コミュ症を拗らせ過ぎた結果、もうひとりの人格を生み出してしまったぼっちちゃんの話   作:モルモルネク

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 皆様大変お待たせいたしました。今回も長いですが、どうか楽しんでいただければ幸いです。


消えてゆく残像

 

「どうかしら……後藤さん」

 

「あっはい。よ、よかったと思います」

 

 結束バンドが万全の形を取り戻してから数日後。今日もSTARRYのスタジオではひとりさんによる、喜多さんへのギター講習が行われていた。ひとりさんが誰かに教えを授けるなんて稀有な光景すらも見慣れてしまうくらいには、二人での練習は頻繁かつ熱心に行われている。

 

 今度こそ結束バンドのためにと奮起して練習に励む喜多さんのモチベーションは、今のところ尽きる様子を見せない。弱音も吐かずに昼休みや放課後と時間を選ばず、日々の練習を楽しんでいる。ひとりさんも慣れないながらそんな喜多さんに四六時中付き合っており、自分の知識と経験を惜しみなく教えて、喜多さんの熱意に真っ向から向き合えているようだった。

 

「今回はしっかりと最後まで弾けてましたし……一歩ずつ、成長出来てるってことだと、思います」

 

「ありがとう、後藤さんのお陰ね……でも、私ボーカルもやらなきゃだし。もっともっと頑張らないと!」

 

 キターンなんて効果音が付いてそうなほどの眩しい笑みを浮かべながら、喜多さんはやる気たっぷりに宣言してみせた。ひとりさんも褒めてみせたように、最近の喜多さんの練習量とその成長は目覚ましい。ギター初心者とは思えない程に、次々と技術を習得している。不幸な勘違いがあっただけで、わたしのように本当にギターの才能がなかった訳ではないのだろう。結束バンドのギターボーカルの未来が明るそうでなによりだ。

 

『ま、眩しすぎる……これが本来バンド少女が持つ青春の輝き?』

 

『ひとりさんも今ではもう、その一員じゃないですか』

 

『お、烏滸がましすぎる!?』

 

 ひとりさんは盛大に謙遜してみせるけど、わたしから見れば最近の二人の練習風景は眩しいばかりに光輝いて見えた。ずっと一緒にいて同じ夢を追って、まさに喜多さんの思い描いた家族のような関係性を構築しつつあると思う。ひとりさんも立派に青春を送りつつある、その事実がわたしにはなによりも嬉しく感じられた。

 

「でも本当に良かったですね。……リョウさんがベース買い取ってくれて」

 

「あの時は本当にごめんなさい」

 

「あ、い、いえ!私は何もしていないですし……」

 

 そう、現在項垂れている喜多さんのギター。それはリョウさんから貸し与えられた物だった。何故そんなことになっているのかと言えば、喜多さんが再加入したあの日の最後にとんでもない事実が発覚したからである。

 

 喜多さんがギターだと思い込み購入し、愛用していたマイギア。それが実は多弦ベースだった。そんな嘘のような本当の話である。

 

 自信満々にギターだと思い込んでいるベースを見せた喜多さんに、リョウさんが真実を告げると直前までのしんみりとした雰囲気はどこへやら。現場は大混乱に陥った。特に喜多さん本人の狼狽えようは酷く、三十回ものローンを組んで買った事実を思い返すと放心状態に陥ってしまっていた。

 

 現場は別の意味でお通夜のような雰囲気になり、わたしとひとりさんも言葉を失った。喜多さんのあまりのおっちょこちょいさに、少しだけ可笑しくなってしまったのはわたしだけの秘密として。しかし、代わりのギターが必要なのは事実。わたしの貯金を切り崩してギターをひとまず用意する。そんな案すらも現実味を帯びそうになった時に、喜多さんに救いの手を差し伸べたのがリョウさんだった。

 

 なんと喜多さんの多弦ベースを自分のコレクションとして買い取り、ギターまで貸し与えてみせたのである。喜多さんの資金難を解決してギターも用意し、抱え込んでしまいがちな喜多さんにも負い目を感じさせない粋な計らい。

そんなリョウさんのお陰で、この多弦ベース事件はこうして笑い話として収められているという訳なのだ。

 

「私、リョウ先輩から貸して頂いたこのギターに相応しいような、そんなギタリストになるわ!」

 

「き、喜多さんならきっとなれると思います。……あっ、その、実は私からも喜多さんに渡したいものがありまして……」

 

「渡したいもの……なにかしら?」

 

 ひとりさんは持参していたトートバッグの中身を漁ると、そこから幾つかの書籍を取り出しては喜多さんに差し出す。それはひとりさんがギターを学ぶ上で何度もお世話になった沢山のギターの教本達、その一部だった。

 

「喜多さん、家でも凄く練習頑張ってるみたいなので。これも練習に役立てていただければと……」

 

「でも、これ大切な物なんじゃ……私が貰っても良いの?」

 

「は、はい。まだ家に沢山ありますし、私はもうたまに読み返すだけですから……喜多さんが貰ってくれると、嬉しいです」

 

 喜多さんは教本を受け取ることを躊躇していた。無数の付箋と注意書きが貼られ、何度も読み返したページは皺だらけで、所々が色褪せてしまっている、そんなひとりさんの努力と積み重ねの証。それを大切な物と評してくれる喜多さんは、本当に良い人だと思う。ひとりさんの努力をしっかり認め仲良くしてくれる喜多さんだからこそ、わたし個人としても受け取って欲しかった。

 

「ありがとう、絶対大切にするから」

 

「あっはい。ありがとうございます……」

 

「もう、なんで後藤さんまでお礼を言うのよ」

 

「……えへへ」

 

 最終的に、喜多さんは教本を大事そうにギュッと抱きしめながら受け取ってくれた。えへえへうふふと笑いながら見つめ合う二人はもう、どこからどう見たって仲睦まじい友達同士そのものと言えるだろう。

 

『私は、もう一人の私がしてくれたみたいに……ちゃんと喜多さんを支えてあげられてるかな?』

 

『もちろん。喜多さんの表情を見れば一目瞭然です、自信を持っていいと思いますよ?』

 

『そう、かな。だったら……嬉しいな』

 

 ひとりさんの喜多さんに対する接し方、その端々からわたしを参考としているのが嫌でも感じられてしまう。それが誇らしくありつつも、少しだけむず痒かった。喜多さんがこうして楽しくバンド活動に向き合えているのは間違いなくひとりさんのお陰であり、比べるまでもなく自信を持って良いだろう。わたしでは、決して成し得ないことなのだから。

