コミュ症を拗らせ過ぎた結果、もうひとりの人格を生み出してしまったぼっちちゃんの話   作:モルモルネク

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第一回結束バンドメンバーミーティング+1

 

 わたしとひとりさん、両方にとって激動のものとなった即席ライブの翌日。わたし達は再びライブハウスSTARRYへと訪れていた。今日の朝、ロインのメッセージにて虹夏さんから早速『今後のバンド活動についてみんなで話し合おう!学校終わったらライブハウスに集合ね!』という連絡が届いていたからだ。

 

 このメッセージを見たひとりさんは大喜び。ひとりさんにとってはロインで誰かとやり取りをするのも初めての上に、放課後の予定を作るなんてのも未知の経験。メッセージを見て数分間放心したかと思えば、姿見の前に立ち鏡に映る自分の姿をわたしに見立てて、拝み倒してしまうほどのはしゃぎっぷりだった。当然、その喜びの前にはわたしのやらかしについての謝罪なんて些末事に過ぎず、すべて不問となっていた。

 

 そのひとりさんの喜びようはわたしにとって救いであり、昨日の歓迎会参加も無意味ではなかったのだと少しだけ自分を肯定する気になれた。しかし、あくまでそれはたまたま。今日はこのひとりさんの優しさに甘えず、ひっそりと目立たずにサポートをしていく所存である。

 

『ひとりさん、中入らないんですか?』

 

 下北沢の人混みにたびたび怯えつつも、無事STARRYにたどり着いたひとりさんは扉を開ける直前で停止してしまっていた。普段はこういう場所に赴くのもわたしの役目なのだが、ここはこれからひとりさんが何度も通うことになる場所。慣れてもらうためにもわたしは引っ込んでいたのだけど、ひとりさんへの精神的負担は大きいのかもしれない。

 

「私みたいな芋娘が一人で入ったら、絶対なんだこいつって目で見られるんだろうなって……。注目浴びるの嫌だし、もう一人の私を通さない皆の視線があまりに恐ろしい」

 

『今日は虹夏さん一緒じゃないですからね』

 

 ひとりさんが俯き猫背なのも、他人と顔を合わせようとしないのも、わたしが美容室に行っても前髪を切らせようとすらしないのも、全部他人の視線が怖いからだ。だから、視線が怖いから一人でライブハウスに入りたくないというのも理由として納得できてしまう。

 

 しかし、ひとりさんも今日から一端のバンドマン。ステージに上がる以上、わたしというフィルターを通さずに誰かの視線を浴びることは避けられない。今後のためにもここは安易にわたしが出ず、少しずつでもひとりさんの対人経験を上げていくべきだろう。

 

「うぅ、誰かと一緒に入りたい……」

 

『頑張ってひとりさん。わたしが居るんですから大丈夫、一人じゃありませんよ?』

 

「そう、私は一人じゃない。ぼっちだけどもう一人の私がいる。がんばれ私にはもう一人の私がいるよ……っ!!」

 

 ひとりさんもわたしの意図を汲んでくれたのだろうか、代わりたいとは言わずに自分だけで扉と向き合ってくれた。ドアノブを持つ手を震わせながらも、なんとか自分を奮起させて見事ライブハウスへと入店したのである。あのひとりさんが、自分一人だけで新しい居場所へと踏み出した。なんて目覚ましい成長なんだろう。

 

「おーいぼっちちゃん、こっちこっち〜!」

 

「ぼっち、近う寄れ」

 

「あっ、は、はい!」

 

 開店時間にはまだ程遠い時間ということもあり、店内にいる人はごく僅か。カウンター前の机を囲んでいる虹夏さんとリョウさんだけがひとりさんを認識し、温かく迎え入れてくれていた。ひとりさんの心配は杞憂で、誰もひとりさんを敵視したりなどはしていない。

 

 わたしを通さなくたって外の世界は厳しいばかりではないのだと。そんな当たり前を、この場所でひとりさんが少しずつ知ってくれればと思うのだ。

 

 

 ◇

 

 

「はい! ということで第一回結束バンドメンバーミーティング開催しまーす!拍手っ、パチパチパチ〜」

 

 号令と共に笑顔で拍手をする虹夏さん。それに追従しつつも無言でマイペースに手を叩くリョウさんに、本当に僅かにだけ反応して曖昧に頭を下げるひとりさん。今の一瞬だけで、結束バンドメンバーの人間性がどこか窺えてしまうというもの。ひとりさんの代わりに、わたしも心の中で精一杯の拍手を送っておいた。

