、それを堪えるために口を抑えてゆっくりと深呼吸をする。 

 

 しばらく深呼吸を続ければ、少しずつ吐き気は治りつつある。STARRYの大切なステージをまさか、わたし達の吐瀉物で汚してしまう訳にはいかない。間一髪、限界を迎える前にひとりさんがわたしを頼ってくれてよかった。

 

『ひとりさん、こういう時は無理をなさらずに。すぐに頼ってくれていいんですよ?』

 

『うん、ありがとう……じゃあ、もう一つだけ。すごく疲れて、眠いんだ。帰るまでもう一人の私に任せても、いいかな』

 

『任せてください……ゆっくりおやすみ、ひとりさん』

 

 わたしの返事を待たずしてひとりさんは眠りについたようだった。気を抜けば眠りについてしまうくらいに、ひとりさんの精神は疲れてしまっていたのだろう。そんな無茶をして一人でステージ上に立ったのは、ただ結束バンドとわたしのためなことは明らかで。誰かのためにならどこまでだって一生懸命になれる、ひとりさんの姿が誇らしかった。

 

「リョウも気付いた?ぼっちちゃんの演奏」

 

「うん」

 

 吐き気が完全に収まって、振り返ればリョウさんと虹夏さんがひとりさんのギターについて何やら話合っているところだった。あれほど鮮烈な演奏をひとりさんがして見せたのだ、二人も間違いなく感じ取れるものがあったのだろう。もしかすると、虹夏さんはこれをきっかけとしてひとりさんがギターヒーローだと気付くのかもしれない。

 

 でも本当に、今日のひとりさんは格好よかった。わたしの手を一切借りずにステージの上に立ち、自らの意志と勇気とその努力に裏打ちされた技術で目の前の困難をぶっ飛ばした。まさに、ギターヒーローという呼び名に相応しい活躍ぶりだったと思う。そう、もうわたしが付いてなくても大丈夫なんじゃないかと思ってしまうくらいに、ひとりさんは立派に成長していた。

 

 

 ――そう考えた瞬間、わたしの意識は突然に暗転した。まるでわたしが生まれた時と真逆のような、深い奈落の底に落ちていくような異様な感覚。意識の底に引っ込むどころではない、底の底まで突き抜けて沈みゆくような異様な感覚に支配される。落ちる、沈む、掠れる、瞬く、溶ける。全身の感覚が消え失せ、ただただ、堕ちていく。

 

 

「――ちゃん、ひとりちゃん!!」

 

 立っていることすらできず、この奇妙な感覚に身を委ねたまま行き着くところまで行くしかない。そう諦めていたわたしを引き戻してくれたのは、とても心強く柔らかで繊細な声だった。

 

 さっきまでひとりさんの叫びを、代わりに届けてくれていた人。喜多さんがわたしの身体を抱きしめて支えてくれていた。おそらく、倒れそうになったわたしを咄嗟に受け止めてくれたのだろう。それなりに距離が離れていたのに、凄い運動神経だなんて場違いな感想を抱いてしまう。

 

「ひとりちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫、です。合格だと安心したら、つい力が抜けてしまって……大したことじゃ、ないです」

 

「大したことないって、そんな風に見えないわよ……」

 

 心配させないように、笑みすら作って見せながらそれっぽい理由も仕立てたけれど。喜多さんは安心するどころか、悲痛な声を出しながらその綺麗な顔を悲しそうに歪めていた。わたしが意識を失った時間はおそらく、ほんの一瞬程度だと思う。わたしの倒れ方はそれほどまでに、危なっかしいものだったろうか。

 

「ぼっちちゃん……本当に、大丈夫なんだよね?」

 

「……はい。ほら、もう自分で立って歩けますから」

 

 抱きしめて離そうとしない喜多さんの手をやんわりと振り解き、もう平気だとアピールしても虹夏さんはその痛ましい表情を変えてはくれなかった。虹夏さんのよく知るぼっちちゃんは、ひとりさんは大丈夫なはずだ。これはわたしが表に出たから起こった出来事で、ひとりさんには関係ないしおそらくだが影響もないはず。

