コミュ症を拗らせ過ぎた結果、もうひとりの人格を生み出してしまったぼっちちゃんの話   作:モルモルネク

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アニメ最終回の興奮が収まらなかったので、クリスマスずっと執筆してました。興奮のままキリのいいところまで駆け抜けたので、めちゃくちゃ長くなってます、許してください。


後藤ひとりともうひとりの、長い一日

 

 下北沢、それは音楽や演劇が盛んなサブカルチャーの街。街並みを歩く人達もそれに相応しい、派手でオシャレさんな方が多いように感じられた。ひとりさんを先導して歩く虹夏さんなんて、その最たる例だろう。バンドをやっている人当たりの良いオシャレな女の子。まさにシモキタの人って感じだ。

 

 そんな虹夏さんの三歩ほど後ろを付いて歩くひとりさんは、明らかに居心地が悪そうだった。ひとりさんはもちろんとして、わたしだっておおよそ縁のなかったような街。そんな場所を、そのシモキタがホームな虹夏さんと歩くのは、ひとりさんにとってかなりのプレッシャーなのだろう。場違い感からくる遠慮が、そのまま虹夏さんとの距離に表れてしまっていた。

 

「ひとりちゃんは、下北はよく来る?」

 

「あっ、いやぁ……」

 

「それじゃ、ライブハウス行ったことは?」

 

「あっ、えっと……ない、です」

 

 虹夏さんは、そんな物理的に距離を置いてしまっているひとりさんにもめげずに、こうして定期的に話を振ってくれている。公園を出てから、ひとりさんからは一言も発していないにも関わらずだ。なんて良い人なんだろう。

 

 そんな虹夏さんに対して、ひとりさんはただ短く相槌を打つのみ。ひとりさんにしては頑張っている。これからライブに出るという重圧を受けながらも、逃げ出さずになんとか会話をしようとしているんだから、ひとりさんなりの精一杯をわたしは感じられる。しかし、虹夏さんにはそんな努力が伝わるはずもないので、二人の間には微妙な気まずさが漂い始めていた。

 

 あまりにも居た堪れない。だけど、ここでわたしがひとりさんと代わってしまってはそれこそ台無しになってしまうので、その衝動をなんとか抑え込む。これからも関係が続いていくのなら、ひとりさんの致命的なコミュ症はいずれ虹夏さんにバレてしまうのだ。だったらそれは、早ければ早いほど良い。心を鬼にしろ、わたし。

 

「ライブハウスもうちょいだから……ひとりちゃん、やっぱり体調悪い?」

 

「あっ、いや、ち、違くて……」

 

 公園に引き続き、虹夏さんに身体の心配をされてしまうひとりさん。わたしが対応していた時と比べて顔面蒼白。視線は常にあらぬ場所を彷徨っていて、声にも覇気が感じられない状態。むしろ、体調不良と解釈してくれてるのがありがたすぎるくらいに、ひとりさんは挙動不審だった。

 

『助けてもう一人の私……。絶対急におかしくなったって思われてる!』

 

『ここはもう、正直に人見知りだと言っちゃいましょう。原因がわからないんじゃ、虹夏さんだって不安でしょうし』

 

『うぅ、捨てられませんように……』

 

 ひとりさんがこうして表に出て、誰かとコミュニケーションを取るのは随分と久しぶりのことだ。だからこそ、ありのままの自分が受け入れられるのだろうかと、こうして不安がってしまっている。その不安を、ありのままのひとりさんを隠してしまうわたしが取り除いてあげることはできなくて、それが歯痒くて仕方がない。

 

 わたしにできるのは、ひとりさんの勇気と虹夏さんの人柄を信じることだけだ。

 

「あっ、あの!私、けっこう……いや、かなり人見知りしちゃって。人の多い場所とか苦手で……だから体調が悪いとかじゃない、です」

 

「えっ!?……もしかして、ひとりちゃん今までけっこう無理してた?」

 

「……その、わ、割と?」

 

 ひとりさんにそうカミングアウトされた虹夏さんは、驚きの声をあげた。最初のわたしの対応は、人見知りの人間のそれではなかったのだから当然だ。それでも、虹夏さんは今のひとりさんの姿をじっと見て、そう優しく問いかけてくれた。先程のわたしの幻影ではなく、今のひとりさん自身を見ようとしてくれているその姿に、わたしは強い感動を覚えた。本当になんて良い人なんだろう、虹夏さんは。前世は天使か何かだったのだろうか。

 

「そっか……。出演するライブハウスあたしの家だから、そんな緊張しなくても大丈夫だよ!」

 

「あっ、は、はい!」

 

『虹夏ちゃん、陽キャだけど怖くない……』

 

『一緒にライブ、できそうですか?』

 

『う、うん。虹夏ちゃんとなら、一緒にバンド……できるかも』

 

 馬鹿にする訳でもなく、同情したり過度な心配をする訳でもない。ただ元気づけようとしてくれる虹夏さんの姿に、ひとりさんも感じ入るものがあったようで、ようやくポジティブな言葉を聞くことができた。

 