 

「そういえば、私がボーカルで良いの?後藤さんの方がギターの経験あるんだし、ボーカルも向いてるような……」

 

「あっいえ、むむむむ無理です!音楽の授業も合唱コンクールも逃げ出した私に、ボーカルなんて務まるはずない……」

 

「そ、そうだったのね……なんだかごめんなさい」

 

 あの日ぶちまけたお陰で色々吹っ切れたのか、こうしてひとりさんが自分の過去を吐露する機会もだんだん増えてきている。ちょっと自虐的ではあるけれど、ありのままのひとりさんを皆に知って貰うのは良いことだろう。喜多さんもひとりさんの対人能力が高くないことを察してか、他クラスながら校内でフォローをしてくれることも多い。

 

 喜多さんという理解者を得て、ひとりさんの学校での活動時間は若干ながら増えつつある。是非ともこの調子で、ひとりさんは自分の居場所を増やし続けて欲しいものだ。

 

「でも合唱コンクールから逃げたって、私が言うのもちょっとアレなんだけど……大丈夫だったの?」

 

「そっ、それは……その時も、憧れの人がなんとかしてくれたので……」

 

「す、凄い人なのね!」

 

 しかし、喜ばしいことばかりという訳でもない。ひとりさんの主観に基づいた過去は、どうしても客観的事実とは異なってしまう。事実と異なる発言は綻びを生み、それが大きく広がり続ければいつか致命的な確信にも至ってしまいかねないのだ。いつか結束バンドのメンバーが真実に気付いてしまうのではないかと、正直に言えばわたしは不安で仕方がない。

 

 ただ、そんな不安を理由にひとりさんに遠慮をさせるなんて言語道断だ。ひとりさんは何も憚ることなく、親しい人達と関わり続けて欲しいから。辻褄を合わせて、誤魔化して繕うのは全部わたしがやればいい。ひとりさんの明日のためなら、わたしは自分の痕跡だっていくらでも消してみせる。そう覚悟をしてみせれば、つまらない不安もいくらか紛れるような気がした。

 

「後藤さんの憧れる人だもの、きっととても素敵な人のはず……私、気になるわ!写真とかないの?見せて――」

 

「二人とも、今日も早いね」

 

「あっ、リョウ先輩こんにちは!!」

 

「こここここっこ、こんにちはです!」

 

 喜多さんの強烈な興味が件の憧れの人に向きかけたところで、リョウさんがスタジオへと来訪しその流れは断ち切られることになった。喜多さんの勢いそのままに追及されては、きっとロクな言い訳を思い付くことはできなかった。リョウさんの間の良さに、今は感謝である。

 

『ご、ごめん。私のせいで喜多さんの中のもう一人の私が、どんどんとんでもない存在に……』

 

『ま、まぁ、お気になさらず。……写真については、普段から撮る習慣もないのですし。持ってないで今後は押し通しましょう』

 

『う、うん』

 

 喜多さんの押しは強いが、ひとりさんが少しでも戸惑う素振りを見せればそれを察知して弁えてくれる人でもある。だから、写真や名前なんかの確信に繋がる要素さえぼかせば暫くは平気のはず。限界を迎えた時にしたって、憧れの人という役割をお父さんに押し付けるという最終手段も残されている。

 

 勝手な都合で大役を任せようとしている勝手な娘を、どうか許してほしい。これもまたひとりさんの為なのだ。

 

「教本……?それ、どうしたの」

 

「後藤さんが私に譲ってくれたんです。私、今以上に練習頑張っちゃいますから!」

 

「へぇ、ぼっちが。ちょっと見せてもらってもいい?」

 

「あっはい。ど、どうぞ……」

 

 喜多さんの抱えているギターの教本が物珍しかったのか、リョウさんにしては珍しく興味を抱いているようだった。ひとりさんの許可の下喜多さんから教本を手渡されると、暫しの間リョウさんはその中身に陥没するかのように、じっと中身を読み進めていて。その様子は真剣そのもので、声をかけるのが何処か憚られるくらいだった。

 

「……うん、いいね」

 

 ひとりさんを見つめ、喜多さんを見つめて。最後にもう一度だけ教本に視線を落とした後に、リョウさんは満足げな微笑みを浮かべては、そう簡潔に独りごちる。その姿は不覚にも、わたしすら見惚れてしまうほどに絵になっていた。

 

 教本に書かれた内容なのか、受け継がれていく知識になのか。何がリョウさんの琴線に触れたのかはわからない。でもこの人はきっと、音楽やそれを愛する人達を深く好いているのかもしれないと、わたしはそんな感想を抱いていた。

 

 

 ◇

 

 

「それではバンドミーティングを始めます、拍手っ!」

 

 その後、程なくして虹夏さんも合流。リーダーである虹夏さんの意向により、本日のバンド活動は練習ではなくミーティングを行うこととなった。随分と突発的ではあるけれど、喜多さんが加入してからは一度も行っていなかったしちょうどいい機会なのかもしれない。

 

「本日のテーマはコレ、ずばりより一層バンドらしくなるには?」

 

 わざわざ大きなスケッチブックを用意して、虹夏さんは大々的に今回のミーティングの議題を発表していた。前回のサイコロトークといい、結束バンドのミーティングは遊び心たっぷりである。

 

『バンドらしく……ざっくりし過ぎてよくわからない』

 

『わたしとしては練習あるのみと思いますが、そんなお堅い話ではないでしょうしね』

 

 よりバンドらしく、ひとりさんが言うようにあまりに抽象的過ぎる議題ではある。しかし、虹夏さんのことだからきっと何か考えがあっての発案のはず。ひとりさんも前回のミーティングより遥かに自然体で過ごせているし、今回は気楽に見守れそうである。

 

「もちろん練習あるのみなのはわかってるんだけどね。だけど、そればっかりじゃ息も詰まっちゃうからさ。色々話したりするのも大事かなって」

 

『もしかして虹夏ちゃん、最近練習頑張っている喜多さんの息抜きに……』

 

『なるほど。虹夏さんらしい心遣いですね』

 

 わたしとひとりさんは良くも悪くもいくらでも練習を続けてしまえるタイプであるけど、多分喜多さんはそうではない。会話や誰かとの交流を生きがいにしている喜多さんのために、虹夏さんがこう言う場を用意したということなのだろう。流石は気配り上手の虹夏さん、結束バンドのリーダーの肩書きは伊達ではないのだ。

 

「まずは形から入ってみるのもありでしょ?」

 