 

 だからそんな、今にも泣き出しそうな表情はしないで欲しい。

 

「ひとり。後のことはいいから、休憩してなよ。それで体調が万全になったらすぐ帰ること、わかった?」

 

「……わかりました。迷惑をおかけして、すいません」

 

「いいから」

 

 リョウさんが出してくれた助け舟に、わたしは頷くしかなかった。その申し出はとんでもなくありがたく、今は一秒でも早く一人になって自分の現状を整理したかった。後片付け等を一方的に押し付けることになったのが、心苦しい。

 

 でもそれ以上にあのリョウさんにあんな気遣いをさせて、深刻な顔にさせてしまったことが不甲斐なくて。ただただ、申し訳なかった。

 

 

 ◇

 

 

 STARRYの一室、星歌さんが休息のために貸し出してくれたスペースに腰を落ち着けて呼吸を整える。未だ頭痛が鳴り止まず、あまり働いてくれそうにもない頭で考えるのは、先程のわたしに起きた異変についてだった。

 

 意識が暗転する直前、わたしが考えたのはわたしの居ないひとりさんの行く末についてだった。わたしという存在が居なくても立派に生きていけそうなひとりさんを思い浮かべた瞬間に、わたしの意識はあの異常に襲われた。これはきっと、ただの偶然ではない。

 

 わたしは否が応でも気付きつつある。ひとりさんが豊かに生きていく上で、わたしという存在を必要としなくなりつつあることに。わたしという人格はひとりさんの困難を肩代わりするために生まれたものだから。ひとりさんが困難を一人で解決できるようになれば、その存在は必要なくなる。存在理由のなくなった人格が消えゆくのは、当然の結果と言えるだろう。

 

 今回は寸前で免れたが、きっとわたしは存在意義を失って消失しかけていた。先程の異変の正体はそうに違いない、あまりにも辻褄が合い過ぎていた。

 

「……随分と、早いですね」

 

 ふたりが中学生になる姿を見られない、なんてわたしは随分と余裕のある見積もりをしたものだ。わたしは小学生のふたりすら拝めずに消えていくのだろう。渇いた笑いすら出そうにもなかった。わたしの終焉は、予想よりも遥かに早く訪れるものだったらしい。

 

「……仕方ない、ですよね。それだけひとりさんが、大きくなったということです」

 

 悲しさや悔しさ、虚しさ。それらを全て飲み込んで半濁し、喜ぶべきことなのだと己を律する。ひとりさんがわたしに素晴らしい光景を見せようと奮起した結果だ、何を嘆くことがある。ひとりさんが辿り着かせてくれるその場所はきっと輝かしいもののはず、それがわたしの終焉を伴うものであろうとも。そうでも思わないと、頭がおかしくなりそうだった。

 

 こういうのを、人格の統合というのだろうか。詳しいことは知らない。一度調べて見ようかと思ったが、恐ろしくて途中で見るのをやめてしまった。精神の類の病院にも行ったことはない。本来なら、わたしが両親に話して行くべきだったのだ。そうしなかったのは両親に話す勇気がなかったから、怖かったんだ。

 

 結局、後回しにしていたツケが回ってきただけ。受け入れるしかなかった。

 

 そう結論づけてしまうと、ひとりさんの真っ当な人生のために先程抗わずにすぐ受け入れるべきだったんじゃないかと、馬鹿な思考がもたげてしまう。そんなことを、ひとりさんが望むはずもないのに。ライブの後にいつも眠ってしまって、その余韻を味わうことができないのはわたしという存在が負担になってるんじゃないか。頭痛に塗れた頭で、ネガティブなことばかりを考えてしまう。

 

「ぼっちちゃん、平気か?」

 

「星歌さん……はい。頭痛はまだしますけど、だいぶ良くなってきました」

 