 虹夏さんはひとりさんのパーソナリティを知った上で歩み寄ろうとしてくれていて、ひとりさんもそんな虹夏さんに対してだんだんと心を開きつつある。これ以上ないくらいうまく行っている、その事実にわたしは目頭が熱くなるような想いだった。ようやく、ようやくひとりさんが報われる時が来ているのだ。

 

「今日出演するライブハウスは『STARRY』っていうんだけどね」

 

「……」

 

「あたしのお姉ちゃんがそこの店長やってて、あたしも普段はそこでドリンクバイトしたりしてるんだ〜」

 

「……」

 

 お姉さんがライブハウスの店長で、更にはそのバイト。虹夏さんにとってバンドとは予想以上に身近なものらしい。しかし、ひとりさんはいったいどうしたのだろう。言葉のキャッチボールは難しいにしても、相槌を打つくらいはできていたはずなのに、急に黙りこくってしまっていた。

 

『ひとりさん、大丈夫ですか?』

 

『こ、これからライブに出るんだって実感が湧いてきて……し、心臓が』

 

 言われて意識してみると、確かにひとりさんとわたしの心臓は異常なビートを刻んでしまっていた。多分、虹夏さんの口からライブハウスの詳細だとかそれらしい言葉が出てきたことで、急に意識して緊張してしまったのだろう。緊張するのは初めてのライブだし仕方がない。むしろ、意識を飛ばしていないのだから立派だと言える。この調子だと、先程の虹夏さんの会話は聞こえていなかっただろうから、補足しておいてあげねば。

 

『ライブハウスの名前は『スターリー』。虹夏さんのお姉さんが店長をやってて、虹夏さんもそこでバイトしてるみたいですよ』

 

「そ、そうなんだ。ありがとう、もう一人のわた……っっ!!?」

 

『ひとりさん声!声出したらマズイですって!?』

 

 ひとりさんが咄嗟に口を自分の手で抑え、わたしも慌てて注意するが、時既に遅し。ひとりさんがうっかり漏らしたわたし達の脳内会話。それを聞いてしまった虹夏さんが困惑の眼差しをわたし達に向けてしまっていた。

 

「ひとりちゃん?い、今のは……?」

 

「ひ、独り言!独り言です!!」

 

「へ、へ〜……そうなんだ」

 

 やってしまった。さすがに二重人格だとは夢にも思っていないだろうけど、あれほど優しい視線を向けてくれていた虹夏さんが、あり得ないモノを見るかのような表情をしてしまっている。ひとりさんの言い訳を信じてくれたみたいだが、それはすなわち、急に訳の分からないことを言う子だと思われたということ。少しずつ打ち解けていたはずの二人の距離が、一気に離れてしまったような錯覚すら覚えた。

 

 こんなことなら、普段から口頭でのわたしとの会話は止めるよう注意すべきだったと後悔しても、全ては後の祭りでしかない。

 

『頼む相手間違ったって思われてませんように……!』

 

『虹夏さんを信じましょう、ね?』

 

 わたしにもフォローのしようがなくて、ただ虹夏さんの人間性に縋るしかなかった。すいません虹夏さん。わたしは初対面のあなたにとんでもない大役を任せてしまっているのやもしれません。

 

「ひとりちゃんはさ、普段はどんな曲を弾くの?」

 

「あっ、ここ数年の売れ線バンドの曲ならだいたい……。それをネットに上げたりしてます」

 

 そんなわたしの重過ぎる期待に虹夏さんは見事応えてくれて、すぐに優しげな笑みを取り戻しては、ひとりさんにも答えられる音楽の話題を振ってくれた。なんて許容量の大きい人なんだろう。

 

 ギターヒーローとしてのひとりさんの活動が、売れ線バンドのカバーばかりなのは再生数のためだけではない。いつバンドを組むようになってもすぐ対応できるように、というひとりさんの努力でもある。その積み重ねが、今日という日に報われようとしているのだから、感慨深いモノである。

 

「えっ、すごっ……。売れ線バンドのカバーばっかって、なんかギターヒーローさんみたいだね!ひとりちゃん知ってる?」

 

「えっ」

 

 まさか虹夏さんの口からその名前を聞くとは思っていなかったようで、ひとりさんは言葉を失ってしまっている。しかし、ギターヒーローは登録者数3万人の有名弾いてみたアカウント。バンドと密接した生活を送っている虹夏さんが、その存在を知っているのは不思議なことじゃない。むしろ、わたしには自然なことのように思えた。

 

「知らないならさ、後でURL送るよ!もうさいっこうにうまいから、聞いてみて!」

 

「あっはい」

 

 ひとりさんが生返事を返しているにも関わらず、興奮した様子で虹夏さんはギターヒーローについて語っている。それは、虹夏さんがギターヒーローとしてのひとりさんの演奏に、それほどまで聴き惚れているという確かな証拠だった。

 

『ね、もう一人の私。現実世界の人達は誰も私になんか興味ないと思ってたけど……こんな近くに、みてくれている人がいたんだね』

 

『そうですね。……わたしだけじゃない、ひとりさんのギターはちゃんと誰かに届いているんですよ』

 