「ありですね!流行っているメイクとかも真似してる内に様になってくるものですし」

 

『どうしようもう一人の私。全然ピンと来ない……』

 

『流行りに関してはわたしも似たようなもので、面目ないですね』

 

 ひとりさんに比べれば化粧品の知識量はあるけれど、流行り廃りの話となればわたしも同レベルだ。基本的にひとりさんの意識の裏という隔絶された場所にいる以上、同年代との交流は少ないし流行りについては疎くなりがちで。特に喜多さんのイソスタの話に関してはわたしもちんぷんかんぷんであり、助けてあげられないのが非常に悔しいところである。

 

 とにかく、今回のミーティングの趣旨は理解できた。テーマがざっくりし過ぎてるのは敢えてのこと。大雑把に、バンドでこんなことやってみたいなんて願望を話し合う場なのだろう。

 

「という訳で、とりあえずバンドグッズ作ってみた!!」

 

『予想以上に形から入ってきた!?』

 

『ま、まぁ、まずはリーダー自らが率先垂範してくれてるのかと……』

 

 バンドらしくなるための第一案、虹夏さんのその初動はあまりにコテコテであった。バンドグッズと称して虹夏さんが取り出したのは、大量のカラー付き結束バンドの実物。確かに結束バンドの代名詞とでも呼ぶべきアイテムではあるが、これはバンドグッズ足り得るのだろうか?

 

「それ、ただ結束バンド巻いてるだけじゃ?」

 

「え、可愛くない?色んな色あるよ!」

 

 虹夏さんが現在そうしているように、手首に小さく巻けばリストバンドのようなオシャレアイテムに見えなくもない。人気が出れば、皆のイメージカラーの結束バンドを身に付ける文化が流行る可能性もあるやも。まぁ、結束バンドという時点であまり利益率は見込めそうにないけど、インディーズのバンドグッズに利益を求めるのも野暮なのかもしれない。

 

「物販で五百円で売ろう。サイン付きは六百五十円で……」

 

「安い、買います!」

 

『もう一人の私、結束バンドの値段ってどれくらい?』

 

『高く見積もっても一本、十円程度かと……』

 

『ぼ、暴利過ぎる!?』

 

 リョウさんはなんと、法外な値段の結束バンドを売りつけることで稼ぐ気満々の発言をしていた。いつものミステリアスな表情からは冗談であると断定することもできず、中々に末恐ろしい。そして、その値段の結束バンドを安いと言い切ってしまえる喜多さんのこともわたしはちょっぴり心配だ。

 

「他に何かアイデアある人ー?」

 

「もしバンドでSNSをやるなら、私やります!イソスタとか大好きなので!」

 

「いいね!SNS大臣に任命します」

 

 これからバンドの知名度を高めていくためには、インターネットでの広報や宣伝は必要不可欠と言える。その役割を担う者として、イソスタで既に有名人である喜多さんはまさに適任だろう。大臣任命にも異論なし、だ。

 

「後藤さんはどう、何かアイデアある?」

 

「えっ」

 

 喜多さんから突然話題のパスを受けることになり、ひとりさんは硬直してしまう。身構えているならまだしも、このように急に話題を振られることにひとりさんは極端に弱い。そんなひとりさんに対して、喜多さんは期待に満ちた純粋な視線を向け続けているのだからあまりに居た堪れない。

 

『た、助けてもう一人の私……喜多さんのキラキラ視線を裏切らないためにも、何かご教授を!』

 

『任せてください。最近は音楽もサブスクの時代ですし、曲を作った暁には音楽配信サイトに申請するのはどうでしょう?……宣伝という意味でなら、ミュージックビデオの撮影も良いかもしれません』

 

『あ、ありがとう!』

 

 ひとりさんからの久方ぶりの救援要請に、つい弾んだ声で答えてしまう。気が早過ぎる上に考えれば誰でも思い付く浅知恵ではあるが、今日の趣旨を考えればこれくらいの意見が相応しいだろう。

 

「えと、オリジナルソングを作ってからの話にはなってしまうんですが……音楽配信サイトへの申請とか、どうでしょうか。あっ、あと、MVの撮影とかも」

 

「いいね〜!ぼっちちゃんらしい堅実な意見だね、うんうん」

 

 どうやら虹夏さんのお眼鏡に適ったらしく、訳知り顔でうんうんと何度も頷いてくれた。虹夏さんのその印象には、多分わたしの影がちらついてしまっている。ひとりさんは本来、堅実とは程遠い突拍子もない行動や無謀なチャレンジにも挑んでしまう破天荒さの持ち主なのだから。

 

 まぁ、そういう要素は大抵の場合ひとりさんの黒歴史にも繋がってしまっているので、敢えて表に出す必要はないのだけど。

 

「そうなると、やっぱりオリジナルソングの作成はバンドらしくなるのに欠かせなさそうだね。作曲と作詞、それぞれ頼むよ。リョウ、ぼっちちゃん!」

 

「リョウさんの曲、私すっごく楽しみです!もう作ってたりするんですか?」

 

「ううん、イメージ湧いたらそのうち。ぼっちの歌詞次第で曲調も変わっていくかもだし」

 

 ひとりさんを除いた三人が楽曲作成について盛り上がる中で、ひとりさんは呆然と硬直してしまっていた。先程まで手で弄んでいた結束バンドを取り落としてしまっているこの露骨な反応、もしかするのかもしれない。

 

『ひとりさん。もしや、作詞担当になっていたこと忘れてました?』

 

『私はどうしようもない鳥頭です……重要なことすら抜け落ちてくダメ頭ですいません』

 

『そ、そう自分を責めずに。急ぎの案件ではないのですし、これから一緒に頑張れば大丈夫ですって!』

 

 案の定というか、ひとりさんは自分が作詞担当であることをすっかり忘れてしまっているようだった。でも初めてのバイトに続いて、喜多さんが加入してからはつきっきりでのギターの指導。今日までのひとりさんの生活の慌ただしさを考えれば、わたしは仕方ないことだと思うのだ。むしろ、最近ようやく生活が落ち着いてきたのだから、今こそ作詞に取り組む絶好の機会とも考えられる。

 

「後藤さんも、作詞なんて凄い仕事任されてカッコいいね!」

 

「カッコいい……?よ、よし。私、皆さんの期待に添えるようなバンドらしいカッコいい歌詞、書いちゃいますから。楽しみにしててくださいね!!」

 

