コミュ症を拗らせ過ぎた結果、もうひとりの人格を生み出してしまったぼっちちゃんの話   作:モルモルネク

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すいません、ちょっと遅めの投稿になってしまいましたね。原因はご存知の通り、またまた長くなり過ぎてしまったからです。今回はふたりちゃんが悪い。

ボリュームはたっぷりなので、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。


優しくも儚いわたしの為のブルース

 

 輝かしい月曜日の朝がやってきた。土日の休日を経て、英気を養った後での新しい一週間の始まりがわたしは嫌いじゃない。無事新しい一日を迎えられた喜びを噛み締めることができるから。そして、反対にひとりさんは憂鬱な月曜日が始まったと嘆くのだろう。

 

 でも、先週のひとりさんは本当によく頑張った。学校がある日や土日休日を含めて、躊躇いながらも一度も休むことなくバイトに勤しんだ。アドバイスは求めつつもわたしに代わってもらうことなく、その身一つで。バンドの為に努力をし大きな成長を遂げたひとりさんの迎える今日が、先週よりずっと良いものになればいい。そうなるように、わたしも陰ながら頑張ろうと思う。

 

「ひとりさん?……まだ寝ていますか」

 

 起き上がり布団を畳んで片付けながらひとりさんに問いかけても返事はなく、まだぐっすりと眠っているようだった。無理もない、先週から始まったバイト生活はひとりさんの精神に大きな負担をかけたはずだから。そのうえ、ひとりさんはどれだけ疲れていようとも帰るなりギターに触れ続けるのだ。時間と身体が許す限り余すことなくギターをかき鳴らして、演奏してる途中で気を失うように眠る日すらあった。狂気的なまでの情熱と集中力、わたしにはとても真似できそうにない。

 

 登校まで片道二時間のわたしたちの朝は早い。もとより朝が強くないひとりさんが起きてこないことは珍しくなく、普段から朝の身支度に関してはほぼわたしの担当になっている。そのルーチンワークに従い、部屋を出ては階段を降りて洗面所の姿見の前に立つ。

 

 まずは歯を磨き、その次に行うのはスキンケアだ。乾燥はお肌の大敵であるし、ひとりさんは私生活の変化で心身共にストレスも抱えてるはず。それは肌荒れの原因にもなりかねないので、忙しいからと疎かにせず毎日しっかりと行うようにしている。

 

 洗顔料で汚れを落とし、化粧水と美容液で肌に潤いを与えて、最後に保湿クリームでそれらを閉じ込めてしっかりと肌を保護する。順番通りに、急がずにゆっくりと一つずつ肌に馴染ませていく。美容品の良し悪しはわからないし色々試すのもお金が勿体無いので、お母さんに勧められた若者向けの物をそのまま使っている。二児の母とは思えないほどに若々しいお母さんのオススメだ、質の方は問題ないだろう。

 

 中学生になった頃お母さんに教えを乞い自分でアレコレと美容品を買い揃え始めたわたしを、ひとりさんが畏怖の眼で見ていたのは今でも記憶に新しい。初めて使用した時なんて『わたしなんかの肌に、毎朝何円が溶けて消え入ってしまうのか……』と完全に萎縮していた。しかし、ひとりさんの綺麗な顔を守るためにもわたしは今後とも一切妥協するつもりはない。

 

 自信のなさから顔を隠しがちだけど、ひとりさんは綺麗で可愛らしく、そして何よりもカッコいいのだから。なんて、自信満々で言い切れてしまうわたしはナルシシズムの持ち主なのだろうか。でも、中身がわたしのような可愛げのないやつならともかくとして、ひとりさんならば可愛いのはどう考えたって疑いようがないのだ。ならば、その魅力をより引き立てる為の努力をするのはわたしの責務と言えよう。

 

 一人の女の子として綺麗でありたい。そんなわたしのささやかな願望もちょっぴりとだけ含まれているのは、秘密だ。

 

 スキンケアを終えて、次に行うのは髪の手入れ。わたしという人格が生まれて以降、髪型についてもひとりさんから一任されていた。代わりに美容室に行って散髪する時もひとりさんの希望は前髪で顔が隠れれば良いとそれだけ。短く切るのは簡単だけど長くするには時間がかかる。ひとりさんがいつオシャレに目覚めても困らぬように、わたしは髪を伸ばし続けて今では腰ほどまでの長さになっていた。

 

 トリートメントを手のひらに伸ばし、毛先から髪全体へと丁寧に馴染ませて。それが終われば、今度はヘアブラシでトリートメントを均一に広げながら髪を梳いていく。寝癖や髪の絡まりが解けていって、ひとりさんの長く綺麗な髪がサラサラと流れていくこの瞬間がわたしは嫌いじゃない。わたしに普通の子供時代があれば、もしかしたらお人形遊びとかにハマっていたのかもしれなかった。

 

「おねーちゃん、おはよー!!」

 

「おはよう、ふたり」

 

 ブラッシングの途中で、ふたりがいつものように人懐っこい笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。挨拶を返すと、それだけで向日葵のように元気いっぱいに笑ってくれる。ひとりさんじゃないけれど、わたしには眩しいくらいに朗らかな子に育っている。

 

 後藤ふたり、十以上も歳の離れたひとりさんの小さな妹。物怖じせず明るく元気な、おおよそひとりさんとはかけ離れた性格の持ち主。そして、愛すべきわたしの妹だ。

 

 正直、ふたりをそう扱うことに戸惑いを覚えない訳ではない。わたしなんかがひとりさんのように、後藤家の家族として振る舞うことが許されるのだろうかと不安になったことだってある。それでもふたりはわたしをお姉ちゃんとして慕い続けてくれたから、目を背け続けることはできなかった。それは両親にもひとりさんにも、そしてなによりふたりに失礼だから。

 

 だから、わたしはふたりのお姉ちゃんをやっている。ひとりさんの代わりとしてではなく、わたし自身という一人の人格として。

 