 そうだ、あれほどの熱量の演奏がわたしにしか響かないなんてことはあり得ない。虹夏さんだけじゃない、ひとりさんを見てくれる人は他にもたくさんいる。そして、これからもっともっと増えていくはずだ、ひとりさんの演奏にはそれだけの力があるのだから。

 

『私、まだ怖いけど頑張りたい……虹夏ちゃんのためにも』

 

『ええ、頑張りましょう、一緒に!』

 

 頑張るなんて、そんな前向きな言葉をひとりさんの口から聞いたのはいつぶりだろうか。それだけ、今日のライブへの気持ちが高まり、虹夏さんと一緒にバンドをやるという覚悟も決まっている。紆余曲折あったものの、おおよそ最高のコンディションだ。

 

 中学三年の時とは何もかもが違う。今日という日でひとりさんはありのままのギターの腕前を披露して、その存在を皆から認められるだろう。わたしというハリボテではなくて、ひとりさん自身がだ。

 

 ギターヒーローとしてのひとりさんの実力。それが実際のライブでも十全に発揮できるのだと、この時のわたしは一つも疑ってすらいなかった。

 

 

 

 

「ここがウチのライブハウス。『STARRY』だよ!」

 

 虹夏さんに案内された建物の地下、狭い階段を降りたその先にライブハウス『STARRY』は存在していた。中に入ると、外の喧騒とは別世界のようなアングラの雰囲気をひしひしと感じる。しかし、この暗さに圧迫感、どこかひとりさんの押し入れを想起させられる。

 

「わ、私の家!」

 

「ここあたしの家だよ!?」

 

 ひとりさんも似た感想を抱いたのか、リラックスしているようでなによりだ。思ったことを口にすぐ出してしまうのは少しどうかと思うが、虹夏さんもひとりさんの取り扱いに慣れてきたようで、すかさず訂正を入れている。悪くない、気軽なやり取りだ。

 

「軽く紹介だけしておくんだけど、あれが照明さんで、そこに居るのがPAさんだよ!」

 

「おはようございまーす」

 

「ひえっ」

 

 虹夏さんがライブハウスの案内とスタッフの紹介をしてくれる。その中で、こちらに顔を出し挨拶を返してくれたPAさんは、ゴリゴリピアスで目付きが寝起きのひとりさんレベルに悪い、厳つい風貌の女性だった。そのせいか、ひとりさんも怯えたような声を出してしまっている。

 

『代わってもう一人の私!こここここ殺される!?』

 

『なんてこと言うんですか。大丈夫、挨拶してくれただけですよ』

 

 見た目はともかく、突然現れた見ず知らずのわたし達に挨拶をしてくれたのだ。そこまで悪い人ではないだろう。そもそも、仮に襲われるような事態になったとしたら、わたしに代わってもどうにもならないだろう。わたしも、さすがに護身術なんて習ってないのだし。

 

「遅い、やっと帰ってきた」

 

「あ、リョウ〜!」

 

 そんなわたし達、というか虹夏さんに一人の女の子が近づいて声をかけてきた。虹夏さんが親しげに名前を呼んでいることから、きっとバンドメンバーの一人であろうことが伺える。低めの声に、中性的な見た目。その端正な顔立ちとどこかミステリアスな雰囲気を感じさせる表情は、虹夏さんとは別ベクトルで、いかにもオシャレなバンド女子感を放っていた。

 

「この子は後藤ひとりちゃん。公園に奇跡的にいたギタリストだよ。人見知りみたいだからさ、優しく接してあげてよ〜」

 

「わかった」

 

 虹夏さんがリョウさんであろう方にひとりさんを紹介してくれる。その無表情な顔からはどんな人なのかとても読み取ることはできない。だけど、リョウさんもこの親しげな様子からして虹夏さんの友達のはず。きっと、その人間性も心配いらないだろうとわたしは見ている。

 

「んで、この子はあたしの幼馴染でベースの山田リョウだよ」

 

「ご、後藤ひとりです!大変申し訳ございません!!」

 

『ひとりさん、誰も謝罪を求めてませんよ。大丈夫大丈夫、怖くないですって』

 

 ただ、ひとりさんはやはり恐れを抱いていたようで、自己紹介とともに腰を直角に曲げて謝罪を決めてしまっていた。ひとりさんの初対面に向けてしまう防衛反応のようなものだ。突然の謝罪に面食らっている虹夏さんをサポートするためにも内から呼びかける。でも、これでよろしくお願いしますなら自己紹介として完璧だった訳だし、ひとりさんもきっと短い時間で成長している。

 

「大丈夫だってひとりちゃん!リョウは表情が出にくいだけだから。変人って言ったら喜ぶよ〜?」

 

「嬉しくないし」

 

 そう否定してみせるリョウさんの表情はめちゃくちゃ嬉しそうだった。ミステリアスでクールな人かと思いきや、こういったコミカルな一面も併せ持っているらしい。さすがは虹夏さんの友達、一気に人としての取っ付きやすさを感じられる素晴らしい紹介だった。

 

『めちゃくちゃ嬉しそう……』

 

『ひとりさんも変人って言ってあげたらどうですか?喜んでもらえるみたいですし』

 