 

「バンドをする上でメンバー同士の相互理解は必要不可欠!昨日の歓迎会はリョウいなかったし、今日は三人で交流を深めよう!」

 

「ぼっちのために、今日はこんなものを用意してきた」

 

『どこかで見たことあるようなの出てきた……!』

 

『小学生の頃、お母さんがたまに見てましたよね』

 

 リョウさんがどこからともなく取り出したのは、トークテーマがそれぞれの面に描かれた大きなサイコロ。ライオンのマスコットが特徴的で、サイコロで出たテーマに沿ってゲストが話す。確かそんな番組に出てきたもののはずだ。

 

 明らかにパクリではあるのだが、リョウさんのこの発案は大変ありがたい。ひとりさんの会話能力は言いづらいが、壊滅的。フリートークなんてさせようものなら終始無言になってしまいかねない。しかし、このサイコロトークのテーマに沿ってならひとりさんでもきっと、多少は喋れるはず。もしや、リョウさんもひとりさんが人見知りだということに配慮をしてくれたのだろうか。虹夏さんにリョウさん、この下北の地にはもしや聖人ばかりが溢れているのかもしれない。

 

「ほいっ。……まずは学校の話。略して、ガコバナ〜!」

 

「はい、ぼっちどうぞ」

 

「え、えぇっ!?」

 

 バラエティ番組のノリそのままに虹夏さんがサイコロを振り、提示された議題は学校の話。三人とも今をときめく女子校生なのだから極めて無難なテーマにも見える。だが、それは決してひとりさんには当てはまらない。ひとりさんの学校生活、それは常に黒歴史と隣り合っていると言っても過言ではないからだ。

 

『ど、どうしよう。……ここ最近の学校生活なんてもう一人の私に任せっきりだったし。は、話せることが何もない!? もう黒歴史開示でウケ狙いしか方法が……』

 

『落ち着きましょう、ひとりさん。二人とも同じ高校のようですし、ここは自分ではなくお二人の学校生活について聞いてみるのも一つの手かと』

 

 いくら二人の許容範囲が大きかろうが、いきなり黒歴史をぶち撒けられるのはあまりに刺激が強過ぎる。ひとりさんにアドバイスをして、ひとまずは聞きに回ってもらうことにした。虹夏さんとリョウさんは幼馴染と聞いてるし、話すネタにも困ることはないはずだ。

 

「えっと、あっ、そう言えば二人とも同じ学校……」

 

「そう!下高ー」

 

「二人とも家が近いから選んだ」

 

「あっ、二人とも下北沢にお住まいで……」

 

「ぼっちちゃん秀華高でしょ。家ここら辺じゃないの?」

 

 ひとりさんがいざ一言発してしまえば、会話はスムーズに進行していった。昨日の歓迎会でわたしが相槌ばかりでも会話を膨らませ続けた虹夏さんだ、流石のコミュ力といえる。リョウさんも初見のクールな印象ほど無口という訳ではなく、小気味良く喋ってくれていた。

 

 ただ、話題の方向性は自然にひとりさんの高校についてへと既に移っている。わたしはこれに非常に嫌な予感というか、この和やかな空気が壊れる確信のようなものすら覚えてしまっていた。

 

「あっいや、県外で片道二時間です」

 

「二時間!?えっ、なんで!?」

 

「高校は誰も自分の過去を知らない所に行きたくて……」

 

「はい、ガコバナ終了ー!!」

 

 わたしの嫌な予感は的中し、ひとりさんの地雷はあまりにも意外過ぎる方向から掘り返されてしまっていた。虹夏さんもまさか、通っている高校を尋ねただけで人の闇に触れることになるなんて思いもしなかっただろう。無事ガコバナはタブーと認識されて、強制中断される運びとなった。

 

 ただこれは仕方がないと思う。今のは誰も悪くないし、不幸な事故のようなものなんだから。それに学校への苦手意識にしたってひとりさんの明確な個性であることは確か。バンドメンバーの相互理解、という面ではそこまで悲観するような結果でもないはず。わたしくらいは今回の件をポジティブに受け止めねば。

 

『ご、ごめん。せっかくもう一人の私が手伝ってくれたのに、いきなり台無しにしちゃって……』

 

『謝らないでください。これはこれで悪くはないと思いますし……変に取り繕うと後々辛いでしょうから』

 