 喜多さんの褒め言葉は心地良くひとりさんの耳に響いたのか、作詞担当の重圧も忘れたかのように啖呵すら切ってしまっていた。ひとりさんは有頂天になっていて気付いていないだろうけど、明らかに周囲への期待を大きくしてハードルを上げてしまう行為だ。人によってはそれも良い刺激となってモチベーションを高めてくれるが、ひとりさんは間違いなくその手の人種ではない。

 

 これは多分、作詞の完成までにだいぶ追い込まれてしまうのだろうな。わたしはそんな当たって欲しくない予想を描きつつ、ひとりさんを支えて励ますための方法を今のうちに考えておくことに決めた。

 

 

 ◇

 

 

「な、何も思いつかない……」

 

 自室の机の前に行儀良く座り、机に突っ伏しながら頭を抱えて絶望の言葉を吐き出すひとりさん。わたしの暗い未来予想図は見事に当たってしまい、ひとりさんは随分と追い込まれてしまっていた。

 

 机に広げられている学習ノートには、未だ一つの文字すらも書き起こされていない。作詞の話が降って湧いたあの会議の日から、もうまるまる一週間経ってしまっている。一週間で進捗は皆無、それがひとりさんの執筆活動の絶望的な現状であった。

 

 もちろん、わたしもただ黙って見ていた訳ではない。作業に行き詰まるひとりさんを気晴らしに誘ったり、時にはより良いインプットのために小説を読み聞かせて、作業続きでお腹が空いてしまわないようにと軽食を用意したりもした。しかし、そのどれもが目立った効果をひとりさんに与えられることはなく、ずるずると今日を迎えてしまったのである。わたし自身の不甲斐なさを痛感してしまう、一週間だった。

 

「ああ……私の馬鹿!ゾウリムシ!」

 

 ひとりさんも自己嫌悪からか、自身を微生物と呼び罵倒してしまっている。今までは間接的なサポートだけを心掛けてきたけど、流石にこれ以上ひとりさんを放置し続けるのは忍びない。ひとりさんの健やかな精神を育むためにも、もう少し踏み込んだサポートを決断しなければいけない時が来ているのだ。

 

『ひとりさん。作詞、わたしもお手伝いしますよ』

 

「う、うううぅぅ、い、良いの?」

 

『直接わたしがフレーズを考えたりするのはマズイですけど、細かい言い回しだとか比喩表現だとか、そういう部分でならお手伝い出来ますので』

 

「ありがとう……本当にありがとう、もう一人の私……」

 

 壊れたスピーカーのようにお礼を繰り返すひとりさんはもう半泣きで、相当なまでに追い詰められていたのだろう。もう少し早く協力してあげるべきだったかもしれない。しかし、こうしてひとりさんと共同で作業を進めるなんて随分と久しぶりな気がする。少し不謹慎かもしれないが、ちょっとだけ楽しみな気持ちもあった。

 

『まずはテーマを決めましょう。ひとりさんが結束バンドとして、どのような歌詞を届けたいのか。それを定めてしまえば、だいぶ歌詞も書きやすくなるでしょうから』

 

「わ、わかった……えと、まずは整理して」

 

 まずは結束バンドの現状を整理したいのだろう。ひとりさんはノートにペンを走らせると、バンドメンバーの似顔絵と共に簡単な人物の特徴を書き殴っていった。喜多さんについては、優しい可愛い支えたい。虹夏さんについては、褒め上手頼れるリーダー。リョウさんについては、無口カッコいい気にかけてくれている、そんな具合だった。ひとりさん自身については、コミュ症と一言だけ寂しく添えられていて悲しかった。ひとりさんには、もっともっと素晴らしい部分があるというのに。

 

 しかしこう、ひとりさんの似顔絵はなんだろう、不思議な味わい深さがあると思う。決して下手くそなのかもしれない等と思ったことはない、断じてだ。

 

「ボーカルは喜多さんだから……出来上がった曲は喜多さんが歌う。やっぱり明るい歌詞の方がいいよね、青春ソングとか」

 

『理屈は分かりますけど……ひとりさん、青春ソングの歌詞なんて書けるんですか?』

 

「そ、それは自信ないけど……暗い歌詞なんて誰にも望まれてないだろうし。キターンとした、バンドっぽいのを書いてみようと思うんだ」

 

『……そうですか。では、その方向性で行きましょう』

 

 多分、ひとりさんの作詞が一向に進まない原因は、無理して明るい歌詞を書こうとしているせいだ。ひとりさんの文才を考慮すれば、歌詞が一つも思い浮かばないなんて考えづらい。意識して暗いワードを排除しようとするから、何も書けなくなってしまっているのだろう。

 

 わたし個人の意見としては暗い歌詞だって良いと思う。それがひとりさんの心からの叫びであるのなら、そのまま歌詞に反映されるのが最善だとも思う。でも、それをひとりさん自身が望んでいないとなれば無理強いはできない。結束バンドの為の歌詞を書きたいというその気持ちは、尊重してあげたいのだ。

 

 どこまでいっても、わたしは結束バンドのメンバーではないのだから。音楽の方向性に部外者が口を挟んでしまうのは、あまりに無粋な行為だろう。

 

「それでね、もう一人の私。明るい歌詞を書くためには、明るい人間になりきるのが一番だと思うんだ」

 

『つまり、虹夏さんや喜多さんの気持ちになってみる……ということですか?』

 

 明るい人間の思考をトレースできれば確かに近道だろうけど、わたし達にそれが可能だろうか。喜多さんや虹夏さん達には好感を抱いているし尊敬もしているけれど、彼女達がどんな思考回路の下で日々を明るく過ごしているのかなんて、わたしにはさっぱりわかる気がしない。

 

「虹夏ちゃん達はちょっと私にはハードルが……なのでっ、私は陽キャであるもう一人の私になりきる!」

 

『えっ』

 

「任せてください、ひとりさん!……ど、どうかな。カッコよく見えてるかな?」

 

 ひとりさんは立ち上がると奇妙なデザインのサングラスを身に付けては、部屋の姿見の前で台詞と共に決めポーズを取って見せた。どうしよう、ひとりさんが何を考えてこの奇行に至ってしまったのかが、わたしにも理解できない。

 

 わたしが仮に陽キャだと仮定しても、上っ面を真似ただけでは歌詞の構想には繋がらない。そもそもそのサングラスと、子供向けヒーローみたいな取って付けた決めポーズはなんなのだろう。わたしって実はひとりさんからああいう風に見えているのかな、いや待て落ち着こうわたし。冷静に分析してる場合じゃない、ひとりさんは今反応を求めているのだからそれについて言及し、肯定してあげねば。