『無理無理無理!わ、私にもう一人の私みたいなコミュニケーションは早すぎるよ……』

 

 残念ながらわたしの提案は却下されてしまったけど、ひとりさんのリョウさんへの戸惑いは殆どなくなったみたいだし、今はまだこれで良いだろう。少しずつ慣れていって、いつかわたし以外の誰かとも、ひとりさんが気軽に喋れるようになってくれればと思う。

 

「もうあんまり時間ないし、スタジオ入って練習しよう。あと、虹夏が勝手にライブハウス抜け出したから店長が怒ってたよ」

 

「え、嘘!?見つかる前にさっさとスタジオいこっか……」

 

 唐突にバンドのギターが音信不通になり、黙ってライブハウスを抜け出して、当てもなくギタリストを探して街を駆けずり回った。こうして振り返ると、虹夏さんの一日はあまりにも激動に過ぎた。本当に、できることならいっぱいの労いの言葉を投げかけてあげたいくらいだ。

 

「ひとりちゃんもほら、いこう?」

 

「は、はい!」

 

 ひとりさんの返事を合図として、これから即席バンドを組む三人でスタジオへと移動していく。案内された部屋に入ると、さすがライブハウスのスタジオといった様相で、わたしではお目にかかったことのない最新の音楽機材が並んでいた。

 

「これ、今日のセットリストとスコアね」

 

「あっあの、他のバンドメンバーは……?」

 

「これで全員だよ。あたし達、今回はインストバンドだから」

 

 虹夏さんにリョウさん、そしてひとりさん。今回のバンドメンバーはそれだけ、メンバーが増えれば増えるほどひとりさんの不安は増すのだから、好都合だと間違いなく言える。ボーカル不在なのも、ひとりさんのギターの腕があればそれほど大きな問題にはならないはずだ。

 

 いそいそと楽器の準備をする二人を横目に、ひとりさんが真剣に楽譜を読み解いていく。わたしはもうギターを演奏しなくなって数年が経つ、楽譜の読み方なんてちんぷんかんぷんだ。ひとりさんだけが理解できてわたしにはわからない、なんとも新鮮な感覚だけど、どこか誇らしい気持ちにもなれた。

 

『どうでしょう、ひとりさん。弾けそうですか?』

 

『うん、この曲なら大丈夫そう。でも、ボーカルいないぶんギターの私が演奏頑張らないと』

 

『大丈夫ですよ。ひとりさんの演奏を三年間聴き続けたわたしが保証します。ひとりさんのギターはスゴいんですから』

 

『えへへ、そ、そうだよね!もう一人の私が言うんなら間違いないっ』

 

 ひとりさんも、ことギターのことに関してはハキハキと喋ってくれる。後は自信を持って演奏に臨んでもらうだけ。ソロであれほど素晴らしいひとりさんのギターに、虹夏さんのドラムとリョウさんのベースが加わったらどんな演奏になるのだろう。不覚にも、わたし自身がワクワクしてしまう。

 

「よし、じゃあ本当に時間もないし、早速だけど通しで合わせやっちゃおっか!リョウはともかくとして……ひとりちゃんはどう? すぐいけるかな?」

 

「あっはい、いけます!」

 

 虹夏さんとリョウさんは準備万端。ひとりさんも、慌ててギターをアンプに差し込んでは強く頷いた。ついに練習とはいえ、ひとりさんの初めてのバンド活動がここで行われるのだ。

 

『演奏聴いたら、二人とも驚いてくれるよね。……それに、虹夏ちゃんは、私がギターヒーローだって気付いてくれるかも』

 

『ええ、きっと拍手喝采です』

 

 先程、虹夏さんに自分がギターヒーローだと告げなかったのには、そんな理由があったらしい。ひとりさんからの粋なサプライズをしようという訳か。わたしも虹夏さんにはもはや感謝の気持ちでいっぱいだから、驚き喜んでくれる姿を見れれば嬉しいと、そう肯定した。

 

「それじゃ、二人ともいくよ!」

 

 虹夏さんの元気な掛け声の後、ドラムスティックのカウントを合図にして三人の演奏は開始された。わたしも、ひとりさんの邪魔をしないように、意識の片隅に沈んではただ音色に耳を傾ける。

 

 最初はいつも通りだと思った。ひとりさんの力強くも繊細なギターが、演奏を導くのだとわたしは信じていた。でも、それは最初の数秒だけで、すぐに違和感を感じ取ってしまう。

 

 虹夏さんのドラムとリョウさんのベースが作り出すリズム、それがひとりさんのギターに置いてかれてしまっている。いや、違う、これは逆なんだろう。ドラムとベースが置いてけぼりになってしまうくらい、ひとりさんのギターが突っ走ってしまっているんだ。リョウさんと虹夏さんが息を合わせ、必死にひとりさんに合わせようとしているからこそ、ギリギリ成り立っている危うい合奏。

 

 ひとりさんも、自分のギターが調和を乱している自覚はあるのだろう。ベースとドラムのリズムになんとか寄り添おうとするも、どうしても虹夏さん達と呼吸が合わない。ひとりさんは、誰かと息を合わせて演奏する術など知らないのだから当たり前だ。わからないのに合わせようとするから、ギターを弾く手もぎこちなくなる。