「ギター弾く方のお姉ちゃんは?」

 

「まだお休み中だよ。昨日のお仕事で疲れちゃったみたいだから」

 

「もー、ギター弾く方のお姉ちゃんてばだらしないんだから」

 

 お母さんの真似だろうか、ふたりは困ったもんだと呆れたように首を横に振る。まるでふたりがひとりさんの姉になったかのような、そんないつもの光景にわたしは苦笑いをすることしかできない。

 

 ギター弾く方のお姉ちゃんと、ギター弾かない方のお姉ちゃん。驚くことにふたりは、ひとりさんとわたしをそう当たり前のように区別して別人と扱ってくる。子供故の純粋な洞察力なのか。それともわたしとひとりさんという存在を物心つく前から見続けたせいなのか、はたまたその両方か。

 

 ふたりがそう呼ぶことを、わたしとひとりさんは黙認している。ふたりがまだ幼い子どもということもあるし、一度止めるようにやんわりと言い聞かせたら号泣されてしまったのが大きい。『わたしのおねえちゃんは二人いるんだもんっ!!』そう叫んで泣きじゃくったふたりの姿は忘れられない。あの一言でわたしは勝手に救われて、お姉ちゃんになれたのだから。

 

「ね、お姉ちゃん。お髪とかすのわたしがやってもいーい?」

 

「うん。それじゃお願いしようかな?」

 

「任せて! わたしがお姉ちゃんのことかわいくしてあげる」

 

 ふたりの手でも届くようにしゃがみ込んでヘアブラシを渡すと、ふたりはその小さな手で一生懸命に髪を梳いてくれる。まだまだ幼い年頃だというのに、こうしてイタズラ一つせずにわたしの髪を大事に扱ってくれるのだ。ふたりはひとりさんに負けないくらい良い子に育つだろう。

 

「お姉ちゃんの髪、キレーだね。わたしも大きくなったらお姉ちゃんみたいに伸ばしたい!」

 

「その時は、お姉ちゃんがふたりの髪を結んであげるね」

 

「ホント!?やったー!!」

 

 果たして、わたしは後どれくらいふたりの成長を見守れるのだろうか。ひとりさんが自分の夢を追うために成長を始めた以上、わたしの終焉はそう遠くない未来にやってくる。それがどれくらい後のことかは定かじゃないけれど、中学生になったふたりの姿を見ることはきっと叶わない。

 

 口惜しくて仕方ないけれど、ひとりさんの成長もふたりの成長も両方が平等に祝福されるべきことなのだから嘆いてはいけない。わたしという意識が存在しなくなった時は、その想いを必ずひとりさんが引き継いでくれる。だからわたしがふたりとの別れを怖がる必要性はない。

 

 わたしに出来ることは最後のその瞬間まで、ふたりの立派なお姉ちゃんであることだけだ。

 

「お姉ちゃんは髪結ばないの?そしたらもっともっとかわいくなるのに」

 

「うーん。でも急に髪型変えちゃうと、もう一人のお姉ちゃんが恥ずかしがっちゃうから……」

 

 ふたりの希望に沿った髪型で学校に通う。楽しそうだがひとりさんの事情を考えると辞退せざるを得ない。仮に髪型をふたりに任せてツインテールで登校したとすれば、ひとりさんの反応は恥ずかしがるなんて生易しい表現では済まないほどのものになるだろう。ひとりさんを教室で人間の原型を留めていない状態にさせるわけにはいかないのだ。

 

「ギター弾く方のお姉ちゃん、くそめんどいもんね!」

 

「こら、ダメだよふたり。お姉ちゃんにそんな酷いこと言ったら。……言葉遣いは丁寧に、ね?」

 

「はーい!!」

 

 小馬鹿にしたようにひとりさんを笑うふたりをやんわりと叱る。普段いい子なふたりも、ひとりさんに対しては子ども相応の生意気な面を覗かせる。そんなふたりに対してひとりさんはたじたじなので、エスカレートし過ぎないように言い聞かせるのもわたしの役割となっていた。

 

 ただ、わたしの注意も言ってしまえば野暮なもの。口ではこう言いつつも、ふたりはひとりさんが大好きなことをわたしは知っているからだ。暇な時はいつもひとりさんの部屋にいて、ギター弾いてとせびったり子守唄を歌ってとわかりやすいくらいにいつも甘えている。お絵描きやおままごとなんかの普通の遊びにしても、わたしではなくひとりさんにわざわざ相手を頼むことすらあるくらいで。わたしが少しジェラシーを感じてしまうほどに、二人も仲良し姉妹なのである。

 

「じゃーん、できた!!」

 

「うん、バッチリ。お陰でお姉ちゃん今日の学校が楽しくなりそう。ありがとね、ふたり」

 

「えへへ……」

 

 ふたりの頭を撫でて褒めると、照れたようにはにかんで笑ってくれた。その様子がひとりさんにそっくりで、やはり似た者姉妹なのだと実感する。

 

 多少の調整は必要だろうけど、きちんと整った髪型となっている。手先が器用なふたりは将来、美容師さんでもスタイリストでもなんでもなれるに違いない。なんて夢想をしてしまうのは、いわゆる姉馬鹿というやつなのかもしれないけれど。

 

「あっ、そうだ。お母さんが朝ごはんだよってお姉ちゃんよんでたよ!」

 

「わかった、準備終わったらすぐ行くね」

 

 本来の要件はそっちだったのだろう。数分遅れでお母さんからの言いつけを果たしたふたりは、元気いっぱいのままリビングへと戻っていった。これから相棒かつ愛犬であるジミヘンとたっぷり遊ぶのだろう。このまま健やかに育って欲しいなんて老婆心を抱きつつ、わたしも最後の準備に入る。

 

「これで良し、と」

 

 ドライヤーでブローし、二つのキューブが特徴的な髪飾り。わたしの宝物を身につければ完成、後藤ひとり準備万端だ。

 