 

『わ、わたしに似てるかどうかはともかくとして……か、カッコいいと思いますよ?』

 

「じ、自己肯定感が高まってゆく……これは、イケる!?」

 

 間違いなくイケてない、という感想は必死で飲み込んだ。そもそもわたしはひとりさん以上に青春からはかけ離れた存在なのだから、根本的にスタートから間違えてしまっている。なりきりのクオリティ以前に、致命的な人選ミスだった。

 

「お姉ちゃんお姉ちゃーん!……なにしてるの?」

 

 この混沌とした状況にどう収拾を付けるか困り果てていたところに、部屋の襖を勢い良く開けてふたりが颯爽と現れる。まんまるなおめ目で、ひとりさんの奇怪な格好を不思議そうに凝視していた。ふたりはひとりさんに対して良く悪くも遠慮がなく、言葉を選ばない。今最も求めていた人材、わたしにはふたりが救世主にも見えた。

 

「あっ、ふ、ふたり。……どう、今のお姉ちゃんとってもカッコよく見えるよね!?」

 

「ギター弾く方のお姉ちゃんがまた変なことしてる……。ギター弾かない方のお姉ちゃんのめーわくになっちゃうから、めっだよ?」

 

「あばばばばばばっ!!?」

 

 ふたりに対しても、ひとりさんはサングラスをかけたままとびきり格好良い決めポーズを向ける。そんな姉に向けてふたりは一切の容赦なく、おかしな行動は辞めなさいとまるで諭すかのように、痛烈に批判してみせた。

 

 実の妹、それも十歳以上離れたふたりからお叱りの言葉を受けたことは堪えたようで、ひとりさんは痙攣しながら蹲ってしまっている。このショックの受けようを見ると気の毒に感じてしまうが、今のわたしはふたりに助けられた立場、その相手を諌められるような言葉は持ち合わせていなかった。

 

「私のようなダメ人間がもう一人の私を騙ってしまい、申し訳ありません。……このギターで切腹することでお詫びさせていただきます」

 

『ロック過ぎますって。……わたしは何も気にしておりませんから。ひとりさんはひとりさんらしくあって欲しい、思うことなんてそれだけですよ』

 

「や、優しい!もう一人の私、しゅき!」

 

 サングラスを投げ捨てると近くに立てかけてあったギターを引っ掴み、自身の腹に押し当てようとするひとりさんを慌てて宥めすかす。精神的ダメージを受けるのは唐突だけど、それと同じくらい立ち直るのも早いのがひとりさんの美点だ。

 

「お姉ちゃん達だけで仲良くしててずるい。ギター弾く方のお姉ちゃん、わたしとも遊んでー!」

 

「う、うん、いいけど……もう一人の私は大丈夫?」

 

『もちろんです。ひとりさんが良いのなら、わたしの方も構いませんよ』

 

 ふたりが部屋を訪れた目的はひとりさんと遊ぶため。いつもふたりの遊び相手を務めているジミヘンを連れていないあたり、その目的は予測できていた。作詞作業中だったとはいえ、愛しい妹の相手より優先すべきことでもない。わたしに異論があるはずもなかった。

 

「それじゃ一緒に遊ぼっか、ふたり」

 

「わーい!!」

 

 ひとりさんはギターの練習にどれだけ没頭しようとも、ふたりに遊んでとせがまれれば必ずそちらを優先している。失敗して落ち込んでいる時も、疲れて眠ってしまいそうな時だって、例外なくふたりを蔑ろにすることだけは決してしなかった。

 

 そんな立派なお姉ちゃんであるひとりさんを、わたしは尊敬している。わたしがふたりに接するときも、良きお姉ちゃんで居られるようにひとりさんをお手本にしている部分がいくつもある。ふたりのお姉ちゃんとしては、ひとりさんがわたしの先生役なのだ。

 

「今日は何して遊ぶ?」

 

「うーんとね、久しぶりにお姉ちゃんにギター弾いてほしい!」

 

「わかった、ちょっとだけ待っててね」

 

 ギターの演奏の要請を受けると、ひとりさんは自分の押し入れから機材を引っ張り出しテキパキと準備をしていく。ミニアンプを取り出してギターに繋ぎ、チューナーもなしに弦のチューニングを行っていた。その仕草は普段のひとりさんからは想像もつかないほどに洗練されていて、澱みがない。

 

 淡々と物事をこなす仕事人のようなその所作は、素直に格好良くて目を惹かれてしまう。

 

「ふたりは弾いて欲しい曲とかある?」

 

「よくわからないから、ギター弾く方のお姉ちゃんにまかせる!」

 

「うん、それじゃ適当にお姉ちゃんチョイスでいくね……それでは、聞いてください」

 

 ひとりさんが準備を終えて蹲るようにしながらギターを構えて見せると、ふたりもお行儀よく正座をして座り演奏を聴く姿勢に入る。ふたりのためだけのひとりさんのソロライブ、その始まる瞬間の合図だった。

 

 ひとりさんがギターを掻き鳴らす。作業の時の辿々しい手付きが嘘のように、目で追えないほど素早く正確にコードを押さえ、弦をつま弾き、出力されていく電子音をメロディーとしてまとめ上げていく。わたしのような素人では理解も及ばないような超絶技巧を、惜しげもなく披露していって。その凄まじさがふたりにもわかるのか、息を呑んでいるようだった。

 

 演奏している曲の内容がわかってくると、ふたりはパッと顔を綻ばせて目を輝かせていた。ひとりさんが今演奏しているのは、ふたりが最近ハマっている子供向けアニメの主題歌のギターカバー。何も言わずとも、ひとりさんがふたりの好みをきちんと把握している、その証拠。

 

 ひとりさんは売れ線バンドのカバーに余念がないけれど、それと同じくらいにふたりの好みにも気を配っている。ふたりがどんなアニメや映画、音楽にハマっているかを時折わたしに尋ねては、当たり前のように全てをギターで弾けるようにしてしまうのだ。それは紛れもなく、ふたりの自慢できるお姉ちゃんでいたいというひとりさんの頑張り。その直向きな愛が、わたしにとってもどうしようもなく愛おしかった。

 

「やっぱりギター弾いてる時のお姉ちゃんは、誰よりもカッコいいね!」

 

 ひとりさんが一曲を終えると、ふたりは満面の笑みでひとりさんを褒め讃えていて。わたしもその言葉に全力で頷きたい気分だった。バンドでの演奏はまだまだ発展途上だけれど、わたしとふたりの前でならば、ひとりさんは正にギターヒーローと呼ぶに相応しいだろう。