 

 この演奏には、轟く雷鳴のようなギターの旋律を奏でるギターヒーローとしての姿なんてどこにもなくて。引っ込み思案で、いつも恐怖から周囲を窺っている、後藤ひとりとしての演奏しか残っていなかった。

 

「うん、良いんじゃないかな!」

 

「かなり走り気味だったけど、技術は悪くないと思う」

 

 わたしが違和感の原因を咀嚼している間に、いつの間にか演奏は終わってしまっていた。虹夏さんとリョウさんは、いつもの十分の一の実力も出せてないであろうひとりさんのギターにも肯定の意見をくれていた。

 

 二人にとってひとりさんはあくまでサポートギター。そこにプロ級の腕前を求めるわけがないのだから自然な反応だ。そう、今回の演奏だって一応曲としては成り立っていた。危ういひとりさんのギターを二人が支える形で、高校生バンドとしては聴けるレベルの演奏ではあったのだ。

 

 わたしとしても仕方ないことだと思うし、ひとりさんへの落胆なんて欠片もない。むしろ、この事態を予期せずに無責任な言葉を何度も吐いた自分に、本当に嫌気が差す。バンドだって、誰かとの共同作業なんてことは分かりきっていたはずなのに。ギターなら、ひとりさんは輝けるのだと勝手に期待した結果がコレだ。

 

 仕方がないなんて思えるのは、わたしの感情だけだ。わたしという存在が生まれてから、ひとりさんが現実と理想のギャップに悩まなかった日はなかった。だから、理想のままでいられるギターだけがひとりさんの心の支えだったはずなのに。そのギターにすら、現実を叩きつけられてしまったひとりさんの心中なんて、想像したくもなかった。

 

 でも、わたしだけはひとりさんと向き合わねばならない。ひとりさんをここまで連れてきた責任を、果たさなくてはいけない。

 

『ひとりさん……あ、あの、え、ちょっと!?』

 

 意を決してひとりさんに声をかけるも、わたしの声なんて聞こえていないようで。ひとりさんは押し黙って俯いたままギターを壁に立てかけると、不意にふらふらと幽鬼のように歩き出す。

 

 そして、ひとりさんはスタジオに備え付けてあった燃えるゴミ箱に、その身体をすっぽりと収めたのだ。

 

「ひ、ひとりちゃん!?ダメだってそんなところ入っちゃ、汚いからぁ!!?」

 

「もしかして、パフォーマンスの練習?」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

 虹夏さんとリョウさんはひとりさんの突然の奇行に、かなり混乱している。そして、わたしも現状に理解が追いついていなかった。身体は狭い場所に押さえつけられ、ひとりさんの膝しか目に入れることができない。自己嫌悪で、頭もなんだか上手に回らない。

 

「やややややや、やっぱり、私には無理です!!」

 

「無理って……もうすぐ本番始まっちゃうよ!?」

 

 虹夏さんがえらく慌てている。せっかく奇跡的に拾ってきたサポートギターまでもが、理由不明のまま逃げ出そうとしているのだからその心中は穏やかじゃないだろう。どうしよう、もうわたしが表に出て理由を説明するしかないのだろうか。でも、今わたしが代わろうものなら、ひとりさんは今日二度と表に出てこないだろうし、すなわちライブの失敗を意味する。それだけは避けたい。

 

「わ、私の下手くそギターで二人の足を引っ張って……こんな演奏、誰かに聞かせられません!!」

 

「下手くそって……全然悪くなかったよね、リョウ?」

 

「うん。他のベースじゃ合わせるの難しいかもだけど、私ならよゆう」

 

 虹夏さんも、そして交流して間もないリョウさんですら、彼女なりのやり方でひとりさんをフォローしようとしてくれている。だから、わたしだって今すぐにでもフォローをしなければいけないことはわかっている。

 

 だが、わたしがどんな言葉をかければ良いのかがわからなかった。理想と現実のギャップで苦しむひとりさんに、ひとりさんの理想で生まれたわたしがどんな顔をして、どんな言葉を発せばひとりさんに響くのかがちっともわからない。

 

「それに、うちのバンド見にくるの多分、あたしの友達だけだから!普通の女子高生に演奏の良し悪しなんてわかんないって。だから、安心せい!」

 

「でも、私のギターが足を引っ張ってるのは事実ですから。こんなんじゃお客さんの目線にも耐えられませんし……ごめんなさい」

 

 なんとかライブにひとりさんを出そうとしてくれるリョウさんと虹夏さんの援護も、ピタリと止まってしまう。それは、ひとりさんの声が震え、嗚咽が混ざってしまったからだろう。誰が見ても、限界なのは明らかだった。

 

 わたしの視界に広がるひとりさんの膝下に、ぽたりと一つ涙の雫が落ちる。違う、こんな表情をひとりさんにさせたい訳ではないのに。なんでもできるようで、中学の時のように肝心なとこでひとりさんを傷つけることしかできない。わたしは、そんなわたしが大嫌いだ。