 実はこの後、いつものジャージを着込むという作業があるのだけどそこにわたしは関与しない。制服を着るひとりさんが見たいという気持ちは尽きることはないが、ひとりさんの着心地が最優先なので断腸の想いで我慢をしている。仕方がない、いつでもピンクジャージのひとりさんだって素敵だと納得するんだわたし。

 

 身だしなみを終えて食卓へと顔を出すと、ふたりの言う通り既に朝食が用意されていた。朝が早いにも関わらずこうして朝食どころか、お弁当まで用意してくれるお母さんに心から感謝をしつつ、席に座る。対面では既に朝食を食べ終えたお父さんがコーヒーを啜っていた。

 

「おはよう。お父さん、お母さん」

 

「おはようひとりちゃん。今日はちょっと遅かったのね」

 

「うん、未来のスタイリストふたり先生に髪のセットをお願いしてたんだ」

 

「あらあら。相変わらず姉妹仲良しでお母さん嬉しいわ〜」

 

 微笑みながらキッチンで調理をこなすお母さんの姿は、穏やかで器量良しなまさに良妻賢母の鑑のようだった。一見完璧なようで、たまにとんでもない行動に走ってしまうお茶目さはひとりさんに良く似ていると思う。

 

「ひとりは今日もライブハウスでバイトだっけ?」

 

「そうだね。バイト終わりに先輩達とちょっとだけ合わせの練習もすると思う」

 

「遂にひとりもバンドを組んで、それにライブハウスデビューも済ませちゃうなんてなぁ。……いつの間にか大きくなって。これからどんどん成長して、行く行くはロッキンの大トリ間違いなしだな!」

 

「ちょっと気が早過ぎるよお父さん……」

 

 お父さんは意外と感情豊かで、いつもこうしてひとりさんの音楽活動を応援してくれている。ひとりさんがバンドを始めたと伝えた瞬間なんて、男泣きしながら甚く感動していたほどだ。

 

「いただきます」

 

 両手を合わせて挨拶を一つしてから、朝食に手をつける。この二人だからこそ感じてしまう居た堪れなさを、悟られぬよう隠しながら。

 

 ひとりさんのご両親、お父さんとお母さん。そんな人達に対して、わたしは未だに二重人格だという真実を告げられないでいる。黙ったままでいるつもりはなかった。ひとりさんを育ててくれた人達に対する義務として、問いかけられたのならば答える必要があると今までずっと身構えてきた。

 

 しかし、お父さんとお母さんがわたしに対して追及をすることは一切なかった。気付いてないなんてことはないはずだ。誰よりもひとりさんを近くで見続けていた両親が、娘の異常に気付かない訳もない。ふたりだって容赦なくギターを弾かないお姉ちゃんの話をお母さんにしている。そして、わたしが食卓に出る時だけ出されるりんごジュースが、何よりもその事実を雄弁に語っている。

 

 わたしには、わからない。娘の変化を察知していながら、どうして優しく見守るだけという対応が取れるのか。わたしのような存在をどうしてひとりさんと同じように優しく扱ってくれるのか。そんな二人に、わたしはどんな顔を向ければ許されるのだろうか。何一つだって、わたしにはわかりもしない。

 

 ただ一つわかることがあるとすれば、それがひとりさんへの途方もない善意と無償の愛で構成されていることだけ。重た過ぎる感情。その愛に報いる方法があるとするならば、この存在を賭してひとりさんに誠実であることだけだろうか。

 

『……おはよう、もう一人の私』

 

『おはようございます。今朝食中ですけど、代わりますか?』

 

『……ううん、大丈夫』

 

 朝食を摂っている途中で、ひとりさんが目を覚ました。ただその声音には隠しようがない眠気が混ざっており、まだ疲労が抜け切ってないことがありありと伝わってくる。

 

『……そ、そうだっ!もう一人の私、実はすごいことに気付いちゃったんだ!」

 

『え、えぇと、なんでしょうか?』

 

 しかし一転、眠気なんて吹き飛ばしたかのようにひとりさんが声を弾ませていた。言い方からしても間違いなく吉報のはずなのに、ひとりさんの口から発せられると急激に不安に晒されるのはなぜなのだろう。ロクでもなさそうだという本音を精一杯に飲み込んで、わたしは問いかけることしかできない。

 

『バンドして、飲食店でバイトまでしちゃって。……つまり、これはもう私は陽キャそのものってことだよね!』

 

『いや、それは……。まぁ、確かにそういう側面もなくはないって感じではありますけども……』

 

『だよね!だから今日はギター持って私が学校に行く……そしたらきっと誰か話しかけてくれるよね!』

 

 間違いなく褒め過ぎだった。ここ最近はバイトに通うひとりさんに賞賛の嵐をわたしが吹かせていたので、奇妙な自己肯定感を高めてしまったひとりさんは完全に調子に乗ってしまっている。

 

 ひとりさんの名案は残念ながらガバガバ。陽キャにはそう簡単に変身できないし、バンド女子アピールは先日の二番煎じ。根っこの部分にある他人任せなその心構えを改めない限りは上手くいきっこない。わたしの冷静な部分はそう告げている。

 

 理由はどうであれ、ひとりさんが前向きに学校に通おうとしているのは珍しい。その勢い付いた調子のままに、今日の学校生活はひとりさんに過ごしてもらうことにしよう。

 

 どうか、ひとりさんに話を合わせられる素敵な子が気にかけてくれますように。まるでひとりさんの妄想のような都合のいい存在の到来を、わたしは祈るしかなかった。

 

 

 ◇

 

 

 ひとりさんが喜び勇んで登校してからおおよそ三時間超。三度目の休憩時間に入るが、ひとりさんに近寄る人影は未だに一つも確認できていない。

 

『私が愚かでした。他力本願の舐めた根性じゃ誰も話しかけてくれるわけないよね……』

 