 

 

 

「ごめん、ギター弾く方のお姉ちゃん。わたし、そろそろ飽きてきちゃった」

 

「そっか……じゃあ、今日のギターは終わりにしようね」

 

 ひとりさんが五曲目を弾き終えたところで、ふたりがごろんと寝転がり疲れた声音でそう告げた。ふたりの為のソロライブは毎回三十分程度で終了してしまう。理由は単純でふたりが飽きてしまうから。ふたりはしっかりしているけどまだ五歳、集中力が続かないのは仕方のないことだろう。

 

 ひとりさんもそれは重々承知であり、大した落胆もなく黙々と機材を片付け始めていた。

 

「ふたりはまだ遊びたい?」

 

「うん!今度はギター弾かない方のお姉ちゃんとお絵かきしたい!」

 

「任せちゃっても大丈夫かな、もう一人の私?」

 

『任せてください。わたしもふたりと遊びたくて、うずうずしていますので』

 

 それはそれとして、ふたりはまだまだ遊び足りないみたいで。次の遊び相手にわたしを希望してくれた。先程あれほど仲睦まじい姉妹の様子を見せられて、少しばかり寂しい気持ちを抱いてしまったのも事実。この寂しさを埋めるためにも、たっぷりふたりと遊んで触れ合おうと思う。

 

『よろしく、もう一人の私……私は裏に引きこもって、頑張って歌詞の続き考えてみるから……』

 

「よし、それじゃお姉ちゃんとお絵描きしよっか、ふたり」

 

「やったー!ギター弾かない方のお姉ちゃんとお絵描きお絵描き〜!」

 

 ひとりさんが意識の底に引っ込むとわたしの意識が浮上して、そのまま自然に浮かんでくれた笑みでふたりに笑いかける。そうすると、こちらが嬉しくなってしまうくらいに喜んでくれて。わたしの妹はきっと世界で一番可愛い、なんて姉馬鹿な思考が過ぎってしまいそうになる。

 

 お絵描きをするためにテーブルの前に移動すると、ピッタリと寄り添うようにしてふたりも腰を落ち着ける。その手には色鉛筆とお絵描き帳が握られていて、準備万端だった。

 

「ふたりは何か描きたいものとかあるの?」

 

「えっとね、今日はお姉ちゃんにばんど?の絵を描いて欲しいの!」

 

「バンドの……?」

 

 ふたりの口から飛び出た返事に、思わず聞き返してしまう。ひとりさんというギタリストの姉がいるとはいえ、ふたりからバンドという単語を聞くのはあまりに予想外だったから。

 

「お父さんが言ってたんだ。お姉ちゃん達はお友達と、バンドで一緒に楽器を弾いてるんだって……わたし、お姉ちゃん達のお友達がどんな人か見てみたい!」

 

「なるほど、そういうこと」

 

 どうやらひとりさんのバンド活動を強く応援している、お父さんからの入れ知恵だったらしい。ふたりはその幼さで既に、ひとりさんの交友関係の薄さを心配しているような節があった。そのお姉ちゃんが急にバンドという集団に所属し始めたことに、興味があるのだろう。

 

「うん、わかった。上手に描けるかわからないけど、お姉ちゃん頑張るね」

 

「わーい、たのしみ!」

 

 ふたりから色鉛筆とお絵描き帳を借り受けて、さっそくイラストの作成に取り掛かっていく。今日の画材は色鉛筆、ここはいつも通りにポップな絵柄でデフォルメ調のキャラクターにした結束バンドの皆さんを描くのが一番だろうか。わたし自身そういう描き方が一番慣れているし、ふたりを喜ばせる自信もある。

 

「バンドの名前はね、結束バンドっていうんだよ」

 

「けっそくばんど?変な名前〜」

 

「確かにそうかも。でも、実はお姉ちゃんとっても気に入ってるんだ」

 

「じゃあ、わたしも好きになるー!」

 

 結束バンドの布教成功、ふたりとの団欒を楽しみつつ並行してイラストの作成を進めていく。二頭身ほどの小さなキャラクターに簡略化させつつも、バンドメンバーの個性が目でわかるような特徴付けは欠かせない。虹夏さんは可愛く朗らかに、リョウさんはクールで格好良く、喜多さんは一際綺麗でお洒落さんに仕立てていく。ひとりさんについては言うまでもなく、全力で描かせていただいている。

 

 バンドの絵という注文なので、もちろんみんなに楽器を持たせるのも忘れない。ただ、全体のバランスと手間の関係で虹夏さんにはドラムスティックを持たせるだけになってしまったのはどうか許して欲しい。あと、ひとりさんの持つギターだけやたら細部まで拘ってしまったのも反省点だろうか。公平に描くべきなのだろうけど、どうしても身内贔屓が抑えられなかったのだ。

 

「これで完成、と。どうかなふたり、お姉ちゃん今日のは自信作なんだけど」

 

「すごーい!!ギター弾かない方のお姉ちゃんの絵、カワイイから好き!」

 

 出来上がったイラストを提出すると、ふたりは屈託のない尊敬の視線を向けてくれて、心地良くわたしの心を満たしてくれる。結束バンドのメンバー四人が仲睦まじく並んでいるイラスト、自惚にはなってしまうけど我ながら会心の出来であった。

 

 わたしがここまで絵を描けるようになったのは、学校で写生大会やイラストコンクールがある度にわたしがそれを代行していたから。昔はそういうことがある度に、ひとりさんに喜んで欲しくてひたすら練習をしたものである。そんなわたしの幼稚な積み重ねすらも、こうしてふたりを喜ばす役に立てている。だからわたしは存外に、努力というものが嫌いじゃなかった。

 

「この人がドラムの虹夏さん。優しくて頼りになる、結束バンドのリーダーなんだ」

 

「おっきなリボンがかわいいね!」

 

「で、こっちがベースのリョウさん。ちょっとだらしない所もあるけど、クールで気配りのできるカッコいい人だよ」

 

「べーす……?あ、ギターに似てるけど地味な方のやつか」

 

「そ、それで、お姉ちゃんと同じギターの喜多さん。明るくて頑張り屋さんで、皆を引っ張ってくれる人なんだ」

 

「テレビのモデルさんみたいだね、きれい!」

 

「最後にギター弾く方のお姉ちゃん。……については、ふたりが一番良く知ってるもんね」

 

「う、うん……」

 