 

「けど……」

 

「虹夏、無理強いするもんじゃない」

 

「で、でもさ……っ!」

 

 リョウさんが言うように、無理強いはいけない。ひとりさんが無理だというのなら、わたしが代わってあげねばならない。ひとりさんの代わりに頭を下げて、断って。そうしてまた傷つけるのだろうか。こんなにも良い人達を。

 

 ありのままのひとりさんを受け入れて、こんなにも優しい言葉をかけてくれる人達に、ひとりさんへの引導を渡すのがわたしの役目なのだろうか。

 

「あの、本当に嬉しかったんです……声、かけられて。バンドはずっと組みたいと思ってたから。……でも、いざやってみたらこんな風に、ダメダメで。やっぱり私にはバンドなんて無理だったんです。こんな、カッコ悪い私じゃ」

 

 

「そんなことないよ!!」

 

 

 そんな時、一際大きい虹夏さんの叫ぶような声が防音のスタジオ内に響き渡る。その力強く、どこか暖かみを感じる声音が、汚泥のような意識に沈もうとしていたわたしを現実へと引き戻してくれていた。

 

「ひとりちゃんは、カッコ悪くなんてない。あたしは知ってるよ。ひとりちゃんが誰かと目も合わせられないほど人見知りなのに、真剣にあたしの話を聴いてくれたこと。怖いはずなのに、こんな知らないライブハウスまで来て一緒にライブしようとしてくれたこと。ちゃんと知ってるから!」

 

「……」

 

「だからさ、こんなところで諦めないであたし達とバンドやろうよ。今日だけじゃなくて、これからもずっと一緒に。リョウも、そう思うよね?」

 

「うん。もしひとりが野次られたら、その時は私がベースでぶん殴るから」

 

 ああ、そうだ、虹夏さんの言う通りだ。わたしは、ひとりさんのギターが上手だったからライブに出て欲しかったわけじゃないだろう。確かに、カッコよくギターで会場を沸かせて欲しいというのも嘘ではないけれど、それは決して本質じゃない。

 

 虹夏さんが今日のひとりさんの努力を知っているように、わたしも今までのひとりさんの努力を知っている。誰かに認めて欲しい、ただその一心で全てをギターに捧げたひとりさんの日々が報われて欲しいと思ったから、わたしはひとりさんにライブに出て欲しかったんだ。わたしが伝える言葉なんて、ただそれだけでよかった。

 

 虹夏さんとリョウさんがこんなにも、ひとりさんの手を引いてくれている。なら、後はわたしの仕事だろう。ひとりさんの側に寄り添い、その背中をほんの少しだけ押してあげる。逃げ道になるだけでなく、わたしにはそういう役目もあるのだと、そう信じられるような気がした。

 

『ひとりさん』

 

『わ、私……もう一人の私に、カッコよくライブに出るところ見せたかったのに! スゴいっていつも褒めてくれたのに、ギターも全然上手く弾けなくて……っ!』

 

『いいんです。そんなことはいいんですよ、ひとりさん』

 

 やっぱり、わたしの言葉がひとりさんのプレッシャーになっていた。わたしの些細な言葉を覚えて、引っ込み思案なのにその言葉を必死に、こんなに潰れそうになりながらも守ろうとしてくれている。こういう人だったから、喜んでわたしも陰になろうと思ったんだ。

 

『今日言ったように、わたしにとってひとりさんはいつだってカッコいいんです。ギターが上手く弾けなくても、ありのままで……無理をする必要なんかないんです』

 

『こんな、ゴミ箱の中で現実逃避してる私でも?』

 

『はい……ひとりさんがわたしのために演奏してくれたことを、わたしも知っていますから』

 

 そう、伝えるのはこんな簡単なことでよかったんだ。致命的にコミュ症だけど、誰よりも他人の心に敏感なひとりさんが、ギター関係なくわたしは好きだということを。ただ、それだけで。

 

『虹夏ちゃんもリョウさんも、もう一人の私じゃなくて私のために、こんなに優しい言葉をかけてくれてるんだよね……』

 

『ええ、そうですね』

 

『……私、逃げたくないな。虹夏ちゃんとリョウさんと一緒に、バンドがしたい』

 

 わたしというプレッシャーが後押しへと変われば、ひとりさんの覚悟が決まるのもまた必然だった。こんな風に、自分を受け入れてくれる誰かとバンドを組むのがひとりさんの夢だったのだから。わたしに気兼ねなんてせず、ひとりさんには夢を叶えてほしい。

 

『……でも、私だけじゃ勇気が足りないから。だからもう一人の私に、ずっと側で応援して欲しい。もう一人の私の声があれば、私でも困難に立ち向かえる気がする!』

 

『もちろんです。だって、わたしはひとりさんのヒーローですから』

 

 わたしが生まれた日、ひとりさんと交わした約束を噛み締める。ひとりさんが望む限り、わたしは最高にカッコいいわたしでいるべきなんだ。それを二度と忘れぬようにしよう。

 