 ひとりさんは既に諦めて絶望していた。朝の元気が見る影もなく、わたしに代わってと申し出ていないのが不思議なくらい意気消沈していた。

 

『これも小さな一歩、積み重ねですよ。今日みたいに毎日学校に通えば、話しかけてくれる子もきっと現れてますって』

 

『無、無理!こんな狭い空間で私だけ切り離されたかのように、一人でみじめに過ごし続けるなんて……。辛い、苦しい、早くバイト行きたい……』

 

 それとなく毎日の登校を促してみたけれど、ひとりさんは強い否定の意思を見せる。逃げ道として機能するくらいにバイトに慣れたことは喜ばしいことで、ひとりさんの成長を実感できる。しかし、それに反比例するかのように学校への苦手意識が強まってしまっていた。

 

 学校の教室という狭い箱庭。そこに押し込められて、青春全開な彼等や彼女達を毎日のように見せつけられている。眩しくもひとりさんが渇望してやまないその光景を傍に、孤独で過ごすのはどれほど息苦しいのだろう。ひとりさんの抱える劣等感や閉塞感を、わたしは想像することしかできない。

 

 心のつくりが違う。ただ黙って授業を受けて、それで一日を過ごしても楽しかったで済ませられる単純なわたしとは違うのだ。ひとりさんの心は繊細で脆く、傷つきやすい。そう考えれば、わたしが代わりに学校生活を過ごすのは正しく適材適所なのかもしれない。

 

 でも、このままじゃあまりに寂しいしひとりさんが報われない。だから、わたしは心のどこかで期待しているのかもしれない。虹夏さんのような、わたしでは与えてあげられないきっかけを授けてくれる誰かを。友達の一人でもできれば、ひとりさんの学校生活は大きく変化するはずだから。

 

「あっ、それボーイミーツガールの新譜じゃん!」

 

「学校来る前に買ってきたんだ〜」

 

 ふとした拍子に、そんな話し声にひとりさんが耳を傾けていた。どうやら前の席の女生徒二人組がバンドの話題で花を咲かせているらしい。ちょうど彼女達のような、ひとりさんの領分で話せる人達が友達になってくれれば良いのだけど。わたしが話しかけても無意味だし、やはり取っ掛かりが致命的なまでに足りていない。

 

『バ、バンドの話!』

 

 その時、ひとりさんが突然立ち上がった。まさか友達作りのきっかけを、ひとりさん自身がその足で踏み出すつもりなのだろうか。そこまでひとりさんが大きく成長していたなんて、ひとりさんはいつだってわたしの予想を大きく超えてくる。がんばれ、ひとりさん。勇気を出したその先には、ひとりさんの望んだ輝かしい学校生活が待っているのだからーー

 

「あ゛っ!!!」

 

 その一歩は、最悪の踏み出し方をしていた。まるで動物の鳴き声のようなその第一声は、人間のコミュニケーションにおいて何の意味も齎してはくれないのだ。気持ちだけが先行してひとりさんの声帯がついて行かなかったのだろうが、一般の生徒に理解できるとは思えない。

 

 ひとりさんもいきなりの失敗を悟ったのか、立ち上がったままガタガタと小さく震え始めてしまっている。

 

「ご、後藤さん?……あの後藤さんが話しかけてくれるなんて」

 

「ちょっと感動かも。どうしたの、後藤さん?」

 

 意外なことに、そんなひとりさんを見ても彼女達の反応はかなり好意的だった。普段のわたしの生活態度が功を奏したということなのだろうか。高校に入ってからは中学のように愛想は振り撒かず、粛々と過ごすばかりの学校生活をわたしは送っている。そのため、彼女達の言う『あの後藤さん』というイメージがどんなものなのか良くわからない。

 

 しかし、理由はどうあれこれはチャンスだ。このままひとりさんを何とかサポートすれば、学校初の友達ができるかもしれない。

 

『もう一人の私……』

 

『任せてくださいひとりさん。こんな時もあろうかと話題提供のサポートの準備は既に……』

 

『た、たすけて……何を話したらいいか忘れて頭が空っぽで、あばばばばばば』

 

『あー……了解です。ひとりさんは充分に頑張りました、後はわたしにお任せを』

 

 そんな風にポジティブに考えられたのはわたしだけで、ひとりさんは最初のミスで完全に精神をやられて混乱状態に陥ってしまっていた。こんな状態ではクラスメイトとの会話なんて無理だし、ひとりさんを落ち着かせるような時間を稼ぐこともできない。ひとりさんの判断を尊重し、わたしが表に出てくることにした。

 

 勿体無いという気持ちも少しあるけれど、一声かけるだけでもひとりさんにとってはとても勇気のいる行動だ。これ以上無理をさせてひとりさんの学校への苦手意識を悪化させては元も子もないし、ここが潮時だろう。何もかもとんとん拍子で上手くいくはずがない、仕方のないことだ。

 

「すいません。バンドの話をしていましたから、つい反応してしまって……驚かせちゃいましたよね、本当にごめんなさい」

 

 特にバンドの話題には触れたりせずに、ひとりさんへの心象を悪くしないよう軽く頭を下げて謝罪する。わたしが表に出てしまったからには、彼女達と盛り上がる必要性は一つもない。できるだけ迅速かつ無難に、この会話を終了させたいと思う。

 

「ううん、いいよ全然。それより、後藤さんもバンド好きなんだね!」

 

「ねー!後藤さん今日もギター持ってきてるけど、もしかして自分でもバンド組んでたりするの?」

 

 困ったことに、わたしの一方的な謝罪なんて二人は気にすることもなく音楽好きの仲間を見つけたとキラキラな視線を向けてくれていた。ひとりさんが教室まで持ち込んだギターにも目敏く反応して、ぐいぐいと切り込んでくる。

 

「はい。先日から課外バンドに参加させてもらっていて。……まぁ、少しずつ活動しています」

 