 イラストで描かれた結束バンドの皆を一人ずつ指し示しながら、ふたりに紹介していく。これでふたりにも、ひとりさんが如何に素敵な人達に囲まれて日々を過ごしているかが伝わってくれたと思う。リョウさんというか、ベースに対する認識だけは後で改める必要があるのかもしれないけど。目立たないけど、バンドを支える縁の下の力持ちなのだから。

 

「ギター弾かない方のお姉ちゃんは?」

 

「え……?」

 

「ギター弾かない方のお姉ちゃんは、いないの?」

 

 ふたりの投げかけた疑問は浮かれて高揚していたわたしの頭に冷水でもぶっかけたように痛烈に響き、瞬く間に冷たい現実へとわたしの意識を引き戻した。結束バンドの中にわたしの居場所は存在しない、それがどうしようもないわたしの実情であり常識だ。

 

 でも、ふたりにとってはそうじゃない。ふたりにとってお姉ちゃんはいつだって二人居て、バンドの中でもわたし達が認められて仲良く過ごしていると疑ってすらいなかったのだろう。そんな優しいふたりに不用心にもわたしが現実を突き付けてしまった、これはそんな間抜けな話。

 

 本当に自分の迂闊さが、人の心の痛みのわからなさが、つくづく嫌になる。

 

「ふたり、仕方ないんだ。バンドっていうのは楽器を弾く人たちの集まりで、お姉ちゃんは楽器なんて弾けないんだから」

 

「でも……みんなのことを喋ってる時のお姉ちゃん、あんなに楽しそうだったのに……」

 

 そんな正論を今更語ったところで、ふたりはもう止まってくれなかった。仕方ないで済ませるには結束バンドの皆のことを、わたしは親しげに喋りすぎてしまった。もっと淡々と、事務的に紹介するだけに留めるべきだったのだ。そうすればこうして、ふたりが悲しい気持ちになることはなかったのに。

 

 わたしには友達なんて居ないのに。ひとりさんを通して彼女達の優しさとその輝きに触れた気になって、どういうつもりなんだろう。わたしは初めから、ひとりさんとその家族以外は持ち合わせてはいけない存在なのに。いつからこうまで烏滸がましくなってしまったのか。

 

「なのに、ギター弾かない方のお姉ちゃんだけ仲間はずれなんて……わたし、嫌だよ……いやだ」

 

 ふたりの泣きそうな、搾り出すような悲痛な声が聞こえる。なんとかしてあげたくて、でもわたしにはその手段が一つもなく何も言ってあげられなくて。やるせなさから、汚泥のような分不相応な感情が心の底から溢れ出しそうだった。

 

 どうしてわたしは、妹を安心させてあげることすら出来ないのだろう。どうして結束バンドには、わたしの居場所がないんだろう。どうしてわたしは、誰からも認められないのだろう。どうしてひとりさんの隣に立てる存在に生まれることができなかったのだろう。どうして、どうして、どうして――

 

 詰まらない弱音がこぼれ落ちぬように、口を引き結んで必死に耐える。どれだけ自分の境遇を恨み嘆いたところで、ふたりが笑顔になるわけでもなければ誰かが救われるわけでもない。ひとりさんの為に生きて死ぬ。誰に強制された訳でもない、それがわたしの決めた生き方なのだから。わたしは許される限りの範囲で、最善を尽くすしかないんだ。

 

 だから、ふたりに対しても精一杯に強がってみよう。最早今更すぎて、ふたりにはきっとバレバレになってしまうのだろうけど。わたしは大丈夫って、笑ってやるのだ。それがお姉ちゃんとして、今のふたりに出来る唯一のことだから。

 

「ふたり……なに、してるの?」

 

 どれだけの時間が過ぎたのだろう。意を決してわたしが顔を上げて、ふたりに視線を向けるとふたりはこちらに顔を向けていなかった。わたしが描いた結束バンドのイラストに真剣な表情で向かい合って、ピンク色の色鉛筆で必死に何かを書き足していた。

 

 ふたりの行動の意図が読めず、せっかくの覚悟さえも揺らぎそうになって控えめに声をかけることしかできなかった。

 

「ギター弾かない方のお姉ちゃん、見て……これでギター弾かない方のお姉ちゃんも、一緒だよ!」

 

「これって……」

 

 ふたりが掲げて見せた結束バンドのイラスト、その中にもうひとり新しいメンバーが追加されていた。それが一体誰であるかなんて、あえて触れるまでもなくわかりきっていること。懸命にわたしの絵柄に似せようとして線はヨレヨレになってしまっているけど、ひとりさんに寄り添いながら並び立つわたしの姿が、確かにそこにだけ存在していた。

 

「わたしが描いたから、きっとこうなるよ!これで寂しくない……だから、だから、もう悲しい顔しないで……?」

 

 それはひとりさんの妹の、人の心の痛みが分かるふたりだからこそ描くことができた、わたしのためだけの絵空事だった。ふたりもこの行動が現実を変えられる訳ではない、ただの慰めに過ぎないことは分かっているのだろう。

 

 それでも、ふたりは悲しいことをそのまま見て見ぬフリをして良しとしなかったのだ。

 

「ありがとう。お姉ちゃんね、ふたりのお陰で今とっても嬉しいんだ……だから大丈夫。もう悲しくないし、寂しいのもへっちゃらなんだから」

 

「うん……」

 

 救われたという素直な気持ち、それだけを一方的に告げてふたりをぎゅっと抱きしめる。ふたりの誰かを傷つけてしまったような悲しげな顔を見たくなくて、とても妹に向けられるものではないわたしの表情を見せたくなくて。この温もりでわたしの空虚な心を満たすように、強く抱きしめる。

 

『……もう一人の私、やっぱり』

 

『ごめんなさい、ひとりさん……今だけは、何も言わないで』

 

『……ごめん』

 

 ひとりさんも途中から作詞どころではなかっただろう。多分、わたしとふたりのやり取りのその殆どを見られてしまっている。だから、ひとりさんの存在自体を脅かしかねないような提案すらしそうになる。

 

 わたしは卑怯者だ。ひとりさんが何も言わなくなると知って、あえて突き放すような言い回しを選んだのだから。結束バンドはようやくメンバーが揃い、順調に活動を進め始めたのだ。そこにわたしなんかが水を差して、今の円満な関係をぶち壊してしまう訳にはいかない。ひとりさんの人生はひとりさんのためにある、その信条を違えることだけは決してない。

 

 

 何も持っていないけれど。ひとりさんとふたりとの絆だけは、わたしの始まりから終わりまでこの胸の内に存在し続けるのだと、信じていたかった。

 