「そっか」

 

 部屋のドアを開けて、星歌さんが様子を見にきてくれた。後ろ向きな思考に飲まれそうになってたところなので、その来訪はありがたい。事情を知り、頼れる大人が付き添ってくれているという安心感を得られるから。

 

「ああいうの……よくあるのか」

 

「いえ。今まで急に倒れるようなことは、わたしはなかったはずなんですけど」

 

「そう。そりゃ、災難だったな」

 

 星歌さんがぶっきらぼうに、でも繊細に言葉を選びながら事情を聞いてくる。これもまた大人の責任、ということなのだろうか。星歌さんの立場なら本来、わたしのような危なっかしい存在は病院に行けと突っぱねることができるはずだ。本来そうすることが、自然でもあったはずだ。

 

 なのにそんなことはせず、わたしを傷つけない範囲でしか事情を探らないのはわたしへの配慮に他ならない。星歌さんだけじゃない、みんなそうだ。結束バンドのみんなにわたしの家族、ひとりさんやふたりだってそうなのだ。

 

 誰もが優しくて、わたしのために配慮をしながら生きてくれている。そうやって負担を強いなければ生きていけないのに、その善意の半分も返せやしない自分という存在が嫌で嫌でしょうがなかった。

 

「なぁ、ぼっちちゃん」

 

「なんでしょう、星歌さん」

 

「お前達のこと、ちゃんと見てるからな」

 

 なんでだろう。どうして、そんな言葉をかけてくれるのだろう。わたしはその言葉に対して、ろくに誠意のある返しもすることはできないのに。オーディションでギターの実力を見せたのはひとりさんだ。期待すべき相手として、ひとりさんにだけその言葉は相応しいはず。

 

 そんな感情の発露は止まらずに、頭痛に塗れた頭だけでは収まらずにわたしの口を割って這い出てしまっていた。

 

「なんで、ですか」

 

「ぼっちちゃん?」

 

「なんでですか。わたしは、ギターを弾けません。あの演奏を聴いた星歌さんにならわかるはずです、わたしにはあんな演奏ができないってことは!わたしは星歌さんの望む要素なんて何も持ってません……何を返すことも、できません。わたしは借り物でしか、生きられません……なんでわたしにまで、そんな言葉をかけてくれるんですか?」

 

「なんでって、そりゃお前……」

 

 吐き出すだけ吐き出した後に、後悔する。ありがとうと、衝動を抑えてそう告げるだけで済む話だったはずだ。こんなことを言ったところで、星歌さんを困らせるだけ。わたしの望む答えなんて返ってくるはずもないのに。

 

「人見知りで怖がりだけど一生懸命なぼっちちゃん。優しくて要領がいいけどお節介なぼっちちゃん。どっちのぼっちちゃんもす……嫌いじゃないなって思うから。それだけだよ」

 

『あたしはどっちのぼっちちゃんも好きだなって、そう思うから』

 

 星歌さんの姿に、いつぞやの虹夏さんの姿があまりにも重なって見えた。虹夏さんはわたし達をずるいと評したけれど、星歌さん達姉妹も充分にずるい。わたしが願ってやまない言葉を、姉妹揃って投げかけてくれて。その姿はあんまりにも姉妹そっくりだった。だからこそ、そんな言葉すらも信じられてしまう。

 

 たとえ負担を強いる存在でしかなかったとしても、誰かが好意を示してくれているのならば。その最後までは、わがままにも駆け抜けていいんじゃないか。自然とそう信じることが出来て、わたしの身体を支配していた頭痛が一気に和らいでいくようだった。

 




お分かりかと思いますが難産でした。ライブシーンは自分の音楽への知識が疎く、自信がありません。

それ以前に、これから先の展開の判断に思い悩み続ける日々でした。

結束バンドの新曲、良かったですね。あの曲を聴いてこれからのこの作品の行く末、その光明が見えたような気がしました。引き続きなんとか執筆頑張って参ります。
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