 わたしの言葉で決心が固まったのだろう。ひとりさんはようやく立ち上がり、ゴミ箱という名の殻から自分を解き放った。しかし、本当にゴミ箱の中が空でよかった。さすがに、ひとりさんの最初の晴れ舞台をゴミで薄汚れたジャージで行うのはあまりにも悲しすぎる。

 

「あっあの! 私……ライブ出ます。出たいです!!」

 

「ホント!?よ、よかった〜……一時はどうなることかと。じゃあ、これでひとりちゃんもバンドメンバーの一員だね!」

 

「私のおかげ」

 

「そこ、あんまり調子に乗らない!」

 

「え、えへへ……」

 

 虹夏さんが迎え入れてくれて、リョウさんがおどけるように胸を張る。そんな光景に、ひとりさんの顔にも笑みが溢れていた。ひとりさんが初めて作ったバンド仲間で、これから友情を深めていく友達。わたしは生涯そんな存在を作ることはないだろうから、ひとりさん達の関係がとても眩しく思えた。

 

「結束バンドさん、そろそろ出番ですけど〜」

 

 ひとりさんの説得にかなりの時間を使ってしまったのか、扉の外からスタッフさんのそんな声が届いてきた。もう練習する時間はなく、これからぶっつけ本番で三人はライブに臨まなくてはいけない。しかし、結束バンドのみんなならきっと……結束バンド?

 

「あの、結束バンドって……?」

 

「私達のバンド名。ぷっ、傑作」

 

「ダジャレ寒いし、絶対変えるから!」

 

「かわいいよね?」

 

「あっはい」

 

 なにやら悶えている虹夏さんには申し訳ないけど、どちらかといえばわたしもリョウさん寄りの意見。結束バンド、語感がかわいいし、仲睦まじい感じが今の三人にぴったりだと思う。これからも、ぜひ結束バンドのままでいて欲しい。

 

「そういえば、ライブ出る前にひとりちゃんを何て紹介するのかだけ決めておかないと。本名でいいかな?」

 

「い、いや、それはちょっと……」

 

「じゃあ、あだ名とかはないの?」

 

「あっ、中学ではずっと後藤さんでした。あだ名で呼び合うほどの親しい交友関係は持ったことがなくて……」

 

 ひとりさんの中学校生活はギターにずぶずぶで、学校ではわたしが表に出ることがほとんどだったから、あだ名なんて存在するはずもない。それどころか、三年のバンド結成事件以来は、名前を呼んではいけない人みたいな扱いすら受けてしまっている。

 

「ひとり、ひとりぼっち……ぼっちちゃんは?」

 

「またデリケートなところを……」

 

「ぼぼぼぼぼっちです!あだ名なんてつけてもらったの初めてで、嬉しいです!」

 

「あたしなんか涙出てきたよ……」

 

 リョウさん命名のあまりにもデリカシーに欠けたあだ名にも、ひとりさんはキラキラとした笑みで何度も頷いていた。そういう気安い関係に憧れていたんだろう。ひとりさんが満足ならわたしとしてはそれでいい。でも、よりにもよってぼっちちゃんとは。不覚にも、わたしもなんだか涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。

 

「よし、じゃあぼっちちゃん!今日は技術は二の次。上手に弾けなくても楽しく弾くことだけは心がけよう?音って、とても感情が表れやすいから」

 

「は、はい!」

 

「それじゃ、リョウ、ぼっちちゃん。行こうっ!!」

 

 虹夏さんの号令に、リョウさんは悠然と、ひとりさんは控えめに頷いて。ライブへと赴くためにスタジオを後にする。さぁ、わたしも気合いを入れよう。ひとりさんがライブへと立ち向かうために、わたしの応援が必要不可欠と言ってくれたのだから。

 

 

 

 

 本番のライブの出来は正直、良いものではなかった。合わせ練習よりもさらにクオリティは低下して、ギリギリ及第点を貰えるかどうかの演奏にしかならなかった。

 

 原因としてやはり、ひとりさんのギターだろう。ひとりさんはいざステージに立つと、お客さんの視線が怖くて目を開けることすらできなかったし、わたしが一瞬でも声援を止めれば、ぶっ倒れてしまいそうな極限状態で演奏を行っていた。視覚も聴覚もめちゃくちゃ。そんな状態で虹夏さん達と息を合わせられるはずもない。曲として成り立っていたのは、リョウさんと虹夏さんの必死な支えによる賜物でしかない。

 

 でも、それで良いのだろう。音には感情が表れやすい。虹夏さんの言葉を借りるのなら、わたしは今日の演奏ほど、ひとりさんの音から感情を強く感じ取ったことは今までなかった。誰かと一緒にメロディーを奏でる喜び、自分は一人ぼっちではないのだという安心感。ひとりさんがライブの幸せを噛み締めていたことが、痛いほど伝わってきた。だから、これ以上今日という日にわたしが望むものなんてない。

 

 技術だって、これから回数を重ねていけばきっと取り戻せるはずだ。ひとりさんのギターの才能と努力は、誰にだって負けていないのだという自負がわたしにはある。だってわたしは、今日という日がひとりさんの伝説の始まりであり、バンドスターへの道のりの第一歩だと、一つも疑っていないのだから。

 