「そうなんだ!私、後藤さんはやっぱり只者じゃないって思ってたんだよね〜」

 

「そうそう。我が道を行くっていうか、オーラが違うよね」

 

 彼女達はこんなに楽しそうに喋りかけてくれているのに、どうしても嫌な気持ちになってしまう。バンドをしている自分を認められて、こんな会話をするのがひとりさんの望みなのに。そんな場所をわたしが横取りしてしまっているという事実が、どうしようもなく気持ち悪い。

 

「もしかして、この前変な格好してたのってバンドでの罰ゲームだったりする?」

 

「……そう、ですね。ちょっとした悪ふざけといいますか、あはは」

 

「だよね〜!後藤さん、急に音楽好きの化身みたいな格好してきたからびっくりしちゃったよー!」

 

 わたしというか、後藤ひとりの様子は存外にクラスメイトから注目をされているらしい。件のフルアーマーひとりさんの格好についてまで触れられてしまう始末。悪ふざけの結果、ということにしておけばひとりさんの名誉は守られそうだと言葉を濁すしかなかった。

 

『私の格好は罰ゲーム私の格好は罰ゲーム私の格好は罰ゲーム……』

 

『ひとりさん、どうか落ち着いてください……』

 

 だがそれによって発生するひとりさんへの精神的ダメージは避けられない。まずい、このままでは彼女達との会話がひとりさんを追い詰めるだけの残酷なものになってしまいかねない。何か意味を、この会話には意味があるのだと実感できなければわたしもひとりさんも傷付くばかりだ。

 

 そうだ、結束バンドでは絶賛ギターボーカルを募集中。ならば彼女達に良い人材に当てがないかと聞いてみればいいじゃないか。結束バンドに貢献できるならばひとりさんの勇気にも価値があったと証明されるのだし、我ながらなんたる名案なのだろう。

 

「実はわたし、今バンドのギターボーカルを探していまして。……お二人は誰か心当たりのある友達とか居ないでしょうか?」

 

「ギターボーカルってなると……やっぱり喜多ちゃんじゃない?」

 

「だね。カラオケめっちゃ上手いし、ギターも弾けるみたいだしね……最近バンド辞めちゃったって言ってたし丁度いいのかも!」

 

 喜多ちゃんこと、喜多郁代さん。人目を惹く容姿に、他クラスにもこうして多数の友達がいるほどの人望の厚さ。運動神経も良いらしく、運動部の助っ人をしているところを見たこともある。他人に対して関心の薄いわたしですら、顔と名前が一致してしまうくらいには学校の有名人である。

 

 そんな喜多さんはどうやら、ギターすらも嗜んでいたらしい。華のある見た目に底抜けに明るい性格、歌も上手でボーカルに必要な要素を兼ね備える人物が現在どこのバンドにも所属していない。ひとりさんとの相性を考慮しないのならばとんでもない優良物件。なんとか、この会話にも価値を付与できたようで一安心である。

 

「ありがとうございます。今度、喜多さんに声をかけてみますね」

 

「どういたしまして。後藤さんの役に立てて良かったよ〜」

 

「後藤さんと喜多ちゃんのバンド、絶対見てみたい!」

 

 ひとりさんのあの第一声からここまで親切にも会話に付き合っていただいたお二人には、どう感謝していいかわからないくらいだ。彼女達と本当に友達になれたなら、そんな馬鹿げたことを考えてしまうくらいにはいい人達だと思う。

 

 友達、わたしには縁のある必要のない言葉だろう。わたしにはひとりさんがいれば、それで充分なのだから。

 

「後藤さん、良かったら私達と放課後カラオケでもいかないかな?後藤さんのギター、聞いてみたいんだ」

 

「バンド活動で忙しく、ライブハウスでのバイトもありますので……しばらく、放課後の時間は取れそうになくて。すいません」

 

 だから彼女達の誘いには頷けない。わたしの人格で喋り、ひとりさんのようにギターを奏でられる後藤ひとりは存在しないのだから。表情を見られぬように、頭を下げて謝罪する。この優しさが、いつかひとりさんに向けられますようにと祈りを込めながら。

 

「……そっか。バンドマンだもん、忙しいよね」

 

「ごめんね後藤さん。バンド活動、私達応援してるから!」

 

 そうして、不慮の事故により生まれてしまった二人との交流は終了した。最後に二人が見せたどこか寂しげで、なのにこちらを気遣っていた表情が脳裏から離れてくれない。あえて冷たく突き放したような言い方を選択したのはわたしなのに、悲しむ資格がどこにあるというのだろうか。

 

『もう一人の私、良かったの?』

 

『何がですか?』

 

『その、放課後……。練習とかバイトない日だってあるし、断らなければ友達できたんじゃ……』

 

『いいんです、ひとりさん。わたしには必要のないものですから』

 

 ひとりさんは優しい。きっと、ひとりさんが学校生活をわたしに任せがちなのは学校が苦痛だという理由だけじゃない。わたしに学校生活を楽しんで欲しいから、という理由も多分に含まれているのだろう。

 

 だからわたしも示し続けなければいけない。学校生活を楽しむ上で、わたしに友達なんて存在は必要ないのだと。授業を受けて、勉強でも運動でもできる限りの優秀な成績を残して。それをひとりさんが喜んでくれれば、わたしの学校生活は満足なんだ。

 

 友達なんてわたしには過ぎたモノでしかない。そのはずなのに、少しだけ胸が痛むような気がした。

 

 

 ◇

 

 

「ご馳走様でした」

 

 現在は昼休み。ひとりさんは校内の物置と化している謎スペースで昼食を取っていた。理由は単純に、一人教室でご飯を食べるのが嫌だから。静かで誰も近寄ることがない、この場所こそがひとりさんのベストプレイスなんだろう。

 

 薄暗くジメジメとした、押し入れに似た場所を好むひとりさんの生態にピタリと合致していた。

 