 わたしに合わせようと無理をすると大失敗するのは、中学三年のあの日の結果が何よりも雄弁に語っている。あの失敗の後、ひとりさんが意識を取り戻すのにはなんと三日もかかった。その時の恐怖は今でも忘れられないし、あの日の二の舞は絶対に犯さないと心に誓っている。ひとりさんはありのまま、自分のペースで成長していって貰いたい。

 

「す、すいません。高校でも基本一人なもので。その、楽しいお話とか一つも提供できなくて……」

 

「だ、大丈夫だって。ほら、リョウもあんまり友達いないし」

 

「うん、友達は虹夏だけ」

 

「えっ」

 

『リョウさんには虹夏ちゃんだけ。私にはもう一人の私だけ!つまり、私とリョウさんは仲間……この繋がりが、シンパシー?』

 

『い、いや、それはどうでしょうかね……』

 

 ひとりさんがリョウさんへと同類意識という名のトキメキを感じているが、わたしは同意できない。リョウさんの友達が虹夏さんだけというのは確かに事実だろう。だが、リョウさんの一人は明らかに、敢えてそうしているのだという空気がひしひしと伝わってくるからだ。

 

「休みの日は廃墟探索したり、一人で古着屋さん巡ったり……」

 

「違う……トラップだった」

 

 虹夏さんの補足でひとりさんもその絶望的な隔たりに気づいてしまったようだ。一人が好きな人と、仕方がなく一人でいる人は天と地ほども違う。コンビニにすらわたしに代わらないといけないひとりさんにとって、リョウさんの趣味は裏切りにも等しかったのだろう。その絶望は深いようで、両手で頭を抱えながら震え始めてしまっていた。

 

 わたしとしてもかける言葉が見つからない。というか、こうなってしまったひとりさんにはどんな言葉もしばらく届いてくれない。大抵、こういう状況になった時はわたしが代わりに表に出て話を引き継いだりするのだが、今はそれもできない。ひとりさんの再起動を待つしかない状況だ。

 

「昨日みたいに会話を楽しもうよ! ……今日のぼっちちゃんは闇が深いなぁ」

 

「え、昨日のぼっちは輝いてたの?」

 

「まぁ、昨日の歓迎会の時はそれなりに……今日の様子見る限り、ぼっちちゃんはこっちが平常運転ぽいけど」

 

「想像できない。私もピカピカぼっち見てみたかったかも」

 

 今の二人の会話、ひとりさんには聞こえてなかったようで本当に良かった。聞かれてしまったら、今日一日はわたしの裏に引っ込んでる可能性もあっただろう。幸い虹夏さんもひとりさんの生態を理解してきたようなので、このままわたしのことは過ぎ去った残像として忘れ去って欲しいものだ。

 

「それじゃ気を取り直して!次は好きな音楽の話、略して〜」

 

「オトバナー」

 

「お、おとばな〜……」

 

 虹夏さんが仕切り直すようにして、新たなトークテーマを提示する。ひとりさんもタイミングに合わせて再起動できたようで一安心だ。一つ目のトークからだいぶボロボロになってしまったが、ひとりさんもノリに辛うじて合わせるような連帯感も生まれている。着実に交流は深まっているのだから、わたしはただ見守り続けるのみだ。

 

「あたしはメロコアとか、いわゆるジャパニーズパンクかな」

 

「私はテクノ歌謡とか、最近はサウジアラビアのヒットチャートを少々……」

 

「絶対嘘じゃん……。ぼっちちゃんは?」

 

 二人ともさすが音楽を嗜んでる人間というべきか。音楽にわかのわたしではどんな曲か想像もつかないようなジャンルをスラスラと並べ立てている。後でひとりさんにどんな音楽なのか聞いてみるのも良いかもしれない。音楽についてわたしに教える時、ひとりさんはとても嬉しそうにするから。

 

 さて、ひとりさんの好きな音楽とはどういったジャンルなのだろう。今までわたしも知る機会がなかったから、純粋に気になった。

 

「あっその、青春コンプレックスを刺激する歌以外なら、なんでも……」

 

「ん、青春コンプレックス?」

 

 青春コンプレックスを刺激する歌。それは夏とか青い海、淡い恋だとかいったキラキラにコーティングされたワードで構成された爽やかな曲のこと。それはそんな青春とは無縁だったひとりさんを傷つけて止まず、だから苦手だということを主張しているのだろう。わたしには分かる。