「ミスりまくった〜!」

 

「MC滑ってたね」

 

 ライブ後の控え室、虹夏さんとリョウさんが青春の汗を拭いながら笑い合う。対して、ひとりさんはパイプ椅子に座ってそんな二人をぼんやりと眺めているだけだった。二人に混ざってくればいいのにと声をかけようかとも思ったけれど、どこかひとりさんが余韻に浸っているような、そんな邪魔し難い雰囲気を感じて。わたしも二の句が継げれずにいた。

 

『ね、もう一人の私』

 

『どうしました、ひとりさん』

 

 不意に、ひとりさんがわたしに声をかけてきた。その声が真面目で、ひとりさんとは思えぬほど芯の通ったものだったから、驚いてしまう。

 

『私、絶対コミュ症治してギターヒーローとしての力を発揮してみせるから。虹夏ちゃん、リョウさん、結束バンドのために。……だから、一番近くで見てて、もう一人の私』

 

『はい、必ず。……最後まで、ずっと見守っていますよ』

 

 コミュ症を治す。簡単なようで、ひとりさんにはあまりにも大きい困難としてそれは立ちはだかるだろう。でも、ひとりさんは決意したのだ。わたしに代わって逃げるのではなく、自ら困難にぶち当たっていくことを。ならば、わたしはその選択を尊重しなければいけない。見守ろう。ひとりさんがわたしを必要としなくなる、その瞬間まで。

 

『ん、ひとりさん?……眠っちゃいましたか』

 

 ひとりさんの成長に感心していると、いつのまにか身体の主導権がわたしへと移っていた。きっと、精神的な疲労が限界を迎えてしまったのであろう。かつてないほど他人と喋った上で、初めてのライブまで経験した。ひとりさんにとっては長い一日だったはず。今日はこのままゆっくりと心を休めて欲しい。

 

 幸いにも、ライブは終了して後は解散するだけだからわたしでも問題ないはずだ。虹夏さんとリョウさんに挨拶をして、次からもよろしくとお願いして。そして、帰ったらひとりさんの身体もゆっくりと休ませてあげよう。

 

「虹夏……ちゃん。リョウさん、今日は本当にありがとうございました!」

 

「おっ、ぼっちちゃんお疲れ様!そんな畏まらなくてもいいって、あたし達もうバンドの仲間なんだし!」

 

「私は畏まられるの、嫌いじゃないけど」

 

「こらこら」

 

 帰る前に挨拶をと、虹夏さんとリョウさんに近づいては軽く頭を下げる。危うく虹夏さんとそのまま呼んでしまいそうで危なかった。この結束バンドはひとりさんの居場所。わたしが中に入って荒らしてしまうわけにはいかない。できる限りひとりさんのフリをする。公園の時のように、わたしの自我を出すわけにはいかないから。

 

「あの、バンドメンバーに誘っていただいて本当に嬉しかったです。……だから、これからわたしも結束バンドとして頑張っていきたいな、なんて」

 

「うん、一緒に頑張ろうね!よーし、じゃあ今からぼっちちゃんの歓迎会兼ライブの反省会だー!!」

 

「えっ」

 

 歓迎会、それはまずい。虹夏さんのことだから、きっとどこかのお店でそれはもうひとりさんを手厚く歓迎してくれるだろう。しかし、その歓迎されるべきひとりさんはもう意識の奥底ですやすやと眠っている。叩き起こすなんて可哀想だし、そもそもわたしはひとりさんの意識にそこまで干渉する手段がない。

 

 わたしのようなバンドとなんの関係もない朴念仁が歓迎を受けたところで、ひとりさんのためにも結束バンドのためにもなりはしない。絶対に断らねば。

 

「ごめん、眠いからもう帰る。またね、ぼっち」

 

「さようならです……?」

 

「えっ、ちょっとリョウ!?……もー自由人なんだから」

 

 話の流れをぶった斬って、リョウさんは楽器をさっさと片付けてはあっという間に控え室から出て行ってしまった。気の赴くままに行動するリョウさんと、呆れながらもそれを受け入れている虹夏さん。二人の信頼関係が見て取れる一面だった。しかし、これはわたしにとっても好都合。この流れのままわたしも断って、帰路に着くとしよう。

 

「それで、ぼっちちゃんはどうかな歓迎会。リョウも居なくなっちゃったし、今日はあたしが奢ってあげちゃうよ!」

 

「あー、ええとですね……」

 

 虹夏さんが期待を込めた視線でこちらの目を見つめてくる。ひとりさんのようにこの目から顔を背けることができたら、わたしはどれほど幸せだっただろうか。断るべきなのはわかっている。しかし、今日わたし達の窮地をいくつも救ってくれて、その上でここまで良くしてくれている虹夏さんの厚意を、こんなわたしが無碍にすると考えるとあまりに恐れ多い。

 

 優先すべきなのは虹夏さんではなくひとりさん、そう自分に言い聞かせる。断れわたし、断るんだわたし、断るべきなんだわたし。

 

「ぜ、是非参加させてください」

 

 わたしは優柔不断のバカで、愚か者だった。わたしの長い一日はまだ、終わらない。

 

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