「ねぇ、もう一人の私。喜多さんってどんな人?」

 

『そうですね……。見た目良し、人望良し、運動神経良しのひとりさんの思い描く陽キャそのものみたいな人でしょうか』

 

 結束バンドのメンバー候補、ひとりさんもその人柄が気になったようなので率直な回答をする。こうして口にするだけで、ひとりさんとは別世界に住んでいる人種だということがありありとわかってしまう。わたしは詳しくないけれど、イソスタでもちょっとした有名人らしい。

 

「そ、そんな子を私が勧誘できるわけない……」

 

 ひとりさんの懸念ももっともだ。相手はひとりさんが直視するだけで目を焼かれてしまいかねないような、純度100%の陽キャなのだから。コミュニケーションが成立するのかどうかすら怪しく、わたしとしても引き合わせることに躊躇を感じるというのが本音だ。

 

 ひとりさんと上手くいく前提条件として、喜多さんにも虹夏さんと同程度の優しさを求めることになってしまう。あの類稀なるほどの善人がそう何人も転がっていると思えるほど、わたしは世間を信じることはできない。

 

「もう一人の私に代わりに勧誘してもらうのは……?」

 

『それも考えたのですけど。……成功した時のことを考えるとやはりリスクが大き過ぎるので、ダメでしょうね』

 

「だよね……」

 

 わたしが勧誘して成功したとして、喜多さんとひとりさんの相性が合わなかった時が問題だ。そんなことになってしまえば、結束バンド解散の危機にも繋がりかねない。虹夏さんやリョウさんへ迷惑をかけるのは論外なので、わたしが出張るのもやはり選択肢としてあり得ないだろう。

 

『とりあえず、一度持ち帰って虹夏さん達の意見も聞いてみるのが丸いでしょうか』

 

「う、うん。私もそれがいいと思う」

 

 自分だけで勧誘という択が消えたことに安堵したのか、ひとりさんもコクコクと頷いてくれた。虹夏さん達も待望のボーカル加入のチャンスと聞けば喜んで協力してくれるだろう。秀華高の校門前まで来てもらって、虹夏さん達と一緒に勧誘する形が良いかもしれない。

 

 なんにせよ、今は一人だけで悩む必要はない。結束バンドという仲間ができたのはひとりさんにとって心強いはずだ。

 

「一人で勧誘もできないし、さっきももう一人の私に迷惑かけて……し、しかも黒歴史まで……うぷっ」

 

『ほ、ほら!せっかくギター持ってきたんですから、弾いて忘れましょうよ。わたし、学校でもひとりさんの演奏聴いてみたいです!』

 

 ひとりさんのネガティブは止まらずに、先ほどの罰ゲーム呼ばわりが余程効いてしまったのか食べたばかりの昼食を戻しそうになってしまっていた。誰も見ていないとはいえ、ひとりさんのそんな惨状は可能な限り回避したい。

 

 やはりひとりさんの気を逸らすならギターしかない。幸いここは物置と化している謎スペース。人なんて滅多に近寄らないし、アンプなしのギターを掻き鳴らしたところで問題はないだろう。わたしは文脈すら無視して、ひとりさんのギター演奏をゴリ押しすることとした。

 

「そ、そうだね。……よし、私はギターヒーロー。現実で被ってしまった汚名だって、この音楽で濯いで忘れよう!」

 

『その意気です!』

 

 わたしの思惑は成功したようで、お母さんのお弁当は無事ひとりさんのお腹に納められたままで済みそうである。成り行きとはいえ、わたしもこの昼休みをひとりさんのギターと共に過ごせるのは嬉しい。ひとりさんの裏でただ音に耳を傾ける、それが最もわたしの安らげる瞬間だから。

 

「それでは聞いてください。罰ゲームのような格好で登校した女の奏でるブルース」

 

『めちゃくちゃ引き摺ってるじゃないですか……』

 

 久方ぶりに黒歴史を更新した事実が堪えているのか、悲しすぎる前口上と共にひとりさんの演奏は始まった。奏でられる曲はわたしも聞いたことがなく、ひとりさんが即興で音楽を創り上げていることがすぐにわかった。

 

 アンプもなく、どこか頼りない音しかギターから発せられないにも関わらずひとりさんの指遣いに迷いはない。的確にコード進行をして、頼りない音すら纏め上げてギターをかき鳴らす。それは、ひとりさんのこれまでの積み重ねがあるからこそ成せる業なのだろう。

 

 そして、暗すぎる口上の割にその曲調はどこか明るく、そして包み込むかのように穏やかで優しい。この演奏がひとりさんの黒歴史を洗い流すためではなく、わたしの見せようともしていない傷を癒そうとしているものなのだと、どうしてもわかってしまう。どこまでもわたしに寄り添った演奏、つい夢中になり没頭してしまって。

 

 だから、この演奏を聞き付けたもう一人の存在にわたしも気付くことができなかった。

 

「凄い、感動〜!後藤さん、ギターもとっても上手なのね!」

 

「ひぁっ!?」

 

『き、喜多さん!?』

 

 ひとりさんが演奏の手を止めた瞬間、この薄暗い空間にはあまりにも不釣り合いなハキハキとした声が響く。慌てて意識を引き戻すと、そこには輝かしいばかりの笑顔でひとりさんのギターを称賛している喜多さんという、異様な光景が広がっていた。

 

『き、喜多さんってあの喜多さんだよね……どどどどどうしてこんなところに!?』

 

『すいません。いったいわたしも何が何だかといった感じでして……』

 

 ひとりさんのサポートとして冷静であらねばならないのだけど、あまりに状況が唐突過ぎてわたしも混乱気味だ。何故喜多さんがこんな場所まで足を運んで、ひとりさんにニコリと微笑みかけているのか。この人は普段、たくさんの友達に囲まれながらお昼を過ごしているはず。たまたまで、こんな場所を訪れることはありえないのだ。