 

 ただ、そんな事情が虹夏さんとリョウさんに伝わるはずがない。なんとかしなければ、また先ほどのような致命的なコミュニケーションエラーが発生してしまう。

 

『あの、他に好きな歌とかありませんか?虹夏さん達は青春コンプレックスなんて理解はできないでしょうし……ひとりさんがああいう歌苦手なのは痛いほどよく分かりますが。ここは一つ代案を』

 

 実際、わたしもキラキラ青春の歌が苦手だ。わたしが手に入れてはいけない青春を、いとも容易く手に入れるべきなのだと嘯いてくるから。そういう観点で言えばわたしも立派な青春コンプレックスなのかもしれない。悲しい歌ほど好きだった。ひとりさんの気持ちに寄り添えるような気がするから。

 

「ご、ごめん、そうだよね……。こんなのもう一人の私にしかわからないよね、えへへ。じゃ、じゃあ青春時代の鬱憤をバンドに叩きつけてる曲はどうだろう? これなら虹夏ちゃん達もきっと……!!!!????」

 

『ひとりさん、ですからわたしと会話しちゃったらダメですって! 虹夏さんとリョウさん、会話すべきは目の前の二人ですよ!?』

 

 しかし、またとんでもないコミュニケーションエラーが発生してしまっていた。虚空と会話するひとりさん、再びである。明らかに、中学生の時よりひとりさんのコミュ症は悪化してしまっている。昔はここまで酷くはなかったはずだ。そして、それがわたしのせいなのも言わずもがな。ここ最近、猛省するような出来事ばかりである。

 

 昨日に続いての大失態に、ひとりさんは沈黙してしまっている。この様子だと、顔面がある程度崩壊していても不思議ではない。虹夏さんとリョウさんの反応があまりにも恐ろしかった。

 

「ああ、ぼっちちゃんが今日も見知らぬ誰かと交信しちゃってる……」

 

「ぼっち、面白い。見ていて飽きる気がしない」

 

「だねぇ」

 

 しかし、わたしの恐れていたドン引きする二人の姿はそこにはなかった。虹夏さんはもはや慣れたと言わんばかりに、生温かい視線を向けていて。リョウさんは完全に珍獣を見て楽しむ観客のソレだったが、それでも穏やかに微笑んでくれていた。

 

 底抜けの善人な虹夏さんに、ちょっぴり変人なリョウさん。ひとりさんが輝けるのはこの二人のいる結束バンドに違いない。どうかこのまま、末永く関係が続きますように。

 

 

 ◇

 

 

「さて、それじゃ次はライブの話だね」

 

 あの後、たっぷり数分ほどかけてひとりさんは復活を果たした。それを確認すると、虹夏さんは何事もなかったかのようにサイコロを振り次のトークテーマを提示する。

 

 ライブについて。バンドとしては最も重要な議題。ここからが本格的なメンバーミーティングと言っても過言ではないだろう。

 

「今回はインストだったけど、次はボーカル入れたいんだ」

 

「あっ、そうなんですか……」

 

「ホントは逃げたギターの子が歌うはずだったんだけど、あの子どこ行っちゃったんだろう……心配だなぁ」

 

 バンドの花形であるギターボーカル。初ライブをなんとかやり過ごせたとはいえ、その人がいなくなってしまった影響はやはり計り知れない。その相手に対して憤るどころか、心配する素振りすら見せている虹夏さんはあまりにも人が良すぎやしないだろうか。

 

 しかしその逃げたギターさんがいなければ、ひとりさんもその虹夏さんに見つけてもらうことはなかった訳で。お騒がせなように見えて、わたしとしては感謝してもし切れない相手にもなっている。なんとも複雑な関係。叶うことはないだろうけど、一度その顔を見てみたかったかもしれない。

 

『逃げたギターの子……私と同じコミュ症だったのかな?』

 

『当日ドタキャンする大胆さを考えると、そうとは言い切れないような気もしますけど』

 

『そ、そうかも。もう一人の私がいなかったら、私なんて逃げることすらできずに人生終了まっしぐら……うう、本当にありがとね、もう一人の私!』

 

『いえいえ、ひとりさんの為ならなんのそのですよ』

 

 ひとりさんの感謝の言葉は心によく染みる。ただその一言でわたしは途方もない充足感を得られるのだが、その為に行動し過ぎればひとりさんの痕跡を表舞台から削り取ってしまう。この感情とは、バランスよく折り合いをつけねばいけないのが難しい。