 

 ◇

 

 

 ふたりとの遊びの時間を終えた後、作詞に戻ったひとりさんはなんとか一つだけ作品を書き上げることができた。結局、青春ソングを書くのは無理だという結論に至り、出来上がったのは一つの応援ソングだった。

 

 ひとりさんは最近喜多さんを支えて応援したい気持ちがあり、わたしも誰かを応援したいという感情はそれなりに馴染み深い。テーマを決めた後はそれなりに、スラスラと作業は進んでいった。出来映えの良さとしてはまずまずといったところで、少なくとも薄っぺらい歌詞ではないと思う。

 

 しかし、ひとりさんらしい歌詞かといえば首を傾げざるを得ないし、結束バンドの皆が納得する内容かは定かではない。もしかしたらリテイクをくらうかもしれないが、それもまた経験。歌詞もまた、ひとりさんが結束バンドの皆と交流して創り上げていくものだろうから。

 

 時刻は既に二十三時を回ってしまっていて、ひとりさんは作詞の疲れからかもう既に眠ってしまっている。わたしとしても眠る前の身嗜みは既に終えているし、後は布団に潜るだけの状態。明日は虹夏さんから下北沢に集合と連絡が来ていたし、ひとりさんの健康の為にもわたしはすぐに眠るべきなのだろう。

 

 しかし、わたしはそうせずに一人机の前でぼうっと座り続けている。原因はふたりとのやり取りで、どうにも心が騒ついてしまい眠る気になれずにいた。ふたりが置いていった結束バンドの絵を手に取って、じっと見つめる。虹夏さんとリョウさんと喜多さんがいて、わたしとひとりさんが隣で笑い合っている。その現実離れした光景を見続けていると、自然と頬が緩んでいた。

 

 この光景が現実になることを、心のどこかでわたしが望んでしまっているのはもう認めるしかない。触れてはいけないと知った上で、どうしても焦がれ混ざりたいというこの気持ちは、いくら否定し続けても消え去ってはくれなかったから。だからひとまずは、受け入れようと思う。

 

 受け入れた上で、わたしはこの感情に整理をつけて心の奥底に閉まっておくのだ。誰のためでもない、わたしがわたし自身であるために。ひとりさんのヒーローで、ふたりの優しいお姉ちゃんであり続けられるように。わたしにはそれだけで充分なのだと、改めて定義付ける必要がある。

 

 普段勉強に使っているノートを机に広げて、その最後のページを開いてはペンを走らせてゆく。これから行うのは、ひとりさんと同じ作詞だ。自分の鬱屈としたやり場のない感情を、歌詞として表現するなんてのは幼稚な行為なのかもしれない。でも、わたしは心の叫びを発して、それを何処か遠くへ捨て去ってしまいたくて。その手慰みの手段として、作詞はうってつけの手段に思えたのだ。

 

 

 今回だけは繕わず、わたしの心からの願いを込めて。ただ、歌詞を書く。テーマは星、綺麗に飾り立てればわたしの醜いエゴも、少しは煌びやかに見えてくれるだろうから。

 

 

【もうすぐ時計は6時 もうそこに一番星 影を踏んで 夜に紛れたくなる帰り道】

 

 ひとりさんが結束バンドに入ってからの日々、それはわたしにはとても眩しく思えた。ひとりさんは自分の場所を得ることで日常を星のように瞬かせるようになって、その度にわたしの影が色濃くなる錯覚を覚えた。ひとりさんがまたねと約束を交わして、わたしにはその相手は存在していなくて。帰り道に、人混みに紛れて寂しくないのだと何度も嘯いて、自分を慰めた。

 

 ひとりさんに代わって結束バンドの皆の前に出る度に、わたしにはひとりさんのような輝きはないのだと痛感させられた。目の前で過ごす良く知っている人達がまるで遠い存在のように思えて、わたしは星ではないのだと納得するしかなかった。

 

【いいな 君は みんなから愛されて「いいや 僕は ずっと一人きりさ」】

 

 正直に言えば、ひとりさんが羨ましくあった。でもそれを認めてしまえば、わたしは自分自身の存在意義を認められなくて。ひとりさんの内だけが自分の居場所なのだと、無理矢理にでも言い聞かせる日々が続いている。これからも、終わらないだろう。それでいい。

 

【君と集まって星座になれたら 星降る夜 一瞬の願い事】

 

 星座のように、ひとりさんと一緒にわたしも誰かに認められたなら。そんな馬鹿げた妄想を、わたしは何度繰り返したかわからない。そんな妄想に縋りつくことすら、こうして一人の夜にしか行うことができなくて。閉塞感と息苦しさを感じないかといえば、嘘になる。

 

 最近はこんな醜いわたしの叫びが、誰かに気付いて欲しいのかそうでないのかすら曖昧になってしまうことがある。気付かれてしまえばいい、そんな自分勝手な思考が頭を過ぎるたびに自身が恐ろしくて震えていた。

 

 だからわたしは星座になりたかった。自分を疑わず、なんの蟠りもなしにただひとりさんと一緒にいたかった。ひとりさんを認めて尊重してくれる人達の輪の中で、一緒に笑い合ってわたしもその真心を返してあげたかった。

 

【つないだ線 解かないで 僕がどんなに眩しくても】

 

 それだけの、絵空事だ。叶うことはない、だからわたしはひとりさんの側だけは何があったって譲らない。結んだ線が解けぬように、自分を固く律して制御する。そうすることでしか、わたしはひとりさんの側にいられないのだから――

 

「そろそろ寝ないと……」

 

 好き勝手に歌詞を書き殴り、思いの外興が乗ってしまって二番まで書き進めてしまったところでわたしは正気に戻る。時刻は二時を回ってしまっており、これ以上は確実にひとりさんを寝不足にしてしまう。

 

 歌詞として自分の不安を吐き出すのは思いの外効果があったようで。騒ついた思考はすっかり鳴りを潜めて、サッパリとした爽やかな開放感に包まれていた。やはり、抱え込み過ぎは良くないのだろう。今後は似たような形で、日々の不安や悩みを文字に起こしてみるのも良いかもしれない。

 

 最後に、書きかけのわたしの歌詞を『星座になれたら』と題してノートを閉じる。わたしのこの叫びがいつか、怨嗟ではなく祝詞になりますようにと願いを込めながら。

 

 




 次回はもうちょっと早く投稿できると思いますので、よろしくお願いします。次回はアー写兼リョウさん回、私も書くのが楽しみです。
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