 

「バンド所属の人の演奏ってやっぱり違うのね! さっきの演奏、すごく惹きつけられちゃった。……ねぇ、他にも何か弾けるの?弾いて!」

 

『よ、陽キャオーラが眩し過ぎて直視できない……っ!?』

 

 ひとりさんが早速喜多さんの光にやられかけてるのは由々しき事態だが、今の発言でおおよその状況は理解できた。

 

 ひとりさんがバンドに入っていると知っているのは、先程話したあの二人だけのはず。つまり、喜多さんが彼女達から何らかの話を聞いてひとりさんを探し始めたということは間違いない。喜多さんがわざわざ足を運ぶほどの用件なんて皆目見当もつかないが、恐るべきは陽キャの情報伝達の速さである。

 

『もう一人の私、助けて!このレベルの陽キャには陽キャであるもう一人の私じゃないと勝てない!』

 

『申し訳ないですけど、ギターの演奏が求められている以上わたしが助けるのは難しそうです。……不慮の事態ですが、勧誘のチャンスと考えてここはひとりさんがご尽力を。わたしも、出来る限りのサポートはしますから!』

 

『そ、そんなぁ……うぅ、なんとか頑張ってみる』

 

 ギターの関わる場面では、わたしは物理的に協力することができない。かつてない程の窮地ではあれど、ひとりさんに頑張ってもらうしか切り抜ける方法はない。成功すれば一発逆転、結束バンド完成の立役者になれる。そんな動機があるからか、ひとりさんも弱々しいながらも立ち向かう意志を示してくれた。

 

「あっ、えぇと……き、喜多さんは私のことをご存知なんですか……?」

 

 あくまで話しかけられた側という最終防壁があるからか、なんとかひとりさんもそう話を切り出すことができた。ひとりさんにしてみれば、喜多さんは雲の上の存在に等しい。そんな相手が、自分の名前を呼んで認識してくれているという現状が不思議なのかもしれない。

 

「もちろん!後藤さんクラスでも有名人だもの。私もね、いつか後藤さんとお話をしてみたいってずっと思ってたのよ?」

 

「あっ、そ、そうなんですか……えと、う、嬉しいです?」

 

『有名人!?まさかもう私の黒歴史が拡散されている!?』

 

『いえ、そんなはずがありません。きっと別の理由だとは思うのですが……』

 

 高校に入ってからのひとりさんのやらかしは、バンドグッズをフル装備したあの一件しかない。あれだけで他のクラスの話題になるほど悪名が轟くとは思えないのだ。いったい、喜多さんをして有名人とまで言わしめるその理由とはなんなのだろうか。

 

「あっ、その、有名人というのはどういう意味で……?」

 

「それはもう!長い前髪からたまに覗かせる物憂げな表情とか!他者を寄せ付けない孤高な雰囲気なのに、ふとした拍子に見せる儚げな微笑みが……何もかもきゃーって感じで!!」

 

『きゃー……??』

 

『私はちょっとわかるかも。学校でのもう一人の私、カッコいいから……えへへ』

 

 興奮した様子で語る喜多さんに、ますます理解が追いつかなくなる。カッコ良さという観点で見るならば、他者のために直向きに努力できるひとりさんの方がよほどカッコいいとわたしは思うけれど。ひとりさんが嬉しそうにしているのが、少しだけむず痒い。

 

 なんにせよ、喜多さんがひとりさんに好印象を抱いているのは幸運。こちらが何も語らずともハイテンションで喋ってくれる喜多さんに、ひとりさんもある程度の余裕すら見せ始めている。沈黙が苦手なひとりさんとの意外な相性が垣間見えて、勧誘成功への足掛かりが掴めそうだった。

 

「正直、後藤さんのこと近寄りがたくて怖いと思う気持ちもあったんだけど……こうして勇気を出して話しかけてよかったわ。後藤さん、イメージよりずっと親しみやすい人だったもの!」

 

「こ、こちらこそ。喜多さん、私なんかと楽しそうに喋ってくれて……ありがたいです。へへへ」

 

『怖くて、近寄りがたい……ですか』

 

 ひとりさんと喜多さんが打ち解け始めているのは大変喜ばしいことだが、一つ聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。確かに必要以上に愛想を振り撒くのは止めたけど、それでもそんなイメージを持たれてしまうほど他人に壁を作ったつもりはないのに。

 

 いや、よく考えろわたし。高校生からひとりさんは制服ではなく、指定のものですらないジャージでの登校を始めた。校則破りの服装で毎日登校し、いつも愛想のない仏頂面で生活している奴を見て、他の生徒からはいったいどう思われるのかを想像しろ。それはまさに、他者からしてみれば不良と何も変わらないのではないだろうか。

 

 つまり、ひとりさんが今まで誰にも話しかけられなかったのは、わたしが原因の一端を担っていたということ。最悪である、明日からはもう少し愛想良く過ごそうと心の底からそう誓った。

 

『ひとりさん。おそらく喜多さんは何かしらの用件があるのは間違いないので、そろそろ尋ねてみてはどうでしょうか?』

 

『あっ、うん。そうだね』

 

 本音を言えば、この温まった空気のまま結束バンドへの勧誘を行いたい。しかし、何事にも優先順位というものがある。ここはグッと我慢して喜多さんの用事を解決してから、気兼ねない状態で勧誘を行うことにしよう。

 

「あっあの、喜多さんは私に何か用事があったりするのでしょうか……?」

 

「うん。実はね……後藤さんに、私のギターの先生になって欲しいの!!」

 

 尋ねられた瞬間、喜多さんは佇まいを直すと両手を合わせて拝むようにしながらひとりさんにそう頼み込んでいた。虹夏さんも同じようなポーズをとっていた気がするし、陽キャの頼み事をする際の礼儀作法なのだろうか。

 