 

「ボーカルまた探さなきゃ。あたしは歌下手だし、ぼっちちゃんは……だよね、ごめんごめん」

 

 虹夏さんの期待の視線に、ひとりさんがササっと逃れるのはあまりにも速かった。現状、舞台の上でギターを弾くのですら限界ギリギリ。そもそも、普段の音楽の授業や合唱コンクールをわたしに丸投げしている状態ではとても頷くことなんてできなかったんだろう。

 

「あっ、あの、リョウさんは……?」

 

「フロントマンまでしたら、わたしのワンマンになってバンドを潰してしまう」

 

「その湧き出る自信の源は何?」

 

『凄い自信、羨ましいな。……もう一人の私みたい』

 

『えっ、わたしってあんなに自信満々でしょうか?』

 

 確かにひとりさんからの頼み事は大抵なんだってこなせたが、そんな印象を持たれていたのは意外だ。わたしの心中はリョウさんのように自信に満ち溢れているどころか、そもそも自分自身という存在をあまり信用していない。だから、ひとりさんからの評価はどこかむず痒かった。

 

「そうだ!ボーカル見つけたら曲も作ろうよ、リョウ作曲できるし。歌詞に禁句が多いならぼっちちゃんが書けばいいよ」

 

『わ、私!?作詞なんて大役、私に務まるかな……』

 

『良いんじゃないでしょうか?ひとりさん文才ありますし、きっと素晴らしい歌詞が書けると思いますよ。いざとなったら、わたしもお手伝いしますし』

 

 お世辞でもなんでもなく、ひとりさんは作詞に向いていると思う。わたしが生まれるきっかけとなった作文コンクールしかり、ひとりさんは昔から文才にも恵まれていた。その上に、ひとりさん独特の世界観とユニークな言葉選びが合わされば誰にも真似できない歌詞が生まれるはず。表舞台に立つ必要もなく他人に怯えなくて済む作業だし、ひとりさんにピッタリの役割のように思えたのでわたしからも勧めてみることにした。

 

『もう一人の私が来てくれるまで、図書室通いを続けたのはこの日のための布石……!』

 

「うんうん、我ながらなんたる名案!」

 

 虹夏さんの中でひとりさんが作詞を担当することが確定したらしい。多少不安な部分もあるけれど、ひとりさんも乗り気なようだし口は挟まない。うまくいかなかった時の備えとしてわたしがいるんだ。ひとりさんには前向きになんでも挑戦していって貰いたい。

 

「で、虹夏は何するの?」

 

「……えいっ。次はノルマの話〜!!」

 

「堂々と流された」

 

 リョウさんの至極当然の疑問を無視してサイコロを振る虹夏さんからは、まるでひとりさんのような哀愁が感じられた。まぁ、虹夏さんにはこの結束バンドのリーダーかつ潤滑油という立派な役割がある。三人の仕事はきっと平等なのである、その筈だ。

 

「あっあの、ノルマというのは……?」

 

「昨日出たライブはブッキングライブって言うんだけど。バンド側には動員を保証するためのノルマが課せられてて、集客出来なかったら自腹なんだ。もちろん、ノルマ以上売れればお金は入ってくるんだけど……あたし達みたいな駆け出しバンドに集客力はあんまり期待できないし」

 

「な、なるほど」

 

『もう一人の私……つまりどういうこと?』

 

『つまり、バンドとして有名になるまではかなりのお金がかかるってことじゃないでしょうか』

 

 我ながらなんとも身も蓋もない結論を出してしまったものだけど、虹夏さんが言おうとしてる事はまさにこの金銭の話に違いない。そんな生々しい話を切り出さねばいけないほどに、バンド活動と金銭は切っても切り離せない関係にあるってことなのだろう。

 

『お金……。この前通販で新しい機材買っちゃったから、あんまり貯金残ってないな』

 

『入り用でしたら、わたしの貯金を使って下さっても構いませんよ?』

 

『それはダメ!もう一人の私のお金は、もう一人の私のモノだから』

 

 ひとりさんはどうしてか、お小遣いやお年玉を貰ってもそれをキッチリわたしにも分配してしまう。わたしはひとりさんの為にしか基本お金を使わないし、部屋のブタさん貯金箱にはそのお金が貯まっていく一方だ。わたしの財産はひとりさんの財産。遠慮なく使って欲しいのだが、ひとりさんは頑なで一度も頷いてくれた事はない。