 案件はギターの先生と真っ当なもの。しかし、この必死さから見るにギターが上手になりたいという単純な理由からの申し出とは思えない。初対面のひとりさんをわざわざ頼ってきたあたりに、何か大きな動機がその裏に隠されているような気がして思わず身構えてしまう。

 

「で、でも、喜多さん既にバンドやっててギター弾けるんじゃ……」

 

「違うの。正直に言うと私、ギターまったく弾けないのね。前ちょっと居たバンドもね、先輩目当てで弾けるって嘘ついて入っちゃったというか……けど結局、何一つわからなくて逃げちゃって」

 

「えっ」

 

『えっ』

 

 唐突に、喜多さんは全ての前提条件すらひっくり返してしまう爆弾を投下してきた。わたしもひとりさんも絶句してしまう。

 

 ギターをまったく弾けないにも関わらず、嘘をついてバンドに加入する。冷静に考えなくてもとんでもない行動だ。しかも、最終的には逃げてしまうという最悪なオチまでついてしまっているのだから救いがない。もしかして、喜多さんはけっこうヤバい人なんじゃないだろうかと、失礼ながら警戒してしまう。

 

「初心者が一人で始めるには難し過ぎるのよね……メジャーコード?マイナー?野球の話?」

 

『どうしようもう一人の私。わからないの次元が違いすぎる……』

 

『わたしと知識量で言えば大差ないですよね……』

 

 ギターの知識でいえばズブの素人であるわたしと同レベルの喜多さんが、短期間とはいえどうやってバンド活動をしていたのか不思議でならないし想像するのがなんだか怖い。あのひとりさんですら困惑の色を隠せていないのだから相当だ。

 

「あっあの!それじゃあ、喜多さんはどうして私にギターを教わりたいんですか……?」

 

「それは……私、バンドから逃げたことずっと後悔してて。だから、今度こそギター弾けるようになって前のバンドの先輩達に謝りに行きたいの!」

 

 ひとりさんが理由を追及すると、喜多さんはその明るい表情に大きな影を落として、沈痛な面持ちでそう語った。バンドメンバーから逃げ出したことを、喜多さん自身も深く反省し後悔している様子が見てわかった。よかった、そうでなくては流石に喜多さんとの付き合いを考えねばいけないところだった。

 

 バンドメンバーへの謝罪、そこへの誠意と説得力を持たせるためのギター指導。クラスメイトの反応から察するに、喜多さんはギターが弾けないことを友達にすら打ち明けられていない。だからこうして、見ず知らずの近寄りがたいとすら思っていたひとりさんを頼るしかなかった。

 

 喜多さんには喜多さんなりの、人気者故の孤独を抱えていたのだろう。

 

「お願いっ!……こんなに上手な後藤さんが教えてくれるなら、私も頑張れる気がするの!」

 

 わたしの心情だけでいえば、喜多さんに協力してあげたい気持ちではある。そのままひとりさんとの交流を続けて友達になって欲しい、そんな下心があるから。ただ、今回も当然ながら優先されるべきはひとりさんの意思だ。

 

 喜多さんがギターを弾けなかったと発覚した時点で、結束バンドへの勧誘は自動的にお流れとなった。冷たい話だけれど、もう既にひとりさんが喜多さんに対して付き合ってあげるメリットは一つもなくなっている。だから、後は全てひとりさんの意思次第だ。

 

 ひとりさんがこれから、喜多さんとの付き合いをどうしていきたいのか。バンドに加入してライブハウスでバイトまで始めて、その上に喜多さんへのギター指導も加わってしまえばその負担は一層大きいものになる。その苦労を背負い込んでまで、喜多さんと関わり続けるのか。そんなことを、わたしはひとりさんに問いかけねばいけない。

 

 優しいひとりさんは、自分では絶対に断らないだろうから。ひとりさん以外に優しくないわたしが、その役目を担うのだ。

 

『ひとりさん。難しいようでしたらわたしが代わりに……』

 

『ううん、大丈夫』

 

 ひとりさんは呆気なく、わたしの申し出を断った。まるで初めからそうすることを決めていたかのように迷いなく。優柔不断気味なひとりさんにしては珍しく、呆気に取られてしまう。

 

「わ、わかりました。……これから一緒に頑張りましょう、喜多さん」

 

「ありがとう!……後藤さん、私死に物狂いで付いていくから!!」

 

 ひとりさんが申し出を承諾すると、喜多さんはひとりさんの両手を握り全身で喜びを表現していた。ひとりさんにきっかけを与えてくれる誰か、その位置にはいつの間にか喜多さんが収まっていて。わたしの思い描く絵空事のような光景が、現実となっている。

 

 都合が良すぎて、逆に心配になってしまう。これがわたしの無駄な感傷を拾い上げた結果で、ひとりさんが無理をしていないのかだけがどうしても気がかりだった。

 

『本当に良かったんですか?』

 

『う、うん。……逃げたまま一人で後悔し続けるのは辛いって。私もよくわかるから』

 

 そんなわたしの心配はまったくの杞憂だったらしい。これはいわゆる、ひとりさんの感傷だった。ひとりさんにはより鋭敏に、喜多さんの苦しみが感じ取れたのだろう。困難から逃げたくなってしまうやるせなさも、逃げた後のどうしようもない無力感も。わたしなんかより、ひとりさんは実感を伴って理解できてしまうはずだから。

 

『だから、私も喜多さんの力になってあげたいんだ……もう一人の私が、そうしてくれたように』

 

 今回の結果にしたって、ひとりさんが自ら勇気を振り絞っただけに過ぎない。わたしのしたことなんてちっぽけなもので、全てはひとりさんの努力の賜物だ。けれど、その選択に至るまでのひとりさんの心に、わたしの積み重ねが少しでも良い影響を与えられたのならば。

 

 わたしは自分の人生を、少しだけ誇らしく思えた。




次回は喜多ちゃん加入回。拙作書く上で書きたかったシーンの一つなので、気合を入れたいですね。
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