 

 ひとりさんがわたしを尊重してくれているという証左なのだろうけど、心苦しくもあった。

 

「昨日のライブはあたしの友達が来てくれたから、チケットはけたんだけど……」

 

「あの出来じゃ二回目は来てくれるかわからない」

 

「だよねー。リョウは友達いないから集客あてにできないし、ぼっちちゃんも集客は……ね?」

 

「す、すみません……」

 

 現状のバンドメンバー三人の中で、集客力があるのが虹夏さん一名のみ。チケットノルマがあまりにも高い壁として立ちはだかってしまっていた。

 

『ギターの実力も発揮できない上に、集客でも役に立てないなんて……私はミジンコ。いや、ミジンコ以下!?』

 

『まぁ、いざとなったらわたしが宣伝フライヤーでも作って地元でチケット売りしますから。ひとりさんはそう気負わずに』

 

『ありがとう! さすがもう一人の私……立派な誇るべき霊長類』

 

『いやいや、ひとりさんも立派な人間ですからね?』

 

 追い詰められた時には人間離れした挙動を見せる時もあるが、そこまで自身を卑下する事はないはず。ひとりさんに直接関わらない誰かに対してなら、わたしがどれだけ外面良く接しようが問題はない。宣伝の分野ならわたしもひとりさんの役に立てそうで嬉しかった。

 

「というわけで、ライブのノルマ代稼ぐためにぼっちちゃんもバイトしよー!」

 

「あっはいバイト……バイトぉっ!!?」

 

「昨日とは別種の大声出たね、ぼっちちゃん」

 

『絶対嫌だ!働きたくない、社会が怖い!!』

 

『その叫びはわたしではなく、虹夏さんとリョウさんに伝えないと事態は解決しませんよ……?』

 

 学生の身分で金銭を稼がなくてはならない。そうなれば、バイトをするという発想になるのは当然の帰結。しかし、学校生活ですら悲鳴をあげてしまうひとりさんの精神にバイトの人間関係が耐えられるわけがない。ひとりさんのキャパを明らかに超えてしまっている困難。どうやらこの結束バンドにおいてもわたしは見守るだけの身分ではいられなさそうである。

 

「ぼっちちゃんが人見知りだって事はわかってる。だからさ、ぼっちちゃんもあたし達と一緒にここでバイトしようよ!」

 

「アットホームで和気藹々とした職場です」

 

「あたしとリョウも一緒だから怖くないよ。それに、ライブハウスだからいろんなバンド見れるし……どうかな?」

 

「あっ、えっと、いっ……」

 

 お二人も重度な人見知りのひとりさんのために、色々気を回してはくれたのだろう。だが、それもひとりさんの社会に対する恐怖心には焼石に水。ひとりさんは今まさに、断ろうと必死で自分の口から言葉を絞り出そうとしているに違いない。

 

 実際、断った方が良いだろう。お金ならわたしが別の場所でバイトして稼げば良い。その方が、わたしとひとりさんの違いに気付かれる危険性もなくスムーズに困難を解消できる。ただ、そうはならないだろう。

 

 ひとりさんは人一倍、他人の期待や頼み事を裏切るのが苦手だから。

 

「が、がんばりましゅ……」

 

「ありがとう!一緒にバイトも頑張ろうね!」

 

 ひとりさんはバイトに立ち向かう覚悟なんてないのに、結局頷いてしまっていた。わたしが生まれた経緯を考えれば当たり前だった。ひとりさんは大きな困難に直面した時に逃げずに立ち向かおうとして、それでもやっぱり無理で。その結果わたしが生まれたのだから。

 

『ご、ごめんもう一人の私!わ、私の代わりにSTARRYでバイトしてください……お願いします!』

 

『任せてください』

 

 昔からのお決まりの流れに、少し笑みが浮かんでしまいそうになる。どこまで行っても、やはりわたしはひとりさんから頼られるのが生きがいらしい。

 

 わたしはひとりさんの逃げ道にして、いつもひとりさんの側に寄り添うヒーローだ。だから、リョウさんと虹夏さんに気付かれずに、ひとりさんとしてSTARRYのバイトをこなす。そんな難題だってスマートに対応してみせようじゃないか。

 




次回はようやくバイト回。星歌さん好きすぎて描写増えてしまうかも
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